ゲッター乗りと少年

Last-modified: 2009-02-07 (土) 18:17:36

雨が降っていた。
季節外れのこの雨は、もう一週間目に入っていた。
大都会、東京。
その反映の裏には、このような見捨てられた廃墟が数多く存在する。
度重なる怪獣の襲来は戦後の焼け跡から立ち直りつつある日本経済に暗い影を落とし、MATの後手に回る対応は、それに対してなんら有効な手を打てない。
ここも、そんな災害のあおりを受けた建築現場の一つだ。
さびた鉄骨、建造中のまま放り出されたいくつものビル。
その一角に、煮炊きをする煙があった。廃屋の前には、いくつもの深い穴がある。
人間によって手で彫られた穴だ。
少年が一人、廃屋の中から歩み出てくる。食料を買いにいくのだ。
そこに、奴らがいた。学生服を乱暴に羽織った中学生の集団。
「おい!宇宙人!」
「……」
「何とか言えよ、宇宙人野郎!」
打撃。
少年の体が跳ね上げられ、ゴムまりのように宙を舞う。
雨が降っていた。
自分で彫った穴の中に生き埋めにされながら、少年は唇を噛んだ。
季節外れのこの雨は、もう一週間目に入っていた。
「何をしてるんだ君たちは!かわいそうじゃないか!」
「だって、こいつ宇宙人なんだぜ。MATなら早く退治しろよな!」
「このことはMATに任せて、君たちは帰るんだ!」
郷秀樹は、少年を掘り出しながら訊ねた。
「君は宇宙人なのか?」
「……僕は宇宙人じゃない。北海道で生まれたんだ」
数日後、MATには少年に関する詳細なデータが集まっていた。
「北海道で生まれ、炭鉱の閉鎖に伴って母は死亡、父は蒸発…か。少年は、あの廃墟の中で、父親の代わりとなる何かを見つけたのかもしれないな。それが、少年を宇宙人だと呼ばせる元になっているとしたら、悲しいことだ。郷、少年の件は君に任せよう」
「わかりました。かならず、あの少年の疑いを晴らして見せますよ」

 

郷は、少年の住む廃屋を覗き込んだ。
少年は、不良グループの刺客と対峙していた。
身の丈1メートルはある中型犬だ。
犬が少年に飛びかかる。
のどもとを正確に狙った跳躍。
だが、それは少年に対して何らダメージを与えなかった。
郷が腰のマットシュートを引き抜くよりも早く、犬の首は地面に落下した。
「長雨でイヌまで気が立ってやがる」
ぶっきらぼうにそう言い放つのは、袖のない空手着に身を包んだ屈強そうな男。
室内なのにたなびくマフラーが、その狂気をいっそう引き立たせる。
「竜馬さん!」
駆け寄る少年。
「おう!ボウズ!イヌころなんかにびびってんじゃねえ!鬼どもはこんなもんじゃねえぞ!」
普通に話しているだけなのに、そこから漂う圧倒的な威圧感。
この男は危険だ。
レーサーとして、MAT隊員として、そして何よりウルトラマンとしての勘がいっせいにそう告げていた。
一挙動でマットシュートを引き抜き、竜馬と呼ばれた男に向ける。
郷の射撃の腕はMATで一番だ。
狙いは外さない。
だが、
「何だてめえはっ!」
竜馬の動きは人間をはるかに超越していた。
ウルトラマンと同化した超感覚で、かろうじて捉えられる速度。
マットシュートが蹴り上げられ、鉄骨にあたって乾いた音を立てる。
その勢いもそのままに、竜馬は郷の頭をつかみ壁に押し付ける。
「さあ、吐いてもらおうか、てめえは誰だ!鬼の野郎どもの仲間かっ!」

 

危ないところだった。
少年のとりなしがなければ、自分はあそこでウルトラマンになっていたかもしれない。
いまだに痛む頭を抱えながら、郷は竜馬の話を聞いていた。
「それでは、あなたは宇宙から来たんですか?」
「ああ? ふざけんな! 俺は鬼を追っかけて来たんだ!そしたらゲッターが埋まっちまって掘り出せねえ。俺は別にいいって言ったんだが、そこのガキがゲッター掘り出してくれるって言うから頼んでたんだ」
「ゲッター?」
「ゲッターロボだっつてんだろ!てめえ、そんなこともしらねえのか!?」
知るわけがない。無茶振りすぎる。
だが、ひとつだけわかったことがある。
この男にはあまり同情の余地がないということだ。
「僕、この地球にあばよダチ公が言いたいんだ。竜馬さんと一緒に、ゲッターで黒平安京に行って暮らすんだ」
「よし、ボウズ、その意気だ。ゲッターを掘り出して帰ったら、てめえはコマンドマシンに乗せてやる」
「うん。竜馬のおっちゃん、僕、がんばるよ」
その光景を見ながら、郷は思った。
-この少年、そろそろこいつに感化されつつないか?

 

夕日が沈もうとしている。
その日を背に受けながら、少年と郷、そして竜馬は地面を掘り続けた。
コツリと、スコップの先が何かに当たった。MATの戦闘機の装甲に良く似ている。
「君も、お父さんに会いたいだろう」
「父ちゃんなんかいらねえよ。僕は竜馬さんと一緒に黒平安京に行くんだ」
郷ははっとした。
この少年にとって、竜馬はかけがえのない父代わりなのだ。
ゲッターと呼ばれる何かは、彼らの無二の絆だ。
ならば、自分は手伝おう。
MATとして、ウルトラマンとして、守るべきはこのような絆だ。
そう、思ったときだった。
川の向こうから、駆けてくる群集が見えた。
「宇宙人を殺せ!」
「生かしておいたらひどいことになるぞ!」
「MATは宇宙人とグルになるのか!」
手に手に武器を持った暴徒の群れだ。
「やめてください!この子は宇宙人じゃありません!」
郷の叫びが、群集の怒号にかき消される。
「うるさい!殺せ!そいつを殺せ!」
そのとき、
「黙れてめえら!そのボウズは宇宙人じゃねえ!宇宙人は…オレだ!」
叫ぶと同時、竜馬はコートを開いた。
そこにずらりと並ぶのは、鉈やマサカリなどの叩ききるタイプの武器の一群だ。
横一直線に振るわれた鉈が、先頭に立つ警官の腹を引き裂く。
「うわぁっ!助けてくれ!ウルトラマン!」
…身勝手なことを言うな。竜馬を刺激したのはお前たちだ。巻き添えはごめんだ。(終)