ゲッターロボ+あずまんが大王 第7話

Last-modified: 2010-12-16 (木) 04:34:02

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第7話

 
 
 

カリ・・・カリ・・・ カリ・・・・・・リ カリ・・・カリ・・・

 
 

硬質なもの合間に、ぷちゅり、ぐちゅりと、粘着質な水音が混じる音が、彼女の背後で鳴っている。

 

施設が発する光はあれど、音は無い。
先ほどまで聴こえていたものは、全て自分が発したものだ。
聞き間違で、あるはずがない。

 

その音に、彼女の体の、筋という筋が強張った。
指先で生じた、びくりという震えが怖気となって、彼女の背筋を撫で上げる。
きめ細かい肌に、刃の腹でなぞる様な、冷たい感触が広がってゆく。

 

身体の震えに、彼女の胃袋はストレスを受け、自らを侵すほどの胃酸を分泌させた。

 

空っぽの胃袋の粘膜を痛めつける仄かな痛みが、
自らを溶かすことによって生じる汚濁の片鱗を覗かせた酸味を、
同様の負荷を与えられた肺が送り出す吐息にブレンドさせた。

 

背中の中央にある背骨を基点として、尾ていから首筋に怖気が至った時に、彼女は小さく息を吸った。

 

二酸化炭素を多量に含んだ、熱い息を。

 

自分の体内から吐き出されたそれを口に含んだ途端に、自然と身体は動いていた。
自らの肉体が発したものを取り込むことで、自分以外のものに対することの嫌悪が、弱まったからだろうか。
それは、誰にも分からない。
恐らくは、彼女自身にも。

 

突発的な挙動に、彼女の長髪がテイルのように揺れた。
主に従い、靡いたそれに遮られた視線の奥に、一つの影を見た。

 

自分とほぼ等しい頭身のそれは、浅黒いもので頭部を隠し、
薄灰色の衣類を身に纏い、彼女に対峙していた。

 

「・・・・・・神君?」

 

殆ど反射に近く、彼女はその名を呟いていた。

 

眼深に被られていたそれにより眼は見えずも、肌とそれとの隙間からは、
黒色の線が、束となって降りていた。
線は細くも、広い肩幅を持つ身体を覆う衣もまた、彼の姿を連想させた。

 

脳裏に浮かぶ彼の姿と、眼前のもののビジョンが、ブレながら重なっていく。
傷が癒着するように溶け合う二つの姿を思う中、彼女は、それの腕を見た。

 

衣類から垂れ下がった手に、何かが握られていた。

 

赤黒い色の中心に、白っぽい一点が見えた。
それを握る手が、風に揺れたかのようにふらっと動くと、それの横っ腹が見えた。

 

その時に彼女は、自分が見ていたものが、それの断面であったと知った。
青白い肉の塊の末端、握られている場所の、彼女から見て少し奥の方には、五つの曲線が見えた。
彼女の友人の天才少女の小さな指よりも、二廻り以上は小さな指だった。

 

ただでさえ小さな肉の塊は全て、その先端が消失していた。
爪の根元を含む第一関節が、歪な半円状に抉られ、残った部分は、
デコレーションのようにぐるっと捻られた、骨と肉で造られた、曲線の塊になっていた。

 

「っ!!!」

 

胃酸が咽喉の辺りまで込み上がる。
背筋の皮が縮み上がる。
身体の内奥に冷気が満ちる。

 

それらが身体を奔るのとほぼ等しく、彼女は床面を蹴り飛ばして、背後に跳んだ。
微細で無数のものに、肌の一面を隈なく抓られるような、ひりひりとした感覚で満ちた背中に、
壁面の、丁度扉の窪みと壁面での段差がぶち当たり、左肩と背骨までの間を、一直線で結ぶ鈍痛が生じた。

 

怖気で縮んだ筋肉に引かれる皮膚で生じたそれは、
鞭で思い切り打たれるかのような鋭い痛みとなって、彼女の背筋に伝播した。

 

それに彼女は、僅かな苦鳴を口から零し、もう片方の脚で床を蹴飛ばし、壁から離れた。
離れる際に、彼女の右腕は胴と壁面に挟まれ、小指の辺りから、嫌な音を鳴らしていた。

 

そいつの異常性に気付いてから2秒足らずで、彼女はそいつから5メートル近く、距離を離した。
身体能力の減退を生じさせつつも、彼女の肉体は、主に忠実に従った。

 
 

「(・・・・・・もう一歩・・・・・・そしたら・・・・・・っ・・・・・・!)」

 

その後は、一気に逃げよう、と考えた。
グロテスクな塊を見たことよりも、そいつが視界に入っていることの嫌悪が、彼女にそれを促せた。

 

身体を翻す寸前、そいつは彼女に向けて、右の手をすぅっと伸ばした。

 

離された肉塊が堕ちゆく中、彼女は差し出された手を見た。
その時に、前方を向いていた視線は、急に上へと持ち上がった。

 

細い咽喉と首根っこを異様な感覚が包み込んだ。
硬質さの奥にある、ざらついた感触。
挽肉をまな板に押し付けたような、相反する二つの感触。

 

それは、氷のような冷たさで、彼女の首を締め上げた。

 

「ぐぅっ!?」

 

胃酸が雑じった唾液が、嗚咽と共に口から飛んだ。
同時に、凹凸のある壁面が、榊の身体を強かに打った。

 

首に巻きついたものと首の間に出来た僅かな隙間に逃げ込むように首を折り曲げたことで、
頭をぶつける事だけは避けられた。

 

身体の内部で組み合わさっている骨と肉が軋む痛みを感じる中、
首の圧迫感と、両足の虚脱感から、足が床に付いていない事に、彼女は気付いた。

 

首に掛かる負荷への危機感からか、彼女の手は、首を締め上げるものの根元に伸びた。
めこり、と何かが経込む感触に、滑る様な肌触りが続いた。

 

それを強く握り、身体を支えながら、彼女はその根元を見た。
凛とした瞳と性格の誤解を誘発する、鋭い眼差しで飛ばした睨みを造った眼は、
自らが掴んでいるものの姿を捉えた時に、その輪郭を歪ませた。

 

黒い衣類を纏ったそれの長袖からは、奇怪な直線が伸びていた。

 

袖の洞から生じているのは、腕の丸みに沿って曲線を描いた、
無数の半円を刻んだ、異形の腕。

 

半円の縁に、微妙な隙間があり、それが時折、
その隙間に液を粘らせて開くことが、彼女の嫌悪感を刺激した。

 

しかし、何よりも。

 

何よりも彼女の心を侵したのは、彼女の首を締め上げるそいつの姿が、
脳裏を掠める、彼の姿に重なることだった。

 

人間の倍近い長さと、二廻りほど太い腕を操るヒトガタが、
こちらに向けて、頭部に当たる部分を動かした。

 

眼深に被った丸帽、いや、頭部に巻かれた布により、その眼は見ることが適わなかった。
しかし、くいっと上がった顎先と、血の気の無い、青白く細い唇を彼女は見れた。

 

彼女が跳躍した後、何時、間合いを詰めたものか、5メートルは開いていた
空間は、彼女に伸びた腕の長さ、約150センチほどの距離まで縮まっていた。

 

彼女を拘束する右手とは逆の、それまで垂れ下がっていた左手が、彼女の元へと伸びた。
しゅるん、とでも形容するような、百足のような動きで、彼女に迫る。

 

「・・・ぃ・・・・・・ぁ・・・・・・っ・・・・・・」

 

ぎりぎりと締め上げられることで、霞がかかていた思考が、急に鮮明なものを映し出した。
スカートから伸びる、彼女の太腿の内側に、伸ばされた腕の指から更に伸びた、
爪と思しき鋭角の腹が当てられていた。

 

ひんやりとした乾いた質感が、そこからつうっと、
脚の付根に向って昇っていく。
嫌悪と羞恥に眼を細めたが、視線を動かすことが出来なかった。

 

肉体に添えられる爪は、彼女の人差し指ほどの長さを有し、
道中で見た破片よりも鋭い鋭角を備えていた。

 

それが、つっ、と、彼女のスカートと腹の境目、臍よりも低い場所に切っ先を立てた。

 

びくん、と、榊の長身が悶えた。
痛みは無かったが、白い肌の上を伝わる、
紅く生暖かいものの一筋が、どうしようもないほどに恐ろしかった。

 

僅かに流れた血液の上を、切っ先を立てていた手の、掌が被った。
ドクドクと脈打つ心臓の鼓動が腹の内奥にも伝わることは、
彼女自身が、誰よりも知っている。
そこを、血肉越しで触れるこいつは、何を考え、何をするのか。

 

恐ろしげな考えを押し込め、首の拘束を解こうとした。
しかし、それを感知したのか、より一層の力がそこに込められた。
唇の端で沸き立った、胃液の泡がその余波で弾け飛んだ。

 

内奥を潰すかのように、触れられている箇所にも力が込められた。
鼓動により密着させるためか、歪な紋様の入れられた手が、肉にその表面を埋め込む。
ほんの小さな傷も、それによって、僅かながらに深さを増した。

 

首と下腹部に籠められる痛みに、彼女は再度、そいつの頭部を睨み付けた。

 

その視線が捉えたのは、青白い肌同様の、
腐敗した蚯蚓のような唇で造られた、陰鬱な笑みだった。

 

唇の奥にある歯は全て、丸みとは無縁の、鋭い牙で構築されていた。
牙と牙がかちかちと触れ合う隙間に、赤黒い断片がこびり付いているのが見えた。

 

それはそいつの唾液に揉まれ、触れ合うたびに、水音を発していた。
人間の肉を喰らう音を奏でつつ、そいつは両腕に力を込めた。

 
 

その時だった。

 

咽喉を押さえられ、強制的に上向きにされていた彼女の視界に。
彼女が歩いてきた回廊の奥に。

 

それはいた。

 
 

彼女を締め上げるものが、それに気が付いたのは。

 
 
 

空を裂いて飛来したものに、自らの側面を貫かれ、

 
 
 

『ーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!』

 
 
 

声鳴らぬ声を上げて、身を仰け反り、自らの視線を、そこへと向けられた時だった。

 

身に纏った黒衣の左側面に、彼女の腹に触れている手の根元や、
肩や、脇腹、そして上体を支える腰に、鈍い光沢を放つ三本の棒が、深々と突き刺さっていた。

 

脇腹に入ったものは、中の肉を食い破り、背中にその先端を析出させている。

 

崩れる姿を立て直しつつ、肉体に突き刺さった鉄パイプが並ぶ隙間から、
頭部に巻いた黒布から、そいつは回廊の奥を見た。

 

餌食以外の血肉の味を、口内に広がせながら。

 
 
 

「離れろ!!榊!!!!!」

 
 

焼けた鋼のような声に、そいつの肉体は冷気に凍え、榊の身には灼熱が宿った。

 

「・・・・・・ッ!!!!!!!!」

 

炸裂音を立てて、彼女の長くしなやかな足の先端が、黒布を纏ったそいつの頭部に這入り込んだ。

 

異様な感覚が、彼女の足先で生じ、背骨を伝わり脳へと届いた。

 

潰れるような、抉れるような。

 

だがそれは、彼女に浴びせられた鋼の声色によってかき消された。

 

顔面に穿った方の足を戻すと、今度は逆の方でもう一撃を。
今度は、パイプに貫かれている場所を、肩を狙って見舞い、その衝撃で、彼女は跳んだ。

 

異形の姿は、大きく揺らいだ。

 

着地の途端に、榊の髪が、彼女の周囲で広がった。
普段は彼女の姿勢に準じて、下方に流れる黒髪が広がる様は、黒翼を広げた鳥にも見えた。
そして、ばさっと広がる、絹のような艶やかさを持つ黒髪の奥から、それは来た。

 

裂ける様に開いた黒髪の隙間から、迫り来るものの姿が視得た。

 
 

「ーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

 
 

奇怪な声を張り上げ、異形がそれを迎え撃つ。
小柄な人間の身長ほどもある長腕の先端の、長釘のような爪が振るわれる。
襲撃者との間合を、そいつの速度と自らのリーチを考慮に入れて弾き出した
攻撃は、回避不能と形容可能な精度と、人間の骨肉を微塵と化させる威力を持つ。
そしてそれらは、指の一本一本に籠められ、放たれていた。

 

それが、一斉に飛沫を吹いた。
青黒い、異形の血を。

 

異形の視界の中に、残光と影の坩堝が生じた。

 

へし折れ、引き裂け、穿たれる。

 

伸ばした刹那に、ほぼ同時に、それらは生じた。

 

指も、腕も、寸刻みの感覚で、ずたずたにされ、あらぬ方向を向いた。
自らが拘束していた『雌』よりもやや大きな体躯を有する、
彼らの『天敵』は既に、異形の懐にいた。

 

浴びせるように叫びを挙げて見舞った脚を、彼の腰から引き抜かれたパイプが貫いた。
30センチ程の長さの鉄パイプが、肉の接合面を掻き混ぜて、醜い血泡を生み出した。

 

悲鳴に変わった叫びの中、異形は、『天敵』の眼を見た。

 
 

殺意と、憎悪と、歓喜が。

 
 

澱み、混ざり、雑じって、交わる眼にある、それによって産まれた、『狂気』を。

 

本能を打ち抜く、脳髄を焼く恐怖に震えた左右の脚のそれぞれを、彼の両腕が貫いた。
先端から手首までが、異形の肉にその身を埋めた。

 

狂気を携えた眼を、異形の顔に近づけた、殺戮者―――神隼人は、
猛獣の牙にも似た鋭い歯を見せて―――笑った。

 

凶悪で、残忍で、残酷な。

 
 

実に、愉しそうな顔だった。

 

跳躍の反動で、視界がぶれる中、榊も、その様子を見ていた。

 

彼の顔は見えなかったが、どのような表情をしているのかは、すぐに分かった。

 

これから何が起こるのかも、彼女には分かっていた。
それながら、眼を背けることはしなかった。

 

痛みのためか、狂気への反発か。
反射に近い動きで、異形の上半身が隼人へと向った。
貼り付けられた人間の皮膚が引き剥げ、その奥から、無数の鋭角が広がった。
あと1秒あれば、彼の頭部を、柘榴のように砕いただろう。

 

しかし、それよりも早く。
異形の脚を貫いた両腕が、異形の体液を、滴らせながら引き抜かれていた。
そして、秒を割る時間の後には、異形の顎は砕けていた。

 

頑強な口蓋をぶち抜くのに用いられたのは、拳ではなく、手刀。
勢いによって引き剥がされた体液の汚濁から解放された手刀の先端に、
異形の牙よりも鋭い、牙のような爪が備わっていた。

 

「・・・ひっ・・・」

 

その小さな呟きは、口から零れた、残忍極まりない笑みだった。

 

土手っ腹を剥いた箇所が、抉れ、軋み、貫かれた。

 
 

神獣の爪が、隼の速度で。

 
 

人間の手によって、行使された。

 
 
 

「・・・・・・愉しかったか?えぇ?トカゲさんよ」

 
 
 

腹部を貫いたまま、そう呟くと、棒切れでも振り回すように、壁面にその頭部をぶち当てた。
自らと頭身をほぼ等しくする異形が持つ重量など意に介さぬと言った風に、軽々と。
背中に中指の第二関節までを露出させていた左手が、異形の体液で染まったその身を露にした後、
それらの殆どを壁面にぶちまけた。

 

身体からは、一斉に鉄パイプが突き出した。
パイプの中身を通って、血と、体液があふれ出し、見る間に床を汚していく。

 

殺戮の歓喜で昂った心は、それを見つめた途端に、幾分かの鳴りを潜めた。

 
 

そこを、

 

「・・・何だ」

 

背後から、脇の下から入った細腕が、彼の腕に絡みついた。

 

「・・・もう、駄目だ」

 

彼の背を押さえるものが誰かは、言う必要も無いだろう。

 

「・・・これだけは済まさせろ」

 

そう言うと、隼人は自らを拘束する榊をずりずりと引き摺って、倒れる異形に近づき、
頑強な軍靴の足裏で、倒れる異形の頭部を踏み砕いた。
びくん、びくんと異形が震え、軍靴と床の隙間から、血に塗れた粘物が流れた。

 

「こうでもしないと、安心できん」

 

更に、半ば挽肉と化したそこをぐしぐしと踏みつけつつ、隼人は呟いた。
こいつら――ハチュウ人類の生命力は、人間の想像を遥かに超える。
彼もそれで、苦い経験をしたことがあった。

 
 

「・・・おい」

 

背後にいる少女の身体が、震えていることに気が付いた。

 
 

「・・・時間がねぇ。落ち着いたら、すぐに離れろ」

 
 

首根っこのあたりでする嗚咽を察してか、厳しい言葉に反してその声色は、
比較的だが、穏やかだった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく