ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話-(3)

Last-modified: 2010-10-31 (日) 20:14:03

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話-(3)

 
 
 

暗がりを抜け出した少女は、雲がまばらに散る空に向かって顔を上げた。
美しい黒髪が、その動きに従い、絹のように揺れた。
トンネル内のじめっとした湿気による水気と、疲労によって流れた汗が、
雫となって離れて散った。
某おかっぱ頭の少女が見たら、悶えて震えて果てそうだ。

 

トンネルの落す影より出でた彼女を、熱気を含んだ風が出迎えた。
山の形に添って下方から吹き上げる谷風が、彼女の身体を、握るように滑り抜けた。

 

「・・・ぁあ・・・・・・」

 

制服と下着に染みた汗を媒介に、皮膚の上で、冷気と熱さが入り混じる。
その中で、喘ぐような声が漏れた。

 

しかし、それは柔肌に染み渡る不快感によるものではなかった。
彼女は、暗がりより抜けた先に広がった景色を観ていた。

 

そして、彼女はこう思った。

 
 

命とは、こういうものをいうのだろう、と。

 
 

彼女の目の前に、道と崖を隔てて広がった自然は、今までに観たどんな緑よりも、深い色をしていた。
深緑色、という言葉が、相応しい。
ぎらつく光を、若葉の群れが受け止め輝く様は、夏の海の色にも似ていた。
降り注ぐ光を受け入れ、鬱蒼ではなく蒼蒼と、光と溢れ、広がっていた。

 
 
 

身体を侵す不快感さえ、この光景が打ち消した。

 

「・・・・・・・・・」

 

眼を閉じ、胸に手を当てて息を吸った。
吸い込んだ空気には、瑞々しささえ感じられた。

 

肺に宿る、暖かくも透き通るような清涼感。

 

この世界に満ちる、光そのものを吸い込んだような。
自分の中に、何かが宿ったような気さえした。

 

暖かな感覚を胸に抱いたまま、彼女は視線を泳がした。
左の頬を撫でた風の向きに従い、右方向へと眼を向けた。

 

胸に宿る温度は、この時に消えた。

 

『それ』が視界に入ったとき、彼女の呼吸が、停止した。

 

全身に、蠢くような何かが走った。

 

遠目からでも、それは、よく見えた。

 
 

ドームのような形をした、建物らしきものがあった。

 

周囲に広がる、荒野の中に。

 

建物の形状は、歪んでいた。
その周囲も、風景も。

 

爛れたような大地は、周囲の色とは対を成す鉄錆を塗したような色で、
森林に満ちる生を、蝕んでいるように見えた。

 

破壊の中央に佇む建物は、丸みの原型の欠片を遺すも大半が潰れ、
本来は銀色だったと思しき色は、色も黒く、炭のような色と化していた。
ドームの上部に、ぎざぎざとした角が見える。
本来、その上部へと繋がっていたと思える場所が、砕けた跡に違い無かった。

 

蒼蒼とした景観は、その周囲でかち割られていた。

 

眼下に現れた破壊のクレーターの大きさは、首を背ける前に見た、緑の広さと変わらない。
彼女の正面の左側には生が、右側には、死が広がっていた。

 

カツ、カツ、と、彼女の背後で音が鳴り、
背後からの風が絶えたのは、彼が、彼女の背後にいるためだろう。

 

緑に対して眼もくれず、鋭い眼もまた荒野を見た。

 

「・・・丁度、昼前だな」

 

時を口に出すのは、どうするのかを観るためだろうか。

 

「・・・うん」

 

振り返らずに、彼女は言った。

 

「行こうか」

 
 

ある程度の予想はしていたが、彼の予感は裏切られた。
口元が僅かに緩んだのは、それに対して、何を感じたためだろうか。
昼には到達できるよう、両者は歩き始めた。

 

トンネルから両者が離れてしばらくの後、洞の中から、
もぞもぞとした動きで、一匹の獣が出でた。
毛にまみれた胴体から伸びた細い腕には体毛が無く、
薄い皮膚の中を流れる血の色を映していた。

 

肉を蓄え、ずんぐりとした姿は、本来のほっそりとした外見からは、著しく変化している。
隼人の言葉に誇張は無く、そのドブネズミは、成体となったウサギ並みの大きさをしていた。
肉が盛り上がった口吻から覗く齧歯は幼児の親指ほどの太さがあり、
噛み突かれれば、指ぐらいは簡単に持っていかれるだろう。

 

獣は、不安を抱いていた。
自分の傍らを通った軍靴と、革靴に。
野生の中にさえ存在しない、異質極まる不穏な感覚と、
何匹かの仲間を、悲鳴の一つさえ上げずに踏み潰していった影に。

 

溝鼠は、口吻をひくつかせながら、番いで歩く両者を見つめた。
普段は夜行性、そして視力が極めて低いはずのこの種にしては、珍しい。

 

いくらかの知能はあるとされているこの動物は、しばらくの間、
両者を見つめたが、背後から流れた、血の混じった水の匂いを感じ、洞の中へと戻った。

 

いや、戻ろうとした。
くるりと方向を転換したその途端、垂れていた耳が、ぴんと立った。

 

「にぁぁぁ」

 

という音が聞こえたと
むにゅっとした肉の感触の後に、鋭い爪が、溝鼠の眼球を抉り出した。
左右同時に、両方の眼球を。

 

威嚇の声を鳴らしながら、溝鼠は、それがあると思しき場所に、鋭く太い齧歯を見舞った。
歯は互いの硬質さを感じ、それを振るったアギトに、柔らかな感触を感じた。

 

辛うじて繋がっている神経が、迫り来るものの姿を鮮明に捉えて、切れた。
肥えた齧歯類が最期に見たのは。

 

生えて揃った、牙の群れ。

 
 

蛇のように太長い尾を震わせて、獣は息絶えていた。
抉り出された眼球を、黒い体毛で覆われた前脚が踏み、
そいつは、満足げに口を開いた。

 

「しゃぁぁぁぁ」

 

己の倍以上の体躯の獣の眼球をぷちりと砕き、
嘲うように、そいつは鳴いた。

 

爛れた地面の上を、二人は歩いていた。
足の下で硬質な音が鳴るのは、色こそ周囲と大差は無くとも、
きっちりと舗装されたアスファルトの上を歩いているためだ。

 

よくよく見れば、彼らの左右の色が、周囲と比べて僅かに黒く、隆起している。
足の下の感覚も、道中のものとは違い、粘着感も殆ど無い。
有事に備えられ、特殊な強化を施された車道は、周囲が荒野になるほどの何かを
受けても、その役割を全うしていた。
榊は気付かなかったが、よく見れば、車輪の跡も見受けられた。

 

「・・・・・・・・・」

 

緑の切れ目から大分歩いたにも関わらず、未だに建物へは達していない。
せいぜい、全体の中ごろといったところだろうか。

 

歩きつつ、彼女は周囲を見渡した。

 

山の斜面から覗いた時よりも、地形の隆起がはっきりと見えた。
溝状になった地形が、その炭化した断面を覗かせていた。
それが、いくつも連なっている。
波の様に、森の様に。

 

実際、彼らが歩いているこの道が原型を留めているのも、
その土台と成っている、この地に形成されていたかつての地形の名残が、今尚残っているからだろう。
よく見れば、地面の所々には、縮れた草木の欠片があった。
身を焼かれつつも、それらは地に、その身を埋めていた。

 

この場所にも、いつかは命が芽吹く。
生きる場所がある限り、育める場所がある限りは、命は戻る。

 

自然と、口が綻ぶのは、そこで芽吹いた自然の中で遊ぶ、
可愛いものの姿を想っているからだろうか。

 

そこに、ふっと影が差した。
彼女の右側面でそれは生じた。

 

「・・・これは・・・」

 

斜面から見たときは、単なる隆起の一つにしか見えなかった。

 

黒色の、壁面のように巨大な柱を、彼女は仰いだ。
巨大な獣の、足のようにも見えた。

 

「・・・」

 

眼を向けつつ、そのまま歩いた。
その時だ。

 

「おい」

 

低い声と共に、右肩に重圧が加わった。

 

「ぁっ・・・!?」

 

汗が滲んだ制服が素肌に密着したことで生じた冷気から、
小さな悲鳴を彼女は上げた。
びくんと震える肢体の足元で、何かが削れる音がした。

 

「・・・耽るのもいいが、歩く時は前を向け」

 

肩から退く手の重みを感じつつ、彼女は足元を見た。
彼女のつま先から先の地面が、ぶつりとそこで絶えていた。
仰ぐように視線を伸ばすと、深い溝を隔てて伸びる道の奥に、ドームの横腹が見えた。
溝の長さは、縦に並んだ軽自動車車二台の長さを悠に越えるだろうか。
底が見えず、少なくとも彼らの身長よりもずっと深い溝の存在以上に、
ベコベコに凹んだ恐怖の車を思い出し、彼女は震えた。

 

次に溝へと視線を落し、左右を向くと、左右それぞれ数十メートル先に、
溝の切り口と思しき、隆起の少ない地点が見えた。

 

それに、ふぅと小さく息を漏らす。
目的地を目前にしての迂回は、物静かな彼女をしても、憂いなものであり、
とりあえず、右か左かどちらにしようかと彼女は悩んだ。
こう見えても、割と優柔不断な性格も持ち合わせているのだった。

 

「面倒だ」
「・・・え?」

 

振り返る前に、首根っこと膝に、渇いた感触を覚えた。
次の瞬間、彼女の身体は宙にあった。
荒ぶ様な風に包まれる中、抱えられた膝の隙間から、溝に満ちた暗がりが見えた。

 

それはすぐに、地面へと変わった。
僅かな音を立て、しゃがむ様な体勢で、隼人は着地した。

 

「着いたぞ」

 

首と脚から手を離し、滑り落すように彼女を放す。
榊は、膝を抱えるような体勢となって、目線を同じくする隼人を見た。

 

「・・・・・・・・・」
「・・・何だ」

 

無言で。

 

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・何もしてないぞ」

 

じっと見た。
隼人の眼に穴を空けるかのように。

 

「・・・昔より・・・」

 

ぼそりと、いつもの口調で彼女は続ける。

 

「昔より、飛距離が減ったな」

 

自称、彼女のライバル(隼人曰くの水泳の馬鹿)が知ったら、絶句するのは確実だろう。
彼が飛翔した距離は、立ち幅跳びの世界記録を確実に凌駕している。

 
 

「・・・もう体操やってないからな」
「・・・ああ・・・」

 

納得したようだ。
何故かは分からないが。

 

「でも・・・」

 

もじっとした口調と身振りの榊の顔は、僅かに紅潮していた。

 

「・・・手を伸ばす時は、言って欲しかった」
「・・・・・・・・・」
「・・・猫だって、無理矢理撫でられると、怒る・・・・・・」
「・・・・・・ああ」

 

それが、彼女が猫に噛まれる原因であると、彼は知っている。
告げないのは、毎度忘れるためか、或いは別か。

 

ともかく。
彼らは着いた。

 
 
 

世界を救った、魔の施設へと。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく