ゲット・ダイバー 2

Last-modified: 2010-11-05 (金) 21:12:46

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 常夏の日差しの下、防衛機能付ビルの摩天楼を一対の親娘がいく。親の名は岩鬼将造、娘の
名は惣流・アスカ・ラングレー。
 性が示すとおりに、二人は本当の親娘ではない。
 将造のでまかせからはじまった関係だった。

 

 はじまりは、アスカがちょうどネルフに配属されようとした日に遡る……。
 エヴァのパイロットとして、選ばれたエリートとしての自分にだけ、自我のよりどころがあ
った彼女は、竜馬という質実ともに最強といえる男に出会ったことで、そのプライドを打ち砕
かれる。
 そしてネルフ配属前に逃げだした。
 竜馬にしてみれば、ひとつの優しさだったかもしれない。彼にとって戦士とは、死地に赴く
者であり、こころは覚悟に固まっていなければならないのだ。
 戦場という命の奪い合いに終始する狂気の中で、正気を保てば生き地獄を見る。しかし完全
に狂えば、もはやそれは人間ではない。ただの殺戮機械だ。
 正気と狂気の狭間で揺れ動きながら、しかし、そこにしか生きる意味を見いだせない人間だ
けが戦士たる資格を持てるのだ。
 そう考える竜馬にとって、アスカの存在はあまりにも無垢すぎた。
 弱者を戦場に置いておきたくはない。
 そういう気持ちから竜馬はアスカを突き放したのだが、彼の言葉はあまりにも遠慮がなさす
ぎた。もし彼に激情を抑える冷静さと、弁舌の才能があれば、あるいは違った結果があったか
もしれない。
 が、竜馬とはそれが出来ないゆえに、戦い続ける男だった。

 

 そうして竜馬に追い出されたアスカは、雨の街を傘さえささずにさまよった挙句に、ネルフ
のシークレットサービスに発見される。
 保護、というよりは捕獲といった方がいいような状況だった。そんな時に丁度、まさしく丁
度のタイミングで、将造はアスカと出会ったのだ。
 いや……正しくは逃げ出した日に、ゲームセンターで将造を見てはいたのだが、お互いに人
間として相対したのはこの日が始めてだったといえよう。
 シークレットサービスたちは、放心するアスカを捕えようと、ぐるり将造を囲む。しかし彼
も竜馬とおなじく、自分以外の人間が傲慢な態度を取ることを許さず、そしてそれを可能に
するだけの戦力を持つ男だった。

 

 極道兵器、岩鬼将造。
 世界中の戦場を傭兵として飛び回って生き残った実力と、体中に仕込まれた武器を威力に、
日本、ひいては全宇宙の支配を目指す最凶のサイボーグ・ヤクザ。
 彼はものの数秒で何人もいたシークレットサービスを、ただの血塊へと変えると、恐怖と、
たちこめる血の臭いで気絶したアスカを「なんとなく」という思いで自分の組へ連れ帰ってし
まった。
 ロリコンではないし、弱者を救済する趣味もまったく無いが、アスカがゲームセンターで盟
友・竜馬と一緒に居たのを思い出すと、なんとなく竜馬にこの娘の世話を頼まれたような気分
になったのかもしれない。
 そして、
「お疲れ様です! 若、あの、その肩のコは……」
「んん? あぁ……こりゃあのう……ほうじゃなぁ……おう。ワシの娘じゃ!」
「失礼しました! すぐに救護の支度をさせよります!」
 さらって来たとは言いたくなかった将造の、思いつきのでまかせから、彼女は岩鬼組頭領の
娘になってしまったのだ。
 親分が「白!」と一言いえば、たとえどう見ても真っ黒なドブネズミでも、子分どもの目に
は美しく輝く白鳥に見えなければならないのが、ヤクザの世界なのである。

 

 これによって彼女は、筋者たちから極めて丁重にあつかわれた。将造の娘、というだけで目
を合わせたら背筋が寒くなりそうな連中が、かしこまってホテルマン並のお辞儀をするのだ。
 竜馬にそれまでの自分を全否定されたアスカへ、新たに与えられた自我の拠り所だったとい
える。
 そんな中でアスカは、彼女を取り戻そうと何度も討入りにくる(岩鬼組は完全な治外法権組
織で、あらゆる政治的根回しが通用しなかった)ネルフの私設軍隊と、文字通り戦争する組員
と将造に、最初は怯えていたが、やがて慣れ、協力するようになった。
 これが決定打だった。
 竜馬に打ちのめされたとはいえ、アスカは若干一四歳にして、大学を卒業するほどのエリー
トだ。頭の回転が早く、あらゆる物事を瞬時に飲み込み自分のものにしてしまう。身のこなし
も、すこし喧嘩慣れしている程度の相手なら、大人の男でもはり倒せるだけの訓練を積んでい
る。
 能力のある者が好きな将造が、目を付けないはずはなかった。
 そんな彼に、特訓(一歩間違えれば即死するような事の連続という内容だ)を施されたアス
カはわずか一ヶ月ほどの期間で、竜馬や将造に一歩及ばないか、というレベルの実力を身につ
けてしまった。
 そうなると将造や組員たちも実力を含めて、アスカを一個の人格として尊重してくれるよう
になったので、余計に彼女の精神的拠り所は岩鬼組に固定される。
 やがて彼女は、岩鬼組からの出向、というカタチでネルフに舞い戻ってきた……のだが、も
はやそこにいる彼女は、一ヶ月前の惣流・アスカ・ラングレーとは別人だった。