ゲッターロボ+あずまんが大王 第3話-(4)

Last-modified: 2009-12-28 (月) 14:55:39

第3話-(4)

 

「おい。こりゃなんだ」

 

男の目の前に、いくつもの黒い塊が転がっている。
その一つを、石でも拾うかのように持ち上げた智の両手の中で、
ビニールの裂ける音が鳴った。

 

「SEVENのオニギリ」
「いや、だからよ…」

 

そこに、ドン!と音を立てる物があった。

 

「とコーラ。二リットルのやつね。あー、重かった」
「違うっつの」

 

ペットボトルと御結びの隙間に四角形の物体が、でん!と置かれた。

 

「コンビニ弁当、幕の内か焼肉か迷ったからスパゲティにした」
「話聞けコノヤロウ!!つうか幕の内と焼肉の間に全然脈略ねえな、飛びすぎだろうが!」
「戦争終結2ヶ月記念のセール品で3割引でお得だった」

 

無駄と悟ったか、獣のような低い唸りを上げると、彼は反論をやめた。

 

「てかよ、もうこんなの売ってるのか」
「チェーン店だからな、セブン」

 

財力の力か、復旧は早かったらしい。
陳列された食糧に目を落とした男の口元から、包帯越しの軽いため息が漏れた。

 
 

「ゼイタクいうつもりはねえが、俺はこのコンビニ飯ってのが、どうしても苦手なんだよ」

 
 

遠くない何かを否定するような発言である。
二つの鋭い目が、御結びをじっと睨むように見つめている。
その隣に、少女の手が伸びた。

 

「えー。美味しいじゃん。…うげ」
「おい、今不味そうなツラしたろ。うげって言ったよな、うげって」
「いや、実際、不味そうなじゃなくて不味いんだよね」
「ハッキリ言いやがる。しかもこんなに買ってきやがったのか」

 

袋の膨らみ具合から、数の多さが想像できた。
しかも、それは複数あるときている。

 

「で、なんであんたはこれが嫌いなのさ?やっぱ味?」

 

あむあむとおにぎりを食み、ごくんと飲むと、海苔のこびり付いた手を
ぺろぺろと舐めながら智は訊いた。

 

「ああ。昔はよく喰ったが、最近だと匂いを嗅ぐのも気が滅入るな」
「なんでさ」
「これよ、絶対喰いもん以外に何か入ってるだろ。それがやたらと鼻につくんだよ」

 

そう言われ、智は口の形に抉れおにぎりの断面近くを、
小動物のようにくんくんと匂いを嗅いだ。

 

「湿気ったシャケの匂いしかしないじゃん。バカじゃないのか」
「お前と違って俺は鼻が利くんだ」
「犬みたいだな。あんたの場合は狂犬かも」
「るせ。てなわけで俺はそいつが苦手なんだよ」
「じゃあこれ食べていい?」
「既に貪りながら言うんじゃねえ。ていうかこれ全部喰う気か」
「実はこの一個でもうギブだったり」
「もう何も言わねえ。哀れすぎて言葉もねえ」
「これ食べる?」
「喰いかけは自分で喰え!!」

 

叫んだ口の端っこを、智の手が掴んだ。
包帯に覆われた皮肉をゴムのようにむにっと引っ張り、ぱちんと離した。

 

「何しやがる!」

 

それなりに痛かったのか、心なしか、声が涙ぐんでいる。

 

「はーい、怪我人は黙って口開けてなさーい」

 

右手にオニギリを持ち、左手は動物の影絵を描くように手の甲を上にして、
口に見立てた四指と親指をぱくぱくと動かしている。
開けろ、という意表らしい。

 

「おい、俺はガキでもなけりゃペンギンの雛でもねえんだ。アホな真似してんじゃねえぞバカ」
「ぬぅ、アホとバカのコンボをするとは、貴様中々やるな」
「いいからよこせ、飯ぐらい自分で喰える」
「じゃあ手を出せよ」

 

その言葉に、彼の口元は石と化した。

 
 

「やっぱまだ動かないのか?」

 

床に伸びる手の五指は固まったかのように寄り添い、
包帯で覆われた部分の筋肉は微動の欠片も見せてはいない。
智が目を這わせていると、彼は「実は…」と重い口を開き始めた。

 

「俺は斧より重いものを持ったこと無いんだ」

 

頭二つ飛びぬけているようなことを彼は言った。

 

「随分軽い斧だな。ていうか今は何も持ってないよな」

 

それに、智は平然と返した。
こちらも同じくらい飛び抜けているようだ。

 

「手を上げるのは好きじゃねえんだよ」
「好き嫌いとかあんのかよ」
「女に手を上げる趣味はねえ」
「いや、意味が違うから。あと今はそれが必要だってばさ」
「足じゃ駄目か?」
「何する気だよ。あとなんで動けないんだっけ?」
「実は俺は今腕が無いんだ」
「おい、口開けろ」

 

ぐいと眼前に突きつけられたオニギリに、彼は軽い戦慄を覚えた。
が、不意に不敵に笑うと、

 

「感謝しろよ」

 

と告げた。

 

「なんでだよ」

 

即答すると、智はそれを更に近づけた。
ごわついた包帯の一部が、ぎゅっと握られ、ややへなり始めたオニギリの海苔に触れた。

 

「あ」
「なんだよ」
「歯が折れてる」
「お前も前歯が欠けてるけどな」

 

言ったそこに、オニギリが一つ押し込まれた。
包帯の這う唇の奥の鋭い牙を内包した口が、がつ、がつとそれを千切るように呑んでいく。

 

「まぁ、好き嫌いなんて言ってても始まんないよ。それに食べたのは昔だろー?
 今になったら変わってるかもよ、味」

 

言葉の途切れが、飲み込む音と重なった。

 

「…マジだ」
「ほらな!キミキミ、やっぱ人類の進歩は偉大なのだよ」

 

憎いねこのこのと、と言わんばかりに肘でうりうりと押される肩の近くで、ぅぅと嗚咽のような唸りが鳴った。

 

「血を出しすぎて味が分かんねえ」
「…うあ」
「そんでもって、臭いだけが伝わってきやがる」
「…うわあ」

 

何故か、罪悪感が智の心に込み上げてきた。

 

「コーラ使うか?」
「いや、それは切り札だ」
「やっぱこれは切り札か。真っ先にこれを買った智ちゃんの目に狂いは無かったワケだな」
「ワケの分かんねえこと云ってんじゃねえ」

 

だが割かし元気だと見え、それは淡雪のように消えた。

 

「切り札ってのは最期に使うから切り札なんだ。だからかっこいいんじゃねえか」
「今は全然かっこよくないけどな」
「ああ」

 

そこに再び、オニギリが這入った。
海苔は巻かれておらず、差し出した智のスカートの端に見えるビニールの残骸からは
『とり五目』の文字が見える。

 

「俺は決めた。 絶対、何世代か後にはこんなもん地上から消してやる」
「はいはい、そうすると世の子供たちが可愛そうになるから我慢しなさい」

 

お餅を突くように、さらにもう一つを押し込んだ。

 

「はらへほはるへんひゅうほ」

 

口を閉じたまま、そこがもごもごと蠢いた。

 

「ごめん、私まだ英語分かんなくて」
「これがえーごに聞こえたのか?」
「いや全然、てか何?何て言ってたの?」
「空手をやるガキどもも困るのか?」
「んー…多分」
「ふん、じゃあそいつに免じて許してやらあ」
「あんたすげえな。なんかよく分からないけどすげえよ」

 

割と近い未来の何かが救われたような瞬間だった。

 

「あと何個だ」
「20くらい」
「買い過ぎだ。ま、今日の夜までには喰い終わるだろ」
「まぁ、このペースなら。てかすげぇなあんた。全部喰う気かよ」

 

じゃあお前、何でこんなに買ってきた?
そう吐きかけた口を再びオニギリが塞いだ。
いい加減水気が恋しくなってきた、と彼は想った。

 

「お前、いつまでいる気だ」
「飽きるまでかな」
「何にだよ。面白いもんなんてねえだろが」
「あんた」

 

びしっと、智の指が男の顔を指差した。

 

「あんた、滅茶苦茶面白いよ」

 

一瞬、彼はきょとんとしたが、急に真面目そうな顔つきになった。
そして、落ち着いた口調でこう言った。

 

「分かった、俺が消えればいいんだな」

 

狙ったネタでもボケでもなく、素からの言葉だった。
やべぇ、こいつ面白い。
と歓喜に似た感情が心を占めると、

 

「ぐはっ!ツボに入った!やられたー!」

 

と叫び、派手に床へ背中を打ちつけた。
埃を巻き上げ、大の字に肢体が広がっている。

 

「おい、お前。そんな格好してるとまた」

 

彼の声は、そこで停まった。
目に映った智の顔に、びっしりと汗が溜っていた。
汗の玉がつうと伝わる唇からは断続的に喘ぎが零れ、その度に肩が大きく上下している。
明らかな苦鳴を、目をつぶったその顔に浮かんでいた。

 

「…お前、どのぐらい外にいた」

 

男の声に、冷徹な何かが混じった。

 

「いや、大したことじゃないって。まだ喰…」
「応えろ」

 

遮る叱咤に押し黙った口が再び開くまでには、約2分を要した。
その間、室内を少女の荒い息が満たした。

 

「二時間…くらいかな。はは、智ちゃん時計は持ち歩かない主義だからよくわかんないや」
「…バカ野朗!!」

 

押さえ込むような叫びを、彼は上げた。

 

「てめぇ自分の身体のコト分かってんのか、ズタボロだって言っただろうが!!」

 

壁に触れた部分の、上体が動いた。
胸倉を掴みかかりそうな怒声を友とした挙動の際に生じた、
アンダーシャツの内側の肉の亀裂に走った鋭い痛みすら、
彼の意識を濁らせるには至らなかった。

 

「それを、こんな重ぇもん持って延々とうろついてやがったのか」

 

頭上に空いた穴からは、爛々とした陽光が照り付けている。
空気も、季節外れなほどに湿り、蒸し暑い。
怪我人には地獄に等しい環境を、彼が気を失っていた間中、放浪していたというのか。

 

頭に向けて、血が流れ込んでいく感覚を彼は感じていた。
己に向けての嫌悪が、血の脈動と共にそこに溜っていく。

 

熱を帯びたそこに、何かが触れた。
所々に包帯が巻かれた髪型の上を、柔らかな指が這った。

 

「でも、あんたよりは元気だよ」

 

犬の頭でも撫でるような挙動の後に、壁との間に彼を挟んで、
彼女の肢体が崩れた。
男の黒い胸元に、少女の顔が埋まった。

 

意識を失って寄りかかるそれに、彼はもう「バカが」とは言わなかった。

 

「恩か」

 

心の臓腑に刻むように、彼はそれを呟く。

 

「……上等だ」

 

男の背後の壁面が、足元の板が、建物が、彼の力で震えていく。
腕に巻かれた包帯の下、
渇ききった血溜りが、腕を基点に、かち割られる氷のように砕けた。

 

どのぐらいの時間が経ったか。
太陽が夜の面影を見せ始める少し前に、
立ち上がった彼の姿が、横たわる少女の上に影を落とした。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく