ゲット・ダイバー 7

Last-modified: 2010-11-16 (火) 00:34:43

 7

 

「いってらっしゃい」
 太陽もいい加減に疲れ切り、雄山の谷間へ沈もうとする第三新東京市。
 ミサトのマンション、コンフォート17の駐車場にてアイドリングの唸りをあげる隼の前で、
シンジが弁当代わりである、竹皮包みの握り飯を手渡した。
 竜馬はそれを受け取り、
「おう、わりぃな」
 早速ひとつ取り出し、口の中に放り込む。いつものことながら、あまり咀嚼しないで飲み込
むのが良くないクセだ。
 と、シンジは思って見ているのだった。
 味は塩がほどよく効いていて、ご飯の甘みとうまく調和していた。具の梅もシンジが自分で
漬けているもので、やわらかな酸味がうまかった。
 たかがおにぎりひとつ。されど、おにぎりひとつである。
「うまいじゃねえか。シンジ、おまえ調理師になれるぜ」
「そ、そうですか?」
「ああ。良いんじゃねぇのか。箱根にレストランなんか開くのも、悪くないかもしれないぜ」
「レストランかぁ」
「食い物は生き物の原点だからな。そいつを旨く作れるってのは、大したもんだと俺は思うぜ」
「……どうも」

 

 あれから竜馬はネルフを後にし、岩鬼組本家(現在は本家しかないが)の敷地に乗り込んで、
組長へじきじきに何か話をつけてきたらしい。
 それが終わってマンションへ帰ってきた矢先に、今度は富士山麓へ赴くというから、食事を
摂る時間もなかった。
 できればネルフにヘリの一機でも飛ばしてもらいたいところだが、今はいつゴジラが動きを
見せるか解らないゆえに、近場への移動に戦力を裂くわけにはいかなかったのだ。
 ミサトもネルフにすし詰めの状態である。シンジやアスカは、エヴァとのシンクロ率に異変
をきたさないためにも、一応、平常的な休息をとるべく帰宅していたが……。
 やむを得ず、竜馬はバイクへ跨った、というわけである。

 

「ま、しゃあねえ。ちょいとしたツーリングだとでも思っておくさ」
「でも気をつけてください。なんとなく、嫌な予感もするし」
「心配すんな」
「心配はしてませんけど……でも、あ、やっぱり心配なのかな」
「何いってんだお前は。まあいいけどよ」
 言うと、竜馬は珍しくヘルメットをかぶった。ショウエイの高級モデルである。身体にも、
各関節を守るパッドが入った、ごついライディングギアをまとっていた。
 どうやら飛ばすつもりらしい。
 その気になれば、隼の巡航速度は三〇〇キロ以上を維持するのも容易い。むろん、常人のラ
イダーなら直線か、せいぜいサーキットのような場所に限る話だが、竜馬なら話は別だ。
 移動に時間をかけたくないのだろう。セカンドインパクト後は人口も交通量も減っているの
で、腕次第では、飛ばそうと思えばいくらでも飛ばせた。

 

 とはいえ身体が剥き出しの状態で、その速度の風圧に耐えるのは辛い。三〇〇キロ近くにも
なると、もはや風圧は壁を押しているような状態になるのだ。
 走行中ためしに片手を空へ放ってみると、瞬く間に押し戻される。ハンドルに手を戻すため
に相当、力まなければならないほどだった。
「じゃ、いってくるぜ」
「はい」
 言うやいなや、隼は後輪をスライディングさせながら市街へと飛び出していく。
 シンジはその影が見えなくなるまでの数秒、見送りを済ますとくるりとマンションへ向きを
変え、そこでまたふと首をめぐらしてから、ゆるゆると部屋へ戻っていくのだった。

 

 竜馬を追う。
 彼は、箱根裏街道沿いを走りながら富士山スカイラインに入り、爆走した挙句に富士山麓周
辺へとたどり着いた。
 三〇分もかかっていまい。
 通常なら、その倍以上掛かるはずの道筋である。恐ろしい速度だった。
 ゲッター2に比べればゆるやかだとはいえ、バイクはゲッター2のように進路上の物体を破
壊することはできない。当たったら、砕け散るのはこっちなのである。
 それでも竜馬は止まらなかった。
 いや……止まれなかった、ともいうべきか。
 というのは、驚くべきことに途上から、竜馬の走りに追随してくるバイクがあったのだ。
ドゥカティ・1198S。
 筋肉質な隼に比べて、Lツインエンジンの車体は細く、秀麗だ。ライダーも細身であり、
よく似合っていた。ただし、色は竜馬へのあてつけのごとく鮮血のような赤色を伴っている。

 

 それが身を翻して隼の前へ躍り出たのだ。
(……なんだ?)
 誘っているような走り方だった。
 相手も、フルフェイスヘルメットに皮ツナギといういでたちなので、痩せ形だという特徴以外
はよくわからない。
 竜馬は「いまレースに興じているヒマはない」と無視したかったが、しかし1198Sの動きに
はどうも見覚えがある。
 よもや、と思った瞬間だった。
 走行中にもかかわらず、大地に激震が走るのを竜馬の全身がとらえる。同時に、激走する
二台のバイクの背後。
 谷間を割って、巨大な影が現れた。
 バックミラーに映る。
 全身を、鉄の色に染める怪物だった。山のように、というより山を包むような巨大さであり、
ゲッターや、エヴァの倍はあろうか思えた。
 そしてゴジラに似ている。だが、体中から何らかの駆動装置の作動音をたてているので純粋
な生物でないのは確かだった。そいつは耳をつんざくような叫び声をあげ、背後の道路を破壊
しつつ迫ってくる。
「第3惑星人の……メカゴジラ!? なんであんなもんまでこの世界にあるんだよ!!」
 ゲッター艦隊の侵攻にも耐える、驚異的な科学技術を持つブラックホール第3惑星人。その
戦闘ロボットである、メカゴジラまでもがこの世界に現れた。
 竜馬の知る限りでは一度はゴジラをさえ、圧倒したことのあるロボットだった。敵として考
えれば、これほど厄介なものはない。

 

 その状況に様々な予測をたて、竜馬はひとすじの汗を垂らす。場合によってはシトの他にも
戦わねばならない敵が出現したかもしれないのだ。
 だが、今は逃げねば命がなくなる。
 前方の1198Sも速度をあげた。
 竜馬もつられてアクセルを大きく開く。隼がエンジンの唸りを全開にし、強烈な加速を始めた。
 パワーは隼の方が上だ。直線に入ると、ゆるやかに1198Sへと並んだ。背後。みるみる崩れ
落ちていく。地獄から聞こえてくるような叫び声が追ってくる。
 瞬間、ヘルメットごしに1198Sのライダーと目が合った。
(……隼人!)
(ついてこい、竜馬!)
 間違いなくその会話があった。
 竜馬は水先案内を、前方のバイクに託す。あとは、がむしゃらにアクセルを捻り、腰を落とし
続けるだけだ。
 そうして、いくつものコーナーを抜けると、いつしか舗装された道路から外れはじめ、周囲
に木々がそびえる、オンロードマシンには辛い状況に移り変わる。背後からはメカゴジラが大地
を割りながら追ってきているのに、である。
 さしもの竜馬にも緊張がはしる。
 だが、前をいく1198Sに動揺は見られなかった。竜馬の隼を導くようにして、未舗装路を駆
け抜けつづける。
 ……と。
 見えてきた。
 1198Sのライダーが竜馬に差し合わせようとした存在。
 それは、ひとつの航空機に見えた。小型のセスナ程度の航空機が、木々に護られるようにし
て鎮座しているのだ。
 その空間に、二台のバイクが躍り出る。
 航空機は赤い塗装で、どことなくイーグル号をおもわせる風貌でもあった。しかしゆっくり
観察しているヒマはない。背後にはメカゴジラが迫る。
 1198S。急停車するとライダーが飛び降り、ヘルメットを脱ぎすてた。竜馬も同じ動作を、
同じタイミングで繰り出す。
 1198Sのライダーが叫んだ。

 

「……竜馬!」
 長髪を汗にへばりつかせても、なおキザったらしい姿を失わないその男。
「隼人ォ!」
 竜馬の眼が釣り上がった。戦友に対する、様々な想いが一瞬に全身をかけめぐる。
「竜馬、話はあとだ。こいつに、パイルダーに乗れ! バイクと同じ要領で動かせる!」
「てめえはどうすんだよ!」
「いいから乗れ! あとは無線で指図する」
 叫び、隼人はパイルダーと呼んだ赤い航空機のキャノピーを開放すると、あとは身を翻して
木々の中へと消えてしまった。もう、すぐそばまでメカゴジラが来ている。まごまごしている
時間はなかった。
「クソッ」
 吐き捨てると、竜馬はいいつけどおりに「パイルダー」の操縦席へ飛び込む。自動でキャノ
ピーは閉じた。同時に、垂直に離陸してメカゴジラから距離を取りはじめる。VTOL機能がある
らしい。さらにオートパイロットが設定されているらしかった。
 パイルダーは、富士山麓の空を鋭く裂きながら飛び、そして見えた巨大なダムのような施設
に差し掛かった。水が、並々と張っている。
 無線ががなった。

 

「竜馬。いまからマジンガーZを発進させる」
「ああ!? なんだそりゃ!」
「ゲッターが動けない今、おまえが戦うためのスーパーロボットだ! 別の世界じゃゲッター
の相棒みたいなもんなんだ、おまえなら動かせる」
「乗り換えてるヒマなんかねえぞ!」
「今、お前の乗ってる「それ」がコクピットになる」
「これがだと!? バイクみてえなハンドルと、ヘンなスイッチしかついてねえぞ!?」
「細かい事を考えるな。いつもの通り、感覚に任せて操縦すれば動く!!」
「いつもながらムチャクチャいいやがる。けっ、やってやろうじゃねえかよッ」
「いい答えだ。よし、行くぜ竜馬。声ぇ合わせろ。マジン・ゴー!!」
「おっしゃあッ。まじぃいいん! ゴウッ!!」

 

 二人の叫びと共に、ダムに張られた水がモーゼの滝割りのごとく、真っ二つになり、その
深部から頭部にお椀型の空洞を開けた、巨大ロボットがせり上がってきた。
 なんとなく、エヴァがエレベータで射出される様にも似ているようだった。サイズも同程度だ。
 ただ、鬼のようなゲッターや、それに古代の武者鎧を着せたエヴァに対して、このロボット
は表すなら名のとおり「魔神」に見える。
 格子状のマスクを取り付けられた鬼の顔のような頭部と、漆黒に白金という妖艶な色に全身
を支配されてかつ、男性的なシルエットを持つそのボディは、一種の神々しささえ感じさせた
のだ。
 竜馬のパイルダーが、その頭部に向かう。そして真上に到着すると、椀型にくり抜かれたよ
うな頭部に一気へと降下していった。
 隼人が瞬間、叫ぶ。
「竜馬! パイルダーオンだ!!」
「おおぅ! パイルダーッ、オンッ!!」
 お椀型の頭部と、赤い航空機パイルダーがドッキングする。
 次いで、隼人の言う「マジンガーZ」の、ここだけはゲッター1そっくりの菱形に尖った両
目に黄金の光が宿った。
 マジンガーZは、両の腕を高々と天へ掲げて「グォォォッ」と、全身から咆吼する。目の前
には迫った鉄怪獣。
 するとオートパイロットがまだ作動していたのだろう。
 マジンガーZは、腰を落とすと両椀をメカゴジラへ向けた。
「おい隼人、勝手動いてるぞ! どうすんだよ!」
「焦るな竜馬。そいつは起動の挨拶みたいなもんだぜ。ロケットパンチだ!」
 マジンガーZの鉄拳弾丸が猛る。
 勇ましく敵へ向かった。

 

 ロケットパンチが、メカゴジラへ命中する。破壊にまでは至らなかったが、強烈なインパクト
がその巨体をさえ大きくよろめかせる。
 隙をつくようにパンチはマジンガーZの元へと帰ってきた。
 竜馬は、その様を見つつバイクのハンドルのような操縦桿を握り、いくつか配置されたスイッチ
に目を配った。
 そのなかで「光子力ビーム」と銘打たれたものを発見する。
 ビーム。
 竜馬にとってはゲッタービームとしてなじみ深い、武器の名だ。
「よし竜馬、次は……」
「こいつぁいい。じゃいくぜ、光子力ビィィムッ!」
「なに!? おい待て!」
 ボタンを押すだけでも「この一撃で世界を変えてやる!」という勢いが竜馬の竜馬たるゆえ
んである。
 隼人が制止してきたが止まるものではない。

 

 マジンガーZもその意思を受け取ったのか、内蔵されたエンジンのものらしき唸りをあげて、
その両目から黄金色の光を敵に向けて注ぐ。
 光がメカゴジラを溶かす。が、その装甲は厄介なものらしく、ビームを耐えてかまわす突き
進んできた。そしてお返しだとばかりに、同じく両目から虹色の光線を撃った。
 かわそうとしたが操縦になれない竜馬は胸に直撃をもらってしまう。大震動がコクピットを
襲った。
「くそッ」
 シートベルトさえ付いてないコクピットで、竜馬は計器に頭をぶつけて血をもらいながらも
、バイクの要領でマジンガーZを横っ飛びに跳ねさせる。
 ぐわっ、と強烈な浮遊感。
 視界は大きく横に流れ、回避された敵の虹色の光線は背後の岩石にぶち当たった。木っ端み
じんに砕け散る。
 凄まじい威力だ。
 しかし、さらに驚くべきは、マジンガーZ自体はこれを受けてもビクともしていないことだ
った。ゲッターに比べて機動性は少々落ちるが、装甲は遙かに上といえた。
(戦艦みてえなメカだ! 悪くねえ、力で押し切ってやる!)
 なぜかシートベルト等の固定装置が付いていないので、動き回るたびに竜馬は襲う激震をは
ね除けながら操縦しなければならなかったが、彼にとっては戦闘ロボットとは操縦者に優しく
ないのが「普通」なので問題にならない。
 しかし、はしゃごうとする竜馬に隼人の檄が飛ぶ。

 

「馬鹿野郎! 勝手なことをするな!」
「うるせえ! 俺に操縦させてんだから俺の自由にやらせろ!」
「そのマジンガーはエネルギー充填が完了してねえんだ。メカゴジラだの装甲を突破するには
ルストハリケーンを使うしかない。だが、今おまえが無駄なことしてくれたおかげで、撃った
ら動けなくなるぐらいのエネルギー残量になっちまったんだよ!」
「なんだとてめえ、準備ぐらいしておけよ!」
「こっちも時間が無かったんだ! いいか……今、ネルフに救援を頼んだ。エヴァがくるまで
粘れ!」
「どうやって粘りゃいいんだ。いくら頑丈ったって突っ立ってるワケにもいかねえだろが!」
「内蔵火器をつかえ。腹部にミサイルパンチと、肘ににドリルミサイル、五指にフィンガーミ
サイル。撃ちまくって時間をかせぐんだ」
「……本当に戦艦みてえだな。まあいい、わかった! スイッチは……これとこれとこれだな!!」

 

 竜馬の操縦で、マジンガーZは仁王立ちになって両腕を掲げる。
 五指が開き、指先から顔を覗かせた小型ミサイルが一斉に煙を吐き、メカゴジラに向かう。
 対してメカゴジラも両腕を掲げた。同じような装備があるらしい、やはり指からのミサイル
でこれを迎撃。
 マジンガーZ。腹部のシャッターを開かせ、中型のミサイルを射出する。連発式で、次々と
発射されていく。同時に、腕が折れ曲がり現れた肘の断面から、大量に並んだ小型のドリル付
ミサイルが一斉発射される。

 

 メカゴジラ。膝からミサイルを撃ち、さらに足の指をミサイルのようにばらまいてきた。
 今度は総量で上回ったらしく、迎撃を漏れた分がメカゴジラに襲いかかる。しかし敵は悠然
としたまま、頭部を回転させると青色に輝く光の壁を全身にめぐらせた。マジンガーZのミサ
イルはそれに阻まれ、全て爆発、霧散していく。
「そういやバリア機能もあったな、コイツはよ!」

 

 メカゴジラの脅威に竜馬は舌を打った。近づけばマジンガーZの倍はある巨体と怪力に阻ま
れる、遠のけば大量のミサイルと光線が襲ってくる。よくよく考えると、似たような者同士だったが、
エネルギー不足に陥っている分、こちらの方が不利である。

 

「……隼人!」
「どうした」
「エヴァが来んのに、あとどれぐらいかかる?」
「いま、大型輸送機に搬入が終了した。あと五分もありゃ間に合う」
「ありがとよ」
「何をする気だ」
 問いかけに、竜馬はニヤリと笑みを張り付けるのだった。