ゲッターロボ+あずまんが大王 第7話-(3)

Last-modified: 2011-03-27 (日) 01:34:51

ゲッターロボ+あずまんが大王

 

第7話-(3)

 
 

群れを成した殺意。

 

彼の視界に広がるものは、そう形容できるだろう。

 

機械でさえも狂わんばかりの、生理的嫌悪を引き出す絶叫と、
それに等しい速度と激しさで繰り出される、異形達の爪と牙による鋭角の群れ。

 

幅5メートルほどの、回廊としては広い空間の中の殆どを、それらが占めていた。
波の様に、荒れ狂いながら、殺戮のマシーンとしての精緻さを湛えた動作で、彼へと向かって行く。

 

接触に至るまでの、一刹那に、彼の手が、自身の頭部へと伸びた。
圧倒的多数にある異形の群れは、彼の挙動を前に、僅かながらに動きをぶれさせた。
――隙が生じた瞬間だった。

 
 

先陣を切った一体、距離としては数センチ単位でだが、彼に最も近づいていた個体の身体が大きく跳ねた。
黒布の隙間たる目元に、彼の被っていた丸帽が減り込んでいる。

 

それを剥ぎ取るのと、その視界が永久に閉ざされるのは、殆ど同時だった。

 

「これは、もう使えんな」

 

嘲笑にも似たその囁きが、弾けていく脳髄に、最後に刻まれたものとなった。
払い除けた帽子ごと、彼の腕は、異形の頭部を引き裂いていた。

 

その光景を前に、殺意の層は厚みを増し、彼の周囲を取り囲んだ。

 

数十の殺意と、百を越える兇器が彼へと向った。

 
 

処刑に等しいこの状況で、彼の顔に浮かんだ形は。

 
 
 

悪魔でさえ直視を躊躇う様な、凄惨で、恐ろしげな笑顔だった。

 
 
 

異形の爪が、大凡の全方位より彼に向けて、落ちる様に殺到する。
分厚い鉄板にすら深い溝を彫る切れ味と、人間のそれを遥かに上回る
腕力に晒されれば、鍛え上げられた強靭な筋肉ですら、ぐるりと捻られれば、
個体よりも粘体の様に、その爪にへばり付く汚物と化す。

 

彼の体を構築するものが、人の肉である以上、彼とて、その理の中にいる。

 

直撃を受ければ、その姿は原型を留まれない。

 

その破壊を行使するための腕のいくつかが、枯れ枝のようにへし折れた。

 

赤紫の断面を突き破り、骨に絡みつく筋繊維の束が露出し、その懐には、
神の名を冠せられた、青年になりかけの長身の少年がいた。

 

ふっと、短く息が吐かれた途端、回廊の中で、肉の柘榴が弾けた。
果肉は血肉である柘榴は、その内部に宿した、脳漿という名の種をぶちまけて、
壁面や床に滴り落ちた。

 

そしてそれは、連鎖していった。

 

右で、左で、正面で、背後で。
上方で、下方で。
彼の、周囲で。

 

彼の振るった手が、爪の軌道が死線となって、その先に触れた血肉を飛ばしていった。

 

五体の異形が、自らの吐き出した血肉の海に沈んだ音は、殆ど同時に鳴った。

 
 

どぐり、ぐしゃりと。

 
 

そこに、生々しい音を引いて下された軍靴が、脳髄を踏み砕いた音が続いた。
開きかけの穴は大きな穿ちとなり、歪な肉の円となった。

 

それをぐしぐしと踏み躙り、血肉の泡を吹かせ、彼は異形に眼を向けた。

 

肉薄していた距離は、彼の周囲に崩れ落ちた、びたびたと尾を跳ねらせている遺骸を境に、
2m前後の隔たりを作っていた。

 

狂気と、呼ぶべきものか。
彼一人が持つ兇悪な気配は、この場に充満する異形たちの殺意にさえ、匹敵しているようだった。

 

ふらり、と。
緩やかな風の様な足取りで、彼が1、2歩踏み出しただけで、
異形の群れの何体かが、その分だけ背後に下がったほどだった。

 

だが、それはあくまでも数体。
引き下がった個体もまた、感化されるように、再び殺意に身が染まる。
しゅうしゅうと、蛇の威嚇を凝り固めたような囁きが、牙の間から沸き立っていく。

 

だがそれでも、圧倒的多勢と、圧倒的無勢の対比を持ちながら、異形達は、
身を裂く様な警戒を抱かずにはいられなかった。

 

滅んだものと、滅ぼしたものの、その差がその所以であろうか。

 

「来い」

 

振り翳すように持ち上げた、血塗れの手招き。

 
 

更なる地獄絵図の始まりだった。

 
 

先程以上の厚みと鋭さを増して迫り来る異形たちの隙間から、
彼は回廊の奥を覗いた。

 

彼と分厚い扉との距離は、既に相当の間を隔てていた。

 
 

それを認めたと同時に、長爪の一団が拉げて飛んだ。

 

それらは直後に、どす黒い血塊となって打ち崩れ、後続もまた、
刹那の中に突き出された兇爪によって肉と化していった。

 

群れの中で血飛沫が上がり、次々と砕かれていく様は、
細胞を喰い貪って拡がる、病巣にも見えた。

 
 

だが、生体には、敵対者に対する免疫がある。

 

この場合それは、圧倒的な戦力の差であった。

 

彼が数体を屍へと換え、向き直った時。

 

一体の異形の影が、彼の背後を取った。

 

それを察知し、音のような速さで、彼は兇爪を叩き込む。

 

眉間を割られ、眼窩から飛び散る脳漿を浴びながら、挽肉と化したそれを右手が掴んだ。

 

それを盾にし、異形たちの攻撃を防いだ時に、彼は軽く、周囲に眼を配らせた。
血の線が吹き荒ぶ光景の中に、前面だけでも、今までに屠ったものの数倍に等しい数が窺えた。

 
 

彼に代わって、死の洗礼を受けたものがずたずたに引き裂かれて、ぼたぼたと落ちる中。
彼は、己の爪のいくつかが剥がれ、肉の色を晒しているのを見た。

 
 
 

そこに背後から、一際長い爪が迫り、そして―――――。

 
 
 

「………ぅう……………」

 
 
 
 

闇の中で横たわる少女の、悪夢に囚われたような呻きを、
肉の引き裂ける音が塗り潰した。
血の滴りに本来の色を奪われていく、この回廊のように。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

つづく