「土下座しろよ。ちゃんと誠意見せろよ」
その場で固まる愛海は何を考えてるか。それは歩をいじめ始めて間もない頃、エミ達とゲーセンでプリクラを取った時のことである。
「ねえアユムさあ……やっぱりカツミくんのこと好きなのかなぁ……」
「えーーっ、だからそんなの気にすんなっていってんじゃん!!」
「心配することないって」
「何があってもウチらが守るから大丈夫だよ!
つーか、椎葉なんかにマナの幸せが壊されるわけねーじゃん!!」
「……そぉだよね。そぉだよね!」
……自分が中心となって、誰からも愛されていたあの頃、何をしても庇ってくれた友達は今はもう……。
その時だった。プリクラに赤い液体が落ちた。次々と垂れ落ちてプリクラノートを汚く染める。
それは彼女の血液だった。男子生徒が投げたプリクラノートが眉間に直撃し、深く切れていたのだった。彼女の目にも垂れて視界が紅く染まった。
「あ……ああっっ!!?」
切れた眉間を触るとぬるっとした感触が。見るとベットリと掌に血が付着していた。
……彼女には頭の何が切れた音がした。すると近くにかけてあった水切り用具を手に取ると、全力で後ろのガラスを叩き割ったのだ。
歩と未来含む、その場にいた生徒全員がその唐突さに尻餅をついて怯えた。
「おまえらに何が分かる……おまえらにマナのなにがっ……」
彼女は群衆に向かって水切り用具を振り上げた。
《だれが土下座なんかするかボケェェーーーッッッ!!!!》
ぶちギレて啖呵を切った愛海。だが、どこからか笑い声が……。
「くくっ……なにあれ……アハハ……」
「ボケェェェっ!!だってよ!!」
「マネすんなよ、ぷぷ……」
次第に感染し、周囲に先ほどの行動に対してあざけ笑う生徒達の姿が。
「あんなデカイガラス割っちゃったよ!!まじウケるんだけど!!」
「さっすが安西、お前の本性ハッキリ見たぜ。超こえーーっっ!!」
キレたのがかえって全員から愚笑を買うハメに……。
「笑うな……笑うな……っっ」
もはや彼女にとっては恥と屈辱の極致。大粒の涙を流しながら再び振り上げて襲いかかった。
《わらうなあああああああっっ!!》
瞬間、写真をとる音が聞こえて彼女は止まった。周りはなんと今の姿を携帯のカメラで撮影していた。
「ほらほら安西、動けよ!!」
「なんならその場で股開いてもいいぞ。見たくないけどお前ならできんだろ?」
「犬みたいに一周回ってワンって言えや!」
セクハラ、パワハラまがいな要求を言いながら、次々と今の彼女の姿を撮影する彼ら。四方八方からカメラや動画を撮られてしまう愛海は……。
(生き……地獄だ……ハハハ……)
その目からはもう生気が感じられなかった……。
そんな中、歩はもはやこのような惨劇に耐えられなかった。
「や、やめてえーーーっっ!!!」
彼女は愛海を助けようと向かうも、なんと自身も写真を撮られてしまう。
「イェーイ、椎葉と安西のツーショットゲットっ♪」
本人が周りに見せびらかしている時、歩がその携帯を強引に奪い上げた。
(あたしは……こんなのは望んでなかった……)
画面に写る愛海は泣いたまま立ち尽くしている。それにも関わらず、空気を読まない周囲の人間はあざけ笑いながら写真や動画撮りに夢中だ。
「もう……やめてこんな、惨いこと……」
そして急いで駆けつけた教師達も治安させるために生徒達の中へ介入した。
「やめんかキサマらァ!!!」
「撮るな、下がれ!!」
田崎と数人の教師が彼女の元へ向かい、すぐに保護した。
「安西、大丈夫か!!」
しかし彼女の眼は死んでいた。放心して呼応すらしていなかった。
遠くから見ていた園田、そして克己はその場の異常な空気に吐き気すら催していた。
「……か、関係ないぞオレは……」
克己が見る遠くからの愛海はこちらを見ながらゆっくり向かっているように見えた。
「く、来るな!!来るなァァ!!」
取り乱し、一目散に逃げ出した彼は誰かの足に引っかかり、倒れ込むが運よく壁に寄りかかる。
しかしそこにあったのは非常用ベル。指が発動ボタンを勢いで強く押してしまう。
瞬間、学校内で騒音のようなベルが鳴り響き、その場はまさに大混乱に陥った。将棋倒しで倒れる者、携帯が吹き飛ばされて潰される者……。
「あっ!!」
押したのが自分だと今気付いた克己はやっと我に返る。
「あの人がベルを押したっぽいよ!」
全員の視線が今度は克己に向けられた。
「ち、ちが……」
自分が変な目で見られていることに彼は顔の筋肉が強張る。
「カツミくんじゃん!!」
「なんで?」
次は彼が注目されてしまい、
「誰だよ佐古って!?」
「あいつの元カレだって?」
「安西が鳴らしたの!?」
「違うよ、 佐古くんが安西を助けるためにやったんだって!!」
クラスメートからの真意ではない発言が愛海の耳に届いた。
「カツミ……くん……?」
放心していた彼女は自我を取り戻した。そう、元カレの名によって。
「マナのために……カツミが……」
愛海にとって陥れようとしていたが、逆に自分を助けようとしてくれようとした(実際は全く違うが)克己へ彼女は求めた。
「どこ……カツミくん……」
「安西!」
さ迷う彼女に田崎が手を差しのべた。
「こっちだ!!」
しかしせっかく救おうとした彼の手を『あたしにさわるな』と言わんばかりに振りほどき、自分が叩き割ったガラス戸から抜け出して脱走したのだ。
「安西!!」
歩も彼女を追いかけていく。そして学校外へ逃げ出した愛海。校門前へ来た時、突然誰かとぶつかった。
「よお安西」
彼女は顔を上げるそこにいたのは……。
「あ……あんたは……」
まるで熊のような大男。そう、彼女が嫌う人間の一人である竜馬だった。なんと彼は待ち構えていたのだった。
「ワリィが俺もてめえの悪行に心底腹が煮えくりまわってるんでな。逃げれるもんなら逃げてみやがれコラァ」
手をバキバキ鳴らして不敵な笑みを繰り出す竜馬。本気だ、彼は本気で彼女に手を掛けようとしていた。
「殺しはしねえ。だが二度と外に出れなくしてやんぜ。前に俺に怒りを買った女みてーになあ!!」
「…………?」
覚えているだろうか。数ヶ月前に突然、何者かによって再起不能にまで重症を負わされた彼女の友達がいたことを……名前は大原真由(マユ)という名である。
「さあて覚悟しな!」
彼はマユと同じ目に遭わそうとしている。さすがの彼女も彼の恐ろしさを知っているので恐怖に染まって後退ったその時。
「流君、やめてえ!!」
「椎葉?」
歩の叫びに動きが止まった。すると愛海はその隙をついて彼の横を全速力で通過した。
「てめえ!!」
だが彼は突然、とある幻覚に襲われる。逃げていく彼女にとある人物の姿が被ったのだ。
それは……自分に牙を向けた挙げ句に殺人の冤罪を着せて永久刑務所に叩き込んだあの裏切り者。
仲間だと思っていたが今は復讐の対象になっている、あの男だった。
「てめえ……なんでここにいるっ……!!!」
駆けつけた歩は竜馬の様子がおかしいことに気づく。
「流……君……?」
いきなり竜馬は急変した。その復讐に燃える阿修羅のような顔になり、学生シャツの中からとんでもないモノを取り出したのだ。黒光りの角ばった重量感のある物体、それは日本の一般人は確実に持てない代物、拳銃であった。
《キサマかああああああああーーーっっ、ハヤトオオオォォォォォォォォォォォォォっっ!!》
咆哮する竜馬はなんと逃げる愛海へ躊躇いなく銃口を向けたのであった。それを見た歩は仰天した。
「流君っ!!?」
素早く安全装置を外し、ついに――発砲。硝煙と共に弾丸が勢いよく飛び出した。
その一発が勢いに任せて撃ったせいか、彼女には直撃しなかったが左肩を擦り、血が吹き出した。
「痛っ!!」
彼女は後ろを振り返ると憤怒の彼がこちらに黒い物を向けているのが見えた。
「うそ……テッポウ!!?」
察知した愛海は悟った。本気で殺しにかかっている。彼女の防衛本能のタガが外れ、なりふり構わず彼から離れようと決死で走っていく。
幸いなことに今はその射線上や周辺には誰もいなかったことである。
「また逃げる気かハヤトォっっ!!」
竜馬が二発目を撃とうとした時、歩はとっさに彼の腕を掴んで愛海への狙いを妨げた。
「流君!!安西を殺しちゃダメ!!」
彼女の触感と叫びがやっと、竜馬の自我を取り戻し、顔を和らげた。
「し……椎葉……?」
「流君……?」
その口調はいつもの彼だ。歩は一瞬の安心を得た。
「俺は一体……」
あの竜馬も今とった自分の行動に動揺を隠せなかった。
(なぜだ……なぜ安西と隼人の姿が被った……?)
彼にもその理由が分からない。
しかし、そういえば愛海はあの男、神隼人と似てる性質をいくつか持っていることにふと気づいた。
隠れた残虐性、異様に頭の回転が早い点、そして誰にも手の内を見せないその黒い性格……まさか。竜馬にとある考察へ辿り着いた時、未来がここにやって来た。
「二人とも!!」
彼女に気付いた二人は振り向く。竜馬はすぐに拳銃を再び懐に隠し入れた。
「安西は!?」
「…………」
すると歩は二人に向かってこう言った。
「わたし……これから安西を追う」
それを聞いたミキは仰天した。
「ダメ!!」
「なんで!!」
未来は行こうとする歩を引き止めようとしていた。
「アイツは……あんたに何をしでかすかわからない!!」
その通りである。もしかしたら歩に命の危険がないわけではない、愛海は本気で襲いかかる可能性だってあるのだ。
「お願い、行かないで……」
「ミキ……」
今にも泣きそうな声で嘆願する彼女に歩の心を揺さぶった。しかし、
「よし椎葉、行きたいのなら行ってこい!!」
「流!!」
なんと竜馬は歩に後押しするのであった。
「流君!?」
「お前がそれで納得するんなら今すぐ行動しろ!!心配すんな、お前を邪魔するヤツなんかいねえよ、いたらそいつをぶっ飛ばしてやる!」
再び不敵な笑みの竜馬は拳を握りしめて歩にそれを見せつけた。
「立ち上がれ椎葉!!勇気はあるか!!希望はあるか!!
行け!!」
《今 が そ の 時 だ 』!!》
彼の熱き激励に血潮が奮い立つ歩。
「……うん!!」
歩は彼女から貰ったリストカットを隠すためにつけていたリストバンドを外し、未来にそれを渡した。
「ミキ……ごめん。けど、このまま終わらせたくない」
そう言い残し、歩は全速力で愛海の後を追いかけていった。
「あ、アユムーーーっっっ!!!」
未来の悲痛の叫びを省みず、歩は駆けていく。
彼女はもはや一つの考えしかなかった。
(安西を追って意味があるのかわからない。けど前に進むんだ流君に言われた通り、今こそ立ち上がる時なんだ、あたしが――)
《世界を変える風になるんだっっ!!!》