歩は帰宅し、文子、妹の茜の三人仲良く夕飯を食べて、部屋へ戻る。しかし部屋へ入った時の彼女の顔は暗かった。そのワケは……。
(……明日、学校にいってもミキはいない……これからずっと……)
それはさっきの二人の会話で……。
「……なんで、なんでミキが転校しなきゃいけないの……?」
「……実はね、お父さんの担当の医師(せんせい)に言われたんだ。
お父さんはすぐに手術しなきゃいけない状態なのに……とても難しい手術で、受けるには最低でも一年は待たされることになるの。
けどそれじゃあ受ける前にお父さんが死んじゃうって。
どうしようかって悩んだ時ね、バイト先で知り合ったお客さんのお父さんがすごい科学者で、一流の医師免許も持つ人なんだって。
それで頼んだら、そのお客さんがなんとかお父さんを説得して手術してもらえるようになったの……。
しかもリハビリ療養も兼ねた入院先も、あたしの住居、転校先も手配してくれるみたいで……すごく気の毒だよ……こんなことまでしてくれるなんて……」
「…………」
「場所は県外でここからだとスゴく遠い……あたし、今月中にはもういくから……」
「なんで……なんで……っ」
――学校生活を楽しもうと、一緒に卒業しようって言ったのに……。彼女はこの一晩泣き明かした……。
朝が明けても彼女の悲しさがなくなることはなかった。
リビングにいき、朝ごはんを作る文子にこう言った。
「お母さん……今日休んでいいかな……」
「なにいってんの……すぐに学校なんて。ゆっくりしていいのよ、ゴハン作ろうか?」
「ううん、あとでいい……」
彼女は居間に行き、ソファーに腰かけてテレビをつけたとき……リモコンをその場で落とした。
“14歳の少女が殺人の疑いで逮捕されました”
そのニュースには、文子も慌てて駆けつけた。
“調べによると、少女は路上で同級生の女子中学生の胸を刃物で刺し、刺された少女は死亡しました”
歩は一瞬動揺したが、すぐに冷静さを取り戻す。
(安西じゃない、びっくりした……っ)
“刺された少女は逮捕された少女にいじめられていたという証言があり、
被害者の少女がいじめについて警察に通報したことによる逆恨みの犯行と見て、警察は――”
「ふん、くだらん!」
ちょうど愛海と富美男も病室でそのニュースを見ていたが、彼は一蹴し、すぐにテレビを切る。
「……もしイジメのことで西館がなにか言ってきたとしても、もう愛海は関係ない。また新しい学校でやり直せばいいんだ!」
……愛海は口を閉ざした無表情のままだ。そんな彼女を彼はやるせない表情で病室から出ていった。
去ったのを見届けると、彼女は再びテレビを入れてそのニュースを見始めた。
“どうなんでしょう。いじめを警察に訴えた場合、警察は動いてくれるんでしょうか?”
“金銭の要求や暴力などが認められれば、明らかな犯罪行為ですので立件できます。
いじめに耐えたりせずに、教育委員会や警察へ積極的に訴えたほうがいいのですが、この事件が起きてしまいますと……”
愛海はすぐに携帯を開き、とある単語を検索した。それは『少年犯罪 いじめ』と……。
「歩、どこ行くの?」
「ミキの家に行ってきます」
家を出た彼女は、社宅付近を歩いていると、近所の人とすれ違う。
「こんにちは」
「……んにちは」
どこかしこりのあるような言い渋った挨拶をされた歩。彼女が通り過ぎた辺りからその人達が、
「あの子かしら……ホラ西館の……」
「生徒に刺されたって……例の事件の」
「怖いわよね、今じゃあ女の子でも何をしでかすかわからないからね――」
歩の耳に入った時、彼女はすぐに服のフードを被る。
彼女は気付いた。あんな事件があったのに、ニュースになったっておかしくないと。
未来のアパートへ行くも、誰もでない。留守であった。
(今月中なんてもう……十日くらいしかない)
彼女はここで待つことにした。いなくなるなら少しでも未来のそばにいたい……話したい。その思いでいっぱいだった。
――その夜まで待ち続けた歩。しかし未来はまったく帰ってこない。時間は夜の十時を越えていた。
(帰ろう、お母さんが心配しちゃう)
今日はもう諦めて、帰ることに。彼女は人気のない公園を歩いていた。
しかし――後ろの草場から何が飛び出す物音がした。振り向く、そこにはなんと……。
「あ、安西……?」
なんとパジャマ姿の愛海が立っていた。なんでこんな夜更けに、しかも病院は……キズは……。歩は少し混乱したが、彼女へ寄り添う。しかし――。
「……っ!?」
愛海は右手に持っていた『長い何か』を歩の胸へ突き刺したそれは刃物か、それとも――しかしそれは縦に丸めた新聞だった。
「今日のニュースみたでしょ?」
「……えっ」
「あんたに頼みがあるの……マナの行なった悪行全てを……マナを警察に告訴して」
突然、とんでもないことを言い出した愛海。
そう、彼女はそれを言うためにわざわざ病院から脱け出してきたのだった。
「安西……なんで……どうしていきなり……」
歩は当然、困惑する。だが愛海は……。
「あんたが言ったじゃない、これから欲しいものを自分で掴めって……」
歩の胸ぐらを掴み、睨み付けるようにこう叫んだ。
「マナを生かしたんなら最後まで責任とりなさいよね!!」
愛海は手を離し、その場でへたり込んでしまった。
「……このままじゃ、マナはまた過ちを犯す。そうならないためにも……ケリをつけたいの。もうパパに全てを決められるのはうんざり……」
新聞を投げ渡して、彼女は去っていく――。
「あんただからこそ頼めることよ。お願いね」
「待って、安西!!」
振り向くことなく去っていく愛海。
家に帰り、新聞を見るとそこには今日のニュースであった殺人事件の記事が……。彼女なりに一生懸命考えたに違いない。しかし歩は望んでいなかった。
愛海を裁くために戦ってきたんじゃなく、普通に学校生活を送りたかっただけ――。
それに警察にいけば自分の思い出したくもない、知られたくない事実を全て吐き出すことになる。
それだけではない、周りに知られて家族に迷惑がかかる、自分だけの問題じゃなくなる。
(どうすれば……)
その時、こんな夜にインターホンがなる。歩は外を見ると……。
(流君……?)
なぜか竜馬がドアに立っていた。すぐに開けると、
「よお椎葉。退院おめでとさん」
「…………」
まさかそれを言いにきただけなのか……彼も彼女の表情を見て何か引っかかる。
「……どうやらなんかあったみたいだな」
……二人は近くの公園に行く、そして歩は先ほどの事を竜馬に話す。
「ほお、あの安西がな」
「…………」
すると、
「俺にはそれを答えられねえわ」
「流君…………?」
「それを人に聞くこと自体が間違いってこった。決めるのは痛みのわかる人間、つまりお前だ」
「…………」
「俺が前に言わなかったか。一人で決めなければならない時って。それが今だ」
――彼女は竜馬と別れた後、風呂に入る。洗面器にためた湯を頭にぶっかけてる。
(流君の言う通りだ、これは自分で決めることだ。
ミキだって、安西だって……いっぱい悩んで決めたことなんだ。
自分の過去のこと、未来のこと、全てはあたしが決めるんだ!!)
鏡にうつる自分を見据え、彼女は決心した――。
風呂から上がり、自分の部屋でノートにひたすら今まで受けたいじめの内容、苦痛、そして廃墟での事件を書き続けた。途中で気分が悪くなったが彼女はそれをかみ殺して、書き続けた――。
夜が明けて、全てを書き終えた歩は……。
「お母さん、あたし警察にいく」
台所でリンゴを切っていた文子の手がとまる。向くと、歩がノートを携えて立っていた。
「その前に、お母さんに知らせなきゃいけないこどがあるの。今までのあたしの全てを……」
――そして午前中、歩と文子は市内の警察署を訪れた。
「ここからはあたし一人でいい」
「アユム、やっぱりわたしも……」
「ううん、大丈夫だよひとりで……それよりごめんねお母さん。これから……周りからいろいろ言われるかもしれない、ウワサになるかもしれない」
これから起こりゆく不安について謝る彼女に文子は泣きながら抱き締めた。
「そんなことない!!歩は……歩はあたしが絶対に守っていくんだから!!」
彼女の強い思いが、歩をもう迷わすことはなかった。
「……行ってきます」
そして一人、中へ入っていく歩。
文子はそんな彼女の後ろ姿を涙なしに見れなかった。
――歩の全てが書かれたノートを見たとき、文子はそのおぞましい内容に鳥肌が立つほどの恐怖、そして悲しみが沸き上がった。実の娘がこんな悲惨なことに遭っていたなんて……。
しかしそれを恐れずに見せてくれた彼女の今の強き姿に対する嬉しさもあったのだろう――文子はその場で泣き伏せた……。
そして歩は男性の警察職員と対面する。
「あなたがお電話を頂いた、椎葉歩さんですね?」
「はい……」
一度沈黙し顔を下げるも、すぐに上げてキリっとした態度になる。
「……わたしが安西愛海から受けたいじめと暴力……そして、レイプ未遂について……告訴しに来ました」
……一方、学校の職員室。これからの行動を岩城を中心に数人の教師で会議していた。
「……まずやることは、謹慎中の廣瀬和華を解くべきだと思います。
彼女は集団イジメの冤罪を被り、自宅謹慎処分のままです。本人からもう一度事実を確認しましょう」
「……そうだな」
その時、電話が一本入る。田崎が電話に出ると、
「椎葉か!」
彼女からの電話に彼らの視線が集中する。
「お前大丈夫なのか?退院したのか……いまどこに……えっ……警察だと……?」
田崎の驚きの声が響いた――。
そして車を走らせている富美男の携帯にも警察から電話が。
「警察が何の用だ。 佐古との示談は成立したと何べん言わせる気か……?」
しかし彼は突然車を停めて、警察からの指示に唖然となった。
「なに……愛海が……椎葉に……自ら警察に行けと……」
後部座席に座っていた彼女は何かを思うような目で窓の外を眺めていた――。
告訴を終えた歩は、帰りに携帯電話ショップへ立ち寄った。
「お母さん、一緒に買おうよ。新しいの」
「歩……うん」
自分で選び、自分で決める。彼女は自分の気持ちを尊重するということを改めて認識するのであった――。