ゲッターロボ0080 第二話

Last-modified: 2011-10-12 (水) 00:39:32

その単語を最初に耳にしたのは、いつの事だったろうか?
おぼろげな記憶の糸をゆっくりと辿る。
 
薄暗い工場に響くインパクトの回転音。
ほの暗い年季の入ったガレージに、工業用オイルと松ヤニの匂い。
それはまるで作戦行動中とは思えない、平穏なる戦場での、日常の1コマだったはずだ……。
 
 
 
「新型の炉心……?
 それがあの〝できそこない″に積み込まれた、連邦の秘密兵器の正体なんですか?」
 
「ああ、何でもそいつが実用化にこぎつけた日にゃ
 修理いらずの補給いらずで戦い続ける、バケモノみたいなMSが誕生するって話だぜ」
 
手元のバンダナをくるくると弄びながら、浅黒い肌の男が軽口で問いに応じる。
サイクロプス隊にとっては貴重な新兵をからかうのが趣味のような男である。
バーニィは訝しげに眉を吊り上げると、ちらりと隊長の方へと視線を向けた。
 
「――技術屋からの受け売りだから、真偽の程は分からんがな」
 
そう言いながら、口ひげを蓄えた壮年の男が、定価分が丸々残った煙草を灰皿で押し潰す。
火の点いていない煙草を咥えるのは、この男にとって一種のゲンかつぎのようなものらしい。
 
「連邦の開発した炉心は、最近発見された新種の宇宙線を動力源としているそうだ。
 従来の核融合炉より膨大なパワーを引き出せるのみではなく、
 エネルギーの応用次第では、金属の原子構造に反応して、素材の変形や分裂を促す事もあるらしい。
 もし連邦が、新炉心の実用化に成功したと言うのなら、
 ガルシアの言葉もあながち冗談とは言えんだろうな」
 
「そんなものが、あの『ガンダム』に……」
 
剽悍なる隊長の言質を受け、バーニィが声のトーンを落とす。
ふっ、と、それまで同僚たちのやり取りを聞き流していた恰幅の良い中年が体を起こす。
 
「ようはそいつが動き出す前に、俺達で抑えちまえばいいってだけの話だよ。
 なあに、考えようによっちゃ好都合さ。
 帰りのバスを探す手間が省けるんだからな」
 
「おいおい? 大の男が四人して、コックピットにすし詰めですかい?
 俺ァそいつは勘弁願いたいねェ」
 
くっく、と、切迫した状況も顧みずに、場慣れした工作員たちが不敵に笑う。
物騒な笑い話に瓢々と華を咲かせられるのも、規律に疎い叩き上げ部隊ならではの光景なのであろう。
口ひげの隊長が重い腰を上げ、不良中年たちに仕事をうながす。
 
「ともあれ、情報の真贋を詮索するのは我々の仕事ではない。
 さて、休憩は終わりだ、早いとこ俺達の方のできそこないを組み上げるとしようか」
 



 
 
―――――――――― 第二話・『河を渡って木立を抜けて』 ――――――――――
 
 
 
「ゲッタァァァ ミサァーイルッ!」
 
瓦礫の街に咆哮が轟き、2門の大型ミサイルが外道の群れ目がけ、橙い炎を吹き上げる。
閃光と爆音、一拍遅れた逆風がメインストリートを吹き荒れる。
立ち込める爆煙の中、真紅の機影がドゥッとばかりに粉塵を巻き上げ中空へと舞い上がる。
 
「クソッ! バーニィ、一匹抜けたぞ、気を付けろ!」
「ハ、ハイッ!」
 
友軍の警告を受け、バーニィの駆るザク改が、ホバー走行で街路を抜ける。
出来る事なら推進剤を大きく失うような動作は避けたい状況であったが、そんな事を言える場合でも無い。
ゲッター炉心をフル回転させた怪物達の挙動がMS乗りの常識を遥かに凌ぐものである事を、
バーニィは既に身に染みる程に味あわされていた。
 
「赤いのは1号機タイプ。
 空戦に長け、火力は3タイプ中でもピカイチ、だったか?
 ……一体どうしろってんだよ、そんなの」
 
短く舌打ちをして操縦桿を引き、背の高いビル群へと機体を滑らす。
彼我の出力が違い過ぎるのだ。
真っ直ぐに飛ばしても逃げ切れる脚は無く、ひとたび遮蔽物の無い場所で追いつかれたなら、
たちどころに焼き払われるであろう事は明白であった。
 
「オラァッ! ダブルトマホォーク!!」
 
そんな小賢しい悪足掻きを嘲笑うかのように、死角より放たれた両刃のブーメランが
まるで生き物のように自在にうねり、風切り音を上げてザクを猛追する。
 
「う、うわァーッ!?」
 
刃はかろうじて機体の脇をすり抜け、正面のビルディングを直撃する。
倒壊する建屋がモノアイの視界を塞ぎ、降り注ぐ瓦礫の嵐が集音性を鈍らせる。
 
「くうっ、アイツ、なんてカンしてやがるんだ!?」
 
「ヒャッハーッ いいかげんチョロチョロしてんじゃねェ―――ッ!!」
 
狂気を孕んだ輝き赤鬼の頭部より放たれ、
一条の光線となって大地を走る。
巨大な熱量がザクの背中を舐め、飴細工のようにコンクリートを溶断し、刹那、大地が火柱を吹いて陥没する。
 
「う、嘘だろ、こん……くぅッ!」
 
高熱がガスタンクに引火し、ドワオズワオと誘爆を引き起こす。
視界がオレンジに染まり、衝撃と爆音が思考を奪う。
閃光に翻弄され、訳も分からぬまま、ザクは袋小路へと転がりこむ。
対手が抵抗の意思を失ったのを見てとり、真紅の巨体が大地を踏みしめる。
 
「ケッ、ポンコツめ、ザマァないな」
「…………」
 
一対の戦斧を担ぎ上げながら、赤鬼が吐き捨てる、ザクは応じない。
 
「なんだ、もう鬼ごっこは終わりか? もっと楽しませてくれや」
「…………」
 
ずんずんと大地を揺るがし、赤鬼が迫る、ザクは応じない。
 
「……チッ! もういい、死んじまえ」
 
業を煮やした赤鬼が戦斧を振りかぶる、ザクは……。
 
「――!? コイツ……」
「うおおおおおォォ――ッ!」
 
赤鬼がもぬけの空のコックピットに気付いたのと、
横合いに転がっていたゲッターの残骸が火を噴いたのは、ほぼ同時であった。
 
「グヌッ、そのゲッター、生きてやがったのか!?」
「いくらゲッターロボとは言え、銃くらいは俺にだって扱えるさ!」
 
赤鬼の動揺を見逃さず、腕部の大型ガトリング砲を一気呵成に叩きつける。
思わず倒れ込んだ残骸の中で、プツリ、と言う音が響き、直後……。
 
――ドワォ!!――
 
と、爆煙が赤鬼の背面を焼き払う。
 
「ぐぅっ、ボケがッ!? グレネード程度でオレ様がたお……」
 
「ゲッタアァ―ドリルッ!!」
 
赤鬼の強がりは最後まで続かなかった。
突如として股ぐらから生えた巨大なドリルが、巨体を一息に脳天まで貫き、一瞬で全てを砕き散らしたのだ。
鋼鉄のミンチと化した赤鬼を前に、大きく一つ息をつき、バーニィがうそぶく。
 
「もちろん、これで倒せるなんて思ってやしないよ。
 こっちは時間さえ稼げれば十分さ」
 
程なく、掘り抜いた岩盤より上半身を起こし、特徴的なイカ頭がにょきりと顔を出した。
ふっ、とバーニィが思わず苦笑いを浮かべる。
 
「へっへ、遅くなったな、バーニィ。
 マッハで駆け付けたんだが、なにせ道が混んでたもんでな」
 
「……勘弁してくださいよ、ムサシさん。
 そこらのゲッターロボなんかと違って、ここいらじゃザクはすごく貴重なんだからさ」
 



 
常軌を逸した修羅の世界にも、夜の帳は下りるものらしい。
文明の崩壊した暗闇の中、ハイウェイに灯る焚火の色だけが、人の住処であった。
 
「見直したぜバーニィ、最初に見た時はとっぽいボウヤだと思ってたが。
 お前さん、妙にケンカ慣れしてやがるじゃねえか?」
 
「そんな、買かぶりですよ。
 昼間はたまたま敵が誘いに乗ってくれただけで、
 それだってムサシさんが来てくれなかったらどうしょうも無いところでした」
 
携帯食を片手にかじりながら、バーニィが羨望の眼差しを向ける。
この世界に来てからの数日間で、彼はMSとゲッターロボの間にある、致命的なまでの戦力差を痛感していた。
共同戦線とは言うものの、いかに創意を凝らしたところで、
バーニィとザクは足手まといにしかなりえないのだ。
武蔵にかける負担の大きさを思えば、彼の世辞を素直に喜ぶ気にはなれなかった。

だが、一方の武蔵はそうは思ってはいない。
どれほど強力なロボットを乗りこなせる奴でも、弱い奴は弱いのだ。
なまじ強力な機体を操るがゆえに、より強い敵が相手では当然のように死んでしまう。
そう言ったロボット乗り達を、武蔵はかつての戦争で度々目にしていた。
バーニィの持つしぶとさ、強かさは、そう言う意味では得難い資質であった。
後は己の長所を自覚し、意識的に振る舞えるようになれば、きっと良い軍人になれるはずである。
 
それだけに惜しい。
武蔵が一つ溜息をついて、正面の緑色の機体へと視線を移す。
 
MS-06FZ、最終生産型ザクⅡ。
統合整備計画が賜物と謳われた量産機の傑作は、異界での数日における戦闘の果てにくたびれ果て、
今や周囲のスクラップ達と見比べても遜色がない程、背景の一部へと同化していた。
 
もとより、MSとゲッター系統機の間には大人と子供ほどの開きがある。
体格的な意味でも性能的な意味でもだ。
いかに武蔵の援護があったとはいえ、今日までバーニィが五体満足で生き延びてきた事は、
それだけでも彼のパイロットとしての非凡さを示していると言えよう。
 
だがそれだけに、機体の方は既に限界が近い。
ゲッター線の庇護を受けぬデリケートな人型精密機械が、
十分なメンテナンスもせずに戦いを重ねる事自体がそもそも無謀なのだ。
ましてザク改は高い機動力と引き換えに、旧来機の燃費の良さを失っている。
まともに戦闘をこなすことが出来るのは、果たしてあと何度であろうか……。
 
「なぁバーニィ、そろそろそいつに見切りを付けて、イーグル号に移ってみる気は無いか?」
 
「……いえ、気持ちは嬉しいですが」
 
しばしの沈黙の後に、バーニィが静かに首を振るう。
武蔵の申し出を拒んだのは、MS乗りの矜持だのと言った男らしい理由からでは無い。
元よりただの新兵に過ぎない自分には、そんな選り好みをしている余裕は無いとすら考えていた。
それでもバーニィが答えを保留したのは、乗替えによって生じる、武蔵への負荷を慮ったためであった。
 
ゲッター系統機最大の特徴である3台の変形合体。
機体をいくつかのコアに分割して運用するシステムの存在自体はバーニィも聞いた事があったが、
ゲッター線の庇護を受けたロボットの奔放さは、彼の常識を瞬く間に覆すものであった。
 
コアとなる戦闘機の合体パターンを変える事で、機体に帯びたゲッター線の変化を促し、
必要なパーツを精製、増殖、再構成し、文字通り別のロボットへと『変形』する。
アクの強い三種の形態を使い分けられる万能性こそが、ゲッターロボの強みであると言える。
 
だがそれはあくまで、常人なら内臓が喉元まで飛び出すような超高速戦闘の最中に、
眼を閉じていて平然とも合体を敢行できるような、怪物クラスの乗り手が三人いれば、の話である。
パイロットが武蔵一人しかいない現状では、変形合体に移るパターンは限定され、
ゲッターロボの構造上の弱点である、変形途中の無防備な状態を狙われる危険性も増す。
更にそこに、機体の自動操縦にすら耐えられない素人が乗り込んだならば、
戦闘力の大幅な低下は免れないだろう。
 
「それにしても、同じ人型の兵器で、これほどまでに性能が違うなんて……
 武蔵さん、ゲッターって言うのは一体何なんですか?」
 
「ああ、俺ァ科学者じゃ無いから、細かい話は出来ないがな」
 
と、やや瞳に複雑な色を浮かべながら、武蔵が言葉を紡ぐ。
 
「ゲッターロボの名前の由来は、動力源として用いている宇宙線から採ったものだ。
 もっとも、ゲッター線の正体自体は未だ解明されていない部分も多いがな。
 分かっている事と言えば、微かな量でも膨大なエネルギーを引き出せる事
 金属の分裂、増殖を促し、コントロール次第では、機体の修復、変形を可能とする事くらいだな」
 
「くらいって……、それだけでも並のMSから見れば十分に怪物ですがね」
 
「まぁな、とはいえゲッターロボは、初めから戦闘用に開発された兵器だったわけじゃねぇ。
 本当ならコイツは武装を持たない、宇宙開発用の機体になるはずだったんだとよ。
 大気圏外に満ちたゲッター線を取り込み、修理いらずの補給いらずで活動する次世代ロボットとしてな」
 
「……修理いらずの、補給いらず……?」
 
「ん、何か気になる事でもあったか?」
 
不意に嚢中を巡るデジャヴ。
思わず会話を止め、バーニィが記憶の引き出しを探りにかかる。
おぼろげな記憶の行く先はやがて、かつての町工場での日常へとたどり着く。
 
「そうだ……、確かにあの時、何でこんな大事なことを……」
 
「バーニィ、一体どうしたってんだ?」
 
「思い出したんですよ、ムサシさん。
 俺たちの世界にも、ゲッターロボがあった事を……
 厳密にいえば、ゲッター線の炉心を搭載した、新型のMSですが」
 
「何だと!? するってえと、お前さんの世界では
 そこのザクみたいな兵器をゲッター線で動かしていたって言うのか?」
 
「動かそうとしていた、と言うのが正解ですね。
 そいつは連邦……、敵方の勢力のMSだったんで、詳細は分かりませんが。
 俺の所属する部隊は、そいつの奪取を目指して作戦行動を進めていたんです」
 
「ゲッター線の兵器を、人類の戦争に、か……」
 
二人の異郷を結び出すバーニィの言葉に、武蔵が思わず声のトーンを落とす。
過去にはゲッター3のパイロットとして、未知なる怪物との戦いを生き抜いてきた男である。
並大抵の地獄など屁とも思わぬ自負を持つ彼であったが、果たして、
ゲッターロボが戦うべき【敵】のいない世界が、楽園と呼べるものであるのかどうか。
目の前の新兵が体験してきた戦争の光景に、思いを馳せずにはいられなかった。
 
「しかし、このゲッターロボの地獄にゲッター線、か。
 何かしら、因縁じみたものを感じるな」
 
「…………」
 
「……? どうした、バーニィ?」
 
思索にふけるあまり、武蔵はバーニィの様子の変化を見落としていた事に気がついた。
眼前の若者は心なしか先ほどより顔色が良くないように見える。
抱えた両腕を、時折ぶるりと震わしすらする。
体調が悪いのかと懸念したが、そこでバーニィが、訥々と言葉を紡ぎ始めた。
 
「――あの時の事、俺はこの世界に来てからは、
 ずっと夢だったと思いこもうとしていました。
 けれども、今、はっきりと実感を持って思い出したんです……」
 
モニターを満たすビームサーベルの輝き、灼けた金属の、焦げ付いた肉の匂い。
骨の髄まで焼き尽くさん程の、絶対的な熱、熱、熱――。
記憶とともに心臓が高鳴り、体がカッと熱くなる。
噴き出た額の汗を震える手で拭う、肉体の反射をごまかす事は、既に不可能であった。
 
「ムサシさんは、冗談と笑うかもしれません。
 けれども俺は、確かにあの時、あの出来損ない……新型のガンダムと戦って
 そして、そこで……」
 
「……いや、信じるぜ、バーニィ。
 初めに出会ったとき『俺も同じようなもんだ』と、言ったよな。
 お前がただの迷子だったなら、俺も自分の思い違いて事にしておけたんだがなぁ……」
 
「ムサシさん、まさか……!」
 
きょとんと目を丸くしたバーニィの前で、武蔵が頭を搔いて溜息をつく。
 
「だがよバーニィ、だからと言って、ここを地獄と割り切っちまうのはまだ早ぇ。
 俺達はまだ、この世界の事を知らなすぎる。
 あきらめずに調査を続ければ、元の世界に戻れる術も見つかるかも知れん、だろ?」

「はあ……」
 
思いもよらぬ真実と、あっけらかんとした武蔵の言葉に、バーニィが返答の術を失う。
とにかく何を言おうにも、自らの置かれた状況が不明に過ぎた。
あのゲッターロボの怪物達を前になおも武蔵が平然としていられるのは、
彼が少なくともバーニィよりも、ゲッター線と言うもの存在を理解しているからなのであろうか。
 
「そういえば……」
 
と、そこでバーニィは、武蔵が口にした奇妙な一言を思い出した。
 
「ムサシさんはさっき、ゲッター線を戦争に使う事に驚いていたようですが、
 あなたのゲッター3は、戦闘用の兵器ではないのですか?」
 
「ん……?」
 
バーニィの問いかけに対して武蔵がらしからぬ曖昧なつぶやきで応じる。
彼の言葉を借りるならば、ゲッターの備える変形機構自体は、
宇宙開発の目的で生み出されたものだったのかもしれない。
だが、搭載した斧や大型ミサイルまで、自衛のための装備と言い切るのは明らかに無理がある。
間違いなくゲッターロボは、開発の途中で戦闘用へと転換させられた兵器であるハズなのだ。
 
「ムサシさんは、ゲッターロボは元の世界で、一体何と戦っていたんですか」
 
「ああ、そいつはよ……」
 
と、しばしの間、武蔵はあれこれと考え込んでいるようだったが、
やがて大きく息をついて、ゆっくりと頭を振るった。
 
「いや、今はやめておこう。
 今、詳しい説明をしたところで、かえってお前を混乱させるだけかもしれねぇ」
 
「はあ」
 
「さて、明日はまた市街地に入る。
 今日のところはこのくらいにして休むとしようぜ」
 
言いながら武蔵が立ち上がり、ゆっくりとコックピットに背を向ける。
バーニィが手元の時計を確認する、夜間は交代で見張りにあたるのが、ここ数日の決め事になっていた。
 
「明日、か……」
 
バーニィが地平の先に見える文明の跡を見つめる。
一切の光が灯らぬ瓦礫の跡に、ちくりと胸がざわめく。
それが単なる郷愁であるのかまでは、その時の彼には分らなかった。
 



 
瓦礫と砂埃にまみれた街並みに、鉄塊とキャタピラの足音が響く。
モニターごしに見つめる文明の名残を、興味深げに武蔵が覗き込む。

「こいつはまた、何かえらく場違いなところに来ちまったな」

「…………」

誰にともない武蔵の呟きに、バーニィは応じない。
だが胸中に抱いた感想は、彼とまったく同じものであった。
 
歴史の重厚さを感じさせる建造物と、区画化された近代的な通りが融合した、
近世ヨーロッパの一角のようなモダンな町並みは、
確かにこれまでのような、怪獣決戦の後のビル群のような無残さとは無縁のものであった。
とは言え、この街が単なる懐古主義の産物ではない事は、放置された無人のエレカや、
そこかしこに散見する設備の跡からも分る。
惨劇と破壊にまみえる前までは、さぞかし住み易い街だったのではあるまいか。
 
例によってスクラップ同然に放置されたロボットを見つけ、ゆっくりと武蔵が近寄る。
腰部で分断された白色の機体は、彼の駆るゲッター3よりも一回り小さい。
頭部に当たる部分は大きな半透明ゴーグルで覆われ、無言で武蔵を見つめていた。
 
「こいつはゲッター……、では無いみたいだな。
 バーニィ、サイズ的にはお前さんのザクと釣り合うみたいだが?」
 
「……RGM-79G ジム・コマンド。
 こいつは連邦が使っていた、量産型のモビルスーツです」
 
「やっぱり、お前さんたちの世界の兵器だったか、しかし、するってぇと……」
 
「……くっ! どうして、どうしてコイツが、こんな所にッ!?」
 
「――ッ!? バーニィ、どうした!?」
 
突然にスラスターをふかし、バーニィの駆るザク改が、瓦礫の街並みに消える。
慌てた武蔵が手にしたMSを打ち棄てるが、大型のキャタピラでザク改のホバー走行を追うのは困難であった。
一方のバーニィは、初めから目的地が見えているかのように迷いない動きで交差点を抜けていく。
 
「くそッ!? バーニィ、一体何が……」
 
バーニィの行方を追う内に、いつしか武蔵は、閑静な住宅街へと辿り着いていた。
常ならば子供たちの笑顔に満ち溢れていたであろうその場所も、
現在はやはり、暴力の無残さを強調するだけの破壊の跡であった。
 
「バーニィ!」
 
仲良く産業廃棄物と化した二つの家屋、その前にバーニィはいた。
胸部のコックピットを開け、呆然と瓦礫の山を覗くその瞳は、遠目にもどこか虚ろであった。
 
「どうしたってんだ、バーニィ、何があった」
 
「……ここなんです、ムサシさん」
 
「何?」
 
震えるバーニィの口調に、武蔵が怪訝な瞳を向ける。
やがて感情の昂りと共に、バーニィがはちきれんばかりの声を上げた。
 
「ここはリボーコロニー……、俺のいた、俺の守ろうとした街なんだ!」
 
「何だと!?」
 
「くぅッ!」
 
声にならない叫びを上げ、バーニィが行き場のない拳をシートに叩きつける。
 
「これは、一体何だって言うんだ。
 何があった、核は……やはり核は落ちたって言うのか?」
 
「おい、バーニィ……」
 
「結局、間に合わなかったって事なのか? 俺、は……」
 
「しっかりしろッ! バーニィ!!」
 
「――!?」
 
横合いからの怒声に、我に返ったバーニィが辺りを見渡す。
動揺が晴れるのを待って、武蔵が言葉を紡ぐ。
 
「落ち着いて考えるんだ。
 お前の言うコロニーって奴は宇宙に浮かんでいるって話だったろ?
 だったらこれまで歩んできた世界と地続きであるハズが無ぇ」
 
「あ……」
 
「今さら言う事でもないがよ、この世界はまともじゃねぇ。
 これが夢か幻なのかは分らんが、きっとお前のいたコロニーは、こことは違う場所に存在しているはずだ。
 まずは落ち着いて、この街を探って見るんだ」
 
「……はい」
 
「……たく、それにしても」
 
と、武蔵が改めてその奇異な世界を見渡す。
 
「この街はまるで分らねぇ。
 転がっているのがジムとやらの残骸ばっかってのはどう言うわけだ?
 なんでゲッターが一機も存在しないんだ」
 
「……そんなに不思議な事ですか?
 例えば、格段に性能の高いゲッターが街を壊滅させて、
 目当てのパーツが無い事に気付いて、この場を去った、とか」
 
「……それだったら、街は巻き添えで跡片もなく崩壊しているハズだ、
 確かに周囲の損害は酷いが……、なんて言うか、
 これはもっと、執拗な襲撃者に狙われて全滅した感じだな」
 
「そう……なんですかね?」
 
戦場のベテランである武蔵特有のカンがあるのだろう。
今一つ状況を掴めないバーニィには、曖昧に相槌を打つ事しか出来ない。
 
「一体、この街の人間を襲ったヤツは……」
 
と、そこまで呟いた瞬間、武蔵の背筋がゾクリと凍りついた。
無造作に道端に打ち捨てられたジムの一機と『目が逢った』為であった。
これは比喩表現ではない。
そもそも頭部がゴーグルで覆われたジムには、ザクのモノアイのような【瞳】に当たる部分が無いのだ。
だが、その時武蔵は、半透明のゴーグルの奥で、真っ黄色の眼球がうじゃうじゃと膨れ上がり、
一斉にゲッター3に対し敵意を剥いたのを見た。
 
「~~~~ッ!? バーニィ、今すぐそいつから離れろッ!!」
 
「へ……、う、うわアァァ――ッ!?」
 
武蔵の叫びに対し、しかしバーニィは間に合わない。
直後、スクラップのようなジムコマンドの腕から、大鎌のような刃がジャキリと生え揃い、
ザク改の右脚を膝先から一直線に薙いだ。
鋼鉄の案山子と化したザクが、バランスを失いドカリと大地を揺らす。
 
「こなクソオォォオォォッ!!」
 
すかさず武蔵が機首を返し、異形のMSへ機銃の掃射を浴びせる。
キシュアァアアァァと言う機械らしからぬ凶声が轟き、
鋼鉄のそこかしこからドス黒い臓物が溢れ出る。
 
「む、武蔵さん!? コイツは一体……?」

「インベーダー……、ゲッター線を喰らって進化を繰り返す怪物、
 俺達のいた世界をメチャクチャにしやがったクソ野郎だッ!」
 
「な、何だって!」
 
 
『キ シ ュ ア ア ア ァ ァ ア ア ァ ァ ァ !!』
 
 
武蔵の言葉を合図にしたかのように、怪物の産声が大気を震わし。
連邦製MSの皮を被った異形の群れが一斉に立ち上がる。
 
「アイツらの狙いは俺だ!
 バーニィ、お前は機体を捨てて今すぐこの場を離れろ」
 
「だ、だけど……」
 
「立ち上がれもしないポンコツで何ができる!?
 いいからとっとと行け」
 
「……くっ!」
 
頭を一つ振るい、バーニィがアスファルトへと飛び出す。
ここで戦況を把握できない程の素人ではない。
武蔵が全力を発揮するため、今のバーニィにできる事は、
全力でこの場を離れる事のみであった。
 
己の無力さを呪いつつ、手近に転がっている洒落たオープンカーへと身を躍らせる。
シートを染める真っ赤な血が誰のものであったか、考えたくもなかった。
 
「ムサシさん、必ず戻ります!」
 
悲痛な叫びを一つ残し、バーニィを乗せたエレカが砂埃と共に消える。
新兵の考え無しの言霊に、へっ、と武蔵が笑みをこぼす。
 
ズンズンと大地を揺らし、異形の群れが遠巻きに武蔵を包囲する。
腕を、あるいは半身を失った鋼鉄の巨人がいびつに蠢く様は、
どこかこの世界のゲッター達を彷彿とさせた。
 
「……ケッ、地獄まで追ってくるとはご苦労なこったな。
 化け物ども、この巴武蔵をそうそう何度も殺れると思うなよッ!」
 



 
『バーニィ、嘘が下手だな……』
 
(ぐっ……)
 
不意にトラウマが沸き上がり、バーニィの胸中を締め上げる。
ささいな動揺から侵したミスで、頼れる先達を犠牲にしてしまった忌まわしい記憶。
苦い思いを噛みしめ、アクセルを全速で踏みしめる。
 
「俺はやっぱり、あの時の新兵のままなのか……?」
 
捨てきれぬ重荷を抱きながら、しかしそのハンドリングに迷いは無い。
かつての隊長の言葉が思い起こさせたのは、辛いトラウマばかりでは無い。
それは反撃の糸口と呼ぶにはあまりに儚い、一縷の望みのような閃きではあったが、
寄るべきものの無い今のバーニィにとっては、十分な動機となって彼の衝動を突き動かしていた。
 
「――! 来やがったか」
 
ズンズンと大地を揺さぶり、四足のドス黒い異形が後背より迫る。
先ほどと同じ、旋風のような刃の一閃。
大きくハンドルを切ってテールを滑らせ、礫の嵐に耐えながら正門をくぐる。
急ブレーキで乱暴に車を止め、慣性のままに建物の中へと転がり込む。
 
それはスレート葺きの小さな町工場。
逃げ場の無いうらぶれた廃工場に飛び込んだ獲物を追い、奇声を上げてインベーダーが迫る。
巨大ロボにも匹敵する巨体で建物に取り付き、巨大な両の鉤爪をわきわきと動かすと、
蛙の腹でも割くかのように、屋根を観音開きに引っ剥がす。
 
「――ギャッ!?」
 
中を覗きこんだ刹那、不意に化け物の矯正が止まった。
そこにあったのは、大型のバズーカを仰向けに抱え込んだ、青一色のMS――。
 
「オオッ!」
 
 
―― ドワォ!! ――
 
 
不埒な乱入者の来訪は、強烈な火薬で以って報われた。
ドテッ腹を真っ赤にブチ抜かれ、仰向けにブッ飛んだ異形が大地にのたうつ。
ドゥ、と言う音と共に工場の壁が崩れ、鋼鉄の青鬼がその全容を露わにする。
 
MS-18E ケンプファー。
全長17.7m 重量43.5t 推力159,000kg
 
装備は197mm口径ショットガン1本、ジャイアントバズⅡが2門。
更に2基のシュツルムファウストと、白兵戦用に最新式のビームサーベルを2本帯同する。
 
強襲戦特化と言う目的の元に開発された、そのジオン最後期のMSは
装甲の脆弱さと引き換えに高い機動力を有し、前述の大げさなまでの火力と合わせ、
【闘士】の名に恥じぬ攻撃力を誇る。
本来ならばルビコン作戦の切り札として、新型ガンダムとの戦いに用いられるはずの機体であった。
 
「このォッ!!」
 
怒声と共にショットガンを浴びせ、異形の腹に開いた風穴を打ち破る。
すかさずポンプアップし、痙攣する頭部に一発、千切れとんだ肉片に更に一発。
蠢くミンチを巨大な脚ですり潰し、そこでようやくバーニィは大きく息を付いた。
 
『バーニィ、アイツを倒せる?』
 
「……ああ、もちろんだ、楽勝だよ、アル」
 
不意に脳裏に響いた声に小さく応えると、バーニィは強襲機特有の前傾姿勢を取り。
武蔵の待つ戦場へと踵を返した。