ライフ 第56話

Last-modified: 2014-02-03 (月) 23:10:06

――二日目のテストが終わり、各人が嘆いたり、喜んでいた。そんな中、誰にも相手にされない愛海は一人、答案を返しにいく。

「……」
歩は彼女を黙って見つめていた矢先、一人の男子が深刻な表情で入ってきた。その顔はただ事ではないことを物語っていた。

「おい大変だよ、戸田ちゃんが依願退職したんだとよっ!!」
それを聞いたクラス全員がざわめいた。

「えっ……」
歩、未来、愛海の三人も例外ではなかった。

「はあっ!!?なんで戸田ちゃんがっ……」
「ウソだろぉ……」
「なんでだよ、俺たちが昨日ボイコットしたからか!?」
激震のクラス内。愛海は信じられなかった。なんとかしてくれると信じていたあいつが……手中におさめたはずの戸田が逃げたと。
歩はその知らせにいてもたってもいられず、教室から飛び出していった。

「アユム!」
未来も急いで彼女を追いかけていく。

(せっかく心強い味方ができたと思ってたのに……また全部うやむやにするつもりだ!!)

 

――学校の総合掲示板前には生徒達で埋めつくされていた。
そこには戸田の退職を記された辞令書が張り出されている。やはりその場の生徒は動揺しざわめいていた。
その隅でこのような事態になることを予想していた岩城と田崎が何やらひそひそと話していた。

「……いいか、生徒に説明するまえにもう一度確認するぞ。戸田は学級運営に疲れて依願退職した、それだけだ。
カンペなぞ作ってもなければ、佐古と付き合ったりしていない」
「…………」
一組担任である田崎は困惑していた。
彼らはこの期に及んで隠滅しようとしていたのである。

「――とにかく、戸田のやったことは絶対に――」
「どういうことですか!」
「!!」
驚き振り向くと、そこには眉間のシワを寄せて、怒りに満ちた歩と未来の姿が。

「……説明してください」
「い、いや、その……」
問い詰められる岩城達の前に、突然愛海が息を切らして割り込んできた。

「どこよ戸田は……どこにいんのよ!!」
あの『画像』の映った携帯を握りしめて、ゆっくり詰め寄る。

「あいつのせいで……マナがヒドイ目みてるのにっ……」

しかし横に歩がいることに気づくと、その怒りの矛先を彼女に向けた。

「おまえか……」
胸ぐらを掴み、怒号を響かせた。

「あんたが戸田になんかしたんでしょ……!!」
壁に叩きつけ、問い詰めるも歩は冷静にこう告げた。

「戸田はぜんぶ暴露した。あんたにおびえて、カンペを作ったって……」
愛海の腕を掴み、振りほどくとハッキリこう言う。

「イジメの主犯は廣瀬じゃなく安西愛海だと言った」
「……ウソだ……ウソだっ!!」
当然の如く、激しく動揺する彼女であった。

「ウソだウソだウソだウソだ!!!!嘘だっ!!そんなハズないっ!!アイツがマナを裏切るなんてこと……」

頑なに認めようとしない彼女に歩は平然と、

「ほんとうだ」

いきなり愛海は歩を本気で殴り飛ばし、壁に叩きつけた。

「うそだアアアアアアアアアアっっ!!」

再び襲いかかる愛海。その時だった。彼女の頭にへ一足の内履き靴が直撃した。

「うるせえんだよ、ごちゃごちゃごちゃごちゃと……」
「平岡の次は戸田かよ」
彼女達が振り返ると、そこにはなんと廊下を埋めつくすほどに集まった生徒達が愛海に憎悪を剥き出していた。

「おまえが戸田先生を飛ばしたんだろ?」

その数は男女合わせて100人を遥かに超える。一年生全てを合わせた数か、上級生も含んでいるのか分からない程だ。
中には泣いている女子達も。彼女らは平岡や戸田を慕っていた生徒であった。

窮鼠の如く異様な状況にいる愛海は、目を疑っていた。

「ちが……ちがう……」
「椎葉(そいつ)いじめはじめたのもおまえなんだってな!」
「マジかよ!!」
集まった野次馬が一気にどよめき始め、

「やっぱりアイツだって思ってた。いじめてたの」
「あの車椅子のコが指図してたとか全部ウソだよ!」
「信じらんない……じゃああのコ自殺に追いつめたのもアイツじゃん!」
「ちげーよ、自殺じゃねえって。あの女が4階から突き落としたらしいぜ、ホントは」
あらぬ事まででっちあげられるも、この状況からでは信じこまれるのは必然だった。

「じゃあそれ殺人じゃん……」
「人殺し……人間じゃないよ……」

大混乱に陥る学校内。しかしすぐにそれが静かになった。

「やっとわかったよ。ぜんぶお前のせいだったってことをな」
怒り、憎悪が全て愛海に向けられた時、彼女は悟った。
今から予想もしてなかった恐ろしいことが起こると。

『あいつだ。あいつのせいで学校がおかしくなった。戸田先生を、平岡先生を返せ。殺人者。消えろ、消えろ!!』

――そして!!

《学校から消えろ!!》

ついに勃発。生徒達が一斉に愛海に襲いかかるのを。まるで街を飲み込む大津波の如く、全員を敵にまわした愛海へ雪崩れ込んだのであった。
岩城達が押さえようとしたが暴れだした人海を止めるすべなどなく、飲み込まれた。

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアっっっ!!!」

愛海は一目散に逃げ出した。このままでは自分が殺されると。側にいた歩は慌てて愛海を助けようと手を差しのべるも、近くにいた未来の決死の行動によって通路横へ避難。人海に潰される難を逃れた。
愛海は曲がり角辺りで追い付かれて飲み込まれてしまった。

「安西出てきやがれぇ!!」
「逃げんじゃねえよコラァ!」
「オレらにどんだけ迷惑かけたと思ってんだァ!」
怒号を張り上げる暴徒達の群れ。中には将棋倒しのように倒れる生徒がいるその垂下に愛海はいた。
命からがら隙間から這い出て、誰もいない所へ脱出。走り出すも後ろの生徒にしっかり見られていた。

「いたぞ、あっちだ!!」
必死で逃げる愛海の直線上にはあの、エミとチカの姿が。

「まっ、マナミ!!」
構っているヒマなどなく、エミは彼女に勢いよく吹き飛ばされ、持っていたバッグの中身が散乱した。

――玄関まで押し寄せてきた生徒の中、愛海は人を踏み台にして下駄箱に乗り上げ、入口へ向かうも、誰かが下駄箱を叩きつけ、グラッと揺れた。

「見いつけた」
――そして歩達も駆けつけると、野次馬に注目される下駄箱上の袋小路になった愛海の姿が。

「いーじゃん!そこで謝れよ、オレらに向かってよお」
「土下座しろよ土下座ーーっっ!!」
それに賛同し、煽り始める生徒達。

 

――一方、まだこの事を知らない克己は教室にいたが。

「ちょっと、すごいことになってるよ一階!!」
「安西がっ!!」
駆けつけてきた女子生徒の知らせに彼は表情を変えた。

「ま、マナミがどうした?」
彼はその生徒に引っ張られて教室から出ていった。

「カツミくん、安西と別れてよかったね!!アイツかなりの悪人だよ、戸田先生を飛ばしたんだって!」
「えっ!?なんだよそれっ?」

……すると一階から、生徒全員が声を張り上げて煽っている。その言葉は……。

《土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座!!土・下・座――!!》

まさに地獄。一階、二階の大多数の全員からの愛海に向かって土下座コール、中にはその光景の携帯写真を撮る者も。
動くことのできない彼女は恥辱、屈辱をこれでもかというくらいに味わっていた。

「な……なんで……」
その光景に青ざめていく歩と未来。すると、

「いい見物だな、安西」
横では竜馬が皮肉混じりの笑みでこの光景を見ていた。

「流君……?」
「あいつは今までの悪行の報いが今になって全部返ってきたんだよ。『因果応報』、『天に唾を吐けば自分に返る』とはまさにこの事だな」
「…………」

……確かにその通りだった。彼女は今まさに天誅を受けている最中である。が、歩はというと……。
「ちがう……あたしはこんなことになるのは……望んでない!!」
歩ただ一人が愛海を助けようと向かっていく。確かに自分は愛海から酷い目を遭わされた。だからといって、こんな屈辱な見せ物にされることは心外だった。

一方愛海は恐怖と動揺から震えていた膝が地面に付き、まさに土下座の一歩手前の状況にきていた。
しかし、横に目を通し入口が開いていることに着目すると、すかさずそこから飛び降りた。しかし、一人の男子が散乱したエミのバッグの中身の一つ、プリクラノートを拾い上げ、愛海に向けて全力で投げつけた。

「逃げてんじゃねーよーーーーっっ!」

ノートは見事彼女の眉間に命中し、激痛からその場でうずくまった。

「い、痛っ……」

真下にはエミがこれまで集めたプリクラが貼られているページが開いていた。
エミ、チカ、廣瀬達と仲良く写ったモノ、克己とのツーショット。ペンで沢山落書きされたモノ……。それはエミが愛海から離れても、心中ではまだ彼女を慕ってたことが分かる1ページだった。しかしその中でも一番注目するプリクラがあった。

それは入学してまもない頃に撮った、自分と歩のツーショットである。それを目にした彼女はその場で凍ったように固まってしまった。

「ちゃんと謝れよお前。今までどんだけひどいことしてきたんだよ、それで逃げるのかよ……謝れ」

静まりかえる中一人の男子生徒に諭されて、黙り込む愛海。果たしてこの結末は……。