「これはわたしが作ったのです」
「は……?」
当然、岩城達は唖然となったが、そのままその経緯を話し始めた。
「わたしはまず、羽鳥さんの世界史のノートと今までの提出物をかき集めました……。
コピーし、それからトレーシングペーパーを使って、一文字一文字写りとり、さらにそれを下から光を透かしてカンペ用の紙に写し、筆跡が全く同じになるように作りあげました。
そして今日、朝一番に学校に来て、羽鳥さんの机のロッカーの裏方にこれを貼り付けたんです……彼女にカンニングの罪を着せるために……」
全員がその事実に凍ったように硬直した。しかし、もう一人の教師が突然、大声で笑いだしたのだ。
「戸田先生、冗談でしょ!そりゃあないよ、だいたいあなたがそんなことして何の得があるんですかァ!?」
「冗談ではありません!」
笑いかけてた岩城達もすぐに笑みを止めた。
「……わたしは自分のクラスの安西さんの存在におびえていました……」
「なっ!」
「全ては安西にとりいるために……気に入られるために自分から羽鳥さんをおとしいれる計画を練ったのです……」
彼女の暴露する内面の事実に耳を疑う。
「……安西さんは椎葉さんと羽鳥さんを嫌っている……あと流君もかしら。そしてわたしにとっても流君、特に羽鳥さんは疎ましい存在でした……」
彼女はなんと未来だけでなく竜馬まで嫌っていたことを告げたのであった。
「流君は……恐ろしい存在でした。ここの学生とは思えないその身体、その凶暴な性格……彼のみせるその瞳はまるでいろいろな修羅場をくくってきたような、向かって来るものは、誰であろうと容赦しなさそうな眼。
それ以上に本当の理由は彼の姿勢でした。
安西さんのお父さんだろうが誰であろうが……権力やルールなどに左右されない、誰にも構わない、臆しないあの剛胆さと鋼のような神経……彼にはわたしは持ってないものばかり持っていた。羽鳥さんをどうにかしたあと、彼をおとしいれるつもりでした」
彼女は今度は未来の方へ目を通す。
「羽鳥さんも流君と少し似ていて……何を言ってもいつも毅然としていて、完璧で、話すたびにまるで自分の全てを見透かされているようなざらついた気持ちになりました。
でもある時偶然、夜の繁華街で羽鳥さんがバニーガールの店で働いていることを目撃してしまったんです。
……わたしはうれしかった、『自分があの羽鳥未来の弱みを握っている……でもただ注意するだけではつまらない、もっと、もっと、安西さんに協力すれば自分だって!』という気持ちがあった。
わたしは、その気持ちに負けてしまって……教師である立場を利用して実の生徒をおとしいれようとしたんですっっ!!」
「ちょっ、ちょっと待ってください戸田先生!!」
ヒステリックになったかのように叫びながら真実を次々にその場でぶちまける戸田。
岩城達ももはや冷静でいられず、挙動不審と化していた。
そして未来へこう叫ぶ。
「羽鳥!!テスト、バイトについての処分はなしだ、バイトも多目に見る、だから……今の話は絶対に誰にも……!!」
ここまで来て、保身を考える岩城の姿に未来はいても立ってもいられず、会議室から飛び出した。
彼女は駆ける。無我夢中で、それはある人物を探していた。それは……。
「ミキ!!」
偶然、歩と出くわした。すると間を入れずに彼女の手を掴み、駆け出した。
「ミキ!?どうしたの!!」
「流はどこに!?」
「しらないよ!」
「……まあいい、カンペの犯人は……戸田だったんだ!!」
「え、えっ!?
歩の頭はこんがらがった。しかし未来は急いで再び駆け出し、会議室へ戻ってきたのだ。
「……」
「…………っ」
不倶戴天である歩と戸田は対面する。未来は歩を引き連れて、中へ入っていった。
「流にもこの事実、知ってほしかったけど一番重要なのは……戸田、あんたが言わなきゃいけない相手は、ここの奴らやわたしじゃないだろ?」
未来は歩を前に出した。
「ホントの真実を伝えなきゃいけないのはこの子、アユムじゃないのか!」
彼女の主張に戸惑う戸田。すると黒田が歩を入り口へ押し出そうとした。
「椎葉は関係ない!!羽鳥も終わったんだ!!出ていけ!!」
しかし力ずくにそれを拒む二人。歩の見る先には再び目をそらす戸田がいた。
「戸田、あんたまた逃げるのかよ!!あたし達には告げられて、当の本人には言えないほどに臆病なのかよ!!」
――未来は彼女の名を高らかに叫ぶ。
《戸田ァ!!!》
そしてついに戸田は動き、揉めあう黒田と歩の中に入った。
「彼女に……話をさせてください」
――二人は向き合う。戸田は初めて歩と正面から向き合った。
「わたしは……今までずっとこうやってあなたと向き合うのを避けてきたきたわね……」
「……」
「あなたは……安西さんに机を窓から投げられた、クラスのみんなに誤解されてると相談されたとき……あたし……イヤなトラウマが蘇った。
あたし、昔椎葉さんほどじゃないけど受け持った学級にイジメがあってね。
もういなくなった平岡先生みたいにそれを必死に止めようとして頑張った、訴えた。
けど、それが元になってそのイジメがさらに酷くなったの。
『お前が告げ口したんじゃないか』って。そのせいでそのいじめられてた生徒が……自殺しちゃったの……」
その事実は歩を含めた全員が激震した。
「あたしはその時から心が死んだようになった、教師を続けているのが不思議なくらい……実は今でも、夢に出るから悩まされて……だからわたしはもう気づかないフリをすることを決めた。
次第に何がなんだかわからなくてなって、次第にどんどん膨らんで……あなたの言っていることが真実なんだと分かった時には、もはやわたしではどうしようもできない領域になってた……」
歩はどうしようもないくらいに複雑な気持ちになった。彼女にそんな過去があったという心を抉られるような同情、悲しみ。
だからと言ってこのままだったら自分が第二のイジメによる『犠牲者』となっていたことに対する怒り、歩の心はそれらとぶつかりあって、その負の感情が今にも外に拡散しそうだった。
「椎葉さん、あなたは似てる。わたしが嫌う流君に。わたしが疎ましくも憧れた性質を、あなたはもっている。
それを嫉妬した、それであなたを嫌った時……もう歯車が元に戻れぬ方向へ回り始めた」
歩は今にも泣きたくなった。何とも言えない、どうしようもないまるで水と油をいれたような中和どころか溶けることのない気持ち。
そんな彼女に未来は手を握り、勇気を与えたのだった。
「皆さんだってもうわかっているはずです。本当のイジメの主犯は誰なのか」
「…………」
「廣瀬さんでもなければ、椎葉でも有りません……」
真に目覚めた彼女は胸を張って答えた。
「安西……安西愛海です」
はっきり告げる戸田。ついに完全に開いた真実の扉。
戸田は紛れもない本物の大粒の涙を流して、歩に対して深く頭を下げた。
「椎葉さん……もはや謝っても許してくれないでしょう……けど言わせてください……今まで本当にすいませんでした……」
彼女から、凄まじいほどの後悔と自負の念を感じた歩。その謝罪は真の謝罪である。
「……っ」
歩は一目散に会議室から飛び出していった。そして未来も彼女の後を追っていった――。
歩は心に溜まったモノを今すぐにでも吐き出したかった、ぶちまけたかった……校舎と校舎を繋ぐ、外の通路に飛び出して、ちかくの柱に寄りかかると拳をこれでもかというくらいに何度も、何度も叩いた。
そして追いついた未来もその光景を目にした。
「なんなの……なんなの一体……いきなりあんなこと話して……同情でもしてほしかったの……?」
歩に近寄るいなや、振り向き自分にすがりついた。
「ミキや薗田君、流君がいなかったらあたし、絶対に自殺してた!!第二の犠牲者になってた!!」
歩は悲痛の叫びを上げて訴えた――。
「今さら謝れても遅いんだよ!!これでもし……その前にあたしが自殺してたらどう責任とるつもりだったんだよ!!」
すると未来は彼女の頭を優しく撫でた。
「許さなくていい」
彼女はそう答えた。
「けど戸田は謝った。あんたにちゃんと正面から向き合って、罪を認めて謝った。それだけだよ……」
歩は未来の胸の中で泣いた。気が済むまで泣いた。声にならないほどに……。
――学校の終わりのチャイムが鳴り、会議室では戸田と岩城だけが残っていた。
「戸田先生、わかってますね、とるべき行動は……」
「……はい」
「あなたには、学校を辞めていただく他には……」
「……承知してます」
彼女は立ち上がり、ため息をつくと再び口を開いた。
「まだひとつだけ伝えてないことがあります、わたしと佐古君についてです」
彼女からのもうひとつのしこり、それは――。
やっと落ち着いた二人は校舎外を歩いていると、傍の花壇付近で泣いているエイコとなだめている数人の女子友達がいた。互いに気づくと、エイコ達から歩に寄ってきた。そしてうつ向き、歩にこう言った。
「椎葉さん……あたしわかってた……安西さんにいじめられてること……見てた、わかってた……けど、怖くて何もできなかった……ずっと」
彼女は再び涙を流して頭を下げた。
「ごめんなさい……」
歩も彼女に向けてこう言った。
「あたしも……きってあなたみたいに、助けたりなんてできなかった。
だれかがいじめられてても……立ち上がることなんてできなかったと思う」
エイコに対して優しい笑みを放った。
「……本当にありがとう」
彼女からのお礼はエイコを心から温かいものに満たせた。嬉し泣きする彼女に彼女らは実感した。
正しい道が開いたのだと――。
するとエイコが持っていた赤いハンカチに何か気づく歩。近寄り眺めた。
「これ……同じの持ってる……みどりのやつ」
エイコは涙を拭き、顔を上げた。
「これもしかして、駅前の……」
「うん……」
「「100均だよね」」
タイミングよく、互いに口揃えたのがおかしくなり笑い声が広がった。
彼女らの距離が一気に縮まったのだ。
するとエイコは歩に。
「ねえ……椎葉さん」
「えっ」
「聞きたいことあるんだけど……」
エイコはそのハンカチに顔を押さえて、こう質問した。
「……流君のことなんだけど……」
「な、流君……?」
「流君って……好きな人とか、その……付き合っている人……いるのかなぁ……ほら、椎葉さんはよく一緒にいるような気がして、何か知ってるんじゃないかなって」
「……い、いないと思う……けど」
それを耳にした歩と未来、友達は硬直した。これはまさか……。
「エイコ……あんたまさか……」
彼女は顔を赤面させた。瞬間、その場は騒然と化した。
「エイコ、ウソでしょ!?流君のことが――」
「やめときなよ!!あんな凶暴な人と一緒になったら、どんな酷い目に合わされるかわかんないよ!!」
「…………」
まさかの竜馬を想っていた事実。エイコはああいう男がタイプなのか……しかし歩までもが顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと!!流君は見かけによらず、スゴくいい人だよおーーっっ!!それにだ、だ、ダメだよ!!」
エイコは今度はまるで恋路を邪魔する敵のように歩を睨んだ。
「まさか……椎葉さんも流君が……」
「ええっ……あ」
歩はその時、何かを感じ、胸の鼓動が一気に高鳴った。
(あたし、流君のこと……)
今まで一緒にいたり、デート(?)をしたり、助けてもらったりと、確かに惹かれるものがありながら頼りになる人しか思ってなかった竜馬について、とある意識を変えた時、少しずつだが彼女にあるモノが芽生えた。
それは、中学にも経験した、ホットココアのような甘く、そして温かいモノ――。
未来は、これはある意味でいい修羅場になりそうな感じがして、そそくさとその場から逃げ出した。
「これはアユムもいい経験になるんじゃないかしら……」
するとそこに、なんと今そこで話題の人物、竜馬がやっと現れたのであった。
「お、羽鳥。大丈夫だったか?」
すると羽鳥はニヤニヤしながら彼の胸に人差し指を軽く突いた。
「あんた、ホントに罪深き男だね♪」
「……なに?」
理解できてない彼を置いてそのまま校舎へ入っていった――。