ライフ 第60話

Last-modified: 2014-02-07 (金) 23:01:10

(あたしは安西愛海という人間がわからない)

窒息し泡を吹き始めた歩。しかし彼女も黙ってやられるはずもなく、持てる力を振り絞ってのしかかった愛海を吹き飛ばした。

「まだ逆らう気か」
のたうち苦しむ歩に愛海は、台所の引き出しから長包丁を取り出して歩に向けて振りかざした。

「死ね」

包丁が歩へ振り下ろされた――。

 

園田と羽鳥は歩を探していたが一行に見つからない。

「どこなのアユム……」
息を切らして汗まみれな彼女達はずいぶんと探し回った様子である。しかし園田には一つだけの思い当たる場所があった。

「羽鳥さん、佐古の、佐古克己の家はどこかわかる……?」「え……?」
「さっきから考えてたんだ、安西の行きそうな場所。たしか安西の家はバスがないとキツイ距離だったと思う、そこしか思いつかなくて」

彼の考えは見事的中していた。

「わからない……でも学校なら」
「よし、誰かにきこう!!」
彼は携帯を取り出して、学校の友達に電話した。

 

一方、竜馬も例の『ゲッター線』が過剰集中している場所を追っていた。彼の足は止まる。彼の直線上から腕時計が異常な反応を示している。

「この先は確か……安西の男の家じゃなかったか?」
なんと克己宅にそのゲッター線がナゼか集中している。彼はそこへ走っていった。

そして歩はというと、間一髪、包丁刃から逃れて二階まで逃れていた――。
急いで克己の部屋へ入ろうとドアを開けた――が。

「があ……っ」
追い付かれた愛海によって凶刃が背中を縦一閃に斬られてしまった……。
おびただしい血が吹き出し部屋に転がり倒れる。克己の部屋の床を彼女の血で染めた。

「ああ……あっ」
背中から激痛が伴い、動くことさえままならない、床に爪を立てて少しでも逃げようとするも、

「あーあ、かわいそう……カツミくんの部屋がこんなになっちゃって……ま、いっか♪」
ついに獲物を追いつめたような狩人のごとく、狂った表情で歩を見下ろす愛海。
今ここで殺される、歩の意識にそれが駆けめぐっていた。

「すぐに殺さない、今からゆっくりと……もがき苦しませて殺してやる……」
「…………っ」
絶体絶命の歩。

今は誰も彼女を救える者はいない。この場は二人だけ、今思いを遂げようとしている人間と瀕死し、憎しみの刃にかけられるのを待つだけの自分。

「お前はあそこで死ぬべきだったんだ……あの廃虚でっ……!!」
再び包丁が歩へ向けられた。

廃虚……あの狩野アキラとその仲間に、未来と共に拉致されて、そして性的暴行されかけたあの事件。
やはりこいつの仕業だったか……混濁する意識の中、歩に聞こえたのはあの事件の真実。ついにわかった時、歩の心は一気に怒りの炎に燃えたのであった。

(立ち上がれ椎葉、今がその時だ!!)

追う前の竜馬の放った言葉が彼女の身体に活力を与える起爆剤になった。

「……ふざけんじゃねえよ……こんなとこで死んでたまるか……っ」
瀕死だった歩は無理矢理痛みの走る体を立ち上がらせた時、愛海は一瞬怯んだ。

「おまえ……この後に及んでマナにたてつく気か……」
「……あたしは絶対に生きる……何があっても……ッッッ!!」

そして……。

《あたしをォォ……なめんじゃねェェェェェェェェっっ!!》

歩は咆哮したその時だった、歩の真天井から何か輝く緑色の粒子が彼女へ降り落ち、纏い取り込まれていく――。

「な……なにこれ……?」
その超常現象に愛海はただ呆然と見るしかできない。
そして外では、克己宅前にいる竜馬も目を疑った。空から無数の緑粒子が家へ降り注いでいるのが……。

「これは……!?」
ゲッター線に反応する腕時計が突然、火花を発生し爆発、大破してしまう。

「ちいっ、中で何が起きているんだ!?」
歩に取り巻いた粒子が全て彼女に吸収された。

「し……椎葉っ?」
畏れる彼女の見る先の歩には身体中に緑色の筋がほどばしり、顔にも浮かび上がった時――。

《グアアアアアアァァァァーーーッッッ!!!》

「ひいっ!!?」
そこにいたのは歩ではない、牙を剥き出しに、もはや人間の顔ではない悪鬼。歩の姿をした魔獣であった。

歩は瞬時に人間とは思えないくらいに天井近くまで飛び上がり、愛海の顔へ向けて右拳をかざし、降り下ろした。

「ぎゃあっ!!」
見事に頬へ直撃し、その熊に殴られたような凄まじい打撃力で地面に叩きつけられた。

ピクピクと悶絶し倒れ尽くす愛海。しかし歩は容赦なく彼女へのしかかる。

《ケア~~~~ハハハハハハハハハハハハっッッッ!!ギャアアアアアアアアアアアっっっ!!!》

野獣のような咆哮と共になんと逆に愛海の首を締めはじめたのだ。その握力は男。こんな華奢な体躯からどうやって出せるのだろうか。

「ぐ……えっ」
愛海は必死で、顔を殴るなど抵抗するも今の歩の前には少しも動じない。もはや先ほどまでの普通の女子高生の歩ではない、悪鬼羅刹、魔人そのものだ。
立ち上がり、首根っこを片手で持ち上げて全力で壁へ投げ飛ばした。激突しベッド上に落下、激痛で踞る愛海。しかし歩の猛攻が止まらない。

(なにあいつ……今までの椎葉じゃない……本当の悪魔だ!!!)
今度は愛海が恐怖に屈する番に……。
そんな様子を屋外の遥か空から見つめる一人の男が。彼は未来の実家でも空から見ていた着物を来た若い男『乱王』という人間である。

「椎葉歩……ここで同化か……ん?」
彼は外から家に侵入しようとしている人間を見つける。竜馬だ。

「あの男は……まさか?」
乱王は彼の姿をじっと見つめている。

「不思議なものだ。まさか彼がこの時代に来てるとは……彼が椎葉と出会うのは本来は先の話、それも――なにかの縁かか」
乱王は軽い笑みし、その場からスゥと消えていく。

(椎葉よ、心配するな。お前を命がけで守ってくれる人間は……すぐそばにいることをな)

……家の中、とりわけ二階の方から暴れるような破壊音、な甲高い雄叫びが聞こえる。
竜馬はただ事ではないと気づき、意を決してその卓越した身体能力で一気に二階までよじ上る。

克己の部屋前のベランダにたどり着き、中を見ると……。

「椎葉!?」
悪魔のように豹変した歩がこの部屋にいる愛海を襲っている。
タンスなどの家具を全てぶち壊して、猛獣のように理性なく暴れるその様に彼は異常を感じた。

すぐにベランダ戸を開けようとするが鍵が閉まっていた。
竜馬は躊躇いなく、右拳を引き上げた。

「おぅるあああっっ!!」
その拳で戸を無理矢理破壊して中へ。

「椎葉、おい!!」
歩は竜馬を見る否や、今度は彼を獲物と勘違いして、襲いかかる。

《メェアアアアアアアアアアァァーーーーっっ!!》

「椎葉っ!?」
普段の彼女じゃない、仰天する竜馬。武道家である熟練した身構え、彼女と対峙。さすがはゲッターチーム最強の戦闘力を持つ男であるが……。

(まじかよ……っ)
その攻撃性、身のこなし、身体能力……全てが竜馬の想像を凌駕していた。

「おい、やめろ!!やめやがれえ!!」
竜馬の声が全く届いておらず、無情にも彼を慕っていたはずの歩ではなく、今は凶暴性を剥き出しにした、女子高生という皮を被った鬼そのものだった。

「くそおっ!!」
竜馬も黙らせようと腹部に強烈な拳を突き入れた。一瞬、怯んだかに見えた彼女だったが効いていないのか、再び狂った笑顔で竜馬に向かって右回し蹴りを放った。
左腕を盾にして受け止める竜馬、しかし歩も休まずに身構えて、その小さい拳を彼へ大振る、まるでアクション映画さながらの近接近戦の応酬だ。

(まさか……さっき家に入っていった変な粒子のせい……あれはゲッター線か!?)

ゲッター線……自分でさえもワケのわからないエネルギー体。
彼の知るかぎりでは、地球に降り注ぐ少しでも膨大なエネルギー量に膨れ上がる夢の宇宙線……あのジジイこと、早乙女博士曰く、人類の進化に深く関係しているエネルギーとも。
しかし自分のいた時代での浅間山一帯の周辺環境を退化させたり、そして今の彼女の異常……ゲッター線とは一体なんなのか、ますます理解できなくなる――。
そして、この凄惨な室内の一室でただ黙って見続けている愛海。今の状況、そしてなぜ自分の嫌う人間が二人も目の前にいるのか。

「な、なんなのよコイツらは……」
情緒不安定に陥っていた彼女に今の光景でさらに悪化させる。再び側に落ちていた包丁を持ち、振り上げながら突進した。

「おまえらめざわりなんだよ、今すぐマナの視界から消えろォォ!!!」
向かう先は……歩。再び切り裂こうとして彼女へ全力で降り下ろした時、竜馬は、今気付いた。
とっさに歩を前へ押し飛ばした時、愛海の包丁刃が前に立った竜馬を深く切り裂いた。

「ぐあ……っ」
なんてことだろう、あの不敵であった男がついにうめき声を上げた。腕からおぞましい程の亀裂と共に血液が……。

だがその時、彼の苦しみのこもった声が耳に入り、吹き飛ばされた歩の顔がまともになるのを。

「あ、あれ……あたし……」
背中を切られたのに痛くない……あれから何が起こったのか覚えてない。すぐに体を起こしたその視線には……。

「ああ……流君……っ」
包丁を持った愛海の目の前には、腕全体から大出血して踞る痛々しい姿の竜馬が。歩の顔は真っ青になり、すぐに彼へ駆けつける。

「流君、大丈夫っ!?」
「椎葉……おまえ……っ」
今の彼女は普段の優しい彼女へ戻っていた。

「おまえ……さっきの、なにもおぼえてないのか……っ」
「…………?」
やはり何も知らなさそうな様子の歩。先ほどの彼女はなんだったのか……と思うが、元に戻ったと一安心する。しかし竜馬のその傷を見るとかなりの重傷だ、現に彼の顔は苦痛に浸っている。歩は何か止血できるものはないか、周りを見渡すが……。

「……えっ……」

愛海から声が漏れ、その血にまみれた包丁を落とす。彼女の見下ろす視線の先には……。

「なにこれ……」
歩もそこに視線を向けると彼女の心は抉られるような痛みを受ける。
かつて、克己によって撮られた、歩の裸を縄で束縛し脅された、彼女にとって屈辱と恥辱の異常な写真が載ったアルバムのページ。写真の下には『奴隷10号』と書かれていた。

(まだ……こんな写真……あったんだ……っ)

歩は思い出してしまう。あの吐き気を催すくらいの忌々しい記憶を……。
愛海はそれを手に取り、次のページを開いた時、目を疑う。自分の友達だった女子の、歩と同じく全裸、下着姿で縛られた恥ずかしい写真が。それらも奴隷と書かれ、番号が振られていた。

「これは……カツミくんの……」
愛海の表情が青くなっていく――自分の愛した彼氏がこんなものを撮っていたのかと……。