ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話-(4)

Last-modified: 2010-11-01 (月) 00:44:09
 

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話-(4)

 
 

僅かに開いている隙間に、しなやかな指が這入り込む。
巨大なガラスを四分割するように入った罅さえも、気にしてはいないようだ。
さして力が入ったようには思えぬものの、本来、
供給される電力によって稼動するはずの巨大なドアは容易に開いた。

 

内部に籠もった空気が、手の幅一杯に広げられた隙間から溢れ出す。

 

吐息のように吹き付ける空気に眼を細めつつ、榊は内部を見渡した。

 

玄関、だろうか。
かつて、応接の役割を果たしていたと思しきものは、悉くが破壊されていた。
四方を覆う壁も、緩やかな線を描いて設けられていたカウンターも、
その大部分が、今や雑な断面を露出したセメントと木材の混合物と化している。
その隙間に、メモ帳やカレンダーの残骸が挟まっている様は、
まるでゴミ捨て場の山を崩したかのようだ。

 

それが、視界の半分を埋めている。
幾つかの隙間はあるものの、高いところは彼女のへそのあたりまで、残骸は山を成していた。

 

「・・・・・・・・・行くか」

 

面倒くさいことこの上ないといった口調で吐いてすぐ、隼人は残骸の山の一片を跨いだ。
先程の跳躍のためか、動きがやや緩慢に見えたが、そんな程度で苦しむような
人間でないのは、榊もよく知っている。
彼特有の倦怠感に他ならないと思い、彼に習って瓦礫に近付いた。

 

「・・・出来る限り、崩すなよ」

 

榊は思わず、きょとんとなった。
者と物を壊して進む人間が何を、とさえ思った。

 

「・・・壊していくのかと思った」
「・・・掃除する手間が増えるだろ」

 

掃除。
神隼人の掃除活動。
火バサミを持って、この残骸を除けるのか。
背中にゴミ箱でも背負い、火バサミを用いてそこに溜め込むのか。
妄想増幅炉心が、邪悪とも呼べる勢いで動き出す。

 

脳内で動く隼人の姿がデフォルメされているのは、
こういった妄想を日々延々と繰り返しているためである。

 

口を押さえて震える様は指の隙間から頬の紅潮が分からなければ(分かっていてもかもしれないが)、
良からぬことを企む危険人物として認識されかねない。

 

事実、その姿を訝しげな眼で見るこの青年は、そう思っていた。

 

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 

様子に気付いた榊は、力を抜きながら顔から手を離した。
手が顎の辺りをなぞる頃には既に、顔の紅潮は消えていた。

 

「・・・行こうか」
「・・・・・・・・・・・・」

 

急かすように言う榊に対し、隼人は尚も訝しげな視線を送っていたが、
諦めたのか先頭を歩き始めた。
瓦礫を避けて歩く度に背後から飛んでくる視線と気配に、
これならば無数の銃口の方がマシだと思い始めていた。

 

「・・・なぁ、榊」

 

そう隼人が告げたときも、それに気付かず、妄想に耽っていた。

 

聞くのは、後回しにすることにして、隼人は歩を進めた。

 
 

平坦な回廊は何時しか途切れ、歩を進める道には、傾斜が生じていた。
山中の元と違い、それは階段の形を成している。

 

成しているというのは、その表面に、段差を繋ぐように生じた罅のためである。
全体的に見れば原形を留めてはいるものの、段差の角の鋭角は削られて丸みを帯び、
足裏からは、床面に生じた亀裂の数と深さが伝わってきた。

 

それを包み込む壁面にもまた無数の傷が刻まれていた。
学校で教わる程度にしか知識は無いが、傷一つ一つの大きさや広がりからは、
途方も無く大きな力の影響が感じられた。

 

幾方向からも加えられた力が、傷となって浮かび上がっている。
そしてこれらは、恐らくは通常の建築物とは比べように無い耐久力を持って、
周囲を荒野にするほどの破壊に抗った結果、今こうして、原型を留めているのだろう。
自分らの置かれている状況に似ている、と彼女は思った。

 
 

周囲や足元の傷は、回廊を一歩一歩降りる度に見えなくなっていく。
電力は断たれているのか、或いは照射する物が破損しているのか、
それまで頼りにしていた日の光―どこからか差し込んでいたもの―も消えてゆく。

 

トンネルや夜道と違い、闇は、緩慢な速度で彼らを包み込み始めた。

 

外から見た限りでも、この施設の大きさは相当なものだった。
直立した部分の欠損したと考えると、小さな山の一つぐらいの大きさはあるだろうか。
彼女らが住んでいた地域の街中に聳えるどの建物よりも大きく思える。

 

そして、今進んでいく場所は、その建物の地下である。

 

どこまで、続くのだろうか。

 
 

どこまででも、彼女は行くつもりだった。
先頭を歩く、世界を護った幼馴染に従って。

 
 

「・・・眼に気をつけろ」

 

踏み出した歩は、地面のズレを感じなかった。
賢明な彼女は、彼の言葉の意味をすぐに悟り、眼を閉じた。

 

機械の稼動音が頭上で鳴ったと思うと、目蓋の隙間から、光が差し込んだ。
光が涙腺を刺激し、その瞳を潤ませる。
ぼやけて歪む視界が、次第に形を成していく。

 

最初に映ったのは、右手を壁に掛けた隼人の姿だった。
いくつものパイプがうねり、ごてごてとした無骨な壁面に取り付けられたパネルを、
細い指が押すたびに、彼らのいる場所を基点として、光が満ちていく。

 

「ぅわぁ・・・・・・」

 

光で満ちていく室内に、彼女は声を漏らした。

 

彼らの立っている通路は広く、乗用車が通れるほどの広さがあった。
事実、運搬にも用いられているのか、床面には車輪と思しき跡が刻まれている。
その通路の壁面は、前述の通り、幾本ものパイプが走り、縦横に列を連ねている。
壁面は銀に近いブロンズ色で、まるで、機械そのもので構築したように見えた。
地底にあるためか、破壊の痕跡も、殆ど見られない。

 

それが、彼らの数メートル先で断ち切れ、そこから先は別の景色が広がっていた。

 

胸が高鳴るのを感じつつ、榊は隼人の方を見た。

 

隼人は無言で、肩を竦めた。
『行って来い』との意であるらしい。

 

口元を緩ませ、榊はそこへ向かった。

 

途切れた景色の先に、たくさんの光があった。
道中で浴びた光よりも、優しい光だった。

 

周囲を高々と見上げられる、巨大な空間が広がっていた。

 

ぎらつくのではなく、照らし、育むような光が、機械で満ちた無骨な景色を染め上げていた。
不思議と、違和感は感じなかった。

 

機械に囲まれているはずなのに、鉄の匂いも殆どしない。
流れる空気は、森よりも澄み切っていた。

 

周囲の機械は、鉄の内臓とでも言うべき形をしているのに、
地底の深くであるはずなのに、荒野の中に、この建物はあるのに。

 

清浄な、空気と色が、この『世界』には満ちていた。

 

スロープに手を這わせながら、近場の階段を降りつつ、彼女は周囲を見渡した。
校庭よりは僅かに狭いが、体育館より遥かに広い。
馬鹿と呼ばれた智なら、同じく馬鹿と呼ばれた神楽と共に、
大はしゃぎして駆け回ることは必至だろうと榊は思い、少し笑った。

 

「地下壕も兼ねた研究施設兼居住スペースだ。このあたりは、まだ設備が生きている」

 

何時の間にか、階段の上には隼人がいた。
踊り場を一つ挟み、壁の角に沿って設けられた階段の一番上部に。
ポケットに両手を突っ込み、見下ろすように立っていた。

 

「・・・生きてる?」

 

まだ稼動している、との意であることは分かったが、言葉の中に、妙なアクセントを感じた。

 

「結構な部分がやられちまったがな」

 

ほんの小さな、恐らくは、隼人にしか分からないような声で、『情けねぇ』と自嘲の言葉が続いた。
榊にそれは聴こえなかったが、何を考えているのかの大体は経験で分かった。
この男が自分に毒を吐く場合、それがどれほどの重さであるのかを。

 
 

「・・・・・・あの・・・・・・ごめん・・・」

 

もじっとした様子で、榊は言葉を紡ぐ。

 

「・・・こんな様子だなんて・・・・・・知らなかった」
「・・・・・・・・・」
「・・・余裕が無いって言われたのに・・・・・・そっちの迷惑も、考えなくて・・・」
「・・・・・・・・・」

 

沈黙の後、隼人は歩を進めた。
軍靴によって鳴らされる足音が、広い空間に響いていく。

 

「・・・何言ってんだ、お前」

 

呆れるような声で、隼人は言った。
無骨な壁面に身を預け、鉄柱で出来た階段に腰を下ろした。
彼女の長身故に、両者の目線の高さは、ほぼ等しい。

 

「この有様を伝えなかったのは俺だ」
「・・・でも」

 

遮るように、溜息が漏れる。
疲労感で、出来ているように思えた。

 

「・・・別に、迷惑じゃねぇよ」

 

心に溜った靄の一片が解けるのを、榊は感じた。

 

「俺は元々、戻るつもりだったからな」
「・・・置いていかれた、からだっけ」
「・・・ああ。だが、やっと気楽になれた」
「・・・気楽?」
「最後に残ってた奴が、山を降りてな」

 

最後という言葉を聴き、榊は辺りを見た。
誰もいない。
この空間には、この二人しか存在しない。

 

「・・・他の人たちは?」
「所員の連中は町にいる。恐らく、病院辺りで働いているんだろう」

 

ボランティアみたいなものだろうが、と加えた。
所員の数は分からないが、激務に追われていることは想像に難くない。

 

「・・・じゃあ、君は今、一人なのか」
「・・・ああ」
「・・・寂しく、ないのか」

 

一人でいることの辛さを、彼女はよく知っている。

 

「・・・さぁな」
「・・・・・・君の友達も、麓にいるのか?」

 

ぴくり、と隼人の表情に変化が生じた。
水面に生じた、波紋のような、微細なものが。

 

「・・・知らん」
「・・・知らん、って・・・」
「・・・今頃、どこぞでぶっ倒れてるんじゃねえかと思ってる」
「・・・心配じゃ、ないのか?」

 

はっ、と一言、彼の口より吐息が湧いた。

 

「・・・あんな奴に、気心は無用だ」

 

払い除けるような声であるが、どことなく、別の物の雑じりを感じた。
何であるかは、分からなかった。

 

「・・・そんなことよりな、榊」

 

名を呼ばれたことに、考えを止め、榊はそちらへ視線を向けた。

 

「学校、無駄にさぼらせちまったな」
「・・・いや、いい。・・・君がここの現状を話したとしても、私はここに来るつもりだった」
「・・・・・・・・・・・・何?」

 

沈黙の時間の長さは、思考の停止を意味している。

 

「・・・学校をさぼるの、初めてなんだ」
「・・・・・・・・・そういやそうだな」

 

沈黙の長さだけ、隼人は記憶の掘り起こしに費やした。

 

「・・・なんだかんだで、お前休んでなかったよな」
「・・・そう言う君もな」
「・・・遅刻、早退があったから、皆勤じゃないけどな」
「・・・あれは惜しかった・・・」
「・・・・・・狙ってたのか。確かにもう少しだったな」
「・・・君のせいでな」
「・・・・・・ああ、あれか・・・だが半分はお前のせいだろ」
「・・・たまに、夢に出るんだ」
「・・・・・・忘れろよ」
「・・・・・・いや」

 

ふらりとした足取りで、彼女は彼の方へと歩み寄った。
そして彼より二段ほど下の階段の段差に腰を下ろした。
艶やかな髪は、彼女の膝元に寄せられた。
その上に細やかな手を置く様子は、寝転んでいる黒猫を抱えているようにも見えた。

 

「あれも、いい想い出だと思ってる」

 

あれが、か。
と隼人は思った。
あれが、と言いつつ、特定は出来なかった。
覚えがありすぎるためである。

 

そう思った途端、再び、口元から息が漏れた。
僅かに、口元は緩んでいた。

 

「・・・不良娘が」
「・・・君が、言うか?」

 

対する彼女の表情もまた、綻んでいた。
善悪を越えた様な存在が言う言葉に対してのギャップによるものだろうか。
それにしては、自然体な、ごく当たり前の、友人に向けるようなものだった。

 

その時、ぐぅと小さな音が鳴った。
胃袋が、締め上げられる音だ。

 

「・・・昼前だからな」

 

庇ってあげればいいものを、榊は赤面して俯いた。
当然だろう。

 

「すぐに用意できるのは、果物の缶詰だが、それでいいか?」

 

手で顔を被ったまま、短く頷く。
相当に恥ずかしいらしい。

 

おかっぱの少女―余談だが、隼人は『レ×゙』と記憶している―に聞いていたら、
もしかしたらその場で果てていたかもしれない。
それほど、今の彼女の姿は魅力的だった。
気付かないものが多いことは、ある種、彼女にとっては救いなのかもしれない。
その様子を知ってか知らずか、隼人は呆れ顔をしていたが。

 

「・・・今、持って来てやる。ここで待ってろ」

 

その動きが、ぐいっと押さえつけられた。

 

榊の手が、隼人の動きを止めている。
今尚、顔を抑えているためか、彼女の手は、隼人の胸倉を掴んでいた。

 
 

「・・・・・・何だ」

 

一瞬、殺されるのかと思ったことは、額が裂けても言わないだろう。

 

「・・・・・・らいは・・・」
「・・・・・・よく聴こえん、はっきり言え」

 

彼でも捉えられないほど、小さな声だった。

 

「・・・お手洗いは、どこかな」
「・・・・・・顔を洗うなら、あっちだ」

 

この程度は、考えるのか。
榊よりもやや大きな手の指で、階段の下から通じる一つの通路を指し示した。

 

空腹によるものか、立ち上がった榊はふらっと揺れ、
そのまま、出来損ないの浮遊のような不安定な足取りで通路へと向かった。
恥ずかしさは、未だに抜けていないらしい。

 

「・・・・・・・・・」

 

その様子を、隼人は無言で眺めた。
あれでどうして、行動様式は見てて中々興味深い。
猫に噛まれたときの反応は、彼をしても笑いがこみ上げてくるものもある。
噛まれつつ、その猫を振り回すのは、流石にどうかと思ってはいるが。

 

「おい、榊」

 

思い出したように、名を呼んだ。
音を遮るものが無い為か、大きな声でもないにも関わらず、よく響いた。

 

「通路に沿って行け。迷われては敵わん」
「・・・・・・・・・」

 

小さく頷き、榊も答え、通路の奥へと這入って行った。

 

見届けた隼人の身体が、ふわっと揺れた。
そのまま、鈍い音を立て、傍らの壁へと身を寄せる。
自らの意思によるものというよりも、重力に従って落ちた、というような動きだった。

 

「・・・っ」

 

意識の混濁の中、隼人は小さく舌打ちをした。
血を抜かれたような虚脱感と、周囲を水に囲まれているような重圧感は、
それぞれ異なった不快感を伴い、彼の肉体を取り囲んだ。

 

「・・・・・・いつも、こうだ・・・・・・」

 

ずるりと壁を這う身体を、壁側にある、右腕が支えた。
力の基点とされた壁面の一部に、彼の指が添えられている。

 

「・・・あいつは・・・・・・・・・・・・・・・」

 

彼の言葉は、そこで途切れた。
目蓋は重さを増し、眼が閉じるたびに、不快感が強さを増していった。
もう、眼を開けるなと言わんばかりに。

 

事実、そこで隼人の眼は閉じた。
身体の震えも、消え、彼の意識は肉体の奥深くへと堕ちていった。

 
 

肉体と隔絶された精神の中に、一点の光が生じた。

 

色さえも分からない世界の中で、それは蠢き、震え、膨れ上がった。

 

そして一つの、形を成した。
不可思議な胴体らしきものから伸びた触手、恐らくは腕を、
首の無い頭部から生えた、一対の突起よりも高く上げ、『そいつ』は口を開いた。

 
 
 

『グッドモーニング、エブリニャン』

 
 
 

声量は穏やかこの上ないが、独特の渋みと深さと、鋭さがある声で、そいつは言った。

 
 
 
 

『我が家の客人が、毎度、お世話になっております』

 
 

胴体をぺこりと折り曲げながらも、その表情に変化は無かった。

 
 

ここへと降りる前に、彼が言いかけた言葉。
彼は、こう言いかけた。

 

お前はこいつを見たことがあるか?
お前を客人だと言う、この、得体の知れない存在を。

 

壁面に添えられていた手の指の全てが、鉤爪状に折り曲がる。
麻布のように、壁面の形がぐしゃりと歪んだ。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく