ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(3)

Last-modified: 2014-02-08 (土) 20:57:06

ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(3)-

 
 
 

危機的な状況なのは十二分に理解しているし、時間が無いことも分かっている。
ただ、

 

「いやぁ、あの時は参った。本当に死ぬかと思ったわ。おい神楽、ナビしろナビ」
「ここは右だよ。先生」
「ゆかりちゃん、今までどこいたんだよ。こっちは大変だったんだよ」
「うるせぇサボリ魔。こっちは、連中を掃除してたの」
「掃除って…何やってたんですか」
「銃持って鬼娘と共同戦線。あいつ、人をなんだと思ってるんだっつーの
 何度もオトリにしやがって」
「あの白衣の人?確かに眼つきはちょっと怖かったけど」
「嫌な奴だよ。嫌な奴」
「ところで、これにゃもちゃんの車だよね。どうしたの?」
「あ?ああ。私のが壊れたから徴収した」
「先生、許可もらったんですか?」
「非常事態だぞ?んな時間あるか。あぁ、にゃもなら無事だから安心しろ。あの女に貸しといた」
「貸したって…」
「手が足りないってらしいから仕方なくね。断腸の思いってやつよ」
「そういうのをさ、厄介払いとか口封じっていうんじゃないの?」
「うるさいおバカ。少しは言葉を選べ。ったく、思出しても腹立つわ。まだガキっぽいくせに」
「いやいや、私が見た限りかなりの美人さんだよ。藤子ちゃんとはちょっと違ったベクトルのさ」
「なんでそんなに肩持…あぁ、そういえば髪型は1年の時のあんたに似てるわ。微妙にだけど」

 

部外者、更に異性がここに一人というものは、どの場合でも気まずいものがある。
女子特有の、空間支配とでもいうべきか。
但し、そのままではいけないと思い、実践する強さが彼にはあった。
最後の一文で、心にヒビを入れられかけたが。

 

「お話中、申し訳ないんですが」

 

こんな言葉を今までの一生で何回使ったのだろうかと、竜馬は思わずにはいられなかった。

 

「何だ少年?自己紹介ならいらんよ。聞いてたから」
「鬼娘って人からですか」

 

言葉に出してみると、文体以上に恐ろしい。
おにむすめ。
オニムスメ。

 

「すげぇ仇名だよね。鬼娘って」
「うるせぇ話の邪魔だ。そうだよ、あいつから教えてきたの。
 ええと………いや、勝手に他人の名前を言うのは悪いから、自分で名乗ってくれたまえ」
「ゆかりちゃん、ひょっとして忘れたの?」
「うるせえ馬鹿!」

 

図星を突かれたのか、智へのリアクションの返答が異常に早かった。
ずいと身を乗り出した智が額を抑えて戻ってきたのは、
恐らくデコの辺りに裏拳を叩き込まれたからだろう。
自分の不備をそれで掻き消そうとしたのかもしれないが、
互いの声が大きいのでそれも無駄だったようだ。
自分の名前はそんなに覚えにくい名前だったのかと思いながら、

 

「俺は流竜馬です。助けていただいて、感謝しています」

 

と、暦に返したものよりも、丁寧な口調で応じた。
危険を回避するためには、現状ではこれしかないと思ったためだ。
聞くことは他にあったが、彼は先に礼を述べることを優先した。
見れば、包帯は新しくなっているし、傷口に湿った感覚がある。
薬か何かを塗ってもらったのだろう。
少なくとも、痛みは多少和らいでいる。
こんな口調になるのは、古代人相手以来だと、竜馬は思っていた。

 

「うむ、礼儀正しくてよろしい。口答えしたら、掃除を一人でやってもらうところだったよ」

 

マジでそうするだろうな、と竜馬の隣の二人は思った。
中々にシュールな場面であると思ったのか、智は竜馬の左肩をぽんぽんと叩きながら
「よかったね」と言っている。
竜馬の古傷が、薄っすらと赤みを増した。
神楽は、気の毒そうな顔でその様子を見ていた。

 

「じゃ、今度は私の番かな。私は」
「あ、ゆかりちゃん。それなら大丈夫だよ」
「…あ?」

 

血管が浮き出る音が、竜馬には聴こえた気がした。

 

「私がもう、余すことなく伝えといたから」
「お前、覚悟しておけよ」

 

後で自分もこの女教師から何か言われるに違いないが、
智に対してはざまぁみろと竜馬は心の中でごちた。

 

「ところで、その…翼竜をやっつけてくれたのは谷崎先生ですか?」

 

殺した、倒した、吹き飛ばしたと言う選択肢もあったが、竜馬は言葉を選んだ。

 

「うん、そうだよ。あれをぶっ殺したのは私だよ」
「(容赦ねえな、この人)」

 

あの女とやりあえるだけはあると、竜馬は認識した。
同時に、彼の中での危険度も引き上げられた。
あれは断じて、通常の兵器では無かった。

 

「掃除ってのは…直立トカゲのことですか?」
「そ。顔面を蜂の巣にしたら逃げていった」
「逃げたんですか」
「当たり前でしょう。食い殺されたくないし」
「あ、ゆかりちゃんのことだったのね」

 

容量が軽いせいでダメージは少ないのか、何時の間にか智が復活していた。
何時の間にか主語が変わっていたが、竜馬は気にしなかった。
恐らく、もう完治しているだろうと彼は判断した。
相手は、顔面を半分以上抉られても再生する化け物だ。
逃げたというのが気になるが、どちらにせよまた向って来るに違いない。

 

「ゆかりちゃん、本当に一人であいつらやったの?」
「何だお前、試されたいの?」

 

共同戦線張ったと言ったのを忘れているのだろうか。
それとも戦っている間は各個撃破していたから一人でという意味なのだろうか。
微妙に会話がかみ合っていない。
会話自体にも、独特の雰囲気がある。

 

物騒な会話に、僅かに和むものを感じるのは何故だろうと竜馬は考えていた。
危険な単語に馴染みがあるのか、それとも、こんな状況だが、一応は女に囲まれているからかと。
今までの人生は殺伐としきっていったし、それ以降の、ここしばらくの間は
人間らしいやり取りも増えたとはいえ殺伐自体には更に磨きが掛かった上に、
周りは野朗ばかりだったのでその反動なのではないか、と。

 

両者の会話が熱を上げているようなので、竜馬はもう一人の少女を相手にすることにした。
今を逃せば、この二人に妨害されてまた時間が引き延ばされかねない。
相手もそう思っていたのか、互いに眼が合った。

 
 

「…神楽さん、でいいのか?」

ややトゲトゲとしたボーイッシュ然の髪型と肌の色、さばけた口調から竜馬は判断した。
さん付けされたことに、一瞬、眼を丸くし、戸惑ったような表情を見せた神楽だったが、
すぐに白い歯を見せて、

 

「神楽でいいよ」

 

と応えた。
こういう体育会系なノリは、しっくりくるものがある。
そういえば、それ以上の名前を竜馬は聞いていなかったことを思い出した。
智からも、神楽としか言われていないし、ゆかりも神楽としか言っていない。
姓なのか本名なのか分からなかったが、本人から言われるまでは聞かないと、彼は決めた。

 

「俺も呼び捨てでいい。そっちの方が気が楽だ」
「ああ。そう言われると助かるよ。私も敬語とかは苦手だからさ」

 

間では、智とゆかりが取り留めの無い話をしている。
火薬の量だとか、歯が飛び散ったとかの会話の合間に、弁当だとか、コンビニのオニギリや
限定品だとか、新作のゲームがなどといった言語が聴こえてくることを、
二人は少し不気味に感じた。

 

「ところで、さ。あの時……」

 

やや低く、そして眼を細ませた表情で出した声だった。

 

「カバン、汚れなかったかい?」

 

神楽の顔が、その一言に引きつった。
悪意からの皮肉だと、思ったためだ。

 

「返ってきたのが着いてたからな。暗かったから避けきれなかった。
 まだ使ってるなら、汚れの落し方なら知ってるぜ」

 

一瞬安堵し、ぞっとする意味に気が付いた。
しかし、返り血の持ち主たちを思い浮かべ、その考えは消すことにした。
あの状況でこの少年が来なかったのなら、今、どうしているかも分からない。

 

「…でも…私はあんたを鞄で殴ったんだよ?」
「ノコノコ出てきた俺が悪ぃんだ。いいんだよ、気にしなくて」

 

あまりにさばけた口調に、なるべく簡潔にしようとしているのか、と神楽は思った。
間にいる当事者に忌まわしいことを思い出させないためなのかと。
智は、両者の間でゆかりと話を続けている。
神楽としても、思い出させるのは嫌だった。
それに本当なら、この場で言いたくは無かった。
しかし、どうしても言わなければいけない気がしていた。
そうでもしないと、押し潰されてしまうような圧迫感を感じていた。

 

「まぁ、今はやることやろうぜ。案内役なんだろ、あんた」

 

竜馬自身はなるべく軽く返したつもりだったが、
それでも気にしているのか、神楽から返されたのは、やや掠れた笑顔だった。
自分の口下手さを、竜馬は自身の欠点として感じた。
彼は思う。
あの二人なら、もっと上手く返せたはずだ、と。

 

そして、話に聞いていた通り、神楽という少女は外見に似合わず
繊細であると智が言っていたのは本当のようだった。
思い返せば、殴られたときの痛みは後々になってやってきたが、彼はそれを気にしなかった。
むしろ、ごろつきにいたぶられる女の姿を見て、
走ることができず、間に合うことができなかった自分の体力に苛立っていた。
これは、連中を肉の泥に変えたところで、消える事は無かった。
包帯塗れの手を何度か握っては開き、自分の体力を確認する。
少なくとも、銃ぐらいは使えるようだった。

 

「(トカゲごとき即死させられないなんて、俺もヤキが廻ったのかね)」

 

本来ならば仕留められていたはずの獲物を逃がしたことに、
彼の戦士としての部分は穏やかではいられなかった。

 

神楽は、ゆかりに左に行くように促した。
周りを見ると、家の数が随分減っている。
曲がった角に、見覚えのある通りが見えた。
ここから街中へ行けば、馴染みのコーヒー屋に繋がる道だった。
機械化された学生の鼻孔に煮え滾るコーヒーを
流し込んだ事を、もう随分昔のように感じていた。

 

「ここをしばらく真っ直ぐ行けば着くよ」
「ゆかりちゃん道間違ったからね。人も轢きかけたし」
「うるせぇ!余計なこと言うな!」

 

時間は余計にかかったようだが、その分だけ
自分は休めたことに、竜馬はなんとなく複雑な思いをした。

 

その時、空気を震わせる破壊音が鳴った。

 

それは、前方から生じていた。

 

窓を閉めた車内であっても、それは衝撃として届いた。

 

そう簡単に行く訳でもないとは思っていたが、遂に来たらしい。
急ブレーキをかけ、車は停止した。
破壊音に雑じって、巨大なものの咆哮が聴こえた。

 

「来たな」

 

ぞっとするほど冷たい声だったが、傍らの二人は黙って前を見た。
車の前方、約100mの地点で、大規模な破壊が生じていた。
どこかの会社のビルと思しきものが、崩れていく。

 

前方の建物の下部が、粉塵となって砕け散った。
落下する大小の破片を平然と受けて現われたのは、全高約4m、体長は恐らく12m以上。
大木のような頭角を盾の様にエラばった頭部に生やした
四足の大型爬虫類、俗に言う「トリケラトプス」であった。

 

「出やがったな」

 

非現実を通り越して滑稽にさえ見えるが、脅威以外の何物でもない。
あの巨体の力を受ければ、この車は原型も残らず粉砕され、
肉体は血肉の袋でさえなくなるだろう。

 

対抗手段を求め、車内を見渡した時、彼の眼は一点に留まった。
そして、その視界を

 

「はい」

 

の声とともに差し出されたものが覆った。

 

「何してんの。重いんだから持ちなさい」

 

智が受け取り、傾いたそれを神楽が支えて竜馬にぐいと近付ける。
突きつけられた筒の洞の奥から、機械油と火薬の匂いがした。
竜馬に渡ると同時に、車は再び動き出した。

 

彼に選択肢は無かった。
手早く掴み、ドアを蹴飛ばし、身を乗り出す。
吹き込んだ風の冷たさが、車の速度を物語る。
やりとりをしている間にも、車は速度を上げていたようだ。
まるで、角竜に車ごとぶつけるかのように。

 

「(これが、あれか、ゆかり車ってやつか)」

 

飾り気も品番もない、鉄の巨筒とでも呼ぶべき兵器、
恐ろしく古典的な形状をしたロケットランチャーを構えつつ、竜馬は智の話を思い出した。
聞いてた話と、よく似ている。
この教師は、条理を覆す存在のようだ。
この滅茶苦茶さに、竜馬は素直な好感を持った。
竜馬の心に渦巻いていた思惑が、それを合図としたかのように、ある感情へと昇華する。

 

背後の二人にぶつけないように注意を払われて器用に回された重火器を、
竜馬は自身の右肩に備え付けた。
凶悪な重さが、その感情に磨きを掛けた。

 

戦いに必要な、敵意と、殺意に。

 

「くたばりやがれ!!」

 

敵対者に対する破壊衝動で彩られた声と共に彼は引き金を引いた。
白煙が車の背後に広がり、車体を大きく揺らす。
クロガネの巨筒が吐き出した弾頭は、命中と同時に白光を放ち、爆風と爆音で巨体を包む。
傍らにまで迫った車が、白煙を吹き飛ばすと、奥からグロテスクな形状となった角竜の姿が現われた。

 

二本の角は神経の断片を根元にちらつかせて消失し、
嘴は口腔内へと減り込んでいる。
更に、体表面からは泡を吹き、肉は骨から剥がれ落ちつつある。
そして、身体のあちこちに開いた肉の穴からは、
液体の代わりに火が唾液のように垂れている。
彼らにとって幸いだったのは、動体視力の極端な差があったため、
その様子を認識できたのが竜馬だけであったことだ。

 

「…やっぱ普通じゃねぇな」

 

火花を吹きつつもまだ動いている頭部の、爆砕された部分に、
用済みとなった砲を槍のように投擲した。

 

破壊孔に突き刺さった砲が脳髄、または電脳を破壊したのか、
角竜は四足を折り曲げ、潰れるように地に伏した。
竜馬はゆかりが「やったぜざまあみろ!」と叫ぶ声を聞いた。
これが一時的なハイテンションの成せるもので、
且つ演技であってほしいと、竜馬は願った。

 

「うぉ!?」

 

角竜の最期の抵抗か、破砕した角と思しき部分を踏み上げ、車体が大きく揺れた。
運転自体が、非情に荒いせいもある。
乱暴さを増した運転でふらついた身体が、内側に倒れ込んだ。
何時の間にか、車内の二人が竜馬のボロボロになったコートの、
中央から破れ、いびつな翼のように左右に分かれた端の部分を握っていた。

 

「悪い、助かった」

 

二人の上に倒れ込めかけた身体をシートに無理矢理ぶつけつつ、竜馬は智に言う。
引かれなければ、転落していたかもしれない。

 

「いいのいいの。今度やるときは私にも撃たせてね」
「お前はベルト付けて前見て座ってろ」

 

渡したらどんな状況になるのか、竜馬でさえ想像できなかった。
最終手段ということにしておこうとだけ、頭の隅に置いておいた。

 

「大丈夫だよ。説明書なら読んだから」
「そんなもんねぇよ」

 

ちらと神楽の様子を見ると、煙を吸い込んだのかむせている。
どうやら、貧乏くじを引きやすい体質のようだ。
少なくともこの車内で最も真っ当な人間なのは神楽であった。

 

「次、どれにする?」

 

と、ゆかりに聞かれたが、しばしその光景を見つめるしかなかった。
普通の武器の山なら、彼もそんなには驚かなかった。
せいぜい、どこで手に入れて来たんだと疑うぐらいだ。
しかし、それらは違った。
とてつもなく嫌な気配を、それらは放っていた。
危機は迫っている、そしてこれらを使えるのは現状では自分しかいない。
それを少しの間とはいえ留まらせるものが、山と詰まれたものからは感じられた。
しかし、事態は切迫している。
この中から、選ぶ必要があった。
いっそ降りて素手で戦おうかとさえ彼は思い始めた。
ゆかりの隣、助手席に積まれていたのは、そんな武器ばかりだった。

 

遠くない場所で生じた異形の叫びが、彼の鼓膜を震わせた。

 
 
 
 

その車は、多くの者から注視されていた。
人間から、そして異形から。
眼の良い者、或いは不幸にもその近くにいたものは裸眼で。
遠くの者は、望遠鏡や双眼鏡を用いて。

 

当初、異形を注視していた視線は、次第にそちらに移り始めていた。
というのも、

 

「正に、悪魔ね」

 

という言葉を漏らした白衣の女性の言葉通り、
悪魔に相応しき光景が広がっていたためだ。
そして、それは『火炎地獄』という意味に等しい。
突如、建物を崩して出現する角竜。
本来備わっていないはずのはばたきと牙を用いて大空より急襲する翼竜。
そのどれもが、疾走する車から吐き出される火力によって砕かれていった。

 

無数の火花と共に撃ち出される弾丸群は翼竜の鼻面をごっそりと抉り取り、
炸裂した鉄塊は角竜を肉と機械が雑じった奇怪なオブジェに変えていく。

 

何人かは、この車の右側面に何やら風に揺れている物体を
目撃したが、それは犠牲者たちの残骸が怨念のように張り憑いているのだと判断した。
そして大量の火力は、この車に備え付けられた兵器であると。
この場所が何の麓町であるのかを熟知している者達は、そう認識した。
勿論、例外も多かった。

 

この車を、誰が操縦しているのか知っている連中である。
そして彼らは、砕かれていくものよりも恐ろしげな思いを車に抱き、
無慈悲な破壊活動を屋上からみつめていた。
時折、車は観測者たちから見て遮蔽物となる建築物に隠れるが、それもほぼ一瞬のことだった。
何故なら、見えなくなったと思ったら、その遮蔽物はすぐに煙を上げて破壊されていったためだ。

 

「…あいつ」

 

天文部の友人から借りた、中々に精度の高い望遠鏡を用いながら、

 

「やっぱり、あの一員か」

 

水原暦は、呻くように呟いた。

 

目撃者の多くから残骸扱いされていたその者は、
火花の残滓と煙を浴びつつ、殺戮の使徒となっていた。

 

「またきやがった」

 

悪態と共に空へと向けられた砲が火を吹く。
数秒の後に炸裂した弾頭が犠牲者の残骸をぱらぱらと地に落す。
鉄の飛翔体に宿った恐るべき威力は、太古に君臨した大空の覇者さえも木っ端微塵の群体に変えていく。
車の周囲に、殺戮と破壊の乱舞が構築されていた。

 

「何でロケランがこんなにあるんですか」

 

車の振動で物騒な音を立てつつ揺れる銃火器の山を見ながら、呟くように竜馬は訊いた。
ロケランという言葉を使ったのは、傍らの少女が「はい、新しいロケラン」、
「ロケラン一丁上がり!」などと言いつつ、
物騒極まりないことに鼻先にその弾頭を押し付けてくるので、
何時の間にか脳に刻まれてしまったからだった。
尚、先の質問の解答に関しては、あまり期待していないようだった。

 

「ロケット花火とか好きだから」
「誘爆したら車が消し飛びますよ」

 

その程度で済むわけが無いが、危機を伝えるためにピンポイントで説明した。
回りに被害が及ぶと言っても、この人は自分は生き残るだろうと思う人種な気がしたからだ。
取り返しのつかないことをやることも大好きなように感じた。

 

それにしても異常な量だと、竜馬は思った。
既に5本の砲を使い果たしたが、まだ2~3本ほどが助手席に刺さっており、
その周りには、最早、群体生物にさえ思えるほどに絡まり、重なり合った銃火器が山を成している。

 

「(このまま放って置けば、何か生まれんのかね)」

 

その様子が、生物の臓物か筋組織と骨格のように見えたらしく、竜馬はそう思った。
現在、竜馬はほぼ車体に張り付いての迎撃を行っており、武装の運搬役は主に智が行っている。
神楽はというと、

 

「ごほっ、うぐっ、ごぁああ……」

 

と、本来は快活かつ可憐さを備えた声を悲鳴に近い嗚咽に変えてむせ続けていた。
というのも、周囲で巻き起こる破壊の副産物たる煙が
窓から侵入し、彼女を直撃し続けているせいであった。
竜馬は慣れているので耐性があり、ゆかりは窓を開け、
更に冷房を最大にして無理矢理煙を己から引き剥がしている。
そして智に至っては竜馬を盾にすることで煙を交わしている。
結果、竜馬で遮蔽しきれなかったものと前列から追いやられた煙が神楽を直撃することになっていた。
どうにかしてやりたいとは竜馬も思ったが、位置的にもどうしようもなかった。
実際は、神楽側の窓を開ければある程度は解決したのだが、そこまで気は廻らなかった。

 

そこに、再び高周波を伴う叫びが鳴った。

 

「はい」

 

タイムラグは殆ど無く、竜馬に武器が手渡される。
先ほど竜馬が生物に見立てた部分で言う、心臓に当たる部分の担っていた物だった。
受け取ると同時に、鋭い犬歯でピンを抜き、遥か上空へと放り投げる。
汗による仄かな塩味を口に感じた頃、投擲された手榴弾はその身を炎に変えていた。
胴と嘴を分断された翼竜は、最期の抵抗か車へと頭部を落下させたが、
それを少年は許さず、激突の寸前に左の裏拳でその肉塊を薙ぎ払った。
目玉が潰れ、左右に20センチ以上も嘴をずらした頭部は、
弾き飛ばされた先の外路壁に激突した。

 

「おー、凄いな。一撃必殺ってやつ?」

 

肉と皮と、骨を潰しながら壁面に減り込み、ずるりと落ちた骸を見て、智が言った。
楽しげ、且つ誇らしげな口調だった。

 

「殴ったのは屍骸だけどな」
「なんだ。じゃあちょっと凄みが減ったね」
「なんだよそれ」
「アレ、大体私と同じくらいの大きさだね」
「寝覚めの悪いことを言うんじゃねぇ」

 

殺戮の手を止めると、竜馬は全身に痺れが回るのを感じた。
どうやら、あの銃火器の出所は、これではっきりしたようだ。
彼の身を蝕みつつ守っていたのは、製作者が、
螺子の一本から弾丸の一発に至るまで込めた、莫大な狂気に違いない。

 

「あんたら…修学旅行じゃねぇんだぞ」
「ごめんごめん。つい花咲いちゃった」
「咲いてねえだろ」

 

少なくとも、破壊と殺戮の花は咲き乱れていた。
竜馬は、今時の修学旅行はこういう雰囲気なのかと思っていた。
挙句の果てに、まともな神経なら絶対に楽しくないに違いないと、
勝手な誤解をするにまで至ってしまっていた。

 

この武器群は、使用者を高揚させる何かがあった。
狂気による酩酊感とでもいうべき感情が、
敵対者の破壊を使用者に見届けさせる度に、手元から脳髄へと駆け上がっていく。
竜馬としては、慣れかけたようなもので、感情の制御はできているようだが、
もしも慣れない者が使えば、それは麻薬よりも危険なもので、脊髄と脳を蝕むだろう。

 

「ったく、トカゲどもめ。あたしの車返せっつうの」

 

この状況でこの女性が己を貫いているのも、
恐らくこのおぞましい武器を使用したことによる影響だと、竜馬は断定した。
でなければ、こんなに順応できるものか、と。

 

再び身を乗り出し、竜馬が周囲を見渡す。
周囲は残骸が散乱し、大気は黒煙にまみれている。

 

「戦後みたいだね」
「戦後だけどな」

 

ゆかりから返されたその言葉に、智はデジャヴを感じた。
いつだったか、聴いた言葉だった。
確か、購買部で上級下級・教師の区別無く他人を蹴散らし、
パンを買っていたときに、背後で友人たちがそんな言葉を交わしていた。
竜馬はというと、空を見渡しながら学校のほうを見据えている。
遥か遠くに、先ほど会話した女性を見つけ、
その視線が(少なくとも竜馬の方は)合うと、彼は軽く会釈した。
相手方の表情に困惑の色が走ったのは、言うまでも無い。

 

「やっと一息つけるな。おい神楽、今どこらへん?」

 

なにかおかしい気がしたが、竜馬は気にするのをやめた。
隣の智は、「んん~~」っと猫のように背伸びをしている。
本当に一息ついていた。
そして問いの内容は、どこに行けばいい、ではなく、今どこに自分たちはいるときた。
振られた方としては、最上級に困る問いかけだった。

 

「…こ」
「何言ってんだお前。お姉さんに話してみ」

 

ぜぇぜぇ言いながら頭を抱える神楽の手が、這い寄るように近付いた智の左耳を引っつかんだ。
彼女が「痛ぇ!!」と叫ぶ前に、神楽は大きく息を吸った。

 

「ここだよ!!ここ!!」

 

エネルギーが蓄積していたのか、凄まじい声量だった。
先ほどまで銃火器を振り回していた竜馬すら、一瞬だがぎょっとしていた。

 

「って、ああもう少し過ぎちまった!先生、ちょっと戻って!」
「あいよ」
「真っ直ぐって言っただろ!先生!人の話聞いてくれよ!!」
「え?むせてたじゃん」
「お前の肩叩いただろ、智!!何度も!何度も!」
「あー、重いの持ってたから麻痺してた。私ってこう見えて神経は繊細だからさ」
「お前がそんな上等な神経の持ち主か!!」
「仕方ないじゃん、感じなかったんだから」
「かっ…変なこと言うな!!」

 

何やら、勝手に話が始まった。
恐らく、到着するまで続くだろう。

 

「疲れるでしょ、こいつらといると」

 

竜馬が束の間の休息を謳歌していたところに、ゆかりが声をかけた。

 

「まぁ、こんな連中をまとめられるのも私の手腕があるからよ」

 

性格に問題ありだというのは智の談だが、
多分それは彼女の隣にある物どものせいだろう。
独り身だというのは、なんとなく分かったが。
ブロンドヘアーの中々の美人さんだが、並の男では御せられないのだろうと。

 

そんなことを竜馬が考えているうちに、車は停車した。
山の斜面の一角に、白いシートで覆われた箇所があった。
町外れ、そんな言葉が正しい場所に、それはあった。
建築中の、建物か何かのようだった。

 

「おし、これだな。じゃお前ら降りろ」
「え?」

 

「え?」と返したのは竜馬である。
『ら』とはどういうことなのか。
聞き間違えだろうと竜馬は思った。
先ほどから、鼓膜が酷使されているせいだと。

 

「おい智。まだ話は終わってないからな」
「はいはい分かった分かった。ん?竜馬は降りないの?」
「降りるよ。俺は」
「あんたも、よ」

 

聞き間違えでは無かったらしい。
なし崩し的に、三人は車から降ろされた。
その様は、おぞましくシュールだった。

 

「あの、なんで二人も」
「え、いや。こういうのって、そういう展開じゃないの?」
「何がですか」
「大人は大人でやることあんのよ。ガキは邪魔にならないように隠れてな」
「危ないと思うんですが」
「大丈夫よ。あんたがいるし」
「んなムチャクチャな」

 

少なくとも、会ってから僅かな時間しか経っていない人間に託すことではない。
しかし、その時間も少ないようだ。
竜馬は、再び地面に足を降ろしたその時から、
足の裏で生じる『振動』に気付いていた。

 

「…分かりました。あの連…学生さんらを」

 

そこで、竜馬の言葉が詰まる。
何と繋げれば良いのか、疑問に思っているようだった。
『学生さん』どもは早速先程の続きをしていた。
ヒートアップしているのか、互いに互いの頬を抓りあっている。
ぐにぐにと、柔らかく張りのある肌が漫画のように伸ばされていた。

 

「『預かる』なんてどう?見て分かったと思うけど、あいつらガキもいいとこだし」
「俺もまだガキなんですが」
「そんなに畏まんなくていいよ。グロい怪我とか死ななければ御の字」

 

畏まってねぇよ、と竜馬は内心で呟く。
恐らく、普段あまり丁寧に接されていないのだろう。
少なくとも、この状況ではしゃぎに近い精神状態にあるこの連中からは。

 

「…まぁ、それが俺ならいいんですがね」

 

戦う者にとって当然、考えられうることを、竜馬は呟いた。
彼にとっては、軽口に近いものだった。

 

「…ナガレくん、ちょっと耳貸しなさい」

 

妙な気配がしたが、逆らっても逃げられなさそうなので、
竜馬は大人しく従った。
首肯に近い形で顔を近づけると、頭部で『ポカン』と間抜けな音が鳴った。
緩く握られた拳が、彼の頭を叩いていた。
痛みは薄い。
しかし、妙に重さを覚える一撃だった。

 

「ガキのくせに、死ぬの生きるの簡単に言うんじゃないわ」

 
 

気に入らない、その声はそう告げていた。。

「少年。あんた、もしも心臓をエグられたらどうなる?ここをぐいーって掻っ捌かれて」
オーバーなジェスチャーと、やや恐ろしげな表情を交えて、ゆかりが竜馬に問うた。

 

少しだけ時間を置いて、やや真剣な表情で思惑を浮かべ、二度三度と頷いた後、

 

多分、死にます」

 

と、竜馬は応えた。
多分、という言葉と即答ではなかったことにゆかりは少しの疑問を感じたが、
それは無視することにした。

 

「なら、あんま無茶するんじゃないわよ。強いみたいだけど、あんたは普通の人間なんだから」

 

普通という言葉に、思わず竜馬は苦笑したくなった。
場所と相手が違えば、大いに笑っていたかもしれない。
そんな言い方をされるのは、一体何時以来だろう。
もしかしたら、生まれて初めてかもしれなかった。

 

「努力しますよ」
「努力じゃ駄目だ。結果出せ」

 

強引だが、尤もな言葉だった。
存外に優秀な教師ではないかと、竜馬は思った。
少なくとも、彼が昔に通っていた学校の教師とは大きく異なっている。色々と。

 

「つまり死ぬなってことよ。あんたが死んだら、少なくともあの連中も死ぬわよ」
「…分かりました」

 

すぅっと、竜馬は息を吸った。
咽喉の痛みを、今になって思い出していた。

 

「あいつらは、絶対に死なせやしません」

 

それは、確かな決意の顕われだった。

 

「うん、ならそれで良しとしておこう。そんじゃ、行ってらっしゃい」

 

少し深めにこうべを垂らし、竜馬は白いシートの中へと消えていった。
僅かに開いたその先から、

 
 

「うわぁ!すげぇ!!」

と空気の読まない声が聞こえてきた。
どうやら、既に進入しているようだった。

 

「凄いというか何というか、面白い連中ね」
竜馬の姿が消えてすぐ、かつて彼がいた場所に、白衣の女性が座っていた。
どのような偶然か、周囲は熱が渦巻いているのに、
開いているドアから入ってくる煙も空気も、何故か冷気を纏っていた。
その女性の、声色のように。

 

「近くにいたなら言いなさいよ。鬼娘。っていうか、どっから湧いた」
「あらかた片付けたわ。というよりも、一番大きくても、さっきの角竜だけだったみたいね」
「なにそれ。拍子抜けするわね」
「多分、収容したか様子見だったんでしょう」
「ふうん。まぁ、こっちとしては命拾いしたからいいわ」
「そうね」

 

隠そうともせず、どことなく残念そうな口調で女性は言った。
ゆかりの方は、軽く「けっ」と呟いた。無論、相手によく聴こえるように。

 

「でも、何かあったら監督責任を取られるのはあなたじゃないの?」
「証拠物は、私のじゃないし」
「ある意味、誘拐に近いと思うのだけれど?」
「いや、勝手に着いて来たから乗せただけ」
「だったら、こっちの方に回して欲しかったわ。
 あぁ、お友達なら元気よ。少なくとも今は」
「じゃあ大丈夫だわ。あいつ、体育会系だし」
「貴女って、悪い人ね」
「言われたくないわ、この小娘が」

 

バックミラー越しに、女性の笑みがゆかりの眼に映り、
ゆかりの笑顔はサイドミラーによく映っていた。
女傑という存在の手本に出来そうな表情が、彼女らの顔に宿っていた。

 
 
 
 
 
 
 

つづく