ゲッターロボ+あずまんが大王 第6話-(7)

Last-modified: 2010-12-14 (火) 23:34:37

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第6話-(7)

 
 

回廊を、一人の少女が駆けて行く。

 

しなやかな脚の交差と振られる腕、そして、それらを動かす肉体が、
温い温度の空気を巻き込み、風を周囲に振り撒いている。
風にはためく長髪を従わせて疾駆するその姿は、平原を走る、孤狼の姿を思わせた。

 

疾走の速度は尋常ではなく、冗談抜きで、四足獣にも追い付けそうな勢いだった。
もしかしたら、この時、自己ベストを更新していたかもしれない。
下手をすれば、彼女の在籍する高校の記録すらも。

 

それを起こさせたのは、彼女の内部に渦巻く、情念と思惑。
女性という範疇に収まらない高い身体能力を行使する恵まれた体格を突き動かす『もの』。
それが、彼女の運動性を爆発的に増幅させている。

 

それは、『妄想』。
人が持つ、ある種の無限の力。
彼女の場合は、それが極めて強かった。

 

天才少女や仔猫の動きと姿を思えば、半日くらいは精神世界に旅立つことなど造作も無く、
そこに自分の願望をぶち込めば、夢の中でもそれに浸れることも可能だった。
こうして誕生したキャラクターと、その名称の数は、既に三桁を越えている。

 

特筆すべきは、妄想が絶頂のような高みにある時は、妄想と平行して日常生活が送れる事にある。
確かに、注意力は低下し反応も鈍くなるが、最低限の思考力と行動力を備え、事象を消化し、遂行していく。

 

『半自動操縦状態、AIに改善の余地のあり』とでもいうべきだろうか。
妄想が臨界点に入ると同時に、彼女の頭脳はそれを発動させるのである。
妄想を働かせる力に、通常時の比率として2/3ほどの演算力が費やされる。

 

そしてそれは、時として、身体の動きと共に生じるひらめきと発想と折り重なり、
地獄の釜の如くの深さまで、妄想を掘り下げていく。

 

動きの例、例えば歩いている時などはその筆頭と言ってもよい。
精神が昂り、知らぬうちに、歩みの速度は増していく。
歩みは走りに、走りは疾駆に進化していく。

 
 

つまり、今のような状況がそれに当る。

 

どのようなビジョンと文字列を羅列しているのかは定かではないが、
時折、真剣そのものといった表情の口元には、笑みと思しき緩みが生じていた。
頬の辺りも、ほんのりと熱を帯びては消えを繰り返している。
どうやら、何かを模索しているようだ。
形作りのような、創作活動のようなものを繰り返しているのだろうか。

 

ちなみに、絵は異常なまでに下手である。
犬や猫も、彼女の手で描かれれば、形容不可能な異形と化す。

 

ふと、その時、彼女の眼が、視界の中の一点を捉えた。
それが妄想を掻き分け、脳髄に入るが早いか、床面を蹴り飛ばしていた脚が、
一際強く、床面にその身を突き立てた。
剣の切っ先として床面と接する足裏で、焦げ臭い匂いが生じた。
彼女が巻き上げる風に乗じて、彼女の元へ届いたことが、彼女の疾走の終わりを告げた。
停止の挙動から、尚も300センチほど足を引きずり、視界に捉えられた場所の目前に、その身を寄せた。

 
 

「・・・はぁ・・・ぁ・・・・・・ぁっ・・・・・・」

 
 

妄想しつつ走った為か、全力に近い、自らのスペックの大半を解放して走った為か。
恐らくはその両方だろう。
肺にかかる圧迫感と、咽喉を焼くような痛みから、彼女は崩れるようにして、その上体を折り曲げた。
膝を押さえて立ち止まった彼女の息は切れていた。
熱と渇きを宿した息と共に上下する肩が身体を揺らし、彼女の前髪を伝わせて、数滴の雫を床へと落とした。

 
 

「・・・・・・ふぅっ・・・・・・・・・」

 
 

静かな吐息が、乾いた唇から零れた。
応じるように、膝小僧に置かれていた左手が、ゆっくりと体表を撫で、豊満な胸元の谷間へと至る。
張りのある双房を掻き分けた指の爪先は、肋骨の硬さを覚え、指の腹は、心臓の鼓動を感じた。
脈動を伝える指先に僅かな力が籠もると、彼女の視線は、天井を仰いだ。
パネル状の電燈が、彼女の顔を出迎えると、光に向けて、彼女は緩やかに微笑んだ。

 

それからすぐに、視線は上から、前へと移った。
だれていた身体の、背骨が伸び切る頃には、息の荒さも、心拍の乱れも止んでいた。

 

頭の中で渦巻いていた妄想も、鳴りを潜める。
疾駆の最中に思い描いた、犬とも猫とも、既に彼女自身もどちらか
分からなくなっていた怪物体との別れを惜しみながら、彼女は歩を進ませた。

 

表情も既に、感情を押し殺したような、普段の仏頂面へと戻り、心臓も正常なリズムを刻んでいる。
しかし、そこに至り、先ほどまで胸に埋めていた左手を差し出したときには。

 

直接、臓腑を握り潰されたような、引き裂かれたような、
苦痛にも似た高鳴りが生じ、それによって肉の中を伝播してゆく血が、彼女の体幹に熱を満たさせた。
身体に掛かる負荷を取り去るべく、彼女の心臓は、鼓動の昂りを抑え込む。
彼女の短い深呼吸とも相まって、昂りはすぐに収まった。

 

だが、唾液を飲込んだ榊の咽喉元とそれが行き着く腹の辺りには、
融けた鉛を流し込まれたような熱さが残った。

 

彼女の左手が添えられた、スライド式と思しき、
広く分厚い鉄製の扉の冷たさでさえ、彼女に宿る熱を削ぐには物足りなかった。
彼女から見て右側の、扉の末端と壁面の境目に架けられた名札は、『神隼人』と読めた。

 

顔を拭うことを捨て、彼女はここに来ることを選んだ。
身嗜みの充足よりも、好奇心を満たすことへの欲求が上回って。

 

指先に力を込めると、分厚い扉に相応しく、巨大な重量の片鱗が感じ取れた。
だがしかし、ほんの僅かに開いたことから、鍵は掛けられていないことが分かった。
それに、もう少し力を足せば、片手でも開くと思えた。

 

ふっと息を吐き、扉を開こうと思った刹那、彼女の脳内で、妄想の欠片が弾けた。

 

「(部屋の中に・・・・・・)」

 

無想にも思える表情の下で、記憶の頁が開き始めた。

 

「・・・あれがあったら、どうしよう・・・・・・・・・」

 

心の中で唱えていた言葉が、ぼそりと自然に出たことに、彼女は気が付かなかった。

 

いつだったか、彼が持っていた漫画を何冊か読んだことがある。
その漫画は、今までに彼女が読んだ事が無いほど、何もかもが力強い線で描かれていた。
人も、背景も、人が描けるものとは思えないほどに細かく、深く、そして豪快に。

 

好みとしては、確実に苦手な部類に入るはずではあったが、何故か、最後まで読むことが出来た。
一冊読む終わると、また次に。
シリーズを問わず、次から次へと。

 

一通り読み終えた後、一ヶ月半ほど、肉に該するものが食べられなくなった。
読み終えた直後に、その漫画の中に凝縮されていた地獄の様な風景が、
彼女の精神を直撃したためだった。

 
 

例えば、太い腕に身体を掴まれ、股座のあたりからはらわたを喰い千切られた女性。
例えば、暗転の後に異形と化した武人に、下半身を貪られた少年。
例えば、筋繊維を剥き出しにした腕によって、肉体をずたずたに引き裂かれた初老の男。
例を挙げれば、キリがない。

 
 

阿鼻叫喚の地獄絵図が、まるで背景の如く、散らばっているのが
印象的な作品群だったのを、彼女はよく覚えている。
というよりも、昨日のあたりに夢に出てきた。

 

絵柄に変化はあったが、それらは紛れも無く、同一の人物によって描かれたものだった。
年を経るごとに絵柄は重厚さを増していったが、それでも、初期と思しき頃の
絵柄をしっかりと残しているのが、何故かしっかりと伝わってきたのを覚えている。

 

とても怖かったが、何故か、嫌悪感は抱かなかった。
怖いもの見たさの、好奇心とも、理由は分からずとも、違って思えた。

 

とはいえ、憎悪と嫌悪と、狂気が連なる作品の放つ『もの』は、彼女にはあまりにも強すぎた。
そのせいか、以来彼は、彼女にそれらを読ませてくれなくなった。

 

曰く、「そのぐらい自分で探せ」ということらしく、実際に捜してはみた。

 

が、一冊たりとも見つからず、本屋を出る度に溜息の出る日が続いた。
彼が語る限りでは、このあたりでは殆ど発掘されてしまったらしい。
彼の蔵書も、練り歩く中でようやく揃い始めたものだったらしい。
古い本ということもある上、売る者が中々いないことがその原因であるらしい。

 

結局、当時の彼女が、それらを見つけることは無かった。

 

しかし、それは後に、猫雑誌を探し回る、彼女の趣味の一環への布石となった。
随分廻ったためか、本の穴場にはかなり詳しくなってしまった。
お陰で見つけられた雑誌や書籍は、数知れない。

 

あの本屋巡りが無くても、何れは可愛いもの関連の書籍集めに奔走しただろうとは思える。
ただ、あれは本当に楽しかった。
自分が求めるものを、自ら赴き、心を満たすべく、捜し続けることは。

 

可愛いものを愛でたいという欲求は、生理的欲求の中に含まれてはいたが、
彼女が最初に覚えた欲望とは、探究心だったのかもしれない。

 

以降も本屋に該するものに行くたびに、探索は心掛けたが、それも虚しい結果に終わった。
何時だったろう、地底よりの侵略者が出でた少し後だったか。
散索のために眼をちらつかせていたせいで、買おうとしていた猫の写真集を先に買われてしまったことさえあった。
それでも、再びその写真集を求めて彷徨った時には、平行して、あの漫画を捜していたのだが。

 

何故、自分がこれほどに、あの絵柄の漫画を求めていたのかは、未だによく分からない。
呪いにでもかかっているのだろうかとさえ思った。
読めば必ず、しばらくの間、濃厚なビジョンが、脳裏に焼け付き、心に食い込むというのに。

 

それにも関わらず、この扉の先に、それがあることを彼女は期待していた。
神憑った頭脳と悪魔的な思考と行動力を併せ持つ彼のことだ。
あれからも収集を行っているとすれば、発表された作品の大半を手中に収めているかもしれない。

 

彼ならやるだろう。
収集作業に、どんな手段を用いても。

 

手段の恐ろしさを考えることを放置し、彼女は扉を開けることにした。
読むこともいいが、他にもやりたいことは沢山あった。
妄想を作り出す部位が、ズクズクと蠢き始める。
嫌がらせの代償は払ってもらおうという、仄かな悪戯心もまた、その思惑に華を添える。

 

あの作品群を初めて読んだ日からは既に、10年近くが経っていた。

 
 

「(続き・・・・・・気になるな・・・・・・・・・)」

 

収集が追いついていなかったためか、気になる展開のところで、
読めなくなってしまったものも多かった。
自分で終わりの予測も立てては見たが、彼女の妄想力を持ってしても、
思い描くことは出来なかった。

 

期待と、やや邪な思惑を携えて、彼女は指先に力を込めた。

 
 
 
 

                        カリッ

 
 
 
 

彼女が扉に力を込めると同時に、その渇いた音は響いた。

 
 
 
 

               カリッ  ボリッ  ペキッ  カリリッ    

 
 
 
 
 

一定の間隔を置いて生じる音の隙間には、何かを潰すような、粘着質な水音が混じっていた。

 
 

彼女の背後、限りなく耳元に近い場所で、その音は鳴っていた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく