第四章 ザ・メーカー

Last-modified: 2012-05-01 (火) 21:14:24

 早朝の光を切り裂いて、竜馬のバイクGPZ900Rが二課棟を出動した。通勤用バイクのはずが
かれこれ一週間ぶりのエンジン始動であるが、その理由は竜馬が新宿戸山のアパートに帰らず
に、ほとんど二課をねぐらにしているという事実に起因した。
 後藤にあてがわれたアパートなど、帰る気にもならない。

 というのも、そのアパートは「よくぞ平成のこの世に、新宿区内という立地条件で残ってい
たな」と関心できるほど無惨なボロ小屋なのだ。当然、風呂はなく便所も共同のそれであり、
日本人が本当に貧乏だった頃の生活臭を「嫌っ」という程に感じさせてくれる建物なのだ。
 昭和マニアにはたまらないかもしれないが、竜馬にそういう懐古趣味はない。

 

 それならば、厚生施設については現代の技術が培われている、二課棟に起臥していた方がマ
シだと竜馬は考えた。
 二課にはシャワーがある。風呂も設置されている。当直室には畳も敷かれている。食事もこ
こ最近は整備班の高速艇による漁と、山崎のトマト畑をはじめとした、自給自足態勢が敷かれ
た。
 無いものといえば、自己の時間だけであるが、そんなものは竜馬にとって興味も価値もない
ものである。
 元々、永久囚人のはずだった身なのだ。
 もはや平日の仕事だとか、休日に憩いの時間を過ごすだの何だのという、普通の人間らし
い感覚がない。あるものといえば、目的に対する計画と行動、そして行動後の評価だ。

 

 そのため、図らずも毎日が当直担当になっている現状には、榊をして――整備員達がなかな
か帰宅できず、職場でのデスマーチを強要される状態に、まだ鞭を打とうとする榊整備班長を
して――「帰らねぇのか」と言わしめるほどだったが、それに対する竜馬の返答は「時間の無
駄だ」と、これまた榊を絶句させた。

 そんな竜馬だったから、他の隊員はもとより整備員たちからは畏怖されるというよりも、心
配がつきまとう日々が過ぎており、たまには帰りたくないのかとか、彼女はつくりたくないの
かとか、趣味のひとつも無いのかとか、要約すると「休みたくないのか」という疑念の多種多
様なレパートリーが募りつつあったのである。

 そんな折のことだった。
 珍しくも熊耳から「遅刻する」という連絡が入った。
 彼女は都内から、愛車のトヨハタ・カリーナEDでこの離れ島まで毎朝出勤してきているので
あるが、道すがらで原因不明のエンストを起こしてしまい、ロードサービスやら何やらを呼ん
でいる内に遅刻になりそうだ、と電話がかかってきたのだ。

 自他共に管理を怠らない熊耳にあるまじき落ち度だったが、この連絡を受けた第一小隊の石
和巡査部長はむしろ好都合と捉えて「なら、迎えを寄越させますよ」と一計を案じた。
 それは……

 

「おう流君、悪いが使いを頼まれてくれないか」
「なんだ、この朝っぱらから」
「君のとこの巡査部長から、車の故障で遅刻しそうだと連絡が入ってね。ちょっと迎えにいっ
てあげて欲しいんだ。バイクなら間に合うだろう」
「……なんで俺が行かなきゃならねぇんだ」
「車じゃ間に合いそうにないし、バイク持ちの奴はみんな平巡査だ。上司とタンデムっていう
んじゃ、緊張して事故をおこさないとも限らない。しかし君なら問題ないだろ?」
「面倒くせえな。まあ、あんたの頼みだって言うなら、やってやるけどよ」

 

 早朝の体操がわりに3号機の点検を終えて、ついでだ、とバイクの整備にあたっていた竜馬
を、石和は迎えに出させた。
 もちろん吐いた理由はこじつけで、本当のところは竜馬にちょっとしたサービスを贈ったつ
もりだった。
 石和は竜馬にかれこれ二度ほど、当直任務を代わってもらっている。
 首都圏の治安を守るにあたっては粉骨砕身にて然るべし、と考えている彼ではあるが、同時
に新婚の身でもある。しかも妻が交通課の婦警ということもあって、二人の時間を過ごせる事
はほとんどない。
 そこで、空手を通じて付き合いのある竜馬に、無理をきいてもらったのだが、今回はそれに
対するちょっとした返礼のつもりだった。

 バイクにタンデムすれば、ライダーとパッセンジャーは密着状態となる。流君も男だ、熊耳
巡査部長ぐらいの美人がタンデム相手なら、上司とはいえ悪い気はしないだろう。いや、とい
うか上司とは思っていなさそうだし。

 と、悪戯っぽい考えをしたのである。
 もっとも竜馬にしてみれば、口を開けば仕事の改善事案が飛び出してくる、うるさい熊耳の
送り迎えなどしたくない気持ちの方がよほど強かったので返礼になっているかどうかは、少々
怪しいところではあったが……。

 バイクは唸りを上げて二課棟を後にする。
 このGPZは、国産バイクメーカーの中では一番信頼性が低いとされる皮崎重工製だが、竜馬
の手に渡ってからは、常に安定を見せていた。
 それが、国内どころか世界で一番信頼性があるとされる、トヨハタの車を迎えにいくという
のだから皮肉めいていよう。
 そんなことを竜馬が考えていたかどうかは不明だが、やがてバイクは立ち往生している熊耳
の元へとたどり着く。
 側にレッカー車が来ており、どうやらロードサービスが到着した間際だったらしい。

 

「よう巡査部長」
「流くん!」
「迎えにきてやったぜ、後ろへ乗りな」
「あ、ありがとう……」

 

 迎えを寄越すとは言われたが、まさか竜馬を寄越してくるとは思ってもいなかったのだろう
熊耳は、少しばかり引きつった笑みを浮かべつつ、ロードサービスの人間に「じゃあ、あとは
お願いします。また連絡は後ほど」と言い残してバイクの後部座席に跨ろうとする。
 ……が、ふとその手が止まった。

 

「ちょっと待って、ヘルメットは?」
「置いてきた」
「『置いてきた』じゃないでしょう!? 着用義務違反よ!」
「俺の知ったことか、さっさと乗れ」
「いいです、やっぱりバスに乗り換えるわ」
「いいから乗れ、ここのところお前がオフィスに来ないと、隊員どもが始業モードにならねえ
んだよ」
「それとこれとは別問題です」
「だったら、車の調子ぐれえ常に見ておけ。そういうのも個人の責任なんだろ? 普段から言
っているじゃねえか」

 

 言うと、竜馬はむりやり熊耳を引き上げて後部座席に乗せると、有無を言わさずクラッチを
繋いでスロットルを捻った。大排気量エンジンが豪快に加速していき、乗っている人間を後ろ
へと凄まじい力で引っ張る。

 ――振り落とされる!

 思わず、熊耳の両手が竜馬の背に回った。

 

「……隊長や課長に見られたら、タダじゃ済まないわよ」
「知るか。そんなことより熊耳、昨日山田のやつから聞いたんだが、潮風公園にできるスーパ
ーレイバーってのは、なんだ?」

 

 ふいと竜馬が台場の側に顔を向ける。走行風で、彼の長めの髪が流れていった。熊耳は前を
見て欲しい、と思ったが同時に言っても無駄だろうという諦めがつのり、彼の質問に答えるこ
ととする。
 ここしばらくのつきあいで、竜馬に知恵袋扱いされているのだ。
 一介の警察官として世に起こる動向は、可能な限り把握しようとしているからそうなるのだ
が、竜馬はともかくとしても、世間知らずの警官というのは少なくない。
 一部の刑事連中はそうでないだろうが、大多数となる制服警官たちは社会人として考えたと
きに、民間人よりも一般的知識の欠如している人間が目立つのだ。

 よほどの事がない限りクビにもならない公務員、という立場に甘えすぎじゃないかしら、と
熊耳は考えるのだが、そう思ったところで警察につとめる人間たちが変わるわけはなく、自分
にそれを改革をできるほどの影響力はない。
 せめて、自分の相棒ぐらいは常識や情報に精通していて欲しいものだが……。
 まあ、何も聞いてこないよりはマシか。
 熊耳は溜息をひとつ吐いてから、口をひらいた。

 

「……ああ、なんでもシャフトが宇宙空間にも進出していく、未来のレイバーモデルを展示す
るらしいわよ。本物じゃないわ、四〇メートル級の建築物」
「なんだ、ハリボテか」
「ええ。そんなサイズになったら歩く事もままならないわ。だいたい、動かす場所もない」
「そんなもん造ってどうするってんだ、シャフトは? 篠原や四菱への挑戦状か」
「そうね、シャフトは日本市場が弱いし……客寄せのつもりもあると思うわ。でも、私たちの
世界で一番最初にゲッターロボを造る企業があったら、それはシャフトかもしれないわね」
「それなら、やめておけ、と忠告しておいてやるぜ。ロクなもんじゃねえぞ」
「私に言われても困るわ。投書でもしたらいかが?」
「面倒だ」
「……あなたって人は全く……」

 

 重なる熊耳の溜息を連れて、バイクは二課棟へとトンボ返りをした。その姿、ノーヘルで乗
車している二人というか、熊耳を、何人かの整備員が化物でも見たかのように目を丸く見開い
て凝視したが、視線が合うと慌てて逸らしていく。
 またしても溜息が漏れた。
 今まで、ネクタイ一つ緩めずにやってきたというのに、この男に付き合わされたら一ヶ月と
経たずに信念をぶち壊された。
 そして、そういう人間はなにも竜馬だけではない。特車二課に集う者たちは、どこか警察組
織からも一般社会からも逸脱したようなのが多い。
 と、するならば……

(私も例外じゃない、ということか。やはり、香港警察時代の……)

 過去、自分も警察官としてあるまじき失態を犯している。その結果が、巡り巡って特車二課
配属というカタチになって現れたのなら、この事態は甘んじて享受せねばなるまい。
 熊耳は思わず掴む竜馬の背に力を込めた。
 いてぇぞ、と文句が返ってくる。
 溜息。

 

・・・

 

 竜馬と熊耳は、すでに第二小隊メンバーが揃ったオフィスに始業直前という時間に滑り込む
ことができた。例によって熊耳とソリの合わない、香貫花から嫌味が二、三、飛んで来たが、
珍しい事に、太田が止めに入ったので香貫花もそれ以上の発言は慎んだ。
 今日は珍しいことだらけだ。
 そのついでとして、野明と遊馬が先日に取り付けたデートを遂行してきたらしく、なぜか起
きた出来事の報告に勤しんでいる。

 はて、早くもノロケるほどのカップルが出来たのかと思われたが、どうやらそういうことを
したい訳ではないらしく、映画を見たあとに立ち寄ったゲームセンターにてシャフト・エンタ
ープライズ製の「パトレイバー操縦体感ゲーム」なるものを発見し、プレイした経緯について
語っていた。
 内容を要約するとパトレイバー搭乗員となって、街にはびこる犯罪レイバーを次々に打ち負
かしていく、いわゆるFPSと呼ばれる種のゲームだったのだが、彼らがいうには、本物のレイ
バーを操縦するよりも遙かに難しく、エキセントリックな内容でとてもリアルとは言えないも
のだったらしい。
 遊馬は序盤を越すことが出来ず、野明に至ってはファーストステージさえクリアできない有
様だった、という。

 

「でもね、なんとシャフトの開発者さんとその場で鉢合わせしちゃったわけ! で、言うわけ
よ。本職のレイバー乗りでもなけりゃ、クリアは難しい難易度につくってあるって」

 

 そんな馬鹿な、こちとら本職パトレイバー乗りだ、と二人は開発者に不満をぶちまけたが、
ならば、とその場でゲームクリアを果たされた。
 面目を丸つぶれにされた二人だったが、そこにとどめとばかり登場した、肌の浅黒いアラブ
系の少年にも「敵うったるで」となぜか関西弁でまくしたてられ、例によってゲームクリアを
見せつけられたというのである。
 なんでも、開発者が連れていた子供で、聞いてみるとスカウトされた天才ゲーム少年だった
らしい。
 そして別れ際にその人曰く、

 

「あんたがた、もう一回レイバーの操縦を勉強し直した方がいいぜ。でなきゃ、例えばこの子
が犯罪者になったとして、手がつけられんってことになる」

 と、きびすを返しつつ言われたそうである。

 

「ちぇっ。ゲームと本物じゃ違うっていうんだよ。はあっ……でも、あの開発者さん、なかな
か格好良かったなあ。顔はキリっとしてて、背なんか日本人離れした高さだったし」
「悪かったな、俺は並みの日本人の面と背で」
「あ、ごめん遊馬。気ぃ悪くした?」
「別に……しかしよ、あのゲーム、シャフト製だから登場レイバーもシャフト製が優遇されて
たな。ああいうところでも宣伝出来るってのは、巨大企業の強みだよなぁ」

 

 遊馬が二重の嫉妬隠しにオフィスの机に突っ伏す。
 そんなところに熊耳がずい、と身を乗り出す。

 

「でも、内容はほぼレイバーシミュレータに近かったのでしょう?」
「ええ……戦闘用でもないレイバーがミサイル撃ったり、レーザービーム使ったりする所を除
けば」
「だとするのなら、その開発者さんの言うことはもっともね。訓練が足りないわよ」
「……おタケ……じゃない、熊耳さんは実際にプレイしてないから、そう言えるんですよ」
「おタケさんで良いわよ。そうね、じゃあ今度わたしも遊んできてみるわ」

 

 有無を言わさぬ熊耳の学級委員長的物言いに、野明と遊馬は黙った。なんだか、巡査部長な
ら実際に、クリアしてきてしまいそうな雰囲気だったからだ。
 なにせあの竜馬をある程度とはいえ、手なづけるほどの女傑だ。
 そのように、竜馬も彼女に同調する。

 

「俺たちは実際にブロッケンなんて軍事レイバーも相手にしている。奴がもし、火器まで持ち
出したら、今の練度じゃやばいぜ。というわけで、だ。太田、野明」
「ぎく……なぁにカナ。竜馬さん」
「今日はちょいとばかり、派手に喧嘩の練習しようじゃねえか。もちろんイングラムでな。巡
査部長、訓練の許可とっといてくれや」
「了解したわ」

 

 にやり、と心の底から楽しそうな笑みを張り付けて、竜馬が凄んだ。
 逆らったら殺される。
 野明と太田に寒風が吹き付けていき、それぞれ、お互いのバックスに助けを求めるが、遊馬
はそっぽを向いて口笛を吹き、香貫花はアイコンタクトで「やるしかないわよ」といい、進士
と山崎はさっそく応急手当の準備に入っていた。
 あわれ野明と太田は、自動的に首を縦に振らざるを得なかった……。

 

 そんな第二小隊一行を、オフィスに張られたガラス越しに横目と見つつ、二人の刑事が
隊長室へと足を運んでいく。
 一人、松井刑事。ベテラン。
 一人、風杜刑事。若手。
 刑事が捜査を行う際、二人一組での行動が基本となるのだが、その構成は年季の入った年上
の刑事と、その真逆にあたる新人刑事という組み合わせになることが多い。この組み合わせに
することによって、我の強い刑事同士にありがちな反目を防ぎつつ、次代の刑事に技術と経験
を伝承していく、という目論見もあるのであろう。
 紛れもない公務員ではあるものの、なんとも職人気質の世界である。

 そんな松井・風杜両刑事は、ワイシャツの襟元に金枠の赤丸バッジきらめく警視庁の「選ば
れし捜査第一課員」だったが今回、特車二課を訪れてきたのは、環境保護を謳ったテロリスト
集団「地球防衛軍」専属の捜査員として、これまで幾度も対峙を重ねてきた同課につきっきり
となるためだった。

 

 警備部と刑事部のタイアップ。
 ヤクザや犬と同じぐらい縄張り意識の強い警察組織としては、それを決めるだけでも大事な
のに、トップだけでなくダウンに至るまでが細かに協力態勢を敷く、というのだから警察の慌
てぶりと本腰の入れ具合がよくわかるというものである。

 二人は隊長室のドアをノックすると「入ってますよ」と、少しばかり明後日の方向に飛んだ
返事を受け取りながら、入室していく。

 

「どうも、しばらくぶりですな。後藤警部補、それに南雲警部補」

 

 松井が丸々とした顔に人の良さそうな微笑をうかべつつ、軽い敬礼をつくって、これまた軽
く背をかがめた。その後を、風杜がやや緊張したような表情でつづく。
 ドアが閉まると、スッと南雲が動いて、二人の刑事がくつろげるスペースを用意していく。
じつにこなれた様子で、こういう事があるたび、彼女は小間使いの役を演じていて、ついでに
後藤警部補の方はいつも見ているだけなのだろうな……と、松井は思い浮かべた。

 

「すみませんな。それじゃ早速本題に入らせていただきます。
 このたび、地球防衛軍に関しては本庁に合同捜査本部が置かれたのは周知のことと思われま
すが……ことブロッケンのような軍事レイバーが相手となると、会議室の中でわあわあ言って
おっても、ラチがあかないわけでして」
「今までのレイバー犯罪とは、レベルが違うのは事実だしね」
「ええ。そこで今日は、最新式レイバーを装備し、すでに奴と二度に渡って殴り合いをした、
こちらの知恵を拝借したいと――」
「知恵といってもねぇ……まともにやりあったのは、うちの流だけだからなぁ。なんともいえ
ないけれど。でもま、松井さんたちの出向は決定事項だものね」

 

 後藤は、松井から手渡された書類をパラパラとめくりつつ、
「警備部長の了解は得ているし、課長の判子も押してある。誰が書いたか知らんけど、上意下
達の模範文だ。ねぇ南雲隊長」
 と、皮肉を隠さずおまけに同僚に合いの手を求めると、しかし南雲はすかさず乗って「そう
ね」と決めた。二人ともこの決定事項が気にくわないのだ。
 不逞レイバー退治が仕事の特車二課に、私服刑事を二人ばかり送り込んだところで、何がで
きるというのだ? と。

 息がぴったりの嫌味に、松井と風杜は少々たじろぐが、刑事らしい交渉態度で「ま、ま。そ
う言わずに。我々にゃあブロッケンとの喧嘩はできませんが、情報源やパイプとしてお役に立
ちますよ」と、懐柔の姿勢を見せる。
 まあ考え方によって、魅力的ではある。
 警備部はその名の通り、警備が仕事であって捜査は専門外であり、身動きが取りにくい。そ
こで、本職の刑事と知り合いになっておけば、この事件が終わったあとも色々な局面で、融通
を効かすことができるだろう。
 時々、個人的に酒でも飲み交わしていけば、いずれはレアな情報を得ることも不可能ではな
いかもしれない。
 実直な南雲には出来そうにない芸当だが、元は公安の刑事だった後藤にはお手の物だ。

 

「いや……通達に関しては了解してます。事件も大きいことだし、仲良くやりましょう」
「そうしていただければ。じゃ、明日からしばらく軒先をお借りします」
「電話機二個ぶんのスペースぐらいは空けておくよ」
「出来ればもうちょっと増やして欲しいところですなあ。なにせご覧通り、太っとるものでし
て……」

 

 言って、すごすごと刑事二人は退出していく。
 そして後藤と南雲は彼らが車に乗って、埋め立て地から去っていくのを見届けると、再びお
互いのデスクに着いて、ふう、と一息ついた。
 一瞬、沈黙がつのる。
 お互いに文句を言いたいのである。譲ったのは後藤だった。

 

「後藤さん……本庁はこの件に関して、防犯をするつもりがないみたいね」
「無理もないけどね。これだけでかく捜査しても、ブロッケンに乗ってた奴にはまったくたど
り着かないんだ」
「だから、ブロッケンの矢面にたつ私たちに捜査員を張り付けて、もし次に出てきたら、今度
こそ現場で確保してやると息巻いている」
「そんなところだろうね」
「だったら、イングラムを第一小隊にも配備しろっていうのよ。95式を下取りに出して、新型
をウチに配備するって聞いたから、やっと本領発揮できると思ったのに……」

 

 南雲は、デスクにあった資料を忌々しげに手に取った。
 そこには「96式改」なる、新たなパトレイバーの姿と解説が記されている……が、どこをど
う見ても風呂釜ロボットの95式と大差がない。
 せいぜいデザインが鋭角的になって、やや稼働時間が延びた、という変化があるぐらいだ。

 というのは、第一小隊に新型機を、という現場からの再三の要求に従ってついに95式の更改
が実施されたのであるが、配備されてきたのはイングラムではなく、またしても中古の民生品
を改造しただけの安物だった。
 どうやら、五七億のイングラム導入で予算を使い果たしてしまったらしく、少なくとも今年
度中には、高性能のパトレイバーを第一小隊に導入することは実現しそうにないのだ。

 

「それでも状況がせっぱ詰まっているので、95式よりはマシなものをやる。感謝しろ」

 

 ということなのだろう。だが、スペックからしてイングラムの半分以下である。こんなもの
では三機がかりでも、ブロッケンに蹴散らされてしまう。
 操縦者の腕どうこうというレベルではない。

 

「まったく……現場の苦労も考えないで……」
「いっそ、流が例のゲッターロボとやらも一緒に持ち込んでくれれば、使えたかもしれないの
にね」
「三機の戦闘機が合体する、エネルギーが無限の戦闘ロボットってやつ? そんな化物、パト
レイバーに使える訳ないでしょう」
「冗談で言ったんだけどなぁ」
「そんな冗談なら、まだイングラムをくれるって言ってくれた方が嬉しいわ」
「残念ながら、あげられません」
「わかってるわよ。96式改で頑張る」

 

 ぷっと年甲斐もなく頬を膨らませて、事務仕事に向かう南雲をながめて、後藤は「可愛いな
あ」と、これまた年甲斐ない感想を漏らすのだった。
 グラウンドでは、いつの間にかイングラムが三機展開して、訓練を始めている。はて、訓練
の許可を出した覚えはないが……まあ、そのうち熊耳がやってくるだろう。
 1号機と2号機が、束になって3号機にかかっている。
 が、3号機は四つの腕をするりするりと紙一重でかわしていき、見事なまでに捕まらない。
ソフトウェアの学習値はあれど、ハードとしては同じ機体なのにまるで世代の違う機械同士が
やりあっているようだ。

 つまりは、それだけイングラムの潜在能力が優れていることの証明であるが、逆に言えば、
現在、野明と太田はその性能を半分も引き出せていない、ということになる。
 熊耳の指揮のもと、うまく竜馬が彼らのコーチとなってくれれば良いのだが……。
 グラウンドから外部スピーカー越しの怒号が空まで響く。
 嫌が応にも聞かされていると、

 

「馬鹿野郎! そこで止まんな、踏み込んでこい!」
「踏み込みすぎだ、コクピット吹っ飛ばされてェのか!」
「太田、ペイントガンは入ってねぇっつってんだろう!」
「無駄に殴りかかってくんじゃねえ、何のための指がついてると思ってやがる!」

 

 等々、なかなかの鬼教官ぶりである。
 太田はともかく、泉が根を上げやしないかな……と後藤は危惧したが、どうしてどうして、
よくついていく。
 そういえば、泉の学生時代はバスケ選手だったな、と思い返すと、つくづくも警察官には体
育会系が多いということを思い知らされた。
 自分自身は強制するのも、されるのも嫌いだが、中にはそうする、そうされた方がコミュニ
ケーションが円滑に行く人間たちもいる。こと、警察や軍隊、ヤクザなどの組織は縦社会ゆえ
に、その傾向が顕著であるのだ。
 困難を乗り切るには、知恵と勇気が必要だ。しかして、それを支える根幹は、結局、太田が
いつも吠えているように「根性」に収束されていくのだろう。

 あとは竜馬のしごきに、その根性が堪えきれるかどうか。
 若い彼らなら、耐えきるかもしれない。その際、第二小隊は第一小隊をさえ遙かにしのぐ、
文字通りの化物集団になるだろう。
 耐えられないと、単なる烏合の衆になってしまうが……。

 

(まあ、バクチだな)

 

 ギャンブルは嫌いでない。事実、後藤はいまもこうして事務をするフリをしつつ、競馬新聞
を読み込んでいる。一冊五〇〇円もするのが難点で、もう少し安くなってくれると安月給の身
にはありがたい。
 次の狙い目はどの馬か。
 はてさて、と考えていると向こう岸の机の主から「後藤さん」と声がかかった。すわ、バレ
たか!? と、びくんと肩がふるえる。

 

「あ、なに、しのぶさん」
「外が騒がしいけれど、いつ訓練の許可だしたの?」

 

 なんだそっちか……。
 ふぅ、と安堵の息が漏れた。
 とはいえこの質問に「出していない」とか「うん、今だしたの」とか答えると、またぞろ怒
りを買いそうだ。そろそろ熊耳来てくれないかな、と援軍をやきもきする。
 と。

 

「失礼します」

 来た。
 すばらしいタイミングである。

「後藤隊長、遅れて申し訳ありません。イングラムでの訓練許可を頂きに……」
「間が良いねぇ」
「は?」
「いやぁなんでもないんだ。ハハハ。で、うん。外が騒がしいと思ったんだが、流のことだか
らこっちが許可出す前に始めちまったんだろ。しょうがないね、急いで書類造っておくから、
熊耳は戻って指図を……まあ、安全な範囲でやんなさい」

 

 言うと、熊耳は「恐れ入ります」とびしり敬礼を残して去っていく。心なしか、その肩は嬉
しそうであった。彼女のような、形式張った人間だとむしろ竜馬のやり方には反発を覚えそう
なものだが……。

 

「いま、出したって訳ね……まったく、第二小隊は規律ってものがなってないわ。それにして
も熊耳さんなんだか嬉しそうだったわね」
「流の特訓につきあってると、皆めきめき成長していくからなあ。熊耳も教え甲斐があるんじ
ゃないの」
「なるほど」

 

 熊耳巡査部長は有能な人間だが、そんな人間が「島流し先」である特車二課に来るというこ
とは、それなりの過去があってのことだろう。
 といってもまだ、深く調べたわけではないが……かつての研修先であった香港警察で、何か
トラブルをしでかしたらしい、ということまでは風の噂に聞き及んだ。
 そのあとは、しばらく干されていた期間もあっただろう。
 それだけに優秀な部下あるいは、パートナーを持てた現状は、意外な満足感に充足されてい
るのかもしれない。

 思っていると、隊長室真下に2号機が吹き飛ばされて来、その振動でガラス窓がビリビリと
震えた。さらに竜馬の怒号で二度震える。
 耐震・防弾性のガラスだが、それでも割れてしまいそうで恐い。
 竜馬の罵りに、2号機がむくりと起き上がって立ち向かっていく。
 太田の叫び。

 

「元気だなあ」

 

 ……先日戦ったブロッケンは、まんまと逃げおおせた。しかし、次はそうはいくまい。今度
はこちらも完全な臨戦態勢が敷かれているし、イングラムの三機がかりで打って出られる。
 ただ、犯人も数をこなすうちに、こちらが対応していくであろうことは考えるだろう。場合
によっては、残った二機を一度に出してくるかもしれない。
 もしそうなったら、さすがに竜馬だけではどうにもなるまい。野明と太田、そして二人をバ
ックアップするメンバーたちの成長に、決戦の行方は掛かってくる。
 後藤はのんきそうに競馬新聞を眺めつつも、自分にも少しばかり部下たちのモチベーション
アップにつながる事案はないかな、と思考を回し始めていた。

 

・・・

 

 一方、東京都より六〇キロ離れて茨城県土浦市。
 関東平野の名に違わず、広く、平地が見渡せるこの地は、隣接するつくば市と牛久市と共に
業務核指定都市とされ、国内企業の多くがグループ社を置いている。
 その流れでSEJもまた、製品開発および、技術研究を担当する土浦研究所を設置し、日夜製
品開発に勤しんでいるのだが……その陰に隠れ「製品にもならないモノ」を造ろうと蠢く者ど
もがいた。

 時刻は夕闇。都心のようなヒートアイランド現象もない平野はすでに薄ら寒い。
 そんな研究所ビルの前に、一台のセダンが何かにせっつかれるかのようにやって来て止まる
と、中から一人の背広が降りてきた。
 黒縁眼鏡の中の垂れ目が、常時笑っているような人相を作り出す、中肉中背の男。
 企画七課長、内海であった。
 すでに二度に渡って密輸レイバー、ブロッケンを使った騒乱を指示した張本人であり、警視
庁が総出となって捜している真犯人だ。
 その犯罪者を、ビルから隼人が迎えに出てくる。
 作業着に身を包んではいるが、溢れでるようなオーラをまとって禍々しい。もし内海と並ん
で指名手配されれば、警察はまちがいなくこちらを真犯人と思うだろう。
 セダンの運転手だった黒崎の、睨みそのもの、といったような視線をものともせず、玄関に
立った内海へにやりと笑いかける。

 

「お早いお着きで」
「いやあ、例のモノが完成間近だって聞いたんでね。黒崎くんに飛ばしてもらったんだよ」
「相変わらずですな。速度超過で捕まりでもすれば厄介なことになるというのに」
「なあに、君の造ってくれた探知機は正確だからね。覆面も、Hシステムも怖くないさ。それ
より早速みせてもらえないかな」
「解りました。こちらです」

 

 いって、隼人が内海を連れ立っていく。
 エレベーターを二つ乗り継ぎ、いくつかの通路を抜け、やがて大仰なコンピュータロックで
厳重に施錠された部屋の前にたどりつくと、内海は期待を隠せなくなったのか、ワクワクとい
う音が聞こえてきそうに小躍りしはじめる。

 

「まるで子供ですな」
「若々しいと言ってくれよ、隼人くん」
「じゃ、そういう事にしておきますが……」

 

 隼人は肩をすくめつつ、コンピュータロックに認証カードをスキャンさせ、要求された解錠
コードを打ち込む。
 もう幾度も出入りしているのだろう、鍵盤を見ることなく片手をササと走らせる。入力が終
わると、これまた大仰に電子音を奏でてロックが解除された。
 自動的に扉が開く。
 隼人が平手をつくり「どうぞ」と示すと、内海が乗り込んでいった。その中は照明が若干暗
かったが、ホールのように縦方向に大きな空間が開いたハンガーになっており、そこへ、まだ
外装の取り付けられていない人型の機械が埋まっていた。
 これこそが、かねてより内海が話をぶちあげていた、イングラムを上回るレイバー……

 

「タイプJ9。開発コードネーム『ゲッター1』です」
「うほほ……こいつは凄そうだな」
「ええ。現時点でもイングラムを三〇パーセントは上回る性能を確保できました。二機のブロ
ッケンのデータが効いてます。もう一回やれば、さらに修正できますよ」
「いいねいいね。隼人くんのアイデアと技術は大したもんだ、もはやオーパーツだといっても
過言じゃない。シャフトには篠原重工みたいな蓄積もないのにこれだもの」

 

 内海の礼賛を、隼人は喜ぶそぶりも見せず「俺には色々なツテがあったもので」とつぶやく
だけでいなした。
 しかし本来軽くつぶやくレベルのことではない。レイバー産業に関しては先駆者であり、現
在も王者である篠原重工が、永い年月をかけて会得した技術を超える性能を持ったレイバーを
いとも容易く生み出してしまったのだから。
 開発にあたり、イングラムとの交戦データを参照するという不法を犯し、湯水のごとく資金
を使うというアドバンテージはあるものの、それだけで簡単に先駆者を乗り越えられるほど、
技術開発の道が甘くないことは、すべての技術者が解りきっていることである。
 それゆえのメーカーブランドなのだ。

 しかし隼人はやってのけた。
 こうなれば、誰でも彼が何か裏のある人間であることに気づくであろう。
 しかし、内海はそこへ言及しなかった。いつものにこにこ顔をつくって、大仰に身振りを交
えながらネイキッド状態のレイバーを見上げてうろつく。
 そのうち、はて、と顔をかしげた。

 

「しかしコードネームがゲッター1って符合みたいなのじゃ、ちょっと味気ないなあ……」
「そんなもの何だって構わないでしょう」
「いや、そんなことはないよ隼人くん。こういうのはもっとロマンが無いと、技術者魂という
ものが燃え上がらないんだよ。とはいえ……今更変更となると書類変更とかに無意味に金がか
かっちゃうか」
「ええ」
「なら愛称をつけよう。ライバルはイングラムになるわけだから……イングラムってのは、た
ぶん銃器の名前からとったんだろうな。まさしく人間による人間のための道具って感じだね。
だったらこっちは、人間の手に負えない、怪物の名前をつけておこうよ。実際、SEEがキュマ
イラなんてレイバーも造ってる」

 

「ギリシア神話に登場する怪物の名ですな。たしかライオンの頭にヤギの胴体、ヘビの尾が合
わさった奴でしたか」
「当たり。博学じゃないか隼人くん。そこで、こいつにはグリフォンなんてどうだい? こっ
ちは鷲とライオンの合成獣。そして神々の天馬」
「同時に、泥棒への処罰執行者でもある。我々にはなんとも縁起の悪い名だ」

「なあに。真の泥棒は、庶民の血税を無駄づかいばかりしている役人だろう? いいじゃない
かグリフォン。史上初の空飛ぶレイバーに相応しいと思わないかい」

 

「……まるで空想好きの小学生ですな。しかし誤解してもらっちゃあ困る。確かにこいつには
飛行能力をオプションで取り付けられる設計ですが、航行できるってわけじゃない。ロケット
花火みたいに跳び上がって緊急離脱が出来るってだけです」

「解ってるって。それでもレイバーが空中移動するなんて、前代未聞なんだ。ちょっとぐらい
大げさなネーミングの方が大々的な宣伝になる」

「が、商品にはなりませんぜ。制御システムからして、既存のものとは互換性のカケラもない
代物なんだ」
「いいんだよ、この機械そのものはいくらかかっても。シャフトは他の部門で儲けを出せるん
だから……それに、もし篠原のイングラムをも軽く蹴散らせる性能を持ったレイバーを「開発
できる」技術力があったとすれば、それは十分な商品になる」

 

「宣伝の仕方が犯罪じゃ、表だって商売もできませんよ」
「表だっていればね。しかし技術を欲しがる人間は、いつの世、どこの時代にもいる。たとえ
ば篠原さんとか」
「……なるほど。課長は悪人だ」

「悪人は君じゃないか。潮風公園のスーパーレイバー・プロジェクト。僕の権限を勝手につか
っておっぱじめたみたいだけれど、絶対にただの工作物じゃないだろう。僕の想像では、グリ
フォンと何か連動させてると思ったんだけど……あれこそ、何の商売にもならないんじゃない
かい?」

 

 にこり、と笑顔を張り付けたまま内海が隼人の顔をのぞきこむ。その、スマイルという名の
尋問がその場の空気を固めて凍り付かせるようだったが、隼人はふっと目をつむると何事もな
いかのように、ハンガーを抜けた。
 内海がその後を続き、再び厳重なドアロックが施されると、隼人は懐から紙タバコを取り出
して一服の時間を設ける。すう、と煙を吸い込み、ゆるやかに吐き出し、

 

「課長を退屈させはしない、と約束させてもらいますよ」

 

 言った。
 ほとんど、ボソリとつぶやくほどの声量だったが、内海はまるでレーダーが反応したかのご
とく大仰にのけ反ると、パンと手を打って反応した。
 隼人の言葉がよほど嬉しかったらしい。

 

「そうかぁ! 君がそう言うなら、きっと僕ぁさぞかし面白いものが見られるんだろうなあ。
いやこれは楽しみになってきたぞ。思う存分やってくれ」
「課長なら、そうおっしゃると思っていましたよ」
「いやいや隼人くん。君も黒崎くんに負けず劣らず、僕の事をよく見抜いているね。そう、僕
は単に商売がしたいわけじゃないんだ。遊びながら仕事したいのさ。いや、仕事しながら遊ぶ
のかな? どっちでもいいけれど」
「本当に子供のようですな……そうだ、子供といえばバドのことですが」
「お。彼はどうだい。バドも君がじきじきに面倒を見るなんて言うもんだから、任せっぱなし
にしちゃっていたけれど」

 

「よく仕上がってきましたよ。将来はフランスの外人部隊で食っていけるほどです。もっとも
将来があればの話ですが」
「怖いこと言うなよな」
「怖い? ふっ、人身売買をしておいて、何を今更……」
「臓器売買の魔の手から、一人でも救ってやれたと考えることも出来るんだぜ」
「そいつは詭弁ってやつです。どのみち我々は悪役(ヒール)なんだ、しのごの言い訳するよ
り開き直っていたほうが「らしい」ってもんでしょうが」
「隼人くんは正直ものなんだな」
「そりゃあもう。嘘つきや臆病者は、その場で息の根をとめてやりたいぐらいに嫌いでして」

 

 そういう隼人の表情に一瞬、狂気じみた笑みが走ったのを、内海はチラと黒縁眼鏡のフチか
らのぞき込んで逃さなかった。
 普段はポーカーフェイスで感情を読み取りにくい隼人だが、いまのように時折、平和とか平
穏などとは真逆の淵から這い出てくる、おどろおどろしい邪気が彼を包むのだ。
 衝動なのだろう。
 何人も「気に入らない人間」たちの息の根を止めてきた故なのか。
 どちらにせよ、内海は神隼人という男に、ああ、彼はなんとも退屈からは無縁な男だなあ、
と奇妙な納得を示すのだった。
 そんな風にふむふむ、と頷いていると、

 

「隼人さん、内海さん、いま僕のこと噂してたやろ」

 

 ふわりと後ろから声がかかる。トーンの高い、変声前の少年独特の声色だった。内海と隼人
がくるりと振り向く。
 そこには肌の浅黒い、顔の彫りが深いアラブ系の少年があった。男の子としては線が細く、
中性的なその姿は十分に美少年だといってよい。
 髪が長く、背骨のあたりまで伸びているのもその印象を強めているだろう。

 

「バドか。あまり施設をうろつくなと言ってあるだろう」
「嫌や。トレーニングはもう飽き飽きやもん。そんなことより隼人さん、こないだゲーセンで
会ったお姉ちゃん。あの人がイングラムの操縦者なんやろ、あんなん相手なら、ぼく新型レイ
バーなんていらん。ブロッケンで十分や。そやから、今度は僕に運転させてえな」

「甘く見るなよ。本物とシミュレータは違うんだ……といっても、言われなくても次は残った
二機を一気にぶつけるつもりだ。明日の「出撃」にはもう一機にお前を乗せてやる。朝早くか
ら東京へ行くぞ、早めに寝ておけよ」
「ほんまか!? やったあっ、隼人さん大好きや! じゃあぼく大人しく部屋帰るわ」
「現金なやつだな」
「そりゃそうや。地獄の沙汰も銭次第やって、隼人さん教えてくれたやないか。せっかくさら
われて金持ちの国に来たんや。せいぜいスコア稼いだる」

 

 言って、バドはスキップで自室へと戻っていく。
 その後ろ姿を見て、内海は少々不満げな顔になって隼人に耳打ちをする。

 

「おいおい隼人くん……バドに余計な事を教えないでくれよ」
「余計なこと? ああ、彼の身の上ですか。心配しなくても理解した上で、俺たちのやること
に協力してくれるよう教育してありますよ。彼には課長とは違って、現実は遊びじゃないって
事実を叩き込んである」
「きついことをいうなあ」
「その分、明日は派手なショーをお目に掛けてごらんにいれますよ」

 

 隼人はニヤリと口元をゆがめた。その笑みに内海は、やはり彼は退屈しない男だ、と改めて
思い直すのだった。

 

・・・

 

 翌日。
 夏も終り、陽が暮れやすくなった時刻に特車二課へ緊急出動のサイレンが鳴り響く。

 

 ――港区、第二一工事区画に二機のブロッケン出現。特車二課第二小隊は、ただちに出撃せ
よ、繰返す……第二小隊はただちに出撃せよ――

 

 しばらく都内が静かだと思わせていた矢先の出来事だった。後藤の懸念した通り、決着をつ
けるつもりなのか、西ドイツより三機盗難され、残る二機のブロッケンが一度に繰り出されて
きたというのだ。
 揃い揃ってバビロンプロジェクトの中核を成す工事現場で破壊活動を繰り広げている。放っ
ておけば、未曾有の被害が出てしまうだろう。
 折しも悪く、またしても第一小隊が別件にて出動済であったからたまらない。せめて、彼ら
の96式改と合わせて六機がかりで飛びかかれば、有利に戦えたのだが……。

 

「第一小隊がいないときにばっかり現れるな……」

 

 野明たちが慌ただしく各々の持ち場につく中、後藤がぽつりと漏らすのを、竜馬は拾って逃
さなかった。
 その意味を熊耳の運転する指揮車の中で反すうしていると、妙に静かな竜馬が気に掛かった
のであろう、

 

「どうしたの流くん」

 熊耳が、視線はきちんと進行先に合わせたまま訊いてきた。
 竜馬はよく見ているもんだな、と思ったが口には出さず熊耳と同じく、視線はずらさないま
ま答えた。

 

「後藤の言ったことを考えていた。あの甲冑野郎が、いつも第一小隊不在時にばかり来るって
いうな」
「後藤「隊長」でしょう流くん。でも、そうね。偶然にしては続きすぎだと、私も思っていた
ところよ」
「そうか。じゃ、あんたも結論は同じだな?」
「ええ。たぶん、敵は第一小隊がいない時を選んでいる。あるいは、わざと別の騒乱を起こし
て先に第一小隊を出動させているのか。流くん、どうしてだと思う?」
「最初に奴とやりあった時から想像してはいたんだが、やはりイングラムとの交戦データ取り
が目的だろう。それ以外に、あんな強力なレイバーを使ってまで、くだらねえ事件を引き起こ
す理由がねえ」
「そうよね……バビロンプロジェクトへの嫌がらせなら、作業用レイバーで暴れるだけでも十
分以上だもの。と、するならまさかシャフト社の自作自演……? より高性能レイバーをつく
るための……違法なデータ取り」
「可能性はあるな。出動すればしただけ、奴等の思うツボってわけだ」
「頭が痛いわね。かといって放置するわけにもいかないのに」
「なんなら、俺が素手でブッ倒してきてやろうか。最近、身体が鈍ってしかたねぇんだ」
「マスコミと学者の餌食になりたいなら、そうなさい」

 

 ぴしゃりと言われて竜馬は押し黙った。最近、妙に熊耳に手なづけられているような気がし
てならないのだ。
 そうでなくても女は割と苦手だというのに……。
 こうなれば、さっさと現場へ赴いて今度こそブロッケンをぶちのめしてやらねばならない。
竜馬は拳を固めると、太い関節をボクボクと鳴らして戦意を増幅させた。

 車は走る。
 都内の渋滞も、唸るサイレンの前にはモーゼが割った海のごとく障壁にもならない……とい
う訳にはいかず、何カ所かで、一般車と衝突しそうになる危機に遭遇しつつも、第二小隊は暴
れる二機のブロッケンを目視できる地点まで到達せしめた。
 現れる二機の軍用レイバーの姿。
 現場はまさしくそれに相応しい、戦場のごとき様相を呈しており、破壊された大量の作業用
レイバーから出火した炎が幾重にも伝播し、もうもうと一体を被わんばかりの爆煙が立ちこめ
つづけている。
 このまま放っておけば、東京は「江戸の大火」を再現してしまうだろう。

 

「派手にやりやがる!」

 

 竜馬が、3号機に飛び乗りつつ忌々しげに叫ぶ。今更、正義漢を気取るつもりなど毛頭無い
が、無辜の民を虐殺して喜ぶような輩を、目の前で遊ばせておくなど一秒たりとも我慢がなら
ない。
 環境保護だか何だか知らないが、そういう思い上がった馬鹿は、被害者と同じだけの恐怖を
味わわせてから始末してやる。
 そんな、竜馬の意思を伴った起動ディスクがコンソールに挿入されると、高出力を誇るモー
ターの重い唸りと共に3号機が目覚めていく。
 同じく、レイバーキャリアのディーゼルエンジンも唸りをあげ、機体を乗せたデッキがジャ
ッキアップされた。左右には同じようにして大地に立つ1号機と2号機の姿。

 野明も太田も、竜馬と同じような思いに駆られているらしい。
 それぞれ電磁警棒とリボルバーキャノンを引き抜き、闘争の意思を露わにした。竜馬の特訓
によって、先日までの幼稚さが徐々に消え失せつつあるのだろう。それは二人に限らず、第二
小隊全員に同じ事がいえた。
 俺たちはサラリーマンではない。
 警察官である、と。

 

「こちら後藤……各員へ通達。幸いにして周辺住民の避難は無事住んでいる。因縁の対決だ、
全力でかかれ。今度こそ奴にお縄をかけてやるんだ」

 後藤の命令が、隊員の闘争心を鼓舞する。そして竜馬は、それを煽るかのように3号機に右
腕を振らせた。

 

「行くぜ野明、太田」
「よぉし。どうやってやろうか」
「決まっとる。ああいう暴力メカは、蜂の巣にするまでよ!」
「奴の装甲にリボルバーは効かねえぞ太田。やるなら、野明と組んでやれ」
「と、いうこと。太田さん、あたしが一機の動きを固めるから、その隙に関節を狙って」
「もう一機は流が単独で相手するのか?」
「おう。一機は俺が殺る。見たところ、動きの良い方が前からやりあってる奴だろう。そっち
は任せておけ」
「了解。よぉし太田さん、ブロッケンに竜馬印の恐ろしさを味わわせてやろう!」
「特訓の成果を見せつけると言わんか!」

 

 妙な合いの手と共に、1号機と2号機がずい、と前方に躍り出る。狙うは、おそらく先日と
は別の乗員が操っているであろうブロッケン。すかさずもう一機のブロッケンが二機のイング
ラムを阻止しようと動いたが、いつの間にか横合いに移動していた3号機の鋭いタックルが、
その手を潰した。
 早速肩のパトライトが弾け飛ぶが、竜馬は気にする風でもない。
 なお便宜のため、以後は竜馬のかかったブロッケンを甲、野明たちが相手どる方を乙と表記
する。

 

「てめえの相手は俺だぜ、甲冑野郎!」

 

 先日の戦いで、竜馬は甲のブロッケン乗員を標的に捉えたのだ。さながら獲物を狙う猛獣の
ように表情をぎらつかせつつ、操縦桿とペダルに力をいれた。
 3号機が応える。
 体当たりに怒ったブロッケン甲が、その太い筆をブゥンとスイングさせラリアットを寄越し
てきたが、腕が動くころにはもうその場に3号機の姿はない。
 自ら大地へ転がり、距離を取った場所で跳ね起きると、傍にあった作業用レイバーの残骸を
持ち上げると、石つぶてのごとく次々とブロッケン甲めがけて投げつけていく。
 それもきちんと投擲の運動を計算しているらしく、跳ぶ残骸が凶悪な速度と回転をもって襲
いかかるのだ。
 ほぼ人間そのものの動きを可能とする、イングラムならではの攻撃手段だった。あくまで人
型をしているに過ぎないというブロッケンでは、こうはいかない。

 

 相手が重量とパワーに上回るが、運動性能の面ではイングラムが数段上なのだ。要するに組
み合いさえしなければ、倒す手段はいくらでもある、ということだ。
 だが、そのことは相手もよく熟知している。
 ブロッケン甲は襲いかかる残骸の嵐に装甲を食い破られながらも、果敢に3号機めがけて突
進を繰返し、確実に距離を縮めてきた。
 被害は気にしないつもりのようだ。パワーに物を言わせて、一撃でイングラムを叩きつぶす
気なのだろう。

 

「けっ。トロい機体をよく操るじゃねえか! だがなっ」

 

 竜馬は3号機に身を翻させた。背後の、建設中の鉄骨を被っていた巨大なブルーシートを引
っぺがし、闘牛士の持つムレータ(赤布)ようにはためかせると、迫るブロッケン甲へ走り、
ぎりぎりのすれ違い様に思いっきり巻き付けた。
 相手の視界が失われる。
 すかさず、3号機は辺りを見回した。

 

「……あれだ!」

 

 竜馬の視線の先にあったものは、イングラムの頭ほどはありそうなブロック材。駆け寄ると
股のナンバープレート下に設置されているワイヤドラムから、特殊鋼ロープを引き抜き、その
ブロック材にあっという間に巻き付けていく。
 そして巻き付け終わると、ワイヤロープをたぐって振り回しはじめた。ブロッケン甲がまと
わりつくブルーシートを叩き捨て、3号機に向き直る。
 その目には、まさしくいま飛びかからんとする巨大な紐付きの石が見えたはずだ。遠心力に
よってワイヤロープは、ブロッケン甲の状態にぐるりと巻き付き、その動きを阻害する。
 切断しようにも、このワイヤロープはイングラムの自重でも余裕で支えることができる設計
であり、いかにパワーに優れたレイバーであっても、専用のワイヤカッター無しにどうにかで
きるものではない。

 

「今度こそは逃がさねえぞ。犯人様の面おがんでやるぜ、覚悟しな!」

 

 3号機は自分からワイヤを巻き取り、ブロッケン甲に接近していく。接近戦が怖いのは、あ
くまで相手の四肢が健在であることが条件である。しかしいま、ワイヤの縛めによってそれは
断たれた。
 目的は敵の破壊ではない。相手を捕えてしまえば、こちらの勝ちなのだ。
 竜馬は接近したのち、降車して直接犯人を叩くつもりだった。コクピットが背面側にあると
いうのも判明している。
 離れで戦う野明達も早々に決着をつけたらしい。
 二機がかりでブロッケン乙を仰向けに大地へ張り付けたのち、電磁警棒を関節に突き刺して
駆動系をショートさせている。
 例によって2号機は頭部が破損していたが、勝負はもうついたようなものだった。

 

 が。

 バシュン、と圧縮空気の開放される音がし、直後辺りに猛烈な煙幕が広まってはびこりはじ
めた。劣勢と見や三度、煙幕にまぎれて逃げるつもりらしい。

「させるかよ!」

 

 竜馬の叫び。
 こちらもコクピットを開放すると、中から飛び出てブロッケンの機体に乗り移った。そのま
ま上半身を登り、滑って後部のコクピットハッチへ回る。
 まだハッチは開いていない。
 間に合ったか!?
 今度こそてめえはぶっ潰してやる、と竜馬はコクピットハッチへ手を掛ける……が、力をこ
めようとした瞬間、背後に突き刺すような殺気を感じ、おもわず飛び退く。
 直後、閉じていたハッチにチュイン、と弾が跳ねた。

 竜馬は懐からニューナンブを引っ掴み、殺気の放たれた方向へ発砲しつつ同時に飛びかかっ
ていく。至近の視界さえ奪う煙幕が立ちこめているのだ、そう遠くからの銃撃ではあるまい。
 はたしてその直感は当たった。
 敵に組み付いたのだ。

 

「てめえッ」

 叫びと共にもつれ合い、路面を転がった。だが簡単に抑えられない。相手も必死なのか、竜
馬の抑えつけをはね除けんと恐ろしい力を発揮してくるのだ。
 瞬間、竜馬はこの世界に自分の力に抗うだけの人間がいたのか、と驚愕しつつも、なぜか心
の奥からわき起ってくる歓喜の濁流を抑え、犯人を捕縛するべくさらに力をこめた。
 顔と顔がぶつかり合い、お互いの面が割れる。
 だが、直後にお互いの動きが止まった。
 そこに、見知った顔があったからだ。

 

「は、隼人!?」
「……そうか、お前が武蔵の話していた竜馬か。イングラムの動きがそれらしいとは思ってい
たが、まさか警察官になっていたとはな。俺の知るあいつとは、ちょっと違う」

 

 それは家族よりも親しい戦友であり、しかし、決して会うことがないはずの同士の顔。
 竜馬にとっては、一〇年前の情景を思い出させる若い隼人がそこにあり、隼人にとっては、
加齢してもまったく勢いを失わない男なのだと感じさせる、未来の竜馬の姿がある。
 不思議な邂逅だった。
 しかし忘れてはならないのは、今はお互い、敵同士だいうこと。それをいち早く思い出した
のは隼人の方だった。

 

「悪いな竜馬。俺はいま捕まる訳にはいかん、また会おうぜ」
「なにっ!? くそ、ま、待て隼人!!」

 怯んだ竜馬の隙をつき、するりと拘束を抜け出した隼人は脱兎のごとく駆け出し、追いすが
る弾丸をかいくぐって煙幕の中へと消え去った。
 その先を、弾切れを起こしたニューナンブのトリガーを引き絞ったままの竜馬が睨み付けて
いたが、すぐにイングラムに戻って無線を引ったくった。

 ややあり、ブロッケンの停止を確認した警官隊が突入し、人間という人間が入り乱れたが、
竜馬は隼人が捕えられることはないだろうと確信していた。
 凡人に容易く捕まるほど、ヤワな男ではない。たとえSATであっても、隼人を止めることは
できないだろう。

 

 ――そして、やつがブロッケンに乗っていた、ということはもう一機のブロッケン乗員も、
おそらくは隼人の眼鏡に適う者のはず――

 

 こちらもおいそれと尻尾は掴ませまい。
 ブロッケンがらみ一連の事件の犯人は、隼人の一味。
 竜馬は特車二課の運命に、一気に重圧がのし掛かってくるのを感じていた。
 三度現行犯の逃走を許してしまったことで、翌朝の新聞やニュースは、またぞろ特車二課と
警察を叩きに叩くだろう。だが、そんなことは竜馬にとって、もはやどうでもいいことである。

 この世界に来て、立て続けに武蔵と隼人という、かつて心を分かち合った仲間の並行存在に
出会った。ということは、自分の知らない世界にもやはりゲッター線は存在し、その器たるゲ
ッターロボも必ず、何らかのカタチで関わってくる、ということだ。
 そんな異世界におけるゲッター線に関わりし者たちが、一見、なんの因果もなさそうなこの
世界に集った……。
 いったい、ゲッター線は俺に、隼人に何をやらせようとしているのだ。
 なにを見せようとしているのだ。

 

 竜馬は撤収までの間、3号機のコクピットで口を結んだまま前を睨み続けるのだった。

表題へ 真ゲッターの竜馬がパトレイバーに乗るようです
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