ゲット・ダイバー 5

Last-modified: 2010-11-05 (金) 21:20:26

   5

 

 ところは移り、長野県浅間山、火口付近。
 ゲッター線に関わる者にとって因縁あさからぬこの空域に、赤い風が飛んだ。ゲッター1で
ある。
「まさか、ここにまで来て浅間山に飛ぶことになるたあな」
 イーグル号の竜馬が、憎々しげにつぶやいた。
「どういうこと?」
「話してなかったがな。俺の居た世界では、ゲッターロボを造った早乙女研究所はここにあった
んだ」
 ベアー号のミサトが訊く。
 ゲッターの機動に対しては、リツコの制作した特殊耐圧スーツによって、本格的な戦闘でな
い限りは常人でも耐えられるようになっていたのだ。なお、ジャガー号にはそのリツコが搭乗
している。
 フルパワーを発揮できる三人パイロット体制、というわけだった。
 なぜ、この面子が揃ってゲッターに乗り、浅間山に来ているのかと言えば……やはりシトが
らみである。
 シトと思わしき物体が、浅間山火口内部のマグマで確認されたのだ。

 

 その調査のためにゲッターロボが発進した。
 もとより、マグマ層を自由に動く恐竜帝国を相手どった戦闘メカだ。実際にマグマ層へ突入
したこともある。調査にはもってこい、というわけだった。
 ただ、調査といっても相手はシトかもしれない。万一の場合は離脱が容易いよう(竜馬は嫌
がったが、リツコが説得した)念を入れて、フルパワー状態を維持できるようにミサトが同乗
している。
 リツコは自分から志願して乗っているし、ここのところゲッター2専属パイロットになりか
けているので、ゲストパイロットからは除外してもいいだろう。
 それに今回などは、マグマ層内部を目視してみたいらしかった。

 

「あった? 過去形なのはどうしてかしら」
「……消滅したからだ。リツコ。ゲッター線に、呑まれてな」
「メルトダウン?」
「いいや違う。自爆だな。そうするしかなかった」
「その時に、話に聞いていた早乙女博士も亡くなったのね」
「ああ」
「お会いしてみたかったわ」
「なに、そのうち会えるさ。おめぇがゲッターに関わると決めたのならな」
「? どういうこと?」
「いつか解る時がくる。さあて、やるか。リツコ、頼むぜ」
「了解。チェンジ・ゲッター2!」
 火口といっても、ぽっかり開いたとんでもなく大きな穴の中に、グツグツとマグマが煮えた
ぎっているわけではない。
 時折、亀裂から内部圧力でマグマが噴出するのだが、当然、こちらから潜ろうと思えば、ま
ず火口を開ける大規模な工事が必要になるはずだった。
 が、ゲッター2ならばその問題を一挙に解決できる。
 すでに周辺住民の避難も終了しており、仮にゲッター2の潜行で噴火が誘発されたとしても、
被害は最小限で済む手はずだった。

 

 故郷の空でその身をさらしたゲッター2が、得物のドリルを先端に浅間山を突き破り、凄ま
じい震動を伴って巨体がみるみる内に土中へと潜り込んでいく。
 各パイロットの視界は暗闇に閉ざされていった。
 太陽の光が到達することのない世界に行くのだ。頼りになるのは、レーダーとサーモグラフ
ィーだけである。

 

「フフ……相変わらず、ムチャクチャなメカだわ。ホントに」
 ゲッター2の操縦桿を握るリツコが芯の底から感動している、といった様子でつぶやいた。
 第三シトが、ネルフへ侵攻するために長時間を要してボーリング作業に勤しんだ事も記憶に
あたらしい。
 地中を掘り進む、というのは想像するよりはるかに困難な作業なのである。
 固まった土を掘れば空気が入り、膨張する。そしてそれを外部に排出しなければ、先へ進む
ことは不可能だ。
 しかも深度が深まれば深まるほど、排出は難度を増していく。

 

 だがゲッター2は、地中においてその行程を一瞬の内にやってのけてしまう。理論で説明す
ることができず、すべてはゲッター線のなせるワザ、としか言いようがなかった。
冷静で理知的なはずのリツコが、ゲッターに乗った時だけは興奮を隠せないでいるのも、無
理はあるまい。
 彼女は、科学者だった。

 

 やがてゲッター2は地殻の、マグマ溜まりにまで到達する。ドリルの先端より灼熱の流体が
ゲッターの全身を包み込みはじめた。
 ここはマントルの部分融解が、圧力によって上層にまで押し上げられたフロアである。
 書いて文字通り、マグマの溜め池という構造だった。
 ここをさらに掘り進めば、マントル内部へと突入していく。といっても、そこも全てが溶解
しているわけではない。
 プレート運動による熱で融解した部分が、いわゆるマグマ層となっているのだ。
 耐熱皮膜に護られるゲッターは、マグマの熱も圧力も、ものともせずに地球の深部へと向かっ
て突き進んでいった。
 地殻調査によってシトらしき反応が確認されたのは、マントル上層部だった。

 

「大した物ね」
「だが油断するな。いくらゲッターでも、半日以上はマグマ層の熱には耐えられん」
「するわけがないでしょう。エヴァで潜ろうと思ったら、もっと手間が掛かるのよ」
「D型装備とかいうやつか?」
「ええ。あれを着ろといったら、子供達は嫌がったでしょうね」
「俺もああいう服には、嫌な記憶があるからな。ごめんこうむりたいぜ」
「あら、ゲッター以外で深部探査でもしたことがあったの?」
「いいやゲッターに乗ってたぜ。新型炉心を内蔵した、な。このゲッターより出力だけは上だ
ったろうよ。そいつの全開加速テストに必要だった」
「あなたが……? 流君にさえ耐圧服が必要な加速なんて、考えれば考えるほど素晴らしいわね」
「そういう答えが出るところ、リツコらしいわねぇ。私にゃ想像の余地を超えてるわ」
「ゲッターの素晴らしさを理解できないなんて、可哀想ね」
「……あんた大丈夫なんでしょうね。なんか宗教にハマってるみたいになってるわよ最近」
「そんなこと、ないわ。そう。ない。フフフ、私はただ、ゲッター線に……」

 

 言いかけたリツコの言葉は、アラームにかき消された。ミサトとしては友人の本音が聞けそ
うだったところを邪魔されてしまったカタチだが、今いる場所はカフェや酒場ではない。
 マントル内部なのだ。
 そこで、平然と流動できる生命体を探している。
 シト。
 それ以外あるまい。
 誰もがそう考えた。だからゲッターロボが出動したのだ。
 しかし、ゲッターのセンサーが捉えたマグマをたゆたう者は、

 

「違う。こいつは……こいつはシトなんかじゃねえッ!」
「どういうこと!?」
 叫びつつも、リツコはゲッターが捉えた物体のデータをMAGIに転送する。そして返ってきた
答えは、竜馬の叫びの通り、パターン・オレンジだったのだ。
 パターン青とはシトだけが持つ独特の波長パターンだ。これに該当しなければ、シトではない。
「シトじゃない……じゃ、なんだっていうの!」
「俺の記憶が、いや、ゲッター線の記憶が正しければ、こいつは……逃げるぞ! このゲッタ
ーで、こんなところでまともに太刀打ちできる相手じゃねえ!」

 

 逃げる。
 竜馬が一番嫌う言葉であり、行為であり、今まで彼がそれを口にしたところを、誰もが聞い
たことなどなかった。
 その男が、開口一番「逃げる」といった。
 戦慄がリツコとミサトを襲う。
「リョウ君、知ってるの!?」
「いま説明しているヒマはねえ!」
 竜馬の怒号が響く。
 それと同じくして、ゲッターが邂逅した物体に動きがみられた。同時に、こちらへとめがけ
てマントル対流さえも容易く裂く、エネルギー波が放出されたのだ。
 まるで光のような速度で、マグマの対流に抗いながらではゲッター2でも避けることなど、
できはしなかった。
 エネルギー波がゲッターを貫く。
 悲鳴。
「大丈夫か、リツコ!!」
「う、アァッ……く。せ、生命、維持は、可能よ。大丈夫……」
「くそ、操縦をよこせ!」
「おねがい、するわ……」
「よし! ドリルストぉぉッム!!」

 

 エネルギー波のお返しだ! と言わんばかりに、ゲッター2のドリルがマグマ中で猛回転を
はじめ、謎の物体に激流を見舞う。
 敵は悶えた。
 ダメージとはならなかったようだが、その動きをしばし封じることには成功したらしい。スキ
をついて、ゲッター2は一気に浮上すると再び地殻を突いて、脱出をはじめた。
 幸いながら、敵は追って来る気配がないようだった。
 あるいは「ゲッターロボごときはいつでも破壊できる」という自信があったのか……。とも
かく、竜馬一行は予想だにしなかった敵の出現に、泡を食ったカタチだった。
 地上へ出るのにかかった時間はさほどでなかったが、みな、永遠にも思える時間を体験して
いた。
 無理もあるまい。
 それまで、シトに対してさえ無敵といえた威力を誇ったゲッターロボが、マグマの中とはい
え為す術もなく撤退を強いられたのだ。
 竜馬をして、逃げろと言わしめる脅威を持った者の出現。
 パターンオレンジである以上、敵と決まった訳ではないが、少なくともゲッターには攻撃を
してきた。ということは竜馬の敵だということだ。
 もっと単純に考えれば、目に見えたモノ全てが破壊の対象なのだ、とすることもできる。
 どちらにせよ発見してしまった以上は、もはやこの存在を無視することはできないだろう。
 ミサトとリツコは、この時、心の底から恐怖を覚えていた……。