ライフ 第62話

Last-modified: 2014-02-19 (水) 22:43:09

――夕方の学校。今日の大波乱で、パニック状態の職員室に一本の電話が。
すぐに田崎が出る。だがその彼は一気に深刻な顔へと変貌する。

「どうした!!」
「あ、安西が……佐古の家で……包丁で佐古と椎葉、そして流を刺したそうです……」
この場で全員が一気に凍りついた。

「安西自身も……お腹を刺して自殺を図り……全員病院に運ばれました……」

 

――市立総合病院。歩は個室のベッドで眠っていた。付き添いで未来が隣のイスに座っていた。

「……アユム……?」
彼女がついに目をゆっくりと開けて、未来の姿を見ると身体を起こした。

「……ミキ……っ」
すっきりとした顔を見る限り、もう大丈夫のようだ。

「ここ……病院だよね……あたしは……」
「眠ってたんだよずっと。佐古の家から救急車で運ばれてね――」
「あ、安西は!!?」
突然、思い立ったように叫ぶ歩に未来は、

「安西と佐古はそれぞれ別の病院に運ばれた。二人とも重傷だけど……意識はあるって園田が言ってた。今、園田も向かってるよ」
……彼女はもう一人の人間が一番心配だった。

「な、流君は……?」
「アイツなら心配ないよ、ピンピンしてた。
腕があんなにパックリ裂かれたのに。まったく信じられないね、流は。けど、治療したらどこか行ったらしくて、今は病院にいない」
それを聞いた歩はホッと安心し、息を吐いた。
するとバタバタと駆けてくる音がして、入り口ドアが勢いよく開かれた。そこには母親の文子が深刻な表情で入ってきた。

「お母さん!?」
「あ、歩……どうして……うそでしょ……同級生に刺されたなんて……」
「ちがうよお母さん!!ちがうの……」
気が動転している文子を優しい声で宥める歩。

「刺されたんじゃなくて、肩にちょっと当たっちゃっただけ……そのコを止めようとしたときに……だから平気だよ」

「ほんとに、ほんとに肩だけなの……?」
「うん……?」
「歩……?」
「いや……っ、なにもないよ」
そういえば背中を切られたのは覚えているのに全く痛くも痒くもない……。
文子は彼女の左腕を握る。しかしそこには……。

「歩……この腕のキズは……?」

「………」
ついに親に見られてしまった。彼女が苦しみが抜け出すために、安心させるために行なった行為『リストカット』の傷痕を……。

 

――そして学校の職員室では。

「これはもう学校内だけの事件ではありません……今から全員で、冷静に今後の対応策を協議していきましょう……」
室内が大混乱に陥った。保護者や生徒の対応、なにより愛海の父親にどう説明すればいいのか……。佐古の担任である田崎は、自分のクラスの教え子がこんなことになって、これ以上にない絶望に浸っていた。

しかし主任の岩城は……。

「我々の言っていることに矛盾があればマスコミはすぐに食いつきます。
まずは絶対に外部に漏れないよう、より徹底した情報の管理をすることが最優先です!!」
「まだそんなふざけたことを言うんですか!!」
頑なに認めようとしない彼の態度に、ついに一人の若い男性教員が机に拳を打ち付けて、立ち上がった。

「なんでそこまでして認めようとしないんですか……我々はイジメを放置した……無理矢理なかったことにしようとしたらこんな悲劇が起こってしまったんじゃないですか!!?」
彼は立ち上がり、荷物と羽織り用の上着持ち、出入口へ向かう。

「今から警察に事実を確かめに行きます!」
「ま、まて!!会議は途中……」
「わたしも行きます!」
「おい、ちょっとまてっ!」
田崎も上着を持ち、彼の後を追っていく。触発されたのか一人、また一人と彼らの後を追っていく……。

「これは自分で切った……」
「……」
負い目を感じる歩は文子の顔が見れなかった。実の娘がこんなことしているなんて、どう思うのだろうか――。

だが、彼女の腕のキズに一粒、また一粒としずくが落ちてきた。
顔を上げると、文子はなんと泣いていた。

「アユム……つらかったんだね……こんなことするまでつらかったんだね……っ」
彼女は膝をつき、うつ向いた。

「……気づかなかった……歩が学校で戦ってるって言ってたのに……なのに……それ以上なにもしてやれなかった……っ」
歩にあまり目を向けなかった母、文子も今でやっと事の重大さ、そして解るのが遅すぎたと気付いたのである。

「……母親失格だね……あたしが一番早く気づかなきゃならないのに……ちゃんとあんたと向き合わないといけなかったのに……ごめんね歩……ごめんね……」
ついに泣き崩れる文子の姿に歩の眼にも涙が……。

未来は持っていた、歩のつけていたリストバンドを横に置き、今は二人のほうがいいと、そっと部屋を後にした。

「あたしね……こうやってリストバンドをつけて隠してつけてたんだけど……。
いつかお母さんが気づいてくれるのかもって、心の中であったと思う――」
歩も反省すべき所があったと分かる。自分も甘えていたということを。
直接話せばそれが一番納得する解決方法なのに、傷つくのを恐れて結局話せなかった自分が。臆病で踏み出せなかった事実を。

「つらかった時にね……そばにいてくれて励ましてくれた人達がいるの。
一人は生きる勇気を、一人は誰にでも労ることを……もう一人は……強くなれといってくれた人……」
歩は文子に涙ぐむも、優しい笑みでこう言った。

「……もっと話さないといけないね……あたしたち……これから……」
「歩……そうだね。何気ない話でもしていかないとね、いっぱい……」
ついに互いに目をそらし続けた二人はやっとここで、親子の絆を掴んだのだ――。

 

――一方、竜馬は山中で、再びゲッターロボのコックピット内でコンピュータをいじっていた。
左腕はケガで三角巾で固定されているも、片手でなんなく扱っていた。さすがである。

「ゲッター線数値が平均値に下がっている。あれは一体なんだったんだ……?」
ゲッター線が克己宅に降り注ぎ、歩に起きたあの暴走……竜馬でさえ全く理解できない。
彼はため息をつくと着座シートに深くもたれかかる。

(俺が安西ごときにこんな失態か……腕があの時の武蔵みたいになっちまって……俺もまだまだか)
目を瞑り、何か考えているのか沈黙した。

(なぜだ、椎葉があいつに切られそうになった時、俺は守らないといけねえ気持ちが一気に高ぶったり、
前々にも椎葉に対して、俺らしくねえこと考えるし……それに安西が隼人のヤロウと被るし、なんだこの時代は……俺に何か関係あんのか?)
竜馬はコックピットを閉めて、下山していった――。

 

そして、愛海の病院では父親の富美男と母親が彼女を治療した医師から説明を受けていた。

「……傷口の深さは、腹腔にまで達していました。幸い腸は無事でしたので、腸菅結合などの大きな手術は必要ありませんでした。
このまま回復が順調ならば……退院まであまり時間はかからないと思います」
二人はそれを聞き、涙ぐむもホッとした。

「……そうですか。ありがとうございます……」
しかし、彼は内心深く怒りに満ちていた。

(なんで……ウチの愛海がこんなことに……)
彼は全ての原因は学校にあるとしか思っていなかった。

――そして克己の所に、あの自己中心な彼の父親が怒鳴りこんできたのだ。

「と、父さん……っ」
彼にとっては恐怖の対象である。なぜなら事あるごとに彼に虐待をしていたからだ。

「お前、なんてことしてくれたんだ。 お前のせいでオレの会社が終わりだよ」
案の定、怪我をした克己の見舞いに来たのではなく、彼によって全てを台無しにされたことによる罵倒に来たのだった。

「オレはさっきなぁ、床に頭すり付けて安西さんに謝ったんだよ……お前みたいなクズのためになあ!!」
なんとこの男は大怪我を負った実の息子をベッドから張り飛ばしたのだった。
治療してまもない背中を強く打ちつけ、激痛でのたうち回る克己。しかし直ぐ様胸ぐらを掴むと今度は……。

「それになんだあのふざけた写真は……お前が撮ったんだろ?警察の手に渡るまえに俺が処分しておいたが……まだ隠しているんじゃないだろうな!!全部出せ!!」
「あれだけだよ!!ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!!」
怯える克己に父親は禁煙であるはずのこの室内で、タバコを吸い始めた。

「まったく……なんでお前がケガしてんだよ、情けない。
なんで愛海さんを守れなかったんだよ……お前が!!」
しかし、その言葉が克己に溜まっていた不満が全て爆発し彼は立ち上がると、歩と同じように父親へ向かって顔面にその拳を叩き込んだ。

《このクソオヤジがぁっ!!》

吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて顔を押さえて悶絶した。
「アンタ頭おかしいんじゃないのか……なんで実の息子が大ケガしたのに……そんなにオレより会社のことが大事なのかよォ!!!」

克己は部屋にある花瓶や額などを父親へ向かって辺りかまわず投げつけだしたのだった。

「てめえなんか父親でもなんでもねえ、今すぐオレの前から消えろォォ!!」
「た、助けてくれえっっ!!」
直ぐ様駆けつけた看護婦達に取り押さえられる克己は大泣きながら暴れていた。
思えばこの父親のせいで彼はこんな性格になったのかもしれない……。

 

……次の日、富美男は学校へ赴いていた。もちろん、なぜ自分の娘にあんな悲劇が起こったのか問い詰めるためである。
それを偶然玄関で見ていたエミは急いで教室へ向かった。
チカ達の方へいくと彼女らもかなり顔色が良くなかった。

「マナミに……なにかあったの……?」
「マナミが……カツミくんの家で自殺未遂だって……」
エミの心は深く抉られたような気分になった。

「……そこにいた椎葉と流も……血まみれになってたってはなしだよ……っ」
さすがのチカ達も凄く落ち込んでいた。

「ウチらのせいだ……ウチらがマナミを追いつめたんだ!!」
エミに溜まっていた罪悪感が一気に溢れだした。

「椎葉をいじめたことを全てマナミに押し付けといて、自分達は逃げたんだ!!
共犯なのに、全てをマナミに濡れ衣を着せたウチらが一番最悪じゃないか!!」
彼女の言葉にクラスにいる、歩のいじめに関わった人間全ての心を貫く。

「マナミだけが悪いんじゃない、椎葉を楽しくていじめていたウチらもだ。
誰かがマナミを止めるべきだったんだ……ウチらがマナミのトモダチだったんなら……取り返しがつかなくなるまえに止めるべきだったんだ!!」
エミは泣きながら教室を飛び出していった。静まりかえったこの教室内で、チカ達は今になって、初めて後悔したのだった。

 

「だから学校でなにがあったのかをきいとるんだ!!」
職員室では案の定、富美男は大声を張り上げていた。

「ウチの娘が理由なく自殺するはずがないだろう、学校でイヤなことがあったに違いないんだ!」

岩城と教頭はペコペコ頭を下げているだけである。

「あとでゆっくりとご説明しますので今は……」
「だいたいイジメ問題は解決したはずじゃなかったのか!?まったく、この学校はどうなっとるんだ!!」

その時だった。入り口ドアが勢いよく開くと、そこには息を切らした涙を浮かべたエミの姿が。

「あたし……あたし……椎葉のことをいじめてました……安西さん……マナミと一緒に……」
富美男の前に全ての真実を話し出す彼女に、職員全員がその場で唖然とした。

「……椎葉の机やイスに接着剤を塗ったりしました。
教科書をゴミ捨て場に捨てたり……水筒に下剤をいれて授業中に無理矢理トイレに行かせたり……カーテンで巻いてホースで水責めにしたり……化学室で針を飲ませようとした……」
今まで行なった歩への悪行の内容に恐怖を感じる教員が多数いた。

「他にも数えきれないほどしました……悪口も……」
彼女はついに崩れて膝をついた。

「あたしたちのせいだ……マナミをとめなかった、ヒロを踏みにじった……友達を裏切ったんだあたしっ……ウチらは上っ面だけの友達なだけだったんだ……っ」
彼女は顔を伏せて、体を震わせた。

「……もう処罰を受ける覚悟はできてます。謹慎でも退学でもなんでもしてください……っ」
エミは大声を上げて号泣したのだった……。
その姿に、田崎は続けて富美男にこう告げた。

「安西さん。愛海さんは……椎葉さんをいじめてたんです」
彼の目の色が変わった。

「……愛海さんだけではない。おそらく友達とグルになって椎葉さんを……。
それを我々が隠蔽し続けた結果、生徒達の怒りが爆発して……愛海さんに、集団で土下座を強要する騒ぎになったんです。
そのせいで彼女は追いつめられて自殺を……」
「なっ……」
「全ては我々の責任です。本当に申し訳ありませんでした……っ」
そう言い彼は深く頭を下げた。だが、

「……ふざけるな……なんだ今さら……認めんぞ、ワシはそんなの認めんぞ!!
ウチの愛海は悪くない!!問題が起こったら指導して教育するのがお前らの仕事だろう、全部お前らが悪いんじゃないか!!」
ここまできて自分の娘の否を認めようとしない頑固な彼に教員達はただ黙っているだけだ。

「……やめてやる!!こんな不届きな学校に大事な娘をあずけられるか!!今すぐにでもやめてやる!!」
怒号の末、彼は難癖をつけて職員室から去っていった。

「なんてことをしてくれたんだ!!安西さんをあんなに激怒させてただ済むと思ってるのか!?」
岩城も田崎に突っ掛かり壁に突き付けた。が田崎は……。

「主任……自分達が生徒を守るべき立場なのに……守れなかったのは……明らかな我々の罪じゃないですか……」
そう訴える田崎に昨日、自分から警察に事情を聞きにいった男性教員が割り入った。

「昨日警察に確認した所、自殺しようとした安西を助けたのは……椎葉だそうです」
その事実はこの場にいる全員を注目させた。

「生徒を救ったのは生徒であり……教師ではない」
その現実の事実には、先ほどまで頑なに隠蔽しようと考えていた岩城の心を貫いたのだった――。

「我々は真剣に考え直すべきだと思います。椎葉も……安西も……我々学校の『被害者』なんじゃないんですか……?」

彼は学校そのものにこう訴えた――。