ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話

Last-modified: 2010-10-14 (木) 01:03:46

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話

 

止む気配の無い陽光の中。
一人の女性が、いや、年齢的には少女に入るか。
制服を着た少女が一人、山道を歩いていた。
彼女の右手側に露出した山肌の反対側はガードレールで舗装されている。
元来より高かった標高を更に上乗せし、崖とも呼べるような高みにある山道だった。
周囲は自然に溢れ、鳥の囀りも、数歩歩く度に彼女の耳に入るほど、頻繁に鳴っている。

 

時が時なら、満ち溢れる自然を求めて、
四駆やバイクを借り出してアウトドアに励む連中で溢れかえっているだろう。

 

この道の先にあるものが、何をしているのかを知れば、そういう気は失せるだろうが。

 

何があるのかを、彼女は知っていた。
そこへ向かうたびに、歩いていた。

 

長く艶やかな髪や、制服の上からでも美しいくびれが分かる細身の肢体が、
ぎらついた陽光の元でも、その美しさを損なわずに、彼女の姿を、この世界に投射していた。
180に近い長身とこのスタイルは、一流のモデルの中でもそうそういない。
見るものを敬遠させるような仏頂面さえなく、常に微笑んでいれば、
異性の気を一手に集める事はおろか、虜にすることも容易だろう。

 

彼女自身は、そういったことが、ドが付くほどに苦手だったが。

 
 
 

二歩進むと、やや傾斜が険しくなった。

 

熱のためにアスファルトが溶解したか、靴の裏に、粘着質な感覚がへばり付いた。
歩く度に、それは強さを増していく。
これには、彼女の疲労の蓄積によるものも含まれていた。
歩き始めてから、もうどのぐらいになるだろうか。
外出届を提出したのは、少なくとも昨日の夜のことだった。
日付もそのように書いておいたので、問題は無いはずだと彼女は思った。
ただ、友人には伝えておくべきだったのかが気になっていた。

 

だが、ここ数日の元気の無さを考えると、どうしても切り出せなかった。
黙っていることは、失礼だとも思った。

 

しかし、行く前になっても、結局は言えなかった。
帰ったら、怒られるのかな、と彼女は思う。
友人が、神楽が、自分を怒れるぐらいに、いつもどおりに、
元気を取り戻していてくれることを願いながら。

 

俯いていた視線を、前に戻した。
何時の間にか、直線は終わり、急な右カーブが眼に入った。
外側を舗装するガードレールの一部が、氷結した波のような形で、砕けているのが印象的だった。
見れば、道の真ん中には真上からこじ開けられたような裂け目が開いている。
よくよく見れば、そこを基点に、幾つもの罅が、道路全体に広がっている。
より確かな全体像を見れたとすれば、節足を伸ばした巨大な百足が、
道路の上にしがみ付いてるようにも見えただろう。
道の形を保っているのが不思議なほど、眼前の光景は荒んでいた。

 

町の光景に似ていることが、彼女の心を締め上げた。
苦しむ人の、荒んだ獣の、呻き声が聞こえた気がした。
出来ることなら、しゃがんでしまいたかった。
耳を塞いで、へたり込みたくなった。

 

しかし、彼女は息を吐き、その光景に向き直った。
友人たちの顔が、現状を変えたいという、強い意志を呼び起こさせた。

 

『そんなもんに、怯むのか?』

 

眼前に広がる闇に対して、古い友人から言われた言葉が、脳裏に過ぎる。
数日前に言葉を交わした男の姿が、頭を過ぎったためでもあった。

 
 
 
 

そう言った張本人が、カーブを曲がった場所にいた。

 
 
 

一歩間違えば踏んでしまったかもしれないような場所に。

 
 

数日前と違って、灰色のジャケットを着ていた。
その下の勝色のアンダーシャツや、朽葉色のジーンズ、
膝の半ばまでを隠す軍靴を履き、すらっとした鼻先まで切っ先を伸ばした
前髪を携えた頭部には、ジャケットよりも少し色の濃い丸帽を被っていた。

 

別人、というよりも別個体、とでも言うかのように、外見が変化していた。

 

ぐいっと曲がった斜面を背に、力なく横たわっていた。

 
 

「・・・何をしているんだ、神君?」

 

返事は無い。
ただ、口元の近くに生えた雑草が、一定の間隔を置いて揺れている。
屍になってはいないようだ。

 

そのまま、少しばかり時は流れる。
降り積もりかけたそれが解れたのは、彼女の歩みだった。
ただし、その先は彼の方にではなく、その反対方向へと向かっていた。

 
 

彼女の影が、彼の姿を被った時、特徴的な前髪の奥の、目蓋が開いた。
封印されるかのように閉ざされていた眼光が、榊の姿を瞬時に捉えた。

 

「・・・それは何だ」

 

よう、と言おうとした場所が空白で埋まり、代わりに訝しげな言葉が出た。

 

「・・・破片」

 

地面から引き抜いたと思しきアスファルトを、バレーボールか何かのように、胸の前で抱えていた。
彼女の豊満な胸が隠れるほどの質量を、それは有していた。
断面に見える荒々しい石の群れが、その外見に凶悪さを追加している。
重量にして、5キロ近くはあるだろうか。
その割りに、涼しい顔をして、彼女はこれを抱えていた。

 

「・・・何をする気だ?」

 

トドメでも刺すのか、と、吹き出しの外で隼人は呟いた。

 

「・・・・・・起こそうと」
「・・・・・・・・・正直に言え」
「・・・・・・・・・・・・ごめん」
「・・・・・・・・・・・・・・・謝るな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・これ、どうしよう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・捨てろ」

 

そう言われると、彼女は破損しているガードレールの近くへと、恐る恐るといった足取りで
近づき、その境目の先へと、抱えた破片を放逐した。
しばらくの後、遥か下方で、何かが潰れる音がした。

 

隼人は面白く無さそうに顔を歪ませ、榊は、やりすぎたことを反省した。
もう少し、小さいほうが良かったかなと。
さっきの半分ぐらいの大きさぐらいが。

 

「どうして、こんなところに?」
「それは俺が聞きたい」
「・・・それは、私もだ」
「それはこっちの・・・いや、いい」

 

何かを悟ったか、隼人が折れた。
彼女との間に漂う何かしらの気配を感じたせいかもしれない。
なんとなく、それがアホっぽいとでも考えたのか。

 

半ばほど斜面に預けていた左腕を起点に、上体を起こすと、
ずれた帽子を頭にぐしぐしと押し付け、榊を見た。
応ずるように、榊もしゃがんだ。
猫に対してしゃがむ様に、体育座りをしようとした。

 

が、妙な気配を感じた。
靴を脱ぎ、砕けたアスファルトの中に育った若草の中に、その膝を預け、正座した。

 

彼の口から、舌打ちのようなものが聞こえた気がしたが、
それについて問い質すことは後回しにすることにした。

 

「それで・・・なんでこんなところに?」
「・・・置いていかれた」

 

不機嫌さが滲み出るほどの声で彩られての、即答だった。

 

「・・・そうか」

 

よく分からなかったので、分かった振りをすることにした榊であった。

 

「・・・ああ」
「・・・辛いな」
「・・・・・・ああ」
「・・・酷い話だな」
「・・・・・・・・・ああ」

 

言葉は同じだが、アクセントの低下は顕著だった。
冗談ではないらしい。

 

「ところで・・・」

 

周囲を見渡し、榊は言った。

 

「・・・箱は?」
「・・・俺は捨て猫じゃねえ」

 

低下していたアクセントが戻った。
怒りによるためである。

 

「・・・そうだった」

 

言葉から察するに、半ばぐらいは、そう思っていたのだろうか。
論ずる必要も無いが、こんな猫は存在しない。
してはいけない。

 
 

「お前、疲れてるだろ」

 

ふぅっと深く息を吐き、隼人は言った。
睨め上げるように見て、映った彼女の姿に、確かな疲労の色が見えた。
制服の白い部分には、土埃が塗された様な跡がいくつも見えた。

 

「正直言って喋るだけでも辛いだろ」

 

こくん、と無言で頷いた。

 

「ここ数時間飲まず喰わずか?」

 

こくりと、頷いた。

 

「立ってるだけでも辛いか?」

 

軽く揺らして、頷きの意を表した。

 

「気分はどうだ?」

 

無言のまま、しばらく硬直した。

 

「・・・君は少し、意地悪だということを忘れていた」

 

思い出すのが、少し遅かったことを後悔していた。

 

「それでは今一よく分からん。もう少し詳しく言ってくれんか」
「・・・怒ってもいいか?」

 

頃合と思い、手を引いた。
これ以上やると、流石に身の危険を感じるのだろうか。

 

「限界が、近い気がする」

 

眉を顰めて、それを聞いた。
こう言った類の弱音を久々に聞いたためだった。

 

「このままだと、遭難するかもしれない」
「・・・そこまでか」
「山を、甘く見ていた」
「・・・そうか」

 

妙な虚脱感を感じながら隼人も応じる。
重たそうなものを二つも抱えてるくせになどと思いながら。

 

「だから」

 

提案の息吹に、隼人は嫌な予感を覚えた。

 

「私を、運んでくれないか?」

 

二者の間で、気の抜けるような音が、
(例えるなら、木魚のような音が)鳴ったような気がした。
幻聴が隼人の耳に木霊した直後、強烈な脱力感が彼を襲った。

 

「・・・この先は立ち入り禁止だが」

 

危険だからな、との一言が、語尾のように加わった。

 

「だから、君に連れて行って欲しい」

 

しかし、彼女の意は固まっていた。
こうなると厄介なのを、隼人自身もよく知っている。
ある一定のレベルまで決意が決まった人間を動かすのが困難を極めることは、
この一年半で嫌というほど思い知らされたためもある。

 

なので、試すことにした。

 

「さっきな」

 

肺を絞るように、息を吐き、こう続けた。

 

「血を吐いた」

 

今度は榊が、気の抜ける音楽の幻聴を聴いた。
これがもしアニメで起こることならば、演出として使われるのだろうか。

 

「・・・そうか」

 

案外、淡白なリアクションだった。

 

「喋るだけでも喉が焼けそうだ」
「・・・そうか」

 

変化、特に無し。

 

「右足の感覚が薄れつつある」
「・・・それは、大変だ」

 

上記に同じ。

 

「情けない限りだ」
「そんなことは・・・ない」

 

テキトーかつホドホドな慰めと、ごまかしの応酬。
そして向かった結論は。

 
 

「頑張れば・・・昼前には、着くかな」

 
 

非情の、裁断。

 

「おい」

 

怒気の混じった反論の息吹を上げるが、彼女の一言がそれを遮った。
『悪いけど』の一言が。

 

「信じられない」

 

と、続いた。
苛立ちを抑え、隼人は耳を傾けた。

 

「君が血を流すところなんて・・・今まで、見た事無い・・・」

 

本心からだった。
この十年の間の彼女の記憶に、そういった場面は存在していなかった。
一度たりとも、何があろうと。

 

温かい風が、両者の間を通り抜けた。
揮発したアスファルトの成分が混じり、不快な香りを孕んではいたが、
それでも、土と緑の匂いの方が強かった。

 

程よい心地よさと不快感は、決断を迫る一声にも思えた。

 

「担げばいいのか」

 

吸い込んだばかりの空気を吐き出し、呟いた。

 

「任せる」
「野郎に向かって、それは危険だと思わないのか」
「今は、君しか頼れない」

 

そう言った彼女の顔は、頬を中心に紅潮している。
元が白磁のように白いためか、否が応にもそれは目立った。

 

「・・・分かった」

 

身体を支える細やかな指が、地にその五指を立てた。
これから自分をひっ抱える役目を果たす手の動きを見た途端、彼女の顔の紅は頂点に達した。

 

「俺も歩く」

 

逆転の発想だった。
今までのやり取り全てを虚無に還したと言ってもいい。

 

「・・・そうきたか」
「寝不足でな」
「・・・そうか」
「そうだ」

 

会話のキャッチボールは一応は成立しているが、
まるで尖った氷塊を投げ合っているようなやり取りをする両者。
今に始まったことではないのか、互いに言及するのを自重している。

 

地に突き刺した五指に力を入れると、彼の姿を、立ち上がった彼女の影が被った。
身長なら僅かに自分が勝っていると思えたが、彼女のある部分同様、成長速度は著しい。
昔を思い出しながら、よくもまぁ育ったものだと、単純な感嘆を覚えた。

 

そこに、すっと、手が伸びた。
包帯が、巻かれていた。

 

「・・・相変わらず、噛まれるのか」

 

少しは気をつけろ、と言うと、慣れている、と榊は返した。
包帯越しに見える、滲んだ血の跡を眺める隼人。
考察しているような、顔つきだった。

 

「・・・あいつめ」

 

吹きぬける風に飲み込まれるような声で、呟いた。

 

「・・・?何か、言ったか?」
「別に」

 

無傷の手首を軽く握ると、それに合わせて彼女が隼人の身体を引いた。
互いの力が上手く絡んだか、重量感を、互いにほとんど感じなかった。

 

「昼前と言ったな」

 

背中と足の汚れを払い、隼人は空を見た。
忌々しげな眼光が、陽光を捉えていた。

 

「じゃあ着いて来い。なるべく早めに歩いてやる」
「・・・ありがとう」

 

礼に対し、いつも通り、つまらなそうに息を吐き、隼人は歩き出した。
思いのほか軽い足取りを見て、榊も、いくばくかの安堵を感じ、それに続いた。
歩き始めた彼の身体を、一陣の風が通り過ぎた。
暖気と寒気が混じった、山に流れる力のうねり。

 

粘りつくような寒さが、彼の感覚を以ってしても不気味に感じられた。

 

鳥の囁きは、何時の間にか、絶えていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく