ライフ 第50話

Last-modified: 2014-02-03 (月) 23:03:06

『先生もイジメの加害者です!!』

悲痛の訴えをぶちまけたエイコ。今にも流しそうな大粒の涙を浮かべて、教室から出ていった。

「まちなさい!!」
戸田も彼女の後を追い、教室から出ていった。このテストの責任者すらいなくなったこの教室はひどくざわめいていた。

「ちょっとなに!?」
「おい、どーすんだよこのテスト……」
「羽鳥はおろか、流やアイツも出ていったし」
もはやテストなど誰もしていなかった。ただ一人以外は……。

「んだよ、あいつがへんなことすっからこんなことになるじゃんよ、安西が!!」
すると、今までどちらかといえば愛海側の立場にいた者達までもが……。

「おいマナミ、どやってカンペなんか作ったん?」
「羽鳥の字にそっくりだったんだろ」
周りからちゃかされて、ついに彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「いいかげんにしてよっっ!!!」
彼女は自分の仲間であるチカの方へ目を向けすがった。

「チカ、なんとか言ってよ!ホントはマナじゃないって!!」
「えっ……」
「チカっ!!」
しかし、彼女の反応は……。

「なんで……っ」
なんということだろう。今までつるんでいたはずのチカは愛海をたった今、目を反らして無視をしたのだった。歩、特に仲間のエミはその光景に唖然とした。

「もうわかってんだよみんな」
薗田の友達の男子が固まる愛海に追いうちをかけた。

「わかってねえのは安西、お前だよ。羽鳥さんがカンニングくらいでどうにかなるとでも思ったのかよ?」
瞬間、彼女は持っていたシャーペンをへし折り、乱暴に拳を机を叩きつけた。

「っざけんじゃねえよ……マナが……マナがそんなバカなことするわけないじゃない……あいつが勝手に……戸田が……っ!!」
生徒達は耳を疑った。

「戸田……が?」
「えっ、戸田って言った?」
「はあ?先生のせいにしようとしてんのかよ」
「ありえねーじゃん、戸田て!!」
真実を知らない彼らからすればとんだ苦し紛れのウソ以外の何事でもないが、歩と薗田はその発言に腑に落ちなかった。

「先生のせいにするとかホントないわーっ」
「ムリあんべ。頭大丈夫かマナミ」
今の発言が返って自分の立場を悪くした瞬間であった。

「羽鳥のプリント借りて仕込んだんじゃねーの?」
「暇人にもほどがあんだろ、ギャハハハハっ!!」
「けど、安西ならできるっしょ?オヤジの権力使えるんだから」
「平岡とばせるぐらいだもんな……」
戸田の謀った策略が、傍観していた自分が逆に墓穴を掘るはめになってしまうことに。

「サイテーだなあいつ。人間としてどうなのよ」
「ウソばっかいいやがって。最初は自分がいじめられてるってブリっ子してたのにな」
「そういえば安西、羽鳥や流にも嫌がらせしてたよな」
「そういやあそうだな。羽鳥はともかくあの流相手にまでした時は度胸あるなと思ったけど考えてみれば、やることがガキかよ」
「廣瀬は絶対にあいつに脅されてるに違いない」
「じゃあ全部安西の仕業?うわあドン引きだわーーっ」
彼女の耳に入るはノイズまみれの不協和音のような自分への悪口ばかり。耐えれなくなった愛海はその場で耳を押さえてうずくまった。

「ちが……マナじゃない……やってない……っ」
しかし全員が彼女に向かってこう吐いた。

《全部お前のせいじゃん》
「いやあああっ!!」
彼女はドサッと座り込み、机に顔を伏せて怯えているように身震いした。

「……終わったな、安西」
一人の男子生徒が突然、全員の答案用紙を回収しはじめ、周りの仲間ものりだした。

「もうやめだやめだ!!ハイハイハイ」
「こんなテストもはやイミがねえんだよ!!」
「このクラス全員はカンニングによる不正行為で即終了!!」
答案用紙を教室全体にばら蒔き、全員が教室から出ていくのであった。
歩は立ちすくし、固まっていた。信じられない奇跡が今起こったのであった。

(夢じゃないよね……こんなこと……)
自分に着せられていたヘドロのような冤罪が流れ落ちていくような爽快さ、解放感に満ちていた。

(……夢ならこのまま醒めなければいいのに……)
そしてその場にいた薗田も同じであった。

「薗田っ!」
仲間が笑顔で手を振るのを見届けると彼にも爽やかな笑みが。彼はこれが現実に起きたことなんだと実感したのだ。

「よかったね椎葉さん」
彼女の肩に優しく手を置くと彼もまた去っていった。彼の触れた位置に手をやると、自分もこれが現実に起こったことだと実感した。

(夢じゃない)

彼女はやっと掴んだ喜びを噛みしめ、教室を後にした。
一方、愛海も立ち上がりユラユラとおぼろげな足取りで教室から後にする。

そして戸田も教室へ向かっていたが生徒の軍団がテストを放棄し廊下を凱旋する光景に驚愕していた。

「な、なにやってんのよあなた達!!今すぐ教室へ戻りなさい!!」
しかし彼女の後ろには……。

「あ……安西さん……これはその……なんとかするから……ちょっと……」
愛海がまるで幽霊のように立っていた。しかし彼女の眼は普通ではない、無言のまま戸田を通りすぎていった。

『覚悟しておくことね』。

――そう物語っていた。
歩は一目散に屋上へ向かっていた。その理由は――。

「――未来(ミキ)!!」
屋上でくつろいでいた彼女の元へ駆けつけた。

「アユム……?」
息を切らしている歩の様子を見ると、未来をずいぶん探していたことが分かる。

「て、テストはどうしたのよ?」
未来を急いで校舎の廊下を見下ろした。すると自分のクラスメート達がテストをやめて歩いている様子が見えた。彼女は狼狽した。

「な、なんで……」
「あのねっっ」
歩はゆっくり息を整えこう告げた。

「みんなが……ミキがカンニングなんかしないって立ち上がってくれてね……そしたら全て安西の仕業じゃないのかって……廣瀬も、平岡先生もみんな、みんな、安西の仕業じゃないのかって、言ってくれて……」
未来すらその事実に驚愕した。

「ウソみたいだよね……こんな、いきなり変わるなんて……」
するとミキは優しく歩にこう言い述べた。

「アユムの強い思い、意志がみんなを変えたんだよ。
届いたんだよ、前から少しずつね。それが今、みんながあんたの代わりに爆発してくれたんだよ、きっと――」
そして未来は――。

「流に会いに行こう。あいつにもそれを知らせるべきだと思う」
二人が向かった先は、裏にある庭園のベンチ。竜馬はのんきにごろ寝していた。

「流君!!」
「ん、椎葉?」
竜馬は起き上がり、眠たそうな顔で二人をみた。歩は先程あったことを竜馬に全て伝えた。

「……そうか」
「流君が出ていったのは……もしかして――」
「ちげーよ。テストがイヤになったから出ていっただけよ」

相変わらず、素直じゃない竜馬だが。立ち上がると、その包帯でグルグル巻かれた、いしつぶてのような硬い拳を歩のおでこにつけた。

「椎葉、お前は勝ったんだよ。安西という卑劣で強大な敵にな。俺はお前のような強い女は見たことねえ、俺も見習わせてもらうぜ」

そう言われた歩の眼から涙が滝のように流れたのだ。不敵で安心感のある笑みで歩を激励した。

「これでお前に恐れるものなど何もない、これからは胸張って堂々と生きてけっ!」

その言葉が彼女を感際立たせ、涙腺が壊れたかのように涙が一気に溢れた。
悲しみではなく、もう苦しまなくてもいいという喜びと安心感からであった。

「羽鳥、コイツを頼む。どうも俺はこんなのは苦手だ」

「流……」

竜馬は二人から去っていった。未来は彼に感謝の念を込めた視線で見送り、彼女を優しく抱擁した。
今まで冷たく閉ざされていた世界。永遠に続くかと思っていた無慈悲な牢獄。
しかし今、壁が崩れ落ちて、闇に光が差した――。

そう、今日のこの時、長く走り続けてきた彼女の闇の道のゴールは確実に見えたのであった――。