気が済んだ二人は、先にあがらせてもらい、未来の自転車で二人乗りしながら帰っていた。しかし、着替え忘れたのかバニーガール姿のままである。気づいていないのかもしれないが、周りの視線は絶対に避けられない。
「ねえ、あんなことしてよかったの?」
「何が?」
「だってお店……停電させたし非常ベルも鳴らしたんだよ?他のお客さんいたのに……」
「だーいジョブ!店長や他の店員もグルだしね。
わたしが明日から、倍稼いでやるってのよ!!」
彼女は全く気にしておらず、満面の笑みで答えた。流石は未来である。
歩はつられて笑いそうになるも、どこか悲しげな表情へ変わった。
(ごめんね、いつも頼ってばかりで……)
……目の前の右側にある曲がり角、そこから人が出てきた。もう薄暗いため、街頭がついているも誰かはよく分からないが凄くガタイの大きい男性のような姿に見えるも近づくとそれが誰なのかがよく分かった……。
「おわああああああっっ!!」
「「な、流(君)っっっ!!?」」
竜馬だった。こんなタイミングに出会うこの男は羨ましいのかどうなのか……。未来はびっくりしてブレーキハンドルを握り、竜馬はその場で固まった。
「なんであんたがここに……」
「それよりお前ら……そのカッコウ……恥ずかしくないのか……っ」
「「えっっ」」
二人は自分の格好を見ると、やっとおかしいことに気づいたのだった。未来はともかく歩は完全に羞恥が跳ね上がり、あたふたしていた。
「こ、こ、これはそのね、流君――!!」
「……」
すると未来は開き直ったのか、竜馬にこうふっかけた。
「流、あたし達のセクシーな姿、今だけよ♪どお?ほらアユムも中々負けてないよ、なかなかいい胸してんでしょ~っ」
「み、ミキ~~っ!!」
「俺をおちょくってんかてめえは!!」
「なあんてね♪」
竜馬さえも冷やかす未来は本当に肝の座った女性だ。
竜馬は顔を反らし、こう言った。
「見なかったことにしといてやるから早く行け……他の奴らに見られるのもアレだろ」
「流君……」
「……色っぽいじゃねえか……二人とも……」
二人は彼の言葉に互いに顔を合わせて笑った。
「ありがと、じゃあね流♪」
「流君、また……」
二人は自転車で去っていった。竜馬は少し沈黙した後、頭をポリポリ掻いていた。
「俺も、経験不足ってヤツか……にしてもなんであんな格好してたんだアイツラ?」
……そして二人も、
「着替えなきゃね……」
「あ、あのまま帰って来ちゃったもんね……まさか流君に見られるなんて……」
――すると未来は突然、
「家来る?」
「えっ」
「近いんだ、泊まっていきなよ」
そう言われ、二人は向かった先は二階建ての古いアパート。築ウン十年は経っていると思えるほどだ。
入ると、古き良き時代を思わせる雰囲気をかもしだしていた。
木製の階段を上がろうとするとギシッときしむ。歩は一瞬、ビクッとした。
「ミキ……お父さんと二人暮らしなんだよね……今、お父さんって家に……」
「いないよ、入院してる」
「えっ……」
思わず大きな声を上げてしまい、未来は慌てて静かにするよう促す。
二階の共同の郵便棚から自分の郵便物を取り出し、鍵を開けて自分の部屋に入っていく。
「普段はね、家で休んでることが多いんだけどさ、 短期間入院したりするんだ、体調崩したりとかね、けど今は検査入院だから心配しなくていいよ」
不安感に襲われた歩だったが、一安心しため息をつく。
「お、おじゃまします……」
二人は私服に着替えて、未来は調理場に移動する。
「夕ご飯まってな、今作るから!」
歩は居間のテーブルに一人座っていた。辺りを見渡すと室内自体は古くさいが、物はちゃんと整頓されていた清潔である。
(ここで……お父さんと二人……)
すると彼女は一角の片隅のある不思議な物を目にした。
近づくと医療用酸素ボンベ、救急用人工呼吸器、心臓病系統の医学書が置かれている。どうやら彼女の父親は心臓疾患を患っているらしい。
(心臓が悪いんだ……)
すると足元に何かが当たる。振り向くと未来の開いたバッグが倒れて中身がこぼれていた。
すぐにいれようとした時、一枚の写真が落ちた。それを見た歩は固まった。
「ミキ…………?」
写っていたのはどうやら海水浴での母子の写真。母親はまさに彼女そっくりの美人であり、子はあどけない表情の幼く可憐なまだ幼稚園か、小学校に入りたてぐらいの女の子だった。
「お母さんだよ」
彼女がお盆に出来立ての料理を持ってきてそう言った。
「すごいキレイ……ミキにそっくり!じゃあ隣の女の子がミキかぁ……」
「昔はあんま似てないって言われてたんだけどね、さあ出来たし、食べな!」
料理を置かれ、二人仲良くいただきますと揃えて言った。
歩がほおばるとおいしいのが顔から分かる。
そして未来を彼女の横に置かれた先ほどの写真に手を伸ばす。
「わたしが6歳のときに離婚したからあんまり覚えてないんだ」
歩の箸の動きが止まった。
「覚えているのは……海。海を見たのはその時だけ。
両親は共働きだったし、お母さんが休日が平日だったから三人で出かけることがほとんどなくてね、一度だけ三人で一泊二日の旅行に行ったの」
彼女はその時の思い出に浸っていた。海で遊ぶより食い気にさかんだったこと、母親と砂浜で走り競争したこと、父親と一瞬に砂遊びしたこと……。
歩は数ヶ月前に林間学校にて、まだ出会って間もない彼女から聞いた夢についてを思い出していた。
『お母さんともう一度暮らすこと』。
「離婚してから一度もあってないの……?」
「……うん、どこにいるかもわかんないんだ」
彼女はコップのお茶を飲み干すと、食べ終わった食器を運んだ。
「なんかしんみりしちゃったね」
……実際に彼女より酷い境遇の人間を身近で知っている。あの竜馬だ。
両親は病気で先立たれ、そして彼自身も小さい頃からまるで人間とは思えない過酷な生活をしてきたのを知っていた。
しかし彼の場合は全く気にしておらず、寧ろ感謝していたのだから、あの強靭な性格、身体になったのも頷ける。
しかし未来はただの女性であるし、普通の生活から一気にドン底に叩き落とされたような感じで、竜馬とは別だ。
(……ミキはお母さんがいなくなって……お父さんにも、田舎にあずけられたんだ。
たった6歳で知ってしまったんだ、一人の寂しさを、怖さを……)
彼女が実家の祭りで酔った際に歩に言った言葉。
『いなくならないで……』
これは未来の本音だとすれば……。
すると歩の目の前に何かが置かれた。
「お待たせ♪本日のメインディッシュ!!」
歩は目の前のドンブリの中身を見て戦慄した。真っ黒いドーム状の固まりに卵の黄身の模様とマヨネーズと思わしき白い塊に豆が眼のようにつけられている、グロテスクな料理だ。
「な、なにこれ……」
「テントウムシ」
平然と答える未来。確かに見えなくもないがはっきり言って食欲が失せる代物だった。
顔が真っ青な歩をいきなり力ずくで拘束し、スプーンですくって無理矢理口に押し込んだのだ。しかし、
「う、ウマーーい!!なにこれ!!?」
見た目に反して美味であった。
「特製イカスミビビンバ丼、どう?まぜるとさらにいけるよ!」
「ギャハハハ、グロいグロい!!」
二人はまた笑顔で食事を再開し、団欒を楽しんだのだ。
(もしミキがくじけそうになったら、こんどはあたしが助けてあげるからね、ずっとそばで!!)
歩はそう心に決めたのだった――。