ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(2)

Last-modified: 2013-12-17 (火) 22:59:38

ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(2)-

 
 
 

「………………」

 

決して小さくない揺れに身体を預けながら、彼はぼんやりと眼を開いた。
職業柄、よく気絶してはいたが、最近は特に酷い。
元々、気を失う原因としては、巨大クラゲに突撃して無茶をやったとか、
大空から愛機もろとも墜落しただとか、そういうものであったが、
ここ最近のものは体力が限界を迎えてのそれとなっている。
思考がまともに動き始めるまで、しばし待つことにした。

 

「あ、起きた」

 

耳元で、正確には左肩の辺りで声がした。
眠気は、一気に消滅した。
声量ではなく、その声の主が誰であるかが、覚醒の鍵となった。

 

「よぉ。久しぶりだな」

 

時間的には数時間、恐らく4、5時間ぶりだろうが、異常に長く感じていた。
何となくだが、年単位で会っていなかった様な気さえする。
確かな感慨を覚えていると、細い指が彼の頬に触れた。
それは肉を掴むと、主の下へと肘を引っ張った。

 

「何しやがる」

 

少し左に傾いた体勢のまま、頬を伸ばされながら、
やや兇悪な眼つきを携えて竜馬が言う。
尚、ややというのは竜馬の基準でである。
敬語など使う必要は、細胞核一つ分も無い。
使うときは、からかう時ぐらいだろう。

 

「怪我の治り具合の確認に」
「嫌がらせの間違いだろ」

 

左の頬を引っ張られたまま、竜馬は器用に返答した。
音速を越えた戦闘の中で叫び続けていた成果だろうか。

 

「うんうん、傷も大分治ってるね」
「お前が掴んでるところは、ちょうど裂けてた場所なんだが」
「確かにちょっと赤いね。ここは?」

 

左手の指は、竜馬の右眼辺りを指していた。
縦に走る、頬よりもやや薄い朱線があった。

 

「古傷だ。たまに疼くんだよ……例えばイラついた時なんかな」
「そういうのはよくないよ。ストレスは発散しなきゃ」
「悪ぃが補充されてるんでね」
「これのせい?」

 

掴んでる部分を、ミリ単位で上下に動かしながら智が言う。
意味深そうな表情で。
無論、形だけだろう。

 

「そもそも、何で掴んでんだ」
「リハビリのために」
「………」
「必要悪ってやつだよ」

 

善意でやってるのか、よく分からなかった。
それに、肌のリハビリなぞ聞いたことも無い。
とりあえず、智の指で生じた汗の塩分のせいで、治りかけた傷口がむず痒かった。
何かを握ってでもいたのだろうか。
やたら汗の量が多い。そして油の匂いもする。
自分のナリも相当なものだが、衛生的に大丈夫だろうか、と。

 

「ふむ…」
「…何だよ」

 

考えるような顔付きになった。
考えているのではない。
つまり、危険ということである。
訝しげな表情を(彼女と出会ってから、よくこの顔をするようになっていた)、
そんな竜馬を、智は腰を少し浮かせて顔を近づけ、
同じように訝しげな表情でまじまじと見つめながら

 

「あんた、彼女とかいないの?」

 

と、言った。
唾液が枯渇しかけていることを感謝する時が来るとは、竜馬ですら思っていなかった。
何時の間にか、友の手が頬から離れていた。
飽きたのだろう。
竜馬の頬に、よく分からない感覚が残った。
修行と治療と暴力以外で頬に触れられた思い出は、少なくとも彼が覚えている限りではなかった。
強いていれば、これは暴力に近い。

 

「何言っとるんだお前は。こんな状況で」

 

少なくとも、怪物の襲撃を受けた後の会話ではない。
しかしこの場合、発信源も受け手もどうかしているとしか言いようが無い。
重要な話題が、こんな事である筈が無い。

 

「今はいねぇよ」

 

数ヶ月前は、女性を映画に誘っていたので、彼はそう応えた。
なんでああなってしまったんだろう、という考えは、消そうとしても
どうやっても彼の心に去来してくる。

 

「んな余裕も無えしよ」
「どっかに囲ってない?」
「いたら世話してもらってると思うんだが」
「ああ、あんた頭良いね」
「おう、ありがとよ」
「うんうん、もっと褒めてくれたまえ」

 

皮肉で言ってんだよと竜馬は言いたかったが、更なる火種を撒くだけなのでやめた。
防御でもそうだが、直接受けきるよりは流した方がダメージは少ない。
そろそろ、口の中の渇きが気になってきた。

 

「まぁ、こういうのは巡るものだから、そんなに気を落さないでさ」
「流行のことか?70年代の服や車じゃあるまいし」
「そう!それだよそれ!分かってるじゃん!」

 

どうせなら、20年は生まれる時期がずれてくれればと思い始めた。
こういう考えをするのは、こいつと会ってからなので、それは恐らく
影響を受け始めていることなのだろうと竜馬は判断した。
汚染とまではいかないにしても、侵食という言葉は当てはまるようであった。

 

「こういうのはぐるぐる回るんだよ!宇宙みたいに」
「ほう、俺は宇宙規模だったのか。知らなかった」
「いや、私が宇宙で、あんたは瀬戸内海の渦潮レベルだよ」
「話の主旨もあったもんじゃねぇな」

 

主旨もなにもへったくれもない会話であった。

 

「ところで、ここはどこだよ」

 

話の本筋への、遅すぎる流転であった。

 

「車の中」

 

じっと、竜馬は智を睨んだ。
そんなことは分かっている。
ついでに、割と良い車であることも。少なくとも、
シートはあの機械の化け物よりは上等であると感じられた。
難点を言えば狭いことだが、これは許容範囲を越えて乗り込んでいるので仕方が無い。

 

「街の中」

 

更に眼が細まった。
街のチンピラなら彼方へ逃げ出しているような眼だった。
智は、相変わらず太陽のような笑顔をしている。
どうやら、耐性がついているようだ。
或いは、脅威と受け取っていないのか。

 

「次は地球か?」
「いや、日本。惜しかったね。あと少しだったのに」
「何が?」

 

掠れているせいで、普段よりも恐ろしげな声になっていたが、
智は気にする様子が無い。
むしろ、「ふふん」と、少なくとも向けられた方としては不愉快な笑みを零した。
竜馬はもう慣れたので別段嫌な思いもしなかったが、
少なくとも、あの時の奴なら顔面を毟(むし)り取るかもしれないな、と竜馬は思った。

 

いや、アホらしくて関わらない、いや、毟るな、と追加で思った。
身体的な特徴も、恐らく好みからは外れまくっているであろうし。
奴と呼ばれた者の思考の、少なくとも人間にあるまじき部分は彼でも分かりえないものだった。
尤も、人間とはそういうものだと、彼も理解してはいるのだが。
今思っても、あの時の様子は異常だったと思わずを得なかった。
同時に、それは自分も似たようなものではなかったかということも。
そして、こんな胸くそ悪いことを考えてしまう時点で、やはりどうかしているのだろうと。

 

「ほれ」

 

たぷん、と竜馬の前に、黒いボトルが差し出された。
簡素なもので、「コーラ」とだけ黒く太い字で書かれていた。
ギャグマンガ、しかも枠の少ない4コマ漫画の小道具のような手抜き振りだった。

 

「味見しといたけど、けっこう美味しかったよ。あ、口は付けてないから変なことは考えないようにね」

 

黒い液体の奥にある、少し歪んだ竜馬の顔を眺めながら、楽しそうに智は言う。

 

「どこに入れてたんだよ」

 

液体の揺れる音は聞いた覚えは無かった。
そして、それは大して重要なことではない

 

「付けた方が良かったかな?こういうのって売れるんだよね?」
「お前は何を言っているんだ」

 

疑問符は付かない。
呆れきっているのだ。

 

「あんたの家、ネットできる?ああ、やり方知らないんなら教えるよ?あ、顔写真撮らないと」
「そのぐらいは分かるが自分でやれ。というか恥を知りやがれ」
「あ、その言い回しいいね。恥を知りやがれって。覚えとこう」
「あの…」
「忘れろ。いや、忘れてくれ、頼むから」

 

自分の口調を口に出して記憶すると言われるのは、何か無性に腹立たしく感じた。
いよいよ咽喉が辛くなってきていた。
コーラで回復できるかは知らないが、このままよりはマシなはずだ。
危機を感じ始めた竜馬には、智の奥から聞こえた声など耳に入っていなかった。

 

「つうか、それ一口でいいからくれよ。俺を生殺しにするのに持ってきたんじゃないんだろうが」

 

口を付けずに一口で一気に飲み干してやるつもりだった。
そして、後半に彼が口走ったことこそ、こいつの目的なんじゃないかと竜馬は思い始めていた。

 

「あぁ、それいいね!採用!」

 

確定してしまった。
ひらめいた!と、誰でもわかるようなリアクションをしていたので、
言わなければ、素直にくれたのかもしれない。

 

「お前…いい加減にしろよ…」

 

声がもうおぞましささえ感じさせるものへとなってきている。
紅の閃光で、無数の百鬼を焼き払った時も似たような声だった。
強烈な咽喉の渇きと咆哮による疲弊は、よく似ている。

 

「な、なんだよ!そんなに飲みたいのかよ!」

 

流石に怒気が通じたのか、ややビビっているようだった。
大事そうに胸元で抱えられたコーラがたぷんと揺れた。
先程よりも揺れ幅が大きい。
何時の間にか、また少し飲まれたようだった。

 

「ああそうだよ。昨日から、何も飲んでねぇ」

 

これは嘘だった。
起きた時に500mlボトルに入った麦茶を1本飲んでいた。
状況が状況だったので、忘れてしまっていたのだった。
枯渇したのは、背中に背負った奴が予想以上の負担を与えたためでもあった。

 

「質問に答えてから」
「その質問とやらの話を逸らしたのはテメェだろうが!!」

 

残りの水分を振り絞り、竜馬が叫ぶ。
被害者のようにも見えるが、状況を鑑みるに、どう見ても加害者の立場であった。
更に、話をこじらせた原因にも見て取れる。
そして普通なら、この叫びを前にすれば人間なら大悪党でも怯む。
底知れぬ恐ろしさを感じるからだ。

 

「なんだとぅ!?」

 

しかし残念ながら、相手は普通ではなかった。
どこかで、何かが擦れ、砕けるような音がした。
彼らにとって不幸だったのは、それが歯軋りであると気付けなかったことだ。
そして、ここが車内だということを、竜馬は途中から、智はほぼ最初から
脳内から消し去ってしまっていたことだった。

 

「これ高いんだぞ!!国からも認められてるんだ!」
「ああ、ありがとよ。でももう三分の一しかねぇじゃねえか!何時飲んだんだ!」
「細かいこと言うな!デリカシーの無い奴め!下郎!」
「下郎だと!?」
「えと…あの…」
「あ、ゴメン。意味は知らないから削除で」

 

咽喉が渇いたのか、キャップを緩めて口に運ぶ。
遅れたが、コーラは2L入りである。
小さな咽喉がとくとくと動き、黒い液体を胃に流し込んでいく。
飲み終えると、さも美味そうに甘ったるい息を吐いた。
そして、ヒートアップした両者の間に、普通の声は最早届かない。

 

「お前!どれだけ飲めば気が済むんだ!」
「ふーんだ。口付けちゃったからもうやらねーっと。値段下がるし」
「お前な…つうか、元はといえばそれ俺の金で買ったんだろ!」
「ぎくり」

 

口に出して言う奴を、女では初めて見た。
それこそ70年代のキャラクターかと彼は思った。

 

「か、金のことを出す男は嫌われるんだぞ!」
「現実的でいいと思うがね」
「夢がないと駄目なんだよ!現実に縛られるな!」
「咽喉の痛みって現実にやられそうなんですけどね!」
「おい」
「急に敬語を使うな!怖いだろうが!」
「敬語じゃなくて丁寧語ですよ滝野さん。
 学生なんですからしっかりしてください滝野さん」
「うわあああ!!やめろ!夢が壊れる!」
「夢って何だ!?気色悪いことをぬかすな!」
「おいったら」
「ええいうるさい!気色悪いとか言うな!傷付く!泣くぞ!」
「ああ、泣けよ。笑ってやる」
「言ったな!泣くからな!泣いてやる!泣いてやるぞ!!」

 

半月の形になった眼の隅に、瑞々しいものが溜っていく。
笑ってやると豪語した竜馬も、気まずさを感じ始めていた。
一応、一応は智は女の子なのである。
胸は普通のやや下ぐらいだし、竜馬の持つ女性像とはかけ離れているどころか
別次元の存在であったが、世話になっている。
それに、こういうときにどうすればいいのかも分からなかった。

 

「(…こいつが野朗だったら殴ってるんだがな…)」

 

と、恐ろしげな考えをした時、智の動きが止まった。
大きな眼が、ぱちっと開いている。
2、3度、ぱちくりと眼を瞬かせた顔が、左向きに動き始めた。
彼女の頭には、健康的に日に焼けた手が置かれていた。

 

「お前、ちょっとうるせぇ」

 

向けられた先にある、快活そうな少女の顔が、きつめの口調と表情で静かに告げた。
竜馬は、その声に聞き覚えがあった。
相手も、竜馬の視線に気が付いたようだった。

 

「…それ以上は、やばいよ」

 

竜馬は気付いた。
真の脅威は彼女ではない。
それは、彼の前にいた。

 

バックミラー越しに、眼が、こちらを向いている。
その眼光に、智は笑うのをやめた。
竜馬は、その様子を見て、不気味な感覚を覚えた。

 

「大丈夫。バレてな『いい加減にしろお前等!!』

 

怒号。
そう呼ぶに相応しかった。
少なくとも、彼が起きてから聴いた音では、最も大きな音だった。

 

「直立トカゲぶちのめした奴がいるって言われたからどんな奴かと思ったら、
人の車で延々とワケの分からんこと言いやがって!お前だ!お前が原因だバカ智!!
聞いてた話と違うじゃないか!私はこいつが目を覚ました瞬間、
首を引き千切られるんじゃないかと思ってたんだぞ!
お前アレだろ!今やってるアニメでそうやって死んだ奴がいたんだろ!」
「いや、あれは食い千切『うるせぇ!馬鹿!』

 

馬鹿の一言には、質量があるように感じられた。
それも、莫大な。

 

「お前はさっさとそいつに栄養やれ!そのために持ってきたんだろ!
 それに死なれたら寝覚めが悪い!!あと、誰がこの車を掃除する!?
 お前らの靴、結構汚れていたからな!!靴ぐらいちゃんと洗え!
 あと神楽!お前はさっさとこいつらを止めろ!先手必勝って言葉を知らんのか!
 頭潰せば後は楽なんだよ!トカゲみたいに!」

 

なんということだ、と竜馬は思った。
あの滝野が押されている。
破壊不能なものが壊されていくような気がした。
御するならともかく、勢いで負けているというのは信じられなかった。
気が付けば、智は傍らで静かになっている。
黙っている、のではなくだ。

 

「それと、少年」

 

ひとしきり叫んで落ち着いたのか、声は若干収まってはいたが、
竜馬は思わず、「はい」と答えた。
思い出して、自己嫌悪に陥れるぐらいの情けない声だった。
咽喉の渇きのせいにすることにした。
あと、トカゲは頭を通してからが厄介なんだよな、心の中でと突っ込んでおいた。

 

「生きて戻ったら、あのドS女の弱みを教えなさい。それが運賃」

 

とてもじゃないが聞き捨てならない台詞をかけられ、非現実的な光景も目の当たりにしたことで、
竜馬は思考が正常に戻っていくような感覚がした。
狂気というものと、さほど変わり無いような気がした。
いいや、それに違いないと、竜馬は心の中で勝手に肯定した。

 
 
 
 
 
 
 
 

つづく