ライフ 第55話

Last-modified: 2014-02-02 (日) 00:56:33

直後に雷が落ちた。発した閃光が部屋を駆け巡る。

「椎葉……?」
「……」
二人は無言になった……。ついに彼女は吐き出した。彼に対する想いを、しかし……。

「……何か言ったか?」
雷のせいか、それとも小声だったのか彼にはよく聞こえてなかったようだ。
彼女はもう一度『好き』と……言えなかった。
それは何故か。冷めてしまったからだ。先ほどまでの高ぶった気持ちがピークを越えてしまい、冷静になる。
自分が何を言ったのか、覚えていなかったのだ。

「んん、何でも……ないよ」
「…………」
二人はそのままじっとしていると、雨は次第に弱くなり、今なら走って帰れば酷く濡れずに済みそうだ。

「小雨になったが、どうする?」
「……」
……彼女は帰ることにした。このままいても、変わることがないと思ったのだろう。
彼女は再び、半乾きの制服を着替えて玄関へ。

「流君、本当にありがとう……」
「おう、また明日な」
彼女は急いで家に走り去っていった。竜馬は見送る彼女を見て、首を傾げていた。

(あいつ、俺に好きっていったような……なわけねえよな)

 

……一方、歩は自宅に着き、シャワーを浴びて自分の部屋に入ると布団に籠った。

「あたし……流君になんてこと言っちゃったんだろ……」
勢いに任せていきなりあんなこと言って、彼が困惑するんじゃないかと。後悔のような何というか、複雑な気持ちになった。聞こえてなかったようであったのが幸いか。

「けどもしあれで流君が……」
もしも、自分の想いを受け入れてくれたのなら……と思うと彼女の顔はカアッと赤くなった。

「なあっ、あたしなに考えてんの!!もう、明日のテスト勉強でもして忘れよ」

ベッドから立ち上がる、机について勉強に取りかかり始めた。
しかし、彼女はこう思っていた。自分は彼が好きなんだと改めて実感した。
次はちゃんと言えると思う。あれは予行練習だったと思えば……とポジティブに考える歩だった――がやはり途中で顔がポッと赤くなり、
回転イスでぐるぐる回る、思春期の女の子のような感情を沸く歩なのであった。

 

――次の日、愛海は一人で登校した。何も変わらない日常、彼女はそう思い込んでいた。
しかし、なにかが違った。目に入る生徒達全員が彼女を見てくる。それも冷たく卑下した目で。

「カンニング」「平岡」「イジメ」「自殺」「椎葉」「追いつめた」「アイツが」などとひそひそ話ばかりが彼女の耳ばかり入ってくる。
彼女は突然、誰もいない女子トイレに入る否や、 洗面所付近のゴミ箱を力任せに蹴り飛ばした。

「うっ……ザアアアアアアっっ!!言うならハッキリ言えってつうの!!」
彼女はふと、鏡を見た。そこには怒りで強張った自分の顔が写る。

「……みんなが見てるんだからかわいくしなきゃねっ♪」
さすがの彼女もこれではと、髪を纏めてハートのついたヘヤピンを付けて笑顔を作り、精一杯の自分の「可愛さ」を作り出した。

「つまんないなァ……ケンカ売ってくんなら買ってやるのにさ。笑ってないとかわいい顔が台無しだぞファイト、マナミ♪」
自分を奮い立たせ、自分のクラスの入口付近に立つ。
意を決して、ドアを開けた。彼女はすぐに自分の席へ向かい、座り込む。
本来ならここからたくさんの友達が来て、オシャベリなど、いつもと変わらぬ学校生活の始まりになる……はずだったが。

「……えっ、なにこれ……」
誰も自分を見てくれない。絡んでくれない。自分とクラスの距離が凄く離れているような錯覚に陥った。

「なんで……誰も見ないの……マナ、ここにいるよ……?」
目が潤む彼女。そんな中、歩が教室へ入ってきた。するとエイコを始めとするクラス全員が彼女に注目、笑顔で仲良く絡む。今までとうって変わり、自分と憎むべき女、椎葉歩と立場が逆転してしまった。

「うそ……こんなのがずっとなの……いやあ、いやああああああああっ!!」
愛海は絶望した。平岡が自宅に来たときに軽くあしらった際に言われた言葉が今ここで思い出された。

『あなたは絶対に孤独になる』

見事に的中してしまった……。

「こんなのはイヤア……」
彼女は纏めた髪をくしゃくしゃにして嘆いた。涙を浮かべて誰にも聞こえることのない小さな声で。
「おねがいだよ……だれでもいいからマナをかまってよ……いじめてもいいから……」

自業自得であるが皮肉である。自分のしてきた悪行の報いが全て、しっぺ返しをくらい、歩にしてきたことが今度は自分がその苦しみを受けることになった。
そして今の言葉は、彼女の本性を顕している。狡猾且つ、傲慢な、可憐な仮面に隠されたその本性は『孤独が苦手で、常に愛に飢えている』というもの――。

 

クラスではテスト前のオシャベリをしているが、その異様な光景に目を疑う人間も少なからずいた。
「おい、あいつら友達だったんじゃねえのかよ……っ」
「きのうまで一緒にいたよなあ……」
「うわあ……オンナってこえー……まさか昨日のヤツで安西切り捨てたのかよ……」
エミやチカはもはや愛海から離れて別の女子と楽しく絡んでいる。
そして愛海一人が机に顔を埋めて『一人ぼっち』という現実に失望している光景……歩もそれを見て唖然となった。
そんな時、未来が歩の元に駆け寄ってきた。

「購買いこっ、朝何も食べてないんだ」
「あっ……うん」
彼女はそんな愛海を見て、なぜか胸が引き絞まる思いになるが、これは自業自得であると無理にでも思わせるのであった。

 

廊下では、出ていく歩と未来を黙って見ていたチカが口を開く。

「ウチらやばくね?」
「……へ?」
エミを始めとする取りまき達がチカに注目した。

「椎葉が正しかったと判断されて、マナミがイジメの主犯だって確定したんだ。これからそれらに関わったウチらの名前がゼッタイに上がる……」
「えっ!?」
チカの先見性には感心する。その可能性は非常に高い。
その事実に彼女達は激しく動揺した。

「でっ、でもウチら何もしてないよね??ねっ、ねっ……?」
「当たり前じゃん!!そんなひどいこと……」
しかし、彼女らに思い当たる節がある。
それは歩が女子トイレで愛海達にカーテンを巻かれて水責めにされた時、彼女らは見えない所からクスクス笑っていた。
そして下剤を盛られてトイレの個室にこもっていた歩にトイレットペーパーの雨を降らせた犯人も実は、彼女らであった。
それを思いだした三人の顔は一気にひきつった。

「ヤバイじゃん!!どーすんのよっ」
「でもあれは……ウチらだって分からないかもしんないしっ……」
「見たかもしんないじゃん!!」
揉める三人と深刻な表情のままのエミ。そんな中、

「謝りに行こ、椎葉に」
チカはなめていた棒付きキャンディーを噛み砕くと、その何か企みのあるような卑しい笑みをした。

「先手先手♪こーゆーのは早いほうがいいって♪」
本気でない、ただ自分がもう疑われないようにするための偽りの謝罪を企んでいた。

「ちょっ、待ってよ!まだ心の準備が……」
早速歩の元へ向かう彼女達だが、エミだけは行くのを拒んだ。

「あたしはヤダ!」
彼女の顔からは後戻りはできなくなった後悔と、チカに対するその行動の疑問に満ちていた。

「自分のやったことだし……今さらそんなふうに謝るのは……」
「は?なにひとりで盛り上がってんの?」
エミはもうチカのやり方に失望していた。
「勝手にしなよ、後悔してもしんないから」
微笑して、仲間と去っていく彼女の後ろ姿をエミは涙を込み上げた。

「……ヒロに謝るのが先じゃねーのかよ……」
今ここでエミは、改めて罪悪感を感じていた。後戻りはもはやできない、過ちを犯しているのに、それなのに……止めることができない自分の無力さに嘆いていた。

「ミィーーっけ♪」
そしてチカ達も歩達を発見すると、仲間の一人に手を差し出した。

「目薬。あんたコンタクトだよね」
借りるとすぐに目に差して、投げ渡した。

「あんたたちも仕込んどきな!」
……そして彼女達は校舎外に二人を呼び出すとすぐさま頭を下げた。
「……あのときはさ……なにも見えてなかったんだ……マナのこと、信じてたし。
けど……あんなヤツだなんて思ってもなかった……」
チカの目から嘘の涙が流れ出た。

「ホントにあんたにはヒドイことをしたと思ってるっ……」
彼女につられて後ろの仲間も次々に「ごめんなさい」と頭を深々と下げた。
そしてチカは膝をつき、土下座をしたのだった。

「どんなに謝ってもっ、許されないことはもうわかってる……でもあたしは……」
「謝らなくていいよ」
歩がそういうのを待ち望んでいたのか、土下座で隠れたその顔は卑しかった。

「もういいよ……」
さわやかな笑みで返す歩にチカは立ち上がり、涙を流しながら彼女へ向かっていった。

「アユムっち~~~~っっ、あんたなら、わかってくれると思ってた!」
抱きつこうとしたチカだったが、その手は本人によって軽くあしらわれた。

「心がこもってないこと言ってもお見通しだから」
歩にはわかっていた。罪を着たくないための単なる言い逃れだったことを。歩はそう言い捨て、未来と共に去っていった。

「~~~~っ!」
チカ達は唖然とした。昔の彼女ではないと。

「行こ!」
策が失敗し、苦虫を噛み潰したような顔で彼女達も去っていった。

「……前のあたしなら、すぐに許してた」
そう呟く歩。

「たぶんヘラヘラ笑って……いいよって言ってた。
嫌われたくなくて、浮きたくなくて、はみ出ないようにそればっか考えてた……自分の意見言えないんじゃなくて……はじめから意見なんかなかった。
あたしも反省するとこがいっぱいあった」
立ち止まり、拳を強く握りしめる歩。

「でも、だからいじめられてもしょーがなかったなんて、絶対に思わない!」
今、酷い目にあっている愛海を思い浮かべていた。

「あたしは一生許さないと思う、安西を……」
そんな歩を、ただ物悲しく見つめる未来だった。

「あれっ?」
彼女を近くの体育館の入口が開いていることに気付き、中に入っていく。
隅のボールカゴからバスケットボールを取り出すと、器用バウンドさせる。

「わたしバニーのバイトやめるわ!」
未来からの突然の決意。

「まえはさあ、学校なんかどうでもいいと思ってたけど、もうゴタゴタはいやなんだよね」
振り向くと歩にボールを投げ渡す。

「あんたと一緒に、ここを卒業したいんだ」
歩を受け入れるような包容力のある笑みを放ち、高らかにこういった。

「アユム、あんたとこれから一緒に学校生活楽しみたいんだーーっ!!」
……歩は泣いた。今まで苦痛しかなかった学校に対して。しかし彼女は思った、やっと普通に、楽しい学校生活を送れることに対する嬉しさが込み上がった。

「楽しいことあるかな……?」

「まずは文化祭でしょ?それから体育祭、冬は音楽祭もあるし……あっ、2年になったら修学旅行あるねっ、それからえーっと……」

「まってミキ……そんなの想像つかない……もっとフツウのこと……」
歩は照れ隠ししながらこう言った。

「授業中に……手紙書いてこっそり回したりとか、休み時間にテレビの話したり……」
「やろやろーーっ!」
「雑誌読んだり、帰りに寄り道……」
「いいねいいね、どこよる?」
「ま、マックとか行きたい!!」
「ぜーんぶやってやんよっ!!ぜんぶ!!」
――これからの学校生活を夢見て、二人は笑顔で体育館から抜け出していった――。

「それからあれも忘れたらいけないよ?」
「あれって?」
「恋話にきまってんよーーっ!」
「…………」