ゲッターロボ+あずまんが大王 第5話-(3)

Last-modified: 2010-06-25 (金) 01:20:51

「うん、ねえわ。マジでねえ」

 

幾度と無く頷くゆかり。
それが冗談ではなく本心からの発言なのが、心底馬鹿にしている証拠である。

 

この時、腕を組んで頷くゆかりの手元に、一枚の用紙が置かれているのにみなもは気が付いた。

 

「何それ?早退書?」
「うんにゃ、外出届」
「誰の?」
「榊の」

 

しんと、みなもは押し黙る。
休みならともかく、彼女がそんな物を提出することには違和感があった。
加えて、そんな物が存在していたことにまず驚きを覚えた。

 

「…外出って、どこによ」

 

色#br々と突っ込みたい衝動を抑え、訊いた。

 

「山」

 

とだけ。
ゆかりは一言、あっけらかんとした口調で答えた。

 

「山だって」
「………あんた、この町の治安がどういうのだか知ってるの?」
「うん、スラムみたいなもんでしょ」
「危ないじゃないの!そんな簡単に許可しちゃ!」
「だから私もそう言ったのよ。でも榊のヤツがさぁ」

 

ウェーブがかった後ろ髪に手を伸ばしてばさばさとやり、
目元に指を這わせてボソリと言った。

 

「「大丈夫です。もっと危険ですから」」

 

細くなった目と不必要なまでに強調された仏頂面、伸ばされたウェーブ。
お世辞にも似ていないが、榊の真似事のつもりらしい。
重ねてしまうが、手間の割りに似ていなかった。

 

「で、あんたはそれを許可した…と」
「うん」
「呆れて物が言えないわね、二重の意味で」
「大丈夫よ、あいつはそこまで馬鹿じゃねえわよ。それに」

 

背中に集中した重点により、彼女のイスが唸りを上げた。

 

「なぁんか、薄ら笑ってたし」
「理由になってねえよ」

 

みなもはそこで一応落し、次に繋げた。

 

「何かあったらどうするつもり?」
「さぁね」

 

呼応し、みなもは溜息を吐く。
本心ではないと祈りたいと思うのは、人として当然のことだろう。

 

「でも、なんか、不思議ね」
「何が?」
「日本中があんなになって、どこもかしこも廃墟になったのに、生徒も教師も、誰も死ななかったなんて」
「確かにね。親類もあんまり死んでなかったし。あんたんとこは?」
「私もよ」

 

それに、と、みなもは一言付け加えて続けた。

 

「この間送られてきた資料にあったけど、人口はまだ一億台をキープしてるみたいだし、復興は明るいらしいわ」
「明るい、ねぇ」
「それでも、親と離れ離れになる子供達には辛いわね」
「大人は大人で色々やんなきゃいけないからよ。とどのつまり、ガキがいるのは邪魔だってことね。
 ……私たちも、それと同じよ」

 

ゆかりの顔には既に、子供のような表情は消えている。
そこにあるのは、うっすらと疲労が浮かんだ、大人の女の顔だ。

 

「ま、嫌な思いをした奴が少ないのは、接する立場としては気楽でいいけどね。
 親が死んだ、兄弟が死んだで泣いてる奴を教えてたりなんかしてたら気が滅入っちまうっての
 嫌な思いをする奴なんて、少ない方がいいのよ」

 

言い返すことは、できなかった。
する必要も無かった。
みなもも、その考えは彼女と一致しているのだろう。

 

その時、みなもの脳裏に、何かが過ぎった。
顔を瞬時に強張らせられるほどの、忌まわしい何かが。

 

「そういえば、あんたあの時……」
「ん?何ですかにゃあ?私はもうなぁんも覚えてませんケドなぁ」

 

友人の安堵に満ちた声に、杞憂を振り払うように軽く顔を振り、

 

「なんでもないわ」

 

と告げた。

 

「お、もうこんな時間か」

 

つられて時計を見た。
授業までは、20分ほどの余裕があるのが確認できた。

 

「もうそろそろね」
「全く、やってらんねえわよ」
「偉い人たちの査察…だっけ?」
「そーみたい。こんなド田舎に朝早くから、大層なことだわね。さっすが、知識人の皆様は違いますなあ」
「全くね」
「そういえば」

 

ん、とごちて、ゆかりがみなもの方を向く。

 

「この学校、校長っていたっけ?」
「………」

 

忙しかった、と考えれば、まだギリギリ許せるか、と両者は考えた。
テキトーな慰めとごまかしに似た、一種の現実逃避である。

 

「しゃあないわね。なら私が、そのお偉い方々のツラでも拝見しますか」
「拝見って、あんたが挨拶でもするつもり?」
「は、誰がんなかったるいこと。せせら笑ってとんずらすんのよ。
 こっちは忙しいんだから」

 

と言うが早いか、職員室のドアを開け、半開きにした戸から手を振り、戸を閉じた。
彼女のこういったところが学生時代と変わらないと、いつもの感慨が頭を過ぎり、
みなもは安息で満ちた溜息をついた。

 

「山、ねえ」

 

榊、と書かれた外出届に目を移し、そのまま視線を窓の奥へと送る。

 

「まさか、ね」

 

窓の奥に、校舎の背後に聳える活火山を、窓で見れる限りの範囲で、
彼女は眺めた。

 
 

・・・

 
 

3日前に訪れた時は、中に誰もいなかった。
2日前は、扉を開けることが出来なかった。
そして、昨日は足を運べなかった。

 

室内に踏み入り、薄暗がりの奥にあった扉を開ければ、出会えたかもしれない。
扉を開ければ、そこにいたのかもしれない。
足を運べば、途中で彼に会えたかもしれない。

 

それが、出来なかった。
これが弱さか。
精神的な、己の弱さか。

 

思考の中に、外界からのノイズが混じった。
突如吹いた風に混じる、砂埃がそれであった。
周囲を山に囲まれた地形ゆえ、この町では時折突風に似た風が通る。
それに含まれる土や小石によって負傷することも、時として有り得、
崩れた町壁もそれに手伝い、その際は噴出孔のような役割を担い、
その力は殴打にも匹敵するものにも成る。

 

それに対して、神楽は身構えなかった。
ばさっとしたシャギーの髪型を、視線に合わせて僅かに俯かせるのみだった。

 

「…痛……」

 

彼女の肉体にぶち当たる微小な力の源へと、彼女は視線を這わせた。
反射といってもいい。
場所は既に町外れ。
あの忌々しい場所からもそう遠くは無い、快楽を売る淫靡な商店と瓦礫の
混合体の境にある開けた場所の通りの先。
黒とも茶ともつかない、微細な生物の群れのような砂埃の先に、それはあった。

 

巨大な土の塊を包み込む木々の群れに覆われるようにして、巨大な白い塊が見えた。
正体は直ぐに分かった。
見るのは数ヶ月ぶりだが、今までの人生の中では、珍しいものではない。

 

建造中の、建築物。
白いビニールを被せられた数十メートルの塊の中には
鉄骨やコンクリート柱という、無機物の形を取る骨格と内臓が鎮座していることだろう。

 

彼女の立っている場所から、目測で300m。
個々に来る前の日課だった夜のランニングによる距離感覚から、大体そのぐらいだろうと彼女は考えた。

 

そこで、彼女の考えは止まった。
鋭くも丸っこい眼を、現在の精神状態に合わせるようにうっすらと細め、
無感動に視線を前へと戻した。
数歩歩く頃には、ほんの少し前に見つめていた物体の事など既に頭の中からは消えていた。

 

前方を向いた彼女の視界の中に、埃に紛れて、3つの陰が混じった。

 

羽虫のような砂埃が別方向からの風によって裂けた時、その先にある頭部が見えた。
澱み、くすんだ目や、薄汚い衣類をだらしなく着こなした物狂いのような姿から、
まともな人間の類ではないと分かるのに時間はいらなかった。

 

それが罅の入った壁の先からこちらを眺めている。

 

強風に煽られて揺れる制服に内包された、豊かなスタイルの肉体を、
欲情に滾った目と、腐った心で。

 

風の巻く音の中に、地面を擦る音が混じった。
壁の奥から身を乗り出し、風を浴びながら直立する神楽の方へと歩み寄る。
その口元は、砂埃に歯がぶち当たるのにも関わらずにんまりと開き、
その中にある煙草煙の色が移った肉を、ピアスで飾られた舌が撫で上げた。

 

舌なめずりをした後に、彼らは神楽の方を見た。
どんな表情をしているのか。
脅えていれば怯えるほど、彼らの欲望は滾る。

 

しかし、それは儚い幻想だった。
怯えているだろうと踏んだ獲物の姿を見たとき、下半身の滾りは、
更に激しさを増した風の中で、情欲から憎悪へと変わった。

 

俯いていた獲物が、こちらを睨め上げていたためだった。
アーモンドのように切り込み、丸い眼で。
瞳の中に、嫌悪と憎悪と、あらん限りの侮蔑が宿っていた。

 

それが、柔らかくも鋭いアーモンド型の眼に鎮座し、
突き刺すような光を雄供に向けて放っている。

 

「…なんだよ。こっちは一人だぜ?男のクセに女の私一人にビビんのか?」

 

勝気な口調はそのままに、声のトーンは僅かに下がっている。
頭の中にふつふつと湧き、肉体へと伝播していく闘争心によって。

 

それが矮小な自尊心に触れたか、男たちはそれぞれ神楽に向かって歩み出す。
べっ、と、砂に塗れた唾液が罅の入ったアスファルトの上で散った。

 

自暴自棄、といえば差し違えない。
自分では分かっているはずなのに、何故か挑発的な言葉はすんなりと出た。
拳を握り様、彼女は、自分のこの様子を、ある一つに重ねて考えていた。
いくら努力を積んでも勝てない彼女のライバルたる長身の少女に。

 

あいつという言葉を思い浮かべた時、その脳裏に過ぎったのは、
小生意気な友人と、竜の様な影を地に落とした、黒い男の姿だった。

 
 

・・・

 
 

「ふぅん、いいご身分だことねぇ」

 

職員室を離れ、校舎裏の駐車場にて、彼女はそう呟いた。
眼を細めた視線の先には、外車と思しき車が多数。
遠方からの去来故に、車輪の近くには泥が少々跳ねているものの
その概観が持つ、重量感を備えた高価さは衰えてはいない。
こんな車を持てるのは、せいぜいこの場にいない天才少女の家ぐらいだろう。
そのことを考えたのか、ゆかりは面白く無さそうな表情を露骨に浮かべた。

 

「ほんと知識人様様だわ」

 

知識人という言葉で思い出したか、
不運にも手ごろな位置にあった車のバンパーを蹴り付けていた足が止まった。

 

「……あんの鬼娘……」

 

かと思いきや、より一層の激しさを増して蹴りの連打が始まった。
一応バレるのが怖いのか、音に反比例して、蹴りの威力自体は思いのほか低いようで、
薄い鉄の板の歪みは緩やかなことこの上ない。

 

「あんのヤロウ、二度と立ち上がれねえように徹底的にのしてやる。
 あーあ、飲み代を工面でもして、買いだめでもしちまうかね」

 

30発目の蹴りを叩き込み、憐れな鉄板が僅かにひん曲がった頃、一つの風が背後で流れた。

 

活火山の配下に位置し、周囲を自然で囲まれたそこに流れる風は、
ばか陽気によって暖められ、周囲の木々から発せられる水気によって冷やされ
清涼な空気の塊となって生きるものを包み込む。
強弱によっては害となるものの、おおよそは気持ちがいいものである。

 

今は、違った。

 

肺を満たすはずの命の息吹とも言うべき草木の香りを塗り潰し、
別の何かが、風の中に満ちていた。

 

それは、むせ返りそうな鉄の香りと、胸を圧迫するような脂と、
全身の毛穴が総毛立ちそうなまでの、何かが腐り、溜ったものの、臭いだった。

 

この町に来てから、瓦礫の中に今尚埋まる何かから発せられる臭いは幾度と無く嗅いだ。
それが通り道にあり、何度目かになれば身体も慣れてくるものの、
それでも酔いが廻った時にそれが鼻孔に留まれば、猛烈な吐き気へと転換する。

 

しかし、いくらなんでも、これは臭いが強すぎる。
それが意味するのは、それがここから近い場所にあるか、或いは
臭いの根源が大きいか。

 

或いは、そのどちらもか。

 

どちらにせよ、嗅いだ事のある匂いだった。

 

「……」

 

空気を吸わないようにと、警戒のためか、ゆかりの口は閉じられていた。

 

戦争の終わりに、嗅いだ事のある匂い。
生き物の屍骸の臭いの先へと、彼女は振り返った。

 
 

・・・

 

風を隔てて歩み寄る者達に、神楽は拳を握って応えた。

 

距離にして、8メートルもあるだろうか。
だんだんと、醜い顔の形が分かってくる。

 

その顔が、一週間前のあのコトで見たどの男とも違うことに
自分が安堵を覚えたことに、自分に対して、憎悪に似た感情が湧くのを神楽は感じた。

 

迫る男達に対してスカートの先の爪先で、土を締める音が鳴った。
両手の拳には既に握力が満ちている。

 

そこを、どこから流れたか、冷ややかな風が撫でた。
頭をも掠めたそれが、昂っていた心と血を冷やす。

 

逃げることへの嫌気によって、負けることへの憎悪による
怒りを宿した瞳を連中へと送ろうとした。

 

その時だった。

 

視線が、消えた。
というよりも、絶えた。

 

砂埃が一際大きく舞い散った刹那、視線を送っていた頭部の一つが、そこから丸ごと消えていた。

 

「っ!?」

 

ぞっとするほどの悪寒が背筋を掠めると同時に、背後でぼとりと、
何かが落ちる音が鳴った。

 

それは、彼女の背後から生じている。

 

血と臓腑を、汚濁を一塊にしたような。
暑さの中で、より一層増した、瓦礫の下から析出する悪臭とは別の、
別種類の、意識を蝕む、違和感の塊。

 

振り返った彼女の顔の直ぐ脇を、何かが過ぎた。
ぼとん、ごろりと、彼女の背後で音がした。

 

だが、見返す必要は無かった。
何故ならば、それは想像に難くはなかった。

 

三つあるうち、残っているのはたったの一つ。
それが、傍らの異常を眼で追ったときに、神楽の眼前で爆ぜたためである。

 

血飛沫という火花を上げて吹き飛んだ箇所に、無数の何かが食い込んだ。
その近くには、薄汚い上着に食い込む別の何かがあった。

 

二つの何かは、一つの物体の、違う箇所(パーツ)として、ここにあった。
即ち、牙と、腕。

 

この時、この町の三つの場所で、細部は違えど同じ光景が現れていた。

 

ヒトガタの胴体に鎮座するは、鱗を供えた異形の頭部。
玉蜀黍の髭にも似た僅かな頭髪が横たわる登頂の下が、横一文字にゆっくりと裂けた。
開い隙間で引かれたのは、生々しい朱の混じった唾液。
それを纏わせて蠢くのは、整合の取れた無造作さで配列された乱杭歯。

 

校舎の駐車場にいるそれは、脂肪の乗った筋肉の筋を。

 

薄汚い路地のそれは、薄い脂肪の奥にある臓腑を。

 

活きの好い蚯蚓を貼り付けたような縦筋の入った唇の奥の
アギトが上下に動き、それぞれを啄ばみ、咀嚼する。

 

ゆかり曰くの、「知識人」の残骸の上に、それはいた。
僅かに痙攣するそれに腰を下ろし、汚濁の極まった水槽のような体色の、
不気味なまでに細く体毛の無い腕で、自らが腰掛ける肉の椅子を弄っている。

 

僅かな苦鳴が、鳴り、直後に弾ける音が鳴った。

 

青々としたコケ類のような色と、腐乱したかのようにぼこぼこと
瘤が隆起した皮膚の先にあるガラス片のようなものが爪であると分かるのと、
その先に引っ掛けられているのが、神経の筋を捻られている眼球であると分かるのはほぼ同時のことだった。

 

人間からすると、地核より、過去より出でた、侵略者。
彼らからすれば、人類以前の、地球の支配者。

 

獲物を前に、乱杭歯の奥から、異形は異様な叫びを上げた。

 

三つのうちの、最後の場所。

 

喰いかけらしきものを路上に放置し、唸りを上げる異形を前にした少女の傍らで、
それまで閉じられていた眼が開いたのも、この時だった。

 
 
 
 
 
 
 
 

つづく