――放課後。歩一人で廣瀬の住むマンションに訪れる。階段を上がろうとすると平岡の姿が……。
「あっ、もしかして椎葉さんも廣瀬さんに会いに……?」
すると歩は急いで彼女の元に駆け寄り、
「602号室であってますよね!!」
「あ、でも……」
平岡を振り切り、廣瀬の住んでいる602号室のインターホンを鳴らすも、出たのは母親であった。
『……今はそっとしておいてくれないかしら……だれにも会いたくないって言ってるの…………』
面会を断られるも、負けじと彼女は食らいつく。
「……あの、でも、お願いします。少しだけでもいいんです……」
だが、
『ホントにごめんなさい……』
インターホンを切られてしまった。
「お願いしますっ!!お願い――」
……結局、会うことが出来ずにそこから去っていく。
(安西だ……絶対に安西のしわざだ……)
歩は分かっていた。誰の企みでこうなったのかが……。
(絶対に許せない!!)
……意気消沈した歩は階段を降りようとすると、下には平岡が彼女を待っていた。
二人は並んでマンションから後にしていく……。
「椎葉さん、ごめんなさい……あなたを守れなくて……」
「いいんです……もう」
歩のその言葉には心がこもってなかった。
「もうあたし、学校にはなにも期待してませんから……」
「…………」
……二人は、帰り道にとある小学校の横を通った。
放課後ということもあり、小学生達が元気で校庭でボール遊びをしている姿を平岡が懐かしむ目で眺めていた。
「ここね……わたしが通ってた小学校なんだ」
彼女は昔の自分を重ねて、こう話した。
「昔はみんな、裸足で校庭を駆け回っていた……三年生のときの担任の先生が、『コドモはのびのび育つのが一番』っていつも言ってたの。
けど裸足なんて危険だって……反対する親や先生もいたけど、その先生はいつもひとりで校庭の石拾いをやってた……」
彼女はニコっと笑って歩に微笑んだ。
「とても生徒思いの優しい先生で――その先生に出会えたからわたしは先生になりたいと思ったの」
……すると歩はこう尋ねた。
「……今はその先生、どうしてるんですか?」
――平岡の顔は一気に暗くなった。
「……砂場にね、埋もれてたガラスの破片で足を切っちゃったコがいてね、問題になっちゃって……他の学校に飛ばされちゃったの」
彼女はフェンス越しでその砂場を眺める。
「……今思うと、それだけじゃなくて他の先生にも厄介者扱いされていたのかもしれないわね」
フェンスに手をかけつ座り込む彼女は……涙を浮かべていた。
「生徒には人気がある先生だったけど……理想だけではうまくいかないってこと、わたしは教師になるまでわからなかった……。
どうしてかしら……みんなはじめは夢をもって教師になったはずなのに……生徒に、失望させるような学校にしたいなんて、だれひとり思ってないはずなのに……」
彼女はうなだれてしまう。その時は微かに吹き、地面に置いたとあるファイルがめくれる。
それは歩のクラスメート全員の詳細、そして今の心境、悩み、全てが書かれたファイルであった。
「もしかして……クラス全員の家を回ってるんですか?」
「あ……うん。学校を出て……ひとりひとり話してみると、結構心を開いてくれるコもいるの」
平岡はファイルを拾い上げ、整理すると歩にその屈託のない、穏やかな笑みを見せた。
「わたしは廣瀬さんがイジメの主犯だなんて少したりとも思ってないから。
少しでも、あなたの力になれるようがんばるからね」
そう言い、去っていく彼女に歩は思った。まだ……この腐り切ったこの学校に捨てたものではない、ちゃんと考えてくれる教師がいるんだと――。
――一方、愛海宅では岩城が愛海の父、富美男に今日のことについて話していた。
「いやーーよかったよかった、真犯人がやっと見つかったというわけだな!!」
「……本当に申し訳ございませんでした」
特報に高笑いする彼は、事実を知らないくせに暢気なものである。
「まあよいよい、これで一件落着ではないか!」
「……」
ご機嫌である富美男に対し、岩城はまだご機嫌を伺っている表情である。
「……しかしかわいそうになぁ。愛海のような心やさしい子が巻き込まれんようにしてもらわんと……」
「ハァ……」
「もっとよい学校づくりが必要なんじゃないのかね?」
岩城は額の汗を拭うと、早々と退室しようと立ち上がる。
「――ではっ、わたしはこれで……」
「ちょっと待ちたまえ」
富美男は立ち上がり、後ろを向いたまま立ち止まっている彼にこう告げた――。
「もしも……今後の学校改革にわたしの助言が必要ならば、いつでも受けにくるがよい、待っているぞ!!」
――と。
……休日。都市から近くにある端ケ前海岸。そこにはエミとチカの二人だけで遊びに来ているが……。
「……なあ、ヒロのこと……ホントにこれでいいのかよ……」
「ま~~~~だ言ってんのかよ!もーいーじゃん、ウチらこれで無罪だよ?
椎葉をいじめてたこともさぁ」
チカは肩荷が降りて笑っているが、エミは罪悪感丸出しの表情であった。
「イワちゃんだって学校休んでうまく逃げてんだから気にすんなって!」
しかし、エミの口から出たのは驚愕の一言だった。
「何を言って……イワちゃんは九州の学校に転校したんだよ!?」
「はあっ!!?ウソだろ!?」
「マジだよ……っ」
岩本は愛海に第三のイジメのターゲットにされるのを畏れて、夏休み中に九州へ引っ越したらしい。彼女は文字通り『逃げた』のであった――。
さすがのチカもこればかりは平然といられなくなった。が……、
「ほっ、ほら、だからさっ、ウチらもうまくやろーぜ。せっかくマナ避けてまでこんな遠くまで遊びに来てんだからさ!!」
やはりこの二人も愛海に対して距離を置くことにしたのであった。
「わぁおっ、キレーーッ♪」
夕日の波打ち際の景色が美しく、写メを取るともそこにとある『余計なもの』まで写ってしまう。
「……ゲ、カップルうつっちゃった……」
「しかもキスシーン……」
「消せ消せ、ソッコー消……」
しかし、瞬間二人は固まった。何故なら……。
「「ぎゃああああああーーーーっっ!!!」」
そのカップルとは……何と克己と戸田であった。
口づけまでかますとは……この二人は一体……。
「キレーになったね先生!」
「やぁだ♪」
まるで少女漫画みたいな演出を繰り広げる二人……そこにエミ達が写メを取ってしまったことも気づかずに……。
「もうボクの心は先生だけのものだよ」
「佐古君……」
うっとり顔である戸田だが果たしてこの後無事に済むのだろうか……。
……その夜。愛海が夜遊びから帰ってきた時であった。
「あーーっ、楽しかったァ♪」
多分、友人である車から降りてご機嫌で家に入ろうとするも、そこに……。
「あっれぇ、こんばんはぁーーっ♪」
家の門に立っていたのは平岡であった。しかも、顔色一つ変えず、無口で。
「あなたはたくさんの嘘をついているようね、安西さん?」
「嘘……」
「廣瀬さんに嘘の証言をさせたのもあなたなんじゃないの?」
核心に迫る平岡。愛海は突然、おどおどしたした態度を取り始め――。
「あのことなら本当です……わたしは……いくら友達の頼みだからって人をいじめるなんてこと……やりたくなかった。
怖くて逆らえなかったんです、ずっと……!!」
泣きつく彼女に平岡はため息を吐いた――。
「そんな演技はホント上手ね」
彼女にはお見通しであった。愛海は「チッ」と舌打ちをかます。
「もうわかってるのよ、あなたは廣瀬さんをハブにして自殺に追い詰めた。
彼氏を盗られたと思い込んで椎葉さんをいじめていた」
「…………」
「勇気を出して事実を話してくれたコがいるの」
――しかし愛海は何も言わずに、門を閉めて家へ入っていこうとしたのだ。
しかし平岡は諦めずに彼女にこう言い放った。
「あなたはいつか絶対に孤独になる!!」
「……」
「それでもいいの?」
平岡はつい感情を出して叫んでしまった。
「……本当は今だってつらいんじゃないの?人を苦しめているのはさみしいからじゃないの……安西さん!?」
愛海は振り向いた。だが――。
「キモチイイからですよ」
「!!?」
その時の彼女はまるで悪魔のような笑みを浮かべて平岡にその黒く汚い本性を露にした。
「セックスなんかより何倍もね♪」
「……っっ!!」
「あたしに逆らった奴は苦しんで地獄に堕ちりゃあいいのよ」
何と、相手が教師であるにも関わらずその場で顔に唾を吐くと言う冒涜行為を働いたのであった。
平岡はついに怒りを露にし、彼女に平手打ちをかまそうとするが、
「いいんですか?わたしを殴ったらどうなるか……おわかりでしょう?」
……ついに殴ることなど出来なかった彼女は必死に我慢をしている。その姿をほくそ笑んだ愛海は平然と家に入っていった。
自室に入り、トボトボ去っていく平岡を二階から眺めている愛海は険しい表情であった。
「またうるさいハエが湧いてきたわね、潰してやろうかしら」
棚にかけてあった可愛らしい人形を掴むとその首を力一杯絞めて、壁に投げつけた。
“あなたはいつか絶対に孤独になる!!”
その言葉が頭に響いていたのであった。