第二章 隼人!

Last-modified: 2012-05-01 (火) 21:08:38

 早朝。
 春の暖かくも、黄砂にやや霞む空のもと、回転灯瞬かせるイングラム1号機がリボルバー・
キャノンを脚部ハッチから引き抜いた。
 一寸先には、大胆にも朝陽の中で銀行の現金輸送車を襲った、強盗レイバーが一機。
 本庁はこれを、環境保護を名目にテロを繰返す犯罪集団「地球防衛軍」の手によるものと判
断しており、恐らくは活動資金の入手を目論んだと思われる。
 とはいえ……これでは、捕まえてくださいと言っているようなものだ。ただでさえ目立つレ
イバーを、隠密性が要される行動の一旦に使おうとは……。
 犯罪者たちは、容易く一九六〇年代の三億円事件を再現できるほど、日本の警察が無能だと
思わないことだ。
 今回、出動した第二小隊をはじめ各機動隊、および捜査員の意思は、その一文を以て統一を
見ていた。

 

「野明、照準修正しろ。右下角度コンマ2だ」
「了解」

 1号機から少し離れた位置に立つ、3号機の竜馬から野明へ指示がとぶ。
 地球防衛軍の使ったレイバーは純然たる作業用であり、それのごときが格闘戦に特化したイ
ングラム二機を相手取れるはずもなく、あっという間に河川敷まで追い詰められ、袋のネズミ
となっていた。
 が、さながら手負いの獣のように最後まで守り通した右腕には、大型ウインチの射出機構が
備わっており、使いようによっては凶悪な飛び道具となる。このまま格闘戦へ飛び込むのは、
少々ためらわれた。
 こんなときこそリボルバー・キャノンの出番だ。
 珍しく、常識的な判断での使用であった。
 それができたのは、自他含めて破壊活動が大好きな太田と香貫花の2号機が、絶賛修理中で
あり、待機中であり、自業自得の最中であったからである。
 天祐というべきか。

 

 おかげで竜馬に任せれば、現在まで何度かの出動で見せた、格闘も射撃のセンスも空自の教
導隊員並かそれ以上、と思わせる必殺率の一撃でケリがつくはずだった。
 が、後藤は今回あえて射撃任務を「やりづらい」と嫌う野明に指定した。
 理由はふたつ。

 ひとつは、この安全な実践を利用して、野明の射撃技能向上を少しでも図るため。
 そしてもうひとつは……

 

「発射!」

 ズドンッ、とすこし離れた街中へとまで巨大な炸裂音が轟いた。伊達に、リボルバー・キャ
ノンの名を冠してはいない。使い勝手の悪い得物だったとしても迫力は異様にある。
 同時に、強盗レイバーがウインチを発射するが、三七ミリの弾丸に脚部駆動関節を撃ち抜か
れて、その場へ擱座した。窮鼠猫を噛むつもりだったのか。しかし無駄な抵抗だ。
 対して1号機、発射した直後にわずかに身をよじって、迫るウインチを回避したが、肩にあ
る回転灯の張り出しまで気が回らず、ガシャン、と左肩回転灯へ接触、破損させてしまう。
 その音に「あ゙ーっ」と、野明の悲鳴があがった。

 

「任務完了だな、野明」
「ああ、嫌な音がしたぁ……竜馬さん、あたしの1号機どうなってる?」
「パトライトがぶっ壊れた。それだけだ」
「ぐぬぬ。射撃はうまくいったのにぃ」
「いいじゃねえか。それよりこの変な新ヘッド、性能は悪くねぇぜ。イングラム同士のデータ
リンクも調子がいい」

 

 もうひとつは、強化された3号機の性能をテストするためであった。
 詳細は後述するが、強化部位は頭部センサーであり、もともと巨大なブレードアンテナを装
備して高性能だったイングラムがもつ「目と耳」の進歩は、竜馬の異常なまでに鋭い知覚を最
大限に発揮させ、彼に限っては指揮車いらずといってもいい状況を呈していた。
 だが、弊害も少なくない。
 それはおもにバックス担当の、精神的な面においてだったが……。

「もう3号機には、指揮車なんぞいらねえな」
「な、流さん、それは酷いですよ! 僕だって頑張って指揮しているっていうのに……」
「だがな進士、お前は遅すぎる。なんでいつも、俺が相手を黙らせた後に指示を送ってきやが
るんだ。意味がねえだろ」
「それは流さんが、僕が指示するより早く動くからじゃないですかっ」

 

「それで問題が起きたか?」
「……い、いや……今までは……流さんの咄嗟の判断が正確なのは、事実ですけれど……」
「正確じゃなきゃ戦場では生き残れねぇんだよ。まごついていりゃ、つけ込んでくるのは敵だ
ぜ。いつも今回みたいなマヌケが相手って訳でもねえ」
「ですから流さん、僕らは警察で、戦争やってるわけじゃないと言っているじゃないですか」

 

「御託はいい。制圧目標があって、味方がいる。そしてどんな場合も、勝つには先手を取るこ
とから始まるんだ。だが、お前に指揮を任せると、たいがい後手に回るじゃねえか。だったら
勝手に動いた方がマシだ」

「それは確かに、そうかもしれませんけれど……」
「そうかもしれません、じゃねえよ。自覚があんなら、ちったぁ感覚を研ぎ澄ませろ。それま
で、俺はお前の指示なんて聞かねぇぜ」

 

 竜馬に叱咤される進士は、指揮車の中でうなだれた。
 そう、たしかに竜馬の判断はいつも的確で素早い。進士が見落とした、犯人の隙をあっとい
う間について沈黙させるというのが、これまで3号機組が出動した事件のほとんどの解決パタ
ーンなのだ。
 進士のやった事といえば、後方視界の悪いイングラムのバックモニターがわりになるぐらい
であり、実質、竜馬ひとりで戦っているようなものだった。
 おまけにあとから分析してみると、仮に進士の指揮へ完全に竜馬を従わせた場合、予測され
る被害は拡大する結果に終わっているから反論もできない。
 そして、そんな3号機の成績は第二小隊のチームの中でも断トツであった。

 

 1号機組が各々の欠点を補い合っているものの、不慣れで、いまは成長を待つ段階であり、
2号機組は暴走する太田を、香貫花がそれ以上の暴走を以て呑み込み、相乗効果で力任せに犯
人を叩きのめしている(そのせいで出動の度に、街も装備も被害は甚大だ)と、他のチームは
足並みが揃っている割に、効率があがらないことに対して、3号機組はじつに対照的なのだ。

 というよりも、あまりに竜馬が高性能すぎた。おかげで出番の無い進士はここしばらくの間
で、すっかり意気消沈してしまっており、そのうえ追い打ちをかけるように3号機のセンサー
強化と来ている。
 必要ない、とまで言われ打ちひしがれた姿は、少々哀れであった。
 しかし、今はそんな進士を置いておかねばならない。
 話を戻して強化された3号機について、解説が必要なのだ。

 

 さて……。
 つい先日、イングラムの後継機開発に勤しむ篠原重工は、新型機の開発研究一環としてECCM
機能(ジャミング対策)と各センサー能力の強化に加えて、内臓コンピュータの計算速度も向
上させた頭部を試作した。
 これがトライアル評価の上々だったことと、98式AVに互換を持たせた設計であったことと、
それなりに開発費が掛かったこととで、せっかくだから現場でのデータ採取をしたい、という
要望を警察へ出したのだ。
 その意思はみごと汲まれて、一番、成績の良いパイロットの機体へ新型頭部は下賜された、
という訳である。

 

 これによって3号機は今し方見せた、イングラム同士のデータリンクを高速で行う能力を会
得し、さながら管制機のような役割をこなすことも可能になったのだ。
 なお開発段階ではECCMの強化にあたって「攻撃は最大の防御」の理論にならい、いっそ、
ECM機能を搭載してしまおうか、という意見も出たが、いくらなんでも街中で日常的に使用さ
れるレイバーの装備では無いだろう、という事でお流れになった。

 見た目も変わっており、イングラムのバイザー部分にすっぽりと円錐型の筒をかぶせ、その
突起部分を垂直にカット。そこへ固定式アイカメラを埋め込んだような形状であり、見た目か
ら竜馬は一つ目小僧という愛称をつけたが、まさしくそんな感じだった。

「3号機、格好悪くなっちゃった」と少々、市井のパトレイバー好きな少年たちと野明からの
受けは悪い。竜馬はまったく気にしていなかったが。

 

・・・

 

 数刻の後。出先から撤収してきた第二小隊は、休憩の時間に入っていた。朝方の出動だった
ので、ちょうど昼時に間に合った感じで、一行は順当に終わった本日の任務にわりと満足して
上海亭への注文をまとめている最中だった。
 ただし、1号機の肩にまたがる野明以外。

「あ~あ……」

 そんな彼女は、まるで転んだバイクを前に
「カウルはバキバキ、ペダルとレバーは折れ曲がり、エンジンヘッド殴打、オイルは噴出。修
理代十万円コース、俺の傷心はプライスレス……」
 と、がっくりしているライダーのように、壊れた回転灯を観察している。
 そこまでひどいダメージではないにも関わらず。本日二人目のうなだれさんとなった野明の
眼下に、3号機を降りた竜馬が近づく。

 

「なにをやっている」
「回転灯、壊しちゃったから……」
「どうってことねえだろ、そのぐらい。すぐ直る。違うか遊馬」
「ああ。部品代だって安いもんだし、がっくりするには早いぜ。太田機を見てみろよ野明。あ
あなったら反省してもいい」

 親指でくい、と指される2号機はまるで、どこかのあんパンで出来たヒーローのごとく顔が
変わっていた。
 遠慮というものを知らない太田と香貫花は、出動の数回に一回は機体を大破全損させ、小破
などはほぼ毎日、頭部は首狩り族でも相手にしているかのごとく、ポンポン切り離される、と
サラリーマンが見たら、首筋が寒くなるような醜態を見せているのだ。
 そんな様だから、あっという間に2号機用の予備部品は底をついた。
 仕方なく3号機の余った旧頭部を回して取り付けたら、その日の内に大破させ帰ってきたの
が昨日のことだ。
 今日の出動で2号機組が動けなかったのも、そのせいだった。

 

 これだけやらかしても太田は「現場の判断だ!」と言い張るし、香貫花は「だから被害は避
けたわよ。可能な限り!」と豪語するから、たまらない。
 榊ひきいる整備班の怒号が、何度も響き渡ったのは、言うまでもあるまい。
 太田と香貫花は、二課棟のグラウンドを何周もするのがもはや日課になっているが、最近は
体力が向上してしまって、罰になっていない。
 周回数を増やしても、恐らくいたちごっこに終わるだけで他の任務に差し支えるだろうこと
から、榊も半分、諦めの境地にいたほどだ。

 イングラムの頭部パーツは、肉眼(アイカメラ)たる、ボールセンサーをはじめとして人間
同様に精密機器の塊で、もっとも金のかかる部位なのに、よくまあ、こうも破壊してくれるも
のである。
 結局、竜馬に譲ってもらった元3号機の頭部もオーバーホール不可能の破棄扱いになり、2
号機はとうとう首無しレイバーになってしまう。

 

 しかし、このまま遊ばせておくわけにはいかない。
 納入して一ヶ月とそこらで稼働不可能になりました、などと本庁に知られたら、人員の純削
減、下手をすれば第二小隊が再編成されかねないのだ。
 さしもの後藤も頭痛を感じたが、それでも自分の選んだ部下はこれからだと信じている。彼
は2号機を復活させるため、篠原重工八王子工場に単身出向き、

「お願い。飾りでもいいから頂戴。お礼はきっとするからさ」

 と、知り合いに泣きつき頼み込み、98式AVと互換性のある頭部試作品のひとつを回してもら
ったのだ。
 無論、3号機に搭載された開発費のかかっているそれとは違い、従来の頭部へ二重のバイザ
ーを仕掛け、耐久性の向上実験を行っていただけの単純なものである。
 見かけは二重バイザーのせいで、1号機や3号機に比べてずいぶん顔が分厚いというか、頭
でっかちな風貌になってしまっている。
 どこか、太田を彷彿させる風貌でもあり

 

「ペットは飼い主に似るとは、このことか」

 と、整備員たちは各々悪口を言いあったものだった。
 この頭部、バイザーが分厚くなっているが、センサー類の能力は据え置きなので、カメラア
イから得られる映像が悪化していたり、あまり精度の高くない部品を使っているので天候によ
っては結露しやすく、前が見えなくなる可能性があるだとか、試作品らしい改善点が多い代物
なのだが、

 

「あのバカに緻密な情報など必要ない。それにイングラムには有視界モードもあるのだ。カメ
ラが機能しなくなったら、座席を上昇させて対応すればいい。雨の日に対応できない? 心配
するな、雨があたる部分は防水仕様になっている。まあ乗員は濡れるがな」

 ということで、そのままになっている。
 実際、太田は頭部を破損する前も後も、センサーに頼る部分が大きい射撃以外の動作は変わ
らないので、その評価は正鵠を射ているといえた。

 

「俺の3号機の頭まで壊しやがって、あの野郎……」
「あ、竜馬さんも機体に愛着あるんだ。なら解るでしょ、この気持ち」
「お前の猫かわいがりとは違ぇよ。必要なら俺は無茶な動きもさせる。ただ、現場で命あずけ
てるメカな訳だからな。そいつを信用するためにも、大事にはしているぜ」

 言って、竜馬は自らが長く愛機としてきた、ゲッター1のことを思い浮かべた。一番旧型の
ゲッターロボ。それで過去の月面十年戦争も闘い抜いた、自らの青春が詰まった機械。
 もう何機かは潰してしまったが、少数ながら機体は量産されている。まだ、どこかに残って
いるはずだ。
 戦場に帰る時が来たら、またゲッター1に乗るつもりである。
 不足する性能は、改造して補えばいい。たとえ真ゲッターやドラゴンが敵に回るとしても、
恐れはしない。
 すべてゲッタートマホークで叩ききってやる。邪魔な奴は、ゲッタービームで焼き払う。

 

 ――それまでは……このイングラム3号機が練習機であり、俺の相棒だ。チャチなロボット
だが動きは悪くねえし、格闘のコツ自体はゲッターロボと同じだ。

 

「あたしだって信用してるよぉ」

 そんな竜馬の回想を、野明のつぶやきが隅へ押しやる。目に映る景色が、現実のものとなっ
て帰ってきた。
「……」
 この小娘はどうも自らの手足とするべきマシンを、ただの愛玩動物かなにかと勘違いしてい
る節がある。
 スジは悪くない様に見えるが、いかんせん、自分が戦闘を行っているという自覚がない。
 たとえこの日本が平和であろうと、レイバーで格闘する以上は、もし運が悪ければ明日にも
死ぬのだ、という現実が見えていないのだろう。
 太田や香貫花みたいに、単純に暴れられれば良しとするのもどうかとは思うが……今のとこ
ろは、野明よりマシだと竜馬は思っていた。

 

「どうかな」
「何が?」
「お前はイングラムを信用しているらしいが、イングラムの方は解らねえぜ。搭乗者が信頼な
らないと思っているかもな」
「……!!??」

 まことに精通した機械とは、それこそ長年の戦友のように阿吽の呼吸で通じ合える。良い点
も悪い点も、知り尽くし、機械に合った動作をすると、結果として機械の側もだんだんと人間
に馴染んでくるものだ。
 それが機械を信用し、信頼されることだと竜馬は考えていた。
 まだ野明には解らないかもしれないが、と。
 しかし彼女の反応は、

「い、イングラムって自立思考機能があるの!? 知らなかった、スゴイ!! ねぇねぇどうやっ
たらこの子とお話できるの!? 教えてよ竜馬さんっ」

 

 竜馬の考えの、ナナメ上四五度をてっぺんまで突き抜けていた。
(そんな機能はゲッターロボにだってありゃしねえよ。いや、ゲッター線の力なら、或いは機
械にも意思を持たせるかもしれないが……)
 あきれ果てる。

「遊馬、俺はメシ食いにいくぜ。お前の家のメカの説明は、お前に任せた」
「……えっ? いや、竜馬さんそりゃないぜ。俺がなにしたっていう」
「じゃあな」

 竜馬はサジを遊馬へ投げると、上海亭からとどいたチャーハンを食いに、格納庫を後にして
いった。
 あとに残されたのは、コンピュータのコの字も解らないのにパソコン教室へやって来たおば
あちゃんに、悪戦苦闘しながら解説をする指導員、といった風情の遊馬ただひとり。
 たぶん彼のチャーシュー麺はのびてしまうであろう。

 

・・・

 

 そしての食後。
 一服をとる特車二課の隊員一行だったが、その中で太田だけが隊長室に討入り、がおがおと
持論をぶちまけ騒いでいた。
 休憩を邪魔されてたまらないのは後藤と南雲である。

 

「隊長、自分は異議を申し上げます! リボルバー・キャノンの使用制限なぞをするから、せ
んでもいい格闘をせにゃならんのです! 壊すな、というのは無理な相談であります!」
「だから威嚇射撃は許可してるじゃないの」
「空砲では役に立ちません!」
「でもさ。泉はそれで、そこそこ成果上げてるよ」
「流はどうなんです! あいつも実弾を撃っているではないですか!!」
「あいつが撃つのは、絶対に当てられるっていうシチュエーションだけだよ。基本的には電磁
警棒での格闘で成果をあげてるし、だいたいお前さんみたいに壊さん」
「ですが……! 隊長ぉ!」
「太田巡査!!」

 

 後藤にいくら論されても、リボルバー・キャノンの使用許可の吟味が厳しいことに異議を唱
える太田は、なおも食い下がろうとする
 参ったな……という顔を作る後藤だったが、そんなところへ南雲の横やりが入った。
 権威を振りかざした女警部補、という表情をわざとらしいぐらいに、あからさまと張り付け
ていて、それを見た太田が瞬間に凍り付く。
 基本的に権威には弱い男なのである。

 

「銃器の使用許可云々は、警視庁が適切たる考慮の下制定していることです。一介の巡査が口
をはさむことではありません! たとえ現職の公務員であろうとも、看過できぬ狼藉を働けば
公務執行妨害となりますよ。逮捕されるのが嫌なら、ルールは守りなさい」

 

「そんな! 南雲隊長、自分は事件の早期解決を図って……」
「今は休憩中です、討論をする時間ではありません。太田巡査、退きなさい。命令です」
「ぐぅ……りょ、了解しました……」

 と、南雲に一喝された太田は、蛇に睨まれたカエルのごとく縮こまって、すごすご退出して
いった。二度目になるが、基本的に権威には弱い男なのである。
 外では、香貫花が待っていたらしく「何やってるのよバカ」と声がした。
 まるで困った部下を引き連れにきた、とでも言いたげな声色だったが、太田が暴走する原因
の半分は「構わないから撃ちなさいッ」だの「躊躇している暇があったら突撃ッ」等々、彼を
けしかける香貫花にある。
 南雲にしてみれば「貴女も十分にバカです」と言いたい所なのだが……双方とも反省はなさ
そうだ。

 

 太田と香貫花のコンビは、相手がなんでも怯えることのない度胸と、即断即決の指揮が合わ
さった高い士気が常と保たれている点は素晴しいのだが、その代償なのか二人共「見敵必殺」
が行動指標だという、非常に困った共通点があった。
 これではほとんどバーサーカーである。

 竜馬でさえ……人間としての性格は、二人より遙かに狂暴であっても、任務時は最小限の消
費で最大限の行動を行う、といった具合なのに、このコンビはまったくおかまいなしである。
弾があれば、あっただけ撃ち尽くす。
 第四機動隊がもてあました、という噂はどうやら嘘ではないらしい。
 これは、公正するまで時間がかかりそうだ。

 

「ふう」

 まあ。
 とりあえずのいまところは、大声から解放されたことで良しとしよう。後藤は南雲へ頭をか
きながら、中年スマイルをつくって謝意をしめす。

「いやぁ、助かったよしのぶさん。ありがとね」
「これは貸しにしておくわ」
「……また松屋?」
「太田巡査の追い払いぐらい牛丼でいいわよ。でも店の中は嫌だから、お弁当でお願いね」
「おや、あの店が良いのに」
「なかなか価値観が合わないわね」
「ですなぁ……」

 

 とんとんと相づちを打ちつつ、後藤は例の如くサンダル履きと腕まくりの姿で、窓際へ立っ
た。どうやら考え事をしているようだが、なににせよこのポジションは落ち着くらしい。
 その背中を見て、コーヒーを胃に下した南雲が声をかけた。

「また考え事?」
「あ、考え込んでいるようにみえた?」
「後藤さんは、ぼうっとしている様で、頭の回転が速いお人ですもの」
「皮肉だなぁ……ま、考え込んでましたよ。シフトの問題でね」
「太田巡査かしら。それとも流巡査」
「両方」
「なら、当面の問題は流巡査の方ね。太田巡査と香貫花巡査の問題は、熟練していけば解決で
きる事だけれど、彼の場合は逆だもの。いつも一匹狼というんじゃ、チームとしては進歩のし
ようがないわ」

 

 言い、南雲はコーヒーカップの口をティッシュで拭った。それを見て後藤が「うん」と短く
返す。
 ……第二小隊が発足されてから一月と少しが経った。
 各隊員も二課の水にも馴染んで来、それぞれのチームワークを醸成しはじめたが、竜馬だけ
がその枠から外れているのだ。
 もちろん日常的には各隊員や、榊をはじめとした整備員とも付き合いはしているが、いざ任
務になると、その本性が出てきてしまう。

 竜馬の行動は、基本的に他人をまったく信用していないのだ。これではパートナーシップと
いうものを取ることができない。
 それでも、超人じみた身体能力と、複数台のレイバーに取り囲まれても制圧してしまう、異
常なまでに卓越した戦闘センスのおかげで、たった一人で任務をこなしているが……。

 

「あれじゃ、いつか限界がくると思うのが、ここんところの悩みのタネだ。俺たちの仕事は、
自己完結するものじゃあ無いんだからさ」
「そうね……思うんだけど、指揮に女性をあてれば、少しは変わるんじゃないかしら? 太田
巡査だって、香貫花巡査の言うことは素直に聞くみたいじゃない」

「あの二人に限っては、旧来のコンビってこともあるからね……どうなんでしょう」
「さあ。責任もってどうだ、とは言えないわよ。後藤さんの部隊のことだもの」
「そうなんだよなぁ」
「……コーヒー飲んだら? 冷めるわよ」
「あ、いただきます」

 特車二課の午後は過ぎていく。

 

・・・

 

 そんな変わり種の警察官たちを、朝からじぃっと観察する目がひとつ。怪しまれぬよう、場
所を換えつつ、姿を変えつつではあったが、そのことが逆に、彼らが怪しい連中であることを
証明してもいた。
 二課のグラウンドを見渡せる位置に、ワンボックスのバン。
 車体には「石川運送株式会社」と銘打たれているが、運送の仕事をしているようには、とて
も見えなかった。
 その中から、シーツにくるまった男がハンディカメラのレンズだけを車窓へ覗かせている…
…のだが、午後を過ぎてから、まったく動きを見せなくなった特車二課に焦れたらしい。

 

「もう、今日の出動はなしか」

 声をもらした。
 すると、それへ運転席にうずくまっていた長身長髪の、非常に人相の悪い男が応える。

「どうする? 社へ戻るか?」
「そうするとしよう。課長と相談して、次はなにか細工がしたいしな」

 というと、運転席の男はうん、と頷いてバンのイグニションをオンにした。ドリュリュ、と
使い古しのディーゼルエンジンがかかり、のったりと平和な面を下げて、その場を後にしてい
く。
 あくまで、面だけは……だが。
 そのバンが向かった先は、都内の某所にある高層建築ビルディングだった。

 

「株式会社シャフト・エンタープライズジャパン東京本社」

 

 と、入り口の銘板にはそう打たれている。
 バンは、そこの巨大な地下駐車場へと入っていった。

 さて。
 このシャフト・エンタープライズというのは、欧州、北米、日本の三地域をはじめとして、
中東や東アジアほぼ全域と、南アジアの一部にも本社を置く、ほぼ全世界を網羅する多国籍の
製造企業であり、近くは南米、アフリカ大陸やオーストラリアにも進出が見込まれている。
 その取扱商品は「つまようじから宇宙輸送システムまで」と、極めて多岐にわたっており、
将来、宇宙に人類が進出する時代が来たときに主役を張るのは、きっとこの企業であろうとま
で目されている、地上最大の組織だ。
 当面の課題は、インターネットを初めとする新たに産声をあげた、強力な可能性を秘めた情
報技術により、今後一〇年間で発達してフラット化いくであろう世界経済をむかえるにあたっ
てグローバル化への変遷はいかに辿るべきか、ということであろう。

 

 まあ、大きな心配はない。
 いまやシャフト無しには存続が困難となる国家さえ、いくつも存在するほどであり、仮に世
界戦争が起こったとしても、同社の消滅は事実上有り得ないのだから。
 ただし、それだけの企業でありながら、日本でだけは勢力が穏やかだというのが、この世界
の歪であった。

 というのも、レイバーが世の中に登場してからというもの、物作り分野において日本は篠原
重工をはじめ四菱や菱井、皮崎、目立といった、旧財閥系の企業を背景にした勢力が、戦後の
財閥解体の恨みを晴らさんとしたかのごとく、破竹の勢いで世界へ進出していったこともあり
国内においては、多国籍といえども外資系企業の頭は抑えられる傾向にあったからだ。

 

 それでもシャフトのレイバーは性能が高く、国内にも様々な機種が流れ込んできている。と
いっても、ほとんどはヨーロッパ本社(SEE)製のものであり、残る数台が米国本社(SEUSA)
製で日本本社(SEJ)製のものは、まだ研究段階にあり、一台も市場に出てはいなかった。

 そのあたりには、やはり篠原や菱井が要となっている圧力が存在するのだが、この小説にお
いて企業が抱える闇の物語は深く語らないこととしたい。

 

 ともあれ――。
 舞台はSEJ本社に入り一階ロビー、フロントへ移る。
 そこでは、様々な柄の背広を着込んだサラリーマンたちが、忙しく歩いたり、設置されたソ
ファにくつろぎ、簡易な商談を交したり、そんな彼らを横目に初老の作業服が清掃に勤しんだ
りと、大企業の光景が存在していた。
 そんな中で、フロントの受付嬢に掛かりきりとなって、ジョークを飛ばし続けている男が一
人いた。
 古臭い、おおきな黒縁眼鏡をかけ、七三に分けた髪を中肉中背の身体に乗せた、姿はどこに
でもいる中年なものの、妙にへらへらした態度と表情が、人によっては鼻について見える男だ
った。
 名は内海。
 役職は娯楽・ビジネス用のコンピュータ・ソフトウェアの企画立案、製作販売までを手がけ
る企画七課の課長。
 ……というのは表書きの姿であり、実際はSEJによるレイバー市場参入のための、あらゆる
情報と技術を、合法・非合法を問わずに収集し、また日本各地へ参入にあたっての根回しをす
る任務も課せられた、現在の同社において極めて重要性の高い部署の統括者である。

 

 そんな彼を、アナウンスが先ほどより繰返し呼び出している。二二階にある、第三会議室ま
でお越し下さいというセリフを、必死に吐き続けるが、当の内海は新しく入った受付嬢を笑わ
せることに夢中になっており、気づかない。
 あるいは、気づかないフリをしていたのか。

 そういう人物なので、社ではそれなりに顔も知られており、見かねたサラリーマンの一人が
「内海課長、放送で呼んでますよ」と声を掛けられてやっと、

 

「えっ? ありゃ、本当だあ。まずいまずい」

 と、本当に今気づいたかのような、入念に練習を重ねた演技をしているかのような、どちら
とも取れる態度で、エレベーターへと向かってすっ飛んでいく。
 そして直通のエレベーターへひとり入り、重力の無くなるのを感じながら、あっという間に
二二階へたどり着くと、思わせぶりに背広のポケットに手をつっこみ「にやあ」っとした笑み
を、改めて顔面に張り付けた。
 エレベーターの戸が開く。
 その先が、そのまま円卓を囲んだ会議室となっており、すでに着席していた人種もまばらな
上役たちが一気にエレベーター側へと視線を投げた。
 が、内海はみじろぎもしない。

 

「や、どーも。これは皆様、すでにお集まりのようで」

 などと、減らず口を叩く有様だった。
 これに顔しかめた上役の数人が口々に、
「遅いぞ内海君!」
「なにをやっていたんだ」
 と、社内にいながら遅刻をした人間に、しかるべき叱責を吐いていく。それでも内海は馬耳
東風といった感じに「いやいや、新しい受付嬢と話していたらなかなか放してくれませんで。
色男はつらくて困りますね。いやいや」などと、反省のかけらも感じさせない足取りで会議室
の中央へぶんどると、よりによって円卓へ腰掛けた。

 

「さあ、いっちょう始めますかあ」
「もう始まっとる!」
「ありゃ。で、どこまで行きました?」
「四月分の映像には目を通した」
「じゃあ、五月分をですな……」
「いま、モニタに映っとるのがそれだよ! 君のところが用意したんだろう」
「おおーそうでした。いやね、なにぶん優秀な部下に恵まれているもので、細かい所は僕が覚
えてなくても、どうとでもなるんですよ。あっはっは」

 

 のんきなやりとりをしているが、しかし会議室の中央に設置された大型モニタには作業用レ
イバーとの格闘戦を演じるイングラム1号機の姿に、どうやったのかコクピット部だけを切り
離して乗員を引きずり出す3号機や、例によって撃ちまくっている2号機の、ムービーやスラ
イドが次々と映写されていく。
 なんのために、こんな映像を重役たちが揃って見ているのか……? まさか、偉い方々で警
察の講習会に自主参加というわけでもあるまい。

「それではレディース……は残念ながらいませんので、ジェントルメンズ。私司会の内海が、
解説いたしましょう」

 と、内海は大型モニタへ自らよると、イングラムへ指さし足さし、時には全身で意思を表現
しながらイングラムの優位性を説いていく。

 

 ――これこそが篠原重工謹製、98式AVイングラム! ご覧の通りスグレモノでして……
 ――軽量で俊敏な運動性を持ちつつも、耐久性を犠牲することなく完成されたパッケージ。
 ――新式の超伝導駆動により、抜群の器用さも併せ持ち、指などまるで人間そのもの!
 ――懸垂まで出来るっていうんだから、驚きますねえ。
 ――見てください、この美しさ! なんでも早々にグッドデザイン賞の受賞が決まったと聞
きますけれども、じつに頷ける話でありますなあ。
 ――そして警察という組織が運用している事もあり、桁外れに豊富なパターンデータを持っ
ている……。何よりもの強みです。

 

 等々、まるで自分がイングラムを造った、とでも言わんばかりに他社の製品を褒めまくる。
重役たちには、それが少し面白く無いようで、表情が冴えなかった。
 そんな空気を察知したのだろうか、一通りイングラムの説明と賛美を終えた内海は、ふっと
シラフにもどったかのように態度を一変させた。

「さて、それでは本題。我がSEJがレイバー市場へ参入するにあたっては、あいつを上回った
性能が欲しいのです。と、いうよりも、そうでなくては出遅れたSEJのレイバーなど、誰が見
向きしてくれるでしょう」

 と、一気にぶちあげた。
 重役たちは呆気にとられる。そんなことが簡単にできるなら、とっくにやっている、と。
 円卓の中にいた、最高幹部である徳永専務が低い声色を発した。

 

「……企画七課は、開発の催促をするためにわざわざ警察への張り込みを行ったのかね。そん
なことのために、安くない金を君のところへ投じている訳では無いのだぞ」
「解ってますよ、そんなこたぁ。僕だって大人ですからね……徳永専務、僕は篠原の技術やシ
ステムに今すぐ追いつけなんて、一言もいってやしませんよ」
「……ン?」
「要は、性能の一部がイングラムを追い越したレイバーを作れれば良いんです。つまり使われ
ているOSの普及度だとか、価格だとかの、諸処の問題はさしあたってカンケイがない」

 

「……君は要するに、大衆車の市場に食い込むには、レーサーマシンでパフォーマンスへ臨め
というのだろう。かつてホンダ技研が採った方式だな。だが君はひとつ勘違いをしている」
「といいますと?」

「レイバーには、F1だのWGPだのの、世界選手権など存在せんと言っとるんだ。仮に採算度外
視で高性能なレイバーを造れたとしても、市場のフォーマットを無視した、経験値が空っぽの
機械に何ができる」

「ふふ……そこですよ、そこ! レイバーが単なる作業機械の枠を抜け出し、これだけ脚光の
浴びる存在となっても、いまひとつ航空機や船舶、自動車に打ち勝てないのは、華々しいアピ
ールの舞台が存在しないからだと、僕は考えますね」

 

「……ふん。ではなにか、君はSEJが主導となってレイバーのプロレス大会でも開催しろとい
うのかね」

「うーん、近いなあ。でも残念、そんなことをやっていちゃあ、いくら時間があっても足りな
いし篠原さんや菱井さんを出し抜くのも、難しい! 専務、ぼくはイングラムを超えるレイバ
ーが作れればいい、といったでしょ」

「内海……なにを考えている」

「ま、皆さん。じつは今日地下の特設ハンガーに面白いものを用意してあるんです。まずはそ
ちらをご覧になってから、話の続きをしようじゃありませんか」

 

 と、内海はまくしたてると重役一行をぞろぞろ引き連れ、エレベータを地下へ向かわせる。
自分よりもはるかに上の役職の人間を、こうも容易く動かしておいて、少しも畏れを見せない
内海という男の性根は、相当にすわっているといえた。
 やがて、エレベータは地下へたどりつく。
 換気は十分にされているが、コンクリートが打ちっ放しになった空間特有の、妙な埃臭さが
入ってきた人間の鼻をつき、中には掌で顔を覆う者もいた。
 その中で、シャッターに閉ざされたガレージへ内海は一行を案内する。
 周囲にいたツナギ姿の作業員に、彼が合図をするとシャッターはゆっくりと上がりはじめ、
中の物体が明らかになっていく。
 それは……

 

「内海……これは!」
「そうです、ご存じでしょう? 今年のあたまにSEEの連中が完成させた、新型レイバー
『TYPE-7ブロッケン』です。うん、やっぱり兵器ってのは格好良い!」

 にこにこする内海の頭上に現れたのは、さながら中世西洋の全身甲冑をそのまま、レイバー
としてリファインしたかのような、重厚かつ荘厳なイメージを抱かせる、完全人型の軍事用レ
イバーであった。
 運動性は決して高くないし、火器も専用のものを携行する程度の器用さしか持ち合わせてい
ないものの、その出力は極めて高く、あくまで警察用であるイングラムであれば、体当たりで
吹き飛ばせるほどのパワーを備えている。
 まだ全世界で数十台しかロールアウトされていない、最新型の軍事用レイバーだ。

「こいつをイングラムにぶつけて、経験値を積ませてみようと思います」
「内海!! こいつは純軍事用レイバーだぞ、こんなものを、どうやって日本へ入れた!?」

 

「……このブロッケンもなかなか良いレイバーでして、西ドイツがさっそく国境警備用に導入
したのは皆さんもご存じのこととは思いますが、どうもトラブルがあったらしくて、何機かが
受け渡し前に、盗難被害にあってしまったようなんですよぉ。
 噂ではバラバラにされ、どこかに密輸されてしまったとか! いやいや、SEEも赤っ恥、大
損ですなあ」

 へらへらと、内海は恐ろしい真相を稚拙な誤魔化しで話した。
 要するに裏金・恫喝・ハニートラップ等、使える手段はなんでも使って、SEEからブロッケ
ンを何台か強奪してきたというのだろう。
 この時点で、すでに政治犯ものの犯罪であるが、そのうえでこれをイングラムにぶつけるの
だという。

「貴様……警察に、いや日本政府に喧嘩を売る気か」
「そうですが、なにか」
「企画七課のやり方は乱暴すぎる、お国柄というものを考えろ!」
「そうだ、君が以前いた香港とは違うのだぞ」
「こんなことで政府に睨まれることになったら、企業の信用というものが……」

 

 上役たちは口々に制止の言葉を吐く。
 もっとも内海は最初から、そんな発言を聞くつもりなどないのだが……。

「なあにケツの穴の小さい事いってるんです。そんなこっちゃ、これから先の時代を生き残れ
やしませんよ?
 さて、それはさておきブロッケン。なにぶん実戦を経験していないものですから、コンピュ
ータの学習値はゼロです。あくまで国境警備用での導入だから、演習での育成も時間がかかる
でしょう……そこで、我々が一足先にこいつを使って、イングラムと決闘させることで短期間
に大量の実戦データを採る。それとブロッケンの解析データをベースにした、SEJ独自の超高
性能レイバーを造るわけですよ。それに……」

 

「それに?」

「あわよくば、イングラムを破壊し、システムデータをまるごと頂戴する! ちょっと難しい
ですが、実現すれば開発費はほとんどタダで、世界最新の技術が手に入るわけですわ」

「ふん……まるでルパン三世だな。だが内海、こいつは赤ん坊同然なのだろう。それが豊富な
実戦経験をもつイングラムを相手にできるのか?」

「腐ってもこいつは最新型の軍事用です。頭は悪いですが、力は相手の数段上……やり方はい
くらでもありますよ。さらに、少し前に天才的なレイバー乗りを確保しましてね。我が企画七
課の、新戦力として働いてもらうことになりました」

「なに、人事部からそんな報告は受けていないぞ」
「そりゃそうでしょう、僕が勝手に採用した人物ですから。書類などは後から製作しようと思
っていたのですが、先だって、徳永専務にはお知らせしておきますね」
「ふ……ふざけるな! 社は貴様の遊び場ではないのだぞ!」

 

「しかし、本当に凄いんですよ。旧式のレイバー90で、キュマイラ三機を一度に屠るほどの腕
前でして、しかも不死身かというほどタフ。さらにコンピュータプログラムに関する知識も超
一流で、うちの緑川でさえ根を上げるぐらいなんですよ。今まで、どうしてこんな才能が埋も
れていたのか、不思議に思えるほどの逸材です」

「……名前は?」

「神隼人といいます」
「ジンハヤト?」
「ええ、神様のジンに、薩摩隼人のハヤト」
「そんな得体の知れぬやつを……大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ですよ。だいたいシャフトにしてみれば、僕だって十分、得体が知れない社員でしょ
うに」

 

 へらへらと語り続ける内海に、徳永をはじめ重役たちはついに押し黙った。
 やってよし、とは言えないものの、その行動を邪魔したり、文句を差し挟むことはしないと
いう意思の表われだった。

 理由は、ひとつは内海の提案そのものは、SEJにとって……すなわち自分たちにとって、魅
力の大きいものであった事。そしてもうひとつは、この内海という人物を、権威でもって止め
ようとしても、止まるものではないという事。
 さきほど内海は「自分も大人だ」と、うそぶいていたが、いちいち大仰な仕草や発言を好む
ところを見れば推測できるように、実際は非常に幼稚な部分を抱えたまま、歳を重ねた人間で
ある。
 子供のように屁理屈を押し通していく、という厄介な癖があって、しかしそれを実現してし
まうだけの行動力と知識に、頭の良さを兼ね備えている。
 それゆえに、実力主義が基本となる多国籍企業では抜きんでる男でもあった。

 

 ならば、ここはまずやらせてみよう、と重役たちの意思は一応の統一をみたのである。成功
すればよし。失敗したのなら、容赦なく切り捨てればいい。
 その時にもし、国家権力へかけることが問題になるなら、シャフトは専属の「掃除屋」も抱
えている。
 秘密裏に消し去ってしまえば、多少のゴタゴタを起こしたとて問題はあるまい。そのぐらい
は金の力でどうとでもなる範疇だった。

 

 こうして内海は会社の黙認を取り付け、意気揚々と会議室を去っていった。
 これから起こす、ブロッケン対イングラムという、ロボットアニメさながらのバトルシーン
を目に浮かべて、ウキウキとした態度を全身で表しながら……。
 そして企画七課のある階へエレベータを乗り継ぐと、ちょうど廊下で特車二課の偵察から帰
ってきた部下二人と鉢合わせする。

 

「お、黒崎くん」

 と。
 黒崎と呼ばれたのは短髪と丸眼鏡を頭に載せた、切れ長目の男。そして、彼に続くもう一人
はワンボックスの運転席にいた、長身長髪の悪人相である。
 内海がその男にも顔をむけ「隼人くんも一緒か、その様子だとご苦労だったようだね」と、
労いの言葉と共に、ぱっと笑顔をつくった。

「課長こそお疲れ様です。今日はもう、二課の出動がなさそうなので戻りました」

 応じて黒崎が、ずいと前に出、丸眼鏡のブリッジを中指で支える。
 その切れ長の目も手伝って、どことなく冷徹そうな印象を覚えさせる姿は、片方の隼人なる
男とも似通っていたが、黒崎の場合は少々神経質さが感じられる。
 逆に、隼人は全身に暴力と血の臭いがまとわりついたような雰囲気を持っており、その点で
対照的であった。

 

「映像をご覧になりますか」
「いや、いいよ。黒崎くんに任せよう。それよりちょっと、隼人くんを借りるよ」
「分かりました。それじゃあ神、あとは僕に任せてくれ」
「了解した……さて課長。どうやら様子を見るに、本腰を入れる時間が来たようですな」
「そうなんだよ隼人くん。早速だが、君の腕を発揮してもらいたい。大丈夫かな」

「俺はいつでも構いませんが、課長はどんな風にイングラムを引きずりだすのがお望みで? 
潜入、暴動、人質、デマゴーグ、破壊工作……手段はいろいろある」

「もちろん、ブロッケンを使って派手にやってくれ! 何たって、君と黒崎くんが苦労してゲ
ットしてきてくれたアイテムだ。遊ぶ権利は、君たちにあるってものさ」
「いいでしょう。一暴れしてアレに勉強をさせて来ますよ」

 

・・・

 

 そして、その翌日。特車二課棟。
 すでに時刻は昼食後となっていたが、本日は朝より気持ちの良い晴れが続いており、ありが
たいことに出動もない。
 隊員達の間には、ゆるりとした時間がながれていた。
 といっても、仕事は探せば片付けるべき事務や、自主鍛錬から衣類の洗濯をはじめとした家
事全般等々、いくらでもあるが、人間、警察官といえども常に緊張していることは難しい。
 若い第二小隊のメンバーにしてみれば、なおのことだ。

 

 食後の休憩時間ということもあって、隊員たちはめいめいに時間を過ごしていたが……野明
と竜馬だけが、イングラムをグラウンドに持ち出していた。
 いや、その表現には語弊があるので訂正しよう。
 野明にムリヤリ引っ張り出された竜馬が、3号機で1号機の相手をさせられていたのだ。た
だし、模擬戦ではない。
 機体が傷つくのを極端に嫌う野明が、模擬戦など竜馬に申し込むはずがあるまい。では、イ
ングラムを二機も持ち出してなにをやっていたのかといえば、

「竜馬さん、右脚みぎあし」
「……」
「そうそうゆっくり、優しくして。1号機が女の子だと思ってね。はい、いち、に、さん……
いち、にぃ、さん」
「……」
「うまいうまい」

 

 3号機が、対面しあう1号機の開かれた右腕を左手で取り、右手は軽く胴体カウルの裏側に
まわし当ててひとつになると、グラウンドを緩やかに横へ、横へと三拍子のステップで移動し
ていく。
 二課の外部スピーカーからは「魅惑のワルツ」がミュージックとして流れ、二機のイングラ
ムは、そのリズムに乗せるようにモーターの唸りを奏であう。
 なかなか見事な足さばきであり、全身が超伝導リニアモーターで駆動するイングラムの身軽
さをよく証明していた……。
 と、野明は機械巨人の社交ダンスに臨んでいたのだ。

 

 なぜこんな茶番じみたことをしているのかというと、実は昨日の待機任務の間、野明が宿直
室にて仮眠を取ろうとした時、テレビで名作邦画「Shall we ダンス?」が偶然にも放映された
ことに発端があった。
 二課配属後、埋め立て地に閉じこめられた挙句、行動不能になった第一小隊の肩代わりも兼
ねた激務に追われ、娯楽から遠ざかっていた野明は、ダンスを愛する人々のハートフルコメデ
ィに職務そっちのけで見入ってしまったのだ。
 後から太田に発見され怒鳴られたが、この映画を見るのが初めてだった野明は、それでも意
地を最後まで通して鑑賞した。
 実際、それぐらいは価値のある映画だが、相当に感動したらしく、翌日、主演の役所広司に
なんとなく似ていなくもない、後藤の面をぼけっと眺めていたほどだった。

 

 そして、その話をオフィスですると、山崎が封切り時に見ておおいに感銘をうけたという事
実が発覚し、さらに彼の手持ち品にワルツのカセットテープ(休憩時にウォークマンで聞くら
しい)があることを知ると、先述の凶行に出た。
 最初は太田へ2号機で相手をしてもらうよう頼んだのだが、堅物でもある彼は「おっ、俺が
そんな軟弱な真似をできるかッ!! 流に振れい!!」と固辞されてしまったので、仕方なく、ち
ょっと恐いが、竜馬に頼み込んでみたのだ。

 

 太田と同じく断られるかと思ったが、なんとすんなり了承が得られた。竜馬に社交ダンスの
心得や趣味があるわけでは無いが、レイバー同士が組み合った際のバランス取りをデータとし
ても得られるよ、という野明の発言に乗ったのだ。
 イングラム以前の、重機然としたレイバーにはダンスなど踊るほどの器用さは無く、よって
98式AVに与えられているデフォルトプログラムにも、そういう動作パターンの蓄積はない。
 イングラムには、せわしい足さばきをも可能とするカタログスペックを与えられてはいるも
のの、それを引き出すには、操縦者の鍛錬が必要なのだ。しかし、そんなところに3号機は、
まだ竜馬が良しとする段階にまで育っていなかった。

 

 彼の納得できる対象はゲッターロボなので、技術レベルの違いすぎるレイバーとでは、比較
の難しいところではあるが、少なくともキャタピラ駆動のゲッター3よりは(ゲッターアーム
の自由伸縮を除いて)人間的な動きができるはずだ、というのが竜馬の持論だ。
 そこで、ダンスでもさせてやれば、細かい動きを学習してくれるかもしれない。と、竜馬は
考えて野明の頼みを引き受けたのだが、はたして、その目論見は的中していた。
 社交ダンスを繰返している内に、1号機と3号機は効率のいい足さばきを学習していき、動
きが徐々に洗練されていったのだ。

 

 ただ……二課でもっとも畏れられている榊や、南雲にさえ、従順な態度を見せようとしない
竜馬が、レイバー越しといえど野明を相手に社交ダンスを踊っている、というのは、この世の
七不思議にも通じる、奇異な光景に見えたのも事実であろう。
 しかも、当の竜馬が大まじめだから、余計に笑いを誘った。
 グラウンドで素人同士のぎこちなさはあれど、レイバーとして考えれば恐ろしいほど優雅な
動きでワルツを踊るイングラムを、多くの職員たちがげらげら笑いながら見物し、それを見下
ろせる屋上からは、遊馬が腹を抱えて転げ回っていた。
 イングラムの胸に燦然と輝く桜の代紋も、篠原が誇る技術の象徴も、クソ喰らえだと言わん
ばかりに。

 

「うっ……ははは、ははっは……!! ありゃいい、篠原重工は、親父の野郎は、パトレイバー
なんぞよりダンスレイバーでも造ったほうが良いんじゃあねえのか!? うひゃひゃひゃっ」

 太田がその様を忌々しげに睨み「ええい、泉はともかく流まで、こんなふざけた遊びに時間
を費やしおって……」とブツブツつぶやいていたが、どこからともなくやってきた香貫花に、
暇なら始末書を書くのを手伝え、と連れ去られていったので、場の空気は穏やかになった。

 このとき、特車二課はまだ平和だった。

 

・・・

 

 夜。
 舞台は、ビジネス街からは離れた高級住宅地に陣取った、中規模の公園へ移る。
 都心とは言え、この辺りは治安の悪い下町や、歓楽街も遠いため、夕刻が過ぎる頃には人影
はまばらになり、陽も落ちた今は春の虫たちの静かな声が囁かれるのみだった。
 まことに自然が深い場所の持つ静寂とは違い、さりとて完全に人工物しかない場所の消音状
態とも違った、コントロールされた静けさを保つ空間。

 そうした風の一環として、人為的に配置された木々の中、立て膝をつき、静かに発進を待つ
ブロッケンが一機。
 足下には、開いたコクピットへ乗り込まんとしている隼人と、それを見守る、つけ髭に帽子
とサングラスで、なぜか変装をした内海の姿があった。
 ブロッケンは目立たぬよう、黒いカバーをかけて偽装され、パイロットである隼人も黒ずく
めの衣服を身にまとっていることから遠目からは、そこに人が居るようには見えない。ただ、
変装の意味もなく目立ちまくる内海が、それらを台無しにしてくれていたが。

 

「さて、それじゃあ行ってきますよ」
「ああ頼んだよ隼人くん、うんと派手にやっちゃってくれ」
「派手に、か。課長もずいぶんとケレン味のある人ですよ。普通だったらここへは部下を寄越
しそうなものなのに」
「それじゃあ、つまんないだろう? こういうのは生で観戦するから面白いのさ」
「一理ある」

 

 言って、ブロッケンへ乗り込むと隼人は、イグニションカードをリーダーへ差し込み、つい
に西独の壁を護っていた巨人の目を覚まさせた。
 異国、東洋が島国の地に立ったそれは周囲を睨むように、ぐるりと首をまわす。こんな辺境
に棲まう背の低き蛮族どもなど、踏みつぶし、蹴散らしてやろうと言わんばかりに。
 機体の各部から唸るモーターが、大排気量エンジンのような重低音を辺りに響かせる。それ
だけでも、このブロッケンが戦争用の兵器であり、作業用レイバーなどとは格が違うのだ、と
いうことを感じさせた。
 やがて、ブロッケンはゆっくりと第一歩を踏み出す。
 搭載されているOSの学習値がゼロなだけに、コクピットの隼人は全身で重い鉛を動かしてい
るような錯覚に囚われたが、外から見る分には何年も連続で運用され、すっかり完熟した機械
が歩いているように見えた。
 これは、まさしくパイロットの資質である。まったく行動パターンの蓄積が無いOSのレイバ
ーを素人が動かしたら、最初はまともに直進することも敵わないはずなのだ。
 内海が「天才」と称しただけのことはある。

 

「動きが固ぇ。新品の証拠ってとこだな……こんなものを使うより、実績のあるグラウ・ベア
あたりをもってくれば良さそうなものを。まあいい、俺も課長の趣味につきあってやるとする
か」

 隼人は独りごち、イグニションカードとは別に、懐から薄い板状の物体を取り出すと、なに
やら親指でなで回した。すると、コンソールに取って付けられた指輪ケースのようなサイズの
箱が連動したようにLEDの光を灯す。
 これはもともとブロッケンに備わっていたものではない。
 隼人が機体の組立てられる際に、コクピットに潜り込んで勝手に取り付けたもので、その正
体は機体の外部スピーカーに直結した音楽再生装置だった。

 

 本当は、レイバーの二次記憶装置が破損しやすいディスク(MOのようなカバードタイプでは
あったものの)なのを嫌って、ブロッケンのイグニションキー兼学習データ保存装置として用
いるため、作ったものだったのだが……。
 どうもこの世界は、それなりのレベルに達した人型機械を造り出せる割に、情報技術は大し
て進歩していないらしい。携帯端末さえ実験段階にあって、普及していないのだ。
 あまり高度なモノを作ると、この世界に普及している機械との互換性を保つに、余計な労力
を背負い込みそうだったことから諦めて、音楽再生装置の遊びに止めてあった。
 郷に入っては郷に従え、である。
 ややあって、ブロッケンの外部スピーカーから大音量で「ワルキューレの騎行」が流れはじ
めた。

 

「イングラムをおびきだすのに余計な破壊活動なんざ必要ない。ちょっとばかり大音響で市民
の睡眠の邪魔をしてやりゃ、それだけで通報がいく」

 ブロッケンも軍事用とはいえ、バッテリーの保ちには限度がある。イングラムの方はチーム
で動いているゆえ、その気になれば、現場での電池交換もこなせるがこちらは独りだ。
 彼らが出動してくるまでは、エネルギーの損耗は最小限に抑えるのがセオリーである。
 もっとも、その意味では音楽を流す必要もなく、大通りに出て突っ立てでもいれば良いだけ
の話なのだが、これを見た内海は非効率に文句を言うどころか、手を叩いて大喜びしていた。

 

「やあ、さすがは隼人くんだ! 僕の趣味を見抜いていらっしゃる!」

 と。
 そうして、やおらブロッケンは大通りに繰り出すと、交差点のど真ん中に陣取る。
 突然のレイバー出現に驚き、泡を食った車やバイクの運転者たちから、一斉にクラクション
の嵐を叩きつけられるが、ものともせず、大股でその場へ立つと、大仰に腕組みをしてから、
不要なモーター類を停止させた。
 稼働しているのはオートバランサー系統のシステムだけである。
 これでいい。
 目的はイングラムのみにあるのだ。ロートル機種を抱えていて交戦する価値のない第一小隊
は、いまだに稼働不能状態なのが偵察ではっきりしているから、後はこのまま第二小隊が出張
ってくるまで、コクピットでくつろいででもいればいい。
 もしかすれば、憤慨したドライバーの誰かが腹いせに体当たりでも仕掛けてくるかもしれな
いが、こちらは軍事用レイバーだ。大型トレーラーでもなければ、全速力でぶち当たられたと
ころでビクともしない。大型トレーラーが来たとしても、横に避けて側面から蹴りのひとつで
も喰らわせてやれば大人しくさせることができる。
 もっとも、現代日本の一般市民に、そんな度胸や無謀さのある奴はいないだろうが。
 隼人はスタンバイの状態になったコクピットの中で、静かに操縦桿を握りしめた。

 

 それから、隼人は小半時ほど待った。
 懸念した大型車ドライバーの反発もなく、特車二課に先だって駆けつけた交通機動隊のお巡
りたちが、交通整理を始めてくれたおかげで邪魔な車両は目の前からすべて片づいた。
 他に煩わしいものといえば、せいぜいパトカーのスピーカーごしから「前方のレイバー乗員
はただちに降車しなさい」と壊れたレコードプレーヤーのごとく、繰返されるメッセージぐら
いである。
 なんとも、大人しいものだ。

(俺だったら、レイバーの足下に爆弾を仕掛けるぐらいは考えるがな)

 隼人は思いつつ、ふと遠方にひときわ大きな光が現れるのを認める。特車二課のレイバーキ
ャリアだろう。
 あのトレーラーは道路運送法に即した車体ではあるものの、全長八メートルには及ぼうかと
いうイングラムを寝かせた状態で輸送できるだけあって、前後はもちろんのこと、横幅も、道
路幅から一ミリの余白もないほどに巨大だ。近づいてくるだけで、すぐに判別できた。

 

 それが二台。
 特車二課でのレイバー運用ルールは、一小隊につき三機編成の内、ひとつの事件へ二機一組
であたることが基本となり、残る一機は同時に他の事件が起こった際に対応するべく、二課棟
に待機とされている。
 今回もそのセオリー通りやってきたようだが……いつもと異なるのは、イングラムがキャリ
ア上へ騎乗した状態だった、ということか。
 立て膝をついて、姿勢を安定させたまま移動している。
 レイバーを起こしたままキャリアを運行すると、事故の危険性が高まるため通常は現場まで
寝かせておくのだが、対応する事件が緊急性を要している場合、その限りでないのだ。

 

 おそらく、通報時に映像でブロッケンの姿を確認してきているのだろう。
 この機体は日本へは輸入されておらず、純軍事用ゆえに今後も民間の手にわたって運用され
ることは、ありえないはずのレイバーであり、緊急性がある、と判断したに違いない。
 その考えは、まったく間違っていない。
 もしこちら側に「イングラムとの交戦」という目的がなければ、ジャッキアップする前に襲
いかかり、乗員ごと潰しにかかっていただろうからだ。
 投影面積が大きく、戦車ほどには乗員の安全性が確保されていないが、機動力と火力の合わ
せ技が厄介というレイバーを無力化するには、乗員への攻撃が(直接的にはもちろん、間接的
にも)一番効果的なのだ。

 

 二課のレイバーキャリアが、ブロッケンから一定の距離を取った位置で停車すると、すぐに
二機のイングラムが路上へ降り立った。
 1号機と3号機。
 2号機は留守番らしい。
 なるほど、もっとも信頼のおける組み合わせできたようだ。

 隼人はこれまで特車二課を偵察して得たデータから、その組み合わせの理由を推察した。
 まず第二小隊のイングラムで、一番強力なのは3号機だ。無駄のない正確無比な機動をする
うえに、その攻撃は情けも容赦もない。
 たとえ相手が白旗をあげても、完全に沈黙するまで叩きつぶす、というやり方なのだ。

 

 また、乗員は警察官ながらも柔道よりも、空手を得意とするらしい。
 投げたり組み付いたりするよりも、跳ね回るように動きながら、相手をはり倒していく、と
いう戦い方が目立った。
 そういう3号機だから、相手にした犯罪レイバーは完膚無きまでに破壊され、オーバーホー
ルも難しいだろう……という状態にされることがほとんどであり、まさしく「凶悪」という表
現がよく似合う相手だった。
 取り押さえまでの時間はもっとも短く、周囲への被害も少ないものの、その警察らしくない
イメージから、市民からの評判はあまり芳しくない。
 一部に熱狂的なファンはいるらしいが、それは例外である。
 ただ、犯罪抑止力としては大きい。

 

 対して1号機は非常に繊細だ。
 自他共に傷つくことをあからさまに嫌がり、とにかく相手を避けるように立ち回ろうとし、
その中で一瞬の隙をついた足払いを仕掛けたり、装備されているワイヤーロープで罠を張って
すっ転ばせたりと、トリッキーな作戦を用いることで、相手の戦意を失わせてから降伏を要求
する。
 周囲への被害は少ないが、その分、取り押さえに時間が掛かり、相手の性格や技量によって
は危機に陥りかけることもあり、3号機に比べると甘さが目立った。
 乗員が未熟なのであろう。実際、あるとき響いたスピーカーの音声から、どうやら乗員が若
い婦警であることが判別している。
 これでまあ、動きが素人っぽいことにも首を縦に振る気持ちにもなれた。
 ただし、3号機とは反対に市民からの評判は悪くない。

 

 この二機が組み合わさると、3号機のフォローに1号機が回る、というパターンになり、た
だでさえ動きの速い3号機に死角がなくなる。これまで打ち勝てたどころか、善戦をできた相
手も居なかった。

 なお、ここに居ない2号機はペアの機体がどちらであろうと、やたらめったら銃を撃ちたが
る癖があり、市街地でも平気で発砲する。
 そのくせコクピットに当たることを恐れてか、駆動関節部だけを狙うので外れやすく、結局
格闘戦にもつれこむが、3号機のような正確さはないので、取り押さえに時間がかかるばかり
か、被害がどんどん拡大していく……という具合なので評判は最低である。
 ひとつだけ良い点があるとすれば、戦争をしているのかと言わんばかりに射撃するので、リ
ボルバー・キャノン運用に関するデータだけは膨大に持っているであろう、ということか。
 日本の警察は、一度でも発砲経験があっただけで、昇進試験に差し支えることもあるほどに
神経質な組織のはずだが……2号機の乗員は最初から将来を諦めているのかもしれない。

 

 ともあれ、相手にとって不足はない。
 隼人は構えた。
 すると1号機の指揮車が走りながら「前方のレイバー。ただちに道路上から退去し、降車し
なさい。路上で無許可のレイバー運用は認められていません」怒鳴り、近づいてくる……邪魔
だ。

「退け。お前に用はない」

 隼人はブロッケンをスタンバイから復帰させると、第一歩を大股で踏み出して、そのまま威
嚇するべく指揮車めがけて走りだした。
 と、慌てて相手は後退し始め、代わりに控えていたイングラム二機が突出してくる。
 小物にちょろちょろされては目障りだから、これでいい。
 むしろ最初に踏みつぶしてやっても良かったのだが、残念ながら内海課長から無用の殺生は
避けてくれ、と懇願されているので、この程度で済ませておく。
 一度、圧死の恐怖にとらわれれば余程のことがない限り、二度は飛び出して来まい。

 

「さあ来い、イングラム。相手をしてやるぜ」

 隼人をこちらを包囲せんと二手に分かれるイングラムを前に、くいくいとブロッケンに手招
きをさせた。
 指がロボットのプラモデルのように、親指・人差し指・補助指と三本の単純構成になってい
るので、人間やイングラムの五指でやるほど挑発的な動きにはならないが、それでも誇りばか
り高い警察を侮辱するには十分だろう。
 案の定、3号機が「やるか」とばかりに電磁警棒をシールドから引き抜いた。
 が、1号機が庇うように抑えに入る。相手の力量も解っていないのに、というのだろう。偵
察で見たてきた通りの展開だ。1号機はペアで動く際はとにかく女房役だった。

 

 なら、まずはそちらからだ。
 ブロッケンはまだ油断の入っている1号機めがけて、ぐっ、と屈むと一瞬のうちに反動をつ
けて飛びかかりざま、左腕をぶわりと横へ薙いだ。
 フルパワー。
 その振りが1号機の脇腹へ思い切り当たって、相手は数メートル吹き飛ばされる。すかさず
3号機が電磁警棒で頭を狙って叩きつけてきたが、残った右腕を上げてガードした。
 バギッ、と音がして右腕装甲に衝撃が走る。一応対弾性も考慮された装甲のはずだが、砲撃
でも喰らったかのごとく、コクピットにまで震えが伝わった。
 相手もフルパワーで殴りかかってきたらしい。
 先手必勝のルールは守り通す、ということか。

 

(ふん、同類めが)

 改めて3号機に相対してみて、妙な親近感のわいた隼人はおもわず口元を吊り上げ、1号機
が復活しない内に一撃を加えておくべく、立ち蹴りの動作を入力した。が、

「うっ!?」

 相手も同じことを考え、しかも決断と反応が速かったらしい。3号機の股がふわりと浮き上
がったと見えた瞬間、目にも止まらぬ蹴りがブロッケンの胸部にぶち込まれ、重量級のはずの
機体が、ドンッ! という激震と共に思い切りのけぞっていく。
 オートバランサーが作動し、ドンドンと大股で後退しながら態勢を立て直すが、コクピット
へ直接蹴りを貰ったため、意識の追従が一瞬だけ途絶える。その隙を3号機が見逃すはずがな
く、追撃に再び電磁警棒の一撃を脳天めがけて振るった。

 頭部を破壊しようと言うのだろう。覗き窓等が一切存在しないブロッケンの見た目から、映
像は全て、アイカメラに頼っていると判断したらしい。
 その推理はおおまか当たっている。もし頭部を破壊されると、ブロッケンの視界は絶望的と
なってしまう。水中行動や砲戦を考慮しての設計だからなのだが、レイバー同士の格闘となる
といささか勝手が悪い。
 そこで隼人はあえて防御を諦め、下される警棒をくぐり抜けるように、ブロッケンの重量と
パワーに物を言わせて懐へ飛び込んだ。

 

 またしてもガツンとした衝撃は喰らったが、肉を切らせて骨を断つ、である。ブロッケンの
丸みをおびたボディが、3号機の右腕をはじき飛ばし、その勢いで握る電磁警棒を取り落とさ
せることに成功した。
(甘いな)
 隼人はそのままクリンチを仕掛けようとしたが、1号機が復帰してきて邪魔をされる。横合
いから掴みかかられたのだ。
 だが。

「バカが、パワーはこっちのが上だぜ!」

 逆に1号機を掴み返すと、全身を捻らせて振り回し、3号機めがけて思い切りぶっつけてや
る。3号機は、激突してきた1号機の質量をもろに喰らい盛大に態勢を崩した。
 相手は後退していく。1号機はやはり、乗員がまだ未熟だ。
 ふんばって態勢を整えようとする3号機が、抱きかかえた1号機を横へ回していく。
 いまだ。
 隼人が操縦桿とペダルを思い切り踏み込んだ。このまま、全質量をもって体当たりをしかけ
れば少なくとも1号機は潰せる!
 操られるブロッケンが、再び腰をおとしてタックルをはじめる。

 

 その瞬間。

「……なんだとッ!!」

 隼人が叫ぶのと、ブロッケンと1号機が衝突し、もつれ合いながらその場へ激しく転倒する
のは、ほぼ同時のことだった。
 あろうことに、3号機は抱えた1号機を守ろうとするどころか、いましがた隼人がやったよ
うに、ブロッケンめがけて投げ飛ばして来たのだ。
 いくらこちら側が重量とパワーに優れるといっても、吹き飛んでくる相手をさらに吹き飛ば
し返すほどの威力は持ち合わせていない。
 1号機にのし掛かられる態勢になり、さしものブロッケンもすぐには動けそうになくなって
しまう。

 

 まさか……味方まで武器にするとは!
 いくら同類と見えても、相手はまがりなりにも警察官だ。
 例えば、2号機がいくら発砲好きでも、コクピットは避けて撃つように「そういうハンデ」
は当然3号機も背負い込んでいるものと隼人は油断していた。
 だが、それはあくまで相手を圧倒していられる余裕がある内のことであったのだ。「奴」は
強敵が相手になれば、なりふり構わず攻撃してくる。

(そういう乗員か! こいつは、まるで……竜馬だッ)

 心で叫ぶ隼人をも待たず、リボルバー・キャノンを引き抜いた3号機が脚部に全力を注いで
天へ飛んだ。そして1号機の背中越しに降ってくると、そのまま踏みつけ圧力をかけながら、
動けないブロッケンの頭部めがけて、ほぼ零距離の射撃を加えた。

 

 ドズンッ、と巨砲の炸裂音が夜の東京に響く。

 三七ミリの砲弾がブロッケンの頭部を撃ち砕き、さらにつづく二撃、三撃が四散させる。こ
れによってメインモニターは完全に破壊された。
 残るは補助モニタの、写っているかいないか解らない程度の視界しか無い。
 やられた。

「ちっ」

 こうもあっけない展開になるとは……。
 隼人は思わず舌打ちをする。
 油断があったとは言え、なんたる失態。自分が自分の指揮官だったら、思わず首でも跳ねと
ばしているかもしれないところだ。

「やってくれるじゃねえか」

 

 だが、まだだ。
 このまま引き下がって、舐められてたまるものか。ハッチに風穴空けてでも視界を確保し、
せめて1号機だけでも潰してから――

「……隼人くん! 待った待った、そこまで!」

 闘志が剥き出しになった隼人に、なだめすかすような通信が入った。内海の声だ。どこかか
らか勝負を見ていたのだろう。

「なにかね、邪魔してもらっちゃ困るぜ課長! 勝負はまだこれからなんだ、イングラムは、
3号機は俺が殺る!」
「いやいやもう十分すぎるよ、見応え抜群だったね。アタマからっぽのブロッケンを、よくぞ
そこまで動かせたもんだ。驚嘆に値するよ。だが、これ以上続けると、下手すると三機がかり
のイングラムを相手どる事になるかもしれない。もちろん君なら」

 

 それでも切り抜けるだろうが、と、その語を極めて強調した声色で喋りながら、内海は語を
継いだ。

「どうも御用提灯が増えてきて、僕の方が逃げ切れなくなりそうでね。君を置いて帰るわけに
ゃいかない、まだブロッケンはあるから、今日のところは切り上げようじゃないか。それでワ
インでも飲もう」

 

 思った以上にイングラムは強い。特に3号機の乗員は、隼人くんに引けを取らないほどの手
練れのようだ……普段は黒崎くんと同じぐらい冷静なはずの彼が、思わず敬語を忘れて熱くな
っている。
 なるほど「あの状態」が彼の本性か。とするなら、ここは絶対に止めないと、収集がつかな
くなってしまう。
 内海は確信していた。

 

「君の実力を再確認させてもらったよ。この程度の舞台に君を使うっていうのは、役不足が過
ぎるね。申し訳なかった。次はもっと面白い、君に相応しいシチュエーションを作るからさ」
「……相変わらず口はうまいですね課長」
「口も、といってくれよ隼人くん。調子の良さは僕の自慢の取り柄なんだから」
「解りました。ちょっとばかり熱くなっちまったようです。煙幕を使いますから、例の場所で
落ち合いましょう」
「データディスク忘れないでね」
「言われるまでも」

 

 どうやら説得に応じてくれたらしい。遠目に見えるブロッケンから、盛大に煙幕が噴出する
のを見て、内海はほっと胸をなでおろした。
 彼はいままで、レイバーの乱闘を見届ける群衆に交じって、黒崎に運転させていた白いクラ
ウンの中に居たのだが、運転席の黒崎も溜息まじりに煙幕を眺めていた。

「課長……あの男を使い続けるのは、危険だと思うのですが」
「でも黒崎くん、あれだけの能力を捨て置くのは、もったないというものじゃないか。今夜だ
って彼だったからこそ、これだけやれたんだ」
「かもしれませんが。しかし無礼を承知で言えば、おそらく課長の手にも余ります。あの男は
目的のためには手段を選ばないどころか、手段をムリヤリ作ってしまうような輩です」

 

「だからこそ良いんだよ。ジョーカーはジョーカーたり得るから、面白いんじゃないか」
「しかし万一、あの男が牙を剥くような事があれば、僕は課長を守り通す自信がない。あれは
スリーエスなどより遙かに危険な存在だ」

「まあ、その時はその時さ。だいたいだよ黒崎くん。危険だからって保身に走るなら、こんな
ことやっちゃいないよ。ぼかぁ」
「……ふぅ……そう仰ると思ってはいましたがね。では、命の保障はしませんよ。
 まったく、まさかあんな男が居るなんて、思いもよりませんでしたよ。それも日本人に。幕
末や明治の時代ならいざ知らず……本当にこの世の者なんでしょうか」

 

「さあねえ。事によるとオバケかもしれないよ。実際、係累も経歴も不明だったし。僕や黒崎
くんの同類かと思ったけど、どうやらそういう訳でもなさそうだ。
 もしもオバケだったら、企画七課は、人間以外も社員として扱う課ってことになる。うん。
こりゃ面白い! ケッサクじゃないか、ハハハ」

 ハハハじゃありませんよ、と黒崎はのんきそうに笑う内海を見て思ったが、この課長が自分
で決めて実行しようとしたことは、それがどれほどに危険なことであっても制止の忠告を聞き
入れないことを、彼は長年の付き合いで知り尽くしていた。
 今回も、この神隼人という「ニューヨークで出会ったテロリスト」という事以外、出自も不
明である謎の男を遊び道具か、あるいは友達に選んだ、内海に着いていく他はあるまい。
 その先に何が待ち受けているとしても。
 黒崎はクラウンを発進させた。隼人と先に示し合わせて置いた合流場所へ向かうためだが、
たぶん、奴の方が早くたどりつくだろう。
 なにもかも先手を打ってくる。そういう計画を立てる男で、それを可能とする男なのだ。あ
の「テロリスト」は。

 

・・・

 

「逃げやがったか……」

 一方、第二小隊は動かなくなったブロッケンの確保に動いていた。
 というよりも、まだ煙幕が収まらない状態で、遊馬が制止するのも聞かずに竜馬は3号機を
降りると、ブロッケンに取り付いて、コクピットへの侵入を試みたのだ。
 そして、どうやら真正面から乗り込むイングラムとは逆に、後ろから乗り込むタイプだとい
う事に気づいて背中へ周ったものの、ハッチの開閉ノブやスイッチやらが見あたらないので、
痺れを切らした竜馬が力ずくでハッチを引っぺがしたら、中はもぬけのカラだった、というの
が現在である。
 なお、野明はブロッケンと竜馬に合わせて二度ぶん投げられたせいで、鋭意気絶中である。

 

 犯人を拘束できずに悪態を吐く竜馬が、ブロッケンを足蹴にして代わりに1号機に取り付く
と、今度は慣れた手つきでコクピットを開放した。
 中から汗だくになって目を回した野明が現れる。
 救助しようというのか。
 さすがに敵を倒すためといえど、味方を投擲武器にしたことには罪悪感があったのか、

「おい、起きろ野明。起きろってんだ」

 

 ほっぺたを加減なくバシバシ叩いて起こそうとし、じつのところ罪悪感など全く感じていな
さそうであったが、それでも野明が目を覚まさないと見ると、固定器具を取り払って抱え起こ
す。
 イングラムのコクピットは小柄な野明にとっても広いとはいえず、彼女より頭の二つ分はで
かい竜馬にもなれば、ぎちぎちという空間だったが、それでもスルリと野明を引き出した。
 意識を失った人間というのは子供であろうと、物のように動かそうと思うと非常に重く、そ
れが大人であれば尚更である。
 しかも外から見ると、竜馬は仰向けになったイングラムのコクピットに、上体だけを突っ込
んでおり、つまり彼はほとんど腕の筋肉だけで、野明の全体重を支えていたのに、さも砂袋で
も持つかのごとく軽々としている。
 素手でレイバーを倒したり、ブロッケンのコクピットハッチをこじ開けたりするだけのこと
はあった。

 そして1号機から野明を引きずり出すと、一旦傍らに置き、コンソールから起動用ディスク
を抜き取ると、制服の中にしまい、改めて野明をナップザックのように肩にかついだ……が、
彼女から「やめてぇっ」と、無意識の悲鳴が漏れた。
 これにびっくりしたように反応すると、両腕で抱え直す。いわゆるお姫様抱っこというやつ
であるが、彼女を気づかって、という訳ではなさそうだった。

 

 というのも、野明の悲鳴を受けて竜馬が一瞬だけ見せた表情は、彼にもっとも相応しくない
「恐怖」を表したものだったからだ。
 しかしすぐ何食わぬ顔に戻ると、そのまま指揮車へと歩いていった。ブロッケンから発した
煙幕は、やや薄くなりつつあり、運転席から飛び出している遊馬の姿もおぼろげに見える。

「あ、野明……大丈夫かっ。って竜馬さん! イングラムを空にしてくるなよ!!」
「心配すんな、ディスクは抜いてきた。敵のコクピットも空だ」
「だからってこの煙幕だぞ、何が潜んでいるか解らないじゃねえか! 相手がまた動きだした
らどーすんだよッ」
「生身で止めてやるさ。ふん。俺が本気になりゃ、あれぐれえ……」
「んな無茶な、相手は新鋭の軍事用なんだぜ」

 

「今まであれ以上の化物を相手にしてきた。無茶の内にも入らねえよ。それより遊馬、1号機
をキャリアに戻すのを手伝ってくれや」
「……1号機、キャッチボールに使ったせいでボロボロじゃないか、後で野明にどう言い訳す
るつもりだよ」
「知るか。お前が適当にあやしておけ」
「いやだね。あんたが原因なんだから、あんたがなんとかするべきだろ」
「……飴でもやりゃおさまるか?」
「いや、子供じゃねえんだからさ……ったく。味方は投げるわ、持ち場は放棄するわ、後で何
を言われても俺、知らないからな」
「へっ。構やしねえ。仮に減棒全カットされても、サバイバル生活に戻るだけよ」

 

 言って、竜馬は指揮車の助手席に野明を乗せる。
「うぎゅ」
 レイバー指揮車の助手席は、補機類が満載されているので、やりにくかったが強引に押し込
んだ。
 そして、少し離れた位置にあるキャリア搭乗の山崎へ「見張りに来い」と無線連絡し、やや
あって山崎がやってくると、竜馬は勝手に持ち出していたらしいニューナンブを彼へ手渡して
から、遊馬を連れ立って、イングラムへ向かって歩き出した。
 次は、その最中での会話である。

 

「ほら、1号機の起動ディスクだ」
「あいよ」
「しかしよ、遊馬。あのSEEの新型機……ブロッケンとか言ったな。なんで、あんなのが日本
に入ってきてると思う?」
「密輸されたとしか。それ以外じゃ有り得んしな」
「だよな。じゃあ使用目的はなんだ? テロが目的だったにしちゃ、出現の仕方がおかしい」
「言われてみれば……まるで、俺たちを待っているみたいだったよな。腕組みまでして」
「ひょっとすると、イングラムとの喧嘩が目的だったのかもしれねえぞ」

 

「……まさかぁ。そんなことをして、何の得になるっていうんだよ」
「さてな。ブロッケンの実戦データを欲しがったか……いや、それだけだったら日本に持ち込
むこともない。やっぱり、イングラム「と」喧嘩するのが目的だったんじゃねえか」
「だから、何のために……」
「イングラムとの交戦データだったら、欲しがる輩は多いはずだ。なにせ、相手もこっちも最
新型のレイバー同士。警察と軍事用って差はあるが、戦闘用って点じゃ同じよ」

 

「イングラムは戦闘用じゃないっての」
「似たようなもんだろうが。格闘戦に特化した設計で、でけえ銃まで持ってるんだぞ。俺が思
うに、イングラムは警察用には留まらん。必ずあとから軍事用にカスタマイズしたやつが出て
くるぜ」
「……」
「そんな戦闘レイバーの交戦データを使って、企むことといやあ一つだろ」
「特車二課の戦力の調査……いや違うか。さらなる新型機の開発?」
「場合によっては、レイバーに使うシステムそのものの研究に必要だったのかもな。この世界
……いや、いまの時代は開発競争が凄ぇんだろう?」
「ん、まあね。第一小隊の95式だって旧式扱いだけど、たった三年前の物だし……そうすると
竜馬さんの言うことも一理あるのかな」
「問題は、ただの一回でどれほどのデータが得られンのか、ってことなんだがよ」

 

 言いつつ、イングラムにたどりついた竜馬は3号機に飛び乗る。
 続いて遊馬が1号機へよじ登る様を見届けたのちに、コクピットへ滑り込むと起動ディスク
を挿入し、パーソナルコードを打ち込む。
 果たしてこのブロッケンは、何者だったのだろうか……。

(シャフト社の自作自演って可能性もある。だとするなら、これで最後とは思えねぇな)

 竜馬は光が灯っていくコンソールを眺めつつ、ふとそんなことを思った。

 

 ……この、わずか数十分後。
 特車二課棟に帰還した竜馬たちを待っていたのは、本庁から出向してきた刑事二人と、彼ら
からもたらされた、西ドイツでのブロッケン盗難の報であった。

「全部で三機。SEEから盗難届けが出されていたことが、外事課の問い合わせで発覚しまして
……今夜の事件はその内の一機が引き起こした公算が、非常に高いんですよ。って、聞いてま
すか後藤警部補?」
「もちろん、聞いてますよ。つまり松井さんがたの言うことを要約すると、同じ事がまた起き
る可能性がある、ってことですよね?」
「そう考えてもらった方が良いと思います」
「こいつは参りましたね、どうも……」

 

 残るブロッケンは二機。
 一機ずつ来るのか、それとも同時にかかってくるのか。それは解らないが、二課はとにかく
またしても、ブロッケンを相手に戦わねばならない可能性が高まり、しかも第一小隊のレイバ
ーはダメージが深刻そうで、まだしばらく復帰が見込めない。
 ということは、また第二小隊だけで相手をしなければならないのだ。それを知らされたメン
バーは、2号機チームと竜馬を除き、早くもうなだれる羽目に陥るのだった。

 

表題へ 真ゲッターの竜馬がパトレイバーに乗るようです
戻る  インターミッションその一 「食料戦線」 次へ 第三章 配属!! 私が熊耳武雄です!