ゲッターロボ+あずまんが大王 第4話-(2)

Last-modified: 2010-01-31 (日) 23:35:14

第4話-(2)

 
 

あるところに、独りの少女がいた。

 

友人と共に登下校する同世代に紛れ、自ら忌避し、他から忌避されるかのように
賑やかな通りを、いつも独りで歩いていた。

 

だがその日、少女は独りではなく、一人の少年と共にいた。
共に、歩いていた。

 

時折車の陰が過ぎ去る細道の、更に細狭い歩道で、細身の少年が前を行き、華奢な少女がそれに続いた。

 

前方を行く少年に、普段は寡黙であるはずの少女は自ら口を開き、しきりに話しかけていた。

 

少年は少女の話に対し、頷きはおろか相槌に至るまでの、
何のリアクションも返さなかったが、
少女も別段、それに対しては気にした様子も無さげに話を続けた。

 

話しかけるというよりも、語りかけるというのが正しい。

 

少女が、次の語りの内容に困り始めたときに、ふと、少年の動きが止まった。
僅かに遅れて、少女も歩を停める。

 

制服のポケットに両手を突っ込んだまま、少年はちらと、背後に向けて目をやった。
硝子の破片のような鋭い眼つきに穿たれた鋭利な眼光が少女の姿を見渡すと、少年は口を開いた。

 

「その格好は、どうした」

 

彼が放った、少年らしい声変わり前の高い声には、吹き抜ける風によって鳴った
悪霊の呻き声のような、不気味な何かが潜んでいた。

 

怯えたのか、びくりという震えが肢体の上を走り、少女は動きを止めた。
呼吸どころか、ほんの僅かな時間だが、その心臓が打つ脈動さえも凍てついた様に停止した。

 

「言いたくなけりゃ、別にいいぞ」

 

時間にして3秒ほどか、熱い物が喉を通り過ぎたかのように全身を伝わる血の流れに、
少女の肉体と精神は、大きな安堵感を覚えた。
その安堵感は、先程と同じ、冷徹極まる声からきたものだった。

 

僅かな時間を空け、少女は覚束無い口調と震えた声で

 

「…転んだ」

 

と答えた。
それを受けた少年は、自分から問うたにも関わらず、
至極興味の無さげな声と表情で

 

「そうか」

 

とだけ返した。
少年はそれだけ言うと前を向き、ポケットから手を抜いた。
4度ほど、硬質音が鳴ったと思うと、少年の色が黒から白へと変わった。
少女の視界に、丸められた黒い制服が投ぜられたのは、この直後である。

 

「羽織ってろ」

 

ぶん投げられたそれをかろうじて受け止めて、まごつく少女に釘を刺すように彼は言う。

 

「俺が疑われそうで嫌だ」

 

と告げ、再び歩き始めた。

 

「うたがわれるって…何を?」

 

少年に替わって、よく手入れされた黒い制服に袖を通し、少女が訊いた。

 

「8年ぐらい経てば、勝手に分かる」

 

さあな、とでも言うように、制服を投じた方の掌を掲げながら、少年は言った。
鎌のように垂れ下がった前髪の奥に穿たれた瞳が、
地獄の釜の内部のような、禍々しい渦を巻いていたことを知る者は、誰もいなかった。

 
 

翌朝、破られた服に替わって、真新しい制服とスカートを履いた少女が再び少年に会った。
乱れた黒髪も既にぴんとした張りを取り戻している。

 

少女が歩み寄った少年の羽織ったシャツの襟元には、一筋の裂け目が出来ていた。
元は雪のような純白だったはずのシャツは、白の色こそ留めてはいるものの
そこら中に黒く掠れた跡が見れた。

 

反応に困っている少女に対して少年は一言、

 

「転ばした」

 

と、彼女に返答したときと変わらずの、凍てついた鉄のような声で彼女に返した。

 

その日の正午。
郊外の空き地内に設置された薄汚いプレハブ小屋で、各々が症状の異なる、
半死半生の男子中学生たち10名が発見された。

 

そして、発見された中学生は、一週間以内にその半分が狂死した。
怪我や症状と呼ぶにはあまりにも酷い肉体や精神の崩壊によるものと思われたが、
原型が分からないほどの顔を基点とした欠損や損壊のために、詳細な原因は分からず仕舞となった。
一説によれば、彼らは皆、他人や肉親を問わず、
自らに向けて差し出された手に対してひどく怯えたという。
刻まれた四肢を胴の動きで微震させ、抉られた声帯を震わせて蠢く姿は、蛆蟲か蛹のようにも見えたらしい。

 

犯人は、未だに見つかっていない。

 

尤もそれは。
10人の、高校に上がる一段階前の彼らを蠢く肉に変貌させたものが、
人間と仮定したらでの、話ではあるが。

 

時に、少女は7歳と4ヶ月。
今より、10年ほど前の出来事である。

 
 

・・・

 
 

暗い夜道を、二つの影が歩いてゆく。

 

彼らの周囲に街灯は無く、両者が歩を進める足元には舗装の施されていない地面がある。
丸裸の地面に構築された道は狭く、軽自動車が二台行きかうのが精一杯であると見え、
通過するものがいなければ、ただ樹木を切り開いただけの場所に思える。
上に向けての傾斜を帯びてきた夜道の周囲を、鬱蒼とした針葉林が囲っている。

 

二つのうちの一つ。
先行する人影から2メートルほど距離をとり、その背後で、細やかな影が揺れている。
身長170センチを越える長身の女性の美しい影が、そこにあった。
すらりと伸びた肢体を月と星の光が、オリジナルにも劣らない
美麗極まるシルエットとして、彼女――榊の姿を、夜の世界というキャンパスに照らし出している。

 

世界を包む闇色よりもほんのりと蒼い長髪に月の光が宿り、暗闇の中で輝きを増している。
歩むことによって僅かに揺れる美しい二つの影が緻密に合わさり、
一種の神秘的な情景となって、夜の世界を闊歩している。

 

そこに。

 
 

「―――さっきの犬だが」

 
 

時折肌を斬り付ける夜風さえも、
世界を覆う闇夜でさえも忌避しかねない、冷徹な声が前方で鳴った。

 

「畜生ども――動物と呼んでやるか。好きなのは構わんが、あれはやめとけ」

 

しんと静まり返った、どころか霜が這いそうな空気が漂った。
そしてそれを、少女の声が破った。

 

「…ちゃんと接すれば、分かってくれる」

 

凛としたハスキーボイスが、暖かな言の葉を纏い、空気にもそれが伝わった。

 

かのように、思えた。

 

「人間の血肉の味を、覚えていてもか」

 

との声が、それを絶対零度まで引き下げるまでは。

 

「ここらは、ちょっとした最前線でな。色々と埋まってるのさ」

 

ただ、と彼は言った。

 

「お前らがもといた場所よりは、被害自体は少ないがな」

 

自分に言うような、それでいて、自虐的な意表が、言葉には含まれている。

 
 

「…優しいんだな」

 

10歩ほど進んだ後に投げかけられた声に思わず、彼は歩みを止めて、ちらと視線をやった。
2メートルほどだったはずの両者の距離は、既にその10倍近くにもなっていた。

 

「……何がだ?」
「君、がだよ」

 

訝しげに細まった眼光に対し、怯んだように言葉を濁したが、榊は言葉を捜した。

 

「多分、昔なら―――」

 

思い出そうとした思考が、一面の朱に染まった。
途端、ぅうと短い嗚咽となって口から零れた。

 

「言いたくなけりゃ、別にいいぞ」

 

自虐的に、彼は言う。

 

「やっぱり、君は優しいんだな」

 

軽く息を吐いた口で、榊は告げた。
それが届くと、彼は、大きくため息を付いた。

 

「どうとでも思え。俺はもう――」

 

溜息の後に続いた声は、彼が眼光の先にあるものを認めたことによって絶えた。
歩みを止め、自分に追いつくのを待ってから、彼は、神隼人は口を開いた。

 

「着いたぞ」

 

坂を昇り切った榊の顔には、ほんの僅かな疲労の色が浮かんでいる。

 

そこに、眩いほどの輝きが満ちた。
他に光が無いことによって引き立つ月と星の光と、
それを見つめる少女の顔に浮かんだ、温かく優しげな笑顔である。

 

闇世の中で影となって映った姿は、本来のものと、
夜の中で栄えるものとが混じり合い、より一層美しさを増している。

 

類稀な美しさを持った女性の姿に宿る少女の魂は、
天上を覆う無数の光に捉えようの無い何かを覚えた。

 

時折、空に向かってひとさし指を指し、覚束無い様子で線を引いているのは、
星の配列を、可愛い何かに見立てているためだろうか。

 

自分よりもやや低い背丈で、子供らしいことをする榊に、
隼人は小さく、嘲りや皮肉に似た微笑交じりの溜息をついた。

 

そして彼も、黙って空を見上げた。
溜息を吐いた時の、僅かな緩みが、この時の神隼人の表情には備わっていた。

 

冷徹・無慈悲・狂悪といった要素こそあれど、優しさや穏やかさの一切を廃した刃の切っ先のような顔付きに
僅かに浮かんだ安息の一辺を与えたのは、煌く月や星々の光では無い様だ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく