ゲッターロボ鬼(オーガ) 2話

Last-modified: 2009-04-23 (木) 23:26:54

ゲッターロボ鬼(オーガ)

第二話《理合がゆく》

夜の闇が、空一面に広がっている。
黒、という形容がふさわしいぬば玉の闇だ。
月は出ていない。
月のない高空は、すなわち透明な黒に他ならない。
高空の天凱に吹く風は、號、という暴力的な響きの一字だ。
そこに、翔、という音が混ざった。
吹き荒れる風は夜闇断ち割る一撃に等しい。
その風には声もついてきた。
「ゲッタァァウィングッッ!」
どこまでも高く。
どこまでも強く。
ゲッターは加速する。
範馬勇次郎は、ゲッターの性能テストを行っていた。
高圧のGがかかり、体がイスに押し付けられる。
常人なら圧死するほどの圧力だ。
だが、彼は地上最強の生物である。そして、その事実は空中にあっても変わらない。
「そうだ…力みこそが正解(こたえ)ッ!」
圧倒的な加圧を、さらなる力みで強引に押し返す。
「よし、データは取れた。オーガよ。基地に帰還してくれ」
「ち…これからだって時によ」
勇次郎が早乙女研究所に居候してから、一週間がたった。
食事と風呂、そして闘争が絶え間なく提供され、勇次郎はそれなりに満足した日々をすごしていたと言える。
不思議なことに、勇次郎が来てからというもの鬼の攻撃は激しさを増していた。
現れる鬼は日々より巨大に、より多くなる。
そして研究所側の犠牲も、それにつれて多くなっていった。
鬼獣もたびたび現れ、勇次郎はそのたびにゲッターでの出撃を余儀なくされていた。
鬼とは何なのか。
ゲッターとは何なのか。
なぜ、勇次郎がこの世界に呼ばれたのか。
すべてが謎のまま、闘争だけが呼吸のように進行してゆく。
そんな、どこか懐かしさすら感じられる世界に、勇次郎はいた。
いつでもできるのに早乙女研究所を飛び出さなかったのは、ここにいれば自分が呼ばれたわけがわかるような直感があったからだった。
物理法則を無視した軌道でゲッターを操りながら、勇次郎は自分の世界の生物学ではジュラ紀に原人がいたことを思い出していた。
「似たようなもんかッ」

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「ゲッター炉心、加圧します」
達人の声に応じ、早乙女の目の前にあるゲッター計測器の値が上昇する。
「…よし、そのまま続けろ」
「しかし父さん。ゲッターはあの男によって動かされ、鬼とも渡り合えています。今なぜ研究を急ぐのです」
「想定外の存在、範馬勇次郎の加入によって試作型を動かすことができたものの、依然としてゲッターロボは未完成だ。しかも本来、
ゲッターは三人のパイロットと三形態への変形機構がそろって本当の強さを発揮する。あの試作型を今後しばらく運用するとしても
あと二人、あのオーガに匹敵する人間を捜し当てねばならん」
確かにゲッターとは、三機の戦闘機の合体方法を変えることにより、状況に応じて最も適した戦闘能力を発揮する機動兵器だ。
そのことは、量産型でテストを行っている達人も十分すぎるぐらいわかっていた。
「しかし父さん。そもそもあの試作機は、パイロットへの肉体的負担が大きすぎるということで凍結された機体。それを扱える人間などあのオーガ以外に…」
「探すのだ。やらねばならぬ。それが必要なことならばな」
言い、早乙女はガラス越しにゲッターの格納庫を見る。
そこにいるのは、イカのような頭部をもった細身の巨人だ。
「見つけるのだ。ゲッター2…音速の武を使いこなす者をな」
巨人、ゲッター2が、それに応えるように緑の粉を空気中に撒いた。
「ゲッター線とは何なのか、勇次郎とは何者なのか…ワシにもわかってはおらん。だが、ゲッターよ…もしお前に意志があるのなら…」
格納庫は答えない。
早乙女達人の乗る機体のゲッター値は、標準よりやや下を示していた。

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勇次郎という男について、実はその戦力以外のことは何も分かっていないに等しい。
唯一のセールスポイントである戦力すら、
曰く、日本の旧家で生まれ、生まれてすぐに猛毒のヤドクガエルを握りつぶした。
曰く、ベトナム戦争に従軍し、素手のみで近代兵器をはるかに越える戦果をあげた。
曰く、戦車を踏みつぶす巨大な象に、徒手空拳で立ち向かいこれを倒した。
彼が得意げに語るそれらの逸話のどれもが、冷静に考えれば信憑性を著しく欠いていた。
だが、一方でそのどれもが、勇次郎ならありえそうだと思わせることも否定できない。
ミチルの専門は鬼の生態研究だ。
黒雲の中より飛来する鬼を捕らえ、捌き、脳をいじくり回す。
人間の数倍の戦闘力を持つ鬼でさえ、ミチルにとっては己の欲望の対象に過ぎなかった。
なぜ、自分は鬼に惹かれるのか。
純粋に生物学的な興味ゆえか。
自分の嗜虐趣味を受け止められる唯一の生物であるからか。
それともそこに、研究一辺倒な父が与えてくれない圧倒的な「強さ」-父性-を見るからなのか。
結局のところ分からない。分からないから研究する。
鬼の頭蓋骨を手に取り、机の脇に置く。
「範馬…勇次郎…」
そしてそのミチルの興味は、人である鬼、範馬勇次郎に対しても発揮される。
勇次郎とは何者なのか。
気がつくと、勇次郎のことばかり考えている。
あの背中の筋肉を解剖してみたい。
どこまでも力強い「野生」。そこに、ナイフを差し込んで肉を抉り出す。
それを想像するだけで、背中にぞくりとした喜びが走った。
そのとき、
「おう。誰を解剖したいって?」
「~ッッ!」
背後。
そこに、勇次郎がいた。
振り向かなくても分かる、むき出しの戦闘力。
ゲッターで空を飛んできたというのに、汗ひとつかいていない。
この男は本当に人間なのか。
人間は、あまりの戦力差を感じたときに動くことができなくなるという。
ミチルは振り向かずに、精一杯の冷静さで告げる。
「何の用?ここは私の研究室よ」
「いいじゃねえか姉ちゃん。研究が連なり結果が生まれ、結果が連なり歴史(みらい)を生む。だが、研究の価値は、俺に見せたとて地に堕ちんッ!」
「なんだかよく分からないけど、用がないなら…出て行ってもらえる?」
その言葉に、勇次郎は答えた。
「断るッッ! それでもなお…出て行かぬッ!」
続けようと口を開き、
轟音が響いた。
この研究所にいればいやでも毎日耳にする崩落音だ。
「鬼かッ」
勇次郎はそれだけ言うと、範馬ワープで室外に出る。
向かう先は殺気の出所。研究所玄関前だ。
勇次郎が去ったのを感じ取ると、ミチルはその場にへたり込んだ。
圧倒的な戦力差から硬直していた体が、一気に開放される。
「勇次郎…不思議な男ね」
神がいるのならば。
なぜ、神は人にすぎない彼にあれほどの力を与えたのだろうか。
なぜ、神は人と鬼を作り、人である鬼、オーガ・範馬勇次郎を作ったのだろうか。
窓の外で、雷が鳴った。
強く、雨が降る。

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雨が、浅間山と早乙女研究所を激しく叩いている。
研究所の玄関口には、すでに数体の鬼が集結していた。
「邪ッッ!!」
勇次郎の威嚇で、二匹が立ち止まりこちらを向く。
ムエタイのようなポーズをとる鬼。
対し、勇次郎は両腕をあげた捕食の構えだ。
鬼にかまれれば自分も鬼になってしまうというのに、何の恐れもない。逆に鬼を捕食してやる、という構えである。
「喰うぜ!」
直後。
勇次郎が疾走を開始する。
史上最強の生物、範馬勇次郎。
闘争のために作られた全身が、その質量を前に送るために躍動する。
パンチ。
近代スポーツのオリンピックレベルをはるかに超えた速度を持つ勇次郎の疾走に、100キロ超の体重を乗せたパンチだ。
防ぎきれるはずもない。
だが。
「消力(シャオリー)だとッ?獣の分際で武を使うかッ!」
鬼は無傷。
インパクトの瞬間に全身の筋肉を弛緩させることにより衝撃を無効化する超技術。
中国拳法においては奥義とされる秘術を、鬼はたやすく使ってみせたのだ。
鬼が、笑みを浮かべながら反撃に移る。
勇次郎の目の前で、鬼の姿が掻き消えた。
「ッッ!?」
音速を超えた動きで、鬼が勇次郎の背後に回る。
前に飛び込んで一撃をかわす勇次郎。
「マッハの移動か…ッ」
勇次郎が追撃に備え、両腕を守りの体勢へと運ぶ。
予想される重さのある一撃に対し、力を持って止める用意だ。
鬼の両腕が振り上げられ、並の人間では絶命必至の一撃が降る。だが。
「追撃が来ないッ?」
顔を上げた勇次郎の目に、奇妙な事実が映った。
目の前で、鬼が上下に真っ二つに両断されている。
まるで道場の天井からつるした生卵でも割るように、鬼の下半身は上半身と分離した。
「マッハの完全技…あるんだな。これが」
「貴様はッッ!」
その現象をひじから先だけで作り出した人物の名を、勇次郎は知っている。
生涯でもっとも長く武に親しんだ男。
力を求めるために力のすべてに決別した男。
齢百五十を超えてなお、実力で中国武術界の頂点に立つ生ける伝説。
「妖怪、郭海皇ッ!」
皮膚は極限までの老化によりひび割れ。
筋肉はもはや存在しないほどにまで弱り。
しかし、郭の目に恐れはない。
車椅子に乗ったまま、口を開く。
「久しぶりじゃの。日本の、強き人よ」
「何しにきやがったッッ」
「オーガよ。お主と同じじゃ。恐らくの」
告げると、郭は勇次郎に向き直り、
「こやつらは任せて貰えんかの。武を使う獣…一歩間違えれば出会えなかった好敵手…遊ばせてくれい」
サングラスを捨てた。
「古代より、多くの中国人が力に破れ、より完全なる武を求めた」
捨てられたサングラスが空を切って飛び、
「武とは、人が野生に反逆う(さからう)ことによって得た力。それを、人ならざるものに用いられるのは許せんのよ」
鬼の頭部に突き刺さる。
「投擲の消力…獣には使えまい」
肉体の弛緩と収縮のバランスが破壊力であるならば、究極の破壊とは究極の技術によってのみ成る。
そして、鬼の巨体が宙に舞った。
そこに、郭はゆったりとした拳打を入れる。
危機に気づいた鬼が防御の姿勢をとるよりも早く、コンクリートをも粉々に砕く震撃が鬼にクリーンヒットする。
攻めの消力だ。
静かに浸透した剄力は一瞬のタイムラグをもって、鬼の中で爆発。
あたりに肉片が四散する。
「何度みても見事なもんだな、妖怪ジジイ」
「武とは歴史、歴史とはすなわち人類の力じゃよ。オーガよ。自然界から見ると脆弱い(もろい)弱者(エサ)に過ぎない人類(ヒト)がお前さんを除くすべてで共有する力じゃ」
「究極の武、久しぶりに拝見させてもらうぜ」
「言われなくても…の」
ゆっくりと車椅子から立ち上がる郭。
その前で、数体の鬼が臨戦態勢をとる。
「さて…四千年の歴史を誇る中国拳法も、鬼との戦いの記録は勇次郎君との一件しかない。四千一年目の踏み台となってもううぞ?」
直後、郭と鬼の群れは同時に地を蹴った。

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「どう思う。達人?」
研究所の二階から、早乙女博士は郭海皇を見ていた。
「オーガの知り合いですかね?」
「わからん。だが、鬼と素手で戦える時点で、並ではないッッ!!」
百五十歳を超える老人が、宙を自在に舞う。
その四肢はマッハを超え、眼前の鬼を次々に屠っていく。
勇次郎も化け物じみているが、それを基準にしてもこの老人は異常だった。
勇次郎のように肉体のスペックに頼った戦い方ではない。
疾走り(はしり)、跳躍ね(とびはね)、防御り(まもり)、そして破砕く(くだく)。
その全てが技術。
百五十年というキャリアに支えられた、寸分の狂いもない超技術。
それに、早乙女博士は魅了されていた。
あの老人なら、ゲッターに乗れるかもしれない。
ゲッターオーガの第二形態、ゲッター2(仮)。
高速精密戦闘用のゲッターだ。
「あの爺さんを乗せるか」
「ゲッターにですか!?確かに彼はすごいですが…老人で…」
「バカいっちゃいかん。あれはキャリア百五十年の超武術家だぞッ!」

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「これで全部…と」
郭の打撃が、鞭のように横に振りぬかれる。
イメージされる骨は、鞭のような無限関節だ。
関節それぞれが加速装置として働き、次の骨に速さを伝える。
「パンッ!真マッハじゃよ」
音速を超えた拳が、ヴェイパートレイルをひいて鬼の首を断ち切る。
そして、全ての鬼がその場に崩れ落ちた。
いや。
ただ一体を除いて。
「ハハハハハッ!すげェぜ!さすが妖怪、といったところか。だがな」
「……」
叩き壊された鬼が、ゆっくりと立ち上がった。
大地に向かい叫び声をあげる鬼。
その声に答え、地中から反響する咆哮が返る。
そして。
轟音。
直後、勇次郎と郭の間を引き裂くように大地から巨大な鬼獣が出現した。
先端にドリルを持つ、大型の鬼獣だ。
だが、郭は慌てない。
「範馬勇次郎よ。ゲッターはどこじゃ? ゲッターは」
「妖怪ジジイ、ゲッターを知ってんのかッッ?」
「ひょっひょっひょっ」
笑う郭の目には余裕すらある。
「…そうだ。ゲッターが出るぞ。強き人よ」
郭の笑みと言葉を触媒にしたように、研究所が震動する。
早乙女博士の叫びが聞こえた。
「オーガよ!ゲットマシンを射出する!イーグルに乗れっ!」
直後、射出坑から天に向かって、赤白黄の流星が上った。
赤の機体と白の機体の風防には、貼り付く人影がある。
赤の戦闘機には勇次郎。
白の戦闘機には郭海皇。
二人は空中で顔を見あわせてにやりと笑い、そのまま同時に風防を叩き割って内部の操縦席に乗る。
「説明は後回しだ。あいつを喰うぜ。ジジイ!」
「ひょひょひょ。よかろう。オーガよ」
そして、三機の戦闘機は高空で一つへと衝突する。
「「チェンジ!ゲッターオーガ!」」
連結は一瞬。
装甲が、武装が、駆動機が、全てが一斉に空中に出現し、
次の一瞬でドッキングする。
そのようにして出現するのは、全長数十メートルを超える真紅の鬼神だ。
ゲッターオーガ。
巨大なハンマーを構えた鬼は、地中に消えた鬼獣を探して大地を睥睨する。
背後。地面。爆発。出現。
音速をたやすく超えた鬼獣のドリルが、ゲッターを刺し貫いた。
…しかし。
「オープンゲット、完全回避…あるんだなこれが」
その場にゲッターは存在しない。
変わりとして螺旋を描きながら鬼獣の背後にすり抜けるのは、三機の戦闘機だ。
白黄赤の順に並んだゲットマシンは、鬼獣の背後で一つになる。
ゲッター2。
右腕に大きなドリルを持った、高速、地中戦闘用形態だ。
「早乙女がゲッターには後二つのモードがあるとか言ってたが、これがその一つか…この戦い!郭、お前に預けたッッ!!」
目の前の鬼獣が、音速をもって視界から掻き消える。
だが、対するゲッターは、その音速をさらに超えた。
「わしのゲッター2…ゲッターカンフーの力、見るがいい。完全技…わしだけのマッハ。マッハスペシャル!」
鬼獣に追いつき、ドリルを突き刺す。
血しぶき。爆発。
鬼獣が、その存在そのものをなかったことにするかのように激しく爆発し、背後で研究所のバリアが震動する。
そして郭が、その中でいつまでも笑っていた。