ゲッターロボ+あずまんが大王 第5話-(7)

Last-modified: 2010-09-16 (木) 20:49:31

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第5話-(7)

 
 

襲い来る異形を叩き伏せる少年の姿に、誰もが
絶句する中、感情の高鳴りを感じていた。

 

不安を抱いていなかったと言えば、嘘になる。

 

ただ、異形を叩き伏せる少年の姿は、光よりも鮮烈な輝きを伴って、彼らの眼に焼き付いた。

 

ぴちゃり、ぴちゃりと。
異形と対峙する少年の手から、紫色の液体が滴っている。
包帯に包まれた拳から落ちる液体の姿は
己の主を下された今に至っても、怨敵たる彼を忌避しているかのようだった。

 

木製の床の節目にいくつかが這入り込み、つうっと筋を伝った。
床に落ちた溜りは既に、掌ほどに広がっている。

 

溜りに映る少年の顔は、床とは平行のベクトルを保ち、
広がりゆく面積の彼方へと視線を送っていた。

 

根源たる首を支える肩が、息と共に上下している。
その幅が極めて小さく、息もまた掠れる様な様相を呈しているのは、
自身の状態を悟られまいとするためか、或いは意地か。

 

掠れる様な息の中に、一瞬だけ湧いた笑みのような響きから、後者であると神楽はみた。

 

なんとなく、自分に似ている気がした。
勝負事に関しては、気を抜くことが無い自分に。

 

睨み合いの中、異形の首が大きくうねった。
人間の太腿ほどもある太さと長さが捻じ曲がる様は、巨大な蛇の腹を思わせた。

 

「ふん」

 

溜息のようなものが、吐息と共に、異形の口から漏れた。

 

「亡霊が」

 

言い終えた直後に、液体の弾ける音が続いた。
ぽたりぽたりと滴り落ちて、床に広がる赤紫に映る少年の顔を歪ませた。
それを、薄汚れた運動靴が踏み抜いた。
体重を上半身に傾けた疾走の前兆、足を折り曲げ腰を深く落とした刹那、
誰と言わずに、彼の体表を這う力の流れによって揺れた包帯の奥に、人修羅の笑みを見た。

 

「あ」

 

例えて言うならば、アニメーションのアイキャッチ。
一時の中断がそれにあたるか。
唐突に、前触れもなく、気の抜けた声が体育館に響いた。
さほど大きくない声だったが、緊張感の中に出でたそれは不気味に、その空間を支配した。

 

「くつヒモ、解けてるよ」

 

結ぼっか?と後に続いた。
場に沈黙が下りた。
動きとしてではなく、精神的な意味合いで。

 

異形の目元が、内側で瘤が生じたかのように釣り上がった。
不快感を表すものか、太長い尾が床面を強かに打った。
床をぶち抜いて引き上げられた尾は、先端に何かを巻いていた。
体幹は殆ど揺れず、尾のみが激しくぶれた。

 

投擲されたのは、広げられたノート一面ほどもある木片だった。
厚さは彼女の掌の倍はあり、その断面は繊維が棘を成している。
棘の切っ先を目が認知するのとそれが吹き飛ぶのは同時だった。
本体は体育館の壁にてその身を散らし、残った微細な粉のみが、
黴臭い匂いとなって彼女の鼻孔へと辿り着いた。

 

「おいてめぇ。狙う相手なら俺にしな。それとも、狙ったのに外したのか?」

 

げほげほとむせ返る智を尻目に、木片を蹴り飛ばした左足を折り畳み、彼は異形に言葉を吐いた。
見守る生徒たちも皆既に、先ほどのことや間抜けな咳き込みのことは頭に無い。
というよりも、思い返すのを拒んでいた。

 

咳き込みは啜るような水音が混じり、間抜けさを極めつつあった。
だが、次第に、異形と少年との間で、そうした空気は薄れつつあった。

 

諸悪の根源たるくしゃみは、唐突に途切れた。
業を煮やしたのか、神楽は、破れた制服の切れ端で智の口を押さえていた。
その様子に、暦が親指を立てたまま、脚に沿わせて下がったままの手をぐっと握ったのは、
半ば反射、というよりも習性に近かった。

 

「むがっ!」

 

と、齢17の娘に相応しくない、形容し難い声の後、
巨大な振動が、彼らのすぐ近くで生じた。
その音が、戦いのゴングとなった。

 

体育館のほぼど真中で、修羅と異形が激突した。

 

残っている個体は、既に床に伏せている他のものと比べて、大きな体躯を有しているように見えた。
少年の姿を二周り近く凌駕する巨体は、外見の醜悪さも相まって、
対峙するものに計り知れない重圧を課すことになる。
一昨年の戦争において、人類側の防衛手段がその多くで意味を成さなかったのは、
こういった要素が少なからず絡んでいたために違いない。

 

その異様な顔面を、人間の拳が歪ませた。
身長170そこそこの少年の一撃が、2メートル近い大きさの化け物の体躯を大きく揺らがせている。

 

異形のアギトが開き、内側の乱杭歯が彼へと向かう。
がちんと閉じたその脇に、間髪いれずに拳を見舞うと、濁った眼がぎろっと動いた。
首を引っ込める亀のように、太く長い首が後方へと引き下がる。
空振った腕が、異形の鼻先で折り曲がった。
その動きに異形が反応しかけた刹那、降り曲がった先端である肘が上顎を捉えた。
しかし、埋没はせず、鱗のいくつかを砕き割ることだけを許し、異形の体術は
彼の肘から逃れた。

 

跳び下がり、足先で床を突くと、異形の身体は宙を舞い、彼との距離をとった。
100kgを越える肉体の着地音は、不気味なまでに静かだった。

 

「・・・すげぇな」

 

ぽつりと、神楽が言う。
背後でも、小さくいくつかの言葉が聞こえたが、恐らくそれらも、
神楽の一言と同じようなものだろう。

 

「そうだろう」

 

押さえる力が緩んだか、手元でそうほざかれた。
即座に無視を決め込んだ。
賢明な判断と言えよう。
だが、何故だか無性に悔しかった。
何故かは分からなかったが。

 

べっ、と、異形は口から唾液を吐いた。
どろりとした粘液の中に、血の塊が閉じられていた。

 

「・・・・・・が・・・」

 

何かを呟き、尾を振るった。

 

異形の尾が床を抉り、無数の木片を跳ね飛ばす。
彼らの、人間たちの居場所へと。
殺傷力を備えた破片が飛ぶ様は、
穴だらけになった空間そのものが、彼らへと飛来していくかのようだった。

 

間髪いれず、彼はそれの前に身を晒した。
床に罅を入れるほどの力を込めて跳躍し、鋭角の群れを迎え撃った。

 

散弾さながらの勢いで飛ぶ木片は、一発たりとて彼の背後へと廻らなかった。
異形三体を文字通りに蹴散らした拳が、脚が動くと、
大型の木片は天井か床へと跳ね飛ばされ、小型のものは飛び散った。
木片が、広範囲ではなく、比較的狭い範囲を絞られて打ち撃ち出されたことが幸いしていた。

 

突如、破片の中に、一塊の影が生じた。
彼は身を捻り、床を蹴って背後に跳んだ。
風を含み、オーバーコートが翼のように大きく広がる。
その一面に、胴体のあたりから斜めにかけて亀裂が入った。
ぴっと入った線は爆裂し、ばちんと爆ぜてコートを抉った。
破られた断面が異常にごわついているのは、高速で振られる尾の力と、そこに生じる熱のためか。
人間がまともに喰らったらどうなるのか、思うだけでも吐き気がした。

 

そこに。
大鎌のように振り回し、逆方向からのもう一振りを加えようと根本が湾曲した時に、
彼の拳に力が籠もった。
刃のような眼が、握った拳に破片の切っ先が埋まっているのを捉えたが、
彼は躊躇せずにそれを振るった。

 

「うおらあああッ!!!!」

 

ダン!!と、体育館に、怒号による音に留まらず、
強烈な踏み込みによる激震が奔った。

 

短い女の悲鳴が、いくつか鳴った。

 

自らの力の起こりと、ハチュウ人類の強靭な生体構造さえも破壊する拳の力の
衝突の瞬間、両者は共に吹き飛ばされた。少年の身体は床に打ち付けられ、
異形は床に爪を突き立てて堪えた。
痺れに震える半身に力を送り、尾を前面まで引き上げる。
異形の視界に、赤黒い筋を蠢かせて断面を露出させた尾が見えた。
中に通った骨が衝撃を伝えたのか、内部から外側へと逃げた力のベクトルによって、
尾の全体がぐずぐずの肉の塊と化していた。
裂け目からは、赤紫の飛沫が、肉の動きにかき混ぜられ、じゅくじゅくと泡を吹いている。

 

「貴様・・・・・・」

 

立ち上がった異形に対し、数度のバウンスを経て壁に背を打ちつけた少年は、
頭を強打でもしたためか、自らに死線を飛ばす異形に対して何の反応も示さない。
彼が床に身を打った場所の窪み方を見れば、ダメージの蓄積たるや、
骨も肉も、異形の尾並みに傷付いていてもおかしくない。

 

その姿に、異形の口元が釣り上がった。
微笑だった。

 

血流の噴出す尾は、力なく床に着き、ずるずると引き摺られている。
警戒のためか、動かない彼を前にしても、異形の足取りは重かった。
しかし、その右腕は高々と掲げられ、骸骨に僅かな肉を付けたかのように
細長い指からは、錐状の爪が内側から競り上がりつつあった。

 
 
 

どぐっ。

 
 
 

振り下ろされる一瞬。
明らかに、異質な音が鳴った。
音の根源は、異形の頭部。
拳大の大きさの尖った木片が、異形の眼窩を塞いでいた。

 

命中できたのは、人間よりも、顔の側面側に眼が寄っているためか。
潰された箇所を押さえもせず、異形はそれが飛来してきた方を見た。

 

手をぴいんと伸ばした少女が一人、そこにいた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・やっちゃった」

 

誰の仕業かは、言うまでもない。

 
 

「やっちゃったじゃねえ!!!!!!」

 
 

茫然自失と立ち尽くす生徒達を押しのけて叫び、眼鏡をかけた女生徒が列から飛び出した。
異形はそれを塗りつぶすほどの叫びを挙げ、智に向かった。
踏み出した一歩を跨いだ途端、異形の肩に重圧がかかった。
振り向く前に、異形の鼓膜が、

 

「おい」

 

短く、重々しい一言を捉えた。
それは直後に、衝撃に変わった。

 

牙の何本かと右頬の鱗が、破片に混じって弾け飛び、
異形もまた横殴りに飛んだ。
その拍子に、水分を散らして、木片が外れた。

 

肉体と精神に蓄積したダメージによるものか、ぜぇぜぇと息を荒げる少年の肩が揺れるたび、
コートに付いた破片がぱらぱらと床に落ちていった。
そして彼は視線を、眼鏡のずれた少女へ向けた。

 

「・・・あんたが・・・コヨミ・・・さんか・・・?」
「あ・・・ああ」

 

ずれた眼鏡を押し戻し、暦は応えた。
口調は、やや上擦っていた。
コヨミ、なんて呼ばれるのも、随分久々のことだった。

 

「悪ぃが・・・そいつ・・・抑えといてくんねえか?」

 

智へ向けて、伸ばした一指し指は伸びきってはおらず、
辛うじて握り拳から外したような形で曲がっていた。

 

「・・・ああ」

 

今度は、しっかりと言えた。
智に近寄り、その頭をごつんと殴り、首に腕を回してロックを掛ける。
慣れているのか、手際は異常なまでに良い。
応対した彼の口元に、微小な笑みが見えた。

 

それが即座に、締まったものへと変わる。
異形の姿は、既に彼の背後にあった。

 

「・・・ちっ」

 

忌々しげな呟きに音の一閃が続いた。
頭部を狙った爪の一撃。

 

細い腕は鞭のように撓り、爪と指は、剣のように鋭く伸びる。

 

それに触れた白い帯が、粉雪のように砕け散る。
こびり付いた赤黒い粒が、削り取られる際の熱で蕩け、異形の鱗の上で跳ねた。
砕け散る包帯をの中を突き進み、異形の指は伸び切った。

 

オーバーコートを突き破り、その先端は、智を抑える暦と神楽の斜め上に析出していた。

 

切れ込みが入ったコートが、襟元を基点として破片と化した。

 

爪に宛がわれた人外の力によって生じた、無数の断片。

 

その中に、彼はいた。

 

左の足で立膝を突き、自身の血の滴る左掌を床に伏せた、崩れ落ちる寸前のような姿で。
力を振り絞り、辛うじて体勢を維持していた。

 

解けた包帯から、横顔が僅かに覗いた。
攻撃的な前髪に阻まれたために、よく見えなかったが、
肉感を宿した刃の切っ先のような鼻梁が見えた。

 

それは、目頭から生じたと思われる歪みを持っていた。
身を苛む、苦痛によるものだろう。

 

避けたと言うよりも、避けるための動きに力の虚脱が重なった、
不幸中の幸いという方が近い。

 

頬の傍の、前髪同様にぎざぎざとした、どこか神楽のそれにも似た毛並みの髪型が、
異形の力によって生じた風によってばさりと揺れた。

 

力を振るった腕が、だらりと落ちた。
その傍らに、赤紫の血液が塊となって、抉れた床に降り注いだ。
牙の間の隙間から、止め処なく。
異形の腹に穿ちを放つ彼の左腕も、それに染まった。

 

牙のいくつかに、亀裂が入った。
爬虫類の大顎に、力が満ちていく。
噛み締められた牙は歯茎に食い込み、そのために折れた。
白目を剥いたまま、異形の腕が上がり始めた。
一撃を見舞うためだろう。
完全に上へ上がる直前、異形の腹に減り込んだ左拳の真上に、
右腕による、力の塊が打ち放たれた。

 

左腕は異形の肉から引き剥がされ、異形の姿が床面を這い摺る。

 

すぐ後ろで、僅かながらに声が上がった。
恐怖の色はなく、歓喜のそれに近かった。

 

だが、彼は見ていた。

 

拳が肉に達する瞬間、衝撃を受けたのは、胸元ではなく十字を組んだ腕であったと。

 

ざくっと、床に突き立てた爪の音が、彼らを再び黙らせた。

 

折れた爪の生えた指を基点に異形はゆっくりと立ち上がった。
呼吸の度に、その口元と鼻孔からは血が漏れた。

 

「化け物が」

 

自らの肉体を破壊せしめた少年に向かって異形は言った。
異形の周囲には、2分ほど前に彼に屠られた4体の仲間が転がっている

 

残った右目をぎょろりと動かし一眺めすると、血と唾液を撒き散らし、
異形は口から叫びを放った。
砕けるような叫びだった。
同時に、異形は倒れた仲間を掴み取った。

 

「ぐぇっ!!」

 

人間ではない嗚咽が鳴った。
それは、爪を突き立てられて抱えられた一体から生じていた。
よく聞けば、そして見れば、他のものからもそれに近いものが聴こえた。
一体たりとも、死んではいなかったのだ。

 

瞬時に2体ずつを右と左で、爪を用いて抉ることで掴み取り、異形は跳躍した。
仲間を掴む腕の辺りに、何かが張っているように見えた。
だが、次の瞬間には、異形たちの姿は彼らの視界から消えていた。

 

一蹴りで天井近くまで飛び上がった異形は、カーテンを裂き、
壁面のガラス窓を打ち破り、外界へと姿を消した。

 
 
 

「・・・逃げんなら・・・」

 

膝を着き、荒い息を混じらせて、彼は呟いた。

 

「最初(はな)っから、来るんじゃねえってんだ」

 

息を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。
包帯は既に、側面の辺りがずたずたになっていた。

 

「ケガとかは・・・ねぇみたいだな」

 

呼吸も整わないままに、彼は背後を見渡した。
その姿は、数分前よりも酷くくすみ、異形の対峙によって更に破損箇所を増やしていた。
しかし、その汚れた姿に、誰も不快な感情を抱かなかった。
何のためにそうなったのかを、この眼でしかと見たためだった。

 

吹き込んできた風と、彼の吐息が、顔に張り付いていた包帯を引き剥がした。

 

へばりついた汗が珠となり、朱色の液体を混じらせて帯びの周囲を舞った。
押さえつけられていた髪型は、本来の長さと張りを取り戻し、ばさりと揺れた。

 

そこに、全ての視点が行った。

 

最も近い距離で見たのは、彼が、顔を見せると約束をした少女だった。

 

真っ先に、彼の眼が彼女のそれと合致した。
包帯越しでも鋭く見えた眼は、更に鋭く、刃の切っ先のように見えた。
その切れ込みの中にある黒い瞳は、異形との戦いを経ても尚、
生命力を爛と宿し、彼の魂とでもいうべきものの輝きを持っていた。
その眼に付随するように生え揃った眉毛は太く、
今時の男子としては珍しく見えた。
だが、本能的に、彼にはそれが似合っていると誰もが思った。

 

顔立ちも、無駄な肉が付かず、それでいて、
変態の烙印を押されている古文の教師のように、骨のラインも浮き出ていない。
全体的に、美形の部類に入ると見えた。
しかし、単なる美しさとは、また別の要素が備わっていると無意識の中で彼らは感じた。
野性味のある伊達男。
とでも言うべきか。
生物が持つ闘いのための要素。
牙や爪、拳や剣、鋼と炎。

 

それが肉となって、彼の姿になっている。
生物で例えるとしたら、いや、空想上でも構わない。
それが、あるとしたら、それは。

 
 

それは―――。

 
 
 
 
 
 

「うん」

 
 

幾度目だろうか。
この、場を読まない声が出るのは。

 

少年から目を移し、誰もがその根源を、点となった目で追った。
彼もまた、訝しげな表情でそこを見た。
どことなく、その目は半月の形を描いているようだった。

 

目をキラキラと輝かせ、やたらとテンションを上げている娘がいる。
大馬鹿の一言で済んだら、どれほどの釣りが来るのだろうか。

 
 

「合格!」

 
 

おめでとう!とのお墨付きまで出た。
にかっと笑い、彼に向けてぴんと親指を立てる姿に、
なんともいえないオーラが漂っている。
呆れきったためか、彼女を拘束する力は完全に虚脱した。

 
 

「・・・何がだ・・・・・・この・・・・・・バカ野郎・・・・・・!」

 
 

呟いた途端その姿が大きくぶれた。
折れ曲がった膝が床を打ちつけ、頭から床に倒れ伏せたのは
それからすぐのことだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく