ゲッターロボ+あずまんが大王 第4話-(3)

Last-modified: 2010-01-31 (日) 23:22:33
 

底の見えない狂気を持った少年には多くの友人がいた。
無意識の寡黙が付き纏う心優しき少女には少年しかいなかった。

 

彼には同じ学校に従兄弟がいた。
彼女には兄弟すらいなかった。

 

彼は一つの目的のために皆を纏めることが出来た。
彼女は目的のために助けを求められたことが無かった。

 

性質の相反する両者は何故か、意図してか意図せずか、時折身近な場所にいた。

 

美しく成長した少女は、高校で多くの同性の友人たちに恵まれた。

 
 

それと時を同じくして。

 

悪魔のような頭脳と、神の如く暴虐を携えた少年の狂気に導かれた友人たちには、
自らが畏敬する彼の手によって、皆殺しにされる運命が待っていた。

 

音速を越えた死闘の末に手を下した彼は。
死ぬことよりも過酷な、残酷な未来を歩むことの意味を。
この時に、再び知ることとなった。

 

今から、半年前の出来事であった。

 
 
 

「あのあたりに…光が寄り集まってる……」

 

崖の奥に眼を落し榊が呟いた。
黒曜石のような瞳に、ほんのりと人工の光の色が映えている。

 

「麓から少し先か。大体、瓦礫と街の境の奥だな」
「何があるのか、知ってるのか?」
「お前にゃ無縁の場所だ。つまんねえ所だよ」

 

その言葉をそっくりそのまま現したような、至極つまらなそうな声で隼人は返した。

 

「教えてくれ」

 

返事は直ぐに来た。
畏怖を抱かせる男の声に対し、友人と変わらない反応が出来たのは、慣れのせいか。

 

「…いいのか?」
「ああ」

 

更に面倒臭みを増した声の元へと眼をむけ、彼女は口を開いた。

 

「自分の住んでる、町だから」

 

星を眺めていたときと同じ、綻びの生じた美顔に対し彼はどのように思ったか。
訝しげな表情を崩さないまま小さな溜息を吐き、「分かった」と告げた。

 
 

「あの一帯は売春窟だ」

 
 

榊は、沈黙で返した。
そうするしかできなかった。

 

「ああ、悪い。言い方が不味かったな」

 

眼を丸くするどころか張り付いた仮面の様相を呈している榊。
一瞬にして表情が凍るのは、本日もう二度目である。

 

「性風俗の店だ。ああいうのは夜からが本営業だろうからな。派手な色で客寄せでもしてんだろ」
「いや……大丈夫だ。……意味はちゃんと、分かってるから」

 

血の気が集まり紅潮し始めた顔を抑えながら、遮るように手を振り、返した。
それが収まったのは三度ほど深呼吸をした後となった。

 

「星の光のほうが…いいな」

 

と、言い聞かせるように榊は呟いた。

 

「そりゃそうだ。……ところで、榊さんよ」

 

時は19時丁度。
この時に、吹き抜ける風と大気が冷ややかさを増したのは、
地球の自転のためだけではない。

 

「話、聞こうか」

 

馴染みに対する口調ではなく、尋問を行うような、声の為だ。

 

「以前……一年ほど前か。 将来は獣医になりたいといったな。今もそれは変わらないのか」

 

僅かな光源を瞳の奥に引き摺り込んでいるのか、
曲刃の切っ先が窪みとなったような眼は、刃のそれと等しい光が燈っている。

 

この上なく禍々しくも、刃の美しさを湛えた光に、闇の中に浮かんだ女の美しい影は、頷きで返した。

 

「そいつは、大層なことだ」

 

皮肉に思えるその言葉を、榊はそれとして受け止めなかった。
褒め言葉として、彼女は受容した。

 

「それで、俺に何をしろと?」
「……教えて欲しい」
「………何をだ」

 

互いに沈黙を間に差した応答に、榊は、喉が詰まったように声を閉ざした。
口元が僅かに震えるのを見れば、次に搾り出す言葉は既に定まっているようだが、
彼女が脳内に浮かべた何らかの意図が、それを阻害しているらしい。

 

まごつく姿を一眺めすると、隼人は眉間の中央に右手を伸ばした。
くいと顎を浮かせながら、渇いた皮膚の上に横たわるサングラスのフレームを、人差し指で押し上げる。
取り立てて目立たないはずの動作を、榊は、口の震えも忘れてじっと見た。

 

肘の曲がりとともに張りを増したスーツの袖口から生えた細く長い指が行う動作に。
生命感の欠けた無機物のような、人形のような、銃器のような。
精巧で緻密な、機械的な美しさを榊は見た。

 

ある種の捕縛状態の中、榊は自らに注がれる光が絶えていることに気がついた。
目元近くに押し上げられたサングラスの黒に、刃状の眼へと送られる光が遮られているためだった。

 

しかし、注視すれば、光は未だにそこにあった。
他のものではなく、彼自身を表す慄然とした眼光が、そこには填め込まれている。
燐と輝く威圧感の代わりに戦慄が増したが、それに後押しを受けたかのように、
口は再び、彼女の意思の下で開かれた。

 

「勉強を、教えてほしい」

 

威圧はともかく、戦慄の方には、あくまで比較の上でだが、僅かに慣れているためである。

 

「…畜生どものことをか」

 

動物、は再び畜生へと回帰していた。
その変化を、人は悪意と受け取るだろう。

 

「ああ。 …頼めるか?」

 

口調が男っぽくなるのは、不安の表れである。
知ってかしらずか隼人の口からは僅かな量の溜息が漏れた。

 

「一度、餓鬼の頃に一通りは眼を通した」

 

小二の頃かと、忌々しげな呟きが後に続いた。

 

「それなら……大丈夫だな」
「餓鬼の買い物じゃないんだ、軽く言うな」

 

安堵で顔を綻ばせた榊に、彼は愚痴るように返した。

 

「まだやってやるとは言っとらん。
 それに、それを言うぐらいならポケベルの連絡でも済むだろう」

 

そう言うと、彼の目元で、かちりという音が鳴った。
影絵のように浮かび上がった姿の、右腕の輪郭が、グラスの形に膨らんでいる。

 

「お前、何が目的だ」

 

遮蔽物を取り去った眼窩に、形容し難い何かが浮かんでいる。
闇の中にいるにも関わらず、瞳孔は細まり、滑らかな筈の眼球の表面には、
渦が巻いている様な気さえした。

 

いや、実際に何かがぐるりと、瞳の中で巡っている。
前述の、形容の出来ない何かが、それか。

 

「お前の頭の出来が上等なのは知ってるつもりだ。
 俺を教科書なんぞにせずとも、勉強なんざはできるだろ」

 

じり、と、土畳の削れる音が鳴った。

 

「もう一度だけ訊くぞ。……何が目的だ」

 

歩みであると知った頃には、スーツに縫い付けられた釦の形が分かる位置にまで、
細くしなやかな線を描いた、死神のような姿は迫っていた。

 

「隠せないな、君には」

 

震えることも許さない戦慄と、握りつぶすような威圧感の中。
体内を走る血管から心臓までに指を這わせられたかのように伝わる中で。
榊は、穏やかな、学校の友人に向けるような微笑を浮かべた。

 

それは精神力を振り絞った、強がりだったのかもしれない。

 

「私を…働かせて欲しい」

 

その言葉に、一瞬、慄然とした線を持つ隼人の眼光が、僅かな緩みを見せた。

 

「…どこでだ」

 

僅かに空いた沈黙の意は、冷えた鉄に沸いた、熱による歪みのためだろうか。

 

「…君の元で」
「……はっきりと言え」

 

沈黙の時間が明らかに伸びた。
唸りが声になった音の後に、それを放った口腔の中で、牙が軋む音がした。
応えるかのように、榊は大きく息を含むと、両肩を震わせ、それを吐いた。

 

「ああ、言うよ」

 

黒曜石の瞳が、明確な意思を宿して、凶悪な眼光を迎えた。

 

この時に、隼人の瞳孔が拡大したのは、単なる反射や生理現象ではないだろう。

 
 

「早乙女研究所で、私を働かせてくれ」

 
 

恐らくは、この星で最も呪われた施設の名を、榊は言った。

 

その時。
隼人が口の端を緩ませたのは、皮肉か侮蔑か、嘲りか。
それとも、捉えようも無い、底無しの狂気か。

 

或いは、それ以外の何かか。

 
 

この場において唯一つ分かるのは、この時に両者は互いに、微笑を浮かべていたことのみである。

 

それが例え、お互いの意図が、異なるものであったとしても。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく