ゲッターロボ0080 第三話

Last-modified: 2011-10-30 (日) 13:51:49

「この、化物どもがッ!」
 
咆哮と共に、強大な鋼の豪腕が、さながら鎖付きのハンマーのように唸りを上げ、
正面の機械人形を力任せに薙ぎ払う。
圧倒的な質量を前に、チタンセラミックの複合装甲がいとも容易く両断され、
中空で破裂し、どす黒い肉の花を咲かせる。
 
だが、ゲッター線に巣食い、周囲の物質を取り込んでは独自の進化を繰り返す、
【インベーダー】たる異形の生物にとって、金属の外装は仮の宿に過ぎない。
依るべき定型を失って尚、肉片はしぶとくのたうちながらゲッター3にまとわりつき、
その動きを絡め取らんと律動する。
 
同時に、後背のメタルビーストが、肘先より同化した90mmマシンガンを乱射する。
至近で打ち放たれた火箭が炸裂し、ゲッターの強固な装甲を容赦なく穿つ。
 
「ぐぁ、っの野郎ッ!!」
 
目一杯にペダルを踏み締めながら、足元の肉塊をすり潰し、遠心力のついた左腕を強引に振り回す。
物言わぬジムコマンドの頭部がマシンガンごと宙に舞い、鼠花火のように銃弾の軌跡を描く。
 
「ハァ……、ハァ……」
 
大きく呼吸を整え、武蔵が周囲の状況を見渡す。
足元の肉片は真っ黒な汚泥のようにてらてらとキャタピラを捉え、
四方を取り囲んだ連邦製のメタルビースト達は、あたかも武蔵の疲労を推し量るかのように、
じりじりと包囲の輪を縮めつつあった。
 
「チッ!」
 
じわりと蘇る苦い記憶に、武蔵が短く舌打ちする。
このゲッターがもしも3人乗りであったならば、小回りの聞かないキャタピラは諦め
即座に変形に移るべき場面であった。
だが、周囲を銃口で囲まれた状況で、マシンの自動制御を頼りに変形を敢行するのは無謀に過ぎる。
徐々にであるが、均衡は数に任せた異形の群れへと傾きつつあった。
 
『シュアアアァアァァッ!!』
「ぐっ!?」
 
仇敵の逡巡を察知したか、突如として足元の泥中より鉤爪がすらりと伸び、
ゲッターの両肩を抑えに掛る、合わせて左翼の一体が、ビームサーベル片手に一足飛びで迫る。
 
『ショギュアァ……』
「!?」
 
―― ドワォ!! ――
 
異形の絶頂とも言うべき咆哮は、突然の爆発音の前に遮られた。
予期せぬ後背よりの砲撃を受けたインベーダーが、火ダルマとなって大地をのたうつ。
 
反射的に武蔵が上空を仰ぎ見る。
スラスターを勇ましくふかし彼方より迫るは、
いかつい胸甲と一本角のようなレーダーが映える鋼鉄の青鬼。
遠目にも数多の火器を搭載したそのロボットは、武蔵にとっては初見であったものの、
スラスター用に裾の広くとった脚部や、何より見覚えのある特徴的な真紅の単眼。
それらが意味する所は明白であった。
 
「アレもザクの仲間……、だとしたら乗っているのはバーニィか」
 



 
 
―――――――――― 第三話・『虹の果てには?』 ――――――――――
 
 
 
「このォ、ムサシさんから離れろ!」
 
―― ドゥ!! ――
 
上空よりショットガンを構え、2度、3度と打ち放ちながら降下する。
散弾の雨が広範囲に降り注ぎ、差しものインベーダーも、水が引いたように
にゅるりとその場を引き上げる。
 
「バ、バカ野郎! 何てぇ事しやがる!?」
 
「どうせゲッターの装甲に、散弾なんか通用しないでしょう?
 ムサシさん、とりあえずこの場は急いで変形を」
 
そう一言交わすと、ケンプファーは腰だめの形でホバー走行に移り、
メタルビースト達の間を器用に抜けていく。
元より知性より本能、とりわけ凶暴性の高いインベーダーである。
たちどころにゲッター3の囲みを解いて、小癪な乱入者を追って一目散に走り出した。
 
「バーニィ、変形までの時間を稼ごうってのか……だが!」
 
にゅるり、と再び足元のスライムがうねり、定型をとってケンプファーを追撃しようとする。
その生え揃った両足を、ぐわっとゲッター3の武骨な指が鷲掴みする。
 
『ギャギャ!?』
 
「へへ、けどよ、テメエにだけはキッチリお返しさせてもらうぜ。
 どうりゃあァッ!! 大・雪・山 おろしいイィィイイィ―――ッ!!」
 
蛇腹のような大型アームを全身に巻きつけ、捻りを加えながら上空に投げ放つ。
巻き上がる両腕が竜巻となり、成形したばかりの怪物を千々の肉片に引き裂いていく。
 
「オープゥン、ゲーット!!」
 
ドス黒いミンチを弾き飛ばし、三台のゲットマシンが上空へと舞い上がる。
ベアー号からの誘導で三台が直線状に並び、後背より突き上げる形でドッキングする。
機体より余剰エネルギーが稲光となって迸り、増殖するチップが直ちに両腕の骨格を形成する。
逞しい脚がズドンと飛び出し、全身が徐々に人型を成していく。
 
「チェーンジ! ゲ……」
  

―― カッ ――
 
 
変形が成功し、深紅の巨体が誕生したかに見えた刹那、一条の閃光が天空を駆けた。
高熱の光がゲッターの脇を走り抜け、連結が未熟だった左腕が肘先より熔断し、ズシャリと大地に沈む。
 
「なッ!? ゲッタービームだと!?」
 
ウェイトバランスを失ったゲッター1を突き上げるかのように、尚も追撃の光が放たれる。
それは、ただのゲッタービームでは無かった。
先の左腕を吹き飛ばした一撃とは異なり、光は短く、絶え間無く、
あたかもビームのマシンガンのように光群を成して武蔵に迫る。
 
「ぐうっ、ゲッターウィング!」
 
咄嗟に帯電するマントを全身に巻き付け、避けようが無い光の群れを必死に弾く。
だが、機体を間断無く襲う衝撃までは捌きようもなく。
失速したゲッターは、勢いのままに地表へと叩き付けられた。
 
「かはッ! コイツは一体……」
 
頭を一つ振い、痙攣する機体を起こして、立ち込める粉塵の先を睨みつける。
漆黒の影が埃の先にゆらりと現れ、両眼がおぞましい金色の輝きを放つ。
一陣の風が砂塵のヴェールを取り払い、武蔵の眼前に現れたのは、
かの規格化された連邦製のMSを思わせる巨体であった。
 
ジムコマンドとの外見上な違いは、【顔】に備えたマスクにカメラアイ。
ヘルメット型の頭部には、中世の鎧武者の角飾りのような、V字のアンテナを有する。
だが、頭部の構造以上に武蔵を驚かせたのは、その体格である。
悠然と大地を揺らすその骨格は、武蔵の知る量産機より一回り大きく、
遠目にもゲッターに迫るほどの威容を誇る。
 
外装は、ブ厚く鈍い灰色の装甲板で全身を覆われ、さながら重騎士のように逞しい。
更にその左腕部には、緑色に輝く照準を備えたいかつい砲身、
……先のゲッター1を襲ったものであろう、ゲッター線の照射装置が取り付けられた。
 
「俺の、俺の知らないゲッターだと?
 もしや、こいつがバーニィの言っていた【ガンダム】なのか?」
 
未だ見えぬ敵の正体を推し量りながら、肩口より引き抜いたトマホークを構える。
並みのMSを凌ぐ体格、強力に過ぎるゲッター線の兵器、
何より、歴戦のパイロットである武蔵すらも怯ませる、圧倒的威圧感。
新たな敵は、外見こそMSの延長上の存在ではあったものの、
どうしても武蔵には、眼前の怪物が、バーニィの駆るザクと釣り合うものとは思えなかった。
 
「あるいは、あるいはコイツが、この世界に地獄を生み出しやがった元凶なのか……?」
 



 

(……ムサシさん、まだか?)
 
バーニィが機体を反転させ、武蔵のいた場所を仰ぎ見る。
かの地を離れてから既に10分、だが、未だ武蔵からのリアクションは無い。
高速戦闘を常道とするゲッターロボにとって、考えられる事態では無かった。
 
『キシャアアアァアァァ!!』
 
「くっ、このォ」
 
迫りくるインベーダーを前に冷静に腰を落としバズーカを構える。
直後、轟音と共に異形の頭部がオレンジ色に爆ぜる。
色めきだつ化物共に向き直り、無用の長物と化した空筒を投げ捨てる。
いかに走る火薬庫たるケンプファーとは言え多勢に無勢、
しかも相手はゲッターチームですら苦戦を覚悟するインベーダーの群れである。
手元の弾薬は、既に尽きた。
 
(あるいは、ムサシさんの方こそ新手に苦戦しているのかもしれない。
 ……この場は自分で切り抜けるしかない、か)
 
短い逡巡を挟み、腰元のビームサーベルを抜き放つ。
MS戦における白兵戦の花形。
ビーム兵器実用化に後れをとったジオン公国において、限られたMSにしか持ち得ぬその近接兵器が
ことケンプファーと言う機体においては危うい両刃の刃でしかたり得ない事実を、
バーニィは先刻承知している。
  
携帯に向いた近接武器の存在は、強襲用と言う機体のコンセプトを損なわず、
また、燃費の面でも実弾兵器を中心に構成されたケンプファーの重荷にはならない。
一見すれば、装備と機体の相性は非常に高いようにすら思える。
だがそれは、パイロットの心理を顧みぬ、技術者の欺瞞に過ぎない。
 
いかに高い機動力を有するとは言え、17mを超える巨大兵器に、
マタドールの優雅さを求める事は出来ない。
ケンプファーはあくまで、奇襲攻撃に用いられるべきMSなのだ。
敵が訳も分からぬ内に火力で圧倒し、目的が叶わぬ時は即座に撤退する。
乗り手に求められるのは、勇気よりもむしろ割り切りの早さであると言えよう。
火力が突きたその時、尚も手元に残る僅かばかりの抵抗の余地は、
却って乗り手の寿命を縮める事となりかねないのだ。
 
「けれども今は、こいつで何とかするしかないよな……」
 
額に浮かぶ汗を拭い、ゆらりと左方に機体を滑らす。
下手に包囲されれば、機動力以外の優位を持たぬケンプファーはその場で死ぬ。
強行に打って出るタイミングを計りながら、じわり、じわりと間合いを縮める。
 
――と。
 
「……? なんだ」
 
不意に目の前の玩具に興味を失ったかのように、異形の群れが一体、また一体と飛び去っていく。
最後の一体が視界より消え去り、バーニィが大きく息を吐く。
 
「助かった、のか?
 けど、一体何が起こったって言うんだ……?」
 
異形達が消えた先をじっと睨みつける。
やがてバーニィは、彼方の空に薄ぼんやりと、緑色の輝きが灯るのを見た。
どくりと心臓が跳ねる。
その輝きは、この世界に来てから毎日のように目にしたもの。
――ゲッター炉心の輝きである。
 
「あれは、ムサシさんの居た……!」
 



 
「ムサシさん!?」
 
凄絶なる緑一面の世界を前に、バーニィが声を振り絞る。
周囲の急速な気温の上昇に、コックピット内でアラームが悲鳴を上げる。
いや、上昇しているのは沸き立つ大気ばかりではない。
 
緑の光の中心に向う異形の群れが、あるいは膨張して内側より爆ぜ、あるいは翼を灼かれて大地に堕ちる。
大気に満ちた高純度のゲッター線を喰らいきれず、組織が崩壊を始めているのだ。
それは、さながら炎に自ら飛び込む羽虫の姿。
 
「ムサシさん、どこだ、返事をしてくれ!」
 
「……来るんじゃねぇ、バーニィ」
 
「――! ムサシさんッ!?」
 
濃密な緑色の大気に揺らめく二つの機影。
胸元の炉心を煌かせ、沸き立つ破壊の中心に武蔵はいた。
 
「あの機体……、まさか〝出来損ない″!?」
 
『 グ ア ア ァ ア ァ ァ ア ァ ァ ァ !!』
 
おぞましいばかりの咆哮と同時に、出来損ないのマスクがガギャンと外れ、寧猛なる牙が露わとなる。
既に両腕を失ったゲッターを荒々しく大地に叩きつけ、さながら野獣の如く首筋に齧り付く。
 
「ム、ムサシさん!」
 
「動くんじゃねぇ、黙ってそこで見ていろ!
 よく目に焼き付けておけ、ゲッターの恐ろしさをよ」
 
「ムサシさん、一体……?」
 
慮外の言葉に躊躇う内にも、緑の光は濃霧のように世界を覆い尽くしていく。
コックピット内は既にサウナのように沸き立ち、大粒の汗がこぼれ落ちる。
果たして中心地は、どれ程の惨状になっている事であろうか?
 
「……少しづつだがよ、俺にはカラクリが分かってきたぜ、バーニィ」
 
「…………」
 
「たった一基、ただ一つだけの炉心であっても、
 一たびフル回転させれば、周囲を丸ごと吹っ飛ばす力を秘めている。
 こんな力を、もしも人類同士の争いに使っちまったら、世界はどうなる?」
 
「……ムサシ、さん」
 
「その答えがこの世界だ!
 この世界のゲッター共も、インベーダーも、この出来損ないも、
 そして、おそらくは俺自身も……
 全てがゲッター線に取り込まれていく」
 
通信機からノイズ混じりに届く武蔵の言葉。
全身を包む熱気とは裏腹に、バーニィの心臓がブルリと凍りつく。
武蔵の言わんとしている事、彼のしようとしている事。
状況は、この期に訪れるであろう残酷な未来を如実に示していた。
 
「バーニィ、お前は生きろ!
 生き延びて元いた世界の奴らに、ゲッター線の真実を伝えるんだ。
 家族を、友人を、恋人を……、お前の故郷を救え、バーニィ!」
 
「ムサシさん、でも、それじゃあ……」
 
「……いいんだ、バーニィ」
 
ポツリ、と武蔵が自嘲を漏らす。
炉心が臨界状態へと加速し、白色の輝きが空間に溢れす。
ノイズ混じりの武蔵の独白が、静寂の中で奇妙に響く。
 
「へっ、おかしな話だがよぅ……懐かしいんだ。
 なんか……前にも、こんな……」
 
「ム――」
 
 
―― カッ ――
 
 
刹那、地上より音が消え去り、閃光が、視界を完全なる白色に染め上げる。
絶望的な光景が、数瞬の内に物理的な衝撃となり、装甲ごしにバーニィを襲う。
轟音と叩き付けんばかりの烈風、瓦礫の渦が視界を塞ぎ、ケンプファーの巨体を容赦無く叩きつける。
 
「ム、ムサシさああぁぁぁんッ!?」
 
圧倒的な暴力の嵐の中、
巨大な鋼鉄人形を四つん這いに倒し、叩きつける瓦礫に必死で耐えながらバーニィが叫ぶ。
それは大時化の中、こぼれ落ちた船員を呼ぶがごとき淡い抵抗。
やがて嵐は過ぎゆき、惨劇が若者の中で理解へと変わり始める。
もうもうと視界を塞ぐ黒煙、間を置いて地面を叩く瓦礫の音、僅かに跳ねた火の音まで届く。
ぞっとする程の静寂。
 
「……一体、なんだってんだよ、ムサシさん」
 
故郷を救え。
武蔵の口にした問い掛けの意味を求め、知らずと恨み事が口を突く。
 
だが、いかに思考の濁流が脳内をドロドロに呑み込もうとも、
バーニィの霊感は、一つの答えを導きだしつつあった。
 
鋼鉄の肉体を奪い合う阿修羅の坩堝、未知なるエネルギーを糧とする宇宙の怪物。
醜悪なる悪鬼すら一撃で葬り去る、炉心の煌き。
 
この世界を形作る地獄の因子は、全てがあの、忌まわしきゲッター線へと繋がっている。
いや、あるいはあの日、自分と〝でき損ない″が対峙したあの瞬間から、
自分のいた世界もまた、この地獄の一部に連なりつつあるのではないのか?
 
「バカな……、仮にそれが真実だったとして、俺に何が出来るって言うんだ?
 こんな廃墟に、唯一人とり残された俺に、一体……」
 
 
―― ガシャン ――
 
 
静寂を打ち破る金属音に、バーニィがハッと顔を上げる。
辺りに動く物は見えない。
バランスの崩れた瓦礫の山が、間を置いて崩れただけなのか?
 
(……いや)
 
胸中に湧いた希望的観測を捨て去り、立ち込める黒煙の先をはっしと睨みつける。
知っている。
現在の状況が、かつての同胞の戦闘と酷似している事。
おぞましいばかりの悪寒が最悪の事態を直感させる。
考えたくも無かった、あの攻撃の爆心地で、尚も耐えられる怪物の存在など……。
 
 
『 オ オ オ オ オ オ ォ ォ オ ォ ォ ォ ン !! 』
 
 
わずかばかりの希望を打ち破り、生まれたての悪夢が咆哮を上げる。
崩れ落ちる外装の下から現れたのは、まさに悪鬼と形容するしかない異形のガンダムであった。
全身に負った傷を、却って誇らんばかりに輝く真紅の装甲。
砕け散ったマスクの中からは寧猛たる肉食獣の牙。
両眼は烈火の如く赤一色に輝き、獲物の姿を探し求めるようだ。
両腕の鋭いブレードは、MSよりもむしろゲッター系統機のそれを思わせる。
そして傷ついた胸元からは、ゲッター炉心の証明たる薄緑色の輝きが零れる。
 
こみ上げる嫌悪感に、バーニィが口許を抑える。
記憶にある新型のガンダムは、敵機と言う偏見を加えても尚美しく。
調和のとれた青と白のデザインは、ある種の芸術性すら感じさせる物であった。
 
だが、眼前の赤い悪魔は、あの優雅さの欠片すら持ち合わせてはいない。
おぞましいほどに艶めかしい、全身の律動すら感じさせるような鋼鉄の異形。
こんなものが、ゲッターの力を得た兵器の行きつく姿であると言うのか……?
 
「……一体」
 
どくりと心臓がうねり、バーニィの内側からドス黒いものが噴き出す。
憎悪と嫌悪、怒り、そして恐怖。
ドロドロにブレンドされた負の感情が、思考のわだかまりを押し流す。
理性は脆くも消し飛び、思考と行動はシンプルに、単調なまでの凶行へと一本化される。
 
「お前は一体、何だってんだよぉッ!!」
 
絶叫と共に腰部のビームサーベルを引き抜き、一直線に駆け抜ける。
余りにも愚直で、惨めな突撃。
自棄を起した羽虫を嘲笑うかのように、悪鬼がガパリと口を広げる。
 
「―!」
 
不意に光が網膜に突き刺さり、バーニィが反射的に操縦桿を倒す。
直後、異形の口中より放たれた一条のビームがケンプファーの脇を舐めるように通過し、
サーベルを右腕ごと飴細工のように捻じり切る。
破壊の輝きは大地を走り、ドゥッとばかりに後方のビルディングまでを打ち破る。
 
「ハァッ、ハァッ、ハァ……!」
 
急制動でもんどりうって倒れ込んだ機体を起こし、コックピットの中を見渡す。
すぐにバーニィは、自らの命を救った輝きの正体に気付いた。
前方のモニター上方に吊るされた一本のスキット。
酒好きの機体の持ち主が備えておいた銀色の容器が光を反射し、バーニィの網膜を襲ったのだ。
 
「何を……、何をやってるんだ、俺は」
 
沸き立つ衝動を振るい落し、眼前の悪鬼の姿を再び観察する。
予想された追撃は無い。
よくよく見ると、対手もまた機体を大きく痙攣させているようであった。
 
「あの爆発をモロに受けたんだ、タダで済むハズが無いか……なら!」
 
かろうじて体勢を立て直し、ケンプファーがその身を翻す。
片腕のウェイトを失ったバランスの悪さから、機体が前傾に大きくよろめく。
直後、悪鬼の放った第二射が、その背面を舐めるように通過していく。
 
「ぐぅっ! だ、だがツイてる」
 
ビームの行方など追いもせず、バーニィが一目散に遁走する。
敵機の位置をレーダーで確認しつつ、ビル群を盾に機体を隠して突き進む。
 
「どうした、追って来ないのか?
 それならこっちは、このまま逃げ去るだけだぞ」
 
バーニィの機内での呟きが聞こえたものか。
悪鬼はしばしの間、呆然と中空を見上げていたが、その後、独特な咆哮で大気を震わし
その背に巨大な蝙蝠のような翼をばさりと広げた。
 
「ぐっ!」
 
直後、レーダー上の赤い点が、驚異的な加速で動き始めた。
紅点は一直線にケンプファーを抜き去り、巨体が影を成して上空を通過する。
一拍遅れの衝撃波がケンプファーを吹き飛ばす。
 
「くそっ、なんて化物だ……」
 
力無く転がった獲物を一舐めし、大きく機体を旋回させた悪鬼が乱暴に着地する。
衝撃で、ズン、と大地が一つ揺れる。
そこは、連邦軍の基地にほの近い、大型の駐車場。
奇しくも、以前の世界において、〝できそこない″とケンプファーが雌雄を決した舞台であった。
 
「……いいぜ、こいよ〝できそこない″戦いの仕方を教えてやる」
 
口中で低く呟き、バーニィが最後の兵装となる、二本目のビームサーベルを抜き放つ。
異形の怪物であっても、諧謔精神というものを理解するのであろうか。
敵機もまたビームは使わず、肩部より得物を引き抜く。
ブゥウゥンと言う起動音と共に化物の両手にビームが走り、巨大な光の大斧が現出する。
 
『 オ オ オ オ オ オ ォ ォ オ ォ ォ ォ ン !! 』
 
くだらぬ茶番に幕を下ろすべく、怪物が風を巻いて一直線にケンプファーに迫る。
それを見たバーニィは悠然と、手元のサーベルを投げ捨てる。
 
「かかった!」
 
足元に転がっていたトレーラの荷台に腕を突っ込み、一気に引き抜く。
ズラリと転がったのは、数珠繋ぎとなった13基の大型機雷。
 
「おおッ!」
 
最後の奥の手を投げ縄の要領で振り回し、対手目がけて投げ放つ。
吸着型機雷が、怪物の腕に、首に、脚に、そして胸元の炉心へと絡み付き、
ピピッという電子音が運命の刻を告げる。
 
直後、ドゥという轟音を上げ機雷が連鎖的に起爆する。
爆発はドミノでも倒すかのように小気味よく異形を襲い、やがて最後の一撃が
緑色の輝き放つ胸甲を打ち砕く。
たちまちに閃光が広がり、緑色の煌きが溢れだす。
 
「やったのか……、でも、これじゃぁ」
 
今度は夢でも幻でもない。
眩いばかりの閃光の中、バーニィは大破した〝できそこない″が塵に還るまでの姿を、
スロー・モーションの映像のように、はっきりとその目に焼き付けた。
そしてやがて、輝きはケンプファーのコックピットをも焼き尽くす……。
 
「すまない、アル、約束は守れそうにない……」
 



 
――バーニィは夢を見ていた。
 
大地を埋め尽くすMSの群れが、天へと昇っていく夢だ。
いずれもが正規の姿形ではなく、腕を、脚を、あるいは顔を、異形のパーツに組み替えている。
だが、その異形の兵器達の【表情】は奇妙に澄んだものであるように、バーニィには思えた。
 
不意に天空より落ちた雷鳴が、先頭の一機を焼き払う。
機体は音一つ上げず、蚊トンボのように尾を引いて堕ちて行く。
だが、周りの機体達は振り向きもせず、ただ天空の一点のみを見つめて飛んでいく。
 
矢継ぎ早に降り注ぐ落雷が、次々に異形のMS達を灼いていく。
それでも彼らは振り向きもしない。
ただ、バーニィのみが、堕ちて行く名も無き兵器の悲しみを想像している。
 
叫びたいが声が出ない。
手を伸ばしたいが、指一本動かせない。
目を逸らす事も出来ない。
 
何一つ状況も掴めないままに、大地に堕ちていく同胞を見つめるしかない、悲しい夢だった。
 
(……?)
 
どれほどの時が流れたのであろうか。
柔らかな光を感じ、ゆっくりと後背に視線を向ける。
最後に大地より昇って来たのは、一機のガンダムであった。
 
他の異形達とは明らかに異なる、白と青のトリコロールカラー。
奇妙なのは白のアンテナを頭部では無く、口元に髭のように備えている事。
その姿はかつての愛機、ザクの表情をどこか思わせる。
 
降り注ぐ雷鳴を恐れもせず、ガンダムが悠然と翼を広げる。
それはさながらオーロラの輝きのような、虹色に輝く巨大な蝶の羽。
立ち昇る姿はゆっくりと大きくなり、バーニィの視界を埋め尽くし、そして……。
 



 
「うわぁッ!?」
 
バーニィは見た!
機体のすぐ脇を通り過ぎて行く、巨大なガンダムの横顔。
それは夢でも幻でも無い、ガンダムはバーニィの存在を意に介さず、
天空目がけて一直線に駆け上ってく。
背中に広げた蝶の羽から、きらきらと輝く燐光が大地に降り注ぐ。
 
『おう、気が付いたか、ちっこいの』
 
コックピット内に響くハリのある声に、バーニィが反射的にモノアイを動かす。
モニターに映ったのは、年季の入ったマントを羽織った、寄せ集めのゲッターの姿であった。
同時に現在の状況に気付く。
どうやらバーニィは大破したケンプファーの中、このゲッターに抱えられる形で飛んでいたらしい。
そんなバーニィの様子を気にも留めず、ゲッターのパイロットが舌打ちする。
 
『ケッ、今度こそ決着を付けてやろうと思ったんだがな。
 あのヒゲ野郎が出てきたって言うんなら、花を持たせてやらぁ。
 ちっこいの、脱出するぜ』
 
「脱出って……、ちょ、ちょっと待ってくれ!?
 あれは、あのガンダムは一体何なんだ?
 アイツは一体、何をしようとしてるって言うんだよ?」
 
『……あいつはよ、この世界を完全に埋め戻しちまうつもりなのさ』
 
「世界を、埋め戻す……?」
 
ゲッターのパイロットに促され、バーニィが大地を見下ろす。
降り注ぐ光の粒がビルディングに、瓦礫の山に、MSの残骸にと纏わり付き、
砕け散っては砂へと還していく。
 
『ああやって地上一面に燐紛をバラまいて、文明の全てを砂に変えちまうつもりなんだ。
 ゲッター線に取り込まれた人類が、宇宙の全てを滅ぼしちまう前にな』
 
「文明を埋め戻すって、そんな……!」
 
今のバーニィには、男の言葉の全てを理解する事はできない。
だが、不意に胸中を襲った絶望感が言葉となって口を突いた。
 
「だったら、だったらコイツは現実の光景だって言うのか?
 ゲッター線と人類が出会っちまったら、遅かれ早かれ、
 最後はこの世界に行き尽くしかないって、そう言う事なのか?」
 
『あん? フザけんじゃねぇ! 人間がそんな捨てたモンかよッ!?』
 
男の突然の剣幕に、バーニィがハッと息を呑む。
 
『ムサシの奴は、ゲッター線のヤバさをお前に伝えて死んだんだ。
 だったら、お前が諦めさえしなきゃ、ムサシも人類もゲッターには屈してねぇて事だろうが?
 このクソったれな世界がイヤだってんなら、テメェの世界ぐらいテメェで救って見せろッ!』
 
「ムサシさんが……」
 
『……チッ、ガラにも無ェ事を、もういい、とっととズラかるぞ。
 これ以上は、お前の機体が持たねぇ』
 
そう言い終わるか否かの内に、ケンプファーを抱えたゲッターの周囲が、
金色のエナジーに包まれ始める。
奇妙な高揚感が、コックピットごしにバーニィの胸を突く。
 
「ま、待ってくれ!? あんた、話はまだ……」
 
『舌噛むぞ、黙ってろ。
 いくぜェ、ゲッタアァアァァー、シャアァイィィン……!』
 
 
――刹那、二つの機影が文字通り光りの矢と化して天空を駆け昇る。
 
 
強烈な衝撃と閃光の中、一つの【壁】を超えた感覚がバーニィを貫く。
溢れかえる輝きの世界で、様々な光景がバーニィを通り過ぎて行く。
 
宇宙を覆うゲッターの戦艦、光の翼、月の輝き、ぶつかり合う鋼の拳、鬼、そして神。
インベーダーと月面戦争、相打つ二機のガンダム、惑星を押し返すMS達の輝き。
 
世界は思う間もなくとめどなく流転を繰り返し、思考が追い付かない。
やがてその中で、一際輝き放つ世界がバーニィの前に現れる。
 
『熱い血潮も、涙も流さねぇ冷血野郎のトカゲどもッ!
 テメェらなんぞに、この地球は渡さん!』
 
「――! ムサシさんッ!?」
 
バーニィが叫ぶ。
ゲッター線がオーバーヒートを起した爆発寸前の機体の中、そこに武蔵はいた。
二人の視線がちらりと交差する。
不敵な笑みを浮かべたその瞳は、バーニィに先を促すように見えた。
こちらの存在に気が付いたのか、あるいはただの偶然か。
 
『貴様らの祖先を絶滅させたエネルギーの源だ、もう一度滅びやがれえぇぇ――ッ!!』
 
「ムサシさあぁぁん!」
 
バーニィの叫びはもはや届かない。
戦いの結末を見届ける術も無く、刻が再び加速し、世界が再び白色に包まれる。
閃光が視界を覆い尽くし、バーニィの周囲からノイズが消え去り、そして……!
 
 
――そして宇宙世紀0082。
 
 
バーナード・ワイズマンは、再びその世界で瞳を開けた。