ゲッターロボ+あずまんが大王 第3話-(3)

Last-modified: 2010-02-01 (月) 04:14:59

第3話-(3)

 
 

ゲッターロボ+あずまんが大王 第3話-(3)

 
 
 

――ン、――心が――臨―――。

 

光の中、音が聞こえる。
人の声。

 

―が、何――って―――。
―イ!―事―!?――。

 

荒々しい、掠れた、興奮の熱を持った声。

 

―ズズ――ゴゴ――ズオオ――

 

機械の音。
悲鳴のような、のたうつ音。
熱と共に吹き上げられる、空気の苦鳴。

 

―オオ――ゴオオ―――

 

金属が焼け、蕩ける香りと音がする。
その広がりと共に、彼は、広がる光は、輝く闇であることを知った。

 

ピチャッ

 

それらを移す湖面に落ちた水滴の如く弾けるその音は、
影を揺らしかき消すように、彼の思考を覚醒させた。

 
 

「おーい、戻ったぞー。おーい、おいってばー」

 
 

裂ける様に広がる視界の中に、こちらに向けて手を伸ばした少女がいた。
ぺちぺちと頬が軽く叩かれるたびに鳴る水音は、
包帯と皮膚の間に溜った、じとっとした汗であることが覚醒に連れて分かった。

 
 

「戻ってきたのか」
「む。ひょっとしてあのまま逃げるとでも思ったのかー?」
「いや、むしろ帰り道とか忘れるんじゃねえかなと」
「何だよそれ!あんたの中だと私はトリか!?トリ頭なのか!?」
「ああ悪ィ、タコだったな」

 

べちゃっと音を立てて、落ちていたハンカチが再び彼の顔を覆った。

 

「タコって言うな!!」
「じゃあなんて言やいいんだよ」

 

ふぅむ、と顎に手を当てると

 

「んー、たこさんウインナーかピョンピョン?」
「お前、すげえな」
「じゃろ!」
「じゃろ?」

 

何故か誇らしげになる智であった。

 

「お前みたいな女、俺は初めて見たぞ。お前、実は新しい何かじゃねえのか?」
「え、何、新種ってヤツ?うっはー、流石は智ちゃん!そのレベルで格が違ったってか!」
「でもよ、そうだとしたらお前やべえぞ」
「ん、なんでよ?」

 

負け惜しみか?とでもいいたそうな横目の視線で智は男を見た。

 

「そーいうのは学者とかインテリ連中が黙ってるとは思えねえからな。あと研究員とか」

 

ああ、あとはジジイと鬼娘がいるな。
と男は加える。

 
 

「ええと…そうすると私はどうなっちゃうのかなぁ…?」
「まずはとっ捕まるだろ。麻酔とか暗殺者ども使われて」
「あんさつしゃ!?」

 

日常生活ではまず聴かない物騒な単語に、彼女の肢体が強張った。

 

「でもって拘束椅子かなんかにとっ付けられて全身ジロジロ見られたりとかな」
「…なんかいいかも」
「なんでだよ?」
「いやぁ、なんかえろえろっぽくて」
「何を期待してやがるんだてめえは。で、その後はやっぱアレだな」
「分かった!」

 

合図とばかりに智はすくっと立ち上がった。
ちなみに彼女は今までお行儀よく体育座りをしていた。
ある一点において前より悪化していたが、壁に寄りかかる男がそれに気付いていないのは
不幸中の幸いだった。

 

「正義のヒーローが助けに来てくれるんだろ!!」
「…ほー」

 

彼が発した声には、拍子抜けした成分が含まれている。

 

「マッドな怪しい研究所に囚われの可愛い可愛いお姫様。そこに現れる白馬に乗った王子様!
 そんでもって有象無象の修羅阿修羅が待つ巣窟に―――」
「独りで突撃したそいつはバリアで弾かれた後に斧とドリルとミサイルで火星まで吹っ飛びましたとさ」

 

がくり、と智の身体がマリオネットじみた動きをした。

 

「変なナレーション入れるなあああ!!!!!」
「で、血肉脳漿飛び散るどわぁおな結末で締めくくられるんだな。闘いはこれからだって感じでよ」
「何だよそのマッドネスでバイオレンスなダークネス未完ファンタジーは!?」
「ん?最近の絵本には斧とかビームが出てくるのか?」
「出ねえよ!何だよそれ!っていうかビーム!?」
「なんだよ、出ねえのか」

 

ちぇっと、つまらなそうな声が包帯の隙間から漏れた。

 

「子供が読むやつにそんなの出たらマズいに決まってるだろ!!!!」
「そういうハデなのはウケると思うんだけどな」
「斧を担いだ金太郎なんて、あるわけないだろ!!」
「そいつは元々持ってるだろ」
「あーもうこんがらがってきた!!」

 

頭をがりがりやりながら、土足で地団太を踏む滝野智17歳の姿がそこにはあった。

 

「無理無理、それはもう漫画だってばそれは。てかさ、漫画でも無理だろ、そんな表現やんの」
「マンガはもっと自由な発想で考えねえとつまんねえんだぞ」
「昔話ってマンガ?」
「似たようなもんだろ」
「昔の人はヒマだったんだなぁ」
「違えねえ」

 

脈々と続く日本文学に対し、ひどい言われようである。
その後、「お前、ヘイアンキョウって知ってるか?」の問いに
「女子高生をバカにするな!知ってるよ!お寺がいっぱいあるんだろ!」
との会話を挟み、やっと会話は本筋へと帰還した。

 
 

「ま、やっぱ最後は解剖とかされんじゃねえか?」

 
 

この物騒極まりない言葉によって。

 

「…マジ?」
「あるいは解体(バラ)しとか」
「あんま変わんねえ!!」

 

半月の眼を描いて刹那的に返した智。
だが、その上がっていたテンションが急激な下降を見せ始めていた。

 

「……どうしよう」

 

顔面は蒼白に近く、声には覇気が無い。
どうやら本気で心配しているらしい。
それに対し、男もかろうじて動く首を捻り何かを思考している。
『冗談だ冗談』や『そんなことある訳無いだろ』というフレーズが飛び出さない事を見るに、
どうやらこちらもまともに考えている。
両者のIQにはどこか近いものがあるようだ。

 

「まぁ、逃げるのが一番だろうぜ。お前じゃ戦えそうにねえからな」
「なにおう!これでも私は――」
「強いってか?無理すんじゃねえよ」

 

その声は、凛とした響きを纏っていた。
釘を刺すような声に、彼女の言葉が詰まる。
弱い、と言葉で言われなかった事が、余計に悔しかった。
弱いから、この傷は付いた。

 

下腹部を時折掠める鈍痛と、それを紛らわすために伸ばした手の爪は、歪に捻じれている。
男から逸らした首には、未だに引かない骨まで届く痛みが走り、
首の節目がぐきりと痛んだ。
平行して動く眼球の神経にすら、痛みは熱と共に帯びている。
だがそれ以上に、自らの非力さが彼女の心に影を落とした。

 

その時に、ふと別の感情が湧いた。
それは、憎悪でも、嫌悪でもなかった。

 

「ま、気にするこたぁねえ」

 

それが何であるかを知る前に、そこに男の声が届いた。

 
 
 

そん時ゃ、―――俺がそいつらブッ潰す

 
 
 
 

壁に突き刺さるように横たわっている男とは思えない力と気が、声には漲っていた。

 

「だからよ、ンなことにビクビクしてんじゃねえ」

 

力を、破壊をそのまま転換したような、声だった。
底知れぬ暴力性に満ちたその声に、彼女は思わず背筋に冷気を走らせた。

 

だが。

 

そこに不安は無かった。
また、突拍子も無いことを言っているようにも、微塵として思えなかった。
自分の生きる世界とは、別の次元から這い出てきたような声であるのに、
平穏とは、無縁であるはずのものなのに。

 

ただ、安堵があった。

 

「ま、俺がお前に返す恩ってのがあればな」
「…ひでえ!!」

 

一言、余計だったようだが。

 

「…く」

 

包帯の奥で、牙のような歯の奥で、それは響き始めた。

 

「…ぷくく…」

 

殴打の時に抉れた頬の内側の痛みも気にせずに、欠けた歯の奥から、それは漏れた。

 

「くはははは!!!」
「あははは!!!」

 

お互いに堪えられなくなったそれは、笑いとなって現れた。
包帯に奥で、赤い舌が牙と共に揺れる。
下腹部を弱弱しく摩っていた手は、既に皮一枚隔てたはらわたの上にあり、
両手でそこを押さえている。
薄暗い室内は、喧しいほどの笑い声で、満ちた。

 

「お前、面白えな。久々に腹ん中から笑ったぜ」
「いやいやこちらこそ。おめえさんには敵いませんよ」
「くく…お前、その時代ぶった口ぶりよ、いやに似合うじゃねえか」
「毎日の練習は、くく、欠かさないからな、くははは」
「何のだよ。この、バカ女!」
「うるせーよ!バカ!くく…」

 

笑いすぎて涙ぐんだ眼が、ふとある一点を捉えた。
足元で鳴った、かさりという音の根本に、それは注がれている。

 

それを確認した智の目が、不敵に歪むのを、男は見た。

 

「着せる恩なら……ここにあるぞ」

 

ごそり、という音に引かれて、彼女の手に持ったビニール袋が動いた。
袋を持ち上げながら、にまぁっと笑ったその表情は、
雌豹のような狡猾さと人間の不敵さで出来ていた。

 

たらり、と疲労以外での汗が包帯の下で流れる。

 

やべ、まずいこと言っちまったか。
という思考が彼の脳裏を掠め始めていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく