「見なかったことにしよーぜ」
次の日、学校が始まり教室でエミとチカの二人はあの『写メ』を見ながら深刻な表情をしていた――。
「なにが?」
「「あーーっっ!!」」
偶然にも現れた、一番見られてはいけない人物、愛海によって携帯を取り上げられてその写メを見られてしまう……。
「……いやっ、ウチらそれ……」
「端ケ前海岸で偶然見ちゃって……」
その内容にその場で固まる彼女は携帯をこれでもかと言わんばかりに握りしめた。
「あとでこの写メ、マナのケータイに送っといてね……」
「「…………」」
投げ捨てるようにチカに返すと愛海は二人から去っていった……。
「どいつもこいつもふざけやがって……っ!!」
凄まじく不機嫌な表情で廊下を歩いていく彼女とすれ違うカタチで、歩と未来、そして薗田が現れる。
「そっかあ……廣瀬には会えなかったんだね……」
「こんなことになるんなら……夏休みの間にもっと話しておけばよかった……」
落胆しながら教室に入ろうとした時、こんな会話が……。
「ねえ見た?なんかスゴくなかった職員室……」
「あれケンカ?」
「平岡と主任の岩城が……」
……何か職員室で起こっていることを耳にした彼女らは一目散に廊下を走っていった。
そして職員室では言っていた通り、平岡と岩城が大声で何か揉めあっていた。
「納得できません!!どうして彼女が謹慎処分なんですか!?」
平岡は次に校長室に強行し、校長の前に立った。
「処分を取り消して下さい」
そう伝え、戸惑いを隠せない校長。その様子を野次馬と化した生徒達は廊下側からドアをそっと開いて覗き込んでいた。
「なに?」
「謹慎だって、あの車椅子のコ」
……ちょうどついた歩達にもそれが伝わる。どうやら廣瀬に謹慎処分が下ったらしい……。
「彼女は真のいじめ加害者ではありません、むしろ被害者です。本当の犯人は別にいます!!」
断固たるその力強い声を張り上げる平岡だが……。
「――しかし、本人が言ったことだ。処分にも納得している――」
《バンっ!!》
平岡は突然、持っていたファイルを机に叩きつける。
それはクラスメートに聞いた現状の悩み、証言全てをリストアップしたものであった。
「これはわたしが言っていることも全部クラスメート『本人たち』が話してくれた真実です」
それ一枚一枚には、凄まじい数の生徒達の悩みが書かれていた。
「この問題はそんな単純で表面的なものではありません。
『クラスが楽しくない』、『学校に行きたくない』、『人を信じられなくなった』と、これだけ悩んでいる生徒が沢山いるのです」
このファイルのおぞましい程の内容に校長は唖然としている。
「目をそらさないでちゃんと前を見てください。そして誰を処分すべきなのか、もう一度よくお考え下さい」
……彼女の勇姿に教師全員が固まっている。それを見に来ていた愛海達の表情が険しくなり始め、
「ヤベーじゃん……」
しかし、歩と未来は平岡の姿を尊敬するような眼差しを送っていた。
「かっこいいね、平岡……」
「うん……こんな先生がいたんだ……」
……偶然、そこに居合わせた竜馬もそれを見届けると去っていく。しかし竜馬の表情はどこか腑に落ちないようであった。
(ほう、あんな先公がこんな腐った学校にいたなんてな。
だが何の妨害がないとも言い切れねえ、深追いして痛い目見なけりゃあいいんだが――)
……今日の帰り道、歩と未来が平岡について話していた。
「……平岡先生、教師になろうと思ったのはね、いい先生に出会えたからだって言ってた……」
「会えたのかもしんないね、ウチらも」
笑顔で希望に溢れる二人であったが、数日後にはその希望もあっけなくぶち壊されることになろうとは誰が予測できたことか……。
「あなたは今日づけで、湧厳(ゆうげん)高校に異動となりましたので、よろしくお願いします」
校長から突然の転任の辞令を下され、頭の中が真っ白となる平岡。
「まあ……できたばかりの学校で少々にぎやかではありますが、あなたのような熱意ある教師を“ぜひ”と言われましてね……」
「頑張って下さい」
教頭に笑顔で激励されるも、彼女には『厄介者払い』をして清々したような表情でしか受け取れなかった。
「邪魔者は消えろ……と、いうことですか……?」
震えながら問う彼女に対する応えは、
「もう決まったことですから」
「“よそ”の学校の人がもう関わらないでほしいですなぁ」
……職員室で淡々と荷物をまとめる彼女を深刻な表情で見つめる教師、平然と見る教師、中にはほくそ笑む教師の様々だ。
そして挨拶もなしに出ていった。
「おっ?」
偶然、竜馬が通りかかるが彼女は大量の荷物を持ち、俯いたまま何も言わずに素通りしていく。
。
「やっぱりな」
竜馬の予感が的中していた……。
彼女は階段を降りようとすると、下から『パチパチ』と拍手する音が……。
「おめでとう、男子校なんですってね」
現れたのは愛海であった。
「ちょっと調べればわかったハズよ?ウチのパパと教育長サンが知り合いだってことくらいね?」
彼女は平岡の元へ行くと、耳元でこう呟いた。
(残念でしたね……オマヌケさん……♪)
《バシッ!!》
怒りの限界を超えた平岡はついに愛海に本気の平手打ちを食らわして、吹き飛ばした。
「恥を知りなさい」
「~~~~っ」
しかし愛海も負けじと立ち上がり、返しの平手打ちを彼女の頬にかましたのだ。
つけていたヘアピンが吹っ飛び、長い髪をバサバサに下ろした彼女は見下すような顔で愛海を見つめる。
しかし、そんな平岡を彼女は再びほくそ笑んだ。
「マナは孤独になんかにならないわ。そうなるのは椎葉よ」
そして愛海は彼女から去っていく、こう言い捨てた。
「サヨウナラ」
――その時、校長室では校長と学校に訪れた富美男がとある会話をしていた……。
「すいませんね安西さん、お宅の前に押しかけたという問題教師は異動になりましたので……」
「まぁアレですな。膿はどんどん出していかねばなりませんからなぁ、ハハハッ!」
そして平岡が出したあのファイルは全て教頭の手によって、シュレッダーにかけられて処分されていた……。
――放課後、雨が降る街の中、傘を忘れた歩は一人走って帰宅途中……。
「平岡先生!!」
偶然歩いていた彼女を見つけて声をかけたがどこか様子がおかしい。
すぐに駆け寄るが、平岡は持っていた荷物を落として地面に散らかしてしまった。
「なにかあったん……」
「あたしね、違う学校に飛ばされちゃったの、今日から……」
歩は絶望する。いきなり訳の分からないことを言われて頭が混乱する。
「……うそだ……っ」
「ホントなの、負けちゃった……」
立ち尽くす歩。そして平岡は散乱した荷物を拾っている。
「……結局わたしは何にもわかってなかったのよ。自分の行動でどんなことになるのかも……生徒がどんな気持ちになるのかも」
しかし、彼女は最後の一つを拾うところで動きは止まった……。
「でもわかろうとしてくれる人は……あの学校には平岡先生しかいなかった……っ!!」
振り向くと歩は大粒の涙を流していた。信用できる教師が……あの腐り切った学校の中で一番頼れる教師がどうしてこんな酷い目に遭わなければいけないのか……。
「あのとき……あたしの尊敬していた先生もこんな気持ちだったのかしら……」
平岡は近くにあったブランコに乗ると、彼女に優しく微笑んだ……。
「ごめんね……」
しかし、すぐにあまりにも悔しすぎて彼女の瞳から涙がこぼれている。
「こんな先生でごめんね……」
「先生……」
そして平岡が最後に彼女に言った言葉が……。
「なにも出来なくてごめんね……!!」
……その場には雨が降りしきる中、歩ただ一人だけ泣き崩れる姿があった――。
……世は残酷である。真面目で実直な人間は肩身の狭い時代、どうしてこんな時代になってしまったのだろうか……。
平岡は一人トボトボ異動先の学校へ歩いていると――、
「おい」
目の前に一人の男が現れた。死んだような顔をゆっくり上げると彼女は驚いた。
「あ、あなたは……流君!!?」
なんと竜馬だった。平然とした顔で傘を差して、彼女の方へ見つめていた。
「ちいと面貸しな」
「……?」
「何も言わずにまあ、ついてきやがれ!」
そう言われて彼についていくが一体どこに……。
しかし竜馬がついた場所は……。
「へい、醤油ラーメン二丁お待ちぃ!!」
「さあ、食おうぜ!!ここのラーメン屋、最近見つけてよぉ、かなりうめえんだぜ?」
「…………」
街から離れた場所にあるラーメン店内。その古びた様子を見るとかなりの老舗と見た。
「あ、あなた、なんで……」
当然の如く、カウンター席の円イスに座るも訳が分からなくアタフタしている平岡に竜馬はもう麺をすすって食べている。
「ほら、麺伸びちまうウチに早く食えって。落ち込んだ時は腹いっぱい食ったほうが少しは気が張れるだろうぜ」
これも異動することを知っていた彼なりの気遣いがうんだ行動であった。
「あっ、俺金がねえから平岡先生、アンタが出しといてくれや」
「え、ええっっ!!?」
さすがにこれはあんまりである……。
「まあまあ、いいじゃねえか。あんな犬のクソにも劣る学校から離れられてよかったじゃねえか」
すると平岡はシュンとなった。
「わたしは……椎葉さんと廣瀬さんを救うことが出来なかった……それだけがものすごく悔しくて」
竜馬はコップに入った水を小量飲み込むとこう言った。
「まあはっきり言って、一介の教師がやることがデカすぎたな」
「…………」
「先生のやってること、言ってることは誰の目から見ても正論だ。俺もこんな先公が学校にいるなんて思わなかったぜ。
だがな平岡先生、アンタに足りなかったのは『仲間』だな。
理想を一人で掲げて多人数を相手に挑むなんぞ、よほどの実力差……地位がない限り、返り討ちに遭うのがオチだぜ、団体スポーツと同じだ」
「仲間……」
やはり自分のミスを竜馬に指摘されている。
「だけど……あのままじゃあ椎葉さん達のような被害者があまりにも可哀想で……誰かが動かないといけない状況だった」
「あの学校は崩壊の一途を辿っている。あのままならいずれ取り返しのつかねえことになるな、まあ興味ねえけど」
「なんでイジメなんてあるのかしら……」
すると竜馬はこう言った。
「俺は肯定する気は全くねえが……いつの世もイジメは絶対になくならないと思うぜ」
「…………」
「大体の原因がムカつくからイジメる、そのムカつく気持ちになんのは人間の本能だ、こればかりはどうにもならねえ。
イジメだけじゃね、それが喧嘩や闘争、果てには戦争に繋がるんだ。人間てのはなまじ複雑な感情持っちまったばかりに相手を踏みにじったり、相手を陥れ、騙したりするんだ」
なぜ竜馬がこんな論を語れるのだろうか……あたかも自分が経験しているが如く。
「……安西愛海、彼女は本当に危険すぎる生徒だわ……椎葉さん、いや、彼女に関わる生徒達がこの後も心配で――」
しかし竜馬は目を細めた状態で平岡の方へ向いた。
「なあ平岡先生、あんた椎葉をナメてねえか?」
「えっ……なめてって……」
「あいつはそこまで弱い女じゃねえよ。
あいつは何されても安西のヤロウ、いやあの学校そのものに反抗的態度とってんじゃねえか、それは形はどうあれ立ち向かっていると言えねえか?」
竜馬は歯を剥き出しにして笑う。
「ふん、楽しくなってきたじゃねえか」
「た、楽しくなってきたとは……?」
「あいつが安西相手にどう倒すかをな。
あのまま押されて挫けるようなら椎葉はそこまでの女だったってことよ。だがな、逆に食らいつくのなら、あるいは安西をぶちのめすことができるなら――」
「で、できるなら……?」
「椎葉は羽鳥と薗田とかのおかげで徐々に成長してきている、あいつはもしかしたら、あの学園に光明をもたらすことができる唯一の存在なのかもしれねえな」
「…………」
平岡は不思議な気持ちになった。このRPGゲームのような展開と予言じみたその言葉に、なぜか説得力を感じることを。
「流君、あなた何者なの……?」
「俺はただの男子生徒よォ。まあ、安西か椎葉のどっちの味方をするかつったら……椎葉の方だがな」
……そして食べ終わったラーメン屋から出て、街中を入っていく。
「平岡先生よ、もう行くのか?」
「……ええっ。転任先の学校に挨拶しに行かないといけないの」
「そうかい、なら応援してるぜ」
そして二人は別れようとした時、彼女はその場でピタリと止まった。
「……ねえ、何か声みたいの聞こえないかしら?」
「なに?」
何か声のような音が彼女の耳に響いた。
耳をすますと平岡はその方向へ駆け出した。
「こっちだわ!」
彼女が入っていったのは路地裏。狭い中を通っていき、抜け出した場所は今は誰もあまりいない河川沿いであったが、確かに複数の声のようなものが聞こえる。
河川敷から下を見ると男子高校生が集まっているらしいが……。
よく見ると、木刀やバットを携えた、見るもわかるヤンキー面した奴らが一人の気の弱そうにおどおどする男子高校生を追い詰めている。
カツアゲか何か脅迫を行なっているように感じられる。
「大変、すぐ助けないとっ!!」
「平岡っ!!」
彼女は降りていくと、恐れる様子を見せずに彼らへ向かっていった。
「あなたたち、何をしてるの!!今すぐやめなさい!!」
「ああっ?」
彼女の声に反応して全員が振り向いた。
「誰だアンタ?」
「今すぐ、彼を放しなさい。怖がってるじゃないの!!」
「うるせぇな、これは俺達の事情なんでな。どこの知らない奴が勝手に割り込んでくんじゃねえよ」
「木刀とかバットとか……そんな危ないもの持って、どう見ても不審じゃない!」
すると集団の一人が木刀を携えながら彼女に近づいてきた。
「アンタ、女のクセに度胸あるなァ。俺、そういう女好きだぜ。どう、今から俺とちょっと付き合わねえか?」
舌をチロチロ出しながらイヤらしい目でメンチをきるこの男に彼女は……。
(この制服の校章……あたしの今行く湧厳高校のじゃない!?)
転任命令を言い渡された時の辞令書に載っていた先の高校の校章と重なる。彼れらは彼女の転任先の生徒であった。
すると、彼女は……。
「アンタ達、男のクセに恥ずかしいと思わないの?こんな集団でよってたかるなんて」
「何だと!?」
「どうやらわたしの教え子になりそうな生徒はヤンチャみたいだから、あたしが根性叩き直してあげようか」
突然強気と化す平岡だが、一体何が……。
「おい、女だからってそろそろいい加減にしろや」
彼らは威圧をかけるように彼女に向かっていく。
「やべっ、助けねえと――」
上で見ていた竜馬はすぐに降りていく――。
「そこのあなた、早く逃げなさい!!」
その男子高校生は、彼女の叫びを聞き入れ、一目散に逃げていった……。
「あっ!!」
「おい、女ァ!!何しやがる!!」
胸ぐらを掴まれ、木刀を向けられるも彼女は全く怯える様子を見せなかった。
「もう、あたしは逃げない。椎葉さんのように、食らいついてみせる!!」
「何をいってやが――」
「おい!!」
竜馬が駆けつけて木刀を持つ方を手首を掴み、全力に近い強さで握り込んだ。
「ぎゃああああっ!!」
「流君!?」
「女に木刀向けるなんざ、やり過ぎだぜ」
――木刀がその場に落ちるも何故かそれを拾う彼女。
「流君、ここはあたしに任せて!」
「はあ?何いってやがる!?」
「生徒のあなたが手を出したらそれこそ……大丈夫、彼らを傷つけるようなことはしないわ」
「……?」
唖然となっている彼らの前に立つは今まで見せたことのない怖い表情をした平岡の姿が。
「いくわよ!!」
木刀を両手持ちすると、何故か円を描くかのようにグルンを回す。それにつれて黒い『何か』が空気中に発生した。
《九龍覇剣、虚空斬破――っっ!!》
『黒い物体』を彼らとは別に川の方へ木刀を振って投げつけた。真っ直ぐ、そして速く、川の表面に直撃するいなや、その物体へ水が吸い込まれるドコロか、そのまま川の底に大穴を開けたではないか。
その光景を見た竜馬含む、平岡以外の全員が驚愕した。
「さあ、身体に大穴を開けられたいのなら、かかってきなさい!」
しかし、彼らは……。
「ば、化け物だあ!!」
「逃げろお!!」
恐れおののき、一目散に逃げ帰っていった……。
「化け物……確かにそうよね」
あの竜馬ですら、彼女の特異性に唖然としていた。
「……平岡先生、あんたこそナニモンだよ?」
「…………」
平岡は木刀をその場に落とし、俯いた。
「……あたしね、家系が変なの。何でも『九龍忍群』て言う歴史の表舞台に出てこない忍者……だったかしら、その末裔らしいの。
さっきみたいなのも代々受け継がれてきた技なんだけど、あたし『化け物』扱いされたくなくて使わないようにしてたの……」
特殊な出生を語る彼女。しかしあまり快く思っていないみたいだ。
その証拠である先ほどの現象を使えるのは普通の人間では無理だ、彼女は過去に『化け物』と言われたことがあるのだろう――。
「フフフ……ワハハハっっ!」
竜馬は突然大声で笑い出す。彼女はそんな彼を不思議そうな視線を送る。
「やっぱり教師に向いてんぜ、平岡先生よォ!」
「……?」
「俺は戸田よりアンタの授業、受けたかったぜ、心んから応援してんぞ!!」
竜馬は手を振りそのまま、一人で去っていく。その様子にポカーンとなるも、何故か心が洗われていくような感じがした。
「流君……フフフ、彼もホント不思議な生徒ね」
平岡先生は土手に上がるとやっと目的地の高校へ向かいはじめた。今度は胸を張って――。
「ようし、やってやるわよ!!」
雨上がりの道を彼女は胸を張って歩いていった。