ゲッターロボ+あずまんが大王 第2話-(2)

Last-modified: 2010-05-08 (土) 01:26:38

ゲッターロボ+あずまんが大王 第2話-(2)

 
 

第2話-(2)

 

バシン!

 

という激突音と痛みによって彼女の世界は崩壊した。

 

「痛ってぇーーーー!!」

 

ぐらぐらとした衝撃の波が押し寄せる意識は、二度三度の瞬きの中で
鮮明になりつつある視界の中、咆哮と共に覚醒した。

 

「人の仕事中に寝てんじゃねーよ」

 

学び舎にとっての不届き物に天誅を下した女史、谷崎ゆかり(通称:ゆかりちゃん、命名:滝野智)
は、朗読していた英語の教科書の背を刃か何かのように頭を抑える智へと向けていた。
教科書の曲がり具合から考えて、相当の力を込めたようだ。

 

「いやぁ、最近寝不足で…」

 

てへ、とまだ涙の篭ったウインクをする。
小さく出した舌と猫のように曲げた手首は、一部の男どもには通じそうだが、
残念ながら相手は女性であり、比較的短気かつ狂暴である。
にまっとした表情を作り、ゆかりは丸めた教科書を再び頭頂部に見舞った。

 

「やかましい!部活にも入っとらん奴が何言うか!!」

 

ぐわんぐわんと、たこさんウインナー状の髪型の奥に内包された脳みそが揺れる。

 

「仕方ないじゃん!こんなご時世なんだしさー!場所だって違うから慣れないんだってー!!」
「そろそろ一ヶ月んなるんだからさっさと慣れろ!!意識入れ替えて勉強なりなんなりやれ!バカ!」

 

確認するが、これは授業中の風景である。
複数の他者の存在を意に介さないかのように、二人はやり取りを続ける。

 

「戦争はもう終わってんだから、枕高くして寝ろっての」
「? 夜はちゃんと寝てるよー?」

 

ゆかりの顔が凍った。
仮面のような笑顔のままで。

 

「滝野さん」
「…ハイ」
「貴女、明日の放課後までに反省文原稿用紙8枚ね」

 

智の顔は、凍りついた。

 

「い、いやあ、嫌だなあゆかりちゃん。ジョークですよ、ジョーク!ジョーク!イッツザ・ジョークマン!」

 

空気が、凍てついた。

 

「面白くねえから、それも含めて12枚」

 

彼女にとってのこの日最初の授業は、散々な結果で終わった。

 
 
 

・・・

 
 
 

「うへえ~、ゆかりちゃんは私にウラミでもあんのかなぁ~~?」
「少なくとも、褒められることはしてないな」

 

休み時間。
ぐでっと机に突っ伏す智の近くに、眼鏡をかけた少女が座った。
若干大人びた外見を象徴するかのように、むちっとした脚を
褐色のストッキングが覆っている。

 

「お前、また居眠りしてたのか。ちと最近多すぎやしないか?」
「いやー、寝不足でさー。気付いたらいつも夢の中ってゆうかー」
「何言ってんだ。誰のイビキが私の睡眠を妨げてると思ってる」
「ん、あんた眠れないの?なんで?恋煩い?うわー、やらしー!」
「勝手に喋って勝手な妄想すんな!!お前のイビキが煩すぎるんだよ!
 毎晩お祭りみたいな大騒ぎ!勉強もせずにさっさと寝る!そして寝てもうるさい!
 何より部屋が同じで逃げられない!
 このコンボのせいで、私は勉強中から寝るまで、ずーっと妨害されまくってるんだぞ!!」
「んー、それは眠気を飛ばして頑張れっていう私の無意識の心だよ!
 うわ!智ちゃんやっさしーー!」
「シングルチョップ!!」
「うぐお!」

 

本日三度目となる頭部へのダイレクト・アタックが決まった。

 

「痛ってえー!!暴力反対ー!!平和万歳ー!!」
「前から思ってたけど、お前の頭ってちゃんと脳みそ入ってんのか?
 なんかやたら頑丈だし、殴ったこっちも痛いぞ」
「それにメルトダウン級のバカだしな」

 

相槌を打ったのは、神楽である。
ゆかりに気付かれなかったのか、授業中の睡眠を謳歌していた彼女は大きく背伸びをしている。

 

「ああ、バカだ」
「バカ」
「ばあか」
「feel」
「foolだ、fool」

 

降り注ぐ罵倒に、ぐぬぬぅ、と、うめき声を智は上げた。

 

散々な自分の境遇に、ギャグマンガよろしくのデフォルメされた涙が浮かんでいた

 

喧騒とは無縁という雰囲気を纏い、窓際に座る長身の少女が視界に映る景色を眺めていた。
青い空に浮かんだ雲が、お気に入りの猫のキャラクターに見え、
可愛いものに弱い彼女は一瞬の恍惚を浮かべた瞳でそれを見ていた。

 

雲の下、物々しく閉じられた校門の前を小さな黒影が過ぎった。
食肉目という名前に相応しく、思いのほか凶暴な形状をした歯を湛えたその動物は、
見上げるように校舎を見ていたが、ネコ特有の飽きっぽさからか、
「にゃおん」、と絵に描いたような鳴き声を上げ、校舎を背にして這うように走っていった。
ネコが疾走する近く、並んだ家屋の合間合間に、土をむき出しにした土地の群れが認められた。
それに混じり、いくつか、処理を施されていないものがあった。
その数は多く、家屋が、その中に混じっていると言った方が正しい。
切り刻まれた野菜のように盛られたそれは、文明の亡骸であり、家屋と空き地の混合体でもあった。

 

瓦礫に囲まれたこの学校のゲートの看板には『浅間学園』の文字が刻まれ、
流れる雲の奥、円錐型の活火山、浅間山が、
それら総てを見下ろすように、悠然と聳え立っていた。

 
 
 

・・・

 
 
 

日の光が弱まり、放課のベルが鳴る。
朱や黒の制服を着た学生達が、級友を呼ぶ声や愚痴を交わしながら学び舎を後にしていく。

 

「よっしゃー!今日も一日終わりーっ!さっさと帰ろうぜー!」
「はいはい、分かったからはしゃぐな。恥ずかしい」
「やめとけよ。こいつに恥なんて無いんだからさ」
「なにおう!?私だってな、恥ぐらいあるわい!」
「へぇ、それはいつ?」
「裸で街中歩くとき」
「…それはギャグだよな?」

 

漫才じみたやりとりをしながら、
智、暦、神楽の三人も支度を整える。

 

ちなみに、智の場合は教科書の類は総て置き勉しているため
『整え』には該当しない。ただ鞄を持つだけだ。
必然的に一番早く支度を終えるため、他の連中にちょっかいを出し始める。
見れば既に、暦がダイエットのネタで馬鹿にされはじめていた。
手刀が見舞われるのも時間の問題である。

 

教科書を入れた神楽は、窓側に目をやった。
清水のように流れる黒髪が、黄昏の陽光を帯びていた。

 

「榊ぃー、一緒に帰ろうぜー!」

 

頬杖を付き、窓の外を眺めていた顔が、ゆっくりと動く。

 

「ごめん、ちょっと…今日は用事があるんだ」

 

静かなハスキーボイスを発したのは、身長170を越える長身の少女である。
女性の中でも大柄のほうに入るが、顔や身体つきには少女の面影を十分に残している。
柔らかな光の中にいる彼女は、とても美しかった。
同性から恋愛感情を引き寄せてしまうのも、無理はない。

 

神楽自身、振り返るその一瞬、彼女に見惚れていた。
背後で唸るチョップの響きによって、彼女は目覚めた。

 

「そうかぁ…進路関連?」
「うん…そんなところ、かな」

 

ほんの少しだけ、無表情に近い顔の口元が綻んだのは、
相手が自分の一番親しい友人であるためか。
進路という言葉について、それ以上神楽は言及しなかった。

 

動物を愛しく思う彼女が獣医を目指しているのは、神楽も知っている。

 

神楽は運動という分野において、榊をライバル視し、
互いの実力は得意種目に差はあれど大半の部分でその力は拮抗している。
神楽の身長は156程で、小柄に入る。
肉体が蓄えるエネルギーや身体能力において、それは榊と渡り合うに当たり、大きすぎるハンデとなる。
にも関わらず拮抗を保てるのは、一重に彼女の努力があるためだ。

 

ただ、勉学という面においてはその限りではない。

 

榊は学年でも上位に入るが、神楽は下から数えたほうが早いのである。
この分野では、神楽は先程彼女がバカと連呼した智と争うことを余儀なくされているが、
最早本人も、半ば諦めている。

 

勘というか、物事の考え方については決して愚鈍ではないはずなので、
努力次第ではその立場からも脱却することができるだろうが、勉学を
怠ることについては彼女の怠慢が原因であると思えた。
これはボンクラと呼ばれる一因でもある。

 

現在のこの世界において、彼女が勉学の意味を見出せていなかったためでもあるが。

 

「これ、何だ?」

 

榊の机の上には、未だに並べられた教科書があった。
半ばモンスターに見える、彼女の手書きのイラストの近くの物体を神楽は指差した。

 

「お?なんだなんだー?」

 

コミュニケーションの息吹を感じたか、暦を伴い、智もそこに加わった。
神楽の指先に気付き、視線を落とした先に、それはいた。

 
 

「なにこれ」

 

それは、四肢と腹を机に突っ伏したネコの姿をしていた。
『ねここねこ』という大小のネコが重なったキャラクターが人気を博しているのは
女子高生の間では周知の事実であり、外見はそれに酷似している。
上の部分に乗る「こねこ」がおらず、「ねこ」の状態にあった。

 

だが顔が、本来のそれとは大きくかけ離れていた。

 

まず、口が違う。
ネコ科動物らしく、もきゅっとした膨らみを帯びているはずのそこは、
緑色の四角形(のような形)の布が口としてなのかそこにあり、
丸っこい顔の節々にもまた、一定の間隔と法則を持ち、それが小さく散りばめられていた。
目に当たる部分は、黒ブチに覆われた白ではなくて黄で、
薄く引き延ばしたひし形、とでも言うようなパッチワークが施されていた。
横に垂れるように伸びたそれは、どこか眠たそうにも見える。
最後に、ネコ特有のぴんと張った耳は、ぴんを通り越して「ビシッ」としている。

 

「…なに、これ?」

 

智が言う。
二度目である。
大事なことというよりも、それ以外に言葉が思いつかなかったらしい。
可愛げがあるのか皆無なのか。
ネコなのか何なのか。

 

(モチーフが)有機体なのかメカなのか、
それさえも見当が付かないそれに、
若い命の6つの瞳が困惑の眼差しを向けた。
少なくとも、ぬいぐるみというジャンルを超越していることだけは
全員が分かっていた。

 

緊張が周囲を包み、硬つばを飲む音が三人の喉から響いた。

 
 

「……ゲッ太」

 
 

暦のメガネが、肉体の一部であるかのように、がたりと揺れた。
それを合図に、少女の身体がみっつ、強烈な脱力を受けた。
気力で表せば、少なく見積もっても30ほど減少した。

 

「…げった?」

 

怪訝そうな瞳が、怪奇を見たかのように暦の目には困惑の渦が巻いた。
謎の物体、名称:『ゲッ太(げった)』。
しかも名前からして、恐らくはオスである

 

「うん、ゲッ太」

 

筆箱よりも若干大きなゲッ太に榊は手を伸ばす。
しなやかな指の動きに沿って、ゲッ太の背中が緩やかに靡く。
ぬいぐるみの範疇を越えて、刃のように角ばった耳(或いは角)
でさえ、手が触れるとふわっとへこんだ。
謎が謎を呼ぶ、そんな瞬間を彼女たちは見ていた。

 

「…可愛いか、それ?」

 

「うん」

 

角度を変えて何度も撫でる榊は、恍惚を纏った表情で即答した。
気に入っているのか、丹念に撫でている。
可愛いものには目が無く、そのくせ生きている物には嫌われる傾向にある彼女にとって、
この物体は可愛いの部類に入るのか、一応の無機物のようで嫌がりもしないためか、気に入っているらしかった。

 

しかもその具合は、頭に『かなり』とつくときている。

 

「どこで買ったのー?」

 

ぷにぷにと頭頂部を押しながら、智が訊いた。
緑色の口元と目が、その度にぐにゃりぐにゃりと変形していく。
圧迫により、怪物体の鋭い目は智を睨むように曲がったが、当の本人は気付いていない。

 

「…もらった」
「誰から?」
「……幼馴染」

 

穏やかで丸みを帯びていた声が細まっている。
一心不乱とまではいかないが、一心のあたりまで、怪物体を撫でるのに夢中になっている。
ゆっくりだった撫で方は既に、摩擦へと変貌していた。
もしもこれに意思があり、尚且つ凶暴な性質を持っていても、
恐らく彼女は撫でるだろう。

 

'''こいつが有機体なら撫でる。
メカなら…やっぱり撫でる!!''' とでもやりそうだ。

 

遠くの空で、カラスが鳴いている。
既に外の世界はほんのりと闇が立ち込み、カラス達もその中へ溶けるように消えていった。
烏の鳴き声をBGMに、謎の物体を愛でる友人とその周りの連中に対して
一応の常識人たる暦は頭痛さえも覚えていた。

 

またこの時、神楽は友人の瞳に、
彼女が特に可愛いと認識するものを見る際に時折発現する
一種の狂気のようなものが渦巻いているのを確認し、
一刻も早くここから逃げ出したい心境にあったという。

 
 
 

・・・

 
 
 

「あー、一日終わったー。 だるー、ねむー、だるー」
「ゆかり、ほらもうさっさと帰るわよ。今日は給料日だし、食事に行こうって言ったのはあんたでしょ?」

 

乱雑になった机の上で蠢く友人に、黒沢みなもは歩み寄った。
その眼が嫌悪じみたものを宿していると、長年の経験からすぐに悟った。
くいくいっと、ゆかりの顎が動き、半ば机に付いたままみなもの近くの空間を指した。

 

教本と雑誌が乱雑に散らばっている。
その山の傾斜が微妙に傾いていることから、目当てのものはここに埋もれているらしい。
ゆかりの方を見ると、頬擦りのようにうりうりと動き、顎先で場所を示している。
そこだ、探せ、ついでに片付けろ、との意向らしい。
仕舞いには、

 

「ついでに金貸して」

 

などと、実際にほざく始末だった。
短いため息を付き、丁寧に退かす。
二次災害は御免である。
幸か不幸か、自分の席はすぐ隣だ。

 

邪魔者を退けると、小さなキャラクターが現れた。
頭頂に突き刺されたピックの奥に、親指大程度の鍵が付いている。
彼女のものではないはずなので、落し物か何かのようだ。

 

そのキャラクターを、ゆかりが見ている、というよりも睨んでいる。
気の弱い小学生程度なら、容易に泣かせられるだろう。
眼を背けるようにして、みなもそれを見る。

 

ちまっとした手足と、大きく丸い布状の眼球がみなもを迎えた。

 

「怪獣?」

 

尻の近くから伸びているそれの背びれを撫でながら、みなもは言った。

 

そこに、黒い影が降りた。

 

半円を描いた眼光には、捕食者の意表が含まれている。

 

「くけえー!!」

 

奇声に遅れて、破裂音が炸裂した。
智を襲撃したそれが、みなもの頭部にも現れた。
丸められた教科書の一撃は、俊敏なゴキブリさえも仕留める鋭さがある。
机の上から、瓦礫のように本と雑貨の群れがばらばらと落ちていく。

 

「何すんのよ!!」
「あんた、私がこいつのせいでどんだけ迷惑してると思ってるの!?」

 

眼を白黒させる友人を前に、ゆかりの怒号が応えた。
いつの間にかに引っ手繰られたキャラクターは、
ほとんど胴体と一体化している首の辺りを、ぎりぎりと絞められている。

 

本来の所有物は誰であるかは、思考の範疇には欠片も無いようだ。

 

「恐竜なんて、何億年も前に滅んでるんでしょ!?それが最近になって人型に進化して生き延びてました、
 なんてたまったもんじゃないわよ!!」
「そ、それが一体何だってのよ!?」

 

かりん、と床に何かが落ちる。
押し上げられた綿によって外れた鍵であった。

 

「あんた、やっぱ体育教師だからバカだなー」
「なんだとこのヤロウ!?」

 

ついに怒った友人を尻目に、ゆかりはどさっと音を立てながら椅子に腰を落とした。

 

「そのせいで、『せーぶつがっかい』がごった返したとかで生物の授業がぶっ潰れて、
 その分を英語に当てられちまったのよ。
 給料変わらないのに一日に5連続で英語とかたまったもんじゃねーつの」

 

そういうことか、とみなもは思った。
呟くように言ったゆかりの眼を見て、怒りは消えた。
うっすらと、精神的な疲労の色が見えた。

 

「ついでに、そいつらのせいでこんなとこに疎開するハメになっちゃって、これからどうなるんだか」
「でも、生きてるだけいいじゃない。他のところはもっと酷いって話よ?
 こうして職と住む場所にありつけてること事態、奇跡みたいなもんでしょう?」
「そんなもんかねえー、奇跡なんて。もっとぱーっとした物のほうが面白みがあっていいわなー、あたしゃ」

 

くすり、とみなもは笑った。
この憎めない友人との付き合いは、何故だか心が和む。
怒り、理不尽に怒られもするが、
ここが自分の居場所だという実感が得られる場所は今、他には無い。

 

「あ…思い出した」
「何を?」

 

ゆかりがみなもを見ると、彼女の表情に明らかな動揺が見えた。

 

「い、いや。全然大したことじゃないわよ、本当」
「何、言いなさいよ。急に気持ち悪い」
「本当に大したことないわよ、さ、食事行こう食事!」
「ホントか?なんか隠そうとしてない?」
「ほ、ホントよ!この目を見てよ、この目を!」

 

両耳を覆うように垂れ下がる艶やかな髪の隣で、
まだ若い光を保った瞳が輝いている。
純真そうなそこではあるが、周囲を覆う皮膚のひきつりを見逃すほど、
ゆかりの洞察力は緩く無い。

 

しかも質の悪いことに、これは心が怒りで満ちれば満ちるほど
鋭さを増すときている。
ある種においてこの上ない最悪だと言える。
例えば、言い逃れや隠し事をしたいときなどは、特に。
つまり、今がその時である。

 

「にゃも」

 

背筋がぞくりとしたのは、声の奥にある凶暴性の為か。

 

「早いとこ吐かないと、寮中にあんたの鞄の中のアレの話するわよ」

 

呪詛を受けたような悪寒に、みなもは覚悟を決めた。

 

「物理と歴史も、変更があるって」
「…何で?」
「さ、さあ…私も木村先生から聞いただけだから…」

 

少しだけ考え、ゆかりは口を開いた。

 

「で、代わりには何が?」

 

ぴくぴくと、血管が浮き出ている。
眼は再び半月状を描き、血管同様、その端が震えている。

 

「体育……と英語」

 

『英語』、の部分は限りなく小さな声で言った。
ゆかりの手の中で、ぐじっという音が短く響く。
横たわる鍵の近く、新たにマスコットキャラの手足が転がった。

 

風が走った。
割れるのではないかと思われる程の音を立て、職員室の一枚の窓ガラスが開いた。

 
 

浅間山の大バカヤロォォオオオオオオ!!!!!!

 
 

学校を震撼させるヴォイスを尻目に、みなもは財布を開き、中身を見た。
ひ、ふ、み、と諭吉さんの数を数える。

 

女二人が安い飲み屋を転々とするにはいい弾数だと踏んだ。
恐らくは奢ることになるのだろうが、今の彼女の逆鱗をこれ以上
触れないようにするためには、それが最善であると、この体育教師は考えた。

 
 
 
 
 
 
 

つづく