ライフ 第51話

Last-modified: 2014-02-03 (月) 23:04:12

ガランとした静けさの教室。エミとチカ、そして数人の女子だけが取り残されていた。

「チカ、これからどーすんのよ……マナ」
「なにが?」
「なにがって!?」
愛海への裏切りについて、深刻な表情のエミに対し、チカは開き直ったかのような、とぼけた表情で携帯をいじっていた。実に日和見主義者らしい彼女である。

そんな光景を近くにいた、よく一緒にいる地味な三人の女子がひそひそ話していた。

「……行こうよ」
「ほ、ほんとにきくの?」
「ウチラに言うわけないじゃん……あんま話したことないのに……」
「大丈夫だって今なら、ねっ、ねっ」
「やだよ怖い、やめよーよ!」
その三人の一人であるメガネをかけた女子がノリノリでチカ達に話しかけた。

「ねーえチカちゃんっ」
猫なで声で話しかける女子に、エミとチカは気付いた。

「あ、あのさー、さっきのってやっぱり、本当なんだよね?」
「「は?」」
案の定、威圧をかますエミ達に怖れをなす三人。考えてみれば二人は地味で控え目な彼女らと違って、派手でアグレッシブであり、正反対の人間である。

「い……いやそのマナちゃんが……やっぱヒロちゃんに罪……着せたの……かなーーって……」
オドオドして聞く彼女にチカは突然、威圧顔から一変した。
「そおだよぉ~~?」
気持ち悪いくらいにニタ笑いし、三人にガツガツ迫ったのだ。

「マナミがぜーんぶ言わせたんだよ、ヒロを脅してさーーあ!!」
彼女らはチカが自分達を受け入れてくれたとでも思ったのか、先程のビクビクしていた態度を豹変し、目を輝かせた。

「ほ、ほらやっぱりぃ!!」
「ねっ♪」
「うちらゼッタイそーだって言ってたのーーっ」
「チカちゃんたちも口止めされてたんじゃないかなって――」

調子に乗り出したこの愚かな三人は、チカの口車に乗せられたのであった。

「よくわかってんじゃん!もーー大変だったんだよおーーっ、アノときはさあ」

愛海を裏切り、人が変わったかのようなチカの態度にエミは呆れていた。

……そしてチカは教室に残っている女子を全て集めて、その巧みな話術で一気に丸め込んだ。

「ウチらはヒロが飛びおりて……ホントへこんでさ――言ったんだよマナミに?
『ヒロに謝りに行こう』って、仲直りしようって……そしたらなんて言ったか分かる?」

全員に注目されるなか、一呼吸置いて、低くドスを聞かせた声で言った。

「『マナへのあてつけであんなことして絶対に許さない、ヒロに責任とってもらうから』。」

全員は狼狽し、悲鳴を上げた。

「なにそれ、マジありえない!?」
「そんであんなこと言わせたの!?」
「サイッテーーっ!」

騒ぐ中、ただ一人蚊帳の外にいたエミはチカの言動に耳を疑っていた。

「……チカ……なにいってんのよ、ウソじゃんそんなの……っ、ウチらだってなんにも知らなかったじゃん……」

――そんな中、愛海が教室へ戻ってきた時、廊下からこんな言葉を耳にしてしまった。

「ムカつくんだよ、マナミ」

彼女の足は止まった。チカの声だ。
猿山のように囲み、今まで溜まりに溜まった愛海への鬱憤をぶちまける光景が。

「ウチらなんかもーとっくにドン引きしてたし」
「学校にパパまで連れてきちゃうしさーー!!」

「ファザコンかよってねーー!」

すると、

「ねえねえパパァ~~ン、マナねえ……いじめられてるのぉーー」
彼女のモノマネを演じるチカに周りは大爆笑だ。

「やめてよ!!」
一人が涙混じりの声を上げて立ち上がった。

「……マナの、マナのモノマネするなんて……っ」
一人だけが彼女を庇おうとした。と、思いきや、

「ゼッタイ、パパに言いつけてやるんだからぁ~~っ!」
涙ぐんでまでの手の込んだモノマネだった。これを境に、全員が次々に愛海のマネを披露していく。

「カツミくんだって……カツミくんだってマナのこと守ってくれるんだからぁ~~っ」
「マナは悪くないもん、戸田先生がやったんだもんっっ」
「マナはいつだって悪くないんだもぉ~~ん!!」
本人が廊下で聞いているにも関わらず、大爆笑をかます彼女達。それは悪意に満ちた、今まで苦しませてもらった愛海への報復行為である。

「何人マナミがいんだよ!!ひとりだけでもうぜーのに!!」
今のチカの発言が愛海の怒りを爆発させた。教室のドアを叩き上けた。

全員の視線がそこに集中した。先程まで真似ていた本人である彼女が、悪魔のような形相しながら立っていた。

「エミ、行くよ」
「えっ……」
もはや最後の味方だと思っているエミを呼ぶ愛海。

「行くって……まだテスト残ってんのに……どこに」
「いいから」
教室からバッグを持ち出し、全員に背を向けて去っていく愛海だが、エミはどうすればいいか分からない。
しかし、そこにチカの手が彼女を止めた。

「チカっ!」
「もういいんだよ♪仲良くしようよ、エミちゃん?」
甘い誘惑に彼女は戸惑う。振り切って愛海についていくか、開き直ってチカと共に離反するか……。その果てに選んだ道は……。

「よろしくね♪」
ついにチカと同じ道を選んでしまった、女子全員に歓迎されてちやほやされるエミを尻目に、愛海の後ろには誰も来るものなどいなかった。二人は愛海から完全に離反した瞬間である。

――これが現代の学校での女の子達の人間関係である。昨日の友達は今日の敵、友達はグループと同じもの。入れなければのけ者扱いされてしまう、冷徹な掟なのである。中心人物だった愛海は完全に枠から外されてしまったのであった。

 

その時、一限目の終わりのチャイムがなり響き、テストが終わった他のクラスの生徒が次々と廊下へ飛び出した。しかし彼らは非常に不機嫌であった。

「ああ、もううるせえな!!またかよ2組の奴ら!!」
「ふざけんなよ、テスト集中できなかったじゃん!」
「もーいいかげんにしてよーーっ!!」
あれだけの事をやればそうなるのは当たり前であった。
それは他のクラスを受け持った教師達も同じであった。

「テストを放棄したとは何事ですか!!」
「戸田先生は!!」
「いないんですそれが……」
愛海は廊下の中心で立ち止まっていた。しかし誰も自分を無視している。彼女は次第にこう思うようになった。

『いけない一線に踏み込んだ気がする、これから待っている、孤独という名の地獄が――』

――と。

その時、愛海の携帯に着信バイブが。びっくりした彼女は、すぐに確かめると画面には『戸田』と。

彼女はその文字を見た瞬間、顔が激変した――。