ゲッターロボ+あずまんが大王 第2話

Last-modified: 2009-12-26 (土) 02:56:56

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第2話

 
 

その日は、とても暑い日だった。

 

夏季ではないというのに陽光はぎらつき、
空気は熱波と化して、生あるものを苛んだ。
そこに一際大きな風が吹き、砂埃を孕みながら、砂塵のように吹き荒れる。

 
 

小さな黒影が、その中で蠢いていた。

 

無数の羽虫のように吹き荒ぶ塵の中を歩むそれは、少女の形をしていた。

 

疲労のために頭部は糸が切れた人形のように前に向かって垂れ、
動きは幽鬼のごとく緩慢なものであっても、
砂塵の隙間から照らされる姿を、少女の形を隠し切れるものではなかった。
身長は決して高くは無く、小柄に入る。

 

ややボサついたシャギーな髪型は活動的な少年のイメージをも表していたが、
胸部の、身長には不釣合いとも思える豊満な膨らみと、腰から膝小僧までを覆うそれ
から覗くすらっとしたフォルムは女性のそれであった。

 

ふと、砂塵の中で何かが揺れた。
項を垂れる少女のすぐ後ろ、彼女の背と密着したそこにもう一つの頭があった。
重い足取りで歩を進める彼女に、更に寄り掛かっているようだ。

 

完全に下を向いた首を支える肩が僅かに上下することと、
引きずられながらも僅かに動く足のみが、彼女の生存を示している。

 
 
 

「おい、智…大丈夫か? ちょっと休むか?」

 

鉄の味を帯びた息と息の合間に、掠れた声を絞り出す。
背後に目をやりながらのそれに、後ろの少女――滝野智は頭をゆっくりと持ち上げた。
大きな眼が、彼女を支える、神楽のそれと交わると、乾いた唇は空気を大きく頬張った。

 

「冗談! 全っ然平気だよーだっ!」

 

強気の発言をした少女の顔は、光が燈っているようだった。
疲弊しきっているはずの顔には、まぶしい笑顔が浮かんでいた。
それは、永久機関による無限の動力を連想させた。

 

「そうか。ならよかった」

 

底無しの笑顔に神楽は、鉄錆味の息を飲み込み、微笑んだ。

 

「あそこ」

 

泥に汚れた指が差した先には、一本の電柱があった。
距離は、200メートルほどだろうか。

 

「あそこまで行ったら替わってやるよ。智ちゃんの優しさに感謝しろよ?」

 

ふぅ、と息を吐いて神楽は、

 

「お前、元気だなあ」

 

と、不安と辛さを抑えて言った。

 

「おう!どんな時でも智ちゃんは無敵だからなー!こんな嵐なんか…ぐむーっ!?」

 

大口を叩いていた顔が、途端に青くなる。
吹き荒れる砂埃の中、言葉どおりの大きな口を開いていたための原因は、想像に難しくない。

 

「おいおい、しっかりしろよ」
「げほ、んぐ。 くっそー、ホコリの馬鹿ぁ!」
「ったく、バカはどっちだ! 分かったら行くぞ。ここももう危ない。いつ『奴ら』が来るか…」

 

神楽は周囲を見渡した。
目立つものは何も無い。

 

比喩ではない。

 

頭上に聳えるビルディングの群れは見るも無残に破壊され、
かつて都市として存在していたそこは、無数の瓦礫と化していた。
身長150そこそこの神楽の身長ぐらいの大きさの、文明の亡骸が縦横に広がっている。

 

壊れ方も尋常ではなかった。
突発的な何かかによって都市が破壊されるとき、それがいかに無残であろうと、
残るときはきちんとある程度の原型が残る。
溶岩の噴出や津波、隕石の激突などの例外はあるが、地震などによる建物や地形の
根本に及ぼす破壊では、ここまでは壊れない。

 

上から押しつぶされたような形状は、まさにそのようにして作られたとしか思えなかった。
一度砕かれた後に、何か重量のあるものがその上を乗った、いや、明らかに
単体ではなく複数体が、それこそ軍隊の行進のように跳梁跋扈したとしか考えられなかった。

 

ふと、遠くの方で物音がした。
破片が崩れる音か、或いは、生き残っていた建築物の断末魔か。
風の中で木霊する、悪魔の叫びにも聴こえるそれに、二人は神経の筋が強張るのを感じた。

 
 

「…ねえ」
「…なんだ」

 
 

智が、口を開く。
口調は、先程のテンションを誇っていた少女とは思えないほど、沈んでいた。
濁っているといってもいい。

 

「安全な場所って、あるのかな?」

 

ぎり、と音を軋ませたのは、彼女の奥歯である。
そして

 

「…あるさ」

 

自分にも言い聞かせるように、神楽は応えた。

 

「ん…分かった」

 

もぞり、と智が肢体を動かした。
抱きつくように、神楽に身を寄せる。

 

「きっとあるさ、皆もきっとそこにいる」
「うん…」
「智、もっと体重乗っけていいぞ。私もまだ全然平気だ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

妙な違和感が、彼女の背中を襲った。
肌を滑る感覚が、神楽に短い喘ぎを上げさせた。

 

「おい!ちょっと待て」
「んにゃ?」

 

頬を摺り寄せながら身体を寄せる仕草は、仔猫に似ていた。
少女特有の細やかな指が豊満なバストの上をなぞった時の
ぞくりとした感覚は、一瞬、この暑ささえも消し去った。

 

「お前、今どこ触った!?」
「ここだけど?」

 

にまーっとした表情で指の先端でそこを引っかくと、日に焼けた
肢体がびくりと震えた。

 

「や、やめろ!くすぐったい!!
「うっわー、赤くなってる!かっわいいー!」
「おい、お前いい加減に…だから何を触ってんだお前!!」
「ん、あんたのバカでかいオッパイ?」
「い、言うなあああ!! 揉むな! 摘むな!!突っつくな!!! 殺スぞ!マヂで!!!」
「うーん、けしからんけど掴むのには便利だなー、これ!」
「この、この大バカヤロウ!! もう頭きた!! 置いてく!もうこっから自分で歩け!!」
「うん、いいよ」

 

くるん、と智の身体が転がるように前へ出た。
特徴的な、タコさんウインナーと称される髪型が躍り出て、
神楽の腕に手を回した。

 

「じゃ、交代なー」

 

急な力の流れにつんのめりかけた神楽を、智が支える。
一瞬、神楽は目を丸くしたが、すぐに智の腕を掴んだ。
触れた腕には力が欠けていたことに、神楽は気付いた。

 

「おい、智!」

 

振り返って見た智の顔には、うっすらとした汗が浮かんでいた。
運動によるものではない。
極度のストレスによる、精神的な疲弊からきたものだ。
彼女は、とても明るいが、決して気が強い人間ではない。
強いよりも寧ろ、弱さのほうが目立つことを友人として知っている。

 

笑顔で形成された顔が、風に触れる度に、
本来なら、とうに発狂してしまうほどの重圧を受けているはずなのに、
彼女は明るく振舞っていた。
普段どおりに。
彼女自身が、智が智でいるために。
その精神は、非情なまでに、強かった。

 

「いいってことよ!」

 

そして今もまた、彼女は笑う。

 

「友達だろ、私ら」
「ありがとな、智…」

 

がさつな心の根本に、純真な心を携えた少女は目に涙を湛えさせた。
彼女の本意であると、肉体も悟ったからであろうか。

 

そこに。

 

鉄を打ち鳴らす音が。

 

拍手のように、いや。

 

拍手として、割って入った。

 

「美しい友情だな。え、人間?」

 

二人の背後から、声は聞こえた。
引きつった顔で振り返る。

 

誰もいない。

 

「掃討は終えたと思ったが、まだ生き残ってたか。つくづく貴様らは、虫けらのような生き物だな」

 

ばちん、と空気がねじ切れるような音がした。
同時に現れた振動に、神楽の身体はバランスを崩した。

 

「うわっ!?」
「神楽!」

 

慌てて抱き寄せると、吹き荒ぶ土埃の奥に、見上げるほどの質量を有した存在が
あることに気が付いた。

 

智の心の中で「奴らだ」、という本能の声が響いた。

 

「どうした、疲れているのか?恐怖してるのか?」

 

黒光りする装甲の一部、ずんぐりとした腕が持ち上がって
ゆっくりと開くと、機械が擦れる回転音と同時に爆風が飛び出した。

 
 

神楽と智の背後。
そう遠くない場所で、炎が熱風と踊っている。

 

その声は、日常で聞く男の声と相違が無かった。
ただそれは、声の色のみであり、性質は異なっていた。
撒き散らすように叫びながら、狂ったようでありながら、正常を保っている。
そんな風に思えた。

 

ずしり、と巨大な黒い足が迫る。

 

「智、こっちだ!!」

 

言うことを聞かない肉体に鞭をうち、必死になって足を動かす。
かつて道路であったであろう場所まで走った時、音と振動が増えているのを
智と神楽は同時に知った。
背後に目を向けた智は3つに影を。
前を向いた神楽は4つの異形を見た。

 

「何をしている? もう逃げ場はないぞ?」

 

さして急いだ様子もなく、追い詰めた獲物を見る目で、男は語る。

 

「もうこの地は日本ではない……我ら、我ら『鬼』の支配する…『百鬼帝国』だ!!」

 

百鬼帝国。
前回の大戦による被害が癒えないままの連戦は日本を、
そして世界を脅かしていた。

 

脅威の最たるものに、彼らが駆る百鬼獣(ヒャッキジュウ)がある。
固体に差はあれど莫大な質量を持ち、全長は約50メートル、重量は数百トンを優に超える。
その名の通り鬼を模したこの醜悪な機動兵器群は、近代兵器を遥かに
上回る火力、機動力、防御力で日本中を蹂躙していた。

 
 

戦車の砲撃は堅牢な装甲に弾かれ、戦闘機ではその動きを捉えられず、
巨大な戦艦ですら玩具の様に弄ばれ、それぞれの戦場で骸と化した。

 

戦争と呼べるほどの反撃すら行えていたのかも疑問であり、
それは一方的な虐殺や掃討戦に限りなく近かった。
最新の装備と訓練を積んだ兵士たちを相手に、
おもちゃ屋のエアーガンで正面からぶつかっていくようなものと考えれば、妥当かもしれない。

 

昨日から始まった総攻撃により、既に日本の殆どが焦土と化していた。

 

ほんの20時間足らずで、日本は壊滅寸前に陥っていた。
事実、首都である東京が火の海と化すまで一時間を必要とはしなかった。
日本の各地で、100に近い異形どもが暴虐の限りを尽くした結果である。

 

「先程、お前らに似た服を着た連中を捕らえたが」

 

現状を表すものか、口調は嫌らしいほどに自信に満ちている。

 

「肉体が貧弱だったので、改造せずに虐め殺してやった。泣きながら助けを哀願していたのが哀れだったな。
 心地よかったぞ。 麻酔無しではらわたを抉るときの悲鳴は」

 

「生皮を剥ぐのもいい」

 

「耳や鼻に焼いた油を注ぐのはどうです」

 

「手に穴を空けてぶら下げるのは?」

 

「また串刺しにするのはどうだ」

 

「あのでかい乳を切り取ってやろう」

 

「刳り貫いた目玉を、互いに喰わせてやろうか」

 

「それは面白い」

 

周囲を囲む異形が、二人の少女に視線を注ぐ。
にたにたと哂いながら歯をかちかちと打ち鳴らし、吐息を荒げる音が言葉の間に入り混じり聞こえるそれらが、
おぞましい猟奇趣味への恐怖となって、麻痺し始めた精神に響いた。

 
 

「先程のは、恋人同士のようだったな…切り取った目と、鼻と、歯茎を見せたとき、片割れの男は
 血の涙を流していた。くくっ、飽きたので生きたまま頭蓋を開き、女に脳みそを食わせてやったが…」

 

身の毛もよだつような会話を談笑として交じり交わす。
こいつらは、人を生きたまま解体(ばら)しながら、そいつの絶望を眺めながら、
醜く腐った心の像の底の底から腹を抱えて笑うことができるのだ。

 

これが鬼だ。

 

「とても愉しかった。お前らの場合は…そうだな」

 

牙を湛えた口元が緩み、眼が狂気と情欲が混じった不気味なものに変化する。
髪の毛の奥で、頭部の肉が盛り上がった。
男の欲情の象徴ではない。
皮を突き破るのではなく、内側からせり上がったそれは、まさに、鬼の頭角であった。

 

「また、子袋でも抉り取ってみるか。その後で―――」

 
 
 
 

              ド ワ オ  !  !  !  !  ! !  !  !  !

 
 
 

醜い声を踏み砕き、形容し難い轟音が鳴り響く。
例えるならば、空気が爆裂したような。
決して傷つくはずの無いものが砕けたような。
空間が破裂したような、音と表現していいのかも分からない、破壊音であった。

 
 

最初に大きく何かが砕け、その後に、その余韻がどこまでも果てしなく広がってゆく。

 
 

そんな音だった。

 
 
 

智と神楽に視線を注いでいた百鬼獣が、一斉にそちらを振り向く。
ほとんど反射に近い様子で、智と神楽もそちらを向いた。

 

彼らは見た。

 

彼らのすぐ近くに、爆風と黒煙を撒いて降り立ったそれが、立ち昇る黒煙の中で蠢くのを。
二対の眼光が光を灯した事を。

 

黒煙を突き破って現れた『腕』が、生者を地獄に引きずり込む悪魔の手となり、
手近にいた巨体の頭部を撫で上げ、その肉体を引き裂くのを。

 

異形のメカニズムが、オイルという名の血液を撒き散らし、悲鳴を上げた。

 
 

「ば、馬鹿な、き、貴様、貴様らは…」

 
 

嗜虐心に満ち溢れた鬼の心に、人間的な感情が宿る。
生命を脅かすものへの、純粋なる恐怖である。

 
 

おいテメェら!!!!! 俺たちがいねえからって随分とフザけたことしてるじゃねえか! ええっ!?

 
 

恐ろしいほどの、『馬鹿』でかい声を黒煙は発した。

 
 
 

音源と別の場所で、四つの眼が瓦礫の近くで動く小さな人型を捉えた。

 

「生き残りか」
「おい、ありゃあ女の子だぞ。あんまり手荒なことすんなよ」

 

一つは氷のように冷徹な、もう一つは陽光のように和やかな声であった。

 

『分ぁってらあ!!!!』

 

業火が声となったような叫びが挙がる。

 

叫びが、黒煙を掻き消したのか。
吹き飛ぶそれを纏いながら、黒煙から巨神が生まれ出た。
それは真紅の、身長50メートルはあろうかという機械の巨神だった。

 
 

『そこの女ども!! 死にたくなかったら下がってな!!』

 
 

無茶な要求であるという配慮はあるのだろうか。
慌てふためく少女たちの傍らを、全長50メートル330トンの巨体が地を蹴って跳んだ。

 
 
 
 

「ダァァァブル!!トマホォォォオオオオオクッ!!」

 
 
 

姿を完全に認知する前に、巨体の両肩が大きくせり出した。
陸上で使う、コーンに凶器の要素を追加したように尖ったそれは、
嘴のように伸びた肩の装甲から棒となって現れるや、
ぐるりと回転しながら開き、幅広い両刃の戦斧へと姿を変えた。
もしスローモーションで見れば、質量保存の法則をガン無視した
動きをしているのを確認できただろう。
肩と腕の密接した空間に入り込む代物とは、常識では到底思えないからである。

 
 
 

鈍い光を放つそれが機械の手に、吸い付くように握られる。

 
 
 

『てめえらの声は空まで届くぜ、相変わらず胸くそ悪いことほざきやがって!!覚悟しやがれ!!!』

 

この男、恐ろしい地獄耳であるようだ。
その行く手に、二体の異形が立ち塞がる。

 

『遅い!!』

 

真紅の巨体が迫ると、鬼のフォルムは崩れていた。
握り締められた二つの大斧がエックス状の斬撃を見舞い、砕くように切断する。
肩から入り、腰から抜けたそれによって人型は崩れ、二体の巨体は四つの残骸となっていた。
まともに残ったのは、コックピットを内包する頭部であるが、
地面に付く前に、堅牢な装甲を施された脚がそれらを完膚なきまでに潰していた。
その奥にいる残りの連中を睨め上げた時、少女の悲鳴が近くで鳴った。

 

「う、動くな!!」

 

大の男の怯えた声に、「ああ!?」と狩りを邪魔された肉食獣がごとく視線と態度で男は迎えた。
突き刺した斧を引き抜くと、巨神の足元に新たな残骸が転がった。

 

「この女どもがどうなってもいいのか!?」

 

建物の残骸を背にして、智と神楽がへたり込んでいた。
巨神の主は、怯える二つの影を一瞥すると、

 

『ハッ!!』

 

啖呵を切った。

 
 

『てめぇら、とことん哀れだな。
 鬼だ恐怖だ地獄だほざいてるクセに女二人に頼るだと!? 笑わせんな!!』

 

怪獣じみた咆哮を挙げ、巨神はその声を突き刺すように、人差し指をびしっと指した。

 

「ほざけ! ほざくがいい!! だが、こいつらは貴様のせいで死ぬ!
 貴様が現れたことによって、無惨に死ぬのだ!!」

 

巨神を操る男の視線に、怯えた少女の姿が入る。
少女が零した涙を男は見た。

 

「武器を棄てて跪け。そうすればこいつらの命は助けてやろう」

 

ぴくりと動いたものがある。
巨神を操る男の、頭の血管と、脆く短い堪忍袋の緒である。

 

「どうだ、命と引き換えに女を救うとは、まさに正義の……」
やかましい!!!!!!

 

弱者を盾にした優位性が、男の姿をした竜の逆鱗に触れた。
両腕に握ったトマホークを放り棄て、巨神が疾駆する。
一っ跳びでその身長ほどの距離を征き、機械の鬼――百鬼獣に迫る。

 

「馬鹿が!!」

 

眼前に迫る巨神を前に、指揮機と思われる機体がちらと横に目をやり、
醜い機械音を立てて後退さった。
視線の先の百鬼獣が、智と神楽に錐状の腕を見舞った。
鋭く細い先端とはいえ、長さ20メートル、80万馬力を誇る機械の化け物が
それを扱えば、智と神楽の細い肉体は、掠められるだけで潰れた果実と化すだろう。

 

だがこのとき自然と、両者の心に不安は無かった。

 

ただ二人は、巨大な真紅を眺めていた。

 
 

『スピンカッタァァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!』

 
 

巨神の腕から強烈な金切音が鳴った。
肩から迫り出した装甲の影の奥で、腕から生えた回転ノコギリが
獲物を求め、火花の涎を垂らしていた。

 

装甲に隠れたそれが大きく迫り出し、腕そのものが刃と化した。

 
 

ズガッ!ズガガ!!

 

「ぐお!?」

 

鬼の背後から、二対の円盤が飛来した。金属が抉れる音と、鬼の悲鳴が重る。
それは吹き飛んだ百鬼獣の背後に突き刺さり、その巨体を前に押し上げる。
殴打がそこに突き刺さると、巨神とほぼ同等としか思えない背丈の
百鬼獣の装甲は驚く程に跳ね上がり、吹き飛んだ。
巨神と異形とのパワーの差は歴然であるのを、闘争とは無縁な彼女ですらも一瞬で悟った。

 

「うおおおおうりゃああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

胴体の半ばまで食い込んだ腕が引き抜けた先に、双刃の戦斧が握られている。
背後から飛来したのは、先程放り棄てたはずの戦斧だった。

 

無様に空中を舞う醜悪な姿を尻目に、智と神楽の頭上に、影が落ちる。
殴打と同時に切断された、百鬼獣の腕であった。
それを、真紅の豪腕に握られた戦斧の腹で叩いて吹き飛ばし、巨体が彼女たちの頭上を跳んだ。
その影と交わったとき、二人は心の中で、何か捉えようの無いものが滾るのを感じた。

 
 

『もらったぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!』

 
 

巨神の咆哮に、鬼の悲鳴が重なった。

 
 

二人から離れて2秒とたたない内に、巨神は鬼に地獄を見せていた。

 
 

鋼の巨体が僅かでも触れると、百鬼獣たちの腕が、足が、顔が、発泡スチロールのように砕けていく。
抵抗のために差し出した刃は砕け、許しを請う悲惨な声は、肉の潰れる音となる。

 

殴る、踏む、蹴る、斬る、目を潰す、ブッ叩くといった暴力の嵐に、恐怖の象徴たる鬼が恐怖し、絶望していく。
奇しくも、彼ら鬼が、彼女たちに言った言葉の通りであると彼らは思えただろうか。

 

「うぎゃあ!?」
「ひぃい!?」
「ひいいいいい!!」

 
 

悲鳴を食い潰す様に、豪腕のラッシュは止まらない。
溢れ出たオイルが腕に絡みつき、紅の色を限りなく黒に近い真紅へと変えていく。

 
 

「…ひでぇ」

 

呟いたのは智である。

 

そしてこの時、闘いの形式を取った虐殺は節目を迎えていた。

 

「バ、バケモノが!!」

 

鬼を名乗った男が、切れた唇を震わせて叫んだ。
恐怖と絶望に満ちた声に、この地獄の主は魔獣のような笑いを浮かべた。

 
 

『それはどっちだこの野郎!! 怖いならじっくりと味わえ!! 
 俺の!! 『ゲッター』の恐ろしさをなぁあああ!!!!!』

 
 

業火のような声は、歓喜と狂気で満ちている。

 
 

「「…すげえ…」」

 
 

声が二つ、重なった。

 

それらを塗りつぶすように、魔獣の叫びが木霊した。

 
 

『『うううううおおおおおおおおおおあああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!』』

 

恐ろしいまでに暴力的な叫びは、神楽たちの身長ほどもあるビルディングの破片さえも震わせた。
風の向きや、大気でさえも、そこに集っているかのようだった。
その叫びに呼応して、深緑色の光が、赤い光球となって、『ゲッター』の頭部に溜ってゆく。

 
 

『『『ゲッタァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!』』』

 
 

巨神の眼が、爛と輝く。
強い光を帯びたそこは、それを操る男の眼光のそれとなった。

 
 
 

『『『ビィィイイイイイイイイイイイイイムッッッ!!!!!!!!!!!』』』

 
 
 

長槍のように細長く、そして波打った、美しく輝く熱線が百鬼獣どもを貫いた。

 

「リョウ!あいつ逃げるぞ!」
『逃ィがすかぁああああああ!!』

 

頭部からそれを放射したまま、その視線をぐるりと回すと、
その動きに沿って、真紅の破壊光、「ゲッタービーム」は斬撃のように弧を描いた。

 

背景の、破壊しつくされた世界に焦土を築きながら、
逃走を図ろうとした機体へとそれを見舞った。

 

「お、おのれ…この恨みは、この恨みは、いつか、いつか……!?」

 

光が掠めた途端、その巨体の形状は蕩けた。
それは搭乗者にも移り、言葉の紡ぎは断ち切られた。
吹き飛ばされるモーションの中、莫大な熱量を浴びたそれらは動きに耐え切れず、
地面に触れると同時に、その原型を失くしていた。

 

生き残った動力源が大爆発を起こし、旋風が吹き荒れる。
人間なんぞ枯葉の如く吹き飛ばすそれに二人が耐えたのは、
巨体が片膝を着き、守護するように入っていたことによる。

 

立ち上がり様、両腕が大きくエックス状の軌跡を虚空に刻み、嘴のような肩の装甲が
一気に伸びて翼と化すと、周囲を渦巻く大気の力が消失した。

 

風が消え、代わりに

 

「お!凄いぞ竜馬!」

 

力強いドラ声が響いた。

 

「んだよ弁慶」
「新記録だぜ新記録! 今度は58秒で百鬼獣7体を撃墜だ!」
「おっ!マジか!!」
「これで今度の飯は隼人の奢りだな」
「…ちっ」

 

何かやっていたらしい。
繰り返すが、現在は日本中が巻き込まれている戦争の真っ最中である。

 

「財布の二つは覚悟しな、てめえが破産するまで喰ってやる」
「煩い黙れ。無駄口を叩いてる暇があったらさっさと飛べ」
「隼人ぉ、俺今腹が減ってるから四つはいけそうだぞ」
「おい弁慶…お前、財布まで喰うのか?」
「牛革のならなんとか」
「流石だな、見直したぜ」
「………」

 

冷徹な声の主は、額の傷の痛みも忘れて呆れ果てた。

 

巨神の腹の中で聞こえる、ああ、なんだろう。
こんな状況の中にも関わらず、妙に親近感がする。
学生並みの会話が、いやなまでの安心感を彼女らに与えた。
彼女らの教師にどちらかといえば近いかもしれない。

 

流石に、「いい加減にしろ、顔面の皮剥ぐぞ」とか、「塵になるのはてめえの方だ」
とかの物騒な会話や、野獣どころか魔獣が暴れ出したかのような奇声は上げていなかったが。
いや、もしかしたら上げるのかもしれないが。
そして非常事態ならば財布くらい、あの人ならお湯や醤油で煮込んで食べるかもしれない。

 

「やっぱ松坂牛よね、風味が違うわ風味が」

 

とか言いながら。

 

巨体を前に、二人の少女の脳内にはお花畑に似た光景がうっすらと浮かんでいた。
遠くの空で、デフォルメされた彼女たちがぽわぽわとした線を描いて飛んでいる。

 

「…なあ、智」
「…なあ、神楽」
「お先にどうぞ」
「いえいえどうぞお先に」
「いいから言えよ」
「お前が言えよ」
「分かったよ言うよ」
「さっさとしろよ。 万年榊さんのケツを追っかける女」

 

ぎゃーぎゃーと、別の会話が聞こえる横で、神楽は智を睨むように見た。
こころなしか、瞳が渦を捲いているように見える。
寝ぼけたような顔が凍りつき、

 

「…ワカリマシタ、トモチャンモイイマス」

 

と機械のように言うと、二人はすっと息を吸った。

 
 

「「ありがとう」」

 
 

その声に気付いたか、巨神の腹からざわめきが途切れた。
ふん、とつまらなそうな声を上げたのは、冷徹な声の主である。
野球のキャッチャーマスクの隙間を通り、太い指が団子鼻の下を擦った。

 

巨神の頭部で、不敵な笑みが零れた。

 

『おう、思ったより元気そうだな。今時の女にしちゃあ、大したもんじゃねえか』

 

狂暴な発言を繰り返したものと同一の声でありながら、そこに
脅威の類が感じられなかったのは、彼の性格によるものだろうか。
満足そうな声の雰囲気は彼女らにも伝わった。

 
 

薄れ行く意識の中、そこに「でも」と智は付け加えた。
嫌な予感がした。
暴走女子高生の称号を冠したこの女が
にひ、と半笑いになった時、直後に起こるのはろくでもないトラブルだからである。
原水爆の起爆の、スイッチ音に近いものがある。

 
 

身に覚えがあるのか、咄嗟の危機反応に対するものか、
冷徹と、温和な声のそれぞれの主達も同様の予感がした。
頭部に居座る男一人が、頭の上に巨大なクエスチョンマークを浮かべている。

 
 
 
 

『『「乗ってるあんた!鬼よりひでえな!!!」』』

 
 
 
 

その場にいたものの、嫌な予感が見事に的中した。
とりあえず、肉体的には衰弱しているにも関わらず、
男の叫びに匹敵する程の声を出したのは、驚嘆に値する。

 
 

絶対に言っちゃいけない言葉であったが、それを言うと

 
 

「言って、やったぜ……がくっ……」

 
 

とほざき、彼女は意識を失った。
それは、実に満足そうな顔だったという。
good!job!とでもいいたげに握られた腕が、壁面を伝い、ゆっくりと降りていく。
二度目だが、満足そうな笑顔である。
思わず腹が立つほどに。

 
 
 
 

『『『『『『あんだとゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!』』』』』』

 
 
 
 

地球を震撼させるその声<ヴォイス>はまさに、流竜馬のものであった。

 
 

僅かに写る巨神の顔に、熱兵器による水分の蒸発か水滴が溜り、
凹凸の激しい顔の表面を伝って落ちた。
神楽には、それが汗に思えた。

 

「…あんたも…苦労…し…て……」

 

巨神に言った言葉であろうか。
彼女の意識は、そこで途切れた。

 
 
 
 

これが、彼女らが意識を失う前に見た最期の光景である。

 
 
 

これより約2時間後、人間を越えた連中の手によって、人類と鬼との戦争は終結した。

 

鋼の救世主――真紅の巨神は、名を、『ゲッタードラゴン』といった。

 
 
 
 
 
 
 
 

つづく