「ここだよ」
三人がついたのは一軒家。それも築うん十年くらいの木造住宅。
その横にある工房のような小屋へ向かうと三人の男、奥には老人と思われる人物、入口付近には二人の若い男、一人はロングでタオルを頭に巻き、一人は坊主の厳つく髭をこく生やした男が材木を扱って手慣れた手つきで工作している。
歩はその真剣である三人に心を奪われていた矢先、彼らは彼女の存在に気づき視線を注がせたが本人はビクッと血の気が引いた。
「ただいま!」
歩の後ろから未来が出現、彼らにその笑顔を見せつけた。
すると奥の老人は未来の声に反応し振り向いた。
「おまえら、休憩じゃ」
二人の男は否や、目を輝かせて一目散に未来の元へ駆け出した。
「「ミキーーっ!!」」
二人は彼女に抱きつくが本人は嫌がる様子がない所を見ると、随分と顔見知りのようである。
「ミキのじーちゃんは指物師なんだ」
直人が歩にそう説明した。
「さ、さしも……?」
「タンスとか、家具を作る職人さんのこと……」
どうやらこの老人は未来の祖父のようである。
「直人は一番若いお弟子さんなんだよ!」
「もーーこいつミキが来るってきーて朝からソワソワしてなぁ、仕事が手につかねーから迎えに行かせたのよ!」
「ち、ちげえよ!!親方が手ぇ離せねーからオレが!!」
坊主の男に茶化されて顔を真っ赤にする直人。
するとミキの祖父が頭の手ぬぐいを取ると笑顔で未来を迎えた。
「よう来たな」
――歩はここで自己紹介し、やっとこの未来の実家に迎えられた……。
――その昼。昼食を取るが、全員の食いっぷりが凄まじい。未来でさえ、来る前に駅弁を食べたのにテーブルに出されたご馳走を、一気に平らげたのであった。
「相変わらず食べるのは大好きじゃのう、ミキは!!」
彼女の豪快っぷりに大笑いする祖父。一方、歩は逆にそれを見てるだけで腹が満腹であった。
「……ミキ、弁当食べたよね」
「うん」
平然と答える彼女だが……。
「トウモロコシ嫌い」
「……」
歩の何も入っていない皿にトウモロコシの粒を移し始めたのであった。
「勝兄、水くせーな。手酌なんてしてんじゃねえよ」
坊主の男の元へ行き、媒酌する未来。その姿にこの勝兄と呼ばれる彼は感動し涙を流し始めたのだ。
「大きくなったなぁ、ミキっ。昔はこーんなちーちゃかったのに……」
「勝兄……」
だが彼は彼女のある身体の部分に目を透した。
「おっぱいもなぁ!」
「はァ!!?」
やはり彼女の豊潤な胸の膨らみが一番目立つのであった。しかし、瞬間祖父からギラリとした視線が向けられた時、勝兄の背中に寒気が襲った。
――その午後、仕事が一段落し、未来は家の子供を集めて庭で遊んでいた。
その様子を祖父達と歩は縁側付近で出されたスイカの一切れを口にしていた。
「もしかして……ミキのお父さんも職人さんなんですか?」
歩がそう訪ねると近くでタバコを吸っていた勝兄が笑顔であるがどこかもの哀しい表情をしていた。
「貫之さんは……指物師にはなりたくねえって出てっちゃったからなぁ」
それを聞いて一瞬口が止まる歩。
(なんかマズイこときいちゃったかなあ……)
使った皿の片付けをしに台所へ向かうとそこには直人が昼食の食器を洗っている最中であった。
――彼女も彼の隣に行き、手伝い始める。
互いに無言の中、歩の口が開き――。
「……すごいなあ……中学卒業してすぐ弟子入りなんて……」
直人は歩の方へ振り向いた。
「あたしは……なにをやったらいいか……わかんない。今は何も決められない……」
――すると。
「カッコイイと思った」
今度は直人が口を開いた――。
「じーちゃんの……親方の作る家具と、物を作る姿勢が……」
彼は年少の頃の、真剣に作業する未来の祖父の姿を見学する自分を思い出していた。
「親方には何度も断られたけど……俺は好きなことで食っていきたい」
……今のご時世、それだけでは生活していけない時代。彼はそれほどまでにこの『指物師』という職業に特別な思い入れがあるのである。
歩は彼の本音を聞いて考えこむ――。
「ミキはどうなんだろう……」
「わかんねえけど……、ある程度安定してて収入の多い仕事に就きたいんじゃねーかな?お父さんのこともあるし……」
……未来の父親は病弱(心臓病)で寝たきりが多く、彼女の収入でやっと生活していける状況である。
(それで……勉強もあんなにがんばってるのかな……)
台所の窓越しに映る未来はこの会話は全く聞こえてないだろう。
「ここを離れるときもなんにも言わずにお父さんについていった……“ここに残りたい”なんて、一言も言わなかった」
歩は彼女にもの哀しい視線を送っていた。
――故郷みたいなモンかな――
――その夜、どうやら近くの神社で小さいながらも祭りがあるらしく、近所の人達が浴衣姿でその神社へ向かっていく。
歩と未来だけは別行動で二人だけ逆側の田んぼ道へ歩いていく――。
(……ミキはいろんなものを背負ってるんだ)
道案内する彼女の後ろからそう思う歩。だが、実はあの男のこともそう思っていた。
(流君も……相当過酷な人生を送ってきたらしいけど、流君の場合は別に気にしてないようだし。けどミキはどうなんだろう……)
暗い山道に入り、辺りを見渡す彼女達。何を探しているのかと言うと、ここに来る前に約束した蛍の群れを歩に見せることである。
「いないなあ……」
光がなく蛍の一匹すらいない状況。やはり来る時期が遅かったのか……。
「確かこの辺なんだよね、大群見たの……」
だが突然、彼女は何かを思い立ったのか一気に駆け出した。
「そう、こっちだ!!」
歩も必死についていく。
「ここ抜けるとねっ、ホタルがぶわっーーて……」
しかし二人が見たのは真っ暗闇の田んぼを見渡せる丘であった。蛍のほの字も全く見つからない。
「……やっぱり時期過ぎちゃったのかな……」
二人は残念そうに丘から下りていく。
(……あたし、考えたことなかった。ミキといつか離れてしまうことを)
闇の消えていくようにうっすらとなった未来に――。
「ミ……」
その時、歩は足を滑らせて転んでしまう。振り向くとそこには小川があり、左腕を濡らしてしまった。
未来は慌てて彼女の元に駆け寄り、手を貸して起き上がらせた。
「ぬれちゃった……」
左手、『あの傷』を隠したリストバンドをつけてある。
彼女はリストバンドを外すとそこには生々しいリストカットの後が。
二人はしばらくそれを見つめるも歩はその小川に左手を手を入れてつけた。
「……痛むの?」
気をかける未来だが、首を横にふる歩。
「おまじない。今は切りたいって思わないんだ、全然。」
一瞬、会話が止まるが再び歩ね口を開く。
「でもまた切りたくなるときが来るかもしれない、先のことなんかわかんないから……」
歩はこれまで歩んだ全ての記憶を遡っていた。親友との友情が崩壊した中学の終わりから、高校に入り、愛海達による過酷ないじめを受けたこと。しかし、未来や薗田、そして竜馬という頼もしい人間と出会えたことも。
「……これからどんなにつらいことがあってもそのときに……自分に負けないように……」
歩は涙を浮かべていた。
「ミキや流君がいなくても大丈夫なように……」
それを聞いた未来は何を感じたのだろう――彼女は固まっていた。
だが次の瞬間、パアッと周りが一気に明るくなった。
それは山を見ると花火が上がっているのがよく分かる。そう言えば今日は祭りだ。
「……始まったんだ、祭りが」
「……行こう」
「……でもホタルは……」
「……いいの、探してくれて嬉しかった……」
歩は彼女に満面の笑みを見せたのであった。
「……また来ようよ。来年でも、再来年でも!」
未来はそんな彼女に優しく微笑むと仲良く繋いで祭りのある神社へ駆け出していった。
「行こう!」
――その上空。三人組の着物を来た謎の人間と一匹の馬が宙に浮きながら、歩と未来を黙って見つめているが彼らは一体……。
「乱王、彼女達は……」
髪を縛った女の子が馬に乗りながら、前に浮いている男に尋ねた。
「ああっ。椎葉歩、羽鳥未来……彼女達はゲッターという重い運命によって更なる苦しみを味わうだろう……」
「だが、それは人類にとって進化するための試練と言ってもよい、彼女達は人間の中でも選ばれた人間だ――」
馬の手綱を握ると大男も意味深しげな発言をした。
「見守ろうじゃないか。彼女達がこれからどう歩み、未来を切り開くのかを――。特に椎葉歩、彼女は近い未来で自分がゲッター線との関係に一番身近であると気づくことになる――」
彼らはその場から姿を消してしまったが一体何者なのだろうか――。