ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話-(2)

Last-modified: 2010-10-14 (木) 00:54:53

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話-(2)

 
 

陽光の下を歩く双影の足取りは、時の経過につれて速さを増して行った。

 

前方を歩く男の歩みは、後方にいる彼女を突き放すようにも、
逆に追い立てられているようにも見えた。
崖を抜け、傾斜を下り、語彙があるが、平地と呼べる場所まで着いた。

 

太陽の昇りが真上の近くになった時、両者の道を塞ぐように、暗い洞が現れた。

 

ぎらつく日差しの中、山を刳り貫いて埋め込まれた闇の塊は、
巨大な生き物の口腔の様に不気味だった。

 

急なカーブを描いて続く道の形のままなのか、その先には光の欠片も見当たらなかった。
長さも相当にあるようだ。

 

歩きつつ、隼人は以前彼女と会った山道のことを思い出した。
無様に震えていたが、今度はどうか、と。

 

不意に足を止め、背後に視線をやった。
悟られては面白みが薄れるためである。

 

背後に向けた視線は、自らの真横で彼女の姿を捉えた。
唐突に、互いの視線が合致した。

 

「・・・何」
「・・・別に」
「・・・何か、企んでいたのか」
「・・・どうかな」

 

そのまま、トンネルの前で、両者の歩みは止まった。
内部から吹き抜ける肌寒い空気が、二人の間を通り抜けた。
服の内部をすり抜け、肌を這ったのか榊の身体が悶える様に震え、
その口からは小さな鳴き声が漏れた。
悲鳴に似た声に、嘲笑うような吐息が続いた。

 

「怖いか」

 

目を閉じ、口元を歪ませて、隼人は聞いた。
否応無しに、あの日の夜を思い出した。

 

「・・・ああ」

 

嘘など意味も無いことを、彼女は知っている。
だから、率直に話した。

 

「でも、行かなくちゃいけない」

 

そう言い、一歩踏み出した。

 

「・・・こんなものに、怯えてちゃいけない」

 

閉じていた目を開き、隼人は彼女の背中を見た。
再び吹いた風に揺れる、彼女の艶やかな髪が見えた。
彼女の後姿で震えているものは、それだけだった。
ある種の威風さえ纏って、彼女は闇に対峙していた。
そしてそのまま、彼女は翳りの中へと歩を進めた。

 

再び、隼人の口から吐息が落ちた。
アクセント自体は、先ほどとは変わらない。
ただ、口元の歪みからは、角がいくらか取れているように思えた。

 

「そうだな」

 

ずれた帽子を髪に押し付け、彼も、続いて歩いた。
身を半分ほど影に浸した榊に続いて、彼も影を身に纏った。
入り口の近くで、榊の足が竦んだ事に、彼は何も言わなかった。
傍らに立ったときに、行くぞと小さく呟いた。
そこに、榊の姿が寄った。

 

「・・・おい」
「・・・こうしないと、迷う」

 

言い終えると、双影は闇の中に、溶けるように這入り込んだ。

 
 

歩き出して、どのぐらい経ったか。
背後から伸びていた光は既に無く、冷ややかな空気と水音、そして
縦横で跳ね返る足音が、暗闇と共に彼らを包んでいた。

 

歩みを進める歩の傍らを、何かが過ぎった。
ざらっとした感覚が、靴越しでも伝わると細やかな肢体がびくっと震えた。

 

「・・・今のは・・・」

 

ぼそりと呟いたが、それは高鳴った心臓と呼吸を押し殺しての一言だった。
無論、隼人には勘付かれている。

 

「ドブネズミだろ」

 

ミゾネズミとか、チャイロネズミなどと伝えるという選択肢は反射的に除外していた。
この嫌がらせは、ある種、徹底している。

 

「・・・ドブネズミ・・・・・・」
「動物は好きだろ」
「・・・・・・ドブ・・・・・・」
「・・・・・・そこで区切るなよ」

 

動物が好きとはいえ、好き嫌いの区分はきっちりあるようだ。
爬虫類とかはどうなのだろうか。

 

「・・・ハムスターとでも思え」

 

何が原因かは定かではないが、
この辺りのドブネズミは成体のウサギ並みのサイズだということは黙っておくことにした。
言うとしても、後にしようと。
ハムスターという単語を出した途端、
彼女が歩みを止めて震え出したことに軽い狼狽を覚えながら、隼人は思った。

 

「ところで、榊」

 

震えを止め、声のした方向に目をやった。
目が慣れ始めたか、潤んだ目に、彼の姿の輪郭が映っていた。

 

「学校を抜け出したとか言ってたが、そんな簡単にいくのか?」
「・・・届出を出した」
「・・・そんなのでいいのか」
「・・・出さないと、怒られる」
「・・・そりゃそうだろ」
「・・・反省文も、書かされる」
「・・・・・・」
「・・・数十枚単位で・・・びっしりと・・・」

 

甘いのだか重いのだか、よく分からない規律だった。

 

「・・・まぁ、それはいいとして、学校の友人どもにはどうしたんだ?
 そんな規律なら、以前聞いた馬鹿や日焼けした馬鹿なら嬉々として来るんじゃないのか」

 

失礼とは思ったが、馬鹿と日焼けした馬鹿が誰かはすぐに見当が付いた。
彼女としては、前者は「成績は・・・だけどとても元気な子」、
後者は「自分によく勝負を挑む日焼けをした子」と彼に説明していた。

 

馬鹿の一言が入ったのは、彼女らの言動の一端を話してしまったためだろう。
ゴキブリを教科書で潰すわ、猫のぬいぐるみを着て校舎内を走り回るわ、
仔猫を保健所に持っていこうとしたりするわ、
好きなキャラクターを落書きでだが、弓矢で串刺しにされたりとetc。
テスト前に貸してあげたノートに書いたマスコットキャラなども、同様の憂き目に会った。

 

「・・・友達には、言わずに来た。・・・・・・色々あって」
「・・・まぁ、いい。話を聞く限り、俺はそいつらとは会いたくない」

 

小さな水溜りを砕いたか、水音が彼の足元で鳴った。

 

「馬鹿はどうも、苦手でな」

 

妙に、訝しげな一言だった。

 

「・・・私には、大切な友達だ」
「・・・そうみたいだな」

 

地面に薄っすらと張った水の窪みを砕きながら、両者は進んだ。
隼人がやや先頭を歩き、榊は水音の合間を縫って歩いた。

 

「・・・君のは・・・どうだ・・・?」

 

隼人の歩みが、止まった。
ごぼっという音を立てて水面を破った彼の足が、その半ばまで埋まって停止した。
少し遅れて、榊も止まった。

 

「・・・君と一緒の学校に行った・・・・・・よく悪さをしていた、君のいとこの人や・・・仲間は、どうしてる?」

 

声に震えたか、天井から水滴が落ちた。
どことも知れない場所で、それはぴちゃりと跳ねた。
刎ねて、砕けて、広がった。

 
 
 

「死んだ」

 
 
 

水音は榊に届かず、

 

「・・・全て、な」

 

彼の言葉だけが、知覚の全てを占めた。

 

「・・・すまない」

 

唇に冷気が奔り、応答が、しばし遅れた。
震える唇を結び、闇色の地面へと、彼女は目を伏せた。

 

「お前のせいじゃない」

 

だから謝るな、と隼人は加えた。
声量は違わず、そこに含まれている感情に、突き放すもの以外に別のものが
混じっているのを榊は感じた。
互いに、感情の起伏に似た部分があったせいかもしれない。

 

『君のせいじゃない』、とは、言わなかった。

 

全員と言わずに全てと言ったためだった。
言い様の無い考えが、彼女の中で渦巻いては、消えた。
消える、ようにした。

 

それからしばらく、無言で歩いた。
歩いているうちに、榊はどう言葉をかけて良いかを悩んだ。
彼が行ったことを知らないがために力になれない無力さと、
自分が口下手であることが、悔しかった。

 
 

「・・・悪いな」

 

唐突に、隼人が言った。
何を言ったのか、榊には一瞬分からなかった。

 

「お前の友達を、馬鹿と言って」

 

謝られたのは、何時ぶりだろうか。
その言葉に、しばらくの間、どう返してよいか分からなかった。
足の間を通り過ぎた小動物の感覚さえも、彼女に感慨を与えるには及ばなかった。

 

「知り合いに、かなりの馬鹿がいてな。どうしてもそいつを連想しちまった」
「・・・知り合い・・・か」
「ああ」
「・・・馬鹿・・・なのか」
「お前から聞いたバ・・・・・・元気な奴に、どことなく似てるかもしれん」
「・・・・・・」

 

失礼だと思いつつも、彼女は絶句した。

 

「・・・・・・もしも揃ったら・・・・・・悪夢だろうな・・・」

 

場合によっては悪夢の権化と化す男の声は、どことなく震えていたような気がした。
自分の勘違いであって欲しいと、榊は願った。

 

「・・・そんなにか」
「・・・・・・ああ」

 

その一言に、榊の口から息が零れた。
笑いに、よるものだった。

 

「・・・安心した」

 

笑みに続いて、彼女は言った。

 

「・・・何にだ」
「・・・だって・・・」

 

とてて、ぴちゃりと音を立て、榊は隼人に歩み寄った。

 

「その人は、君の友達なんだろう」

 

肩を並べて、耳元で囁くように、榊は言った。

 

「・・・はっ」

 

溜息を一つ、返答のように吐き出した。

 

「・・・そんなわけねぇ」

 

鬱陶しそうに、隼人は低い声で言った。

 

そこで、両者の目に、光が映った。
光に沿って映し出される壁のラインの先の、光の窪みから流れる陽気が、
双影に、出口への到達を伝えていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく