「別れよう、カツミくん」
佐古宅に押し寄せていた愛海がちょうど帰り際の彼に突然、そう告げる。
固まる彼に彼女は追撃をかける。
「好きなんでしょ?戸田先生のこと」
「!?」
知られたくない事実を摘発され、挙動不審に陥った。
「ご、誤解だよマナミ……。そりゃあ最近話すことはよくあったけど……い、色々相談に乗ってただけで……」
「いいの先生なら……」
「えっ……」
「……戸田先生はね、ずっとマナの味方でいてくれたの。悪者みたいになったときもかばってくれた……」
彼女は予想外な反応を見せるが……。
「……カツミくんの想い、先生に届くといいね。けど、きっとマナより大変だよ?相手は先生だもん!」
涙ぐんだ笑みの彼女であるが多分、演技だろう……しかし克己にはそれは知らない。
「パパにはなにも言わないからね」
「なっ、なんだって……っ」
「これはマナ達の問題だから最後くらいパパにはなにも言ってほしくない……、もしなにか聞かれたら、マナに好き人ができたって言う……」
「マナミ……っ!」
愛海は突然、つけていたネックレスを外し出した。
「これ、カツミくんがはじめてマナにくれたプレゼントだったね……ありがとう大好きだったよ」
ネックレスを克己の手にのせ、立ち上がり入り口のドアを開けた。
「バイバイ……」
愛海が去っていったこの室内には克己だけが取り残された。
「夢か……夢かあ……クククッ」
彼は顔を床に伏せ、身震いしていた。
「だいたいオレは……椎葉のことでオレにまでイジメの疑いがかかっちゃマズイと思っただけなのに……そしたら戸田を利用して上手く切り抜けてやろうと思ってただけなのに……」
カバンから学校や、塾の教科書を床にばらまくと足で踏みにじったのだ。
「もうムリヤリ勉強することもない、オヤジに殴られることももうない!
なんせマナミからフラレたんだぜえ!!」
彼は高笑いし、フォトボードに貼られた彼と彼女の写真をベリベリ剥がし始めた。
「これでもう……あいつの父親に怯えることはないんだ……」
嬉しさのあまりに涙を流し、外まで聞こえるほど騒いでいた。が、
「いーザマね、これから地獄に落ちるってのに、分かってますよね戸田先生?」
家の外で自分の携帯に写る『あの画像』を見ながら、愛海はこれから起こるであろう、惨劇を待ち遠しく薄ら笑いしていたのだった。
――次の日、クラスでは暗雲に包まれていた。
「信じらんない……平岡先生がなんで異動なの……?」
エイコ含めた、平岡を慕っていた生徒達が悲しみに包まれていた。
「廣瀬、マジで謹慎になっちゃったんだよなあ……」
彼女を心配する声も上がる。そんな中、竜馬だけがあいかわらずのんきに机に寝そべっていた。
そして愛海は平然とし、そのトリマキのエミとチカはこの事態にビクビクしてうた。
そんな中、中年の禿げた男性教諭が入り、教卓についた。
「戸田先生は教育委員会の関係の仕事で午後からね~~ェ」
その鼻抜け声から、いかにもやる気のなさそうな印象である。
「一応出席だけとるかァ……そこは?」
中央の空いてる席を指すと、隣の生徒がオドオドとした態度で、こう言った。
「ひ、廣瀬さんです……」
「ああ、なら欠席は羽鳥だけな――?二日連続だぞ――」
未来はバイトが忙しいのか最近欠席ばかりである。
(ミキ……)
歩はあの一件以来、暗い表情であった。
「あとね、わたし新しい副担任なんでよろしく。じゃあ授業始めるかァ――」
歩は顔を机に伏せた。目をつぶると平岡が悔し泣きする姿ばかり脳裏に浮かぶ。
(もういないんだ)
彼女に悲しみが再び込み上がったがどうすることも出来なかった。
――午後の掃除時間、教室に戸田が入ってきた。しかし彼女は前のような盛った髪型ではなくオールバックに近い、そして何とも近寄りがたい雰囲気を出していた。クラス内はざわめいた
「今日は遅れてすみませんでした」
――そして終礼時。担任である戸田から昨日の出来事について話された。
「平岡先生のことは突然で……みんなもびっくりしていると思います」
すると彼女からこんな発言が……。
「実は平岡先生は、以前からずっと異動を希望していました」
瞬間、俯いていた歩の眼の色は変わった。
「新しい学校では担任ももてるみたいです。だから彼女が抱いていた夢や理想はこれからもっともっと、花開いていくことと思うの。私も平岡先生の頑張りが認められて本当によかったと思います」
明らかにデマカセだ、嘘だ。平岡の本心を知っていた歩にこれ以上ない怒りが込み上がった。
「いろいろあったけど、先生も今きっと頑張ってると思うからみんなも負けないようにね」
終礼が終わり、去っていた戸田をもはや押さえきれなくなった歩は立ち上がり、教室から去っていった。
「先生は異動なんか望んでなかった!」
戸田に追いつき、彼女の無念を後ろからぶちまけた。
「あんたなんか先生じゃない……平岡先生だけがこの学校で唯一の先生だった!!」
すると戸田は振り向き、彼女へ向かっていく――。
「つらかったわよねぇ椎葉さん……廣瀬さんに酷いイジメを受けて……大丈夫、これからは私たち教師がイジメのない学校にしていくから」
その笑みはその場限りの言い逃れ、免罪符のようにしか歩は感じられなかった。
その陰から愛海は拍子抜かれたような表情していた。
「なにアイツ。さっさと消してやろうとしたのに……イガイとイイ仕事しそうじゃない♪」
彼女はこう思った。利用価値はあると――。
歩はカバンを乱暴に取ると身振り構わず出ていく。
「椎葉さん!」
心配した薗田が彼女の肩を掴んだが振りほどかれる。
「ごめん、ミキに会いたい……」
涙目になりながら、そのまま走り去っていった。彼はそのまま放心したが、
「どうした?」
竜馬が後ろから声をかける。
「あ、流……」
二人は去っていく歩を見ていた。
「そんな心配することねえよ。あいつはあいつの思うようにやらしときゃあいい」
「……」
彼からの言葉は根拠もないのに、ナゼか安心感が持てるのであった。
「薗田、頼みあんだけど、いいか?」
「頼み?」
「悪いが500円貸してくんね?金欠なんだ」
「…………」
――歩は無我夢中で未来のバイト先へ向かった。だが閉店の札が貼られていたので、彼女は別のバイト先に向かうべく、街中へ入って行く。
(ミキ……ミキ……なんでいないの……ミキに会いたい)
歩は優しい彼女にすがりたかった。それは廣瀬、平岡、自分に心を開いてくれた人間が次々にいなくなる悲しさのあまり――。
彼女はこけて倒れる。周りの人は注目するも何も見なかったかのように目をそらす。
(みんな、いなくなっちゃう……みんな……)
「アユム」
顔を上げると、笑顔の本人が見えた。
「ミキ……!」
手を差し出すが、彼女の身体を通り抜けたのだ。これは歩が会いたいあまりに生み出した虚像であった。
(ごめんね……)
悲しそうな顔で消えていく彼女に、廣瀬達の姿と重なるのを見た歩はついに……。
「み……ミキーーっっ!!」
この場で悲痛な叫び声を上げたのであった。