ライフ 第63話

Last-modified: 2014-02-19 (水) 22:51:38

――病室で文子と話をしていた歩。するとドアをノックする音が。文子は入り口を開けると……。

「ひい……っ」
彼女は一瞬、ヒュンと縮こまった。見たことのないヤクザのような人相の悪い大男が立っていたのだ……。しかし彼は歩が最もよく知る人物である。

「流君!」
――竜馬だった。左腕はアレだが彼は相変わらず不敵そうな表情だった。

「歩……誰?」
「わたしのクラスメートだよ……お母さん、怖がることないよ。流君は見かけによらずスゴくいい人なんだよ?」
「おい、見かけによらずは余計だ。椎葉、大丈夫か?」
「うん。流君は大丈夫?」
「まあこんな無様な結果だが、平気よお。ツバつけときゃ治る」
「フフ、流君らしいや」
彼らのやり取りに、文子はポカーンとしていた。

(歩ったらいつのまにこの人と仲良くなったのかしら……)

……二人は病院内の庭園を歩く。色んな患者やお見舞いにきた人達で賑わっている活気のある場所だ。

「流君……あたし、 さっき警察の人が来て、事情聴取されたんだ……」
「……事情聴取か」
「色々質問されて、最後に……今、安西に対してどう思ってるのか聞かれてあたし……答えられなかった……」

――竜馬は黙ったままだ。

「あの時は……ただ安西を止めるのに必死だった……」

すると。
「それがお前の答えだったんだろ?」
「え……っ」
「安西を許せんと思ったんなら、アイツを追いかける理由なんてなかったハズだ。
もし俺がお前の立場だったら間違いなくアイツをぶっ殺してたし、自殺するんなら勝手にしやがれとな。
だがお前はアイツを助けた。それは分からないながらもお前の内にある良心の行動なんだろうな」
「…………」
歩は妙に納得した気分だった。彼女の本心を知りたかったのもあるが、やはり相手がどんな人間だろうと命は大事だ――と。
「流君……」
「椎葉?」
「見てもらいたいのがあるの……」
歩はリストバンドを外して竜馬に例の腕の傷を見せたのだ。

「……どうしたこの傷は?」
「……高校に入る前からリストカットしてたんだあたし、もうしてないけど。
キツいときに自分の血を見ると救われるような気になった。
痛みでイヤな事を忘れられるような気がした……しちゃいけないことだって、わかってた……」

竜馬はその傷を黙って見続けた。

「けどねあたし……ミキや園田君、流君に出会ってからやる気がなくなったんだ。
なぜかわからないけど……流君達を見ると自分はガンバれるって……そういう気分になった。
特に流君の過去とか腕のキズとか、それにミキの話を聞いたら自分の悩みがいかにちっぽけだったか思い知ったの……ありがとね」

竜馬はそれを聞き、照れたのか頭をボリボリ掻いた。

「……少なくとも俺はなにもしてねえよ。リストカットってのは続ける人間はなかなかやめれないと聞く。やめれたのはお前の強靭な意志だ」
「……」
「……しかしまあ、なんだ。自分の身体を労れよ。お前はオンナなんだからな」
「……うん」
彼は彼女の肩にポンと手を置く。彼女の頬は赤くなった――。

 

「マナ……生きてる……?」

――愛海は病室のベッドの深い眠りから覚めて、実感する。死んでない――と。
ちょうどその時ドアが開き、入ってきたのは父親の富美男であった。

「マナちゃん……!」
「パパ……」

「やっと起きたのか。気分はどうだ?パパがフルーツを買ってきたんだよ」
レジ袋から取り出すは熟れた柿。しかし愛海はぼーっとしているように瞳が虚ろだった。

「マナ……カツミくんを刺しちゃった……」
「そっ……そのことなら心配いらんぞ」
彼は隣のチェアに腰かけて深くため息をつく。

「佐古とは示談で話がついとる。もちろんマスコミなどには一切出んように手はうってある。
しかし許せんのはあの学校だ……!」
「学校……?」
虚ろであった彼女の眼の焦点がよくなり、彼へ顔を向けた。

「い、いや……ワシが職員室に事情をききに行ったらお前のクラスの女子生徒がいきなり飛び込んできてな。
愛海と一瞬に椎葉をいじめていたなどと、あることないこと言い出したんだ。しかも教師もそれに同調しおってな」
「…………」
「まったく嫌になるわい……どいつもこいつもデタラメばかり……」
愛海の顔をうつ向いた。富美男は異常を感じたのか、立ち上がり彼女へ寄り添った。

「どうした愛海……具合が悪いのか……?」
しかし彼が見たのは、なんとニヤリと不気味な笑みをした自分の愛娘の顔であった。

「へえ……そうなんだ。そうよ、マナは椎葉をいじめてたの、ずっとね」
ついに実の娘の本性を目の当たりにした富美男は、顔色が一気に悪くなった。

「マナミ……本当なのか……!?」
彼女は柿一つを掴み、次々と本音を話し出した。

「佐古克己。ただのド変態ヤロウのヘタレだったから、ムカついてブッ刺しちゃった……いい気味……」

柿を弧を描くように投げて、床に墜落。べちゃっと潰れてしまった。

「愛海……何かあったのか!!まさか悪い友達の影響か?それともストレス!?ヤケになって――」
必死にその理由について問い出す彼に、愛海は平然と、

「理由なんかない。いじめるのが楽しいからいじめたんだ」

そう言い切った。富美男はついに知ってしまった。真実、そして娘の本性を。さすがに愛娘から言われたら信じざる得なかった。
彼はその場で放心して膝をついたが、すぐにゆっくり立ち上がり、何も言わずに部屋から出ていってしまった。よほどショックだったのだろう――。

彼女は何かすっきりしたような気分になった。再びベッドへ寝転がると克己の家での出来事を思い出す。

「へんなヤツ……椎葉だけじゃん……マナに本気でぶつかってきたのは……」

――そう呟いた。

 

一方、未来は……。
「じつはね……あまりよくない話なんだ……」
庭園でとある医師と話をしていた。彼は自分の父親の担当医師であった。
彼女は歩に会いにいく時に、偶然彼と出会い話をした。

「え……っ」

「お父さんの病気……心臓の弁の病気なのは知っているよね……」
「はい……」
「これまでは……通院と投薬でなんとか治療してきたんだけど……前の検査でハッキリしたんだ」
医師は一呼吸置き、彼女にこう宣告した。

「今のお父さんは心臓に正常に血液が行かなくなって……直ちに手術をしないと危ない……」
「そんなに悪いんですか……わかりました、ぜひ手術をお願いします!費用なら何年かけてでも支払いますから――」
「いやちがうんだ」
彼の口から出た言葉、それは彼女にとっては耐え難い現実だった……。

「実を言うと、無理に近い……」
「え……っ?」
彼女は耳を疑う。

「その心臓手術はね、日本で出来る医師は数人しかいない。
しかもだ、その医師の元へ受けようとも予約がいっぱいやら、海外研修などで……受けるには待ち時間がすごくかかる、下手をすれば一年後かそれ以上だ……ハッキリ言って、今の状態では三ヶ月持つかどうかだ」
「まってください……つまりそれは……父を救えないってことですか……!?」

あまりにも悲しすぎるその現実に未来は信じられなかった。

「薬を使えばとりあえず延命も可能だけど手術まで繋げれるかどうか……薬が手術に耐えれる体力をなくする危険性も十分に考えられる……」
「ど、どうしても無理なんですか!?お願いします、どうか父を……助けてください……」
「……羽鳥さん、こちらも最善の努力をする。だが、最悪のことも覚悟しておいたほうがいいと思う……」
そう告げられた彼女は心から絶望した。今の自分のたった一人の肉親である父親が……彼女はショックで歩に会わず、そのまま帰っていった。
帰宅すると茶の間のテーブルには、料理がラップで包まれた皿と鍋がおかれていた。そこには『おかえり』と置き紙が……奥の部屋には彼女の父親が布団で横になっている、その姿を見た未来の心はギュッと締め付けられる思いに。

「どうすればいいの……?」

彼女はその場でへたり込んで途方にくれた。その時、彼女は思い出した。

『もし行き詰まったら電話して……』

そう、イタリア料理店でバイトしていた時に知り合った、早乙女達人のことを……。彼女はすぐに近くの棚の引き出しから彼が書いた、住所と電話番号の書かれた紙きれを取り出した――。

 

――早乙女宅。生活水準の高そうな立派な家である。その一室で彼、達人は相変わらず熱心に勉強をしていると、携帯から着信が。

「もしもし――早乙女達人ですが……」
……瞬間、彼の目の色が変わった。

「羽鳥さん!?どうしたの?」
彼女だ。彼は真剣な顔つきになった。

「……分かった。本当にいいんだね……うん、そっか……分かった、ならまた後でかけ直すよ。それじゃあ」

彼女の住所などを教えてもらい、電話を切る。彼は直ぐ様立ち上がると、部屋を飛び出して父のいる書斎へ。

「父さん……入るよ」
ノックし、入ると膨大な書物と研究資料が隙間なく置かれた部屋の中央のソファーに座り、本を読む、40代いくかいかないかの歳相応の容姿をした男性の姿が。
彼こそ、後にゲッター線の発見及び、ゲッターロボを開発する、そして『早乙女の反乱』の首謀者……若き日の早乙女博士である。

「どうしたんだ達人?」
「父さん……頼みがあるんだ――」

彼の瞳は最前線にいる兵士のような、重くそして真剣そのものであった。

 

――数日後。歩の退院日。私服に着替えて退出しようとする歩と文子のいる病室にノックが、開けると園田が立っていた。

「園田君!」
「いきなりでごめん。今日退院って言ってたから」
「うん」
「あら、お友達?」
歩にも友達がいたという事実に、彼女の顔は和やかになっていた。

「わたし、あとやっておくから彼といっしょに帰ってなさい、ねえアユム?」

「え、えっ、お母さん……」

文子は出ていき、二人は取り残された。

「あれ……羽鳥さんは来てないの?」

「……うん、朝家に電話して見たんだけど誰もいなくて……バイトかな?」
「学校にも来てないんだ、羽鳥さん」
「そう……」

歩は心配になった。彼女の父親に何かあったのだろうか、と。

「オレが荷物持つよ。貸して」
「あ、ありがとう!」

――二人は、夕日にくぐれた街並みを歩いている。

「深沢が……深沢エミが先生に告白したみたいなんだ。 椎葉さんをいじめてたこと」
「……え……?」

「オレは直接見たわけじゃないけど、 友達なら安西を……取り返しのつかなくなる前にイジメを止めるべきだったと言って、教室を飛び出していったんだって……」

彼は一瞬、目が虚ろになった。

「だれかが気づかなきゃいけないのに……みんなが一緒になれば罪悪感なんてなくなる」
「……」
「オレは、たとえ友達でも間違っていると思うなら、ちゃんと言える人間になりたい。
その人を本当の友達と思うんなら――」
その言葉が彼女の胸に響いた。そして園田と別れて帰宅。
しかし今、無性に未来と会いたくなった歩は置き手紙を作り、また家を出ていった。
そして未来は――アパートの自分の郵便棚の前にいた。そこには歩のいた病院とは違う、県外の大病院の手紙が……。

「…………」
それを手に取る彼女はあまり表情が良くなかった。

「ミキ……!」
「アユム……」
ちょうどその時、彼女がやってきた。二人は近くの川沿いを歩いていた。

「……ごめんね。今日退院日なのに行けなくて……」
「ううん」
歩は何か気付いた。未来の表情が浮かないのを。

「ここさ、前にも通ったよね。バニーガールの格好で」
「そういえばそうだね……」
「流君にバッタリ会ったときのあの顔といったら……フフ」
「アイツ、内心何が起こったか分からなかったと思うね」
二人は笑う。しかしやはり未来の様子がおかしい。それについに歩は。

「ミキ……なにかあったの?」
未来は歩くのを止めた。

「……ううん。べつになにも……」
やはりなにか隠している未来に歩は。
「あたしね、中学の時に友達を傷つけたんだ。嘘をついて……あたしはそのコが悩んでたこと、全然気づかなかった……」
あの時嘘をついた。それがやさしさだと思っていた、本音で話したことがなかったあの時、それで友情が崩壊し、リストカットにはしったこと。

「でもミキが教室でいってくれた『アユムは嘘をつかない』って……あたし、すごくうれしかった!!」
彼女は知りたかった。未来の本音を、全てを、なんでもいいから話してほしいと思った。

「あたしはミキのそばにずっといる!!何があっても、あたしがミキの支えになってあげるから!!絶対に!!」
「ちがうのアユム!!」
ついに沈黙していた未来が叫んだ。

「あたし……転校しなきゃいけなくなったの……」

転校。未来から出たその言葉は歩の心を凍りつかせたのだった。

「あたしは……ホントはアンタと別れたくない!!けど……ああするしかなかったの……っ!」
「ミキ……何言って……」
「あたしは……あんたと別れなきゃいけない……」
その場の二人は時間が停まったように固まっていた――。