ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話-(6)

Last-modified: 2010-12-05 (日) 10:58:15

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話-(6)

 
 

広い部屋、温かな光と、それを引き立てる、白い壁面。
ここは洋風の趣を施された室内であることに違いはなかった。
派手ではないが、部屋の隅々を構築する家具や広さを考えると、
相当に稼ぎがよくなければ、得られはしない、立派な造りの部屋だった。

 

家を持とうと思う人々の中には、こういった場所で、団欒を楽しみたいと思う人も多いだろう。
一種の、理想的な部屋だった。

 

そうなのだが。

 

そうに違いは無いが。

 
 
 
 
 

「何ももてなせませんが、ゆっくりしていってください」

 
 
 
 
 

ふにゃん、ふにょんといった擬音が似合いそうな動きで、二本あるうちの一本の触腕が蠢いた。
半円を描いて開いた口の、もきゅっとした膨らみをまごつかせる様にして
出された声も、なんともいえずに、シブい。

 

無理矢理に逆さまに直立された、絵本の魚のような姿の、顔に当たる部分に、
パッチワークのごとく貼り付けられたような横長の目からは、感情の欠片も分からない。
全身を彩る濃いオレンジ色同様に、その目に宿る光もまた、体色と等しかった。
上下の両方に向けての体の末端は、指先で纏めた、あるいは、
抓って千切ったような粘土のような形で、どことなく、猫の耳に似ていた。

 

そう思うと、先ほどから瞬き一つ無くぱちっと開かれた目も、
猫のそれに見えてくるから不思議だ。

 

眼の形を、恐ろしく簡単に表現すれば、

 
 
 

<○><○>

 
 
 

こんな形をしている。
ずっと見ていれば、気が触れてしまいそうな、狂気を誘発するような目だった。

 

異形とも異様もつかない、その、とてつもない存在と、神隼人は対峙していた。
服装も姿も、ここに来る前と寸分、違わないまま。

 

テーブルの両サイドには6つの椅子があったが、彼らが座るもの以外は空だった。
そして、彼が座る木製の椅子の対岸に、横長のテーブルを挟んで、それはいる。

 
 

「赤いものもありますが・・・何か、お飲み物でもお持ちしますか?」
「・・・・・・・・・」

 
 

全長は、おそらく80センチほどだろうか。
小柄な女性の足元から、へそのあたりまでの大きさか。
このオレンジ色の怪物体を前にしても尚、
精悍な顔付きに宿る感情は、渦巻く倦怠感から来るけだるさと、それに由来する険しさで占められている。
知能の高低を問わずに、精神の屈服を促される殺意に至るまで、もう少しといったところだ。

 
 

「・・・水をくれ。喉が渇いた」

 
 

怪物体を前に、平然と口を聴けるのは、そうそういないだろう。
誰も、こんな奴が自分と対峙するとは夢にも思わないからだ。

 
 

「なんと!自らあれを御所望とは!」

 
 

隼人の感情どころか、顔色さえも伺わず、怪物体は体の側面から生えた両の触手の
先端を二度、三度とクロスさせた。
そこから発せられた音はまさに、人間の拍手と寸分違わず、ある種の狂気を思わせた。

 

会話の成り立たない怪物体への怒りを湛えたまま、隼人は視線を流した。
足場と作業場の広い、料理をするには理想的な環境が整えられたシステムキッチンが見え、
一般家庭にしては広すぎるダイニングを、流れる視線の中に認めつつ、彼の眼は、
不気味な拍手とともに開かれた、彼の背後にあるドアに至った。
尚、彼はそのドアを通った覚えは無かった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

開かれたドアより、目測で約60センチ。
その長さとほぼ等しい大きさのペンギンが一羽、立っていた。
アデリーペンギンという名が、その姿を見た彼の脳裏に浮かんだ。

 

なんでこんなものがいるのか、という考えは、とうの昔に消え去っている。
可愛いという反射に似た思いすら、彼の中には微塵も無い。
せいぜい、これを見て取り乱す榊の姿がコンマ1秒程度翳むのみである。

 

真っ先に浮かんだのは、この鳥類の博物学的なステータスと、
『ペンギンは脂肪が乗りすぎていて不味い』という考えだった。

 

それに殺意を覚えたのは、その、前習えをするような姿勢のペンギンの、
突き出した鰭の様な手の上に、どのような調教がされたのか、
そいつの寸胴な胴体ほどの直径のお盆が置かれているのを見たときだ。

 

陶器と思しき白色のお盆の上には、袋から開封されたばかりの、
銘柄のラベルの無いトマトケチャップが横たわっている。
怪物体とペンギンよろしく、でっぷりとしたデザインと大きさから見て、容量は500mlはあるだろう。

 
 

「・・・・・・・・・」
「さぁ、遠慮なくどうぞ。見事までの、真っ赤です」

 
 

飲めというのだろうか。
それが喉の渇きを癒すとは到底思えない。

 
 

「ここまでの赤は、そうそうお眼にはかかれますまい。さぁ!どうぞ!新鮮なうちに!」

 
 

飲めということらしい。
催促のつもりか、怪物体のテンションは爆発的に上がっている。
声を出す度にメタボな下腹が揺れ、触腕がうねうねと蠢き、
体色までが変化し始めた。
オレンジ色の濃淡が、かき混ぜられた液体のように、怪物体の体表でざわついている。

 

「・・・単刀直入に言おう」

 

静かな口調で、押し殺したように隼人は言った。
蠢き、震えた体勢のまま、怪物体は動きを止めた。
変色を繰り返す体色すら、掻き混ぜられている最中の、
ある種、グロテスクにも見える色彩のまま固まっている。

 
 

「消え失せろ、化け物」

 
 

冷たく、重い、鋼の声色。
暴力を生業にしている人種どころか、猛獣すらも怖じ気付かせそうな声だった。
気の弱い者なら、卒倒し、運が悪ければ、そのまま起きてこないかもしれない。
鋼の声には、刃の鋭さが宿っている。

 

傍らのアデリーペンギンの腕がぷるぷると震え出し、腕の間にお盆を落とした。
既に封が切られていたのか、衝撃でキャップが弾け、チューブに満ちたケチャップが、
つやつやとした床面にぶちまけられた。
よほど濃度が高いのか、キャップの部分から漏れ出たケチャップは目玉焼き状に広がり、
こんもりと盛り上がった部分は、ペンギンの動きによるものかふるふると震えている。

 

「まぁ、そう仰らずに」

 

ひらりとかわす異形の目は、何時の間にか黒色に変わり、
琉のように輝く光の中に、対峙する隼人の姿を映し出していた。
腹を抱えるように交差された腕の末端部分で、獣の咀嚼音にもにた
兇暴な音がしているのは、蓄積された怒りの程度を示していた。

 

その傍ら、ブチュっと捻り出された赤色を前に、頭を垂れたアデリーペンギンが、
何を考えているのか分からない目で、ケチャップをじっと見つめている。
どうやら、途方に暮れている様だ。
このペンギンの立ち位置は、給仕か家政婦だとすれば、確かにこれは、いただけない。

 
 
 

「いいから早く失せろ。俺の気の短さは知っているだろう」
「試して、みるかね?」

 
 

言い終えた途端、カウンターのように怪物体は言った。
その反応に何を思ったのか、凶暴な面構えに刻まれた険しさのいくつかが鳴りを潜めた。

 
 

「・・・で、何の用だ。俺にはやることがある」
「君は、どう思うかね?」
「何を」
「私の問いに対して、真っ先に君が思ったことだ」
「ほう」

 

険しさのあった部分に、緩みが生じた。
見下すような、嘲りに足る感情が、彼の顔に表れた。

 

「貴様の問いに、俺が最初に浮かんだのが何かを知ってて言っているのか?」

 

面倒な奴を燻り出す挑発の意を込めた表情は、相手を陥れる際の強力な武器となる。
堅牢な意思をもこじ開ける、悪魔の面だった。

 

「いや、そんなことはない」

 

くねくねさせていた右の触手を、登頂から天井に向けて先端を突き出した耳よりも高く
上げ、そこでもまたぐねぐねと不気味に蠢かせる怪物体。
腰がどこなのかは分からないが、ちょこんとした足を座席からぶらつかせて
どっかりと座っている様は、口調と外見と相まって、隼人の殺意を刺激した。

 
 

「ただ、あんなことを口に出してしまえば、
 私の品性が疑われてしまう。それは、とてもとても忌々しきことだ。
 教育上にもよろしくない。御巡りさんにも迷惑が掛かってしまう」
「・・・・・・・・・」

 
 

沈黙しているのは、それが図星であったためか、それとも呆れか。

 

「しかし安心したまえ、恐らく彼女はまだ」
「もういい黙れ」

 
 

何を考えていたのかは、文字通り、神のみぞが知る。

 
 

「そうだ。旅行でもしてみるかね?そうだね、奈良のあたりなんてどうだろうか。
 1000000の地蔵と、300の大仏さんが君を待っている」
「廃墟見学なら、マッハ100とやらで一人で行け。それと、話を進めろ。埒が明かん」

 
 

霧散しかけた殺意が再び凝結し、冷たい声を作り出す。
怪物体は、興を削がれたとでも思うように、「うぅむ」と唸るような声を出し、

 
 

「この現状を、君はどう思う?」

 
 

と言った。
彼に渦巻いていた感情が、雪に吸われた音のように静まった。

 
 

「ああ、まぁ気にしないでくれ。君が言う『化け物』の戯言だ。
 私のことは猫と思って欲しいのだが、口に出さないのなら化け物で構わない。
 いや、怒ってはいないよ。そうだ、怒ってなんかいないとも・・・そうだ、怒ってなんか・・・・・・
 そう・・・そうだとも・・・ハハハ・・・まさか・・・・・・ハハハ・・・・・・」

 
 

ぐねぐねと蠢き、怪物体は喋り続ける。
くねる度に変化する色彩が赤紫や深紫の色を醸し出しているところを考えると、
化け物と呼ばれたことに、多大な遺憾を覚えているようだ。

 
 

「貴様が俺の作り出したものなら、貴様は俺の自責そのものとでも言うつもりか」
「自覚があるのかね?」
「俺の考えが分かるなら、覗いてみろ。探ってみればどうだ?俺の心とやらを」
「覗くだって?」

 
 

ぐねっと曲がった姿のまま、触手のくねりも治さず、怪物体の動きは停止した。
常に開かれている目の中の瞳は、絞られたように縮小していた。

 
 

「忠告するが、君ィ、私でよかったが、そんな冗談は友人にするべきではないよ。
 そんなことをしたらどんな気持になると思う? そんなものの中を、覗き込んで・・・・・・どうなると思う?」
「知るか。くだらん自己分析なぞに興味は無い」
「ならば、外部のことへの関心は? 例えば、そう、少なくともここ以外の場所だ」

 
 

傍らで、先ほどぶちまけたケチャップを前に、ペンギンは未だに硬直していた。
相変わらずぷるぷると震えてはいたが、その手の先には、どのようにして保持しているのか、
乾いた布切れが備わっている。
が、それもまた腕の震えに伴って落ちた。

 
 

「確かに、ここは素晴らしい。実にいい。昼寝にも最適で、老後の理想だ。
 釣りにいけないのは残念だが・・・ああ、ヤマメとかニジマスなら釣れるのかもしれないな。
 しかし困ったことに、私はブドウ蟲とかは平気なんだが、イクラは駄目なんです。
 筋子とかは、更に駄目で・・・見ただけで、首筋が凍えてしまう・・・ああ、最近こっくりさんに凝っていまして。
 その後遺症のようでね・・・・・・」

 
 

ふわりと空気を含んで揺れた布切れは、盛り上がった赤いものの上に落下し、
中央を基点として、じんわりとその色を滲ませた。
落下音に気付いて背後を見ていた隼人は、豪く胸がむかつくのを感じた。
ペンギンの不甲斐無さもあるが、怪物体の言葉に。

 
 

「だが、昼寝はいつかは終わるものではないのか?
 ずっと寝ていたら、夜に眠れなくなってしまう・・・口も粘ついて、ご飯を美味しく食べられない。
 まぁ、私たち、『猫』は平気だが・・・『猫』はね・・・・・・」

 
 

怪物体の言葉が、まがりなりとも的を得ていることに、苛つきを覚えずにはいられなかった。

 
 

「これは、猫からの、いや、化け物からの忠告だ。聞き流すように聞いてくれ。
 君は、もっと残酷な未来を生きるんだ。そこに至れるかは、君次第だが」
「・・・聞き覚えがある台詞だ」

 
 

かつて聞き、幾度と無く自分の中で繰り返した言葉だった。
そして、それは、まだ先があるのだろうか。

 
 

「その地獄とやらは、どうすれば見れる」

 
 

地獄という言葉を形作る声は、形容し難い音で出来ていた。
重く、冷たく、そして、歓喜にも似たものが雑じって、複雑怪奇に絡み合っている。

 
 

「俺に言われてもなぁ・・・」
「おい」

 
 

投げやりな態度に、流石に怒ったか、声に籠もった怒気は凄まじい。
隼人自身、この怪物体に物事を要求するのが無駄極まりないことは知ってはいたが、
それでも、堪えずにはいられなかった。
腕に蓄えた力を解放するのは、今か。

 

その時、正面を向いていた怪物体が、身を捻って右斜め上の方を見た。
不覚にも連られて、隼人もそちらを見る。
何故か、裸婦の絵が飾ってあった。

 
 

「ううむ、もうこんな時間か」

 
 

と、もきゅっとした口が呟いた。
この物体には、裸婦の絵が時計でも見えるのだろうか。
不意に涌いた裸婦の絵に若干目を傾けつつ、先ほどから小うるさいペンギンに向けて目を落すと、
何時の間に作業を終えたのか、床が綺麗になっていた。

 

空虚な瞳で部屋の一点を凝視しつつ震える手には、先ほど同様にお盆が乗せられている。
が、その数は二羽に増えていた。
片方の個体は、白い腹を朱に染め、もう片方は白いままだ。
こいつらにも、階級制度はあるらしい。

 
 

「そろそろ時間だ。猫の私からはもう言うことはない。
 苦しみ、悩むといい。そして、悔やむことを減らすことだ。君はまだ若いのだから。
 老後に至るまでは、まだ時間があるはずだ。多分」

 
 

シブい声を、隼人は無言で聞いた。
相変わらず、つまらなそうに聞いているが、敵愾心は最初に比べれば大分、落ちていた。

 
 

「最後に忠告だ。 真っ直ぐ進め」
「・・・進路かよ」
「そして、二つ目の角を・・・・・・進め」
「どっちにだ」

 

やり取りを終えると、視界がぐにゃりと歪み始めた。

 

「それじゃあ、お別れだ」

 

歪む視界の中でその声ははっきりと響いている。

 
 

「とりあえず今度から、私のことは『お父さん』と、呼びなさい」
「黙れ、デブ猫」

 
 

デブの一言に気分を害したのか、かつて無いほどに色が混沌を極める。
歪む空間も、その色に引き込まれ、収束していった。
今にも弾けそうな光が収まっていくのは、猫と呼ばれたことによるものだろうか。

 

吸い込まれていく光が周囲を、暗に帰していく。
残った光が、『お父さん』と同じ形になったとき、真っ白な光の中に黒色の線が走り、
その、猫のような顔を作った。

 
 
 
 

「さぁ、行くといい。ここからが、地獄の始まりの入り口だ」

 
 
 
 
 

別れのつもりか、右の触手を高々と上げ、『お父さん』はそう言った。
そして、消えた。
文字通りに、跡形もなく。

 

ポケットに手を突っ込んだまま、何時の間にか直立していた隼人は、
お父さんがいた場所に背を背け、歩き出した。

 

真っ暗な中を歩むたび、体の節々に、血が満ちていくのが分かった。
ふっと、前触れも無く生じた眼前の光を前に、
榊と共に抜けたトンネルを、隼人は思い出していた。

 
 

ぼやけた視界が急激に鮮明さを増していく。

 

視界に入り込んだのは、壁面ではなく切っ先をこちらに向けた、無数の鋭角。

 

虚脱した肉体の中で、唯一、腕のみが力を蓄えていた。
獲物を求め、関節が擦れ合うことによる唸り声を上げ振られたそれは、
期待通りの結果を、彼の光景と手応えの中にもたらした。

 

やや遅れて、異様な悲鳴が聞こえたのは、まだ若干、脳が休んでいるためか。
悲鳴の奥から続く咆哮よりも速く、彼は身体を動かした。
勇ましげな咆哮もまた、悲鳴へと変わっていった。

 

緩やかな覚醒から10秒とかからず、踊り場の一角は、元来の金属光沢を失った。
鈍い反射光を遮った、粘土の高い液体を踏み砕き、憐れな犠牲者たちの姿を見た。

 

僅かな動揺の色が、彼の顔に浮かび、すぐさま凶悪な顔付きに転じた。

 

そして、考えるよりも早く、肉体が動いていた。

 

階段のスロープに向けて身を捩り、長い脚を繰り出した。
跳躍の際に、鉄棒に身を預け、僅かに動いていたものの頭部を、蹴り潰して。

 

今度こそ動かなくなったそれが、ずるりと堕ちる頃、
広大な室内のどこにも、隼人の姿はどこにも無かった。
榊が消えた通路の奥深くで、吹き抜ける風の様な音がいくつか、鳴っていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく