……電車内。
「楽しかったねーーっ♪」
「うん♪」
「マナパパの別荘、あんなに広いなんてびっくりだったよなあ――」
「また行きたーい♪」
エミとチカが表情は笑顔であるがどこか無理をしている感が出ている。
その向かい席で愛海は無言で携帯をカチカチとボタンを押しまくっている。
「…………」
誰かに電話をかけているようであるが、繋がらない。
『マナと旅行なんて死んでもイヤ!!吐き気がする!!』
行く前にそう言ったあの人物であった。
「くそっ!」
かけた人物はもちろん、今回の彼女が誘った旅行に無返事で参加せず、かつ本人に『あの発言』を言い放った、友達である『はず』の『岩本 咲』である――。
彼女は怒り、二人に乱暴に携帯を投げつけたのであった。
「完全に拒否ってる、イワちゃん」
「「…………」」
……地元へ到着し、駅に降りて一人タクシーで帰ろうとする愛海。
「じゃあね」
顔が笑っていない彼女は乱暴にドアを閉めて、二人から去っていった。
彼女がいなくなったことを見届けるとエミはその場で踞ってまってしまい、もう、泣く一歩手前の表情であった。
「どうしよう……もうウチらマナから逃げられないよ!?」
一方、チカも顔がもはや疲れきったような表情であった。
「大丈夫なハズだったんだ、マナについてれば……標的にはならないハズだったのに……これじゃ、マナと仲よくなった意味がない……」
「……は?なにそれチカ、そんなこと考えたの?
計算してウチらと友達になったってのかよ……?」
チカは力が抜けてドサッと座り込んだ――。
「もういいだろそんなこと……マナを裏切るか、ついていくか、どっちかしかねえんだよ」
絶望する二人だが、これはもう自業自得以外に例える言葉が他にない……。
「そこ右ね」
「ハイ……」
一方、二人がそんなことを言っていることも知らない愛海はタクシー運転手に命令口調でそう告げていた。
しかしそこで彼女はふと、外を眺めるとそこには……。
「!?」
偶然か、自分の憎むべき女、歩とあの男、竜馬が並んで楽しく歩いている姿が。
特に歩のその笑顔は、彼女に凄まじい程の憎悪を沸き上がらせたのであった――。
「戻って!!」
運転手にそう告げて、タクシーをUターンさせて歩達の歩く方向へ走っていくが、すぐに通り過ぎていく。
「行き先変更よ」
彼女が向かった先とは……。
………………
市内の総合病院。廣瀬は車椅子に乗って、近くのデスクで真剣に歩に対しての謝罪文を書いていた。
『――この前は来てくれてありがとう。嬉しかった――(中略)――あんたがどんな気持ちで、毎日学校に来てたのか、今なら少しだけわかる気がする。
…あんたにもまだ話したいことがあるし。
少しだけでも前向きに生きられたらいいな……』
書いている間の彼女は大粒の涙が溢れて、文字が霞んでいたがそれでも諦めずに何とか書ききったのであった。
……これが足を怪我して動けない彼女の今できる、罪滅ぼしなのかもしれない――。
書き終えて、ペンのキャップをつけようとした時、入口ドアから『コンコン』と叩く音がした。
「はい?」
扉が開いたと同時に廣瀬は激震した。何故ならそこにいたのは……。
「ほんとに無事だったんだぁ♪」
歩をいじめた主犯格、そして自分を自殺未遂に追い込んだ張本人、愛海であった。
彼女はドアの鍵を閉めて、二人きりの状態にしたのだ……。
《いやあああああああっっっっ!!!!》
気が動転した廣瀬は急いでベッドに取り付けたコールボタンを押そうとしたが、愛海に取り上げられてしまった。
「逃げられるワケないじゃない。ヒロ、マナのこと、よーーーく知ってるくせに」
廣瀬の乗った車椅子を掴むと、ベランダ方向に向け……。
「死にたいんでしょ?」
なんてことだろう、愛海は全速力で車椅子をベランダへ向かって押していくではないか。
「今度はちゃんと思いを遂げられるわよ!」
ベランダの入口に勢いの乗った車椅子が引っかかり、廣瀬だけが外に放り出された。
ここは三階。真下は駐車場でアスファルト。落ちれば確実に即死である。しかし、運よく手すりに手をかけて墜落を免れた。
「どうしたの、早く落ちなさいよ」
しかしそこに愛海の魔の手が……。
「今度はちゃんと頭からね!!」
廣瀬の頭を掴むと下の向かってぐいぐい押し込み始めたのであった。本気でトドメを刺すつもりだ。
「ゆ、許してマナミ、マナミ!!」
……愛海は襟を持ち引き上げて、床に戻すとベッドに座り込んだ。
しかし、廣瀬の顔は恐怖でいっぱいでポタポタと涙を流し続けていた。
「ヒロにやってほしいコトがあるの。最後のお願いよ、これだけ聞いてくれればあんたにはもう、何もしないわ。許してあげる」
廣瀬は顔を上げて、耳を疑ったような表情を取った。
「ほ、本当……ホントに?」
「本当よ」
廣瀬はもう苦しみの呪縛から解放されると感じ、笑顔になって頷いた……。
しかし、愛海から発しられたその頼み事とは……。
「じゃあよろしく」
――彼女は絶望し、茫然自失。
愛海はそこにあった花瓶を取ると、廣瀬の頭に水ごと花をドバドバかけ始めたのであった。
「これでマナとヒロの友情は永遠ね♪」
……愛海はそのまま出ていったが、廣瀬はメチャクチャとなったこの室内で頭を抱えてうなだれていた――。
………………
夕方。歩と竜馬は街から離れた近くの公園のベンチに座っていた。
彼の横にあの店で買った服の袋を置いているが、その膨れ上がりようを見る限り、あの以外にも買ったようである。
「あ~あっ、あの店員の口車に乗せられたせいでもう金がねえし」
「……流君て、お世辞に弱いんだね」
「……けっ」
……多少は涼しくなるが、蝉の鳴き声はまだ聞こえるこの時間、遊んでいる子供達が親に迎えに来てもらっている光景が目の前に映っている。
「まあ、普段とはまた違う空気を味わえて、よかったわ。礼をゆうぜ椎葉」
「……流君こそ、今日はあたしに付き合ってくれて本当にありがと」
……それから二人は沈黙する。何を話せばいいのか分からず、そのまま時間は過ぎていくばかり――。
だが、それも彼女から終止符を打つ。
「……流君?」
「なんだ?」
「……前に流君のこと聞いたよね?お父さんはスゴく厳しい人だったみたいだけど……お母さんは、その……どういう人だったか知ってるの?」
「お袋か……俺が産まれてすぐ病気で死んじまったみえてだし――」
「そっかあ……」
前に竜馬の部屋に泊めてもらった時、彼から確か両親がいないと……思い出す歩。
「……まあ親父に聞いた話には優しくて、だけどものすごく芯が強くて相手の気持ちがよくわかる女性だったらしい――」
「…………」
「そういやあお前に前に教えた『運命に従うのは運命なら、運命に逆らうのもまた運命』って言葉、あれ元々お袋が言っていた言葉だったって親父が言ってたぜ」
「そ、そうなの!?」
歩は驚いた。
「ああっ。親父もその言葉に共感してよく俺に口癖のように呟いていたよ。
俺も確かにそうだなと今になって感じるわ、運命なんて結局自分で進み決めるものなんだって――」
「そうだね……」
歩もそれが分かる。ついこないだまで、ウジウジし愛海達にいじめられていたが、前と向き合うことを覚えた結果、未来などのかけがえのない仲間を持つことができた――そう考えれば、自分が何か行動を起こせば善いも悪いも未来が変わるという結論を決定づけたのであった。
――突然、竜馬は立ち上がり歩の方へ視線を通した。
「よし。今日の礼に俺ができる限りの範囲でお前を楽しませてやるか――」
「え?」
「ついてきな」
……もう夜になりかけているのに、二人は街の中を入っていく――。
竜馬の後ろを無言でついていく歩。
(どこに連れていくつもりだろう……)
普通の人ならあまり入らない道などに入り込んでいく竜馬だが、ちょくちょく目につく建物がある、それは……。
(ま、まさか流君……あたしとえ、え……エッチ……したいとかじゃ……っ)
そう、『ラブホテル』である。色々アブない想像に駆られた歩は顔を赤面させて、竜馬の服をぐいぐい引っ張った。
「な、流君、あたしたちまだそんな仲じゃ――!!」
「は?何をいってやがる?」
「だ、だってぇ……あたしまだ経験が……っ」
竜馬は目を細めた。
「……お前、まさか『そっち』のほう考えたのか?」
「えっ、違うの!?」
竜馬は深く溜め息をついた。
「おい、俺はそんなつもりねえって何回も言ってんじゃねえか!!
第一、お前とヤったら俺はまた牢獄行きになっちまう――!」
「また……牢獄……?」
「……あ、いや。なんでもない。まあとにかくついてきやがれ!」
腑に落ちない発言だったが、とりあえず彼についていった先は、何故か近郊にある山の麓で、もう空が暗い今の時間に人気がないのは当たり前である。しかし、そこにはあの『物体』が隠されている場所であった。
「ここってまさか……」
「椎葉はここで待ってろ」
竜馬だけ山の中に入っていき、ただ一人取り残される歩。
(ものすごく嫌な予感が……)
歩に駆られる不安は的中していた。
数分後……。
「!!」
やはり現れた。山の中から自分のトラウマであるあの巨大ロボット、『ゲッターロボ』が……。
操縦しているのは間違いなく竜馬だろう……。
「ひいっ!」
ゲッターはいきなり歩を掬い上げて、口元のフェイスマスクの方へ向かっていくが、彼女は落ちないかと身を低くし、震えていた。
そしてフェイスマスクが真下に開くと操縦席に座り、操縦レバーを握り込む竜馬の姿が。
「椎葉、俺んとこに乗れ!」
「…………」
完全に怖がって、身体を猫のように丸くなっている彼女を見て、渡れるような状況ではないと分かる。
「ちい」
竜馬は立ち上がると、その軽快な身のこなしで彼女の元へ移動し、身体をお姫様のように持ち上げた。
「怖いか?」
頑なに首を横に振る彼女だが、強張るその顔を見ると図星である。
「ならいくぜっ!」
抱いたまま操縦席に戻る竜馬はそのまま操縦席に座り込み、レバーを握り込む。
「椎葉、嫌なら降りるか?」
竜馬に抱かれている彼女は目を閉じながらも顔をまた横に振る。
『ゲッター』を動かしてまで何か礼をしてくれる彼を失望させたくはない、この気持ちと何故か竜馬のそばにいると妙な安心感があり、彼女はこのままでいいと決意した。
「上等。なら行くぜ。しっかり掴まってな!ゲッターロボ、発進!!」
《ド ン ッ !》
地上から急発進したゲッターロボは遥か上空へ。
「椎葉、ゆっくり眼を開けろ」
「……」
彼の言われたように少しずつ目を開けていくと、彼女を待っていたのは……。
「うわああああっ……」
彼女が見たのはコックピットの全視点モニターに映る、高度約400m上空から見る、地上の景色。
都市部の色鮮やかなイルミネーションが地上全体に輝き、まるで宝石のようである。
「キレイ……こんなの初めて……っ」
歩は恐怖を忘れてうっとりしていた。
「どうだ?前の廃墟ん時はこんな余裕がなかったが、ゲッターから眺める景色もなかなかいいだろ?」
竜馬の言っていた礼とはこのことである。
「お前、どうやらゲッターの適性あるみてえだし乗せてやろうかなってな。どうだ、このままどこかドライブ飛行すっか?」
「……うん!」
「よっしゃあ、なら行くか!」
竜馬は張り切ってレバーを一気に押した。
「むぎゃぃィィっっ!」
適性があるとは言え、いきなりフルスピードはさすがの歩には負担がかかっていた。
竜馬は慌ててレバーを戻し、スピードを緩めた。
「わっ、わりい」
「…………」
――ゲッターは山の上や海上へ飛んでいた。
最初は怖がっていた歩も慣れてきたのか、目を開けて辺りを眺めているほどにまでなっていた。
竜馬は自分の膝元にいる彼女をふと見つめた。
(椎葉……思った以上にゲッターに馴染んでやがる。下手したら隼人とかよりも適性があるんじゃねえか……)
本当であるならば、ただ乗せているだけとは言え、このスピードでも衝撃耐性を施してないこの機体の飛行は訓練されていない一般人はキツイ。ましてやこんな外見、か弱そうな彼女がもうこのスピードに慣れて、今は観光に楽しんでいるのは驚きだ。
「これってどこまでいけるの?」
彼女がそう聞くと……。
「宇宙服とかの気密装備さえあれば、ゲッターはこれだけで月面までいけるぜ」
「げ、月面っっ!!?」
――月。地球の衛星。月うさぎや日本のおとぎ話に登場するかぐや姫は月の民だったというのは有名である。
近代になって、H・G・ウェルズ、ジョルジュ・メリエスの月世界を題材にした作品では『月人』という種族が存在するが、実際は空気などがなく、生き物がいるどころか、基本住めない死の星であると言うのは後の話である。
しかしさらに時代が進み、竜馬の時代になると宇宙バクテリア種『インベーダー』の根城と化して、戦火に包まれるのはこの時代の人間、もちろん歩達はまだ知らない――。
これ単体で宇宙空間どころか、その月までいけると言うのは凄まじい機体だ。
まあどれだけ時間がかかるかは検討がつかないが、さすがは未来のロボットだ。今の科学技術では到底不可能である。
「これ未来とか薗田君にも見せてあげたいなぁ」
歩は眼を輝かせている。が、ふと気付いたことがあった。
(あれ……っ、てあたし今、流君の膝下にいる……)
今、彼と密着している歩の顔はまた一気に赤面したのだ。
(けど……どうしてだろう……流君といたらどこか、身近な安心感みたいなものがあるけど……赤の他人同士なのに……)
……歩の疑問。それは竜馬も同じような考えを持っていた。
(前もそうだったが椎葉といると何故かよく、妙に懐かしくて放っておけない気持ちになるが……一体何故だ……)
互いにどこか共鳴し合う二人には一体何の関係があるのか――。