一方、人気のない学校の片隅。そこには戸田が切羽つまった顔で、あの『計画』などが書かれたメモ帳に書きこんでいた。
「大丈夫……だいじょうぶ……まだこうして……こうすればまだ……」
『要注意人物欄』にはクラス全員……解決方法、とにかく愛海をなだめること……あれだけ批判されても全く何も分かっていないようなことばかり書かれている。
「とにかく……とにかく安西さんに謝らないと……」
その時、ザッと足音が聞こえ、振り向くとそこにはまるで邪悪な竜巻のようなオーラを身に纏った愛海の姿が。怯えに怯える戸田。
「ああ……っ」
「マナ、これからどうすればいいの……?」
今にも泣きそうな表情で戸田に少しずつ駆け寄る。
「もぉヤダ……マナ、カンペなんか作ってないのに……みんなマナの仕業だって……誰も信じてくんないよぉ……」
すがりつく愛海に彼女は、
「だっ、大丈夫よ安西さん!!わたしがゼッタイなんとかせるから!!ねっ……」
すると愛海はスカートのポケットから携帯を取り出して、とある画像を戸田へ見せつけた。それは……。
「!!!」
以前、エミ達に送ってもらった戸田からすれば絶対に知られてはいけない画像、そう、夕日の海辺での克己と自分のキスシーンであった。
「なんとかしてもらわないとね……マナに隠れてこんなことしてるんだからね……」
悲しそうな表情から百八十度変わり、鬼へ変貌を遂げた。
「さあどうやって償ってもらおうかしら……その節穴な目と馬の耳に念仏の耳……と、調子にいい口の変わりに鼻いっとくかしら……ねえっっっ!!」
なんと戸田の眼球に指を押し込んだのだ!!
《目だ。耳だ。鼻!》
「ぎゃあああああっっっ!!!目、つっあ……」
――しかし寸でのところでやめ、頭を掴まれて地面に顔から叩きつけたのであった。
「あつっ……うう……」
激痛の走る目を押さえてうずくまる戸田に、愛海はまるで自分が彼女のご主人のような傲慢な態度をとった。
「あんたとカツミくんはね、いつでも地獄に叩き落とせるのよ、マナの手ひとつでね?
カツミくんと別れたのだってその為の前戯、落ちるまえには天国にいたほうが楽しいでしょ?マナの優しさに感謝してほしいわねぇ」
地面に置かれたカバンを持ち、戸田を見下す。
「よろしくね」
そう言い捨て、去っていく。恐怖に震えながら、目を押さえながらゆっくり立ち上がり、ふと建物の窓ガラスに目を向けた戸田は……。
《いやああああああああっっ!!》
絶叫した。両眼球が潰されて、ブラックホールの真っ黒な空間がそこにあった。
「眼、眼っ……が」
急いで確認するとちゃんと両眼はついている。人間の眼だ。しかし、窓から写る自分の眼は、黒く潰されたままだ。
「……見たくなかっただけよ……見ないようにしていたら……いつのまにか……正しいことすら見えなくなってた……」
彼女はその場で仰向けに倒れこんだ。その瞳からは涙が途切れることなく流れていた。
「節穴……か……」
そう、彼女は今までの追憶が流れていた。
……新人時代、別の学校でイジメがあった時、平岡と同じく積極的に止めようとしたがそれが返ってイジメを助長させてしまい、最悪の結末へなってしまった。それがトラウマになり、それから目をそらすようになってしまった……。
そんな時に今のイジメが起こった。しかし見知らぬフリをした結果、もはや手に負えない事態になった。
彼女は今やっと、自分の過ちに気づき後悔したのだった。
「わかってたわ……けどどうしてあたしは……」
彼女は涙ぐんだ。
「あたし……いつの間にか、本当に加害者になってたんだわ……」
――一方、やっと泣き止んだ歩と未来は廊下を歩いていた。ふと窓際から校庭を見ると、
「あれ……ウチのクラスの男子……」
なんとテストそっちのけでバレーボールで遊んでいる光景が。
「あ、あそんでる……」
その中には薗田もいたが、運動が得意ではないのかあまり活躍できてない。相手からのスマッシュが彼の頭に直撃、同じチームにからかわれていた。
そんな光景を、おかしく思えたのか二人はニコッと笑った。
――すると、
“1年2組羽鳥さん、いましたら会議室まで来てください”
二人の笑顔が止まった。
「テストのことか、バイトのヤツかな。けど心配しないで」
未来は一人、会議室に向かっていった。そんな彼女を心配する歩。
「ミキ……」
心配するなと言わんばかりに力一杯手を振り、去っていった。
(大丈夫だよね……?)
歩はただ無事を祈るほかなかった……。
――会議室。未来は主任である岩城達数人の教師から尋問を受けていた。
「……で、知らない間にこれが……机に入っていた……と」
椅子に座る未来の目の前に置かれている例のカンペ。
「どうみてもキミの字じゃないこれ、どう説明するの?」
「わたしは知りません」
一貫して否定する彼女の態度に、今度は体育教師且つ、生徒指導を受け持つ黒田が口を開く。
「だが事実、年を偽りバニーガールの店でバイトをしていた。平気で規則を破る生徒の言うことを誰が信用するか?」
脅し口調で問い詰めるも、余裕綽々な未来は平然と言った。
「知らないものは知りませんから」
「ふざけるな!!」
彼女の態度に頭にきた黒田は、机を叩いた。
「まあまあ……」
すると今度は岩城が周りをうろつきながら、教師としては信じられないことを口にした。
「羽鳥、君のところはたしか……お父さんと二人家族だったよね?」
ついに内面的事情に足を踏み込まれ彼女の顔色は変わった。
「もしお父さんがこのことを知ったら……さぞ悲しむだろうねぇ……」
「……っ、父については関係ないはずです」
「……君は優秀だ、魔が差したんだろう。認めるんであれば、本来なら重い処分を軽くできるんだがね」
彼らは一気に未来を袋小路にしようと迫った。
「『いつもどんなに忙しくても試験勉強はきちんとできていた。でも今回は無理だ、どうしよう……、こんなハズじゃないのに……』。
そうなんだね?言ったほうが楽だぞ、羽鳥?」
「――っ」
本人が全く考えてないことをでっち上げられて無理矢理にでも肯定させようとする彼らにもはや我慢の限界が来ていた。だがその時、ドアが開いた。全員がそこに視線を集中させると、息を切らした戸田の姿が。
「……羽鳥さんはカンニングなどしてません……」
彼女の突然の報告に彼らの目は点になった。
「戸田先生……?」
彼女は中へ入り、乱れた息を整えると、全員に告げた。
「……今から全てをお話しします。本当の真実を……」
彼女はカンペに手を差しのべ、こう言った。
「……このカンニングペーパーを作成したのは、わたしなんです」
彼らに雷のような衝撃が突き抜けたのだ――。