ライフ 第48話

Last-modified: 2014-02-03 (月) 23:00:02

ある夜、克己と戸田はまた内密に出会っていた。

「じゃあね佐古くん、おやすみなさい」

二人はもはやカップルのそれであった。彼女は別れて、うかれながら夜道を歩いていた。

「いいのよいいのよコレで……順調じゃない♪」

戸田は手持ちのメモ帳になにやら書きこんでいる。そこには歩や未来、そして薗田や竜馬の名前までが書かれており、『要注意人物』の枠内に入っていた。

そしてすみに書かれた平岡の名前に×をつけだした。

「ジャマ者は消えたし、あとは佐古くんとうまくやるだけ……♪」

「戸田先生」

背後から声がし、固まる彼女。目の前の店頭のガラスに反射して映る、自分の後ろの人影。

「あ、安西さん……?」

「わたし別れたんです、カツミ君と。先生はカツミ君と付き合ってますよね?」

彼女の質問に戸田の心臓の鼓動がバクバクに高ぶっていた。

「な……何言って……」

シラをきろうとするも、愛海の発したこの言葉は彼女の心を深く抉った。

「あんな場所でアツアツのキスなんて、さぞかしキモチよかったんじゃないですか?」

戸田は絶望した。

『バレた』、『淫行教師』、『懲戒免職』、『クビ』……。

それらの単語が脳内を駆けめぐり、混乱させたのだ。しかし戸田は振り返るとすぐに、

「ゴメンなさいっ!」

とっさに土下座をする戸田の姿に、さすがの愛海も動揺した。

「……ごごごめんなさい……ほんとはそんなつもりじゃなかったの……!!」

愛海の足にすがりつき、必死に言い訳する戸田からは担任として、いや教師としての存在感が全く消え失せていた。

「でっ、でもね佐古くんが……佐古くんがねっ……ホラ、男の子だし……いろいろとやりたいこともあるでしょうし……」

すると、

「先生、カンチガイしてる?もういいんですよ」

「へ……?」

「恋愛は自由ですもの。止められなかったんでしょ、カツミくんへのキモチ?」

彼女の『安心して』と思わせるような満面な笑みが、戸田の心を満たしていた。 すぐに立ち上がり、拳を自身の胸に叩いた。

「なんでもするわ!!力になるわよ、安西さんのためならなんでも!!」

「先生が……?」

「こういうのはどうかしら……?」

自信満々に取り出すは、出席簿。その開いたページに指差すは未来の写真……。 いったい何をしようというのか……。
戸田と別れた愛海は夜道をご機嫌に駆けていた。

「ちょっとおどそうとしただけなのに、あのビビりっぷりは笑えるわね♪」

彼女は何故か持っていた、『すっぽんの生き血』と書かれた滋養ドリンクをイッキ飲みし出したのだ。

「バカはバカなりに面白いこと考えるじゃない、お手並み拝見といこうかしら♪」

またもや悪魔の顔と化した彼女は空ビンを乱暴に道路に投げ捨てていった。

 

――次の日、歩は校門前で奇妙な光景を目にした。それは戸田含む、数人の教師達が声高らかに生徒に挨拶をしていた。
「ナニあれ……」

「あいさつ運動だってよ」

「とかいってマスコミ追っ払いたいだけじゃないの?」

周りからそういう会話が聞こえる。歩は無表情で校門へ向かっていった。
戸田は満面な笑みで向かってきた彼女に挨拶するも虚しく、無視されて通り過ぎていった。歩の後ろ姿を睨み、鼻で笑う戸田。

「今に見てなさい……」

一方、歩は階段を上がっていると、

「おはよ」

上から柔らかい男の声が聞こえ、見上げると薗田が笑顔で迎えていた。

「あ、おは……薗田くんっ」

彼を突然引き止め、

「ごめんね、あの時……」

それは数日前、未来に会いたい一心から心配してくれた薗田を振り切ってしまったことについてだった。彼女は後悔してしまった、また自分のことしか考えてなかったという思いから。しかし、

「いいよ、気にしなくて。それより会えた、羽鳥さんに?」

「……うん。今はバイトがんばっててテストには来るって……」

「よかった」

優しい笑みを返す薗田に歩は安心に酔いしれた。そして二人は教室に入る、歩は何よりも目に通したいモノがある。
いつも通りに机に伏せて、イビキをかきながら寝ている竜馬の姿であった。彼を見るとさらに安心と勇気が沸きだしてくるのであった。

(あたし、ガンバってみせる。ここで……)

 

……その夜、誰もいなくなった職員室では戸田は何やら熱心に仕事していた。

ガリガリとペンの音を立てて、紙が破れるとため息をついた。

「だめよこんなのじゃ……」

紙を破り捨てて、肩を叩く。顔を伏せて目の前にある克己の写った写真を見つめた。

「佐古くん、あたしはね、 今までずっと敷かれたレールの上を走っていたの。
教師なんてなる気なんてなかったけど、親がなれって言われてなっちゃったのよね」

誰もいない室内で本音を話す戸田。彼女はいわゆるサラリーマン教師で、純粋に教師になりたかった平岡とは正反対であった。

「だから生徒のキモチなんてよくわからないし知りたくもない、疲れちゃったよ。
けどそんなときに佐古くんがやさしく声をかけてくれたよね、あたしホントに嬉しかった」

写真立てを手に取り、べったりと頬にくっつけた。

「……わたし、あなたに会うために教師になったのよ、きっと……」

再びペンを取ると、今度は凄まじい気合いを入れて再び紙に何かを書き出したのだ。

「平岡(あのオンナ)みたいな愚かなマネはしないわ。この幸せは誰にも邪魔させないわよ、絶対にっっ!!」

 

……そして中間テスト当日。歩は教科書とにらめっこしながら学校へ入ろうとすると、

「オッス、アユム!!」

振り返ると元気な姿の未来の姿が。歩はすぐに彼女へむかった。

「ミキ、バイト生活どーだった?」

「たくさん稼がせてもらったでござる☆ところであんた、今日のテスト大丈夫?」

すると歩は半泣き状態に。羽鳥はクスッと笑い、背中を軽く叩いた。

「がんばんなよっ!」

玄関に行くと、そこには竜馬と薗田が内履き靴を履こうとしていた。

「あ、流君、薗田くん」

「お、よお」

「おはよう」

今日は偶然にも四人は合流し、教室へ向かっていった。

「今日のテストいけそう?」

「……」

「あたしはバッチリ。流は?」

「俺はテストなんぞに興味ねえ。まあお前らは精々がんばれや」

まるで本当の仲良しのように会話する四人。教室へ入るとテストに向けて、また寝始めた竜馬以外の各人は最後の最後までテキストを見つめていた。

そしてついに一限目のテスト時間へ。科目は世界史だ。

髪型がオールバックのまたキツイ姿になった戸田がテスト前の指示を出す。

「荷物は廊下に出して、出席番号順に着席――始め!」

テスト用紙が配られて、ついに始まる。瞬間、ガヤガヤしていた学校全体が静寂と化した。それは全員テストに集中している証拠だ。

戸田は教室内を見回る。それは誰か不正をしていないか監視をするためだ。しかし、未来の座る席の横に移動すると足を止めた……。

「羽鳥さん、立ちなさい」

歩、薗田、そして竜馬含めた生徒全員が彼女達に注目した。

「……はい?」

彼女は立ち上がり、席を外すと戸田はおもむろに空になった机の引き出しに手を入れるとそこには……。

「これはなに?」

信じられないものが出てきた。薄く小さい紙に何か文字がびっしり書かれている。それは世界史で習った単語などが書かれた、テスト時での使用は言語道断である『カンペ』であった。クラスの全員が激震した。

「自分の口で説明して」

未来は焦ることなく落ち着いた口調でこういった。

「あたしには見覚えありません」

「そう、でも……」

するとそのカンペを彼女のテスト用紙と照らし合わせた。

「どうみてもあなた本人の字だけど?」

なんとカンペの字が用紙に先ほど書いていた彼女の字と見事一致していたのであった。
さすがの未来も動揺を隠せずにいた。これはやはり彼女が書いたモノなのか?

「ガッカリだわ、まさか成績最優秀のあなたはこんなマネをしていたとはね……」

戸田は一緒、勝ち誇ったような表情を取ると、後ろの席の愛海にアイコンタクトを取る。そして未来の耳元でこう呟いた。

「羽鳥さん……そういえばあなた、2学期になって出席日数も足りてないようだけど、まさか……いかがわしいバイトしてないわよねえ……?」

「…………」

そう呟く戸田に反論もせずに沈黙する未来。

(な、なにこれ……?)

歩は動揺していた――。