第一章 ライトスタッフ ~軽めの資質~ 2

Last-modified: 2012-05-01 (火) 23:47:48

「え、え゙ーーーッ!!?? あんた、まさか篠原重工の御曹司ィっ!?」

 四つの声が、ほぼ同じセリフ、ほぼ同じタイミングでハーモニーをつくる。なんで、そんな
お坊ちゃまが、こんな地の果てで下っ端公務員をやっているんだ。と。
 今現在、個人の詮索をしている場合ではないのだが、さすがに人物が人物である。
 民間的に乱暴な例えをすれば、中小企業のオフィスで、名だたるメーカー製PCを操作をして
いたら、隣の同僚がじつはそのPCメーカー社長あるいは会長の息子だった、というような事態
なのである。
 驚くな、という方が無理な相談だ。

「な、なんだよ、おまえら。俺が誰だろうと、どこに就職しようと、俺の勝手じゃないか!」

 遊馬は視線の集中砲火を浴びて、くたばる兵士のごとく諸手をもがかせた。
 そんな彼を、少し離れたところからじっと見つめる視線が二つ。

「なんだか……配属早々、とんでもない大物に会っちゃったとは思いませんか。進士さん」
「そ、そうですねぇ山崎くん。ハハハ、どうせなら前の職場で会えれば、ハハ……」

 

 衝撃の大きな事実が判明したばかりだったので、イングラムに続いて配属されてきた追加隊
員の二人が、いつの間にか輪の中へ紛れ込んでいることに誰も気づかなかったのも、これまた
無理あるまい。
 それでも後藤だけは数秒後、見ない顔が増えていることに気づいたあたり、彼の警察官人生
の年季が伺える。
 後藤は「はいはいごめんね」と音頭を取り、四隅の怪で増えたかのような二人の背後に周る
と、その背をぐいっと押し出した。

「驚いている最中だが皆、新しい隊員の到着だ。進士幹康巡査、山崎ひろみ巡査、自己紹介し
て」
「あ、はい。進士幹康巡査です!」
「山崎ひろみ巡査です」
「辞令により、本日より特車二課第二小隊へ配属されました。よろしくお願いします!」

 

 と、見るからに凸凹といったコンビが敬礼を示す。
 片方は細っこく、度のきつそうな眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな三〇代手前ほどに見
える男に、もう片方は竜馬よりも背が高く、柔道家スタイルの太田よりさらに良いガタイを持
った、身長二メートルは楽々越していそうなコワモテの巨人。
 前者が進士幹康巡査であり、後者が山崎ひろみ巡査であった。
 これに、視線集中の輪を潜れると見た遊馬が真っ先に、

「お! 自分は篠原遊馬巡査であります! こちらこそよろしくお願いします!」

 と、マッハの反応を見せた。
 これで場の雰囲気に流動が起き、野明たちもしぶしぶ、敬礼を返し名乗りを上げていく。驚
くべきは、竜馬も腰に手を当ててぞんざいながらも、敬礼をつくっていたことか。
 少しずつではあるが、彼も周囲に影響されて、警官的な動作が染みついてきたらしい。
 ……と思いきや、なにか様子がおかしい。

 

「おい、そこの二人……」
「え、ぼ、僕らですか」
「そうだ! お前ら、本当に山崎に進士って名なのか、日本人なんだろうな……!」
「い、いきなりなに言いだすんですか? 日本人以外が、日本の警察官になれる訳ないじゃな
いですか」
「そんなこと俺が知ったことか! だがな、てめえらはどうにもこうにも、似てるんだよ! 
あいつらに! もしコーウェンとスティンガーだったら……この場で、二度と再生できねえよ
う跡形もなくブっ殺すッ!!」

 ジャキ、といつの間にか竜馬がニューナンブを二丁拳銃にして構え、その瞬間、第二小隊の
輪が蜘蛛の子のようにパっと散っていった。
 なんでいきなり怒りだしたのか意味が解らないが、こんな奴の暴発に巻き込まれたら出動前
に殉職してしまう。
 哀れなるは、残された進士&山崎コンビである。

 

「ひっひぃぃ! ごっ、後藤隊長ぅお! なんなんですかこの人はあッ!!?」
「ぼ、僕たちっ、なっなにか彼の気を損ねることとか、し、ししたでしょうかかかか」

 竜馬が完全に殺戮モードに入っている。
 復讐へたぎった炎を、眼の奥にぎらぎらと躍らせた本物の戦士の迫力に、単なる新米巡査の
二人は、芯の底から震え上がって抱きつき合う(なお正しておくが、この二人は正真正銘のノ
ンケである)。
 場は膠着状態へ陥った。
 じりじり、と後ずさりする進士と山崎を、じりじりと竜馬が追い詰めていく。
 そして、そこから数秒の間のあと。

 

「……えぇい流、落ち着かんかっ! 何があったか知らんが、お前の思い違いだっ」
「邪魔するんじゃねえ、太田ァ!!」
「いいえ邪魔するわよ! これから出動って時に暴れてもらっちゃ困るのよ!!」
「てめえも来るかよ香貫花ッ!!」

 一度は退いた太田と香貫花が、意を決しエイヤと飛びかかっていく。流石は元、鬼の四機で
ある。こういうときの行動力は伊達でない。
 ……が、この場合に限って、それは蛮勇であるという他に仕方がなかった。レイバーをなぎ
倒す竜馬の怪力が前には、太田も香貫花も、巨像へたかるアリに等しい。
 飛びついたものの、まるで布きれか何かのごとく振り回され、四方へ吹き飛ばされていく。

 それを見て、野明と遊馬は知らぬ存ぜぬを決め込んだ。たしか先日の草刈りの際に、二人と
も柔道は黒帯の持ち主だ、と話していたのを記憶している。
 やがて見放された進士と山崎は、辞世の句を認めようと、懐に紙とペンを探し始めた。

 

「やれやれ……」

 このままだと収拾が付かなくなるな。
 と、後藤は竜馬の説得を決意した。何分、彼はこの世界とはまた一線を画した陰謀の渦巻く
場所からやってきた人間だ。なにか、進士と山崎を見て、殺戮を行わなければならないような
記憶が甦ったのだろう。
 だが、あの二人も俺がこの眼で見つけてきた部下で、まぎれもなく普通の人間だ。
 再生するだとかなんだとか、竜馬が考えているような化物ではぜったいにない。

「おーい流巡査。言っておくが、その二人はお前さんの敵じゃないぞ」
「……なぜそうだと断言できる!」
「経歴かどうの係累がどーの……ってのじゃ納得しないよな。だから、こう表現しよう。長年
の勘、ってやつだ。あんたもよく使うだろう」
「……」

 

 じっさい、ただのハッタリなのだが、むしろ竜馬は普段から、そんなハッタリを力任せにで
も実現させているような気がして、言ってみたのだ。なんでもいいから止めないと、ニューナ
ンブが火を噴いてしまう。
 しばらくの沈黙後、竜馬はゆっくりと銃を引いた。

「……ふん。確かに、ちょっと落ち着いてよくみりゃあ、こいつらからインベーダーの忌々し
い気配は感じられない。今のところは、信じてやる」

 その言葉に、どさっ、と進士と山崎が腰を砕いた。
(よし、いまだ)
 後藤は誰かが余計な言葉を発する前に、それまで起こっていた現象など無かったかのように
振る舞い始める。
 ここはなんとしてでも、空気の流れを正常に戻さねばならない。
 隊員同士でドンパチをやっている場合ではないのだ。

「よし。それでは、これより進士巡査は3号機バックスを担当、同指揮車の立ち上げも行って
もらう。パートナーは流竜馬巡査だ」
「ながれじゅんさ……って、彼ですか」
「心配するな進士。流巡査も初出動前で、少々緊張していただけだ。本来は優秀な警官だ、す
ぐに馴染む」

 

 そして、言いかえされる前に後藤は山崎巡査に向いた。

「山崎巡査は、1号機補佐担当。ただ、なんせ人員が足りんから、現場ではうまく立ち回って
全体的な補佐を頼む。体力ありそうだから出来るでしょ」
「は……はい」

 後藤は、さあ散った散ったといわんばかりに各隊員を持ち場に移す。
 まったく出動の直前から無用の騒ぎを起こしてくれる連中だ。後藤は内心、うなだれた。し
かしそれでも、仕事はこなさねばならない。大人が故に。

 さて。
 ところで人間の増えたこのあたりで、改めて各員のポジションを再確認しておきたい。

 

・1号機組
 フォワード=泉野明巡査
 バックス=篠原遊馬巡査
 補佐=山崎ひろみ巡査

・2号機組
 フォワード=太田功巡査
 バックス=九覧椎香貫花巡査
 補佐=無し/山崎巡査と山田整備員が兼任

・3号機組
 フォワード=流竜馬巡査
 バックス=進士幹康巡査
 補佐=無し/山崎巡査と山田整備員が兼任

 

 以上である。
 隊員達が各々の役割を再確認すると、その時を待っていたかのように三機のイングラムがト
レーラーに支えられながら、ついに直立しその雄姿を見せた。
 黄金に輝く桜の代紋を胸に抱き、清潔の純白に意志強靱の黒をまとわせた、見る者への心理
的影響さえ考慮されたデザインのレイバー。
 野明が感嘆の声をあげる。

「うわぁ、うわァ! カッコいい! 君がイングラムかぁ!」
「格闘用にしちゃ、ちょいと細っこくて頼りなげだがな。ゲッターに比べるとよ」
「ゲッターってなに? そんなレイバーあったっけ」
「……いや、なんでもねえ」

 

 完全人型で逆三角形のボディにアーマー付のいがり肩、その上に回転赤色灯が備え付け、と
いうまるっきりヒーロー体型をした、心理的影響とは名ばかり、設計者の趣味が全開になって
いるとしか思えないイングラムを前に、野明と竜馬だけが素直に受け入れる態度を示し、他の
人間は「これが98式AV……」と絶句している。
 しかし絶句しようしまいが、今から彼らはこのレイバーを中心にして、街を荒らし回る暴徒
に対抗していかねばならないのだ。
 惚けている暇はない。

「イングラム、ジャッキアップ完了!」
「よぉし電源ぶちこめッ! パイロット共はとっとと操縦席に乗り込んで初期設定開始ッ、バ
ックス連中は指揮車システムの立ち上げだ!! もたもたしてやがると海へ叩っこむぞ!!」

 

 榊の激がとぶ。
 同時に、後藤が「あ」となった。

(おいおい、この展開はまさか……また? 勘弁してよぉ)

 特車二課の裏番長たる整備班長・榊は、格納庫での采配一式を取り仕切っており、今までも
これからも、逆らおうとする人間などいるわけがない。
 それを示すように、隊員たちは泡を食ってその場を散ったが……

「うるせぇ!! 俺に命令するんじゃねえッ」

 案の定、竜馬だけがハネのけた。
 その怒号に、それまで出撃せんと慌ただしく動き回っていた人間たち全ての脚が、まるでタ
イムストッパーでもかけられたかのように、ピタリ、と止まってしまう。
 空気が一瞬にして、氷点下へ落ち込んでいく。
 場が、静寂につつまれた。

 

「……ほう、若ぇの。確かおめぇ、後藤さんお気に入りの巡査だったな」
「知ったことか。俺は流竜馬だ、覚えときやがれ」
「ふっ。名前なんざ聞いちゃいねえよ、半人前の名なんぞな」
「なんだと、ジジィ!」

「黙れ! てめえにジジィ呼ばわりされるほどモウロクしちゃいねぇ! 俺は榊清太郎ってん
だ若造。新米巡査が整備班長になめた口きくなんざぁ、半世紀早ぇんだ。粋がってる暇がある
なら、さっさとイングラムに乗り込んで仕事しやがれ!!」

「うるせえってんだジジィ! 早乙女といいてめえといい、ジジィにはロクな奴がいねぇもん
だ。だが、いいぜ、俺を半人前扱いするっていうなら……そこでよぉく見てやがれ」

 まさか殴り合いになりはしまいな、と後藤をはじめ全隊員はハラハラしたが、どうやら竜馬
は任務の内で実力を行使するつもりらしい。
 ジャッキアップされ、コクピットを開放された3号機にキャットウォークへ昇らず、自らの
脚力でジャンプして飛び乗ると、ハッチを閉めた。
 マニュアルは事前に一通り目を通してある。
 あとは、慣れていくだけだ。
 そして閉じられたハッチの中から、再び怒号が響き渡る。

 

「進士巡査ぁ! はやく指揮車に乗りやがれ、3号機の連動システムが起動しねえだろ!」
「はっ、はいぃっ! はい、ただいま乗ります!! 乗りマスッ!!」
「野明、太田! おまえらもぼさっとしてねえで1号、2号に火をいれな!」
「……はっ。う、うんっ解ったッ」
「流ェ……お前はどこまで命知らずなんだ……」

 いつの間にか竜馬の勢いに巻き込まれた第二小隊メンバーが、榊の代わりに竜馬の激を浴び
ながらイングラムのシステムを起動していく。
 そのなかでも威勢がいいだけあって、竜馬の機はもっとも立ち上がりが早く、彼の僕となっ
た3号機は、虚空へ向かって数発、するどいジャブを繰り出した。
 巨腕が空を切り裂く音がする。
 さっそく無味乾燥な機械に、竜馬の激情が宿ったようでもあり、その勇ましさにおもわず、
数人の整備員が脚を止め見入ってしまう。
 と同時に榊の激をくらって、スゴスゴと動き出す。
 その当人が、3号機を見上げながらつぶやいた。

 

「野郎……確かに、口先だけじゃねえみてえだが」
「榊さん」
「おう後藤さんかい。また、クソ生意気な奴を見つけてきやがって」
「無礼を謝ります。ただ、ここは……許してやってくれ、とは言いませんが、自分の顔に免じ
ていただければと思いまして」
「解ってるよ。どうも、ワケアリらしいな」
「……まあ」
「詮索はしねぇさ。ただ、人間ってのは目ぇ見りゃわかる。ありゃ、野獣の目だよ。そんじょ
そこらの人間が抑えつけられる代物じゃねえ。ただ、だからってこの俺が畏まるわけにゃ行か
ねえのさ。他の若ぇやつらのためにも、自身のためにも。
 なに、心配しなさんな、行き着くとこまで行ったりはしないから。一応、大人だしな」
「ありがとうございます」

 

 やれやれ。
 後藤は一汗いや、十汗ぐらいをぬぐった。
 まったく、初っ端から飛ばしてくれる男だ。
 思えば進士巡査には、最悪なクジを引かせてしまった。いきなり自身の命を狙ってきたよう
な狂人をパートナーにされて、たまったものではないだろう。
 それでも、今は我慢してもらうしかない。脱サラ警官である進士は、前職だった情報技術系
の仕事知識が豊富なおかげもあり、コンピュータ制御された機械の扱いに長けている。
 現時点での第二小隊メンバーの中で、自分以外に竜馬のバックスを滞りなく勤めることがで
きるのは、彼ぐらいしかいないのだ。

 その進士が、心の中で悲鳴をあげている。

(こんなことなら脱サラすべきじゃなかったかもしれない……うぅ多美子さん……)

 と。
 なお補足すると、多美子というのは結婚してまもない奥方の名である。進士は現在第二小隊
において、唯一の妻帯者であり、特車二課全体から見ると四人目である。
 人名を羅列すると榊整備班長(ただし既に死別)福島課長、石和巡査部長、進士巡査の順に
なり、他はみな独り者だった。
 隊員二〇名余、整備班員一〇〇名以上の所帯を抱える部隊にも関わらず、たったの四人。
 ほとんどが若い男ばかりだという事実を鑑みても、この組織がなかなか歪んだ人間のみで構
成されていることが伺えようというものだ。
 次いで、太田・香貫花コンビである。
 彼らも竜馬たちに少し遅れをとりつつ、2号機システムの起動に成功していた。二人とも個
性的だが、プロの警官を何年もやってきただけあって、現場では戸惑いがない。
 ちょっと竜馬に投げ飛ばされたせいで、受け身をとった腕がじんじん痛むだけだ。

 

(太田、大丈夫?)
(おう。香貫花こそ大丈夫か)
(ええ無事よ。でもあれね、次からあいつを取り押さえる時は麻酔銃が必要ね)
(ううむ……中国の方から取り寄せるか? だが、医師免許がないぞ)
(命がなくなるよりはマシよ。いざという時のため、なんとかしましょう)

 奴が次に暴れた時、止められるのは自分たちしかいない。
 二人は奇妙な宿命を自覚しつつ、2号機に必要な情報を入力していくのだった。

 そして野明。
 ……今度は、彼女がトラブル要因だった。

「おい野明、なにやってやがる!」
「うぅぅぅぅごめん竜馬さぁ゙ぁ゙ん゙……」

 涙声になりながら、閉じこめられた薄暗い1号機の中でコンソールをカチャカチャと、本人
にしてみれば最大速で、しかし端から見ると、ぐずる国会議員の歩行速度並の遅さで悪戦苦闘
する。
 2号機と3号機はとっくにレイバーキャリアに再搭載され、出発の準備も整ったのに1号機
だけが、のんきに「みんな頑張ってるなぁ」とでも言わんばかりに独り突っ立っているのだ。
 これには、さしもの後藤もじれた。乗っていたミニパトを降りてバックスの遊馬のもとへと
いく。

 

「おーい篠原、流巡査じゃないが、泉はなにやっとるんだ。寝てるんじゃなかろうな」
「隊長。すいません、なんかんだ言っても女の子ですよ、メカに弱いんだから……」
「そういうもんでもないだろう、香貫花はあっさりいったぞ」
「いや、全部の女がそうだとは断言してませんけどね」

 古来より女人は機械の類が苦手であるとされ、今は一部の暇な学者や集団が、そうではない
とかそうであるとかを、教育環境や家庭環境をも考慮に入れて無駄な議論を交しているが、野
明にとっての真実はただひとつ。
 彼女は、レイバーの持つ人型ロボットとしてのロマンティシズムや、力強さ、美しさについ
ては造詣が深いが、それを構築する鉄と油と合成樹脂の理や、コンピュータの中を飛び回る機
械語の世界には興味がないのである。

「俺がやっちゃいましょうか、隊長?」
「だめだ。今日だけの事じゃないんだからな。それにイングラムのソフトはまだ赤ん坊みたい
なもんだ。しつけは、親がやらにゃ意味がないだろう」
「ま、たしかに」
「助言はしてやれ。手助けはするな」

 

 その後数分、野明は周りにせっ突かれながらも、なんとか1号機の起動に成功。憧れのヒー
ローレイバーの操者となれたことに感涙したが、その涙のまま強制的に1号機レイバーキャリ
アは台を降下。彼女につきあっている時間がない。
 ぎゃふん、と衝撃にむせぶ野明を合図に、特車二課第二小隊が遅めの出動にかかった。

 格納庫扉は左右に大きく開け放たれ、レイバーキャリア三台、97式レイバー指揮車三台がヘ
ッドライトでこうこうと埋め立て地の暗闇を照らし始める。
 後藤も、現場で足となるミニパト―ホンダ・トゥデイJW1型―へ乗り込み、エンジンをかけ
ると、ハンドル片手に無線を手に取った。

「さて。あーあー。後藤より第二小隊全車両へ。本庁は目標レイバーの目的を、南千住副都心
計画の妨害と推測したが……そんな事は我々の知ったこっちゃない。やるべきことは、どんな
汚い手段をもってしてでも相手を取り押さえる。それだけだ」

「乗員が生きてりゃあ、レイバーはぶっ潰して構わねえんだろう」

 

「そりゃ、ぶっ潰して乗員が生きていてくれるならの話だがね。まあ幸い、イングラムにゃ、
三七ミリのリボルバー・キャノンなんて巨大拳銃まで用意されているから、必要に応じてうま
く活用してくれ。もちろん使うたびに報告書だし、下手すりゃ始末書だから、使わんにこした
ことはないが……」

「さんじゅうななみり……ぐふ、ぐふふふ……隊長、太田であります。お任せください、犯罪
者なんぞは、あっ、という間にお縄にかけてみせましょう」

「あっそう? じゃあ頼むからね。さあて、それじゃあそろそろ花見に出発するぞ」

 

・・・

 

 ところはうつり、神田川柳橋、河川。
 周囲にはびこる台風のような喧騒の中、先行した第一小隊のレイバー「95式」2号機が半壊
状態で川底へ伏している。
 上陸しようとしていた目標の四足式大型レイバー、クラブマン・ハイレッグとの接触に成功
はしたものの、遊馬の危惧どおり性能に開きがありすぎて格闘にもならず、思い切り神田川の
中へ引きずりこまれた上で叩きつぶされたのである。
 なお目標は上陸を諦めたか、そのまま神田川から隅田川へ入り、雷門方面へ向けて河川を移
動していった。
 乗員である古賀巡査は、浮かぶ2号機のボディで救助待ちとなっており、何もできなかった
悔しさまぎれか、脱いだレイバー用ヘッドギアを叩きつけていた。
 その様を、唇真一文字に結んで降ろし見る南雲が、ミニパトの無線に手を伸ばす。

 

「……特二、一小隊より本部、どうぞ」
「こちら警備本部、どうぞ」
「レイバー212号機は柳橋で目標を補足、格闘戦の末、目標の上陸阻止に成功した。目標はさ
らに蔵前橋を通過、北上中。どうぞ」
「警備本部了解」

 その無線を、移動しながら同じくミニパトで聴く後藤は「上陸阻止ねぇ……95式単体で。引
きずり込まれたんじゃないの?」と、真相を推理してつぶやいた。
 というのは、警察無線は、本部も常に聴いているのだ。
 露骨な失敗を正直に言ってしまえば、該当の人間と組織の評価に影響する。
 ならば、一応の上陸は阻止できたのだ。そう報告した方が古賀巡査のフォローになるし、自
分のフォローにもなるし、引いては第一小隊のフォローになるというものだ。
 しかし、そのぐらいのズルさはあってもいい。
 南雲隊長は現場の人なのだから。

 

 さて、今回の作戦は目標を吾妻橋から浅草方面へ引き揚げ、国際通りから言問(こととい)
通り経由にて、上野公園へ誘い出し、迎撃を行う手はずである。
 その迎撃にあたるのが、第二小隊のイングラムだ。
 つまり、今回の第一小隊は、ほとんど第二小隊の引き立て役に過ぎないのだった。

 本当は第一小隊側にしてみれば、第二小隊は上野公園などで待機せず、浅草方面へ向かって
進撃してくれれば、両小隊で目標を挟み撃ちにでき、こちらの被害も抑えられるのだが、それ
をやれば間違いなく市街戦になるだろう。
 そんなことを提案するわけには、いかなかった。
 だからこそ、南雲は隊長としてすこしでも第一小隊の損害を抑えておく必要があるのだ。

 なお、今回の作戦立案者は後藤警部補である。
 ここが、ミソというか、第一小隊にとって忌々しい現実だった。

 というのは、作戦は以上のように一見、市街へのダメージを最小限に抑えるべくしている様
に見えるが、しかし実際は上野公園にだって様々な重要文化財や施設があり、それらを市民の
財産がわりに壊したり脅威に晒して良いという理屈は有り得ない。

 

 と、すればである。
 どちらにせよ、時間が経てば経つほど被害は大きくなるのだから、本当をいえば、うまく理
由をかこつけて、浅草で挟み撃ちにしてしまった方が、いいはずではないか。
 その程度を何とかできないほど、後藤は口ベタでなければ馬鹿でもない。

 が、あえて彼は上野公園迎撃案を強行した。
 市民の安全を守るのが第一と言われて、反対できる警察官がいようはずもないことを武器に
して、推しに推したのである。
 なぜ?
 その理由は、簡単に推察できた。
 手柄であろう。
 ……発足して間もない第二小隊を、上層部に重用の部隊だと認めさせるためには、手柄が必
要である。
 そのためには、せっかく新型機をむざむざ遊ばせるわけにはいかない。
 むしろ上野公園への誘導で轟沈する第一小隊の屍を踏みつつ、イングラムを華々しく活躍さ
せることで、第二小隊の存在を最大限にアピールするつもりなのだろう。

「よし、南雲より第一小隊各員へ! 211号機は浅草駅前にて待機、213号機は国際通りへ移動
せよ!」

 あの人は、そういうことを平然とやってのける男なのだ。
 悪党め……。
 だが、このまま振り回されるのは我慢ならない、終わったら盛大にタカってやる。財布にぎ
って覚悟しておきなさい、後藤喜一警部補四二歳! 
 と、南雲は執念を燃やして任務に没頭していった。

 

 ――吾妻橋封鎖完了、どうぞ!――
 ――江戸通り、馬道通り、浅草通り封鎖完了、どうぞ!――
 ――目標は予定通り吾妻橋に上陸。レイバー211号機、誘導開始。以降の指示を請う、どう
ぞ!――

 

 無線が飛び交い、いくつものパトカーが踏みつぶされていくなか、石和巡査部長の95式1号
機がクラブマン・ハイレッグに激突する。ものの、あまりのパワー差にはじき飛ばされ、止め
ようにも止まらない。
 操縦技術でどうにか出来るレベルの話ではないのだ。
 再度、組み付こうとするものの振りほどかれ、大出力で脚を吹き飛ばされる。と、目標は四
ツ脚に仕込まれた車輪をせり出し、走行モードに入ると95式がとても追いつけない速度を持っ
て、国際通り方面へ逃げ出していってしまう。
 文字通り、手も足もでなかった。

 

「211号機より南雲隊長へ! 目標止まらず、国際通りへ逃走中どうぞ!」
「こちら南雲、211号機は動けるか、どうぞ!」
「こちら211号機。脚部損傷、自力走行不能です。どうぞ――」
「南雲了解。211号機はキャリア搭載を急げ。国際通り213号機へ。目標がそちらへ向かった、
上野公園の配置が完了するまで、なんとしてでも足止めせよ!」

 後藤の策略は策略として、いまは全力で戦う他に、選択肢はない。
 南雲は頭脳をフル回転させて指令を飛ばしつづけた。

 

・・・

 

 そして再び第二小隊。
 ところは移りにうつり、上野公園内、東京都国立博物館平成館前。

 浅草にて第一小隊と他機動隊・パトカー面々がゴジラに立ち向かう自衛隊戦車のごとく蹂躙
されていく中で、都内の渋滞を切り抜けなんとか上野に到着したかれらは、スタンバイに入っ
ていた。
 第一小隊は国際通りにて213号機も大破し、彼らは活動を停止。その旨を、今し方後藤はで
無線で受けたばかりだ。
 大通りの方はてんやわんやの大騒ぎであろう。
 しかし、ここはまだ静かだった。
 園内の人払いも完了し、いまここに居るのは警察官とイングラム3号機だけである。
 後藤はその3号機を見上げながら、ミニパトから降りてよりかかりながら使っていた無線を
車室へ戻した。

 

「ごめんね、しのぶさん」

 と。
 謝るぐらいなら、今からでも浅草に駆けつければよさそうなものだが、そうはしないのが後
藤喜一である。
 彼の策略は、東京の地図とにらめっこしながら状況を把握していた、第二小隊隊員たちにも
じんわりと伝わっている。
 なんとなく後ろめたい気分を隠せない。
 竜馬も例外ではなく、自立待機モードで固定した3号機から飛び降りると、つかつか後藤の
ミニパトに寄ってきた。

 

「よう、楽しそうじゃねえか。あの女警部補の部隊は見殺しか。仲のよさそうに見えた割に容
赦ねえな、ええ? 隊長さんよ」
「そういうなよ、俺たちだってメシを食っていかなきゃならんだろう」
「うまいメシを喰いたきゃ、そうかもな」

 竜馬の皮肉に、後藤は頭をかいた。
 どうやら第一小隊を犠牲にしたことを抗議しにきたらしい。

「……上層部には、第二小隊の資質を疑問視する声もある。そういう連中に、俺たちが有用な
存在であると印象づけるには、またとない機会なんだ。南雲警部補には悪いがここはババを引
いてもらわにゃならん」
「ケッ」
「ところで流。悪いけど、これから公の場では、いまのみたいに呼びつけにするからね。周囲
の目ってもんがあるし、示しもつかんから」
「どうでもいい、好きにしろ。ところで、こっちの配置はイングラムが三機だが……バラバラ
になっているな。太田が先鋒、野明が中堅戦、そしてトリは俺ってか」

 

 第一小隊沈黙の報を受けて、まず鶯谷駅前で太田の2号機が降ろされ、香貫花の指揮車も同
行した。彼らには上野公園から寛永寺、浄明院前までの目標の誘導にあたってもらう。
 そこから上野公園へ入り、現地の平成館前までへの誘導は、浄明院前に配置した野明と遊馬
の1号機チームが担当し、最終的にこの平成館前で1号機と3号機で敵を挟み撃ちにするまで
が任務だ。
 うまくいけば2号機~1号機の間でケリがつくし、それが駄目でも3号機がいる。

 とりあえずの布陣としては妥当なところであろう。
 不安は残るが、いくつも現場を経験してきた太田と香貫花に先鋒を任せ、あらゆる意味で初
陣の野明と遊馬は、万一には後藤みずからが応援に駆けつけられる位置に置き、誰の命令も聞
かずに暴れ回りそうだが、奥の手としては最強の竜馬を手元に置く。
 山崎は1号機と2号機間の連携を補佐、進士は……まあ、今は少しリラックスしてもらって
もいいだろう。
 あまりタフではなさそうだし、もともと、コンピュータに強く状況判断も得意という頭脳面
を買ってでのスカウトなのだ。
 今日は3号機指揮車のシステムを、竜馬が文句を言わなかったほどの速度で立ち上げてくれ
ただけでも十分だ。
 やつの実質的な指揮は、自分がとる。

 

「満足いく団体戦設定でしょ?」
「そんな無駄なことしねぇで、最初から全部俺にやらせりゃ良かったんだよ。イングラムもい
らねえ、素手で中身ごと叩きつぶしてやるぜ。そうすりゃ一小の連中も被害ナシで済んだじゃ
ねえか」
「……だから、お前さんが大将なの。この間のラーメン屋の件でも騒ぎになりかけたのに、マ
スコミがうようよしている前で、その超人ぶりを発揮してごらんなさいよ。元の世界に帰るど
ころじゃなくなっちゃうよ? それでもいいわけ」
「うるせえな、言ってみただけだ。ちゃんと3号機で対処するから心配すんな」
「頼むよ。ばっちり決めて、みんなで幸せになろうじゃないの」
「幸せだぁ……? そんなもんは、ガキの頃に捨ててきた」

 竜馬は後藤に背を向けて、突っ立つ3号機と進士の元へ歩いていく。いつの間にか自販機か
ら買っていたらしく、お汁粉缶を二本、進士へ投げ渡すのが見えた。
 声がでかいので、

「さっきは悪かったな。お前ぇはそれ飲みながら休んでろ。あとで山崎にも渡してやってくれ
や」

 と、言う言葉が明瞭に聞こえた。

 まったくどうして、不思議な男だ。あれだけ傍若無人なのだから、他人の事などまったく考
慮しなさそうなものなのに。変なところで優しい。
 流竜馬という男は凶悪ではあるものの、本質的には正義漢だということなのか。

 

(ま……それはゆくゆく、解っていくことだろうさ)

 さて。
 まずは太田と香貫花のコンビが暴れ馬ならぬ、暴れガニをお相手だ。後藤はミニパトの屋根
にうつぶせになると、四方から聞こえてくるサイレンの音に耳を澄ませてつぶやいた。

「俺の部隊の実力の程、拝見させてもらおうかな」

 

・・・

 

 また場所は移り、鶯谷駅前。

「ふふ、ふふふ……いつでも来い犯罪者ァ。こちらは準備完了しとるぞっ」

 迫りくる敵を待ち、太田と2号機は武者震いを隠せないでいた。これからやる事はいってみ
れば、従来の機動隊の治安警備任務を、そっくりそのまま巨大化させたものだ。

 とはいえ、学生運動の時代も遠ざかった現在となっては、鬼の四機といえども、先輩諸氏よ
り聴かせられてきた武力闘争の幕劇からは、ほど遠く平和な活動の方が多い。
 それ、そのものは素晴しいことである。
 しかしだ。
 先輩方の武勇伝……聴けば聴くほどに、自分もその最中に居合わせてみたかった、という若
い情熱を隠しきれないのも、また事実である。
 古い時代、真夏にクーラーさえ搭載されていない人員輸送車の中、装甲服をまとってすし詰
めにされ、熱中症で倒れていく同僚が続出したような地獄をも気合と根性をもって乗り切り、
一丁ことあらば、まさしく鬼の一撃を犯罪者に食らわせたという、その伝説。

 

 比べてみればエアコン完備、コクピット周りは防弾加工された繊維強化金属で被われたイン
グラムの中など安全なものだが、やるべき仕事の大きさは劣るものでない。
 2号機は、がしゃり、と右腕から内部アームを伸縮させ、同右脚のハッチに格納されていた
リボルバー・キャノンを引きぬき、構える。

「太田!」

 直後、香貫花から声がかかる。
 彼女も似たような思いだったのか、声に気迫がこもっていた。

「いいこと、リボルバー・キャノンの装填数は六発。予備の弾は無いから、外したら承知しな
いわよ」
「なに!? たったの六発だと、もっと準備できんのか」
「私だってもっと欲しいわよ。でも予算の都合もあるの、無理を言わないで。それに……」
「それに?」
「あなたは『撃たせてもらえる』のよ。こっちは見てるだけなんだから、わがままいってない
で一撃で仕留めなさい!!」
「わ、わかったぁ!!」
「発砲許可なんて悠長なことはしないわよ。発射タイミングはあなたに任せる!」
「任された! ……よし、来たぞぉ」
「リアルタイムで距離と速度のデータを送る。太田、いくわよ!」

 

 最初から全弾丸を撃ち尽くすことを前提に話が進められている。
 一発撃つ毎に、報告書が必要だというのに……。
 およそとんでもない、警官の規律から外れた談義を交す二人の視界に、言問通りを猛進して
くるクラブマン・ハイレッグの姿が見えた。
 すぐさまFCSを用い距離と速度を計算する。とはいえ、まだ自動追尾の機能までは付与され
ていないものだ。命中するかしないかは、射撃者の技量に大きく左右される。

「前方のレイバー停まれ! 停まらんと、発砲するぞ!」

 問答無用でコクピットにぶち当てる訳にはいかない。犯罪者といえども、生きて捕え、裁判
にかけなくてはならない。
 これは戦争ではなく、治安維持活動なのだから。

 と、太田は一応、発砲の手順を踏む。すでに照準をつけているし、そもそも指揮官である香
貫花が発砲許可の判断を放棄しているので、無駄なような気もするが、それでもカタチは整え
ておくのが公務員というものだ。

 二人は「停まれ停まれ」と呼びかけるものの、そのじつ「停まるなよ」と内心で邪悪な笑み
をこぼし、舌なめずりをする。
 その願いが魔王ベルゼブブにでも聞き届けられたのか、クラブマン・ハイレッグは速度を落
とすことなく、2号機へ向かって突進してくる。太田が叫んだ。

 

「えらいッ!」

 ドワ、とその瞬間、2号機の構えていたリボルバー・キャノンから、灼熱の弾丸に強烈な遠
心力が加えられ、犯罪者へ飛んでいく。狙いは脚部駆動関節、そこへ当てればさしもの四足レ
イバーといえども致命傷となるはず!
 が。

「ちっ、外したか!」

 一撃目は狙いがはずれ、敵の右脚前輪付近で地面をバキンと跳弾して終わった。
 思ったよりも撃ちづらい。
 いや、改めて考えてみるとリボルバー・キャノンの形状は、その名の通り、一般警官も使う
ニューナンブやS&W M36を巨大化させたような代物なのだ。
 形は銃そのものだが、内容は砲。まったくどうして意味の解らない装備だ。
 そして、三七ミリの砲弾を馬鹿なほど短い砲身で撃ちだすわけだから、その射程は悲しくな
るほどに短く、初速もドンガメである。警察用装備だから、周囲への安全を考えると良いのか
もしれないが……。

「太田、ひるんでないで撃ちなさい!」
「わぁっとるぅ!!」

 

 香貫花の叱咤で2号機は、二発目、三発目を撃ちだすが、高速で機動する目標のさらに限定
的な関節部を、使い勝手の悪い射撃武器をつかい、ほとんどマニュアルに近いFCSで狙い撃て
というのは難しい注文だった。
 四発目の時点で再接近されてしまい、2号機めがけて突っ込んできたクラブマン・ハイレッ
グは名を冠した象徴たるその長脚を持ち上げ、すれ違い様にバットのごとく「ぶぉん!」と降
りかました。
 狙いは頭部。
 しかしそうそう当たるものではない。速度は新型機イングラムに利があるのだ。
 2号機がステップを踏む。
 ぎりぎりまで粘っての回避だったゆえ、身を翻す瞬間に左腕に装着されていた、警視庁ロゴ
入りの小型シールドをはじき飛ばされたが、それ以外は無傷だった。

「こなくそッ!!」

 背を見せ逃げおおせる敵を、最後の二発で狙う。
 太田の怒号と共に、五発目がはずれ、六発目が右脚前輪部を護るカウルを撃ち抜いた。クラ
ブマン・ハイレッグはその場で一瞬、もんどりうって倒れそうになるが、それでも篠原製のオ
ートバランサーは、あっという間に態勢を立て直させ、さほど変わらぬ速度で逃走していく。
 その背に、太田が悪態をついた。

 

「くそっ、逃げられた!」
「ああもうドジッ。すぐに追うわよっ」

 リボルバー・キャノンを全弾撃っても、かすり傷しか負わせられなかった。
 このままでは腹の虫が治まらぬ! とばかりに、香貫花の指揮車が夜陰に消えた目標を追っ
て急発進し、太田の2号機がそれを大股でがしゃがしゃと追っていく。
 はじき飛ばされた、警視庁ロゴいりの小型シールドは放置したまま。
 その、嵐のような一瞬が過ぎると、現場は不思議なほどの静寂に包まれるのだった。機動隊
員の誰かがつぶやいた。

 

「なんなんだ、あいつら……撃つだけ撃っていきやがった」
「おい。このレイバー用のばかでかい盾、どうすんだ」
「とりあえず引き抜いてバスへ乗せておけ。あとで特車二課に取りに来させればいい」
「くそ、面倒ごと残していきやがって。そういやあの二人、たしか四機で持て余されてるって
有名な暴走コンビじゃなかったか」
「そういや、聞いたことがあるな。正義の破壊神だとかなんだとか。特車二課に異動していた
のか……」
「なんでそんな危険な奴らにレイバーを与えるんだよ、上の連中はあっ」

 そんな、怨嗟の声を背に敵を追った2号機チームを、クラブマン・ハイレッグは煙にまいて
逃げた……つもりなのは、乗った犯人たちだけだ。
 太田の発砲により、冷静さを欠いたのか大通りを愚直に進んでくれたおかげで、作戦通り、
寛永寺方面への誘導に成功。次は浄明院前で待つ野明の出番である。
 しかし、1号機の方は2号機と違って、あまり好戦的でない。姿の見えたクラブマン・ハイ
レッグを見て、一瞬、後ずさりしてしまう。

 

「ああ、来ちゃった……太田さん、止められなかったんだ……」
「あの物騒なだけのカップルに何期待してんだ、ぼやぼやしてると逃げられるぞ!」
「でも、取っ組み合ったら、イングラムが傷だらけなっちゃうよお」
「ば、馬鹿かお前はっ! んなもん直せばいいだろ、自分で修理費払うわけでもなし! ええ
い、お前がいかんと言うなら、すぐにでも流巡査を呼ぶぞ!!」
「! だっ、駄目、それは駄目っ、犯人が死んじゃうっ」
「じゃあ行け! すぐに行け野明っ。流巡査には取り押さえだけをさせるようにだッ」
「うわーッ!! こうなったらやぶれかぶれだッ!!」

 数日間の共同生活で、竜馬の恐ろしさはすでに野明をはじめとする各隊員に骨の髄まで染み
ついたようで、遊馬がその名を口にした瞬間、おじけづいていた野明がバーサーカーのごとく
敵へ組み付くと、1号機は力任せにぐいぐいと引っ張りはじめた。
 どうやら、先ほどの2号機の射撃で右脚のシステムに支障をきたしたらしく、動きが若干で
はあるものの鈍い。そこを集中的に狙って、さらに上野公園へと引きずりこんでいく。

 何度か逃げられそうになり、その都度、取っ組み合いでボディに傷を付けられ野明の悲鳴が
あがるが、それでもなんとか広い場所にでた。
 ここで電磁警棒なりを使って、動きを止めさえすればこっちの勝ちだ。

 

「よぉー…………し」

 やるぞぉ、と野明は気合を入れようとした。が、夜とはいえ、あたりには投光器が縦横無尽
に配置されて明るいはずの周囲が、妙に暗くなったのに気づく。
 イングラムは新品だ、外部カメラも内部モニタも、調子の悪くなるはずがない。
 なんだ?
 と思ったのもつかの間、いつの間にか二機の背後には、ぬぅっと幽鬼のように突っ立つ3号
機が居るではないか。
 こころなしか、若干頭が持ち上がってこちらを見下しているようにも見える。
 野明の目には緑色のスパークが、3号機の全身から発する幻覚さえもちらついた。
 同じ機体なのになんなんだ、この迫力の差は。

 

「あ゙……竜馬、さん……」
「おぅ野明。誘導ご苦労だったな」
「あれぇ、ここは平成館前じゃないと思うんだけど……」
「こっちから進撃しちゃいけねえってこたねえだろ。挟み撃ちにできりゃいいんだ。さあ離れ
てな、怪我するぜ」
「うわわッ……」
「へっ、料理してやるぜタカアシガニ。……電磁警棒ォ!!」

 なんで武器の名を叫ぶのか解らないが、とにかく勇ましい竜馬の咆吼は、左腕に備え付けら
れた例の警視庁ロゴ入りシールドの、裏側に装着された電磁警棒を射出させ、引き抜く。
 と、同時に離れた1号機の反対側へ向かってタックルを喰らわせると、弾け飛ぶ肩部回転灯
のしぶきと共に、よろめいたクラブマン・ハイレッグの右脚関節部に電磁警棒をぶち込む。
 ブォン、と電撃が敵のメカニズムを狂わせた。
 そして突き刺したまま、テコの原理を使い右脚を関節ごと切り離し、それを奪い取ると武器
にして幾度か殴りつける。
 もう、すでにこの時点で相手の戦意は消失したか、あるいは気絶しているようだった。

 

 だが竜馬は止まらない。3号機を一旦離すと、電磁警棒を地面へ突き刺し、今度はリボルバ
ー・キャノンを引き抜いた。
 残った関節すべてをほぼ零距離で撃ち抜いていく。
 いくら使い勝手の悪い出来損ない射撃武器でも、これなら外しようがない。相手はあっけな
く四肢をもがれて、皿の上に載せられた茹でガニと化してしまう。
 勝負あり、だ。
 それでも竜馬は止まらない。地面へ突き刺した電磁警棒を拾い、トドメをさすべく本体へ向
かって3号機の上体を振り上げさせようとする。
 その時。

「うわあああっ!! 駄目っ、竜馬さんっ、そこはコクピット! コクピットだからぁ!!」

 と、それまで茫然自失としていた野明の1号機が、はっと目覚めて3号機に駆け寄ると、後
ろから羽交い締めにして止める。
 丁度、上半身を振りかぶっていたから、絶好のタイミングであった。

「っ野明、てめえ、なにしやがる!!」

 

 攻撃の邪魔をされた竜馬が怒鳴る。
 地獄の底から響いてくるような声に野明は震え上がったが、しかし諦めない。ここで自分が
引き下がったら、たぶん、次の瞬間にあのクラブマン・ハイレッグの中の人はミンチにされて
しまうだろう。

「もう勝負はついてるでしょ!? 私たちの仕事は犯人を逮捕できればいいんだから、殺したり
したら駄目なんだってばぁッ」
「馬鹿野郎、それぐらいわかってる! 外に出た時、抵抗しねえようにギリギリのところまで
痛めつけるだけだッ。機体を止めたぐらいで油断するんじゃねえッ」
「その過程で死んじゃうよォっ!!!」

 もはや置物と化したクラブマン・ハイレッグを放って、イングラム同士がぎりぎりと取っ組
み合いを始める。それを止めに入ったのは、やっと追いついてきた2号機だったのだが、まだ
敵が健在だと思っていたところを、同士討ちが待っていたのには面食らったらしい。
 すこしばかり、先ほどの1号機のように停止していた。

 が、とうとう犯人は捨て置かれて、イングラム同士の決戦が展開されてしまった。まあ、1
号機と2号機が同時にかかっているから、さすがの竜馬もその内止まるだろう。
 生身だったら二機まとめて始末される恐れもあるが、3号機に留まっている間は大丈夫だ。

 その様を、後藤はミニパトから降りて眺めつづける。クラブマン・ハイレッグの乗員確保は
山崎と機動隊員、そして出向してきた上野警察署の捜査員にお任せした。
 もう事件は解決したようなものだ。あとは、成り行き任せで対処できるだろう。

 

「まぁ……なんだかんだいって、一定の調和は取れた面子になった。かな……」
「後藤さん」
「お」

 気づくと、先ほどの3号機のように南雲が後藤の背後にたっているではないか。どうやら、
壊滅した第一小隊の事後処理が終わって、上野公園まで駆けつけてきたらしい。
 その顔には無表情を張り付けているが、心なしか、どす黒いオーラが出ている気がしないで
もない。
 まあ無理もない。
 今回、第一小隊は後藤に壊滅させられたにも等しいのだから。

「しのぶさんか。お疲れさん、浅草では大変だったね」
「第一小隊は……しばらく再起不能だわ」
「ご愁傷様。メシでもおごるよ」

 その言葉に、しのぶの眼がきらめいた。

 

「松屋」
「牛丼? しのぶさんにしちゃ庶民的だね」
「ふ、ふ、ふ……なに言ってるのかしら後藤さん。ここの辺りで松屋といえば、そっちの外食
チェーン店のことじゃないでしょう。そう、百貨店の松屋よ。浅草駅のね!!」

 ばっ、と夜桜舞う天へ諸手を掲げて南雲が叫ぶ。
 普段の彼女では考えられないテンションだったが、疲れと恨みのあまり、どこかのゲッター
線科学者の魂にでも憑依されたのかもしれない。

「え……あいや、しのぶさん。ちょっと待ってくんないかなぁ。俺も色々あって、いま貯金が
……」
「ああそう、そう言う態度にでるのね? せっかく第一小隊の隊長が、第二小隊の発足を祝っ
て、個人的にも親密に労いたいって言ったところを断られて、落ち込んでいるとなると、第二
小隊の足並みが乱れるかもしれないわよ。
 とっても多感そうな、若い子が多いものねえ、後藤さんの部隊」

 

 ぐわ、と天へ向いていた南雲の顎が降り、後藤へ向いた。
 眼が血走って半笑いになっている。
 復讐には、手段を選ぶつもりはないらしかった。

「しのぶさん、ゴシップネタとか嫌いじゃなかったっけ……」
「時と場合によります。ああ、そうね。どうせなら銀座本店でもいいわよ。たまには綺麗なも
のでも見て回りたいわ」
「……あ、浅草店でもいいかなぁ」
「ええ、もちろん。じゃあ次の非番と明け番が重なる日に、予定いれておくわね。逃げたら、
泉巡査あたりに言いふらすわよ」
「はい……」

 人を呪わば穴二つ。
 策士・後藤は、そんな格言を思い出した。
 現実から逃げたくなって、ふとイングラムの側に眼を向けると、いつの間にか喧嘩は収まっ
ていた。三機とも立て膝をつき、それぞれレイバーキャリアが到着するのを待っている。
 その足下には指揮車が並び、第二小隊の若者たちが寄りかかって、長かった一日の終りを実
感しているようだ。竜馬以外。

 

「もうへたばったのか、お前ら」
「半分ぐらい、あんたのせいだっつの……」
「知ったことか。それより、ここらは夜桜が粋だぜ。しばらく花見でもするか」
「食い物も何もないぞ」
「俺が買ってきてやる。欲しいもん言いな」
「わっ、竜馬さん太っ腹~」
「おごるとは言ってねえんだがな。まあいいけどよ……で、注文はなんだ」

 さて、竜馬と第二小隊が、どこまでやれるのか。
 独立愚連隊になってしまうのか、それとも超エリート集団に成り上がるか。

 

「楽しみだなァ」

 

 後藤はそう、つぶやくのだった。南雲へのリップサービスも兼ねて。

 

表題へ 真ゲッターの竜馬がパトレイバーに乗るようです
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