ゲッターロボ0080 第一話

Last-modified: 2011-09-18 (日) 21:15:15

『アル、いいかい? よく聞いてくれ。
 この包みの中には、俺の証言を収めたテープや、証拠の品が入っている。
 このコロニーが、核ミサイルの目標になった訳を知る限り喋った。
 
 もし、俺が死んだら、これを警察に届けてくれ。
 大人が本当だと信じてくれたら、このコロニーは救われると思う――』
 
 
― ブォン ―
 
 
独特の唸りを上げるヒートホークが一閃、中空で光刃と交錯する。
視界が白色に染まり、直後、パンと言う破裂音を生じ、
あたかも反発しあう磁石のように、20メートル近い二つの巨体がたたらを踏む。
 
「くっ!」
 
力強く操縦桿を握り直し、巨人が大地に踏み止まる。
ジオンMSの特徴的なモノアイがすぐさま律動し、【敵】の姿を追い求める。
果たして正面、モニターにはサーベル片手に佇立する、白い悪魔の姿が映し出された。
 
 
『――本当は直接、俺が警察に自首しようかとも思ったんだが、
 何というか……、そうするのは、逃げるみたいに思えて……
 ここで戦うのをやめると、自分が自分で無くなるような――』
 
 
スラスターを勢い良くふかし、一直線に敵機の胸元に飛び込む。
片や最終調整中とは言え、この戦争の局面すら塗り替えると囁かれた【白い悪魔】の後継機。
片や放置されたジャンクパーツを用い、場当たり的な改修を施しただけの量産機。
両者の差を埋める唯一のアドバンテージは、奇襲の成功による対手の動揺のみである。
強引であろうと無謀であろうと、ここで敵に時間を与える訳にはいかなかった。
 
巨体が激しくもつれあい、荒れた斜面を豪快に滑り落ちて行く。
ぷつり、と、張り詰めた糸の切れる音。
間を置かず閃光、衝撃、爆音がコックピットを包み込む。
相打ち覚悟で仕掛けたハンド・グレネード、その黒煙が、二つの機影をすっぽりと覆い隠す。
 
 
『――連邦が憎いとか、隊長達の仇を討ちたいとか、言うんじゃないんだ……。
 うまく言えないけれども、アイツと、ガンダムと戦ってみたくなったんだ。
 俺が兵士だからなのか、理由は自分でもよく分からない――』
 
 
ビデオ・レターに託した言葉に嘘は無い。
例えそれが、全ての真実では無いとしてもだ。
 
千切れかけた左腕を打ち捨て、煙の中に消えた機影を追う。
時が経てば、こちらの戦力がザク一機のみである事はたちまち露見する事であろう。
いや、そもそもここであの出来損ないに逃げられたならば、作戦を立て直す時間は、もはや無い。
 
敵の行方を捜す内、いつしか機体は森を抜け、連邦の基地の前まで辿り着いていた。
開けた視界の中央で、基地を守るように立ち塞がる標的を捉える。
モニターに映る悠然とした姿からは、先の爆発のダメージを窺う事は出来ない。
 
張り詰めた静寂の中、まるで自分のものとは思えない荒い吐息のみが、コックピットに響き渡る。
血の色に染まった視界の先で、白い悪魔が光刃を構える。
嘘か真か、ジオンのザクを100機以上葬ったと言うガンダムの象徴・ビームサーベル。
 
 
これまでの戦闘で、対手は右手首から先を失っている。
恐らくはバランスを崩すような大振りはしてこない。
構えた刃先を、おそらくは一直線に突き込んでくるであろう。
真っ直ぐに突きだされたビームサーベルと、大きく弧を描いて打ち下ろすヒートホーク。
どちらが先に相手に届くかは明白である。
 
だがここで、回避と言う選択肢は無い。
両機の運動性の違い、互いの得物の特性、そして機体の損傷の度合い。
もしここで一歩でも引いてしまったならば、手にした刃は永久に相手に届かないであろう事を、
状況は如実に語っていた。
 
 
――死。
 
 
『――アル、俺は多分死ぬだろうな。
 その事で連邦軍の兵士や、ガンダムのパイロットを恨んだりしないでくれ。
 彼らだって俺と同じで、自分がやるべきだと思った事をやっているだけなんだ。
 無理かもしれないけど、他人を恨んだり、自分の事を責めたりしないでくれ。
 
 これが俺の、最後の頼みだ――』
 
 
我ながら、良く臆面も無く言ったものだ、と思う。
覚悟はしていたつもりだった、が、実際に刃を突き付けられたこの状況でも、
果たしてあの聖人君子のような、同じ台詞を吐けるであろうか?
 
鼓動が高鳴り、指先が震える。
ともすれば総身を押し潰さんとする恐怖、ゆえに祈る。
使命を全うできるように、最後まで、勇敢な兵士でいられるように、と。
 
立ち込める緊張の中、不意に彼方より、少年の声を聞いたような気がした。
自身をこの世に留めようとする、臆病さゆえの幻聴であろうか……。
 
「うおおォッ!!」
 
未練の全てを振り払い、駆ける。
踏みしめた大地の固さ、真っ直ぐに突き出された左手、ミノフスキー粒子の煌めき。
 
『――もし、運良く生き延びて、戦争が終わったらさ……。
 必ず、このコロニーに帰ってくるよ。
 会いに来る、約束だ。
 
 これでお別れだ、じゃあなアル、元気で暮らせよ。
 クリスにもよろしくな――』
 
衝撃がモニターを突き抜け、高熱と白色の輝きが全てを奪い去る刹那、彼は見た。
火花を散らす大斧の一撃が、対手の首筋を刈り取る様を。
 
それが現実の光景なのか、あるいは自身の都合の良い妄想なのかまでは、ついに彼には分からなかった……。
 



 
―――――――――― 第一話・『ポケットの中の戦争』 ――――――――――
 
 
 
 
 
――バーナード・ワイズマンが再び目覚めたのは、地上から蒸発したはずのシートの上であった。
 
「……うっ」
 
網膜の底にまで焼き付いた閃光。
全身をオーブンに放り込まれたような錯覚にうなされ、夢中で手を伸ばす。
ガチャリ、という音と共に、掌に収まった何かを、精一杯に握り締める。
それが、生死を共にした愛機の操縦桿である事に気付いたのは、更に数刻が過ぎた後だった。
 
「ここ、は……」
 
断末魔の余韻に痺れる体に鞭打ち、ゆっくりと辺りを見回す。
押し並ぶ計器類、真っ黒なオブジェと化したモニター、淀んだ空気に満ちた閉塞感。
 
MS-06FZ、最終生産型ザクⅡ・通称【ザク改】
彼の周囲を圧迫していたのは、馴染みとなった量産機のコックピットの中であった。
 
「これは一体、こいつはもう壊されたハズじゃ……?」
 
兵士の性か、先の死闘の欠片も見出せぬ室内に戸惑いつつも、
若者の指先が、半ば無意識的にスイッチを弾く。
ブゥゥン、と言う唸り声を響かせ、モニターに簡素化されたザクの標本が映る。
各駆動系はオール・グリーン。
武装はヒートホークが1丁にハンドグレネードが12発。
 
「……アルと修理した時のままじゃないか。
 どう言う事だ? 俺は、夢でも見ていたと言うのか?」
 
まとわりつくような不快な空気、汗ばむ額を拭いながら、
ゆっくりと機体の半身を起し、モニターを頭部のモノアイに切り替える。
そして……、
 
「…………」
 
そして眼下には、地獄があった。
  
黄昏と暗雲の入り混じった、血のようにドス黒い空。
巨大な赤子が疳癪でも起こしたかのように、踏み荒らされ倒壊したビル群。
溢れ出たオイルで赤々と燃える河川、オブジェのように捻れ突き立つ兵器の山……。
 
『――クリスマスの夜までにガンダムを破壊できない時は、グラナダの艦隊がやってくる。
 核を使って、コロニーごと吹き飛ばす作戦だ――』
 
真っ白になった脳内に、いつかのエージェントの言葉がよぎる。
いつから自分は意識が無かった?
あるいは核攻撃の予定が早まり、その巻き添えで気を失っていたのではないのか?
 
ぶんぶんと頭を振るい、不安の影を一身に振り払う。
こんなにもあっさりと、最悪の結末を迎えてしまった事、
何より、あの時感じた焼けるような痛み、溢れ出た血の熱さ、踏みしめた大地の固さが、
全て、自身の都合の良い妄想だったなどとは考えたくも無かった。
 
「……そうさ。
 これだけハデにコロニーが破壊されて、この機体だけが無事だったなんて考えられない。
 それに、こいつがあのザクだと言うのならば、手元にグレネードが残っているハズがない」
 
悪い予感を思考の隅へと追いやり、
動作の一つ一つを確かめるように、ゆっくりと、機体を立ち上がらせる。
 
「とにかく、街に行ってみよう。
 もし生存者がいれば、状況が分かるかも知れない」
 
見かけの理性で己をごまかしながら、瓦礫の跡へと歩を進める。
心中に湧く根本的な疑問から目を背け……。
 
――もしこの機体が、少年と直したザクでは無いと言うのなら、
――目の前の廃墟が、サイド6では無いと言うのなら、
 
――この世界は、一体何だと言うのか?
 



 
鋼鉄の灼ける匂いを画面越しに感じながら、廃墟の街を進む。
原型も分からぬほどに打ち砕かれたストリート。
そこかしこに放置された年代の違う兵器の名残は、その破壊が核ミサイルの一撃では無く、
長期間の戦闘によって刻まれた爪痕である事を示唆していた。
 
ならばおそらくは、この町は、彼の守ろうとしたサイド6では無いのだろう。
最悪の予想を免れたバーニィではあったが、吉兆を素直に喜べる心境では無い。
 
通常のMSの規格を遥かに上回る、巨大な腕部の残骸。
機械も肉片もまぜこぜになり赤黒いオイルで染まった運河。
学び屋らしきコンクリートからに突き出した螺旋――これはドリルか?
 
黙示録の1ページを描いたような街並みを、愛機と歩く。
凄惨な世界の中で、ザクが手元に残っていた事だけは僥倖と言えた。
馴染みのシートに座り、モニター越しに見下ろしている分には、地獄に直に触れ合わずに済む。
 
「ぐっ、おおーい! 誰かいないのか!?」
 
見えざる圧迫感を振り払うように、生存者を求め、声を張り上げる。
もっともこの場合は、助けを求めていると言った方が正解か。
 
「おー……ッ!」
 
不意に悪寒が電気のように駆け抜け、再び上げかけた呼びかけが喉元で止まる。
眼前のビルディングの影より、金属的な響きを耳にしたためである。
天の助け、とは思えなかった。
擦れ合う金属の不協和音はさながら断末魔の悲鳴の如く、おぞましさを伴ってバーニィの耳へと届く。
心臓が早鐘のように高鳴り、喉元がヒリヒリと乾く。
ごくりと喉を鳴らし、意を決し、ゆっくりと建物の影を覗き込む。
 
――想像以上の地獄が、そこにはあった!
 
胸元を引き裂かれ、声にならない金属音を上げながら、じたばたと足掻く痩せぎすのロボ。
そんな懸命の抵抗を気にも留めず馬乗りになり、子豚の解体でもするかのように、
金属の臓器を引きずり出す肥満体形のロボ。
 
これが人間同士であったならば、さながら伝奇小説の一場面にでも描かれそうな凄惨な光景……。
いや、ビルディングにも匹敵するサイズの異形が生々しくのたうつ様は、
より筆舌にし難い嫌悪感を伴い、バーニィの胸元を突いた。
 
「チッ、思った通り、ロクなパーツを持っちゃいねぇ……」
 
樽型が吐き捨てるように呟き、尚もカエルのようにピクピクと痙攣する痩せぎすの頭部に剛腕を振り下ろす。
ズン、と言う衝撃が大地を揺らし、ドス黒いオイルが脳漿のように壁面に飛び散る。
静寂が、周囲の空間を包む。
 
「――で、テメェは一体なんなんだ?」
 
「ぐっ……!」
 
ゆらりと巨体が振り向き、ザクの眼前に巌のような影を成す。
身に迫るような威圧感に、思わず一歩後ずさる。
 
――デカい。
20メートル近いはずのザク改の巨体が、相手の腰部にすら届かない。
まるで大人と子供である。
唐突に、60メートル級の決戦用MA建造の噂が酒の席で語られていたのを思い出す。
あの時は下らない四方山話と笑い合ったものだったが、今なら分かる。
その発想は正しい、こんな物が量産化された暁には、その威容だけで連邦を圧倒できる事だろう。
 
「ア、アンタは一体、ここで何を……」
 
「あん、何寝ぼけた事言ってんだ?
 どうせそんなチンケなナリじゃ、テメェの中身も知れてるがよぅ」
 
そう言いながら、樽型は両椀のクローをわきわきとうねらせ……
 
「食後の腹ごなしだ、テメェもミンチにしてやるぜェ!!」
 
そして次の瞬間、風を巻いて猛然とバーニィ目がけて突進してきた。
 
「う、うわあァ――ッ!」
 
バーニィが戦慄する。
MSに倍するサイズのロボが、よもや全力疾走で突っ込んでくるなど、完全に想定外の状況であった。
ここで下手に対抗しようものなら、たちまちに轢き殺されてしまう事であろう。
 
白兵戦は不可能である。
咄嗟に手元のグレネードを前方に転がしながら、機体を仰向けに倒す。
 
――ドワォ!!
 
爆風が間欠泉のように土塊を巻き上げ、痛烈な余波がザク改を襲う。
すかさず背面のスラスターをふかし、爆風に吹っ飛ばされる形で大きく飛びのく。
至近距離でのグレネードの使用は無謀であったが、装甲へのダメージと引き換えに距離を得る事は出来た。
例えこの爆発が通用しなかったとしても、あの巨体である。
前面の路盤さえ砕いてしまえば、この場からの離脱は容易いものと思われ――
 
「クソッタレエェェェッ!」
 
――甘かった。
爆煙を突っ切ったマニュピュレーターが手品のように一直線に伸び、ザクの右肩をガシリと捕える。
 
「死ねやああああああ」
 
「ぐ、う、うわああァ――ッ!?」
 
強大な腕力に引っ張られるままに、深緑の巨体が宙を舞い、バーニィの視界が一回転する。
その余りの豪腕に、肩口のシールドがバキャリと音を立ててひっぺがされる。
不幸中の幸いであった。
スッポ抜けたザクのボディは壁面に叩きつけられること無く、ズシャリと地面に落下した。
 
「フン、手間掛けさせやがる」
 
「うう……」
 
脳震盪を起しかけた体に活を入れ、必死に機体を立て直し、手にした戦斧に高熱を注ぎ込む。
必死に牙を剥きだした獲物を前に、ふへらと、樽型が笑いをこぼす。
 
「おいおい、なんだその可愛いナイフは? それでトマホークのつもりか?」
 
ヘラヘラと笑いながら、樽型が手の内のシールドをめきめきと弄ぶ。
チタン・セラミックの複合装甲がいとも容易くねじ曲がり、鉄ダンゴと化してズシリと落下する。
 
「…………」
 
嘲笑には応じない。
無謀であっても悲壮であっても、退却を封じられたザク改には、他に抵抗の余地が無いのだ。
 
ズンッと、樽型が最後の一線を踏み越える。
 
「うおおおッ」
 
その先を取って、ヒートホークを振りかぶったザクが吶喊する。
 
そして――。
 
『ゲッタアァ――ッ パァ――ンチッ!!』
「うぎょあァァッ!?」
 
無謀なる特攻は、文字通りの横槍で阻まれた。
突如として横合いのビルディングを突き破って飛び出してきた巨大な拳が、
樽型のニヤついた横っ面を張り倒し、瓦礫の彼方までブっ飛ばす様を、バーニィはモニターの眼前で捉えた。
 
「なっ!?」
 
驚いている暇は無かった。
たままちコンクリートをズワッとばかりに突き破り、
これまた非常に巨大な戦車が、ザクの正面に飛び出してきたのだ。
 
――戦車なのにパンチと言うのもおかしな話だが、見たままを語るしかない。
 
バーニィの目の前に現れたのは、やはり既存のMSを上回る赤白黄色の巨体。
蛇腹のような構造の逞しい両椀を備え、両肩に大型のミサイルを背負ったキャタピラ式のロボットであった。
 
「な、なんなんだコイツは!?
 まさかこれが、噂のモビルタンクって言うやつか……?」
 
『おうっ、動けるか? ちっこいの』
 
「えっ? あ、はい!」
 
威勢の良い声の響かせながら、キュラキュラとタンクが背を向ける。
一般にキャタピラは巨大な兵器に向かないと言うものの、
眼前のヘラクレスは不整地路盤はおろか、あらゆる障害を踏み越えていきそうな威圧感があった。
 
『よし、イマイチ状況が掴めないが、この場は手を貸すぜ。
 俺があのデカブツを抑えてる間に、お前はこの場を離れるんだ』
 
「で、でも、あなたは……」
 
『いいから行きな、意気込みはともかく、そのナリでゲッターロボと戦おうってのは無謀すぎるぜ』
 
「ゲッタ……? わ、わかりました!」
 
頼りがいのある声に促されるままに、ヒョコヒョコと戦場を離れる。
程なく、瓦礫の山を勢いよく吹き飛ばし、樽型が何事も無かったかのように顔を上げる。
 
「随分とカッコつけてくれるじゃないか、ええ、骨董品風情が。
 上等だ、先にテメェからスクラップにしてやるぜ!」
 
『……たくっ、インベーダー野郎の次は出来損ないのゲッターか。
 いいぜ、来いよ、本当のゲッターチームの戦い方を見せてやる!』
 



 
――戦いのゴングが、彼方より鳴り響く。
 
ぶつかり合う衝撃が一撃ごとに大地を揺らし、爆音が遠く離れたバーニィの下にまで轟く。
おそらくはこれがタンク乗りの言うところの【ゲッター】の戦いなのだ。
ビリビリと操縦桿ごしに伝わる振動が、若者の心臓をじりじりと焦がす。
 
「くそ、こんな世界で、一体俺はどうすりゃいいんだ……?」
 
ぐるりと辺りを見回す、そこは彼の知らない世界。
MSの力が、彼の常識がまるで通用しない世界。
 
一体何ができるものか?
周囲には、彼の駆るザクよりも遥かに強大な、兵どもが夢の跡。
彼方を見上げれば、摩天楼の上にシュールに突き立つ常識外れなサイズの斧――。
 
「…………」
 
不意に脳裏をよぎった煌きを、ぶんぶんと頭を振るって打ち消そうとする。
 
「……何を考えているんだ、出来るわけがないじゃないか、そんな……」
 
この世界で彼に、力無きMSに出来る事などない。
無謀な勇者きどりの行動は、自身の死を早めるのみならず、
あの親切なタンク乗りの身すら、危うく巻き添えにする可能性があるだろう。
ここはあの男の言うとおり、素直に逃げる事こそ最善なのだ。
バーニィ自身、頭ではその事は分かっている。
 
だが……
 
『バーニィ、アイツを倒せる?』
 
胸元がじくりと疼く。
唐突に、胸中に溢れ続けている焦燥感の正体に気付く。
 
かつてサイド6で対峙した、あのガンダムだ。
死ぬ気で戦場に舞い戻り、必死で作戦を立て、己が命を賭して刃を重ねた。
だが、生き様を賭けたはずの戦いの、その決着は付かなかった。
あるいは勝敗に気付いていないのは自分だけで、本当はここはもう、地獄の一丁目なのかもしれないが。
 
ともあれあの時、不完全燃焼に終わったままの闘争心がじりじりと沸き立ち
尚もその身を焦がし続けていたのだ。
 
「――アル、俺は……」
 



 
「このォクズ鉄が、手間取らせんじゃねぇ!」
『オオッ』
 
巨大な腕が絡み合い、ブースターが大地を軋ませ、ギリギリと金属が擦れ逢う。
さながら互いの手足を喰らわんとする、鋼鉄の蛸同士のレスリング。
上になった樽型が片腕を振り解き、不自然な姿勢のままでそこかしこを殴り付ける。
タンクが頭突きを浴びせ返し、再びその手にまとわりつく。
強大な力の均衡はしかし、地力で勝る樽型に傾きつつあった。
 
「コイツで終わりだ、潰れちまえやァ!!」
 
『ちィッこのデカブツ!』
 
樽型が背に負ったミサイルを引き抜き、両手で高々と振り上げる。
そうはさせじと、タンクが両腕を絡めそれを抑える。
 
「このォ、往生際が……」
 
こつん、と、空から落ちた礫の一つが、ミサイルの表面を叩く。
思わず闘争を中断し、二つの巨体が天を仰ぐ、刹那――。
 
――ズワォ!!
 
と、摩天楼の頂部で爆発が巻き起こる。
ズズ、と緩やかに崩れ始めた瓦礫に交じり、一際大きな物体が落ちてくる。
両刃の大斧、夕日を浴びて輝く金属の刃は、あたかも磁石に吸い寄せられるかのように、
重力に逆らい両機の上部目がけて軌道を変える。
その柄にすがるように取り付いているのは、モノアイを煌かせる緑色の蛸頭――。
 
「あ、アイツ……ぐっ!?」
『へへっ、あの野郎、やってくれるじゃねえか!』
 
一瞬早く我に返ったタンクが車体を跳ね上げ、樽型を振り落とす。
すかさずキャタピラの生えたサンビストのような鮮やかな動きで後背に回り込み、対手をアームでからめ捕る。
 
「は、離しやがれ!?」
『チビスケェ、獲物はここだァ、ミサイルには当てんなよォ!!』
 
 
「うおおおおォォ――ッ!!」
 
 
裂帛の気合を込め、スラスターの出力を上げる。
柄の長さだけで機体の5倍はあろうかと言うこの鉄塊を、振り被る事などもちろん叶わない。
ただ一撃、高度をそのまま速度に変え、相手に叩きつけるのみだ。
ジオン量産機の傑作が、勢いのままに一条の弾丸と化し――。
 
「やめ――」
 
――ドワォ!!
 
と、悲鳴を上げる樽型の脳天を、唐竹割りに断ち切った……。
 



 
「オゥ、生きてるか、ちっこいの?」
 
「…………」
 
再び気が付いた時、バーニィのザクはタンクの腕に、幼子のように抱えあげられていた。
恐らくは、地面に叩きつけられる前に受け止めてくれたのだろう。
そうでなければ、自分も愛機も、無事では済まなかったハズである。
 
「……ミーシャ?」
 
タンクの左肩に胡坐を書いた男の姿に、バーニィは咄嗟に、かつての同僚を思い出した。
だが、視界が鮮明になるにつれ、過ちに気付く。
遠目に見たタンクのパイロットは恰幅の良い体型こそ似ていたものの、東洋人らしい黒髪であり、
逆境に隠れていた顔立ちも、彼の知るパイロットより、遥かに若いハリがあった。
 
強いて思い違いをした原因を探るならば、男の纏う空気であろうか?
使い込んだ深緑のツナギに、自信に満ち溢れた鋭い眼光、口許に浮かべた不敵な笑み。
男の全身から発する叩き上げの軍人らしい強かさが、
かつてバーニィが所属していた特務隊の兵士達を思い起こさせるのだ。
  
「しかし、最初に見たときから危なっかしい奴だと思っていたが、こりゃ竜馬以上だな。
 こんな機体で、あのデカブツに特攻を仕掛けようなんざ……」
 
「……ザクです」
 
「なに?」
 
ギリギリと悲鳴を上げるハッチを押し上げ、男と顔を突き合わせる。
オイルと血風の入り混じったむせるような空気が鼻を突く。
 
「MS-06FZ、最終生産型ザクⅡ・通称【ザク改】、こいつの名前です。
 ナリは小さいですが、扱い易い良い機体ですよ」
 
「……ああ、そうだな、いいロボットだよ、コイツは」
 
「あの……、俺は、バーナード・ワイズマンと言います。
 えっと、うまく言えないんですが……」
 
と、しどろもどろに口を開いたバーニィの前に、男が左手をかざす。
 
「分かってるよ、いきなりこんなワケの分からねぇ世界に放り出されて、途方に暮れてるんだろ?
 ……実は俺も同じクチよ」
 
「へ……?」
 
ポカンと口を開けたバーニィの前で、ふへっ、と男が苦笑を漏らす。
 
「俺は巴武蔵、このゲッター3のパイロットだ。
 しばらくは共同戦線と行くか、よろしく頼むぜ、バーニィ」