ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(4)

Last-modified: 2014-02-20 (木) 10:30:46

ゲッターロボ+あずまんが大王 第8話-(4)-

 
 

「何でお前らまで来るんだよ」
「なんでというか…」
「降ろされちゃったし」
「………(疑問とか持たなかったのかね)」

 

互いの声がそれなりに大きいことと、この場の環境が会話を可能にさせていた。
彼らは今、細い通路を走っていた。
炭鉱然、とでも言うような山の斜面に設けられた簡素な入り口から、
四方を簡単な支柱で支えられた岩や土の洞へ、そしてしばらくした後の、
四面が金属光沢と確かな足取りを伝える滑らかな通路へ。
高さは、身長約174cmの竜馬よりも頭二つ分程度高く、およそ2m少々といったところ。
幅は約3m程度。その大きさを、竜馬は「丁度こいつ等が縦に並んで寝転がったぐらいだな」
と見て判断していた。尚、神楽の身長は156cm、智の身長は154cmである。

 

「今戻っても危なそうだしな」

 

走りつつ、神楽は竜馬に言った。
確かにその通りである。
彼女らを降ろした女教師の性格上、もう既に車は無いと思った方がいい。
それならば、町に上がるよりもこのまま行った方が無難だと神楽は思っていた。

 

「…まぁ、そうだな」

 

竜馬は、ここが全く安全である気がしなかった。
彼自身、こんな場所を全く知らなかったということもある。
それに、事実上の拉致をされた後に待つものは(いいことがある拉致ということ事態異常だが)
ろくでもないことであると、彼は経験上知っている。

 

「おい滝野、生きてるか?」

 

ペースは落さず、竜馬は首だけを後ろに回した。
自分(竜馬)→→神楽→→→→智となっていることが分かった。
矢印一つで、1mと思ってもらえればいい。

 

「ああ!!なんとかな!!!」

 

死ぬほど元気そうな声だった。
言っている間に、また二人から離れつつあったが。

 

「ところでお前、何持ってんだ?」

 

今までどこに隠してたんだ、という意味もある言葉だった。
ぜぇぜぇ言いながら走る智の左手が、何かを掴んでいる。
薄暗い中で見えたのは、灰色に近い白色の布の切れ端のような物だった。
それが智の手を介して肩に回され、背中から時折ちらちらと膨らみの
断片を覗かせるところから、何か袋を背負っていることが分かった。

 

「気にするな!あとのお楽しみだ!!」

 

嫌な予感と、期待が竜馬の中で渦巻いた。
この際、使えるものはなんでも使おうと思い始めていた。
当然、嫌な予感の方が遥かに強い。

 

「重いんなら持ってやろうか?」

 

返ってきた声が叫び声に近いものであったためか、
敬語を使い続けていたことの反動か、
竜馬の口調にからかいの要素が加わっていた。

 

「私とセットならいいぞ!運び方は」
「分かった、頑張れ」
「車で見てたけど、お前ら似てるな。何かは分からないけど」

 

経験が無かった訳ではないが、突っ込み役に回ることに
神楽は新鮮な何かを感じていた。
また、咳き込みつつも様子は伺っていたらしい。

 

「もう背負えねぇぞ。ちとヤベぇからな」

 

ヤベぇのはお前だと神楽は思っていた。
包帯を剥かれた彼の怪我の具合は、走るどころか歩くことすら出来そうに無いものだった。
そして、彼の肉体―筋肉の付き方にも並々ならないものを感じていた。
水泳部の連中と比べても、至る所を朱に染めていたとしても、
実に作り込まれたカタチをしていたのを、彼女は覚えている。
身体能力に純粋な興味を持ち始めていた。
一体、何をどうすればここまで強くなれるのかと。
そして、男の半裸をまじまじと見ていたことを思い出した
初心な少女の心は、頬の紅潮と体温の上昇という形で肉体に作用していた。

 

「(トレーニング法とか、終わったら聞いてみようかな…)」

 

尚、彼がやばいと感じた怪我の具合ではなく、足の下から伝わってくる振動にあった。
時間は、刻一刻と迫ってきていた。
そして、学校の方も気になっていた。

 

しかし、これ以上は速く走れなかった。
既に同年代の連中の中でも上位のレベルのスピードで走っていたが、
この程度は彼の中では余所見をしながら怠惰に行う散歩と大して変わりない。

 

それが現状では体力の消耗を感じさせるものになり、
動かす度に、痛みと筋の引きつりいう形で彼を苛んでいた。
また、この二人も置いていくわけにもいかなかった。

既に、視線は前へと移っている。
通路の切れ目が、間近に迫っていた。

 

この状況下で、何があるのか。
彼はなんとなく分かっていた。
何故か、不安と嫌悪感は無かった。
寧ろ、高揚すら感じていた。

 

「(やっぱ、逃げられねぇってことか)」

 

皮肉めいた、たちの悪い冗談を悪友から言われたような、そんな気分だった。

その視界に、何かが映りこんだ。

通路の先より這入り込む光を、その影は遮っていた。

 

「伏せろ神楽ぁ!!!」
「っ!」

 

反射的に頭を抑え、倒れ込むようにして神楽は床に伏せた。
彼女の運動神経と、異形たちの侵略の中で生き残ったために身に付いてしまった
迅速な退避行動だったが、それを成し得させたのは竜馬の叫びであった。

伏せつつ、彼女は見た。
光を遮る者の姿を。

それは、壁面に手を伸ばしていた。
神楽の顔があった場所を通過したそれは、壁の鉄板を貫きその一角を歪ませた。
音も無く引き抜かれた先端は、黄ばんだ歯のような色をしていた。

 

シルエットは、ヒトガタをしていた。
薄暗い中で、何かがのたうつ。
それは、ヒトガタの背後で蠢いている。
しゅうしゅうという、蛇のそれに近い呼吸音が彼らの鼓膜に届いた。

 

「クワァッ!!!」
「うるせぇ!!!!」

 

忌々しい叫びと雄雄しい怒号が、爪と拳が交差する。
爪は彼の頭髪を僅かに落としたが、彼の拳は、襲撃者の頭部を捉えた。

 

「っ!?」

 

驚愕の色を含んだ息が零れる。
それは、竜馬の口から生じていた。
捻じ込んだ拳から、異様な感覚が脳へと伝わっていた。
そこに、一条の肉の鞭が迫った。

 

「ちっ…」

 

彼は、右腕でそれを受けた。
残る左手も、右腕を支えている。
先ほど殴打のために振るわれたのも左手だった。
その甲の包帯が、抉れていた。
内側にある肉が、僅かに鮮やかな紅の断面を覗かせている。

 

「智!急げ!!」

 

神楽が叫んだ。
私達は邪魔になる、とその声は告げていた。

右腕を基点に全身に広がる激痛の中、彼は見た。
受け止めた尾の先端の、金属の光沢を。

 

「トカゲがっ!!」

 

ぎりぎりと、異形の力が込められる尾を、竜馬は現状で出せる限りの渾身の力で振り払った。
襲撃者の身体が薙ぎ払われ、壁面へと叩きつけられる。
その反対側を、智は駆けていった。

 

壁面に埋まっていない方の眼がぎょろりと動き、
自分の姿を中に写していたことに、彼女は生理的な嫌悪感を覚えたが、構わずに走った。
彼の邪魔には、なりたくなかった。

 

彼女が走り抜けた刹那、智を怯えさせたその場所に、再び竜馬の左拳が飛んだ。
竜馬の拳によって、壁面には洗面器大のクレーターが生じた。

 

しかし、僅かな鱗だけを許し、異形は壁から滑り抜けていた。
その動きの中で、尾が独立した生物のように異常な動きを示した。

頭部に向けて去来する切っ先を前に、彼は下半身の力を緩ませた。
怯えたのではない。
戦うために、である。

 

「ぅるぁあ!!!」

 

獣の声帯を通る空気は、こういう音を孕むのかもしれない。
恐ろしい唸りとともに、弛緩した右足に力が籠もり、
襲撃者の腹に蹴りとなって叩き込まれた。
足の先が、肉と鱗以外の感覚を捉え、爪の損壊を告げたが
竜馬は気にせず、更に力を籠めた。
上向きにかち上げられた襲撃者の身体は、電球のいくつかを巻き込んで天井を奔った。

がりがりと鉄と鱗を削りながら壁面にぶつかり、床面をそのカタチに経込ませたが、
一瞬の停滞のみを残して異形は再び竜馬に迫った。

鋭角を備えた指が、竜馬へと迫っていく。

竜馬は、右足の硬直を感じた。
視線を落すと、黒いジーンズの一角に隙間が生じていた。
眼で認識した時に、新しい肉の裂け目と、そこから溢れ出すものに気付いた。

 

「グゥゥアアアア!!!」
「うぐぁっ…!!」

 

束ねられた指が開き、竜馬の頭部へと巻き付いた。
竜馬を拘束しつつ、異形はそのまま回廊を走破し、光の先へと抜けた。

 

「っがぁあ!!」

 

光を浴びると同時に、竜馬は両拳を自らを縛める腕へと放った。
二つの拳が、異形の肉越しに組み合い、挟まれた肉と骨を歪ませた。
拳の接触面が陥没し、押しやられた筋が皮膚を食い破って露出し、骨がそれに続いた。

 

「ガァ」

 

悲鳴にも似た叫びに次いで、大きく振りかぶると、異形は竜馬を投げ飛ばした。
ほぼ同時に、鋭い金属音が鳴り、仰け反る異形の胸部が異常な形状を光に晒した。
その中心には、竜馬の左足があった。

 

ほぼ真上からの踏みつけに近い、強烈な前蹴りで陥没した場所を基点に、竜馬の身体が宙を舞う。
蹴りによって、投擲による力を相殺させていたためか、その軌道は緩やかだった。
もしまともに投げられていたら、壁面や地面への激突による大ダメージは必至だった。
普通の人間なら、一撃で全身の骨と肉を砕かれ、内臓をぐしゃぐしゃに潰されてしまうだろう。

ふらつき、右足を引き摺りつつも着地した竜馬と異形の間には、約10m程の距離が開いていた。

 

「竜馬!」

 

智の声が、竜馬から見て右側で生じた。
かろうじて、りょうま、と聞き取れる、掠れた声だった。
そして智は、傍らの神楽に何かを手渡した。

 

「ガァァァアアアア!!!!!!」

 

口と胸から赤紫の液体を滴らせながら、血塗れの咆哮を上げる異形。

それに雑じって、風を切る音を感じた。
それは、彼へと向いつつあった。
飛来しつつあるそれを、右目で一瞥しただけで、彼はその正体を理解した。

 

「(成る程な)」

 

それは、智から神楽へ、

 

「(お楽しみか)」

 

そして竜馬へと伝わった。
ブーメランのように回転しつつ飛来したそれを、
鎌のように鋭く振られた右手が受け止める。
がしっという、獣に噛み砕かれる骨のような音を立てて、
それは竜馬の下へ『帰り』着いた。

 

大きく開いた異形の両腕の、鎌のような爪を従える手。
貫き、引き裂くことに特化した錐のような歯が密集した口蓋。

一瞬の停滞も無く、それらの中心たる異形の体幹にその切っ先は向けられた。
無骨な鉄の身をもった狂気の塊は、天井から注ぐ光を受け、
どす黒い輝きを放っていた。

異形曰く、ちゃちな武器。
狂人染みた科学者曰く、傑作の一つ。

 

「喰らいな」

 

粘着いた唾液と渇きによるためか、黒く、
えぐい発音とでも言うような声を、竜馬は異形へ与えた。
そして、引き金が引かれた。

 
 

ドワッ! ドワッ!! ドワッ!!

 
 

兇悪な、この世界には存在してはいけないような音が鳴った。
空気が弾け、虚が砕けるような音だった。

引かれたのは一度きりにも関わらず、それは自らに
内蔵した殺意の塊を、断ち続けに3発も吐き出した。

放たれた弾丸は空中でばらけ、鋭利な無数の刃と化して異形の全身に突き刺さっていった。
一発目で、表面の皮膚がずたずたになり、二発目は筋肉と骨をもぎ取った。
三発目の弾丸で遂に強靭な肉体は狂気の奔流に耐え切れなくなり、腕はもげ、
口蓋が引き裂かれ、頭部が内容物と外見の原型も残らず砕け散った。

また、内包された散弾を出し尽くして尚、威力は衰えないのか。
胸部に当った三発の弾丸によって、竜馬に穿たれた大穴はこじ開けられ、
背骨さえも砕かれ、ずたずたになった傷口越しに反対側の景色を露出させていた。

 

文字通りの肉塊となった異形から生じた、液体を舐め啜るような水音に雑じって、
からからという金属音が床面で鳴っていた。
やがてそれらは、異形から溢れた赤紫に呑まれていった。

 

「…凄いな。なんだよ、それ」

 

自らが投げたものが成した破壊行為は、グロテスク極まる遺骸の状態を眼にして尚、
武器としての性能に着目せざるを得ない興味を神楽に与えた。
或いは、異形以上の脅威と受け取ったためか。

 

普通のマグナムだよ」

 

そんな訳はあるはずが無いが、妙に興味を持たれても困る。

 

竜馬の知る限りでも最上級の狂気が作り出した傑作品。

 

三連発小型散弾銃であった。

 

よく見ると、真新しい油が差してある事に気が付いた。
量が多く、ややどろっとするほど塗りたくられたそれは、
一目で素人の仕事だと分かった。
先ほど引っ張られた頬が、まだそれと同じ匂いを宿している。
そうか、そうだったのか、と竜馬は理解した。

 

「(礼は、素直に言っておくかね)」

 

ここで、竜馬は自身の身体に宿る力が霧散していくのを感じた。
グリップを握る指は辛うじてその形を保ったが、左の膝は折り曲がり、
呼吸は乱れ、両手はだらりと垂れ下がった。
一呼吸するごとに熱の変わりに、冷気が気道と
包帯の裏側に這入り込み、彼の全身の熱を下げていく。

 

「(筋もやられてやがるのか。情けねぇ)」

 

ただでさえ強烈な反動は、現状の彼に多大な負荷を与えていた。
反動によって生じる手の角度は、今では通常時の倍近くにまで上がっていた。

 

「おい…竜馬…」

 

駆け寄りつつ、その傍らに神楽は立った。
神楽が彼の名前を呼ぶのは、これが初めてだった。
運動部だからこそ、彼女は分かっていた。
竜馬を苦しめるものは、単なる疲労や怪我ではない。
生命に直結するものが、脅かされ始めているのだと感じていた。
手を差し伸べることも躊躇うほど、彼の呼吸は乱れていた。
羽織われていたコートは、異形の投擲を受けた際に、
遂に背中が引き裂けて崩れ、彼から離れていった。
絞り込まれ、一見細くさえ見える逞しい肉体の表面を、
赤と白と、凝固した赤黒が覆っている。
手や肩を貸すにしても、何処に触れてよいのかさえ分からなかった。

 

ふと、智が来ていない事に気付いた。
様子を見ている限りだと、自分を押し退けてでも、
真っ先に来てもおかしくは無いはずなのに。

 

智のもとへと視線を送ると、
彼女は、別の場所を見ていることを知った。

 

その方向に、神楽も視線を這わす。

アーモンド状の、彼女の性格を体現したかのような眼に、それは這入り込んだ。

 

高さも幅も、彼女らの体育館を真横に切り裂いたようなこの空間の奥に、それはいた。

 

智は、魅入られたようにそこを見ていた。
神楽は、自分の動悸が激しくなっていくのを感じた。
竜馬も、その存在に気が付いた。

 

破裂しそうなほど蠢いていた彼の心臓が、どぐりと一際大きく鳴った。
それを最後に、心臓の唸りは鳴りを潜め、呼吸も元に戻っていく。
がたがたと蠢くように震える足も、まるで抑え付けられたかのように
その震えが止まっていった。

 

そして、坂道に垂らした水が自然に流れ出すように、
僅かなふらつきと共に立ち上がった彼はそこへと歩を進めていった。

 

カツリ、カツリと、鈍い銀色をしたタイル状の金属床を
損壊寸前の運動靴で踏む音が、無機質に鳴り響く。

 

歩み進めていく先に、巨大な穿ちが生じていた。
それは、彼らが今いる場所よりも更に広く、
そして深いことは一目で分かった。
闇に染まった天井からは細く長いケーブルが垂れ、その周囲に、
昆虫の節足のような形状をした銀色の機械の束が群れを成してぶら下がっている。

 

その中心に、それはいた。

 

誰がいつ、この場所を構築したのか、何故異形がいたのか。
その全てに彼は答えを持っていなかった。

 

しかし、薄暗く、その全身の大半を暗闇に喰わせつつも、そいつ姿が彼には分かった。

 

「竜馬!」

 

彼がふらりと横を見ると、そこに智が立っていた。
彼女の手には、例の袋が握られていた。

 

「ん…あ、ああ!ごめん、ちょっと待っててね」

 

これを取り出すのに、そんなにがさごそやる必要があったのか、竜馬には疑問だった。
というよりも、どうやればこれが中に入るのか。

彼女が突き出したのは、あのコーラだった。
相変わらず(変わるはずがないのだが)、間抜けな筆記体でその名称が書かれていた。

 

「面白ぇ特技持ってるじゃねぇか」

 

渇き、古傷の浮かび上がった唇を歪めて、竜馬が言う。
彼は笑っていた。

 

「ありがとよ」

 

真っ直ぐ天井を向き、がばっと口を開け、口を付けずに食道へ一気に流し込む。
程よく抜けた炭酸の甘みと水分は、文字通り彼の身体に染みこんで行った。
ヘタに量が多いよりも、このぐらいで丁度いい、と竜馬は思った。
飲み終わったそれに丁寧にキャップをし、智へと突き返した。

 

「いや、もういらないよ」
「売るんじゃねぇのか?」
「もうそんな場合じゃないし。よく考えたら買い手も中々いないだろうし」
「そういや、そうだな」

 

「お前ら、何言ってんだよ。こんな状況で」

 

そこに、神楽も歩み寄る。

 

「「確かに(な)」」

 

二人の反応は同じだった。
言い始めも、言い終わりも。
パクるな!うるせえ!というやり取りをしつつ、

 

「まぁ少なくとも。こんな時にこんなコト言ってる連中なんて世界のドコ探してもいねぇよ」

 

と、悪意を含まぬ皮肉っぽい笑いを浮かべて竜馬は言った。

「おおー。そう言われると、誇らしいね。私達がその先駆者ってコトか!」

 

無い胸を張り、智も笑う。

 

「連中とか達って、私もかよ」

 

疲れたように目頭を押さえたが、その口はにいっと広がり、白い歯を見せている。

 

「ああ。運が無かったんだよ」
「まぁ、確かに」
「く…ふ…フフ」
「滝野、お前何、笑ってやがる」
「お前も、似たようなもんだぞ。竜馬」
「へ、そうかい」
「認めねぇったってそうはいかないぞ!そのツラは私がずっと覚えておいてやる!」
「あぁ、そうしてくれ。出来るもんならな」
「竜馬、こいつバカだけど、そういうコトはよく覚えてるんだよ」
「…そうかい」
「…同情するよ。まぁ、もう仕方ねぇから開き直った方がいいぜ?」
「ふふふ!逃げようたってそうはいかねぇからな!」
「誰が逃げるか!!」
「あんた、やっぱ面白いわ。もしかして、ギャグマンガのキャラだったりする?」
「お前にゃ言われたかねぇ!!…くく…!」
「フフ…くふふ…!」
「は…ははは!」

 

それから、直ぐの事。
三人は、ほぼ同時に声を上げていた。
はしゃいでいたと、言ってもいい。
竜馬は、全身の痛みと痺れも気にせず、二人は、疲労と危機感すら忘れて。
それらは、この場に広がり、絶えることが無いように続いた。
時間としては分を少し超えた程度だったが、咽喉元に溜ったような、
心に留まっていたわだかまりを還元していたかのごとく、感情の濃度の高い笑い声だった。

 

底無しのエネルギーを宿した、暴走馬鹿の笑い声。
快活な、運動に青春を捧げている少女の声。
そして、元来彼が持った明るさと人間味が合わさった声。

 

それらは不思議で、不可解で。

 

そして、ある意味普通の光景でもあった。
彼らは、同年代の若者達だった。

 

「はっ…何やってんだろうな、俺らは」

 

彼は、思い出していた。
あの時も、こんな気分だったと。
正確には、近かったというべきか。
絶体絶命の中で、亡き友と飛び立ったあの時に。

 

「じゃあ、俺は行くぜ」

 

毅然とした口調で、竜馬は二人に告げた。
二人にはまだ、笑顔の残滓が残っていた。

 

「…ああ」
「おう!頑張れ!」

 

神楽に次いで、智が言う。
そこに。

 

「あ、そうそう」

 

再び、あの袋をごそごそと漁り始める。
今度は、すぐに見つかったようだ。

 

「はい、これ」
「おい、これは…」
「いいからいいから。そのまんまじゃ風邪引くよ」
「……おう」

 

渡されたのは、男子用の学生服の上着だった。
体育館で、彼が見た連中のものと同じ黒色の、どこにでもありそうな上着だった。

 

「(最近のはボタンが随分小せぇな)」

 

と、どうでもいい感想を抱きながら、ああ、そうだ。と竜馬は加えた。

 

「神楽、こいつは頼んだ。俺らと違ってもうロクに動けやしねぇはずだからよ」
「なんだと!智ちゃんを甘く見る…ん?」

 

言い終えるが早いか、膝ががくっと折れ、ぺたりと膝を、そして尻が床に着いた。

 

「ほれ見ろ。燃料切れなんだよ」
「う、うるさい!あんたに言われたくないよ!この怪我人!」
「まぁ、この調子なら大丈夫だろ。
 危ねぇから、俺が行ったらすぐに奥まで下がってろよ」

 

神楽に目を向けると、神楽はそれに頷きで応えた。

 

「おう。んじゃあな」

 

まるで、下校途中で分かれる時のような言い方であった。

竜馬は制服の襟首を見た。
そういえば、投げて退かした連中の中に一人だけYシャツ姿の奴がいたような気がしていた。
『長谷川』と書いてあった。
不幸な奴もいるもんだと、竜馬は思っていた。
この服は恐らく、返せそうに無い。

 

そして再び、彼は動き出した。
彼女が渡した学生服を羽織い、二人に背を向けて歩き出す。
その輪郭は、ひどく歪んで見えた。
包帯が引き剥げた親指も、本来は爪がある箇所が肉の色を晒している。
恐らく、他の部分も似たようなものになっているだろう。

 

彼が一歩進むたびに、存在が遠くなっていく。
二人は、竜馬がついさっき、ほんの一分足らず前に笑い合っていたものとは、
別の何かに変わっていくような気がしていた。

 

世界が違うような、別の場所から来た、
異なるものであるというような感覚さえある。
彼の存在を否定するような感情が、
何故沸きあがってくるのかは分からなかったが、それを認めるのは嫌だった。
出会ったのがほんの少し前であっても、
共に笑いあった者を、異物のように、化け物のように感じるのは。

 

遂に穿ちの縁まで、彼は辿り着いた。
手摺の無い縁の先に、天井から下がる管と鉄の中心に、
穿ちの中で、それは彼を待っていた。
彼はその様子を、『檻』だと思った。
つまり、中にいるものは、拘束されるに値する存在だということだ。

 

足をがくがくと震わせながら、智は彼に寄ろうとした。
もしかしたら、止めようとしたのかもしれない。
それを、神楽が抱きすくめる様にして抑えた。

 

もうここから先は、彼の世界のようだった。

 

その先にあるものへと向き合っている彼の左腕が、ゆっくりと水平に伸びていく。
末端の手は、拳の形を取っていた。

 

「また、遊ぼうぜ」

 

そして、剥げていた包帯を、器用に巻きつけ、親指を立てた。

 

そのまま振り向かず、彼は「それ」に向って飛び降りた。
背後で鳴った少女の叫びが、竜馬の耳にこびりついた。

 

ケーブルと機械の檻を抜け、中心部へと近付いていく中、竜馬はそれに目を向けた。

 

そいつを見つめる竜馬のぎらついた眼光は、
光を宿さぬ、機械のそれに向けられていた。

 

「よう、兄弟」

 

まるで、悪友に語りかけるかのようだった。

 

彼を背を覆った黒色が、まるで翼のように翻り、
吸い込まれるようにして、彼の姿は、彼が『兄弟』と呼んだ者の胸元に消えていった。

 

そして、煌煌とした二つの光が、闇の中で輝いた。
二人の少女の、その前で。

 
 
 
 
 
 
 

つづく