ライフ 第49話

Last-modified: 2014-02-03 (月) 23:01:31

まるで弱みを握って優位に立っているような薄笑いを浮かべた戸田はさらに未来を問い詰めた。

「あなた……水商売してるわよね、バニーガールの」

その事実に目の色を変えるクラス生徒達。しかし未来は平然とこう返した。

「それが今、何の関係があるんです?」

「……あるわね、残念ながら……」

戸田はため息をつくと彼女の周りを歩き出した。

「あなたがそういうバイトをしていること、出席日数が足りないこと……それらを我々が今まで黙ってあげたのは他でもない、成績が優秀だから。けどこれでは話は別ね」

「わたしは何も知りません」

手を机に叩きつけて威圧し尋問するも、未来は全く焦ることなどなかった。
今日、テスト初日の、しかも一限目から未曾有の事態に陥った。

(どういうこと……?ミキはカンニングなんてしない、するはずがない。
まさか安西……いやわからない、誰がこんなことを……)

歩は辺りを見回す。誰の仕業なのか予想もできない。愛海、いや他に羽鳥を嫌っている人間も少なからずいるのは確かだった。歩の頭は混乱した。

「……」

竜馬だけは無言で戸田を見つめていた。どこか殺気をもったような恐ろしい目で。

「……他の先生方とも協議が必要ね」

未来の答案用紙を取り上げ、こう告げた。

「退場しなさい、あなたにテストを受ける資格はないわ」

そう言われ、未来は席を後にする。しかし歩は耐えきれなくなり、立ち上がった。

「待ってください!」

そう叫んだが、本人はあっさり無視をした。すると未来は振り向き、歩へ優しい笑みを浮かべた。

「アユム、いいよ。ありがとう」
「でも……」

……ミキは教室から去っていった。

「さあ続けて。ロスした時間は延長します!」

騒然するも再びテストを再開する教室内、歩は歯ぎしりを立てて、戸田のいる教卓へ向かった。その様子を両手で顔を隠しながら笑う愛海の姿があった。

「アイツやるじゃない、何をし出すかと思いきや……けっこう色々調べてたのねえ……フフッ」

何事もなかったかのように再びペンを取る彼女とは逆に、歩は戸田に訴えていた。

「羽鳥さんはカンニングなんかしません」
「席に着きなさい椎葉さん」

全く取り合ってもらえずもその場から離れない歩に、平然としていた戸田はついに、持参していたテキストを教卓に叩きつけて、彼女を睨み付けた。

「ルールを守れない者は学校には必要ないのよ、あなたもそうなのね?」

それを聞いた歩の心に溜まりに溜まった怒り、悲しみなどの負の感情が、まるで地獄の釜のように今にもあふれそうになった。
脳内には平岡の無念、ミキのバイト先で富美男が言い放った発言、それらが集約されて戸田の先ほどの言葉と完全に重なった。

『ルールを守れない人間は、必要ない』

彼女は今すぐにでも目の前にいる教師という化けの皮を被った人間をこの拳で一発殴りたい……その憤怒が頂点に達した時――。

《ドワオ!》

何かを蹴り飛ばしたような凄まじい騒音が教室の中央から鳴り響いた。

「キャア!」

前にいた女子生徒は悲鳴を上げて、全員がそこに注目した。無論、歩も。

(え、な……流君……)

竜馬だった。彼が先ほどの異様な空気を破壊したのであった。
全員に注目される竜馬は立ち上がり、直ぐ様、教室の出入口へ移動をした。

「流君!?」
「……」

しかし竜馬は何も言わない。しかし、戸田は竜馬へ駆けつける。

「あなた、何のつもり!?」

竜馬は平然とこう答えた。

「俺はこんなくだらんテスト受けててもムダと感じてな、だから羽鳥と同じく自ら退場するぜ」

「なっ…………なんですって?あなた自分の立場分かってるの?」

すると竜馬は、

「羽鳥はカンニングしてないって胸張って言ってんだろ。もしかしたら俺含めた他の誰かやったってのも考えられるじゃねえのか。なに一方的に決めつけてんだよ。あんた、羽鳥になにか恨みでもあんのか?」

「…………」

「俺にしてみれば知ったこっちゃねえがな、教師にしては心外なことするんだな」

そう言い捨てると竜馬は教室から出ていく。

 

一方、未来は一人廊下を歩いていた。

「よお」

声をかけられてハッと後ろを見るとそこには竜馬がいたのだ。

「え、流?」
「テストがつまらんかったから退場してきたわ」

彼女は呆れかえる。

「なっ、あんたバカじゃないの!?」

「いいじゃねえか、一人より二人のほうが気が楽だろ?」

竜馬は不敵な笑みを浮かべ、こう言った。

「あとは椎葉がどう決めてくれるか楽しみだな」
「アユムが……?」
「あいつ、今必死にお前を弁護してたよ。よかったな」

「え……っ」

「さあてと、今からどうすっかな?」

「……」
――二人は並んで廊下を歩いていった。

 

そして教室内。時間が止まったかのように誰もが固まっていた。戸田はふと拳をぎゅっと握りしめて、教卓へ戻った。

「……彼も処分対象と見なします。さあ、再開してください!」
すると歩はついに、

「羽鳥さんはおろか、流君まで消すつもりですか、平岡先生みたいに」
その言葉はこの中の生徒の耳に入り込んだ。

「あなたたち学校は、平岡先生をとばした。安西の父親と手を組んで……そうですよね?」
今度は歩に視線が集中した。

「……ハァ!?」
先程まで何喰わぬ顔の愛海は声を漏らした。

「何を言ってるの?前にも言ったでしょ、平岡先生は希望してここを出て――」
「嘘はもういいです。ミキは……流君は消させません。全てをなげうってでもあたしが!!」
ついに真っ向から反抗する歩に戸田は憤怒、彼女をグッと睨み付ける。

「出ていきなさい、他の生徒に迷惑よ!」
歩は拳を握りしめて、出入口へ向かっていった。その様子を愛海はほくそ笑んでいた。

(平岡先生も廣瀬も、消されていった。 こんな汚いやり方に……冷たいルールに……)
目の前に席にいた薗田も彼女をひき止めようと立ち上がった。

――その時である。

「羽鳥がカンニングなんてするか?」
生徒の誰が突然呟いた。それに釣られて色々と話がこの教室内に駆け巡る。

「誰かが仕組んだんじゃねえのか?」
「羽鳥がそんなことするヤツに見えるか?」
次第にクラス全員の視線が一点に集中する。

「…………えっ」
愛海である。それも凍りつきそうな冷たい視線で。

「よくやるよなあ」
「次は羽鳥に流か……」

彼女は顔を歪めた。
「なに……いってんの?みんな……イミがわかんないんだけど……マナがカンニングを……?」

「平岡もかよ」
「飛ばしたんだとよ、パパの力で……」
その呟きが彼女への視線は一気にキツくなった。

「ちがう知らない、あたし関係ない!!」
クラスはテストそっちのけで話を始めたのだ。

「なあ、安西のオヤジってそんな権力あんの?あのデパートの社長なだけだろ?」

「県会議員もやってるよ。だから先生たちみんな、腰低かったじゃん」

「学校来たときもヤバかったよな」

「うわあ……それじゃあありえるじゃん」

黙ってきいていたエイコも震えながら声を上げた。

「平岡先生……異動したがるわけない……先生はウチらの家、ひとりひとり回って……女子から回って……話聞いてたんだよ。それもまだ途中だったのに……少しずつでも、いつか絶対にイジメ解決したいって言ってたのに……っ」

「うん……あたし達も先生からそう聞いたよ……それなのになんで」

エイコ達の事実は、深く閉ざされていた真実への突破口となった。

「マジかよ!ならやっぱりとばされたんじゃん!!」

「それホントなら、なにこの学校、考えられねえよ」

不安、疑惑か飛び交うこの中を、戸田は動揺していた。

「静かに!!テストを続けなさい!!」

しかしもはや戸田一人では止められるものではなかった。

「なんだよそれ……つかイジメはもう終わったんじゃなかったの?」

「廣瀬がボスだったんじゃなくてウソ?」

「けどウソなら、俺らの前であんなこと言えるかよ」

……イジメ疑惑が再燃し、今まで関わった者達、特にエミやチカの顔は蒼白と化していた。

「主犯は廣瀬さんじゃあ……」

「あれウソなの?」
「何がなんだかわかんねえ、どーなってんだよ!」

「安西たちが廣瀬に濡れ衣着せたんじゃねえかよ!」

ついに愛海は顔を伏せた。そしてその怒りの矛先を戸田へと向けた。

「あのババア……なんてことしてくれんのよ……」

瞬間、戸田は出席簿を教卓に力一杯叩きつけた。

「いいかげんしなさい!!」

やっと静かになった彼らに一呼吸置き、こう告げた。

「イジメについては、廣瀬さんが全てを打ち明けて解決しました。関係ないことで安西さんを責めるのはやめなさい。くだらない雑談も大概にして!!
これ以上騒ぐなら、全員テストを没収します!!」

クラス全員、特に歩は頑なに愛海に庇護する戸田を心から失望した。なぜ真実を一番知る自分の目の前で、そして既に知っているであろう本人も本当をねじ曲げてでもシラを切ろうとするその態度に。

(……こいつ、どこまで腐ってんの……なんでそこまで認めようとしないつもりなの……)

その時である。エイコが突然立ち上がり、自分の答案用紙を持ち、教卓へ向かっていった。
自ら答案用紙を叩きつけると涙混じりの震え声で言いはなった。

「わたしもカンニングしました……」

「……えっ」

「先生が……ちゃんとしてくんないから……クラスが……こんな……めちゃくちゃに……」

彼女は涙を浮かべて、戸田をグッと睨んだ。

《先生もイジメの加害者です!!》

彼女の悲痛の訴えが響き渡った――。