第三章 配属!! 私が熊耳武雄です!

Last-modified: 2012-05-01 (火) 21:10:27

第三章 配属!! 私が熊耳武雄です!

 

 昼休み。

 

「来やがれ太田ッ」

 

 竜馬の3号機が、腰を落とし、空手の後屈立ちの姿勢をとった。相手の攻撃を受けていくと
きに多用する型のひとつだ。
 対面方向には、こちらを睨み据える太田の2号機。
 この日は竜馬と太田で模擬戦が行われていたのだが……。

 

「ぅおんがぁあああッ!!」

 

 竜馬の誘いに乗った2号機が訓練用警棒を引き抜くと、上体を起こしたまま力任せに突撃し
ていく姿は、まるで隙だらけだった。柔道黒帯を持つ人間の動きとは思えない。
 が、レイバーは全身がモーショントレースで動いている訳ではない。人型高機動である利点
を活かすためには、相応の訓練とセンスが必要なのだ。

 

 竜馬は2号機の猪突猛進を、ふっと左へ重心をずらして避けると、ぴょんと飛んで廻る。次
の瞬間、突撃の勢いが止まらない2号機が晒す背へ、猛烈な勢いで突きを入れ、態勢が崩れた
ところへ前蹴りを撃ちだすように叩き込んだ。
 どがしゃ、とCFRPのカウルがグラウンドに押しつけられた。
 2号機はあっという間に、両手両膝を着かされた敗北の態勢を示してしまう。もし実戦であ
れば、このまま銃撃か、あるいは踏みつけられでもして、脊椎にあたる部位のモーターをやら
れて再起不能になるだろう。
 勝負あり。
 ほとんど、何もできないまま負けた太田が、唸りながら機体を立て直す。

 

「うぬぉぉぉ、くそおおおッ……」
「その程度か!?」
「ええい油断しただけだ!」
「ほう、俺を相手に油断するたぁ、いい度胸じゃねえか。だったら二度と出来ないよう、次は
腕の一本もへし折ってやるぜ!」

 

 油断、といわれてカンに障ったらしい竜馬が、今度は乗機を軽く前屈みにし、小刻みとステ
ップを打ち始めた。
 攻撃の姿勢だ。
 その、彼の気迫が機体にも乗り移ったのか、アイカメラの露出が無く他二機のイングラムに
比べて無表情なはずの3号機が、まるで怒気を発しているようにさえ見える。
 これに、やっと立て直った2号機があとずさった。うかつに近寄れば、今にも3号機が飛び
かかってきそうなのだ。

 

「や……やめんか、装備品を無駄に壊すな!」
「お前が言うんじゃねえ! もう七機目の頭のくせして!
 ったくなぁ……おめぇ、生身の時はそれなりに戦えるのに、レイバーに乗った途端、直角に
しか動けなくなるってのはどういう了見だ。同じ格闘をやってんだ、それじゃ勝てねえって事
ぐらい解るだろうが」
「操縦桿とペダルの操作で、生身と同じ動きができる訳がないだろうっ」
「そうかい? 俺はできるぜ。野明だってずいぶん動きが滑らかになってきた。勝てない事の
言い訳を並べ立てているようじゃあ、格闘家失格だな」
「ぐ……!」

 

 太田は負けた事実より、格闘家失格と言われた事の方にショックを受けたらしい。コクピッ
トで操作を放棄したのであろう。
 2号機は棒立ちになると、オートバランサーだけに支えられた、微妙な揺れを繰り返し始めた。
それを見て、3号機も動きを止める。
 太田功巡査二七歳は粗暴なように見えて、案外繊細なのである。

 

「うぬぉれ……流! 今日は負けをみとめるが、次はこういかんからな。覚えておれ!」
「覚えとくさ。喧嘩は大好物なんだ、いつでも相手になってやる」
「喧嘩じゃない訓練だっ」

 

 捨て台詞を残して2号機はその場で立て膝をつき、コクピットの前へ掌を固定する。そして
ハッチが解放されると、ほんのすこし泣きっ面になった太田が、びしりと3号機に指さしなが
ら降りていった。
 格納庫に戻さないのは、足下で香貫花が「交代しろ」と喚いているからだ。

 

「ああもう、なんてザマなのっ。カタキとってやるから見ていなさい!」

 

 と。
 このまま四機出身組を舐められてたまるか、という事らしく、今度は香貫花に操られた2号機
が立ち上がり、3号機に向かって礼をして構えを取った。
 その動きは太田の操縦よりは多少、滑らかに見えたが……2号機の経験値不足なのか、どう
しても、ぎこちなさが取れなかった。
 本物の空手家のごとく動く3号機は無論のこと、野明の1号機が持つダンスを踊ってしまう
ような柔軟さから比べると、ただの作業用レイバーのようでさえある。

 

 それに、2号機は香貫花が育てている訳ではないから、いきなり乗ったところで、機体に染
みついた癖は掴みづらいはずだ。太田より正確に操縦できたとしても、機体に慣れていない分
で、差し引きはゼロになってしまう。
 結局、3号機の俊敏さにはついていけず、正面から突き刺さるような上段蹴りをもらって、
仰向けに吹き飛ばされた。
 勝負あり。

 

 太田の時とは違って香貫花を救助しようと、整備員が無駄に多く駆けつけたが、その、あま
りの格差と正直さに太田の怒りを買い、ぜんぶ蹴散らされていく。
 そんな乱闘の末、ハッチを開き中から彼女の手を引く権利を太田は守り通した。竜馬と戦っ
ている時よりも輝いて見えたのは、気のせいではあるまい。異性を巡る闘いは生物の本能がも
たらすものなのだ。
 対してコクピットから這い出た香貫花が、うなだれる。

 

「ごめんなさい……大言が過ぎたわ。やっぱり2号機は太田、あなたが強くしていくべきね」
「わかっとる。これで勝たれても、俺の立つ瀬がなくなるだけだ」
「何言っているのよ。このままじゃ引き下がれないでしょ、自主トレ回数増やすわよ」
「おう、いつか流のやつに一泡吹かせてやるわい」

 

 コンビとしての息だけは、小隊中トップの二人が再戦を誓い合って2号機を格納庫へ戻して
いく。二度も3号機に吹っ飛ばされたせいで、少し駆動系にダメージが出たらしい、関節部か
ら鳴るモーターの音が変調をきたしていた。
 そんな、苦しげに去る2号機の背を、数人の整備員が追っていく。

 

 見ると、いつも2号機にかかりきりとなっている専属の顔ぶれだった。彼らは、特車二課整
備班の中で飛び抜けて技術が高く、他の号機担当チームへ助っ人に呼ばれることも多い、榊の
目にも留った若きエース達だ。
 ただし、彼らがエースたり得たのは、あまりにも2号機が壊れまくるせいで、昼夜問わず、
他の整備員が休んでいる時も、ずうっと修理に携わっていなければならず、結果的に技術の積
み重なりが劇的に速かっただけ……という、不幸がもたらした栄光であるという事実を、社会
人たろうとする者は目を背けずに、心へ刻んでおかねばならない。

 

 そして3号機は去りし兵を見届けると、今度は「目の前の出来事は、私にはまったく無関係
です」とばかりに、格納庫脇に腰を下ろしてあやとりに興じている1号機と、遊馬をはじめと
した、その取り巻き連中に頭を向けた。
 ダンスに飽きたらしい野明はここのところ、イングラムの五指が人間並に器用であり、その
うえ腕部はモーショントレスを使った操縦も可能、という特徴に目をつけ、新しい訓練を始め
ていた。
 それが、今やっているあやとりである。
 人間の四倍近い巨人がするだけあって、紐もロープを使っているのだが、その器用さは見事
なもので「ほうき」や「はしご」のような初歩的なものから「東京タワー」や「天の川」といった技まで、
次々と、紐の芸術を披露していく。

 

 大したものだと言えたが、しかし端から見ると、まるでレイバーで遊んでいるようにしか見
えないのも事実である。
 というか実際に暇つぶしの遊びであり、いくらイングラムが武器が器用さにあるからといっ
ても、指先だけをそこまで鍛えたところで、活用できるシチュエーションは非常に限定的であ
る。たとえば、ガレキにまみれた災害現場での人命救助等。
 決して無駄だとはいわないが、

 

「……おい野明。ブロッケンにあしらわれて来たあとに、やるこっちゃねえだろ」

 

 今はイングラムを使うなら「パトレイバー」としての、もう少し根本的な訓練が必要である
はずの時間だ。
 というのも、竜馬が今し方外部スピーカーで言ったとおりに、すでに第二小隊は二回戦をブ
ロッケンと演じていた。
 その二回戦目は折しも悪く、竜馬が非番で招集されるのに時間のかかった日で、ブロッケン
に当たったのは、1号機と2号機だった。
 が……3号機ですら手こずる相手を、竜馬がして未熟と指す野明と太田で簡単に対処できる
はずもなく、取り逃がすに終わった。

 

 被害そのものは軽かった。相手が前回ほど好戦的でなかったからだ。
 今回ブロッケンの出現場所は、都と千葉県境にある波止場だったのだが、敵は適当にイング
ラムを小突き回したあと、戦意を失ったかのように海中へ逃亡していった。

 

 軍事用であるブロッケンは毒ガスなどの攻撃に備えてなのか、気密が完全に保たれる設計が
施されており、それを利用した逃亡ルートの選択だったわけだ。
 しかし、ブロッケンの行動範囲が陸上に限らないというのは、対策に取り寄せたSEEの資料
から既に明かとなっている事であり、そのため水上警察および海上保安庁などが現場に予め派
遣されてはいたのだが……。
 それでも、どうやったのか監視の目をかいくぐってブロッケンは逃げおおせてしまった。
 警察としては大敗北を喫した、といえよう。

 

 しかし前回のように、陸上で煙にまぎれて逃げるよりは遙かに安全な状態であったのに、ほ
とんど何の活動もしないまま、消えてしまったのは何故か?
 誰しもが首をひねったが、遊馬がこのくだりを、竜馬曰くの「敵はイングラムとの対戦を目
的にしているのではないか」とする見当から、さらに推測して、データ取りに相応しい3号機
がいなかったからでは……と目星をつけた。

 

 この推測は後藤に報告され、上の方にも情報が昇って整理や確認がなされてはいるが、しか
し当面、上層部の提起する問題は、新型機を有するはずの第二小隊が為す術もなく犯人を取り
逃したという事に終始した。
 なにせ、警察は威信をもっとも大切にする組織だ。犯罪レイバーを相手に(いくら軍事用が
相手とはいえ)自慢の最新装備がコケにされたとあっては、上層部が黙っているはずもない。

 様々な対策が検討されたが、そのうち今回の失敗には、第二小隊はレイバー乗員と指揮者……
すなわち、ユニットごとの練度不足が著しい事に問題があった、という指摘がなされ、本庁から
の指導が入った。
 これに太田と香貫花が激しく落胆かつ反発し、先述のような自主トレーニングを増強した取
り組みに走っていたのであるが、1号機組の方はどうも、まだ自覚が足りないらしい。

 

「そんなこと言ったって、ただでさえここのところ傷物になりっ放しなんだもん……それに、
竜馬さんといえども、私のイングラムを投げ飛ばした恨みは忘れないからね」
「またそれか。言ったろうが、俺は機体は大切にするが、必要なら無茶もさせるとよ」
「ポリシーは理解するけど、私まで巻き込まないでよぉ……」
「泣き言ほざいてんじゃ……ちっ。いいさ、やる気がねえなら遊んでろ。戦力は俺一人で十分だ」

 

 3号機が頭を元の位置に戻し、2号機に続いて格納庫へ戻っていく。対して1号機の操縦席
を、首もとの位置へ上昇させた有視界モードを使っていた野明は、反論をしたげな視線をそこ
へ投げかけ、口を尖らせる……が、やがて諦めたのかロープのあやとりに戻った。

 

 ……そんな、少しばかり険悪なムードのイングラムたちを、隊長室から眺める視線が三つ。

 

「とまあ、本庁は批判するが、練度はけして低くないと俺は思ってるんだ。問題は、足並みが
どうにも揃わんってことでね」
「足並みを揃えるのも、練度の内だと思うわよ」
「こりゃ手厳しいな。しかし、奴らはなにかひとつ切っ掛けさえあれば、だね……」

 

 ひとりは腕まくりにサンダル履きいつもの後藤、ひとりは、彼とは対照的に警官として正し
く乱れの一切ない服装で、書類整理にあたる、いつもの南雲……そして、

 

「なるほど。このことを解決するには、あの流巡査が色々な意味での、キーパーソンになって
いそうですね」

 

 中年期に突入している隊長二人からは、一回り若々しい女性警官が一人。だいたい竜馬と同
じぐらいの齢だろう。
 その名は熊耳武雄(くまがみたけお)巡査部長。
 特車隊研修校からやっと抜擢され本日の配属を目の前にした、最後の第二小隊隊員である。
 名前は勇ましいが、女だ。
 体格は小柄な野明より少し背が高い程度、ショートカットの前髪を長めに七、三と揃えた緑
髪と、大きめの黒目が、清廉さと可愛らしさを兼ね備える「才女」といった表現がよく似合う
風貌だった。
 巡査部長という階級から解るように、彼女は第二小隊における副リーダーとしてのポジショ
ンを担うべくやってきた存在でもある。
 その熊耳が、さっそく竜馬の本質を見抜いたような発言をして、後藤が頷いた。

 

「うん。見ての通り、個人としての能力はハンパじゃないし、影響力も強い。うまくいけば、
隊の中核になってくれると俺は踏んでいるんだが……今の状態じゃなんとなく、住む世界が
違うって感じでね。
 まあ、それには色々理由もあって……この際だから、お二人さんには知っておいてもらった
方がよさそうだ。俺以外には警視総監しか知らない秘密だから、オフレコで頼むよ?」

 

「警視総監って……後藤さん、なにをまたやらかしたのよ。まさか流巡査が前科者だ、とでも
言うんじゃないでしょうね」

 

 あり得そうな話だ、と勝手に納得しながら南雲が顔をしかめるが、後藤は「そんなんじゃな
いよ」と困ったような中年スマイルをつくる。
 そう。
 竜馬の持つ秘密は、そんな生半可なものではない。
 後藤は、竜馬から聞き知った彼の正体、すなわち流竜馬が異世界の住人である事を、南雲と
熊耳にむかって、約十分の間にかいつまんで語った。

 

「……なんだか、映画みたいな話ね」

 

 たったそれだけの時間ながら、南雲も熊耳もおおよその事情、ゲッターロボのパイロット・
流竜馬という人物や、彼を取り巻く複雑怪奇な運命といったものは、十分に呑み込めたようだ
った。
 二人の頭が良いというより、後藤が優れた話術を持っている証拠であろう。

 

「現実は小説よりナントヤラっていう言葉もあるじゃない」
「まさに超人ですね……そこまでの人物なのだとしたら、私が実力で抑えつけるのは不可能です」
「そこを、なんとかならんかね?」
「実力以外の方向でしたら……恐らく。お話を伺ったところから考えると彼、流巡査は元々は
一本気な男性だったように思われます。しかし、仲間に裏切られ続けたことが、いまの孤独性
を培ったのでしょう」
「ま、大人になるにつれて世界ってのは嫌らしくなるからねぇ」

 

 しみじみ、と言った感じに後藤はまたしても頷いた。
 その顔は「俺もいろんな人間に裏切られてきたよ」と語っており同時に「まあ同じぐらい裏
切りもしたけどね」と言う、ダーティな男の過去をも匂わせていた。

 

「その、ゲッターロボ……でしたか? 三位一体の操縦が必要になる機械を、手足のように操
れるのなら、どこかでその記憶と感覚を思い出させてさえあげれば、イングラムでのチームワ
ークも考えてくれるようになるはずです」
「難しいよ。他人の記憶に立ち入るってのは、なかなかどうして……」
「ええ。しかし第二小隊をまとめよ、というのがご命令とあらば、やってみせます」

 

「勢いあるね。じゃあ頼んじゃおうかな」
「お任せください。そこで早速、私の配属発表前に小細工をしたいのですが、認めていただけ
ますか後藤隊長?」
「悪巧み? あんまり南雲隊長から睨まれるようなのは御免だよ」

 

「大丈夫です。ちょっと流巡査に仕掛けるだけです」
「ふむ……まあ怪我しない程度なら良いけど。南雲隊長もそれなら認めてくれるかな?」
「それぐらいで、流巡査が少しでも大人しくなるなら反対する理由はないわ」
「と、いうことだ熊耳。やり方はじゃあ任せるから、よろしく頼む」
「了解しました」

 

 熊耳はカツッ、と敬礼をつくり「では、後ほど正式に配属へ伺います」と言い残し、隊長室
を後にしようとする……が、彼女の背中がドアから消え去る直前、南雲から声がかかった。
 熊耳は足を止め、頭だけを振り向かせる。

 

「なんでしょうか?」
「いえ、あなたの観察眼を否定する訳ではないけれど、気をつけて。異世界の住人云々という
のを除いても、流巡査には、尋常じゃない所を感じるから……」
「大丈夫ですよ。スネに傷をもった人間の心は、同じスネに傷を持った者が解るんです」

 

 と、最後のセリフは、くるりと頭を進行方向へ直してから背中越しに流して、熊耳は隊長室
を出て行った。
 その、静かに閉じられたドアを南雲が「じっ」とした目で見つめている。
 後藤が頭を掻いた。

 

「後藤さん……ついさっきまで、やっと警官らしい警官が来たと思っていたのだけれど、今は
ちょっと訂正したい気分だわ」
「うん? しのぶさんとは馬が合いそうになかったかな」
「そういう事じゃなくて。なんだか、彼女もとんでもない爆弾を抱えているような、そんな予
感がするのよ……そう、第二小隊の人間として相応しいだけの爆弾を」
「おいおい、そりゃ酷すぎる物言いじゃないかね、しのぶさん」
「女の感って当たるのよ。特に人間のことに対しては」
「……」
「というか……そう考えると、この課でまともな人って課長と、石和君に古賀君ぐらいしか居
ないのかもしれないわ……伊達に二課への異動は島流しって言われてないわよね……フフ」
「あー。しのぶさん。おれ、コーヒー淹れるよ」

 

 言って、後藤はペタペタとサンダルを鳴らして備え付けのコーヒーメーカーへ向かった。
 そういえばしのぶさんも、かつての妻子持ち上司と不倫の挙句にこの埋め立て地に居るんだ
よなぁ、と、人間の業の深さというものに、少しばかりの恐れと呆れを感じながら……。

 

・・・

 

 作業着姿の竜馬が3号機から降りてくる。
 そこに、いつの間にか彼の舎弟のようになってしまっている山田整備員が駆けつけて来、ス
ポーツタオルを片手に連戦を労った。
 いまのところ、竜馬と気の置けない仲、といっても良い間柄なのは彼だけだ。なぜか波長が
合うらしい。
 山田はタオルを渡し終えると3号機に近寄って、駆動部を軽くチェックしていく。

 

「訓練にしちゃ結構、派手にやりやしたね」
「太田の野郎は痛い目に逢わせてやらねえと、理解しねえんでな」
「へっへっへ。まるで犬の調教だ」
「いや、犬の方がアタマがいい。俺は昔「ロボ」って犬を飼ってたんだが、太田よか物事を理
解する速度は速かった」
「生き物なのにロボですかい、竜馬さんらしいネーミングだ。おっと、コイツは調整しといた
方がいいな……」
「悪いな。俺が自分でやっても良いんだが」

 

 竜馬は、足首の関節駆動部へ取りかかった山田へ珍しく謝意を表すが、山田は「なぁに、こ
れが俺たちの領分でさ。任せておくんなさい」と、気っぷも良い。
 じつは彼に限らず、竜馬は整備員からの人望が意外に厚いのだが、それはいま本人がいった
ように、野明や太田のようなメカの素人では手に負えない、複雑かつ緻密な構造をしているイ
ングラムを、修理・分解から組立まで手がけることのできるほどメカ知識に造詣が深いことに
起因する。

 

 進士や遊馬とは逆に、ソフトウェアの対処をやや苦手としてはいたものの、それを補って有
り余るほど、ハードウェアへは強かった。
 一度は駆動部に改善点を見つけて、改造申請を出したほどである。
 もちろん、竜馬が最初からそんな手続きを踏もうとするはずはなく、勝手に改造しようとし
たところを榊に見つかって、またしても喧嘩になったのだが、竜馬の見知が正しいことが解る
と、榊自身が本庁にイングラムの改善案として、申請したのだ。
 そのおかげで、現行のイングラムは納入時より若干、動きがスムーズになっている。
 例によって太田は使いこなせていなかったが……。

 

「篠原重工も改良の手間がはぶけて、大喜びじゃありやせんかい。まったく。二課は良い人材
を得たモンだ。あとはあれだ、太田ちゃん達とも仲良くすりゃあ万々歳でさ」
「これで精一杯、仲良くしているつもりだがな」
「竜馬さんだけレベルが高すぎて、他の連中がついていけねえんです」
「ふざけんな、俺にレベルを落とせってのか?」
「そんなの俺たち整備班だって願い下げですよ。うまいこと竜馬さんを暴れさせつつ、全体の
調和が取れる指揮のできる人でもいりゃあ、最高なんですがね……進士さんにゃ、ちょいと荷
が重すぎらあ。悪いことを言うようだけれども」
「あいつは、臆病すぎてな。さて俺は着替えに行く。あと頼むぜ山田」
「合点承知の助」
「ま、俺はあの制服よか作業着の方が落ち着くんだがな」

 

 言い残し、竜馬はそのまま階段を上がってキャットウォークへと昇っていく。
 二課棟は緊急出動に対応するために、小隊ごとに格納庫へ直接オフィスが設置されており、
キャットウォークから出入りできるようになっているが、そこには今し方、苦言を呈されたこ
ととはつゆしらぬ進士と、茶を汲む山崎が居た。
 竜馬はその二人をチラリと横目に見つつ、オフィスを横切って、第二小隊と第一小隊の格納
庫を連結する中央棟へ進む。
 考えることは、当面の自らの立ち振る舞いだ。
 自分はなぜ、真イーグルのコクピットから、こんな世界に飛ばされたのか……それは今以て
はっきりしていないし、こうして警官として生活を続けていたところで、戻る手だてが見つか
るのかどうかも、皆目解らない。

 果たして、このままで良いのだろうか。
 真ドラゴンと早乙女、そしてインベーダーどもを、そのままにしておく訳にはいかないというのに
……そう考える度に、なんとも言えない歯がゆさが身を襲う。
 そんなモヤモヤした思考で歩いていたが、そのうち陽が当たらない区画で、節電のため照明
もない、暗いままの廊下に差し掛かったときだった。

 

(!!)

 

 殺気。
 久しく覚えていなかったその感覚が、冷水のごとく竜馬の全身へ浴びせ掛かって、弾かれる
ように身体を捻らせた。
 次の瞬間だった。
 人陰。
 襲いかかって来、腕がびゅんと伸びてきた。しかし竜馬はそれをバシンとはね除けざま、掴
み返してねじり上げると、そのまま背負って、ぶお、と投げ飛ばす。
 一瞬の間のあと、リノリウムで出来た床へドンと人間が転がるが、竜馬は起き上がることを
許さずに追撃の脚を加える。
「あうっ」と甲高い呼吸が漏れた。

 

「こ、降参! 参ったわ、抵抗しないからもう止めて」
「誰だてめえはッ」
「ふ、ふふ、大丈夫よ、侵入者じゃないから……」
「信じるかよ。そのまま手ェ後ろに組んだまま、明るいところまで下がれ」

 

 言い、竜馬は懐からニューナンブを取り出し、引き金の安全ゴムを押し出すと撃鉄を起こし
て照準をつけた。
 狙い確実のシングル・アクション。ジャムも有り得ない。少しでも不穏な動きを見せれば、
容赦なく発砲するぞ、という仕草を見せる。
 どうやら作業着の時まで肌身離さず持っていたらしい。彼らしい用心深さと言えようか。

 

 照準をつけられた女は、ゆっくり起き上がり、竜馬に言われたまま窓のある所まで後退して
いった……と、その素顔が明らかになる。
 ショートカットの七三分け……。
 特車二課の制服を着込んでいた。

 

「……」
「ご覧の通り、警官よ」
「変装とは手が込んでやがるな。二課の人間にそんな面は居ねぇぞ」
「そうでしょうね。だって私は今日が配属の日ですもの」
「言うに事欠いてそれはねえだろうが。新人が来ンなら、前もって連絡事項のひとつでもあり
そうなもんだ。だいたい俺へ襲いかかってきておいて、言い訳もクソもねえ」
「確かに。どう考えても怪しいものね、その対応で正解よ。流巡査」
「うるせえ。さっさと正体あらわしやがれ。で、なければ撃つ」
「ああ、でもその脅しは不正解。不審者が相手だからって、いきなり腕力に訴えようというの
は規則違反です」
「おおそうかよ、そんなに死にてぇか。なら望み通りにして――」

 

「なにやってんのよ、お前らは」

 

 問答には飽きた、と竜馬がトリガーへかかる指に力を入れようとした瞬間、危機一発。のそ
りと、聞き知った声が現れる。後藤だ。

 

「ああ、後藤隊長。見ての通りです」
「撃ち殺されそうなのにずいぶん余裕だね、熊耳よ」
「隊長がさきほどより私の後をついていらっしゃった様なので、安心していました」
「バレてたか」

 

 のんきに会話を交す後藤と女を前にして、竜馬が舌打ちと共にニューナンブを降ろした。ど
うやら茶番を仕組まれていたらしい。
 と、するならば……。

 

「おい、隊長さんよ。どういう事か説明してもらおうか」
「じゃあ紹介しよう。彼女は熊耳武緒巡査部長。さっき言っていた通り、本日付で特車二課第
二小隊に配属となった身だ、仲良くしてやってくれ」
「そういう事は訊いてねえんだよ」
「つまり、その前に状況の説明をしろってことだね。熊耳、じゃあとたのむわ」

 

 言って後藤はムーンウォークでその場を下がっていく。竜馬はそれを見て、どういう状況で
も、脱力させてくれる男だ……と、蚊にまとわりつかれた時のような怒りを覚えた。
 が、とりあえずは目の前の女、熊耳武緒とやらの話を聞かねばなるまい。

「……じゃあ熊耳っての。説明してもらおうか。事と次第によっちゃタダじゃおかねえぞ」
「流巡査、そうやってすぐに他人を威嚇してはいけませんよ。争いのタネです。それと上官に
対して言葉遣いが無礼じゃないかしら」
「だからどうした。無礼なのは、いきなり襲いかかってきたてめえだろう」
「あ。それもそうね。また一本取られちゃったわ」
「いいから本題に入れ」
「はいはい。さて流巡査……どうでした私の奇襲は? 少しは味があったんじゃないかしら」
「てめえな、ふざけんのもいい加減にしやがれ」
「ふざけてないわ。意表をつけるようでなければ、あなたの相方は勤まらないでしょう?」
「なんだと?」

 

「今後、私は進士巡査に代わって流巡査のバックスを勤めることになります。そして、足並み
の揃わない、第二小隊を取りまとめるためにも、あなたには他の隊員との協調を培ってもらわ
ないとならないわ」

 

「……確かに進士よりか面白そうだがな。俺が協調するだと? 笑わせんじゃねえ」

 

「笑い事ではありません。レイバー小隊は、イングラムは決して合体なんかしないけれど、い
ざという時に三位一体の活動ができて、はじめて真価を発揮できる。
 そのための方法をあなたは知っているはず。そう、ゲッターロボを操った流竜馬なら」

 

「後藤が喋ったのか」

 

「ええ。南雲隊長と一緒にあなたの秘密を聞きました。理屈で、どうしてこうなったのかなん
て解るわけないけれど、きっと縁あってのことよ。もしかすれば、ゲッターロボがあなたに何
かを求めてこの世界へやってこさせたのかもしれないわよ」

 

「ゲッターが俺に求めた……」
「ええ。ゲッターは不思議で強大な力をもったロボットなんでしょう?」

 

「正しくはゲッター線、だ。メカの方は単なる器で、核になっているのは意思を持っていると
目される、エネルギー体としてのゲッター線。まああんたにゃ関係の無いことだが……」

 

「関係無いってことも無いでしょう。あなたがここに居るのがゲッター線の意思なら、特車二
課のもとで働くことに、何か意味があるのだと思うわ」

 

「だから、本気でやれってのか。なんだかよ……てめえといい、後藤の野郎といい、うまいこ
と言って俺を乗せようとしていねえか」

 

「悪く見ればそうなるけれど、ここまで来たのなら男一匹、乗ってみても良いんじゃない?」

 

 どうかしら、と胸の前で腕を組む熊耳は微笑をつくる。まるで相手が自分の言うことを必ず
承諾すると確信しているようだった。
 それが竜馬にも解ったので、どうにも鼻持ちならなかったが、確かに今の状況では自分が突
出しているだけで、他の人間がモノになっているとは言い難いのは事実だ。

 

 野明はイングラムをペット扱いしているし、太田と香貫花は技術も効率も無視でひたすら暴
れたがるだけで、進士と山崎は臆病なことが各々の才能を殺している。遊馬も頭は悪くないよ
うだが、まだガキだ。いざ実戦となると、あらゆる意味での経験不足が露呈する。
 そんな有様だった。

 

 これではとても、第一小隊の精鋭たちにはかなわない。
 石和巡査部長などは柔道の他、空手も嗜むというので組手をしてみれば、なかなかの実力者
だったし、他のレイバー操縦担当である古賀巡査や田中巡査も旧い機体をよく操る。なにより
覚悟の程というものが違った。彼らは場合によっては命を落とすこともある、という警察官の
職務をよく理解している。
 その点においては、ここでの生活をあくまで元の世界へ帰るまでの仮住居に過ぎない、と考
えている竜馬も敵わないものがある程だ。

 

 そんな連中へ少しでも近づくには、並大抵のことでは通用しまい。
 それこそ、かつてのゲッターチームが見せたような団結が必要だ。隼人に武蔵、そして弁慶
――やつらに置いただけの信頼を、果たして俺は野明たちへ託せるか。

 

「……乗ってみるか」
「そうそう、その意気よ。あなたが小隊を引っ張るなら、恐いものなんてなくなる。私もお手
伝いするわ」
「だからって馴れ合うのは御免だぜ。訓練会でもやるってんなら話は別だがよ」
「そうね、まずはそれから始めるのが良いと思うわ」

 

・・・

 

 やがて、熊耳武緒就任の報せは二課全体に行き渡り、特に配属先の第二小隊はにわかに活気
づいてきた。

 

 成績優秀の巡査部長が進士に代わって竜馬のバックスに着くというので、これで少しは手の
付けられない竜馬が大人しくなるか、と思われたからだ。
 なにせ竜馬は大物・榊とも平然と喧嘩をし、出動先ではあわや犯人を殺害してしまいそうに
なる輩である。普段は戦力になるものの、なにが切っ掛けで惨事を引き起こすか、解ったもの
ではない。
 3号機バックスから、2号機補佐に回された進士も、落ち込むというよりは安堵がつのって
いるという風情だった。

 

 さらに竜馬が熊耳と組んでの初出動の際……なんと「指示に従った」という事態が発生し、
それが知れ渡ると、熊耳巡査部長には一種の尊敬と信頼の眼差しがあつまった。
 そしてなぜ、従ったのだとインタビューされた竜馬からは「あの女はできる」の一言。

 

 すごい人物が来た。
 これでもう安心だと。
 だが、しかし。
 彼らに安寧が訪れることは無かった。

 

 とある日の休憩時、オフィスで熊耳が第二小隊一同を招集する。なにかなにかと集まってき
た隊員たちに向かって熊耳は隣に竜馬を引き連れて、もったい付けた。
 部屋全体に、嫌な予感という名の空気がたちこめていく。

 

「さて……皆。私も少し慣れてきたので、今日からトレーニングを強化したいと思います。レ
イバーでの訓練から始り、柔道剣道、ランニング。これら全てについて目標を……」

 

 言いかけて、ずい、と竜馬の背を押しだした。

 

「流巡査に設定します! 皆、少しでも彼に追いつけるようにね」
「んな無茶な! レイバー素手でなぎ倒すような奴にどうやって追いつけっていうんです!」
「でも同じ人間でしょ? 努力次第で、差は縮められるわ」 
「そいつは人間なんかじゃありませんぞ巡査部長!」
「おいてめえ太田、あとで覚えてろよ」

 

 竜馬が他の隊員たちと協調するにあたって、大きな障害となるのは、やはりかけ離れた身体
能力だろう。ならば、まずは基礎トレーニングを強化することによってその差を少しでも埋め
ていく。
 まあさすがに野明たちにレイバーを倒したり、空高く跳躍したりだのは不可能だろう。熊耳
だってそんなことは出来ない。
 せいぜい、柔道で太田やひろみをも圧倒できる、という技術があるぐらいだ。まあそれだけ
でも十分凄いのだが……竜馬が桁外れなせいで霞んでしまう。
 よって、訓練の大きな目的は彼の持っている空気に馴染む、ということに尽きた。

 

 それがためだけに、野明や遊馬は柔道のたびに空中へ放り出され、太田や香貫花はランニン
グで意識混濁の目に逢い、山崎などは木偶の坊よばわりされて泣いてしまうし、進士は胃薬の
量が減るどころか増えてしまった。
 熊耳だけがギリギリの状態で耐えていたが、竜馬は余裕をかましているからたまらない。こ
んな化物にどうやって追いつけというのだ。

 

 これでは単なるイジメである。
 それを誘発させているのは言い出しっぺの熊耳であり……これはとんでもない鬼教官が来て
しまった、と隊員たちの彼女へおける視線は一変した。
 ただ、それでも……。

 

「……こりゃ、すげえな」
「どうしたの遊馬?」

 

 トレーニングが終了し、PCの前に座る遊馬が先ほどよりなにやら解析作業に勤しんでいる。
その画面には幾重もの窓やフレームが表示されており、コンピュータソフトの知識が無い人間
には、何が映っているのか見ても解らないものだった。
 ただ遊馬の驚きようを見るに、なにかとんでもない結果が表示されているらしいことは確か
である。

 

「リョウトレ(竜馬式トレーニングの略)が始まる前と、以前のイングラムの動きをシミュレ
ートした結果を比較してんだ。見てみろ」
「数字が沢山映ってる」
「……簡単にいうとだ。太田機は以前の1号機並に、お前の機は当然その上に行ってる。この
短期間にだ。原因は間違いなく、トレーニングの結果だぞ」
「え……それって凄いじゃない!」
「だから、そう言ってんだろ。一時はどうなるかと思ったが、おタケさんのしごき、耐えてみ
るのも悪くないかもしれんな」
「おタケさん?」
「熊耳さんに愛称をつけてみた」
「なるほど。リョウトレ効果ありかあ……嫌だなぁ、そのうち私も筋肉ムキムキになっちゃっ
たりしないかな」
「ボディビルやってんじゃないんだから心配すんな。ま、それはそれとして、こうして我々も
日々スキルアップできる事が証明できたのだ。そのうちおタケさんや、竜馬さんにも一泡ぐら
いは吹かせてやりたいもんだよな」
「どうやって?」
「万能の人間なんているわきゃない。なにか弱点があるはずだ、そいつをなんとしても見つけ
てやろうぜ! そうすりゃ俺たちの結束も固まるってもんだ」

 

 遊馬が席を立つと不敵に笑う。
 ここしばらく筋肉痛に苛まれていたが、超回復を果たしたらしく、すこしばかり逞しくなっ
た腕を掲げ、あまり素晴しくない目標を掲げるのだった。

 

表題へ 真ゲッターの竜馬がパトレイバーに乗るようです
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